PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<アンゲリオンの跫音>グリーンアイシクルエッジ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●聖女の錯乱
 イフレッタ・エレア・エレナは、天義の女僧侶だ。年は60がらみで、修道院の院長をしている。
 毎晩寝る前に聖書を開き、そのとき目にした言葉を神の御言葉として心に刻む。冠位強欲によって傾いてしまったこの国を、心から憂えている数少ない良心でもあった。
「いついかなるときも、救済は一日にしてならず、か弱き人々に寄り添い、支え、共に歩みなさい」
 それが彼女の祈りであり信念だった。
 彼女は毎朝。林檎を一つ食べる。けして贅沢からではない。彼女の食事は粗食と言ってもよかったし、林檎はざらざらした食感の粗悪品であることも多かった。ひとつには老いてきた体を支えるため、ひとつには神の恵みを感じるため、ひとつには旅人の友と呼ばれる果物を食することで、異なる文化をもつウォーカーをも受け入れたいとの思いのため。
 イフレッタはその日も食卓にて神へ感謝の祈りを捧げ、修道院の修道女たちと共に食事を取った。規律正しい彼女らは、食事のときも大声でぺちゃくちゃとしゃべるようなことはしない。静かに食器をとり、ゆっくりと味わい。ひとくちひとくちに感謝し。今日のスケジュールを頭で組み立てる。寄付を募るもの。弱き人々を助くもの。祈りを捧げるもの。出かけるもの。残るもの。さまざまな任務を分担し、はげましあい支え合いながら、修道女たちは暮らしていた。
 イフレッタが林檎へ手につける。あら、と修道女の一人は思った。今日の林檎は、ずいぶんと新鮮で、おいしそうだこと。蜜をはらんで、果汁に濡れて。
 しゃくり。
 イフレッタは皿の上へ八つ切りにされた林檎をひとつひとつ食べていく。あら、と修道女のひとりが思った。どうしたのかしら、院長さまは、なんだか目が虚ろで、こわいわ。
 しゃくり。しゃくり。しゃくり。
 皿を空にすると、イフレッタは立ち上がった。
「たったいますべてがわかりました」
 どよめく修道女たちをよそに、イフレッタは清々しい思いで天へ両手を広げた。
「この世界は狂っている。神の御心のままに、すべては正しい歴史で上書きされねばならない」
 ぼっと青い炎がイフレッタを包んだ。修道女たちが悲鳴をあげる。夏だというのに、急に冷えこんでいく。からだが凍りつきそうだ。イフレッタは白い吐息をこぼしていた。
「弱者に生存権はない。省みる必要はない。生まれてくるだけ無駄。死こそ救済。いついかなる時も。われわれは、主が御座す世界を正しさで溢れさせなくてはならない。ひとは産まれながらに罪を犯すが、主はわれらを許して下さる。故に、われらはその御心に応えるべく献身する……」
 手始めに。
 イフレッタは手を差し伸べた。
「あなたたちから氷像にしてあげましょうねぇ?」

●どこかの話
「あの、どーでしょ? 自分にしては、上手いことやった気がするんですけど。ボーナスなんか出ちゃったり? えひ、えひひひ」
「ボーナスは僕が欲しいくらいだ。でも、まあいいや、よくやった。林檎をすりかえるなんて芸当、君にしかできない」
 紫髪のボブの、小柄な盗賊風の女が、『銀の瞳の遂行者』アーノルドへ揉み手している。いびつな、いやらしい、卑屈極まりない笑顔を浮かべたまま。
「ボーナスをあげよう。はい」
「ひえっ」
 星の聖痕がついた青林檎を放り投げられ、女は、EMAはあわてて両手を突き出し、キャッチした。聖痕の裏側にあたるぶぶんへ、なにかが張り付いている。切手にそっくりで、ずいぶんと古めかしい。古文書を四角く切ったものに見えた。
「『偽・不朽たる恩寵』(インコラプティブル・セブンス・ホール)」
「はい?」
「パワーアップ装置」
「はあ……」
 おかねがよかったなあと、EMAは落胆した。
「遂行者マスティマが細工したブツだよ。それをもっていれば技能も能力も強化されるし、うまいことやれる」
 どこともしれない天義の、放逐された空き家の広間で、アーノルドは埃を被ったソファに腰掛けている。もうひとつ、切手を貼られた青林檎をとりだし、アーノルドは天使のような姿の男の子へ与えた。子どもはぐすぐすと泣いていて、せっかく受け取った林檎にも興味を示さない。
「せめて名前がわかればなあ、この子の。そうすればもっと僕の言う事を聞かせることができるのに」
 名は最初の呪であり、最後の呪である。
「あのぉ、えひっ、それで、あの修道院はどうするので?」
「今頃僕の林檎を食べた院長が暴れ回っているだろうから、いい感じにシスターたちが氷像になったあたりで、まとめて回収に行こう。ツロの野郎がね、どうにも、たくさんいるって言うんだよな。あいつほんとワガママ。腹立つ」
 氷像を回収かあ。重いし、冷たいですよね。EMAはそんな顔だ。
 そのままアーノルドはすらすらと語った。

『ツロの福音書』第一節――
 われわれは、主が御座す世界を正しさで溢れさせなくてはならない。
 ひとは産まれながらに罪を犯すが、主はわれらを許して下さる。故に、われらはその御心に応えるべく献身するのだ。

「とかなんとか言っちゃってさ。ようは俺の言う事を聞け、だよ」
 アーノルドは星の聖痕の付いた青林檎をかじると、隣へ顔だけ向けた。
「聞いてる?」
 声をかけられたものの、子どもは手の中の青林檎をこねくり回すばかりで泣き止もうとしない。
「戦力になると思って連れて返ったんだけど……ややこしいの拾っちゃったかな」
 アリシアみたいに、いかにも強そうなのにしとけばよかったな。アーノルドは肩を落とし、机の上へ乱暴に足を投げ出した。

●急行
 修道院に火の手ならぬ氷の手があがっているときいて、あなたはいぶかしみながら、あるいはおもしろがりながら、現場へ急行した。天義の、街から少し外れたところにある修道院。空は暗く、遠くで雷がのたくっている。30人ほどの修道女たちが暮らすレンガ造りの二階建ての建物は、芝生に囲まれていた。
「たしかに氷ですね」
 志屍 瑠璃(p3p000416)がつぶやく。
 窓から突き出しているのは氷塊だ。非現実的な光景だった。
「なかは氷で満たされているのかしら」
 そう続けたとき、腹に響く音がして、壁の一部が弾け飛んだ。巨大な氷塊がせりだし割れ砕け、崩れたレンガとともに降り注ぐ。瑠璃は顔を腕でガードしながら建物から離れた。
「真夏に氷とな、さて、我等を歓迎している御仁にどうにも心当たりがある。アーノルドとかいう餓鬼だ。そのものか。あるいは別のなにかか。物語は開幕し、海馬は終焉を告げる。進もうではないか」
 ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)がNyahahahahaha! と笑った。そのあいだも氷は吹き上がり続けている。
「アーノルド……」
 マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は拳を握りしめた。
「こんな、無辜の人々のために祈る人々すら、踏みにじって」
「ええと、けど、ロジャーズさんのいうとおり、行ってみないとわかんないことが多いですし、いってみません? まだアーノルドがくるとわかったわけでもないですし」
 エマ(p3p000257)が愛想笑いを浮かべ、マリエッタを促す。
 あなたは依頼に添えられた言葉を思い出した。天義法皇、シェアキム六世の受けた神託だ。
 第二の預言、死を齎す者が蠢き、焔は意志を持ち進む。『刻印』の無き者を滅ぼす。
 あなたは警戒しつつ、破壊の手が少ない場所から、修道院へのりこんだ。

GMコメント

 ●『歴史修復への誘い』
 当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
 聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

みどりです!よろしくおねがいします。

やること
1)イフレッタの不殺
2)修道女30人の保護

逃げ惑う修道女を守り、イフレッタを不殺で倒しましょう。
後半になると、アーノルドとEMA、それから天使みたいな男の子がやってきます。戦ってもいいですし、接触してもいいです。どのくらい長い間居るかは、プレを通して判断します。

●エネミー
『錯乱聖女』イフレッタ
 アーノルドの聖痕がついた青林檎を食べてしまい、意識を乗っ取られました。青林檎が『偽・不朽たる恩寵』によって強化されているためか、非常に強力な個体となっています。修道女を優先して襲います。神秘に優れ、反応も高く、CTもあるようです。暴れ狂っており、手がつけられません。一度不殺で倒しておとなしくさせてやらねば正気に戻らないでしょう。
A 熾天宝冠
A ケイオス・タイド
A マリシャスユアハート
A アイゼン・シュテルン
A フルルーンブラスター
P 高速詠唱2 能率大 充填大 すべての攻撃に【絶凍】が追加される

●要救助者
 修道女 30人
 4~5人程度のかたまりとなって修道院の中を逃げ回っています。
 話しかけることで、仲間にすることが可能です。ある程度の命令を聞いてくれます。また、あまりあてにはできませんが、回復やBS解除を行ってくれます。
 12人がすでに氷像にされています。氷像にされた修道女へは、BS解除をしてあげるといいでしょう。殴るのはおすすめできません。

●戦場
 修道院
 レンガ造りの二階建ての建物
 1階は広間や執務室になっており、二階は居住空間。細い廊下で繋がっている。イフレッタは広間からスタートし、修道女を探して動き回ります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <アンゲリオンの跫音>グリーンアイシクルエッジ完了
  • アーノルドくんのお話
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年08月24日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
ロレイン(p3p006293)
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

リプレイ


 びっしりとつららのさがる天井を見上げ、『こそどろ』エマ(p3p000257)は半笑いのまま顔をしかめるという器用な真似をしてみせた。
「夏真っ盛りですが、あの氷の中に飛び込むのはなかなか躊躇しますね、えひひ」
 直後、がっくりと肩を落とす。
「言ってる場合じゃないかぁ。はぁ、なんとかしましょうかぁ」
 ひとまず全員で二階へ上がった。吹き上がる氷ででこぼこになった廊下を走り、修道女たちを見つける。こちらの姿を見た途端、悲鳴を上げて逃げだしていく修道女。『せんせー』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)の異形ゆえか。よってロジャーズは、長い腕を伸ばして修道女の肩をつかみ、むりやり振り向かせた。
「貴様! 私によって起こされる不快、痛快、すべてけっこうなものと心得よ。豚のような悲鳴を上げるひまがあるなら、まずは目を閉じ、私の仲間の声を聴け。助けに来たのだよ。それだけは保証しよう」
 抱き合ったままへたりこむ修道女たちへ、『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)が近寄る。
「気にするなという方が無理かもしれませんが、あの方はああ見えて私たちの味方なんです。ええ、そうです。あなたたちを助けに来たイレギュラーズです」
 しっかりとした声に、修道女たちは震えながら立ち上がる。
『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が、やさしく声をかけていく。まるで、心へ取り入るかのように、甘く、優しく。
「ご無事ですか? もし足が震えるようなら、避難の準備を。もしも心が強く持てるなら、私と共に仲間の救助を」
 修道女たちは、とつぜんの院長の豹変を語った。何が起きているのか、いまだつかみきれず、混乱しているようだった。それを察した『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)がコンバットスーツに包まれた拳を握ってみせる。
「もちろん自分たちは院長もお助けするために来たのであります! なにしろ自分は曲がったことが大嫌いですから、院長へ降りかかった苦難ごと、破砕してみせるであります!」
 力強いムサシの言葉に加え、『航空指揮』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)の厳しいが的確な言葉も効いた。
「テメエら、俺たちの仕事を増やした罪は深いぜ? ほかの修道女はどこだ。ちゃっちゃと吐きな。みんなまとめて守ってやるからよ」
 修道女たちは息を乱しながらもイレギュラーズの質問に答えていく。『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)が、速記していた手を止めた。
「豹変した際の状況を聞く限り相当な洗脳アイテムですね。前提は食べられる事でしょうが、それが不自然なものでもない。それまでの感情と真逆の行動も躊躇なく行わせる事が可能。何の情報もなければ迅速な対応が必要だと思ってしまうでしょうね」
 迅速な対応、すなわち殺害。最終手段すら瑠璃に選ばせるほどの劇的な小道具。そんなものが、どうやらごろごろしているらしい。
「誰を排除するにしろ効率のいいアイテム、だからこそ許容できません」
 たとえば、これほど劇的な変化でなくとも。瑠璃は思考を重ねていく。対象を、いつもどおりにふるまわせて、都合のいい時だけ操作したら? 誰もを伏兵にすることが可能ならば? 隣人を信用できなくさせたら? そうなればいまの崩れかけた天義は波にさらわれる砂の城のように歴史の波へ消えていくだろう。阻止せねばならない。遂行者のこれ以上の暗躍を。
 瑠璃のつぶやきにロレイン(p3p006293)もうなずく。
「聖遺物へさらに厄介な仕掛けを持ち込んできたようね、遂行者……。よほど人員不足なのかしら?」
 答える者はいない。けれど、彼女の読みは当たっているような気がした。


 修道女を助けに回るマリエッタを残し、一行は冷気漂う方向へ走った。視界にイフレッタをとらえたロレインが眉をしかめる。
「氷の炎なんて洒落た技を付けられたわね? でも心正しい御老体には過ぎた派手な力だわ」
 弾丸が命中し、イフレッタは壁に叩きつけられた。
「元の貴女の言動、行動こそが正しいの、今より予言が優先される世界なんて、間違っているのよ」
 Black Atonementは、今日も心強い。イフレッタを壁へ釘付けにしたまま、ロレインは言い募る。
「遂行者の思い通りならないで? シスター・イフレッタ。他ならぬ強欲の影響に心痛める貴女が、聖痕や予言に心乱され、堕ちることないように。私の願い、聞いてくれる?」
 イフレッタが大きく息を吸い込み、何事か叫んだ。アイゼン・シュテルンが発動する。苦痛に顔を歪ませ、ロレインはそれでも姿勢を崩すことはなかった。
「聞いてくれないのね。だけど、私はこう見えて存外に諦めの悪い女なのよ」
 トールが間に合わせの剣を鞘から抜かぬままイフレッタへ打ち掛かる。イフレッタを気絶させ、保護するためだ。AURORAの輝きはなくとも、剣先は鈍っていない。己に残された力と技術を駆使して、トールはイフレッタの至近距離へ潜り込み、峰打ちになるよう剣を振り下ろす。
「痛いですけど、我慢してくださいね! そうじゃないと気絶させられませんし!」
 だが、細い老婆とは思えない手応えに、トールは驚愕した。まるでいわおか鋼だ。
「く……。命まで取る気はないですけれど、本気で行かないといけないみたいですね」
 今の私の剣術が、どこまで通じるでしょうか。
 トールは腰を落とし、半身になった。一閃、脚で床を蹴る反動を利用し、剣を横薙ぎにする。イフレッタは脇腹を強く打たれ、怨嗟の叫びを上げる。
「まだまだぁ!」
 右からの横薙ぎから持ち替え、左からの旋回。間にあわせの剣といえど、その威力は馬鹿にできない。一撃一撃は朴訥と言ってよい。だが、その速さ、鋭さには、目を見張る物がある。基本に忠実に、トールは動く。何度もさらえた型を、体へ叩き込まれた剣術の真髄を、もういちどなぞるように、トールは戦いを続ける。
「で」
 ロジャーズが三日月をさらに鋭くした。
「正々堂々という単語は、貴様の辞書にはないと見える! もっとも私もまたその単語とは無縁なのだがな、Nyahahahahaha!」
「いやぁ。ちょっと、ね。えひひ、ロジャーズさんお強いですし、私は影に隠れていたほうがいいかな~って」
 ロジャーズの背後から、エマが愛想笑いをする。ロジャーズはさらに哄笑すると、ずいとイフレッタへ向かって歩み出た。
「いいだろう。このにくは確かに、確実に、確定的に、貴様らをかばうためにあるのだ。存分に楽しめ」
 どろりとロジャーズの上半身が形を崩す。菌類、蛆、魚介、あるいはそれら、そんなものが複雑に絡み合ったロジャーズは、鬼の面に見えた。
「嗚呼」
 ロジャーズが奇怪な上半身を震わせる。
「気の触れた奴を相手に動くのは面倒でしかない。何よりも、私以外の何者かの手に依って発狂している奴は特に! 厭の餓鬼、随分と人を魅了するのが上手いと視た」
 もしくは呼び声に近い『何か』か? 重ねて即効性、烙印よりも厄介と思うべきか。ロジャーズは思慮する。まるで博物館の館長のように。居丈高な哄笑は、この戦場においてむしろ士気を鼓舞する。守りは万全だ。ロジャーズがいるかぎり。
 エマは宣言通り、ロジャーズの影からイフレッタの死角を狙って飛び出した。握ったメッサーにすべてを賭ける。音の壁を越えろ。自分に言い聞かせる、そのときには、終わっている。メッサーへ確かな手応え。イフレッタが何事かわめいている。
「すみませんねぇ、私、手加減できるほど膂力に優れるわけではないので」
 エマは蹴りを放つ。宙をうがつ。それでいい。獲物は反射的に攻撃から逃れようとする。だからエマはそれを見越し、イフレッタの動きを邪魔する。そしてイフレッタが壁際から動かぬようマークしてのけた。
「なかなかやるじゃん。エマ」
「えひ、そうでもないですよ。だから攻撃はおまかせしますね」
 アルヴァは心得たとばかりに自らも回し蹴りを放った。エマの動きとは相反する、相手の急所を狙った蹴りだ。右足を叩き込んだアルヴァは、ついでしゃがむように回転。今度は伸び上がってイフレッタの顎を狙うように……。
「範囲攻撃、回復、豊富なBS。どれも厄介だ。とどめに操られていて、むちゃくちゃに強化されてるときた。……ったく」
 ハイキック。イフレッタはそりかえり、壁へ激突した。
「割に合わねえ仕事だよ」
 軽く跳ねて後方へ下がり、姿勢を整える。イフレッタはまだも唸っており、衰える気配はない。
「マジか……。やってらんねえよ」
「ええ」
 瑠璃が跳躍した。変装に使った修道女のスカートがひらめき、忍者刀が鞘走る。圧倒的な速度で、イフレッタの右腕を切り裂く。人とは思えぬ悲鳴が響き渡る。
「手加減はしてあげましたよ。それに、その程度の出血で死にはしません」
 着地した瑠璃はすぐに体をひねり、イフレッタから距離を取る。吐かれた青い炎が、さっきまで瑠璃のいた床を凍りつかせた。
「そのお年にしてその元気。けっこうなことです。ですが、無理は禁物です」
 ぐきっときますよ? などと挑発しながら、瑠璃はイフレッタへ鋭い斬撃を刻む。ほとばしる血も痛みも、あくまで威嚇のためで、イフレッタを害するつもりはない。それだけの技術と知識を、正しく瑠璃はもっていた。
 イフレッタがぐらりと傾く。血を吐いた彼女へむかい、大気中の冷気が収束してくのを、ムサシは感じ取った。
「彼女は被害者、命を奪う訳にはいかない……!」
 胸に抱いた想いを力に変えて、勇者はここに立つ。心を燃やし、焔を抱く。コンバットスーツから力が流れ込んでくる。マフラーが輝き、まぶしいまでにきらめいた。
 イフレッタの拳に青い炎が宿る。それでもって殴りつけてくるイフレッタと、ムサシが正面からうちあう。
「ストライク!」
 イフレッタの腕へ、ムサシが裏拳を叩きつけ、軌道をそらす。一歩間違えば、必殺のフルルーンブラスターがムサシへ直撃しかねない。だが、ムサシは心の命じるまま、正義と勇気を信じぬく。
「ハート!」
 さらに逆の裏拳でもって、イフレッタの猛攻をはねのける。反動でのけぞったイフレッタが、冷気を吐き散らしながら飛びかかってくる。
「コンビネーション!」
 めり、と、ムサシのクロス・カウンターがイフレッタへ突き刺さった。風船がしぼむように、老女から急速に冷気が抜けていく。ムサシはイフレッタが動かなくなったのを確認すると、すぐに安否を確認した。静かに呼吸をする老女は、憑き物が落ちたかのようにおだやかな顔をしていた。


「エマ」
 ロジャーズの声に、エマは集中した。ハイセンス、彼女の持つ類まれなる鋭敏な感覚が、縫うように空間を掌握する。彼女は、そこに異物を感じ取った。
「上です!」
 エマが見上げると同時に、トールが間にあわせの剣を鞘から抜き放った。
「下がっていてください皆さん! 鋼覇……」
 ぐっと床を踏みしめ、丹田に力を溜める。それから、一気に放出した。
「斬城閃!」
 剣閃が衝撃波になり、衝撃波は爆風となって天井を吹き飛ばした。瓦礫が落ち、もうもうと煙があがる。
「あっぶなー。しぬかとおもった」
 妙に気の抜けた声が、天井の穴から影とともに降ってきた。皆が影を注視する。そこにはエマに似た、けれどもっと卑屈そうな女と、天使のような男の子。それから、銀の瞳の遂行者がいた。ぞくりと一行は背を震わせた。冷気が強くなった。イフレッタなど比べ物にならないレベルで。
「おとこおんなか。どおりで。覚えのある殺気だとおもったよ」
 アーノルドはトールへ視線を向けた。長い銀の剣が、冷気と星の輝きをまとう。
「またお会いできてうれしいです。アーノルドさん」
 トールも剣を正眼に構え、返礼する。アーノルドの後ろには、男の子がいた。
「う、ひっく、ぐす……」
 男の子が泣いているのは、べつにトールのせいではなかろう。ただその翼からはカードを撒くように羽が舞い散り、次々と影の天使へと変じている。その子を盾にするように、ひねこびた笑いを浮かべたまま、EMAが様子をうかがっている。
(全員、物神無効バリアを張っている……私の一撃が効かなかったのはそのためですね)
 早めに片付けないと、影の天使の数に押し負ける。トールはそう判断した。
「なんだかずいぶん、みすぼらしくなったね。おとこおんな」
「ご挨拶ですね。この姿は、全力を出し切った証。安い挑発にはのりませんよ?」
 トールはにっこりと笑ってみせた。
 瑠璃が忍者刀をかまえる。どう動けば効率的か、効果的かを考えながら。
「お求めのものはこちらにありませんよ。お帰りください」
「そうみたいだね。せっかく来たのに、無駄足だったよ。ホント君らって、人の邪魔するの好きだよね」
 アーノルドは鼻を鳴らした。冷気がさらに強くなった。不随意に震えだす体をなだめつつ、瑠璃は観察を続ける。
(彼の機嫌と、この冷気、連動しているのかしら。かといって機嫌を取ってやる気にもなれませんけど)
 アーノルドが顔をあげた。
「ん?」
 ロジャーズに気づいたようだった。
「へえ、そっちに回ったんだ、君」
「いかにも。貴様もにくを食らうか? ホイップクリームは添え、撹拌せよ。矛盾は私にとってなんの痛痒でもない」
「そうだね……」
 アーノルドが青林檎をとりだし、ピッチャーのようにぽんと投げ上げたかと思うと、ロジャーズへ向けて投げつけた。
「笑止」
 ロジャーズが長い腕を伸ばして青林檎をつかみ、握りつぶす。しかし、その瞬間、胸に痛みが走った。凍傷のような。
「そっちはおとりだよ」
 いつのまに肉薄したのか、アーノルドがロジャーズの胸へ掌底を押し当てていた。
「面白い! じつに面白い! 貴様! 我等物語は不可解にして明瞭! 手のひらの上で踊るは貴様のほうと知れ!」
「だってツロの野郎にいやみいわれんのは、僕だし。置き土産くらいしとかないとね。おっと」
 アーノルドがふらりと避けた。直後、彼がいた空間を弾丸が引き裂く。ロレインの長銃が、アーノルドに照準を合わせていた。
「銃口がどこを狙ってるのか、まるわかりだよ。レディ?」
「か弱き人を小細工で弄し、信仰と信念を踏みにじっておきながら平然としている。唾棄すべき存在ね、アーノルド」
「愛の告白かな。だとしたらうれしいんだけど。」
 じゃ、帰ろうかな。アーノルドが無造作に背を向けた。
「ああ? のこのこやってきたてめえらを逃がすわけねぇだろ」
 アルヴァがその背へ急襲する。
「とりあえず一発殴らせろ、話はそれからだ」
 男の子の羽から生まれた影の天使が、あいだへぬっと入りこみ、アルヴァの渾身の一撃を前に砕け散った。
「手下にかばわせるか。いい根性だ」
「こっちだってフルボッコはちょっと、ね」
 傷、まだ治りきってないし。アーノルドは顔をしかめたまま胸へ手をあてた。
 ぱららら。ぱら。ぱらら。
 次々と影の天使が生まれていく中、エマはEMAと対峙した。
「でましたね。私のそっくりさん」
「ひ。そ、そんな怖い顔しないでくださいよ」
「第二ラウンドといきましょうか」
「いや、その、えひ、えひひひ。私は、えっと、そんな気は、ぜんぜん」
「問答無用!」
「ひあ!」
 ガチャン。分厚いガラスが割れたような音がして、エマの骨徹が、何かを叩き割った。EMAには傷ひとつついていないが、カタカタ震えている。いらっときたエマは、そのままナマス切りにするべくメッサーを振るう。凄まじい速度で迫りくる刃から、EMAは逃げ惑ってばかりいる。
「すこしはかかってきなさい!」
「い、いやですよぉっ! こわいっ!」
「普通に困るんですよね、私と同じ顔で同じ声なの。あなた一体何なんです!?」
「な、なにって、あなたが私を産んだんでしょー!? 致命者として! マスター! マスター助けてくださいっ!」
 しかたないなあ。アーノルドが呟いた。
 直後、背後に殺気を感じ、エマは無意識のうちに回避した。そりり。首の後ろが皮一枚切られるのを感じる。
「あ、逃げた。首取ってやろうと思ったのに」
 銀の瞳の遂行者がそこにいた。無造作に振り抜いた剣の周りに、冷気の刃が舞っている。
(うげ、これ、避けきれなくなるやつです? もしかして!)
「この外道!」
 ムサシの声が響き渡った。
「他者の事を想いやり助け合い生きる無辜の方に……こんな非道な仕打ちをするとはッ! この宇宙保安官ムサシ・セルブライトが断じて許さん……ッ!」
 アーノルドは嫌そうに距離を取った。
「暑苦しいのは嫌いなんだよね」
「元凶はここで絶つ!」
 腰部ユニットから抜き放った剣へ焔が宿る。ムサシはそれでもってアーノルドへ切りかかった。そのとき、影が飛び出した。
「!」
 一瞬で判断を変え、ムサシは剣を明後日の方向へ流した。行き場を失った業火が壁を叩き割り、周囲の氷を溶かす。
「……死血の魔女」
「逃げてください。ここは私が時間を稼ぎます」
 アーノルドは困惑したようにマリエッタを見やると、わかった、とぶっきらぼうにつぶやいて剣を引いた。そのままEMAと男の子を連れて消えていく。
「マリエッタさん。いったいなぜ」
「チェックメイトの準備を、したんですよ。ムサシさん」
 マリエッタが薄暗い笑みを見せた。気圧され、ムサシは黙り込む。マリエッタは消えていったアーノルドをおもいだし、笑みを深くする。
(魔女らしく貴方の心を掴んで……奪ってあげましょう。アーノルド。その全てを奪いつくす日の為に)

成否

成功

MVP

なし

状態異常

マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女

あとがき

おつかれさまでしたー!

さて、今度はどうなるのでしょうか。楽しみですね!

またのご利用をお待ちしております。

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