PandoraPartyProject

シナリオ詳細

夏を追い越すミッド・サマー

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●薄明
 高い山々へと登れば、雲はしだいに水平にまで浮かび上がってくる。
 星を見下ろすことも可能になるだろうかと思いあがるほどに高くのぼれば、呼気は薄く――高度で下がった気温により、息は白く染まっていく……。
 狼の引くソリが道を急いでいる。
 賢い二頭の狼、ベルカとストレルカは急ブレーキをかける。
 氷の大地の一角にヒビが入っているのを見つけたのだ。
 狼ソリの主、ラグナルは合図に従い、手元の綱を操り、ソリの向きを変えた。しばらく走らせていると、遠くで地面がひび割れ、氷河が滑り落ちていった。
 幸い、危険が及ぶほどに近くではない。
「……夏だな」
 と、ラグナルはつぶやいたのだった。
 そう、ここは、鉄帝よりさらに北。この時期でも雪が消えたりはしない。
 そのはずである……。

「ここからなら、届くかな」
 鉄帝の春。鉄帝国を襲った動乱は無事に終わりを告げた。
 失ったものは多かったが、得たものがないとは言わない。かつて戦場となった谷を見下ろし、ラグナルは戦士たちに花輪を放り投げる。しばらく瞑目した後、行くか、と背を向けたときだ。谷の底、何かが輝いている。
「……? ありゃあなんだ?」
 ベルカとストレルカに言葉があれば、「ホタル」、とでも答えたかもしれない。
 キラキラと光るホタル――初めて見るホタル。危険そうでもなかったので、ただ、「きれいだな」と思うだけだった。
 そう、実際にそれ自体が「危険」なものではない。
「うん……?」
 ぽたり、と、額から流れ落ちた水の粒は吹き飛んだ氷の粒が溶けたものではなく汗だった。無論雪景色の中でも激しく活動すれば汗もかく。しかしこれはなんだかぬるく、まとわりつく空気はどこかぬかるんでいた。

●暑すぎる、夏
『ごめ ジル
くるな
ここはきけんだ

暑す ぎて
まつ り
できな
ごめ

なつ
あつ』

「これはいったいどういうことかしら……」
 ジルーシャ・グレイ (p3p002246)は、受け取った手紙を手に、首をひねった。インクはにじんでいて、心なしかへろっとしている。差し迫った危機ではなさそうだが、とにかく元気ではなさそうだ。
「何かあったに違いないわね……」
 お人好しのジルはアイデの人たちの様子を見に行くことにしたのだった。

 明けない夜はない。
 それはたしかに、ひとつの事実ではあるが――ここ、ウィーザル地方の極地の一日は、少々事情が異なった。
 明けない夜、白夜と、それに伴う夏至祭の存在である。
 アイデの一族は、狼とともに暮らしている。この地で、一日中日の沈まないこの時期は、夏至祭が行われるのである。男も女も、白い服を着て、花冠を被り、歌を歌い、踊りながら一晩を明かす。
……はずであった。
「ようこ、そ ここはアイデの集らk……」
 冬の過酷さには耐えてきたノルダインの男たち、たくましい人間ではあったが、この熱帯夜とも呼べるような状況はあまり味わったことがなかった。各家からはうめき声が漏れている。精霊のいたずらにより、一時猛暑となってしまったようである。むわっとした空気。お祭りのための準備をしていた村人はゾンビめいていて暑さにもだえていた。
 この異常事態に備え、鎧を着こんでぶっ倒れている男もいる始末である。
 狼たちは人間よりも賢く、寝そべって地面のひんやりさを味わっている。

 彼らは知らないが、ホタル(にしてはやや大きい、光の球みたいな生き物)は、この地方では「夏の虫」と呼ばれ、熱を集めるトクベツな精霊の一種である。本来であれば散るようにして発生し、ゆっくりと夏の訪れを告げるのではあるが、今回は平和と夏至祭の空気にひかれ、一か所に……つまりはアイデの村に集まってしまったのだった。
「で、おとなしく戻る気はないのかしら?」
 夏ホタルたちは、我が物顔であちらこちらで光っていた。害意はないようだが、せっかくだから楽しみたいということで大人しく帰る気はないようであった。夏の思い出や、熱い戦闘でもぶつけられれば満足して少しかは涼しくなるであろう。

GMコメント

布川です。

●目標
・アイデの集落に現れた「夏ホタル」をなんとかする
 夏らしいことをすると弱る傾向があります。

●場所
鉄帝北方ノルダイン、アイデの村。
狼とともに生きる一族です。
鉄帝動乱で一時は乱れましたが、イレギュラーズたちの活躍で平和を取り戻しました。
交流が深まり、鉄帝国からの客人もちらほらいるようです。
夏初心者。

族長はラグナル・アイデ (p3n000212)。
まだまだ新米です。
海はちょっとワカル。

●敵
・夏ホタル
ヴィーザルの平和とともに大挙して押し寄せすぎた夏を運ぶ精霊です。
光の球のようなみためをしています。
白熱した電球のようにひたすら熱いのですが、夏らしいことをすると、満足して弱体化します。
(例:風鈴、涼しい格好、うちわ、スイカ割りなど)
折り悪くアイデにはなかなかそういったものがないために過剰に暑くなっているようです。

●状況
一足早い春の訪れを引きずり、本日は酷暑のようです。
ミッドサマー(夏至祭)……といきたいところですが、今年は「夏ホタル」のせいで例年に似合わず猛暑です。

アイデのひとびとは(サウナみたいなものはありますが)酷暑の経験があまりなく「これは……もしかして暑いのか?」という状態でもあります。

あまり夏ホタルが好むような「夏」に造詣が深くはなく、発想が豪快なので「氷水を浴びる」くらいのことしか知りません。
本来なら白い服を着て多少涼しくしているはずですが、異常事態が起きているのに警戒して鎧を着こむ→余計暑いみたいな悪循環を起こしています。
健康には別条はないですが、狼たちは毛皮が脱げないのでべったり溶けています。

●ミッドサマー(夏至祭)
暑いとはいえ夏至祭の準備はされています。
屋台が出ていますが、暑すぎて火がつかなかったり、トラブル続きのようです。

・屋台
狩りや畜産によるソーセージやヤギのチーズなどがあります。
暑ささえなんとかなれば、氷雪のかき氷、お面など、にぎやかなお祭りが行われるはずです。

・語り部
いつもであれば旅芸人が語りを聞かせてくれていますが、あまりの暑さで話がループしています。はげますか、代わりにパフォーマンスをしてあげましょう。

・広場
本来であれば白い服を着て、花冠を被り、一晩中踊りあかすところですが、あまりに暑くこのまま踊ると倒れてしまいそうです。
ほどよく夏ホタルへの対処が出来れば、最終的にはホタルの光とともにちょうどよい温度で踊ることができるでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の暑さに注意して水分補給はしっかりしましょう。

  • 夏を追い越すミッド・サマー完了
  • 「暑い」のか、もしかして?
  • GM名布川
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年08月19日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
※参加確定済み※
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
変わる切欠
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す

リプレイ

●涼しい風とともに
 うだるような暑さに、手紙の文字もでろりとしている。
「確かにヴィーザルは寒冷地だし、夏の暑さに疎くても不思議じゃないか」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は苦笑を浮かべる。
「……彼らの様子が目に浮かぶよ。
溶けてしまう前に助けに行こう」

 しかし、すでに――。

「砂漠だ! 砂漠の人間だ!」
「夜はクソ寒いって聞いたぞ」
「帰っていいか? つーか帰る。帰らせろ」
『黒き流星』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)に、暑さで気の狂ったアイデの人間が群がる。
 去年の祭りからもう1年。気晴らしに参加してみればこれだ。
「これが日常ラグナルクオリティーってやつか? あ゛?」
「あの時も夏至祭の頃で、皆の兄力とか姉力を集結させてキングフロストさんをお山に帰したのですよね……」
『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)はしみじみと、再びアイデの地を踏みしめていたのだった。
「アイデの村に来るのも実に一年ぶりくらいですか。時が経つのは早いものです」
「雪だるまーーーカモン……!」
「テメェは来んな!」

「……成程、そういうことだったのね」
『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は夏ホタルたちのささやきに頷いた。
「夏を運ぶ精霊ですか。それにしたって集まり過ぎですよ……」
 少しならばやや温かい夏ということで済んだだろうにと、『羽化』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)がこぼす。ジョシュアは日に焼けすぎていない肌をしており、同じく、北国の出身なのだ。
「寒さには慣れていても、暑さに強いわけではないのです……どうしてこう精霊達はいたずら好きなのでしょうね」
「はぁ……精霊にもいろんな子はいるけどこれはまた」
 燐光に惹かれるように集まってきたホタルに『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はそっと手の甲を差し出す。
「悪い子じゃないし、夏を楽しむのも悪いことじゃないものね」
 心得のないものに助けを求めたなら、精霊たちはただ退治されてしまったことだろう。けれども、彼らはとびきり頼りになるのだ。
「フフ、任せて頂戴な♪ アイデの皆にも、鉄帝の人たちにも、夏の楽しみ方を教えてあげようじゃない!」
「そうよね。夏を楽しんで夏の楽しみ方も教えてあげましょ!」
 オデットが言う。光に属する妖精は、いずれはきっともっと多くを導くことになるのだろう。
(夏ホタルさん達に夏を知らせて欲しい集落は他にもあるでしょう、し
こちらに集まり過ぎないよう満足していただかなくては)
『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は、きゅっと手のひらを握って決意する。『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)は「頑張りましょ」と、微笑んだ。

●涼しさを求めて
「しかし、覚悟はしていましたが……確かにこれは暑い……!」
 我慢強いチェレンチィがこぼすほどには暑い。
「めぇ……アイデの皆さま、暑さでとけてしまっています……」
 メイメイはぷるぷると頭を振り、気合いを入れた。
「ハァイ、きょうだい。大丈夫?」
「ジル、来るな! ここは危険だ!」
「来るなって言われてアタシたちが来ない訳ないでしょ、もう!」
「じゃあ俺も巻き込むんじゃねぇ!」
「ルナはのこって熱砂の知恵を授けてくれ! 何かあるんだろ? 秘訣が」
「とりあえず……脱げ。暑苦しい」
「そうですよ。アイデの皆さん、何で鎧なんて着込んでいるんですか、熱が籠って危険ですよ!?」
「鎧を、脱ぐ……?」
 チェレンチィにぽかんとした顔をする彼ら。脳がすっかり筋肉にやられてしまったらしい。
「えーと……とりあえず鎧を脱ごうか。そんなの着てたら熱中症になるぞ?」
 と、イズマが言うのだった。
「ベルカたちを抱き締めるのは後にした方がよさそうね
念の為水着を持ってきておいてよかったわ……ハイ、ラグナルの分もあるわよ」
「水……着? ハハハ、いいか、ここにはお湯しかないんだ」
「しっかりしなさい」
「ラグナル、これが水着だよ」
 イズマは水着の上に白シャツを着て、かなり涼しげである。
「! そうか、水着だ……みんな! 夏には水着を着ればよかったんだ!」
 著しく頭の回らなくなった族長が頭の回らなくなった住民を鼓舞している。
「ほら、夏至祭をやるんだろう?
暑さでバテてないで、夏を満喫して万全の状態で夏至祭に臨もうよ、な!」
「臨もう!」
「うん、臨もうな」
「臨むぞ!」
「……うん!」
「ラグナルはともかく、狼連中は完全にもらい事故だろ。こいつらが干からびちまう前に、さっさと片すぞ」
 現状、アイデにはロクに脳みそが動いている人間がいない。ルナを尊敬の目で見つめる狼たちからもそれがわかる。
「暑いときは服はできるだけ脱ぐものなのよ。着こんでたら蒸し焼きになっちゃう!」
「とりあえず鎧は脱いで貰って。夏至祭なんですから、あの白い服に着替えて下さい!
その方がずっと涼しい筈です。……え、ボクも暑そうな格好してる? そ、その、郷に入っては何とやらですから、ボクも白い服着ますよ。前も着ましたしね」
 ルナは着替える場所もロクにないことに気が付いた。
「っかし、こいつら暑さに頭イカレてっからな。
おい、客人にゃ女子どももいるんだ。みすぼらしいもん見せんなよ? っつてもテントもそこらへんの家も蒸し風呂状態か」
 ルナがあたりを見回すと、狼たちが天幕をくわえて持ってきた。
「女連中も、のぼせた馬鹿どもを誘惑しすぎてくれんなよ?」
「あら、お気遣いなく」
 蜻蛉がにこりと思い思いに脱ごうとしていたアイデの人々は我を取り戻し、尊厳を守ることに成功した。

「ラグナルさんは初めまして。ジルさんの大切なご友人に逢えて嬉しいわ」
「ああ、どうも。すみません、いや悪い、こんな時に」
 一瞬敬語になり言い直すラグナルだった。
「ノルダインの皆さんにも涼しゅうなって貰いましょう
夏ホタルさんも、熱くなりすぎてしまうんは本意やないものね」
「ホラホラ、アンタも一緒に遊ぶわよ!
族長として、夏の過ごし方のお手本を皆に見せてあげなくちゃ♪」
「手本っつってもよぉ。あれ? ルナさん帰った? ルナ?」
 帰った――わけではなく、ただ行動が疾風なだけであった。
(この辺りのは陽気で溶けちまってんだろ)
 だが、氷河の「てっぺん」ならどうか?
 無論、そこまでは夏の手は及んでいない。一吠えするとすさまじい勢いで駆け上がる。
 伏せていたばかりの若い狼が顔をあげてルナに続いた。
「ついてこれるっつー奴がいりゃ、ついてきな。ぐだってるよか冷えるかもしんねぇぜ」
 ちょうどよく、岩に邪魔されて停滞している氷河を見つけ、一層高く蹴り上げると――かすかな冷気が村を席巻した。

 川の水の気温が下がったように思われる。
「これなら……すぐ涼しくしてあげますから、ね」
「バテバテの狼さんたち」に、メイメイは勇気を出して近づいた。期待を込めて見上げてくる狼たち。どこをどうしたらいいのか、よくわかる。ここだ。と、もふもふから熱を逃がし、撫でてやるのだった。
「ふぅ、これでこの子たちは大丈夫そうです、ね……ぅわぷっ」
 列、いや、輪ができていた。
「ひゃあっ!?」
 至近距離から狼ドリルを浴び、びしょびしょになるメイメイだった。
(ちょっと涼しいかもしれないし……息がほら、冷たそうじゃない?)
 オデットの呼び寄せたオディールに、彼らは気が付いただろうか。あの狼の伝説と、それから欠片を集めて救って見せたイレギュラーズと。ともあれ匂いを嗅ぎあうと、従来からの友のようにしている。そこには平和があった。
「はい、どうぞ」
 オデットは子供を中心に、林檎ジュースを配っていった。不思議そうに首をかしげていた子供はようやく飲み下して気が付いた。
 そのリンゴジュースは、オデットのリンゴ園で収穫された林檎をブレンドしたものである。あまりに美味しい。
「溶けたままじゃ困るもの」
「そうですね、ほかにはアイスティーを飲むのも夏らしいのではないでしょうか?」
「アイス、ティ―!?」
 ジョシュアの周りに、大の大人たちが集まってきた。
「それ向けの茶葉を選んで来ました。……台所を使ってもいいですか?」
「やめろ、死ぬぞ!」
「大丈夫です。水出しという方法があります」
 ジョシュアは手際よく刻まれた桃の果肉と砂糖を注ぐ。魔法のようだった。雪の精霊が、こっそり教えてくれた氷室。……ルナが氷を足しておいてくれたのだ。
「楽しみにしていてくださいね。その間は遊びましょうか」
 ジョシュアもまた、水着を持ってきていたのだ。
「しかし、夏を満喫して涼を得るとはなかなか上手くできていますね」


 ちりん、と涼やかな音が横切っていった。
「? それは」
「……風鈴、です」
 メイメイは割れやすく繊細な飾り物を、そっと軒に添える。
「豊穣で手に入れたものです、が…こうして、風で揺れると涼し気な音が響いて……いつの間にか暑さも穏やかになった、ような」
「……ほんとうだ」
「井戸水ならひんやりしていますし、丁度良い、かと」
「つ、冷たいぞ!」
「ふふ、わたしは、冷やしトマトが好きです」
 メイメイが控えめに微笑んだ。
「トマトだ、投げ入れろ! 今すぐ!」
「投げてはだめですよ」
「ただの氷水よりも、目に入るお花のおかげで綺麗でしょ。花手水、言うんよ」
「おお……」
 そこには、アイデの固有の植物と調和した、ここでしか見れない夏がある。
「良かったら、お椅子に座って足を浸して下さい。ん? これ? これはね」
 寄ってきた子供に、蜻蛉は水桶にうちわを浸してからあおいでみせる。
「ただ扇ぐよりひんやりして気持ちいいですし
繰り返し使えるよって、自然にも優しいしおすすめです」
 お犬さん? と誰かが聞いた。
「ふふ。うちは猫やの、よろしゅうね? ほら、お耳があるでしょ。狼さんたちもどない?」
 どことなく優美な口調は、流行りに敏感な子供を中心にしばし流行ったという。

●水と戯れ
 チェレンチィは水を桶に入れて、足をちゃぷちゃぷとくぐらせる。
「よいしょ」
 メイメイは次々と桶に果物や夏野菜を浮かべて涼やかさを演出するのだった。
 水辺では水遊びが始まっているようだ。

「それっ、いくわよっ」
 夏ホタルに、蒸発しないほどの水滴をかけてやるジルだった。
「大丈夫よ。夏はそんなに簡単にいなくなったりしないもの。ほら、やってごらんなさい」
「じゃあラグナルさんも皆さんも、はい、水鉄砲。バトルしようじゃないか?」
「倒れるまで体を動かしてその間の暑さに耐え……」
「いいや、水に濡れると破ける紙を肩に着けて、これに水を当てるんだ」
 そんなものが、と、ラグナルは驚愕した顔を浮かべている。
「あるのよ♪」
「チーム戦でも個人戦でも良いよ。俺も全力でやるから、よろしく!」
「受けて立つわ。妖精はイタズラ好きなの、容赦なく水をぶちまけさせてもらうわよ」
 オデットのまわりで、水しぶきが上がる。
 森で涼んでいた水や風の精霊を呼びあつめ、美しい噴水を作り出したのだ。
「うわっ、すげえ」
「キラキラして楽しいし綺麗だし涼しくてお得なのよ」
「もう一回、来い! いや紙が。ぶあっ」
 全力、というイズマの宣言はその通りで、手加減というものは一切なかった。
「アラ、やるじゃない! アタシも負けてられないわ♪」
「……どこだ?」
 湖の中。日光の乏しい水辺――を装ったのが、闇の帳だった。
 ラグナルは何とか反応し、銃身を向けたが……イズマはかわさなかった。
「やられたっ!」
 びしょびしょに濡れても、イズマの紙は無事だった。

「ハァイ、スイカ割りっていうのはどう?
お土産に持ってきたの」
 ひんやりと氷水で冷えたスイカを、ジルが優しく転がした。
「目隠しして、棒を額に当てて……さ、アタシたちの声を頼りに、スイカを叩き割って頂戴な♪」
「あら、いいじゃない。右よ、右、もう少し右」
 オデットが掛け声をあげる。
「ううん、左よ!」
「いったい、どれが真実なんだ……!?」
(音でわかっちゃうもんだな)
 オデットはイズマならば大丈夫だろう、と少し離れた方向の指示をする。狼たちもいたずらにのったようだ。
「これでどうかな!」
「外さねぇなあ……」
「私だってスイカ食べたいもの、冷えた野菜だってね。キュウリって冷やすだけでこんなに美味しいのよ、パクっと行きましょ」
「ん? トマト、美味いな……!?」
「です」
 メイメイが誇らしげに胸を張った。

「はい、ちゃんと切り分けて置いたわ♪」
 と、ジルは狼にもスイカを差し出した。
「これならベルカたちも食べられるわね」
 ジルが切り分けたスイカにばかり群がる狼。
「そいつら甘えてるだけだからな! 騙されるな」
「体を動かした後は水分補給です」
 ジョシュアの淹れたアイスティーは体のすみずみにいきわたるように染みていった。
「甘くないお茶が欲しい方はどうぞ。麦茶は栄養も取れますし、身体の温度を下げてくれるはずです」
 蜻蛉が差し出した不思議な液体は、アルコールでもなく、どことなく優しい味がした。茶を出し終わると、蜻蛉はメイメイのとなりに座ったのだった。
「かき氷やさんも、再開できてよかったわ」
「スイカ割りも良いな」
 イズマはアイスティーにスイカを浮かべ、食感を味わっていた。底にたまった砂糖を、シロップ代わりにしてかき氷にもかけてみる。
 水遊びを終え、水着から伝統衣装に着替える面々。
「コッチ、あいたわよ♪」
 とジルが場所を待っていたジョシュアを誘う。
(夏至祭の伝統衣装であるならそれに倣うべき……とはいえ、
女の子に間違われそうで少し恥ずかしいような)
 ジョシュアは思った。似合ってますよ、とはチェレンチィである。
「夏至祭はまだまだこれからだものね。あら、服だけじゃないわ。花冠もいるのよ」
 ジルは白い服と花冠に着替え、仲間たちの頭に花を乗せる。
「あら、お花の冠がいるのね」
「蜻蛉さま、花冠はお揃いにしましょう……!」
「お揃いね。どんな花冠にしようかしら……このお花がええかしら」
 メイメイと蜻蛉は、ふたり仲むつまじく花を選んでいくのだった。
「このお花なんてどう、ですか?」
「これは、珍しい花やね。高いところにしか咲かないと聞きます」
「うちは、そうやねぇ……メイメイちゃんがこの先も笑顔でいられますように、て
願掛けをしました。よおききますように♪」
「ふふっ、わたしは蜻蛉さまが健やかであるように、と願いを込めました」
「やっぱりアイデの村の夏至祭は、この格好じゃないと始まらないわね」

●語り部の訪れ
「おっと、お客さんのようだ」
 と、イズマが気が付き、狼が慌てて外に客を出迎えに行く。
 旅芸人は暑さのバリアにやられて帰ろうとしていたところだったが、涼しさを見つけてやってきてくれたのだ。危ないところだった。
 フルーツティーを手に、ジョシュアに子供らしくせがまれれば頼まれなくとも舌が回ろうというものである。
「よかったら怪談話とかどう?」
「アタシ、飲み物をとってこようかしら……」
「でも、後ろ……」
「イヤアアアアー!」
 ジルの悲鳴。しかし、それはドリームシアターによるたわむれだった。
「冗談よ。涼しい気分にはなったでしょ?」
「そ、そうね。ああ、よかった……」
「怪談をするなら浮遊島の幽霊魚の話で良ければしましょうか?」
 ジョシュアが言い出しまた後ずさるジル。
「あまり怖くないから大丈夫ですよ」

●空に咲く花は
 涼しくなってきた――だからこそ、花火をしようというイズマの提案にもアイデの人々は頷いたのだった。そうでなくては火と聞いただけで逃げ出したことだろう。
「よし、ここなら」
 イズマは、おそるおそるといった風の子には小さな手持ち花火を持たせてやり、ちょっとチャレンジ精神のある子にはネズミ花火を渡し、そして……。
「やっぱり、これだよね」
 どおんと、目立つ打ち上げ花火が空を彩った。
「たーまやー♪」
 と、ジルは叫んだ。「たまや、です」とメイメイがまねをしてみる。
「また狼の鳴き真似、披露してくれるわよね、ラグナル?」
「おう!」
「ったく、酔っ払いが」
 と、呆れた顔を見せるルナは一仕事終えた後の権利として、屋台の串焼きを手にしていた。

「んー、ソーセージもチーズも美味しくて病みつきになっちゃう。実はとっておきのお酒もお土産に持ってきたの
後で皆で乾杯しましょうか。……あ、未成年の子は果実水でね」
 からりとグラスを傾けつつ、ルナがやってきた。
「どこいってたんだよ」
 ルナもまた、裏で働いてたことは口にしない。「ちょっとな」というだけだ。しかし狼たちがやってきて、礼のように果物を運んできたので、何かあったのだな、とはわかる。
「……んで。
親父さんの仇は見つかったか?」
「……いいのかな、そういうこと考えても」
「殺るときゃ呼べよ。
暇だったら、手貸してやるよ。
ま、今の俺ァ年中暇してるがな。
……ほら、酒でも飲もうや」
 何倍も苦労を重ねてきただろうルナは言うのだ。

●輪になって
「……ボクも良く知らなかった、楽しい夏の風物詩がこんなにも」
 チェレンチィは新たに生じた思い出を振り返る。
「個人的には怖い話で涼を取る、というのに少し驚きましたね……」
「そうよね驚くわよね」
 早口気味に言うジルであった。
「苦手ではないですが、思わず背筋がぞっと……なるほど」
「しっかし、毎年毎年同じだと……飽きるもんだなあ」
 と、そんな慢心を吹き飛ばすような、鋭いリズムが風に乗って流れてきた。派手な音をかき鳴らすスピーカー。
「楽しく踊りやすいリズムならお任せあれ!」
 イズマの演奏は、一級品だ。何もしていないかに思えるのに音色はピアノのように、あるいはハープのように。さらにはアイリッシュ・フルートに。
「さー踊るわよー♪
去年よりアタシも上手くなったんだから!」
 ジルの周りを、ホタルが舞うのだった。
「蜻蛉さま、お手を」
 蜻蛉に、メイメイが手を差し出す。
「あら、お言葉に甘えて」
 くるりと回れば、花が広がるようにスカートが広がる。
「一晩中、は大変そうですが…こういうのも楽しいです、ね」
「……さすがに、一晩中は堪忍。でも、どこか違う世界に来たみたいで楽しいわ♪」
 ずっと終わらなければよいと、心のどこかで思ったかもしれない。その望みを映すように、空はずっと明るいままだ。

 ほう、チェレンチィはさすがに上手だ、と思ってルナが見ていると、である。
「ほら、ルナさんだって得意なの知ってるんですからね。皆さんと一緒に踊りましょう」
「ぐいぐい来やがって。壁の華を決め込んでたんだが。あー、まあ、いいぜ」
「蛍も夏の風物詩だよな。夏ホタルさんも満足してくれたかい?」
 イズマに答えるように、ホタルが明滅する。
「もう一曲、いや、何曲でもアンコールにお答えして」
 こうして、終わらない白い夜は穏やかに過ぎていくのだった。

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

なし

あとがき

正しく夏の訪れがあったようです。
みなさまもどうか涼しいところにおられますように!

PAGETOPPAGEBOTTOM