シナリオ詳細
<烈日の焦土>狂気の鐘が響くとき
オープニング
●出陣
誤った歴史を修正する。それが遂行者の目的であり悲願。それはティツィオも変わらなかった。
では、そのためにはどうすればよいのか。遂行者として非常に強い力を持っていても、相手はあのイレギュラーズである。
強力無比かつ数も多い。いかに個人の能力で上回っていても、数で攻められれば危ういことは理解している。ゆえに、ティツィオはまずは手駒を用意することにした。
自身に忠実かつイレギュラーズを相手に立ち回れるほどに強力な駒を。
「――――」
教会の礼拝堂。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光を受ける十字架を前にティツィオは聖書に記された文言を唱える。
完璧に記憶し、一言一句間違えることなく諳んじることは出来るが、万が一があってはならないと聖書を開き、その言葉に指を這わせながら。
聖句を唱えていくと、やがて十字架の前に魔法陣のようなものが現れ、そこから人間の体を生えてくる。その体格は15歳ほどで顔つきは中性的。ウーノたちと全く同じ容姿をした”器”である。
しかし、器はまだ器でしかなく、瞳は虚ろで呼吸もほとんど感じられない。
「――――」
聖書の別のページを開き更に聖句を唱えると、死した者の魂が呼び出され”器”に宿り”意識”が目覚める。
「ここは……。 ひっ! だれ!?」
「あぁ、もうそういうのは十分ですよ。黙って従って下さいねぇ」
「や、やめ……!」
目覚めた人形は何が起きたのか分からないといった様子で周囲を見渡すが、目の前に立つ仮面の人物に気付くと恐怖に体を竦ませた。
ティツィオにしてみればこの反応も五回目だ。いい加減うんざりしているらしく、有無を言わせず人形の頭を鷲掴みにする。
器に魂を入れることで、駒は自我を持って行動できるようになる。しかし、そのままでは使い物にならない。呼び出された魂がティツィオに従順であるかは分からないからだ。
そこでティツィオは人形の魂に自分の魂の一部を注ぐことにしたのだ。自分の魂を混ぜ込み上書きすることで、自身に従順でありながら、個体ごとに状況から次に取るべき行動を自律的に判断する自我を持ち、さらに何か異常事態があれば魂の繋がりから察知することが出来るというとても都合のいい駒が出来上がるという寸法だ。
とはいえ、それも簡単な事ではない。ウーノの時は混ぜ込む魂の量が多すぎたのか自我が希薄となり、やたらと機械的に動くようになってしまった。
逆にドゥーエの時は少なすぎたのか、やや暴走しやすい傾向が出ている。
しかし、その二つの失敗を経たからこそ、トレとクワトロは完璧に作ることが出来た。この”五番目”も。
「それにしてもイレギュラーズ、全く厄介なことこの上ないですねぇ。
ウーノに続いてドゥーエとトレまで撤退することになるとは……」
”五番目”を作りながら、ドゥーエが右腕を斬り飛ばされトレと共に撤退した事を感じ取っていた。
その結果にどうやら敵の戦力評価が甘かったようだと感じたティツィオは、顎に手を当てて考えこんだ末にやはり実際に戦うのが一番だろうという結論に達する。
「貴様、何者だ!?」
「邪魔ですよ、退きなさい」
「ぐわぁっ!」
地の国――混沌世界へと降り立ったティツィオの動きは速かった。
鉄帝のとある町を標的に定めると、そのまま単独で乗り込んだのだ。
突如として現れた不審人物に門番の軍人が警戒の色を滲ませるが、それを意に介した様子もなくティツィオが巨大な戦斧を振るうと、その衝撃波によって門番は吹き飛ばされ閉ざされていた門扉も砕け散る。
異常を察知した駐在の軍人たちも軽くあしらいながら、恐怖に染まる町の中を悠々と歩いた末に、その町の中央広場に建てられたシンボルらしき石像を一撃で粉砕。
代わりに羅針盤の絵が刻まれた十字架をその場に立てた。
「――――」
聖書を開いて聖句を唱えれば、十字架が内側より強く輝きだしやがて一条の閃光が空へと昇る。
光は上空で弾けると四方八方へと広がりながら現実を侵食し始めた。逃げ惑う市民たちを飲み込んで。
「さぁ。お膳立ては済みましたよぉ、イレギュラーズの皆さん。死力を尽くしてこの町を解放してみなさい」
●急報
豊穣で起きた凄惨な事件を解決し亡くなった住民たちの弔いをした後、イレギュラーズはその下手人である逃げたドゥーエやトレの追跡を行うことにした。
別の場所で再び同じような惨劇を起こさせないためにも。
そんなとき、遂行者たちの魔の手が傭兵、新緑、そして鉄帝にも伸びてきたことが発覚する。
世界各地で散発的に起きる襲撃に対応しつつも情報を集めていくと、鉄帝にて遂に手がかりになりそうな情報が見つかった。
「これを見てくれないか?」
「なになに、『ティツィオを名乗る人物が町の一つを占領』じゃと?」
つい先ほど齎された最新の情報を見て何かに気付いたらしい『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が、共に調査を行っていた『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)へ一枚の紙を渡すと、そこに書かれてあった情報を読んでいく。
ニャンタルはそれを読んだだけではいまいちピンと来ていないようだったが、その声に反応した人物がいた。
「ティツィオだって?」
同じく調査を行っていた『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)にはその名前に聞き覚えがあった。かつて自身の領地で行き倒れていたクワトロの手伝いをしたとき、そのクワトロ本人から聞いたのだ。自分たちのマスターはティツィオと名乗っている、と。
イズマもそれを覚えていたようでこの情報を見てもしやと思っていたらしい。
「なるほどな。だったら、俺たちがやることは一つ。そうだろ?」
『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)の言葉に一同は頷くと、仲間を集めてすぐに襲撃を受けたというその町へ向かうことにした。
- <烈日の焦土>狂気の鐘が響くとき完了
- ついに動き出した”あの人”
- GM名東雲東
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年08月10日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●戦局把握
突如廃墟となり住民たちが暴れる鉄帝の町。間違いなく帳が降ろされているだろう。
しかし、分かっているのは主犯がティツィオと名乗っていることのみ。不用意に動くのは危険だ。まずは状況を把握せねばならない。
「これを使ってくれ。それとこれも」
そう言って『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)が取り出したのはこの町の地図だ。廃墟とはなっているが、建物同士の位置関係が変わったわけではない。
そして、もう一つ取り出したのが、光が固められたような楔。なんでも、これを刺した相手には弾正自身の声を届けることが出来るという。
どちらも探索においては非常に有用だろう。地図を渡しつつ、弾正は同意を得た上で全員に楔を打ち込んでいく。
「なんだか面倒なことになってるみたいだぜ?」
「町中の人々が暴徒になっている。一体何が……」
弾正が地図を配っている間、『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)と『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は町の中の様子を探っていた。
クウハは使役する二匹の烏を起点に、上空から町を見下ろし敵意の動きを読み取っており、イズマはリオンと名付けたワイバーンに乗り、町の上空を旋回しながら優れた視力で住人と思われる人々の動向を観察していたが、完全に正気を失っており住民同士でも殴り合いを行っている様子が散見された。
このままでは住民同士で殺し合い全滅してしまうのも時間の問題だろう。思ったよりも事は急を要するのかもしれない。
「手分けして出来る限り早く町を解放しましょう。私たちはこの異変の元凶を探ります」
「なら、我たちはティツィオとかいうやつだね」
「了解であります」
帳の影響で一般人が異常な精神状態になることは何度も確認されているが、今回は明らかにその限度を超えている。何かしら別の要因があると見たイレギュラーズは二手に分かれる事にしたようだ。
『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)を始め、弾正とイズマはその元凶探しへ。
『闇之雲』武器商人(p3p001107)や『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)を始めとした残りの人員はティツィオの下へ。
互いに最善を尽くせるように祈りながら行動へと移す。
「ティツィオ……遂にか」
「焦るなよ? 急いては事を仕損じるというからな」
空を飛び、中央広場へ真っすぐに向かう『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)が呟く。これまでティツィオの配下とはたびたび関わっており、因縁のようなものを感じているのだろう。
並行して飛ぶ『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)もまた、一度ティツィオの配下と交戦しているため史之に共感を示した。
一連の元凶たるティツィオを倒し、この件を早期に終息させるのだと。
●元凶はどこに
遺言の捜索に向かった三人は広い町の中を手分けして探すことにしたようだ。
空を飛べる弾正とイズマはそれぞれ上空から町を探り、徒歩のオリーブは町の中を駆けながら怪しげなところを調べていく。
「っと。危ないな」
速度重視でエンジンを全開にしたためか、その爆音に住民が気付き襲い掛かってきた。上空の弾正への攻撃となるため、近くの瓦礫を投げつけるくらいだが当たればそれなりに痛い。
反撃できなくもないが、出来れば一般人を気付つけたくない弾正は、素早く建物の影に隠れるとエンジンを切って息を潜める。
すると、その前を一つの影が横切った。
「ここはオレに任せて行け」
「スースラ殿! すまない」
弾正が事前に応援を要請していた元ラド・バウ闘士のスースラである。
怪我で引退しているが、その腕は錆びついておらず一般人相手に手加減して戦うことなど造作もない。鞘に納めた刀で次々と住人達を気絶させていく姿を見て弾正は探索へと戻る。
目指すのは時計塔。先ほどから鳴り続ける鐘からは、音の精霊種たる弾正にしか分からない、強い狂気が感じられるのだ。
「怪しいのは……あの辺りか。リオン!」
ワイバーンのリオンに乗るイズマは、住人達の暴走が酷い場所ほど元凶に近いと予測を立てていた。並外れた広い視野と、使役する猫の眷属も合わせて町の中を調べると、時計塔の周辺での暴動が特に酷いという事はすぐに分かった。
手綱を握ってリオンへと指示を出すと、力強い羽ばたきによって加速し瞬く間に時計塔の上空へと到達するが、具体的に何が元凶なのかまでは分からない。
そのため、猫に周囲の探索を任せると、まずは住民たちの制圧を行うことにした。
自分自身が傷付くことさえ気にせず暴れ続ける彼らを放置はできないからだ。
鞘に納めたまま細剣を振るうと、暴れる住民たちを殴打していく。その殴打音は鮮やかな音色となって周囲に伝播し、近くの他の住民たちも巻き込んで吹き飛ばしていく。
「あの時計塔。明らかに怪しいですね」
廃墟となった町の中にあって、ただ一つだけ形を保ち続ける建物があった。
時計塔。狂ったように常に鳴り続けるそれは、何か仕掛けがあると言っているようなものだ。邪魔な瓦礫を渾身の一撃で粉砕しつつ最短の道を駆け抜けようとするオリーブだが、その動きに気付いた住民の一部が襲い掛かってきた。
しかし、暴走状態とはいえ一般人の域を出ない。
間合いに入られるよりも早く、クロスボウの引き金を素早く連打し次々と制圧していく。無論、狙うのは肩や足などで、動けなくさせる程度に留めている。
優先すべきは元凶の破壊。それ以外に時間はかけられないのだ。
「恐らくあの鐘に仕掛けがあるはずだ!」
「やはりそうか!」
「この場は我々で抑えておきます、行ってください!」
それぞれに時計塔の鐘が怪しいと気付いた三人は自然と時計塔付近に集まるが、そこには暴徒となった住民たちも集まっている。
先に来ていたイズマやオリーブに弾正がそう告げると、二人は仕掛けの破壊は弾正に任せて制圧を続けることにした。
仕掛けを破壊したとしても、帳の存在がある以上はその後も変わらず住民たちに襲われる可能性が高いからだ。
弾正が飛空探査艇のアクセルを踏み込み、塔の壁面に沿って登っていくのを感じながら、イズマとオリーブは住民たちを次々と気絶させていく。
●ティツィオ現る
「やはり来ましたねぇ、イレギュラーズ諸君。初めまして、私はティツィオ。『遂行者』の一人です」
町の中央広場。そこに鎮座する十字架の前に立つのは、白い軍服に身を包み無貌の面で顔を隠した人物。
広場へ直行したイレギュラーズを目にすると、慇懃無礼な態度で深く一礼する。
それに対するイレギュラーズの返答は拳であった。
「おっと。随分と乱暴ですねぇ」
「……何が目的でありますか? こんなことをして」
戦意を迸らせながら仕掛けたのはエッダ。目にも止まらぬ速さで間合いを詰めると、雷光纏う両腕を乱打させながら問いかける。
しかし、相手も遂行者を名乗るだけの事はあるようで、余裕の態度を崩さぬまま戦斧を振るいそれらをさばいていく。
「この状況、明らかに通常の帳とはことなるであります」
「……それで?」
「“聖ロマスの遺言“を使ったでありますね?」
「だから何だと?」
聖ロマスの遺言。別の事件でエッダはその存在を知る機会があった。状況から見て、ティツィオがそれを使っているのは間違いない。問題はそれがどこに仕込まれているかだ。
激しい応酬を繰り返しながらその場所を探ろうと言葉を紡ぐが、のらりくらりと躱されるばかりで確信を得ることは出来ない。
「聞こえるかい、音蜘蛛の旦那? どうやらこちらは時間がかかりそうだよ」
『問題ない。こちらでは既にあたりがついている』
ティツィオ本人から遺言の場所を聞き出すのは難しいと見るや、武器商人は遺言の探索に向かった弾正へと念話によって言葉を伝える。
しかし、帰ってきた返事は想定よりもずっといいものであった。この調子であれば、遺言の発見まではそう時間はかからないだろう。
であれば、こちらは帳の破壊に全力を尽くせばいいだけだ。
「こちらは我が抑えよう」
その言葉と共に発せられるのは妖しい眼光と甘い囁き。武器商人が放つ魔性の魅力は、戦闘音を聞きつけて集まってきていた町の住人達を惹きつけ、その暴力を自身へと集めさせる。
暴徒となった住人たちは落ちていた瓦礫や角材、或いは拳を振るって武器商人へと襲い掛かるが、両手を広げ敢えてそれを受け止めると、神聖なる輝きをもって住民を汚染する邪悪を浄化していく。
武器商人によって横槍の心配がほとんどなくなったことで、他のイレギュラーズはティツィオに集中することが出来る。
「やれやれ。そんなつまらないことはしないで下さいよ」
「くっ!」
「ちっ!」
武器商人が住民たちを惹きつけている隙に、史之は上空から直接十字架を狙った。帳の基点たる十字架を破壊は何より優先すべきことだからだ。
しかし、それを察知したティツィオは、エッダを蹴り飛ばして戦斧を豪快に振り回す。
史之の放った斬撃の雨と、ティツィオの放つ衝撃波。二つがぶつかり合って轟音が辺りに響いた。
「どうしてこんなことしてるの?
なんで遂行者になったの?
クワトロくんって致命者のことをどう思ってる?」
「質問が多いですねぇ。まぁ、いいでしょう。一つだけ答えてあげます。クワトロに限らずあれらは駒ですよ。大事な大事な、ね」
他にも聞きたいことは山ほどあるが、どうやら今はそれどころではないようだ。斬撃の雨の大部分は相殺されてしまった。一部はティツィオの体を斬り裂いたようだが、傷は浅いらしく気にした様子もない。
「お主の元に付いとる者の名前…確か数字じゃったよな?
お主、面倒くさがりなんじゃな」
「失敬な。効率的と言ってください」
史之に続いて今度はニャンタルが間合いを詰めた。
二剣が閃きティツィオの戦斧と交錯すると、交点を起点にティツィオが戦斧を反転させて石突でニャンタルの顎を狙う。が、ニャンタルも同時に動いていた。腰を捻って放たれた蹴りによって戦斧の柄は弾かれ、その反動でニャンタルは距離を取って仕切り直す。
「なるほど、これがイレギュラーズの力ですか。ウーノたちが退けられるのも道理なようですねぇ」
「その余裕の態度、いつまで続くでありますかね!」
素早く走り回り位置を入れ替えながら雷撃の拳を振るうエッダと、的確に人体の急所を狙ってくるニャンタル。そして、隙あらば十字架を狙い上から仕掛けてくる史之。
三人による連携の前にはさしもの遂行者とはいえ後手に回らざるを得ないようで、徐々に体の傷が増えていく。
「これが全力と思われるのも心外ですからね。少し本気を出しましょう」
「来るか!」
両手で戦斧を握ったティツィオが力を込めるとその刃が強く輝き、地面を抉りながら掬うようにそれを振り上げると、光の波が広がり辺りを破壊していく。
「はっ! 効かねぇよ」
「……ほう?」
ティツィオの一撃に距離を取って身を守る三人だったが、その三人とは入れ替わりで前進する者がいた。
主人たる武器商人から授けられた二つの権能。金銀二つの円環が身を守ってくれるクウハは、強気に前へ出ることが出来るのだ。
「帳を下ろすまではわかるがよ、この状況はどういう事だ?
一体何を企んでやがる。
制御できねェって事もあるまい。
俺達の邪魔をするためにわざと争わせてるってか?」
「その問いへの答えは既に知っているでしょう?」
前に出たクウハは魔性を宿した言葉で問いかける。
しかし、ティツィオが自身の思惑について語らず、戦斧の一撃によって答えたのは先ほどと変わらない。
もちろん、クウハは問答で直接答えを聞けるとは考えていなかった。狙いはティツィオの思考を読み取ること。問いかければ、人は無意識にその答えを頭の中に思い浮かべる。
それを読み取ろうというのがクウハの意図。だが、クウハがティツィオの思考に手を伸ばしても、見えたのはノイズが走りモザイクのようになった情景。
どうやら何らかの手段でティツィオも対策を講じていたようだ。
真意を探ることは出来ないがそれならそれで考えがある。
遂行者の一団は天義と関りが深く何らかの宗教的意味合いを求める傾向があり、事実としててティツィオが帳の基点としたのは十字架。つまり――。
「鐘楼だ! 鐘楼に何か仕込んでる可能性が高い!」
鐘楼は儀式の始まりと終わりを告げる役割を持つことがあり、今回はそれが何か関係あるかもしれないと読んだクウハは、眷属であるカラスに時計塔へ向かうように指示を出した。
「……ふむ。勘の良いのが何人か紛れていましたか」
やがて、遠くで破壊音が響き鳴り響いていた鐘の音が止まる。
『こちら弾正だ、鐘楼に仕込まれていた聖遺物を破壊した』
事前に打ち込まれていた光の楔から弾正の声が届き、それを証明するように暴れていた住民たちが落ち着きを取り戻していく。
だが、完全に開放されたわけではない。十字架を破壊し、帳を消さなければこの町を解放出来たとは言えないのだ。
「このまま押し切る!」
「出来るものならやってみなさい」
史之の太刀を戦斧で受け止めるティツィオだが、そこにニャンタルの剣とエッダの拳が迫る。
左右からの挟み撃ちを無防備に受けるのは流石に不味いと感じたのか、敢えて史之に押し切られる形で後退してそれを躱すが、そこを狙いすましたかのように冷徹な魔力の奔流が襲い掛かる。
「む!」
下半身が凍り付きその場に縫いとめられたティツィオが視線を向けると、遠くの空に細剣の切っ先を向けていたイズマが見えた。
この長距離狙撃は間違いなくイズマのものであろう。
探ってみればイズマだけではない。遺言の破壊を追えたらしいイレギュラーズがこちらへ向かっているようだ。
「そちらに気を取られててもいいのかい?」
「妾たちを忘れて貰ってはこまるのう!」
ティツィオが身動きを取れなくなった瞬間を狙い、武器商人とニャンタルが攻撃を仕掛ける。
武器商人が伸ばした指の先に蒼炎が集う。この時のために、制圧を行いながらも敢えて暴徒たちからの攻撃を受けることで傷を作り、そうして失われた血を威力へと転化させていたのだ。
同時に、ニャンタルは己の魔力を剣に纏わせ交差させる。漆黒の魔力は二剣が振り抜かれると共にその姿を獣の顎へと変え、敵たる存在を食い破らんと宙を駆ける。
「ぐぅ……!」
灼熱の劫火は槍となってティツィオの胴を貫き、獣の顎が肩口に深く食い込む。
これには流石のティツィオも答えたようで、苦悶の声が仮面の奥より漏れ出ていた。無貌の面に隠されたその表情は間違いなく苦痛に歪んでいることだろう。
だがそれで終わりではない。
「貴様らの神など知ったことではないでありますが! そのために無辜の民を巻き込んだその所業! 決して許さないであります!」
「許さなければなんだというのですか!」
二人に続いてエッダが追撃を放つ。
湧き上がる怒りを力に変えて、電光を奔らせる両腕で殴りかかったのだ。
鋭いレバーブロウが突き刺さり、反撃に振るわれた戦斧を片手で受け止めると、もう片方の腕で顔面に一撃。
一打ごとに重く速くなるその拳を受けながら、ティツィオもまた戦斧にて応戦。戦場に両者の血が飛び散り、絵画のように石畳を彩る。
「隙ありだ」
エッダへの反撃にティツィオの意識が向かっていたその時こそが好機。
この瞬間を虎視眈々と狙っていた史之は、エッダがティツィオを殴り飛ばした隙に十字架へと迫ると、大上段から太刀を振り下ろし、十字架を一刀のもとに両断する。
すると、上空に広がっていた見えない膜のようなものがひび割れた。基点を破壊された帳が崩壊を始めたのだ。
「ふむ。どうやらここまでのようですね」
「待ちなさい!」
聖ロマスの遺言も失われ、帳も破壊された。住民が正気に戻った以上、合流したオリーブたちも合わせてイレギュラーズは総攻撃を仕掛けてくるだろう。
そうなれば、今以上に厳しい戦いとなって消耗も激しくなる。それは許容できない。
頭の中で素早く計算を巡らせたティツィオは、迷わず撤退を選択したようだ。
戦斧を振るいエッダを引き離すとその足元に魔法陣が描かれ、オリーブの制止を無視してその姿を虚空へと消したのだった。
●終局
帳と聖ロマスの遺言。この二つによって変貌を遂げていた町は、その両方の破壊によって元の姿を取り戻していた。
怪我をした住民や戦闘の影響で壊れてしまった建物などもあるが、命を落とした者はおらず成果としては上々だろう。
しかし、イレギュラーズの顔色は優れない。
『我々の目的は達成しつつあります。近々本格的に動くことになるでしょう。その時が来ることを楽しみにしていなさい』
撤退を選択したティツィオは、転移によって消える直前にそう言い残したのだ。
それは、これまでの動きはなんらかの下準備だったという事であり、これから起こるであろう凶事の前触れである。遂行者たちの狙いは不明だが、決して予断は許されない状況であるという事に変わりはないようだ。
「……慈雨」
「なァに、心配ないさ。連中の考えは分からないが、仕掛けてくるのなら叩き潰すまでだよ」
不安そうに引っ付くクウハの頭に武器商人が手を置いてあやすように撫でると、クウハは甘える猫のように目を細める。
「自分はこの町の復興を手伝ってから帰るつもりですが、皆様はどうするでありますか?」
「俺も手伝おう」
「自分も参加しますよ」
エッダの言葉に、弾正やオリーブを始めとしてこの場にいるイレギュラーズが同意の言葉を返すと、被害にあった住民たちの手当や、倒壊してしまった建物の瓦礫撤去などに力を貸すべく町の中へと散っていく。
「クワトロくん……」
「何時かは刃を交えないといけない時が来る。それだけは覚悟しておかないといけないだろう」
「分かっているさ」
「その時のことはその時に考えればよかろう!」
最後尾にいた史之が足を止めて視線を向けたのは、先ほどまでティツィオがいた場所。
クワトロはドジでおっちょこちょいな憎めない存在だ。しかし、ティツィオ配下の致命者ではある以上、いつかは”その時”が訪れることだろう。
イズマの言葉に史之が頷くと、ニャンタルは励ますように背中を叩く。
こうして、イレギュラーズは鉄帝の町を守ることに成功した。
後日、遂行者たちの一斉蜂起によって天義が直接狙われたことで、ティツィオの残した最後の言葉の意味を知ることになるとは思わぬまま。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
無事に町は解放され、ティツィオも撤退しました。
お疲れ様でした。
GMコメント
●目標
1.現地を『神の国』から解放する
2.『聖ロマスの遺言』の破壊
3.ティツィオの撃退もしくは討伐
※1と2の両方が達成された時点でティツィオは撤退します。
●ロケーションなど
ティツィオによって制圧された鉄帝某所にある比較的大きめの町です。
帳の影響で賑わっていた様子は見る影もなく、崩れた廃墟が立ち並ぶ不気味な空間へと変貌しました。
激しく抵抗した者以外の住民は生きているようですが、狂気に陥った『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』となっており、町を徘徊しながら住民同士で争ったりイレギュラーズに襲い掛かったりしてきます。
●エネミー
・ティツィオ×1
遂行者です。
ウーノ、ドゥーエ、トレ、クワトロという致命者の主人であり、対外的には”あの人”を意味する”ティツィオ”と名乗っています。
他の遂行者と同じく白一色の服を纏い、顔すらのっぺらぼうのようなつるりとした真っ白な仮面で覆っており、その正体は謎に包まれています。
今回はイレギュラーズの実力を自ら測るつもりでいるようです。
どのような戦い方をするのかは不明ですが、町の中央広場で帳の中核となっている十字架を守るように立ち、巨大な戦斧を構えています。
・暴走する『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』×非常に多数
町の住民は帳の影響で異言を話すもの(ゼノグロシアン)になっており、言葉で落ち着かせることはほぼ不可能ですが、強さは一般人が少し強くなった程度なので倒すこと自体は難しくはありません。
また、『聖ロマスの遺言』と呼ばれる特殊な物品によって一時的な強い狂気状態へと陥っており、住民同士で争ったりイレギュラーズに襲い掛かったりしてきます。
帳を解除し『聖ロマスの遺言』を破壊することで開放することは出来ますが、殺してしまった場合は元には戻りません。
・聖遺物
町の中央広場に立てられた高さ1メートルほどの十字架です。
十字の交点に羅針盤のシンボルが刻まれており、ティツィオはこれを基点に儀式を行い帳が降ろされました。
破壊することで帳は解除され、町は元通りになり住民たちも異言を話すもの(ゼノグロシアン)ではなくなります。
・『聖ロマスの遺言』
『予言者ツロの聖痕』が刻まれた聖遺物で、呼び声拡散器とも言える代物です。
呼び声拡散器ではありますが、そこまで強力な呼び声を発することはなく、イレギュラーズであれば影響を受けることはありません。
しかし、一般人はこれの影響で一時的に狂気状態へと陥ってしまいます。
住民は帳が降ろされた時点で『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』となっており既に正気を失っていましたが、その段階ではティツィオの指示には従うなどある程度の制御は出来ていました。
しかし、『聖ロマスの遺言』による呼び声を受けて更に錯乱し、より酷い暴走状態となっています。
『聖ロマスの遺言』を破壊することで住民の暴走状態を解除することが出来ます。
外見は古びた書物の1ページであり、町の時計塔最上部に設置された鐘楼の内側に張り付けられていますが、シナリオ開始時点で皆さんはその場所をまだ知りません。
※住民は帳と『聖ロマスの遺言』、両方の影響を同時に受けているため、両方とも破壊しなければ完全に開放することは出来ません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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