シナリオ詳細
<黄泉桎梏>シアンの告別
オープニング
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あなたに光が溢れたならば。
わたしは夜に佇みましょう。
あなたが天使になったのならば。
わたしは悪魔になりましょう。
あなたが誰かを愛したならば。
わたしは誰かを殺しましょう。
あなたとわたしは、ふたりでひとつ。ひとりでふたつ。
もう二度とは別たれないように強く手を握っていましょう――?
●
豊穣郷カムイグラ。遙か海原に存在した絶望のヴェールが覆い隠していたその場所は海を越え始めてその存在を認知されたらしい。
地図の上にも存在せず、一方通行だった豊穣郷はイレギュラーズが踏み入れなければ存在し得なかったとされているのだそうだ。
「……混沌とは、偈に可笑しな場所ですね」
呟いた『聖女の殻』エルピス (p3n000080)にルーキス・ファウン(p3p008870)が渋い表情を見せた。
彼の生まれ故郷には幾つもの帳が降ろされる。それは光のパイプオルガンのようで、美しさの中にひっそりとした冷たい気配を宿していた。
「んで、なんで豊穣が舞台? 存在しなかったなら触らんくてよくね?」
コラバポス 夏子(p3p000808)の問い掛けにタイム(p3p007854)は「存在しないから消すのよ」と唇をつん、と尖らせた。
「神の国を被せてしまってこの場所を無かったことにしちゃうのね。
本当に……本当に、理解出来ないわ。だって、此処に皆生きているのに、其れさえ認めないだなんて」
「うん。本来は『私達が介入しなければ』この国は勝手に滅びた、なんて納得できないよね」
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は力強く、そう言った。纏う黒衣のマントがふわりと揺れている。
この場所がテセラ・ニバスのように飲み込まれれば待ち受けるのは滅びだけ。エルピスは恐ろしい物を見るように、光の梯だけを眺めて居た。
「……冠位魔種は、何を考えていらっしゃるのでしょうか」
「分からないね」
首を振った。にせものの聖女と呼ばれた娘の前に、聖女となるべく日々を過ごす聖職者の娘が立っている。
対照的な二人の様子を眺めて居たルーキスはエルピスの問いの先に何があるかを気付いて居た。
天義に留まらないからこそ、きっと、それだけの危機が天義にも――と。
「……ま、細かく気にしたって意味が無いよ。それにさ、見知った相手が居るみたいだケド」
「シアン」
タイムが名を呼べば、白い衣の女は一人佇みイレギュラーズを眺めて居た。
しとしと、雨が降る。雨の匂いを纏った白い衣の遂行者は長く伸ばした髪を風に遊ばせている。
握る鉈に、焦点の定まらぬ黒い瞳をぎょろりと向けてから女は首を傾げた。
「ご機嫌よう」
すらりと長い手脚。美しい女は夢のつづきを探す様に、一人でこんな場所を彷徨っている。番がどこにいるのかなんて、知っていたのだろう。
「ああ、なんて悲しいのかしら。世界が其の儘に、わたくしたちの思うが通りに動かないから、わたくしはシャトンと引き離される。
あの子が鉄の塊が動き回るような悍ましい場所に行ってしまったのも、あなたたちがわたくしの邪魔をするからだわ」
さめざめと泣いている女は鉈を握り締めて、憤怒の表情を浮かべて見せた。
決して交わらない、雨と太陽。光と闇。愛する事と、殺す事。同じようで違うもの。
シアンの唇が震えた。黒衣の代行者達は、許して何ておけないもの。
「わたくしの可愛い子犬ちゃん。あの子達を食べてはくれないかしら?」
永遠なんて何処にもないの。物語は有限であるからこそ美しい。
残された時間を、限りある世界を、そうやって生きていくことこそが、人々にとっての望みだから。
「この国毎、死んで下さいませんこと?」
- <黄泉桎梏>シアンの告別完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年07月08日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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喩え、世界全てが暗く閉ざされたとて、光さえあれば生きていけるとおんなは言った。
自分勝手に気ままに生きる白き衣の娘を満月の宿す冴えた色彩に映し混んでから『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)は酷く不満げに眉根を寄せた。
闇の帳が世界を鎖せば夜が来る。二度と明けぬ夜は全てを覆い隠してしまうことだろう。それでも、此処に生きていた人々も、刻まれた歴史もなかったことにはなりやしない。覚えて居る人間が居る限り、全てを無に返す事など出来やしない。
「無かったことになんて、させやしませんから」
真っ向から見据えたアッシュの瞳を受け入れて、シアンは穏やかに微笑んだ。
無かったことにしたいのは、シアンが愛しいシャトンに会うためなのだという。シャトンは、別のイレギュラーズがその存在を認めたがシアンの言う『愛しい人』であるのかまでは分からない。ならば、と探るように言葉を零した。
「そのシャトンって人、本当に存在するのかな」
『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)はシアンが名を呼び続けるシャトンという人物が何処に居るのだろうかと確かめるように問い掛けた。
シアンにとっての真実がマルクにとっての真実とは限らない。彼女の夢見るような瞳は娘に良く似ていると『闇之雲』武器商人(p3p001107)は感じていた。まるで、世界の全てを夢想し、心地良い微睡みの淵に居るかのようなおんなはマルクを双眸に映してから首を傾げた。
「居るわ」
「……何処に?」
「鉄の塊が動き回るような悍ましい場所にばかり」
さめざめと泣く女のかんばせにウェーブの黒髪が掛かった。鉄帝国か、と思い当たった。もう一つ、ある。練達ならば自動車が蠢いている。そのいずれか、もしくは両方にシャトンと呼ばれる人物は向かったのだろうか。
それでも、シアンを追う限り、シャトンに会うことは出来ない。シアンが言う全てが真実だと限らないのは、神の国と『現実』の関係にも似ているように感じられた。
「可哀想なシャトン。信じてさえ貰えないのね。あんなにも愛おしく、そして唯一のあなた」
涙をほろほろと流すおんなの浮世離れした姿にどうしようもなく『ムスメ』が被った。夢見る瞳に親近感を覚えやしたが、彼女ではないのだから手を抜く謂れはないのだと武器商人は肩を竦める。
すん、と鼻先を擽った雨と濡れた土の匂い。ペトリコール。それが彼女を象徴するものなのだろうと『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は感じ取っていた。シアンの言うシャトンは対の存在だ。ならば、シャトンは太陽のかおりがするのだろうかと、ふと、物思う。
「何れだけ『シャトン』を恋しがろうとこの国に踏み入れた事を赦しはしない。
幻想の次は豊穣にまで……本当に『世界』を廻って書き換えるつもりなんだな。だが、どこへ赴こうと同じ事。その企みは阻止させて貰う!」
鋭く睨め付けた『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)にシアンは目を伏せて首を振った。
おんなにとって為さねばならぬ事なのだと唇は戦慄いた。目的意識は確かに存在している。流れるまま流されてやって来た訳ではないような、定まった目標を前にして振る舞っている。
「いや、分かるよ。目的があってやってるヤツってのは何時だってこう。
止めきれないと同じような事ぉ幾度となく繰返す。その都度阻止ってっケド、根本的に解決出来なきゃ被害は増えるばっかだし」
肩を竦めてから『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)はやれやれとタイムの肩を叩いた。共に彼女と相対するのは二度目。繰返すようにしてやって来た女の不可解さを目にするのだって『二度目』
「毎回その場に居れるとも限らんワケだしでま~。何とかしてあげたいん~だけどねー!」
「そうだね。私達が頑張ったことを無かったことにすることが目的なんだもの。
……そんなことをするなんて性格が悪い冠位魔種なんだろうね」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は聖女らしからぬ言葉をシアンへと向けた。ほっそりとした指先が涙を掬ってから真珠のような瞳でスティアを眺める。
「ええ。神様は傲慢で、そうあるべき存在なのですもの」
神とは傲慢であるべきだと祈るように指を組んでからシアンは首をこてんと傾げる。
「いけないこと?」
「そうだよ。いけないことなんだ。この企みは阻止してみせるよ。ここで暮らしている人達の為にも――!」
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遂行者のおんなの語り口は当を得ない。夢見るままに言葉を連ね、真実と呼ぶべき事象の一欠片もないような。
後で少しばかり話してみたいと呟いてから『豊穣の守り人』鹿ノ子(p3p007279)は白妙刀にそっと手を添えた。白く澄んだ刀身は、鹿ノ子を象徴するかの如く。それは、この黄泉津の地に咲く彼女の在り方そのもの。
「遮那さんのおわすこの豊穣に乱あるを許さず――鹿ノ子、抜刀!」
鯉口を切った。睨め付ける先には薄らと滲んだ輪郭を有するあやかしたち。その傍らに巨躯のワールドイーターが座っていた。腰を下ろし短い尾を揺らす様は正しく犬ではあるがその姿は愛らしいと言葉にするには程遠い。
「エルピス」
「はい、がんばります」
ルーキスに頷いて『聖女の殻』エルピス(p3n000080)がカンテラに淡い光を灯した。悍ましい姿をしたワールドイーターを愛おしげに撫でてからシアンは後方へと下がる。真白の衣を身に纏った遂行者は日傘を差してから穏やかな笑みを浮かべてイレギュラーズを眺めて居た。
すうと息を吸い込んだ。軽く、しなやかな槍を握り締めてから夏子はその口角を吊り上げる。浮かべる笑みと吐いた息の重さは彼の元へと恐るべし呪詛の獣を惹きよせるものばかり。
「人を呪わば穴だらけ さーおいで 楽しくやろう」
人を呪わばなんとやら。呪詛とは懐かしいものであると武器商人はふと物思った。豊穣郷がけがれに包まれたその時に、都に流行したそれは人々の心を推し量るかの如く。誰ぞの恨みや嫉みの形であるからには、殺してしまえば『術者が害を被る』と言うのだから注意を必要としていたか。
「さて、ね。呪いとやらにも相性があるようだけれど我(アタシ)とはどうだろうか」
唇を震わせた。その紫苑の瞳が眺めたのは『子犬ちゃん』と呼ばれたワールドイーター。牙はぬらりと光を帯びて、地を踏み締めては武器商人へと襲い来る。
もう一方を前にして、陽の光を集めたような艶やかな髪を揺らがせたタイムは地を踏み締める。華奢な肉体を有する少女めいた彼女が相手にするにしてはあまりにも大きすぎる『子犬ちゃん』の悍ましさを眼前に声を張り上げた。
「こっちよ!子犬ちゃん達はわたしと暫く遊んでましょう? お座り!! ……なんて聞いてくれる訳ないわよね。うぅ~」
ああ、はやく彼が手伝いに来てくれれば――そんなことを物思いながらも引き寄せるタイムは気を強く持ち直す。
為すべき事を為せば、道が拓けるとそう知っていたから。それに、布陣はマルクが確認してくれている。此の儘なし崩しになることがなきように、隙をも埋める。
忌。そう呼ばれた呪詛の獣の位置関係を把握してマルクは「行こうか」と声を掛けた。眩き光は、雨音をも掻き消すように広がった。魂全てを消し去ることのなき慈悲の光。
「何処の誰が創り出したものであれ、報いを受けるべきは今ではない、かと」
それが誰かの体をも灼くことをアッシュは知っていた。呪いは歪な形となって、誰かの肉体を灼くことがなきように。
それはシアンにとっては余計な世話だというように鉈を手にした彼女は半ば失望したようにイレギュラーズを見ていた。ああ、そうだろう。彼女にとっては『存在してはならない場所の呪詛』なのだから、その地に棲まうものが如何なる報いを受けようとも関係などないのだろう。
「どうして邪魔をなさるの?」
「……ッ、神逐で沈みかけた国を幾多の人々が命を賭け守り抜いた結果、今の豊穣がある。それを『元々存在しないから消す』だと?
ふざけるな! この世界に『消しても良い』国なんて存在しない。そちらが手を引かないのなら、引くまで戦い抜くだけだ!」
シアンのさも当たり前の様に問うた声音にルーキスが吼えた。師の教えは、狂乱の花を悉く狩り取るための普く命を散らす一閃。
ルーキスは傷付こうとも、その痛みを厭うことなく踏み入れた。鋭く、断ち切る。ここで因果など断ち切って、人の恨みをも払うのだ。
「誰かが、命辛々造り上げた忌(のろい)ではなくて? よろしいのかしら」
「誰の呪いであろうとも、負の連鎖を放置することなどできまい!」
ルーキスの背後からふわりと光が躍った。痛みを遠ざける癒やしの気配が己の背を押してくれる。
ワールドイーターを相手に取ったタイムと武器商人が耐え忍んでくれている間に。雨の香りが周囲を包んでいる間に。
鹿ノ子は「呪詛返しをされても『厄介』です。ええ、これはエゴイズムそのものですから」とシアンへと告げた。
若草の香りをその身に纏う。結わえた桃と緑が花開くように揺らぐ。この国全てを愛していた。いとしいひとの愛する場所。そのすべてを慈しむように。
護るべき相手のためならば、鹿ノ子とて容赦はしない。華やかに、蝶の様に、嵐のように。胡蝶のひらめきの如く、忌を斬り伏せる。
「ゴメンなんだけど 知らんヤツのお粗末な呪詛に構ってるよかソチラの……タイムちゃんと遊んでたいんだよ~」
「あなたは、タイムちゃんという方を愛していらっしゃるの?」
夏子がひらひらと手を振ればシアンはぱちくりと瞬いて問い掛けた。目を見開くタイムの「ちょっと」という制止の声はワールドイーターの唸りによって掻き消える。
「詳しくは知らんけど、好い人に逢えないってのはヤダよなぁ。ねぇ?」
「ええ」
それっきりの言葉を受け止めて、存在をも掻き消した忌に気付いたワールドイーターが唸る。
武器商人はその腕を受け止めて「おやおや、悪いコだ」と囁いた。ぞうと声音が地を這って獣を雁字搦めにする。
「子犬と云うには獰猛に過ぎる様です。……出来れば、躾けは確りとしていただきたいものですが?」
「我が侭なくらいが、かわいいでしょう?」
シアンの唇に浮かんだ浅い笑みが、悲しげなおんなの本音のようにも見えてアッシュは眺め遣る。理不尽なる気配を払い除けるが為に進む。
女の側を通り抜け、ワールドイーターを穿った赫々たる雷は、神の鉄槌の如く鋭く、重く。アッシュの命を糧にして、意志を篝火に飛び込んだ。
獣の内側に存在したのはこの場所を造り上げる核そのもの。在処を探るようにしてスティアは息を潜めた。グロテクスなかんばせの、その巨大な臓腑の内側の、鬱蒼と茂った緑陰の香りのような存在を主張する核の気配へルーキスが「そこだ」と声を張り上げる。
「狙いを定めて!」と鋭いマルクの声音に、真っ先に反応した鹿ノ子は武器商人の前へと躍り出た。
それが、この愛するべき場所を害する存在だと知っているから。斬り伏せた。いの一番に、その命をも奪うが如く。
ひゅう、と風を切る音と共に『肉』が不達に分断された。崩れ落ちた中身から形も歪な核が割れて砕けた音がする。
「――スティアさん!」
マルクの鋭い呼び掛けに、頷いたスティアが地を蹴った。同様に、アッシュやタイムがシアンを囲むように立ち位置へと気を配る。
核が壊れ、崩れ落ちていく。ぐずぐずになった柘榴のように身も蓋もなく世界が変哲も無く戻っていく有様なのだ。
夢から覚め行く感覚とはこの事だろうと武器商人はまざまざと思い知るように感じ入った。
ルーキスがぐしりと額から流れる血を拭い、鹿ノ子は追撃へと備えた刹那に、夏子がやれやれと肩を竦めた。
「ゴメンねシアンちゃん。完全ブッチな夢世界の御方だと思い込んじゃってたよ~。誤解してた~。
ただまぁシャトン……ちゃん? だっけ? 会いたいなら我々と来てくれれば会えるよ。現に別の場所でそんな報告あるし」
夏子は後方で感じたマルクの合図に頷いた。シアンの周囲をぐるりと囲んで、彼女を逃さぬ様にする。
目の前の女から漂う雨の匂いは、体中に染み渡って、その女の存在を印象づけるようだった。
●
「まあ」
うっとりと微笑んだ彼女はただ、イレギュラーズを見ていた。自身を拿捕せんと手を伸ばす彼等に身を委ねるのも一興だろうか。
シアンはひとりでふたり、ふたりでひとり。だからこそ死を厭わずそうあれば良いとさえも思えていた。
「わたくしはひとりでふたり。ここでみなさまと共に行くならば舌を噛み切ってしまいそう」
じりと砂を踏み締めてからアッシュは「少しだけのお時間は?」と問うた。街角で偶然出会った人へと世間話を興じるようなフランクさで声を掛ける。
「強く抵抗して其の場を去るなら止めはしませんが、少しばかり、御喋りに興じる時間ぐらいはいただきたいものです。いかがでしょう?」
「ええ。おはなしはすきよ」
世界は儘ならず、理不尽の連なる非常さこそを持ち合わせている。誰かにとってのさいわいが、誰かにとっての不幸となるとも知っている。
「どうせ世界は其の儘に君達の思う通りには絶対に運ばないし、我々がそうさせないしいっそ流れに任せてみては~?」
アッシュの側に立っていた夏子がフランクに声を掛けてみればシアンは「だめよ」とせせら笑った。
「どうして? 大切な人が居るのに、こうやって出向いて、危険を冒して……命令されてなのか、自分の意思なのかどっちなの?
それに苦しみを正すと言いながら人々を苦しませるような行為をするのは気になるかな。神になったかのように人々の命を弄ぶなんて傲慢だよ!」
「わたくし、傲慢ですもの。
それに、わたくしの意志で、わたくしの使命で、わたくしのあるべき形ですもの」
当を得ないシアンの言葉にスティアは唇を噛んだ。ただ、光を求めるように歩を向けてやって来た聖女。
「辛い目にあったのはわかる。だからこそそんな想いを他の人にさせないという気持ちは芽生えないのかな?
例えば貴女の大事なシャトンさんが苦しんだとしても受け入れられるの?
例え歪んでいたとしても……誰かを大事に思えるなら他人にも少しでも分けてあげて欲しいな」
向かうべき先を示す様に指を組み合わせる彼女にシアンは「いいえ、いいえ」と繰返す。
「……其れでも懸命に生きる人もいるのです。何れ終わる有限の時だとして……どうして、其れを終わらせたがるのです。
会いたい人がいるのなら、会いに行けば…それでいいではないですか」
会いたいと、願うその心が尊いモノであることを識っていたから。アッシュの呟く言の葉にシアンは唇を引き結んだ。
「永遠なんてない。ええ同感ね。わたしなら与えられた役割なんて投げ捨てて今すぐ好きな人に会いに行くわ。
遂行者の代わりは他にいるでしょ? ……永遠を否定するなら尚更よ」
タイムを見詰めたシアンの唇が揺れ動いた。雨の香りが一層に強くなる。雫石を思わせたピアスをしている事に気付く距離で彼女は唇を動かした。
「シアン? ……ねえ、シャトンと一緒にいる事より世界を塗り替える方が大切なの?
本当に? それ……言われるがまま騙されてたりない?」
「いいえ、違うわ。違うのよ」
ゆっくりとその手を横へと向けた女は鉈を振り上げた。警戒し一歩後退するルーキスが睨め付ける。
「どうするつもりだ? シャトンと合流するつもりですか?」
包囲を試みた。それでも、自害をほのめかす女の言より強く出る事は出来ない。ひとりでふたり――それが本当なら。マルクは彼女が此処で死に至るのは得策ではないと感じていたからだ。
「わたくしは、会えないの」
「会えない……? 歴史を修正する以外に、貴女がシャトンさんと一緒になれる方法はないんですか?」
鹿ノ子は確かめるように問うた。終わりが欲しいなら、二人で心中をすればとそう告げんとした鹿ノ子は息を呑む。
ふたりでひとり、ひとりでふたり。交わらない未来を夢想するかのようなおんな。
「貴女たちの物語に、世界を巻き込まないでください。貴女は世界の所有者ではないのですから」
「いいえ、この世界は神の所有物でしょう。あなたも、わたくしも、我が物顔はしてはならないわ?」
おんなの唇がつい、と吊り上がった。ひゅう、と夏子が息を吐く。振り下ろされた鉈を受け止めて夏子は「おっとお」と笑った。
「交渉は決裂とみても?」
「ええ。わたくしはそうしなくてはならないの。思想も、信念も、この身全てが、そうだというのだから」
マルクは構えた。遂行者である女の狂気からひしひしと感じられる。夏子はぱっと手を離し両手を挙げた。
「ムリヤリ ~てのは主義じゃーないんだ イヤイヤでも同意が無いとね」
「夏子さん!」
タイムにふるふると首を振った夏子はゆっくりと後退した。深追いはしない方が良い。少なくとも、今は。
――ふたりでひとつ、ひとつでふたり。その意味を紐解けるまでは、様子を見た方が良いと直感が告げて居る。
雨の匂いが遠離る。次は、何処で相見えるだろうか。その人は、愛おしい人とは出会えぬままに彷徨う亡霊のようだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加有り難うございました。
お話をたくさんさせて頂いたなあと思います。また、お会いできますように。
GMコメント
日下部あやめと申します。
●●成功条件
『核』の破壊
●フィールド情報
神の国内部です。まだ降りきってない帳、豊穣郷の高天京近辺が舞台です。
しとしとと雨の匂いがしており、周辺には嫌な気配が漂っています。やや、荒れて見えるのは呪詛などのせいでしょうか。
●遂行者『シアン』
ウェーブした黒髪に、すらりとした手脚。真っ白の衣装を身に纏った遂行者です。
ワールドイーターを子犬ちゃんと呼び、この場には居ない番のシャトンを何よりも愛しています。
会話をして居るのに成立していないかのような、何処か夢見るようで、話の通じない奇妙な雰囲気です。
手には大ぶりの鉈を持っています。狂気がかった女性のようです。
おはなしをしています。積極的に攻撃されない限りは「ちょっとだけちょっかいをかける」程度です。
ワールドイーターが倒され核が破壊されると撤退します。
●ワールドイーター『子犬ちゃん』 2体
大きな犬を思わせるワールドイーターです。子犬ではなさそうです。とても、大きくグロテクスです。
鋭い攻撃を放つことを得意としています。回避は低いようですがとてもタフです。少しだけ回復なども出来るようです。
2体の中に分けて核が存在しています。倒す事で、破壊できます。
●忌 5体
人々の呪詛が作り出した『忌』と呼ばれる妖です。
妖の体を切り刻んで、その地肉を用いて呪術をかける豊穣で大流行していた呪詛の結果で作り出された忌は半透明です。
何処の誰の呪詛であるかは分かりませんがシアンのワールドイーターを護りイレギュラーズに牙を剥きます。
『忌』を倒した場合、その姿は掻き消え、呪詛は『術者』のもとへと返ります。人を呪わば穴二つです。
ただし、『忌』を不殺スキルで倒した場合は呪詛返しにならずにその場で消滅させることが可能です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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