シナリオ詳細
毒羽の哀歌
オープニング
小村カットアントとその住民達は恐怖に戦いていた。
件の村は、人社会から酷く離れた辺境にある。
まともな設備も施設もありはしない。
獣の襲撃や災害、疫病など自然脅威は常に隣り合わせ。
住まう者達は、貧困差別その他諸々の理由で人の領域を出ざるを得なかった弱者達。
度が過ぎた僻地故、最も恐ろしい『人』の脅威が少ない。
皮肉ではあるが。
儚い安寧に縋り、カットアント(切り捨てられた働きアリ)の人々は細々と生きていた。
けれど、その張りぼての平和は文字通り張りぼて。
ある夜、星空を一条の流星が走った。
紅い星だった。濁った血の様に、禍々しい紅。
息を飲む村人達の前で、星は近場の森へと堕ちた。
村人達はただ畏れ、各々の家へと引き篭もる。
されど、眠る事など叶う筈も無く。
震える床の中で、彼らは聞いた。
怪しい駆動音。
荒ぶ息遣い。
くぐもる呻めき。
得体知れぬ、百鬼の気配。
恐怖の時間は、ただ緩々と。
夜が明け、漸く落ち着きを取り戻した村人達。
村中縦横無尽に付いた明らかに人では無い足跡に怯えつつ、数人の気丈な若者が足跡が向かう先を追った。
無数の足跡が揃って向かうはかの森の中。
どうせ、あの落星の正体も見極めねばならない。
意を決して踏み込んだ途端、異様な臭気。
酢酸と鉄錆を混ぜた様な。
そんな臭いが、森の中に満ちていた。
本能的な忌避感が呼び起こされるが、逃げようとは思わなかった。もし本当の脅威があるならば、皆に伝えなければならない。
如何に不明瞭な未来でも、確実な死よりは僅かな希望を。
勇気を振り絞り、次の一歩を踏み出そうとしたその時。
『……近ヅカナイデ……』
苦しげな声が、そう告げた。
●
ピトフーイは怪鳥の類。それも、毒鳥である。
彼女の羽毛は神経性の毒気を帯び、血は更に強力な致死性の毒性を持つ。
死ねば出血と外皮の劣化による体液の漏洩によって流れ出た猛毒が、長年に渡って広範囲を汚染する。
彼女の種のみが有する毒の為、解毒方法も最適解が見つかっていない。
その性質によって、ピトフーイはどんな場所に在っても拒絶される。
彼女自身は翼長5メートルと巨大ではあるが、さして強力では無く。人語を解する知恵は有っても争いを好む性質でも無いのだが。
何処か、何者も脅かさず。脅かされず。静かに暮らせる場所を。
そう願い、彼女は空を彷徨い続けていた。
せめて、『この子』が静かに。安らかに。
最後の休息地から飛び立って数日。良い加減、疲れを自覚していたその時。
熱い激痛がその腹を抉った。
⚫︎
「ピトフーイの意思、伝わたネ」
仕掛けておいた絡繰蝙蝠からの連絡を受けたレンフォンの言葉に、ペテロは煙管をふかしながら『重畳』とだけ答えた。
「けどぉ、ちゃんと予定通りに行くん? あの鳥、ウチらの言う事素直に聞くん?」
「その為にコレ、奪ったネ」
荊都の問いに、己の側に畏まる方体の浮遊物を示す。
輝羅綺羅と光る箱の中には、朱い球体。
「大丈夫なん? こんな所に置いといて」
「しっかりお掃除したヨ。壊しさえしなきゃ、大丈夫ネ」
ピトフーイが身籠っていた卵。
彼女達がピトフーイを撃ち落とし、その胎奪った。
「で、娘が手に入ったらその卵はどうするん? 約束通り、鳥に返すん?」
「何、馬鹿言うてるカ?」
荊都の問いに、レンフォンは笑う。
「売り飛ばすに決まてるネ。希少種の卵、引くて数多ヨ?」
「鳥の奴が、村を道連れにするんよ?」
「村ぁ?」
笑う声は、悪辣。
「村なんて、在たカ?」
その返しに、荊都も嗤う。
「ソレも、そう」
ケタケタ嗤う義娘達を他所に、ペテロは静かに煙を揺らす。
●
「カットアントは社会から排斥された者達の吹き溜まり。住まう者、全てが居ない者。無色の存在。そう言う事」
そう言って、『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は仄かな灯火の中で目を細める。
「どんな彩も、無色に混ぜれば薄れて消える。だから、あの村には『ゴミ箱』としての役目も有る」
ピラリと晒した髪には、十代前半程の少女の姿絵。
「『レミア』と言うのが、識別用の名よ」
つまり、正式な名前は無い。
「某所の貴族が、奴隷に産ませた子。色々面倒だからと、かの村に放り込んだわ。あぶれ亜竜に喰われるか、厳しい環境で野垂れ死ぬのがご希望だったのだろうけど」
『上手くは行かないモノ』と言って笑う。
「跡目争いで、ジョーカーになる可能性があるみたい。『夜行旅団』に連れてくる様に依頼が飛んだ様ね」
『夜行旅団』。
父親と娘二人で構成される悪群。畜生働きで有名。
「手段として、毒鳥の卵を人質に取ったわ。『卵を返して欲しくば、娘を差し出せ。さもなくば、鳥が村を死出の土産に持って行く』と。当の毒鳥に言わせてね」
全く以って、趣味が悪い。
「卵を、取り返して。村の願いは、それだけ」
席を立つ者達が、一つだけ問う。
目的は娘だけ。なぜ、差し出さない? と。
「レミアは、同胞だから」
答えは、それだけ。
在る場所無い彼らの、最後の矜持。
- 毒羽の哀歌完了
- 願うは、ただ安息の……
- GM名土斑猫
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年08月10日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC7人)参加者一覧(8人)
リプレイ
苦痛と共に遅い来る睡魔から、ピトフーイは幾度目かも分からない覚醒を果たした。
自然に生きる者の本能が告げていた。
この睡魔は、終わりの導き手。委ねてしまえば、もう戻っては来られない。
同属のコロニーが他種族に疎まれて滅ぼされて以来、何処に行っても拒絶されるだけの生。
正味、未練も無かったがソレでも授かった子にだけは可能性を残したかった。
自種族の寿命は長い。その遠大な生の果てなれば、安寧の地が見つかるかも知れない。
細やかでも、幸福な暮らしが……。
そこまで思って、苦笑する。
己自身が、その長過ぎる生に見出せたのが呪いのみだと言うのに。
まだ見ぬ我が子にまで、その呪いを継がせるか。 無理。
無駄。
無謀。
それでも、まだ日の温もりすら知らぬ子をこんな奈落の道に落とすなど考えられなかった。
それは、故郷すら遺せぬ親の最期の矜持。
せめてソレくらいの救いは有っても良いでは無いか。
例え、何者を巻き込もうとも。
どんな、理不尽非道を働こうとも。
せめて。
せめて。
怨嗟の呪に穿たれた傷が痛む。
この身故、毒気悪気には強いが。この傷を穿った呪いは全く別の理。
癒す事は叶わない。
だけど、今果てて仕舞えばあの子の命運も尽きる。
まだ、死ねない。
まだ。
まだ。
ふと気が付くと、目の前に人影が立っていた。
細身の男性と、まだ幼さの残る少女。
周囲には、毒を含む自分の羽毛が舞っている。並の人間……ましてや子供であれば、一吸いで昏倒してもおかしくなかろうに。
疑問に思う中、漂う香りに気付いた。同時に感知する、不可視の気配。
香を媒体にした、精霊干渉の術。
目の前の子供が毒の影響を免れるは、召喚された精霊達の御技か。
手練れ。
力を振り絞り、毛を膨らませて威嚇する。
けれど。
「……怖がらなくて良いよ。何もしないから。私も、ジルーシャさんも」
少女が、そう語りかけて来た。
届いた声に、偽りの気配は無い。長年の苦道の果てに、そんな直感だけは冴えていた。
「ジルーシャさん、近くに寄っても良いかしら?」
少女に問われ、『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は『ええ』と頷いた。
「でも、触れては駄目よ? 流石にそこまではガンダルヴァの香薬の回復も間に合わないかも知れないから」
「分かった」
頷くと、少女はピトフーイに近づいて来る。貧相な形に、栄養状態が良くなさそうな白い肌。
ああ、と察した。
自分を見つけ、自分の意思を託した若者と同じ雰囲気。
村の者だ。
自分が、我欲の為に道連れにするかも知れない村の。
少女が前に立つ。
恨み節でも投げつけられるかと思った瞬間、少女が深々と頭を下げた。
「ごめんなさい……」
今にも泣き出しそうな顔で、少女は言った。
「貴女の子供が盗られたのは、私のせい。私が居たから、私が生きてたから、貴方達を巻き込んでしまった……」
理解した。あの恐ろしい二足達が卵と引き換えだと言っていたのは、この娘か。
「私、アイツらの所に行くよ。行って、卵を返して貰う。絶対、会わせるから。どうか、それまで……」
震える娘から、視線をジルーシャと呼ばれた青年に移す。
「なぁに?」
『行ッタラ、娘、如何?』
『疎通が出来るのは、助かるわ』と言って、彼は話す。
「ローレットが裏を取ったけど、その子を欲しがってる貴族様。どう贔屓目に見ても人格者じゃないわ。渡したとして、まあ碌な事にはならないでしょうね」
『…………』
「ただ、間違わないで。その子は、誰に強いられた訳でも無い。自分で、行くと決めたの。誰の為でも無い。貴女と、貴女の赤ちゃんの為にね」
苦痛に澱んでいた真っ赤な目が、驚きに見開く。その様を見ながら、ジルーシャは思い出す。
「……ね。もしもアンタが、今の居場所を守りたいと願うなら――アタシたちと一緒に、戦ってくれる?」
そう切り出したのは、確かにジルーシャだった。他の仲間達と話し合い、蚊帳の外と言う訳には行くまいと言う判断と。
下手に手の届かぬ場所に置いては、『夜行旅団』に裏をかかれる懸念がある事と。
ただ、あくまで最後の判断は彼女自身に。
「行く」
決意の言葉は、刹那の迷いすら無く。
「あ!」
『!』
ジルーシャとピトフーイの双方が、驚きに身じろいだ。
少女が、ピトフーイの頭を抱き締めていた。その毒を、恐れる事すらせず。
「待ってて。頑張って。絶対、取り戻すから。一人で終わらせたりなんか、しないから」
少女の温もりが、死の気配に冷え切った身体に沁みて行く。
他者の温もりなど、何時ぶりだろうか。きっとソレは、幼き頃に今は亡き母鳥に抱かれて眠ったその時以来。
枯れかけていた命の燭台に、ほんの少しだけど火が再び。
「おっと」
ふらついた少女をピトフーイが嘴で支え、ジルーシャが抱き取った。
「大丈夫?」
労わるジルーシャに『平気』と答え、自分の足で立つ。
「行こう、ジルーシャさん。約束の、時間になる」
「ええ」
『じゃあね』と手を振る少女に、ピトフーイは問いかける。
『汝、名ハ?』
と。
「レミア」
答えは、そう返る。
「本当はね、名前は無いの。私、居ない事になってるから。でも、皆はこう呼ぶから。貴女も、そう呼んで」
『了』
意識に刻み、隣のジルーシャへ。
『強き人よ。願う』
片言の声なれど、意は十分に通る。
ジルーシャは微笑んで。
「勿論」
と返した。
●
「自分のせいだなんて、思わないで」
ピトフーイと別れ、道を辿りながらジルーシャはレミアに説いた。
「胸を張って。ここにいたいって、生きていたいって願って。それが、アンタなりの『戦い』になるから」
レミアは彼の顔をジッと見て、「うん」と力強く頷いた。
やがて、道向こうから森への道を向かう者達と行き合った。
「来たわね」
ジルーシャが言う。
『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)と『放逐されし頭首候補』火野・彩陽(p3p010663)。そして『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)、『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)の四人。今回の案件で集まってメンバーの内、『ピトフーイの護衛』を担う者達。
「お疲れさん」
「其方こそ」
彩陽の挨拶に、ジルーシャも返す。
「どやった?」
「ビンゴよ。潜ませてあった。潜伏状態で場所は特定出来なかったけど、機械油の臭いと、死臭。人形と、アンデットの類ね」
「『凶形繰し(まがたまわし)』と『屍誑し(しかばねたらし)』の手駒やろな。案の定や」
彩陽が、面白くも無さそうにボヤく。
正味、相手が『夜行(やぎょう)』であると聞いた時点で約束が守られるなどと思うお人好しはローレットには一人もいない。
夜行旅団は頭を兼ねる父親とその義娘二人からなる賞金稼ぎ。賞金稼ぎと言う以上は、当然賞金首である犯罪者も狩る。けれど、ソレは彼らにとってはあくまで生業の一部。その本質は『如何者食い』。文字通り、金さえ貰えれば相手が何者だろうとお構い無し。罪状の有無など関係無し。善人も悪人も。女も子供も。果ては病人や身体に不自由を抱える者ですら、微塵の情も示さない。
加えて質が悪いのが、『巻き添えを苦としない』どころか『好んで巻き込む』悪癖。
どうにも、金銭以上に殺しそのものを好む気配がある。
一度行動を起こされると、ターゲットの周囲に在る者全てに殺意の刃が降りかかる可能性が生じる。
文字通りの危険物。
そんな輩が何故今だに処せられずにいるかと言えば、洒落にならない数の有権力者の擁護がある故。
何の事は無い。夜行が仕事を請け負う額が他の稼ぎ屋に比べて別格に安いから。
だから、何かと謀が多い者達は彼らを重宝する。
破格の料金の代わりに、『誰が死んでも何人死んでも文句を言うな』の条件さえ飲めば良いのだから。
それに、例外は無い。
此度も、然り。
ただ流せば、死ななくて良い誰かが死ぬ。
必ず、死ぬ。
「万事上手くいった折には、ピトフーイを殺して毒を拡散。口封じも兼ねて村も諸共……ってトコやろな。えげつない事や」
「ヨゾラ達は先に荒れ屋に行ったぞ。お主らも、努努気を付けて行け」
「分かったわ。ありがとう」
「鳥さんの事、お願いします!」
自分の言葉にそう言って頭を下げたレミアの頭を、ビスコッティは優しく撫でる。
「レミアと言ったか。母と、その母の顔を知らぬ卵に思う所があるか。なら飛び立つ前には必ず呼ぼう。我らは違えぬ。お主の中の勇気に誓って」
「大丈夫、君もピトフーイも護るから。此処にいる自分達が。不安な時は、後ろとか離れて見とき」
彩陽に続いて、レーゲンと昼顔の二人も励ましの声を。
全部を笑顔で受け止めて、レミアは『はい』と返事を返した。
「どんな彩も、無色に混ぜれば薄れて消える』って、プルーちゃんが言っていたわ。ここに住む人たちは、何色にも、何者にも染められたりしないってこと、あいつらに思い知らせてやりましょ!」
そんなジルーシャの言葉も胸にしまい、いない筈の少女は夜魔の懐に向かう。
いない筈の仲間と。
いらないと言われた友達の為に。
それが彼女の、生きる矜持。
●
日が暮れかけ、闇が満ち始めた荒れ屋の中。明かりも灯さず、座して紙巻きを蒸していた『卑獣(ひじゅう)使いのペテロ』がふとその煙の流れを変えた。
「お、来たかネ? 親父サン」
養父の動きを察した義娘の一人、『凶形繰しのレンフォン』が腰を上げた。
「ウチも行くんよ。姉貴」
「お前、頭悪いネ。纏まる話も纏まらなくなるヨ。引っ込んでるヨロシ」
素っ気なくシッシッされてむくれる『屍誑しの荊都』。
「そんな事言ってん。いつかみたいに姉貴一人で食っちゃう気なん?」
「何カ? 何時ぞやの事、まだ根に持てるカ? 執念が深いネ」
「言うて、何回やったと思てん?」
苛立つ荊都の後ろで、何かがシュルルと蠢く。
「分かタ分かタ。今度はちゃんと回してやるネ。約束ヨ」
「本当ん?」
「心臓賭けるヨ」
瞬間、荊都の影から何かが跳ねてレンフォンの左胸を弾いた。服布が裂け、覗いた膨らみに紅い筋。頰に散った自身の血を、レンフォンの舌がペロリと拭る。
「唾付けたん。行って良し」
「ハイハイ」
『お気にが台無しネ』とかブツブツ言いながら、出口に向かう。
今にも朽ち倒れそうな戸。その向こうの気配に向かって、呼びかける。
「入るが良いヨ。鍵は掛かって無いネ」
「……こんな荒屋に鍵が掛かってるなんて思ってないよ?」
「最新型の自立式魔法錠が付いてるの知らないネ?」
「まさか」
「冗談ヨ」
「………」
扉が開き、向こうにいた人物が入ってくる。
「こんな時に冗談なんて、随分と余裕だね?」
『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)はそう言って笑う。
目は笑ってないが。
「人生此れ全て享楽ネ。いずれ死ぬなら何でも愉しむが得ヨ……と、ソノ子が例の『ブツ』ネ?」
ヨゾラに寄り添うレミアを繁々と眺めて、頷く。
「間違いなさそうネ。さ、こっち来るヨロシ」
手招きされて、けれどレミアは首を振る。
「駄目。最初に鳥さんに子供を返して」
レンフォン、『お?』と言う顔をして態とらしく笑う。
「お前が来れば、ちゃんと返すネ」
「ウソ」
ハッキリと、切り捨てた。
「私はカットアント(切り捨てられた働き蟻)よ。切り捨てる側の顔なんて、腐る程見てる。貴女の顔は、ソレ。平気で人を、騙す顔!」
「あれま」
目を丸くするレンフォンを、ヨゾラは笑う。
「甘く見た様だね」
「いや、一本取られたネ」
レンフォンもまた、ケラケラ笑う。
笑って。
リ ィ ン 。
「ま、ソレなら仕方ないね」
呟きと共に、何処かで鈴の音。
そして。
「!」
レミアの眼前。唐突に現れる血色の箱。
「顔だけよこすネ♫」
「!」
迎撃しようとするヨゾラ。しかし。
お ぎ ゃ あ 。
泥中で泡吹く様に濁った赤子の声。
天井の暗がりから落ちて来た『何か』が彼の首にしがみつく。
「くっ!?」
酷い荷重と共に、首筋に鋭い痛み。程なく響くは、生き血を啜る悍ましい音。
「ヨゾラさん!」
叫ぶレミアの顔に向かって、宙を転がって迫る箱。立ち竦む彼女にぶつかろうとした、その時。
「させるか!」
凛とした声と共に飛んできたレジストクラッシュが箱を弾き飛ばした。
同時に荒屋の中に雪崩れ込んで来るローレットメンバー達。
「卵は私が守るわ! 皆、思いっきりやって!」
保護結界とオルド・クロニクルを展開しながら、『約束の果てへ』セチア・リリー・スノードロップ(p3p009573)が呼びかける。
「分かりました!」
「合点!」
了解の声と共に、『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)と『無尽虎爪』ソア(p3p007025)がレンフォンに迫る。
「アイヤー。嵌められたカ?」
驚くのは言葉だけ。その顔は愉悦に染まる。
「◇①荒れ家担当
「こんな事考える人達のお顔を見たいよって思ってだけど、どうしてどうして! わっるい顔じゃん!」
「イヤネ。目の悪い獣ハ。此れは妖艶言うネ!」
本能解放したソアの追撃を曲芸師の様な身のこなしで躱わすレンフォンを、涼花のソウルストライクが穿つ。
「どいつもこいつも、奪うことばかり考えて、虫唾が走る! そんな事『ボク』は絶対に認めない!」
「ーーだから、わたし達で取り返しましょう!」
口の血を拭うレンフォンの目が、妖しく光る。
「……調子乗る、良く無いネ」
リィン。
リィン。
リィン。
主人の憎悪に呼応する様に、顕現する箱。更に三つ。
「私ら、生きる為にやてる事ヨ? 其方と同じ。同じ穴の狢ネ!」
鈴音を立てて転がった箱が当たる。ソアの左腕。涼花の右脚。
「ぬぁ!?」
「コレは!?」
跳ね返った箱の中に、当たった両者の腕と脚。代える様にそれぞれの身体からその部位が文字通り消える。
痛みは無い。
血も出ない。
文字通り、『獲られた』。
ーー『子獲箱(ことりばこ)』ーー!
事前情報として知識はあったが、実際に受けると唐突な喪失感に本能が悲鳴を上げる。
「てて様、今ネ!」
レンフォンの呼びかけに応じる様に、荒屋の奥に溜まる闇から鋭い音。
伸びて来た棘付きの鞭が、バランスを崩していたソアと涼花を打ち据える。
「痛っ!」
「いったぁ!?」
「良い様ネ」
堪らず後退する二人を嘲笑うレンフォンの頭上を、小柄な影が物質透過で飛び越える。
「アッハハァ!」
楽しげな声と共に舞ったのは『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)。
「デェス・アップルゥ!」
振り下ろした大鎌が狙うのは、暗がりに佇むペテロ。彼は一瞥もせずに煙草をふかし、ただ無言で鞭を振るう。
縦横無尽に跳ねた鞭に弾かれる死の林檎。マリカは『やっるぅ!』などと笑いながら、ペテロの前に着地する。
「でもでも、オジサンには興味無いの! 死霊術師(同業)の娘がいるんでしょ? 遊ばせて!」
聞いたペテロ。プカリと煙を吐いて、ボソリと一言。
「……御指名だ。荊都」
瞬間、足元から殺気。
マリカが跳ねると同時に、床板が弾け飛ぶ。
「殺してん! 侃々蛇螺(かんかんだら)!」
伸びて来たのは、やたら長い上にクネクネ動く腕。それも左右合わせて6本。掴みかかるソレを踊る様に躱わすマリカが、揶揄う様に口笛を吹く。
「何なん? 誘ったのはソッチなんに。大人しく捕まって玩具になりん」
漂う死臭と共に這い出して来たのは継接ぎだらけの異形。
幻想種の女性の上半身に、巨大な怪蛇(サーペント)の下半身。六本の腕は獣種のモノらしいがやたら関節が多い……と思ったら一本につき複数の腕を繋ぎ合わせた代物だった。
「わぁお! その死体、既存の生物じゃないね? キミが作ったの?」
マリカに訊かれ、異形の肩に乗っていた荊都が得意そうに胸を張る。
「そうよん。『侃々蛇螺』言うん。ウチの最高傑作の一つよん!」
「ふーん。でも、ちょっと臭いキツくない? エンバーミング、ちゃんとしてる?」
鼻をつまみながら問われて、首を傾げる荊都。
「しとらんよ? この臭いが良いん。防腐剤の臭いはスースーして好かん」
「うっわ、趣味悪〜い」
「そうでも無いん。ウチ、アンタ欲しくて堪らんに」
主人の言葉に合わせる様に、侃々蛇螺が身を屈める。
近づいたマリカを、荊都の目が舐める様に。
「アンタ、綺麗だし可愛いん。身体、おくれん? こん子の身体、イマイチなん。アンタと挿げ替えたら、きっともっと素敵になるん」
マリカ、キョトンとして。すぐに破顔する。
「良いよ? 出来たらね? マリカちゃん、安くないんだから」
「ケハハ、尚更結構ねん。安モンは好きじゃ無いんよ」
軽口を叩き合い、二人の死霊術師はおどろおどろと睦み合う。
「こんの!」
ヨゾラに張り付いていた幼児大の人形を、『群鱗』只野・黒子(p3p008597)と『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)が二人がかりで引き剥がした。
「治癒を!」
吸血されていた傷口を、『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)が熾天宝冠で塞ぐ。
「ありがとう……本当に、助かる!」
少し血の気の失せた顔で礼を言うヨゾラの前で、剥がされた人形がキリキリと軋む音を立てながら起き上がる。
「飲み込め、泥よ!」
放った星空の泥が飲み込むが、人形はソレでもまだ動きを止めない。黒子とクウハが追撃を加えて、ようやく動きを止めた。
「かてェな」
「『人癇(じんかん)』と言う自動人形(オートマタ)です。防御全振りで機動力には欠けますが、うっかりして取り憑かれるとああなります」
示すのは、未だに貧血の気が抜けない顔で苦笑するヨゾラ。
「凶形繰しのオリジナル作品ですが、まあ趣味が悪いですね」
黒塗りの幼児と言った体のソレを見て、ウンウンと頷く一同。
「私らのセンスが分からんとハ、先進的感性に乏しいヤツらネ」
甚だ遺憾と言った顔でレンフォンがクイと指を低く。倣う様に、次々と床から這い出す人癇達。
「丁度良いネ。キメラの材料も人形の素材も不足してた所ヨ。アンタら殺して、大量補填ネ」
「……人形まで、素材は死体なんですか。貴女の所は」
嫌悪を隠さない祝音の顔をしげしげと眺め、笑うレンフォン。
「そうヨ。貴方、顔が良いネ。仕立て甲斐あるヨ。その前に、チョイと摘み食いするのも良いかもネ?」
悪夢の様な人形の群れの中、ケタケタ笑う様に『……悪趣味にも程があんだろ』とボヤいてクウハは溜息をついた。
「現れてる子獲箱は4体……」
暗視とエネミーサーチで索敵していた『共に歩む道』隠岐奈 朝顔(p3p008750)はそう呟く。
前情報でレンフォンが所持する子獲箱の総数は10体。現在、此処に在るのは4体。そして……。
「ジルーシャさん」
共にレミアの護衛についていたジルーシャに呼びかける。
「なぁに?」
「レミアさんとピトフーイの所に行った時、索敵を行ったと聞きました」
「ええ」
「そこには、子獲箱は在りましたか?」
「そうね……」
森の中で探った気配を思い出すジルーシャ。
「あの時は、どれがどれだか分からなかったけど。実物を見た今なら、判別出来るわ。森に在った子獲箱は、『5体』よ」
「5体……」
荒屋(ここ)に4体。
森(向こう)に5体。
そして、レンフォンが使役する子獲箱の総数は10体。
「1体、足りない……」
「危ない!」
朝顔の思考を遮る様に、セチアが発光を放つ。暗闇を照らす光の中に、天井の梁から襲いかかろうとしていた『何か』が浮かび上がる。
漆黒の身体に、真っ赤な目を光らせる猿の様な獣。突然の閃光に目を焼かれ、悲鳴を上げて後退して行く。
「逃がすか!」
セチアが逃げ遅れた個体をレジストクラッシュで追撃しようとした瞬間。
ヒィイイイィイイイッ!!
獣の何匹かが、甲高い声で叫んだ。
「いぃっ!?」
鼓膜を貫通し、脳漿を掻き混ぜる様な不協和音。セチアを始め、意識を乱されたメンバーが攻撃を外す。
「ひっどい声……」
「気を付けろ……」
クラクラする頭を振るジルーシャの耳が、昏くくぐもる声を捉える。
「卑猿忌(ひさるき)の狂い吠えは魂を削るぞ」
「くっ!」
間を置かず襲い掛かる鞭の嵐を、咄嗟に展開したルーンシールドが辛うじて弾いた。
ヒュンヒュンと鞭を踊らせながら、ペテロが説く。
「余計な事は考えるな。今の死合いに埋没しろ。そうすれば、刹那全てが……」
享楽だーー。
縦横無尽に踊る鞭の隙間を縫い、卑猿忌達も踊り掛かる。
セチアと共に猛攻を防ぎながら、ジルーシャは朝顔に言う。
「さ、続けてちょうだい。思いついた事が、あるんでしょう?」
「……はい」
そして、朝顔は愉悦に満ちた顔で凶形を繰るレンフォンを見つめた。
●
その頃、ピトフーイがいる森でも騒ぎが起きていた。
「……ま、想定通りじゃな」
腕組みしたビスコッティが、フムと頷く。
ピトフーイを守るように囲んだ四人。ソレを更に包囲する様に子獲箱と人癇の群れ。
「皆、ピトフーイを見とるね。やっぱ、そう言う事か……」
キリキリと泣く歯車の音に眉を顰めながら、彩陽は背後のピトフーイに語り掛ける。
「守りたいなって思うから。手伝うよ。生きていたいだけの者を見捨てられない」
彼の言葉に、苦しげな眼差しを細めるピトフーイ。
「拒絶するのも分かるけど、自分は除外されて生きてきた側やし……何となく重ねてまうかな」
『済マヌ……』
片言の謝辞が、片言だからこそ誠と伝わる。
「……まだ、何か出てくるっきゅ」
暗視で見通していたレーゲンが警戒を促す。最も、何より顕著にその存在を捉えたのは視覚よりも寧ろ鋭い嗅覚の方ではあったが。
ホゥ……。
濁った梟の声の様な音が、夜闇を揺らす。
ホゥ……ホゥホゥ、ホゥ……。
やがて茂みが揺れ、灌木が倒れ、地面が返る。
土塊を捲り上げ、死臭と共に這い出して来たのはひょろ長い人影。見た目は白い服の女性だが、胴やら四肢やら異常に長い。良く良く見れば、ソレら全てが複数の女性のソレを繋ぎ合わせた代物。兎に角長過ぎる所為でバランスが悪いのか、フラフラと弥次郎兵衛の様に揺れながら群れる人癇を跨いで近づいてくる。
『八癪(はっしゃく)』。荊都が造った芸術品。その2。
「……趣味、悪いのぉ……」
「死者に対する最悪の尊厳破壊だ……」
ビスコッティの呆れと昼顔の憐れみの視線に気づいたのか、ヒョロ長い首にチョコンと乗っかった小さい頭がグルンと回って彼を向く。落ち窪んだ眼孔の置くを血色に光らせせ、ホゥと一泣き。
「うぉ!?」
「危な……!」
ゴキンと曲がり、倒れ込む様に落ちてくる上半身。掴みかかって来た手をすんでで避ける。空振った手はそのまま地面を掴み、硬く張った木々の根ごと掴み取る。
「何ちゅう馬鹿力じゃ……」
「あ!」
自分達を獲り逃した八癪がそのままピトフーイに掴み掛かるのを見て、彩陽が封殺をかける。手が離れた瞬間、周りの人形達を巻き込む様にレーゲンが夜想をぶつけた。
ホォウ。
間の抜けた声を上げて引っくり返る八癪達。
「レーさんは親とか子供とかいたことないけど、
離れ離れがすっーごいつらいことなのは心の底まで刻み込まれてるっきゅ……。だから絶対に親が生きてるうちに卵さんを返したいっきゅ!!」
「そう!」
再度の襲撃に備える皆に任せ、昼顔はピトフーイの元に駆け付ける。舞う羽毛の毒に受ける息苦しさも構わずに天使の歌で回復を試みる。
「ピトフーイ、君は此処で死んじゃ駄目だ! 少なくとも、卵と再会するまでは……絶対に!」
霞む視界の向こうで、ピトフーイは己を癒す少年の想いを見る。
(僕だって、母さんが好きだ! だから、許せない! 毒鳥だからって、災いだからって、母親から子供を奪って良い訳がない! 僕だって、母さんに会えなくて何度……)
ああ、と毒の鳳は思う。
我の種が他の心を見る術を得るは、害意を見抜く為と思っていたが。
(此れが、真の意か……)
「ま、そう言う事じゃ」
ピトフーイの思考に答える様に、ビスコッティ。そんな筈は、無いのだけど。
「こうして行き合ったも何かの縁。子は必ず返してやる故、楽楽と待っておれ」
無機の顔に有情の笑みを浮かべ、ビスコッティは外法に生まれた同類の前に立つ。
「ま、貴様らも難義と言えば難義よな。同じ無情の生まれ。幾許でも筋が違えば逆も有ったかも知れんのにのう」
凶形(彼ら)は答えない。そも、ソレに倣う術が無い。
ただ、歯車の音だけが泣く様に。
「ならばさっさと送ってやろう。せめても早く次の輪廻に乗れる様にな」
そして、ビスコッティは名乗りを上げる。
「我が名はビスコ! 絶海の思ひ出より生まれしモスカなれば。これから生まれゆく命を見過ごすことなどできぬ。来やれ!!」
凛とした声に、夜行の徒群がブルリと震えた。
●
暗視で確保した視界に、戦いに騒ぐ荒屋が浮かぶ。
透視で見透かす先に、蠢く悪意が映る。
伺う敵の所作、動作。
夜の行群。その頭、三つ。
従う脚は全て木偶。
穿つべきは。
「親と子を離れ離れにするとは……」
冷静に。
冷徹に。
己の役目に深く深く沈みながら。
それでもその奥に、『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は熱い怒りを燃やす。
「全力で、穿つ」
懐で、愛しき子らが共に祈る。
「僕は、君達に怒ってるよ」
レミアに抱かれた猫の目が光る。
ヨゾラのファミリアー。
五感共有、接続。
ハイセンス、展開。
ハイテレパス、連結。
数倍に増した情報の中で、ヨゾラは静かに息を吐く。
「カットアントの人達の願い、そしてピトフーイの願いを叶える為にも……」
狭い空間。ひしめく夜行の徒。その全ての存在を把握して。
「屑集団を殲滅して、大切な卵をピトフーイに返さないとね!」
願望器が、星空の煌めきを放つ。己の可能性を引き上げたヨゾラが疾る。
狙いは3頭の牙。
「荊都! 狙われてるヨ!!」
「なんて!?」
姉の声に、マリカとの戦いに没頭していた荊都が慌てる。
「こんの……」
得意の暗器で迎撃しようとするが。
「アハハ! どっこ見てんのー!?」
「うわ!?」
後ろから抱きつくマリカ。
「だっめだよー! 今のキミのダンスパートナーはマリカちゃんでしょ♫」
「うるさいん! 離れろこの色ガキ!!」
「キャハハッ♫ つっれなーい! そんな意地悪する子は……」
妖しく光る、マリカの目。
ーーDooms sundaeーー。
「んぎぃ!?」
荊都の口から漏れる、苦悶の声。
彼女の腹が、不自然に蠢く。何かが、『中から出ようと』している様に。
「て、てめぇ!!?」
「アハハ、意地悪な子は、おっしおきだもんねー♪」
同じ死霊術師。何をされようとしているかは、如実に分かる。
血を吐きながら悪態をついても意味は無い。
腹の中の『お友達』を追い出す為に、そちらに集中せざるを得ない。弱まる、使役の念。
「待ってたわ!」
見逃さなかったジルーシャが、バシリスクの睥睨を侃々蛇螺に放つ。
行動の基盤を欠いた侃々蛇螺に抗う術は無く、アッサリと蛇王の軍門に下って動きを止める。
「クソが!!」
毒付いても腹の中の『お友達』は治らない。
その間にもヨゾラは猛然と距離を詰めてくる。
「知っているよ! 一番『危険』な代物は君の手札にあると!!」
卑猿忌達が妨害の為に群らがるが、縦横無尽に走った呪鎖が尽く封殺する。
「手数なら、まあ此方もそれなりですので」
葬送曲を奏でながら、黒子。覆面の奥で、笑む気配。
ならばと動き始めるのは人癇達。一体でも取り憑けば、それで用は足りる。足りるのだが。
「させねぇよ!」
読んでいたクウハが決死の盾で阻む。
「ちぃっ! 行くネ! 子獲箱」
遂にレンフォンが子獲箱を差し向ける。当たれば問答無用で奪う。追い縋ろうと箱達が陣を崩した瞬間。
荒屋の壁を撃ち抜いて来た弾丸が二体の箱を貫いた。
「な!?」
外で狙撃手として潜伏していたウェールの銀時雨。
「まだ仲間がいたカ!?」
歯噛みするレンフォンの前で、撃たれた箱が砕け散る。作動中だった二体。つまり。
「戻った!」
「それなら!!」
腕と脚を取り戻したソアと涼花が戦線に復帰する。
「よっくもやってくれたよねー!」
「お返しです!!」
涼花のクェーサーアナライズの補助を受けたソアが、ミキサーで突っ込む。
「こんなガラクタで、虎の爪を防げるもんかぁ!」
無尽虎爪の本領発揮。
連と追撃を連ねた猛攻が、残りの子獲箱を瞬く間にガラクタに変える。
「次はあなたの番!」
猛撃の勢いは止まらず、そのままレンフォンへ。
「ちぃ!」
退避しようとしたレンフォンに、咆哮がぶつかる。
「逃がさないよ!」
「こ、このドラ猫がぁ!」
自由を奪われたレンフォン。残りの人癇を呼び寄せ盾にしようと意識を其方に。
そして。
隙が出来る。
「ジルーシャさん、どうですか?」
「ええ。まだ、残ってるわ。子獲箱の気配。『あそこ』にね!」
ジルーシャが、ゼロストームを放つ。動きの止まった人癇を、朝顔のH・ブランディッシュが纏めて薙ぎ払う。
「ウェールさん!」
朝顔の呼びかけに応じる様に、霹靂の一閃。壁を貫いたソレは、過たずレンフォンの胸へ。
「か……」
血を吐く彼女と共に、砕け散る最後の子獲箱。
瞬間。
●
「おぅ!?」
「何や!?」
突然溢れた光に驚くビスコッティと彩陽。
「これは……」
ピトフーイに寄り添っていた昼顔が見たのは、彼女の腹に灯る温かな光。
「卵が……戻ったきゅ!」
レーゲンの言葉に、皆の顔が明るくなる。
「やってくれたか!」
ビスコッティが頷いた瞬間。
残っていた子獲箱と人癇が、糸でも切れた様にパタパタと落ちた。
「ありゃ?」
「どうやら、凶形繰しがやられたみたいやな」
「何じゃ。折角これから本領発揮と言う所じゃったに」
「随分とへばってた様やったけど?」
「抜かせ、若造」
言って笑い合うと、二人はもう一度前を向く。
「なら、後は此奴一人じゃ」
「もう一踏ん張り。気張りや、ご両人!」
「はい!」
「あいあい、きゅ!」
戦いの疲れと毒に蝕まれ、皆はボロボロ。
けれど、心は段違いに軽い。
そんな彼らを前に、残された八癪は困った様にホゥと泣いた。
●
「姉様!」
レンフォンが倒れるのを見た荊都が、悲鳴を上げる。
「これまでだ!」
遂に射程に捉えたヨゾラが星空の泥を放ったその時。
「てて様!?」
「!」
間に割り込んだペテロが、身代わりとなって泥を受けた。
声も無く堕ちる彼を見た荊都の顔が、憎悪に染まる。
「クソ共がぁああ!!」
「わお!!」
ビックリするマリカ。
怒りの激情が、腹の『お友達』を弾き出す。
再起動した侃々蛇螺が、その身をうねらせる。振り回された尻尾に打たれ、マリカとヨゾラが吹き飛ばされた。
「うひゃー!?」
「ぐぁ……!」
「ヨゾラさん! マリカさん!」
駆け寄り、治癒を施そうとした祝音は見た。
憤怒の形相の荊都に、締め殺そうとでもする様に巻き付いていく侃々蛇螺の姿を。
「アレは!」
「不味い!!」
妨害しようとソアとセチアが攻撃するが、充填の始まった魔力が作り出す力場のせいで届かない。
「間に合わない! 防御を!!」
祝音の叫びと、真っ赤な凶光が膨らむのは同時。
「みんな、消し炭になれ……」
呪いの言葉と共に、最期の祝詞は紡がれる。
「災火よ来たれ……怨来砲!」
身体を二分する程に裂けた侃々蛇螺の口から、血色の閃光が迸る。
防御の術持つ者皆が、最後の力を振り絞る。
レミアを。仲間を守る為に。
「やらせるものか……!」
地獄の奔流の中で、祝音は吠える。
「あんな奴等に、誰1人!!」
そして、少年の誓いは呪いへと打ち勝った。
●
「とんでもない光じゃったなぁ……」
森の上空を掠める様に貫いた閃光。抜けかけた腰を騙しながら立ち上がるビスコッティに、昼顔が尋ねる。
「今の光……怨来砲でしょうか?」
「だろうなぁ。こんなトコであんな阿保みたいな代物ブッパする輩なんぞ、他に思いつかんわ」
「向こうの皆さん、大丈夫でしょうか?」
「心配いらないきゅ」
答えたのはレーゲン。適当な言葉では無い。彼の前では、皆で総力を束ねて倒し。ソレでなお立ちあがろうともがいていた八癪が呆気なく塵に還った所だった。
「ま、そう言うこっちゃな」
息を吐いた彩陽が、背に守っていたピトフーイの頭をクシャリと撫でる。
「終わったで。お母はん」
その優しさに委ねる様に、ピトフーイは小さく『ピィ』と鳴いた。
●
基盤を無くし、塵へと還る侃々蛇螺。力を失って溢れた荊都は、一匹の卑猿忌が抱えて連れ去っていた。
飼い主のペテロは死んだ。使役されていた卑猿忌は全て逃げた筈なのに、何故?
答えは、ペテロとレンフォンの死体を見ていたマリカが見つけた。
「あのさ。この二人、『とっくに』死体だよ?」
そう。ペテロもレンフォンも、決定打を受ける前に死んでいた。恐らくは、これまでの荒事暮らしの中で。
つまりは、死霊術師である荊都が義父と義姉の死体を繰って三役を演じていたのだ。
どう言う意図だったのかは、分からないけれど。
「……あの子も、一人だったんだね……」
レミアがポツリと呟いた一言が、ただ妙に重かった。
●
戻った森。
約束通り飛び立とうしたピトフーイに、レミアが言った。
「ここに居て欲しい。改めて生まれる、子供と一緒に」
と。
カットアントは、行き場の無い者。故郷の無い者が肩寄せ合って生きる場所。
資格はたった一つ。
貴女は、ソレに沿う。
なら、貴女もまた仲間だからと。
ソレが、村の総意だと。
馬鹿な事をと戸惑うピトフーイに、セチアが言った。
貴女の毒は抵抗力特化の私には効かない。
保護結界とオルド・クロニクルで土地の汚染も防げる筈。
その時まで、共にいる。
だから、1人で逝くなんて寂しい最期は止めて。
と。
涼花も言った。
少しでも、癒すからと。
どこまでできるかは分からないけど。
少しでも力になりたいと。
自分にかかる毒は、そのたびに治せば良いだけと。
他の者も、出来る事をと。
レミアがまた言った。
子供も、ずっと一緒にと。
私が、その術を見つけるからと。
それが、私の生きる意味だからと。
言葉を失う彼女に向かって、最後に彩陽が言った。
『お疲れ様。此処が、君の居場所やね』と。
●
此処は、カットアント。
切り捨てられた、働き蟻の最期の地。
独りぼっちが。
独りぼっちの為に生きる場所。
一人を、一人では終わらせない。
そんな矜持を持つ者が。
皆で生きる。
そんな場所。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
良い夢をありがとう。
また、いつかの夢で待ってます。
GMコメント
こんにちは。土斑猫です。
今回も頑張らせていただきます。
●あらすじ
流離の毒鳥が襲撃され、胎内の卵を奪われました。
鳥は致命傷を負っていますが、待ち前の精神力と生命力で持ち堪えています。
彼女は卵の奪還を願っています。
もし叶わずば、敢えてこの地で果てると。
もしそうなれば、彼女の死体から毒が流れ出して周囲一帯を汚染。死の土地に変えてしまいます。
略奪者、『夜行旅団』は要求を飲めば卵を返すと言っていますが……?
●目標
賞金稼ぎ『夜行旅団』から『毒鳥・ピトフーイ』の卵を取り戻す。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●ロケーション
時間帯は黄昏。
戦闘場所は二箇所。
双方攻めるも、片方に集中するも自由。
① 旅団の隠れ家である『荒れ家』。
暗い室内での戦闘。視界・足場悪し。
障害物多し。
敵は『外れ旅団』三人。
『卑猿忌』×10
『子獲箱』×4
『人癇』×4
『侃々蛇螺』×1
② ピトフーイがいる森。
視界悪し。沢山の木々。ピトフーイから舞った毒の羽毛で体力が少しずつ削られる。
敵は毒が効かない人形二種とアンデット一種。
『子獲箱』×5
『人癇』×4
『八癪』×1
旅団が攻撃されると行動を開始し、ピトフーイを殺そうとする。ピトフーイは抵抗するが、いずれ力尽きる。
●エネミー
①『卑獣使い』のペテロ
『旅団』の頭領。寡黙な獣使いの壮年男性。
『卑猿忌』を使役する。
〈戦闘方法〉
・『破鞭』:長さ数メートルの鞭。対多人数で近〜遠距離に対応。大ダメージ。
・『卑猿忌』:小型犬程の大きさの猿に似た怪物。高速で立体行動をしながら爪と牙で攻撃する(共に近距離単体。中ダメージ)
時折り不協和音の様な叫びを上げ、全体の命中率を半減させる(次の行動までには回復)
使役するペテロが倒されると戦闘をやめて逃走する。
②『凶形繰し』のレンフォン
ペテロの義娘。10代後半。快楽主義の人形使い。
『人癇』と『子獲箱』を使役する。
慎重な性格で、大事なモノは身から離さない癖がある。
〈戦闘方法〉
・『子獲箱』:結界を内包した方体人形。浮遊し、触れた部位を獲ってしまう(右手に当たった場合、右手が使えなくなる)
該当する子獲箱を破壊すれば回復する。
ピトフーイの卵を奪い、保持している。存在する全10体の内のどれかがソレ。
・『人癇』:幼児程の大きさの真っ黒な人形。動きは遅いが、非常に堅い。怪力と鋭い爪でしがみつき、吸血する。破壊しない限り、毎回体力が削られる。
双方とも、レンフォンが倒されると機能停止する。
③『屍誑し』の荊都
ペテロの義娘。10代前半。戦闘狂のちびっ子死霊術師。
『侃々蛇螺』と『ハ癪』を使役する。
〈戦闘方法〉
・『暗器百典』: 様々な暗器をレンジに合わせて使用する。ダメージは全て単体・小。
・『怨来砲』:侃々蛇螺を体に巻き付けて魔力を充填圧縮。現在地からフィールド端まで貫通する砲撃を放つ。軌道上に存在するPC全員に大ダメージと一回の行動不能。
ピトフーイを落としたのもコレ。
魔力消費が膨大な為、使えるのは一回のみ。更に使用後は荊都は昏倒して脱落となる。
・『侃々蛇螺』:様々な生物の死体を繋ぎ合わせた蛇人状のアンデットキメラ。六本の腕と数メートルに及ぶ蛇身を怪力で振り回して大暴れする。
攻撃は全て近距離・単体・大ダメージ。
・『ハ癪』:大女の姿をしたアンデットキメラ。掴みかかって嬲り殺す脳筋。パワーは侃々蛇螺を凌駕する。
攻撃は全て近距離・単体・大ダメージ。
共に荊都が倒されると塵に還る。
●NPC
①『毒鳥』ピトフーイ
巨大な怪鳥の一種。
一連の経緯は前記参照。
卵が戻れば最後の力でこの地を離れ、誰の迷惑にもならない場所で果てる所存。
②『いない者』レミア
11歳。人間種。女性。
詳細はオープニング参照。
自分と同じ、居場所の無いピトフーイとその子について思うモノが有る。
戦闘を介さず、彼女を引き渡すと言う選択も有る。
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