シナリオ詳細
<黄泉桎梏>舞い踊れ、焔獄
オープニング
●ほむらひとや
ゆらゆら、赫赫、焔が揺れている。赤く、熱く、意思持つように。
手を伸ばせども身を焼くばかりで掴めはせず、するりと身を躱し、嘲笑う。
――焔。
赤い炎に抱かれた人々が、踊る。
赤い炎に追いつかれんと、逃げ惑う。
ある男が言った。
『ハハハ、見てみろよ! 祭りのようだなァ!』
楽しんでいるかと嗤った。
お前たちのために用意したのだから楽しめ、と男は嗤っていた。
●ローレット
――豊穣郷カムイグラに『帳』が降りた。
それを告げる劉・雨泽(p3n000218)の表情は『いつも通り』だが、声が硬い。その自覚があったのだろう。ちょっとごめんねと手のひらを向けて制し、はあぁと大きくため息を吐いた。……『いつも通り』の笑顔。けれども確かに彼は今怒りを覚えており、それは蓄積し続けている。
「……いつも急ぎの案件ばかりで申し訳ないのだけれど」
「何水臭いこと言っとるんですか」
「そうですよ、雨泽様」
故郷の大事だ。言われずとも向かうつもりであったし、情報屋が早い段階で情報を集めてくれるのは助かっていると物部 支佐手(p3p009422)と澄恋(p3p009412)が口を挟んだ。
「もう降りてしまったのじゃろう?」
「今すぐにでも向かった方がいいな」
天義で降り始めた『帳』が各地に広がり出していることはイレギュラーズならば既に知っていることだろう。瑞鬼(p3p008720)と日向寺 三毒(p3p008777)がそう口にして、空中神殿経由で豊穣へと向かおうとする。
「あ、豊穣へ行って、それから現地へ……の移動はしなくていいんだ」
「そうなんですか?」
首を傾げた澄恋に、うんと雨泽が頷いた。
天義に降りたテセラ・ニバスの帳(リンバス・シティ)の内部に存在している『アリスティーデ大聖堂』は各地の『神の国』へとアクセスできる。
「空中神殿と似たシステムってことか?」
以前は現地で梯子から神の国へと向かったことのある松元 聖霊(p3p008208)がゆるく首をかしげれば、「そんな感じだね」と雨泽が返した。
梯子では現地へ赴いてから入り口となる天使の梯子を探さねばならないが、アリスティーデ大聖堂を経由することで『神の国内の豊穣郷カムイグラ』へと直接向かうことが叶うのだ。
「それにしたって何だって豊穣に」
チッと吐き捨てた三毒へ、雨泽が敵方の『言い分』を伝えた。
曰く、『イレギュラーズが絶望の青を越えていなければ』存在し得なかった。
故に、豊穣郷カムイグラ(神威神楽)は存在してはならない。
「莫迦莫迦しい」
「だよねー」
ハッと笑った瑞鬼に雨泽が深く笑む。
「何はともあれ、無粋な客人にはお帰り願うのがよいでしょうな」
「花嫁ですので、客あしらいも得意ですよ」
支佐手も澄恋も、お任せ下さいととても良い笑顔で笑った。
売られた喧嘩は買う主義だ。
●赤い悪夢
踏み入れた途端、ごうと熱風が吹いた。
瞳から水分が奪われ、乾燥してチリチリと熱を感じる。
まるで踊るように――焼いた靴を履かされたような『人だったもの』。
――いや、まだあれは人だ。
聖霊が息を飲む。
助けてくれと人々が叫び、悲鳴が響き、ああ、目の前で命が喪われていく。
さァ、悪夢の再演だ――。
まるで耳元で誰かが囁いたかのように、近くの建物が崩れ落ちた。
- <黄泉桎梏>舞い踊れ、焔獄完了
- さァ、悪夢の再演だ――。
- GM名壱花
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年07月11日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談10日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC2人)参加者一覧(10人)
リプレイ
●
赤い蛇のような焔が地を這い、人や家屋を舐めていた。
響く音は数多。悲鳴と罵声。家屋にあった油壺が爆ぜる音に、耐えられなくなった家屋が崩れる音。その度にまた、悲鳴が上がる。
香る厭な臭いは燃えているのは木材だけではないと知らしめて。イレギュラーズたちは突然の『地獄』に、眉間へ皺を寄せた。
「ああ……」
何処か恍惚と吐息を零したのは鬼の娘。
二度と拝みたくないと思っていた景色だというのに、それに見合う表情をしていない。恋する乙女のように頬を高揚させ、瞳はキラキラと輝いて、少し高鳴る胸は、勿論――
(幾度だって殺してあげますから)
明確な、殺意。乙女の手は自然と懐の守り刀を握りしめていた。
(――あの時のものに似ている)
炎を見て、『何か』を思い出すのは『花と散るその日まで』澄恋(p3p009412)だけではない。『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)もまた胸を燻る痛みを覚えながらも、そこにあった。
チラと傍らを見る。
英司の一等は笑みを浮かべていて――魅せられている。そう、思った。
危うい。止めねばならない。けれどそれは今じゃない。
(澄恋がアンタの面影を求めて堕ちるのなら――俺は)
密やかな決意と殺意に気付いたのだろうか、傍らの綿帽子が動いた。
「英司様」
菫色の瞳が探るようにじいっと見上げてきて、英司は己の仮面に感謝した。――していなかったら、きっと彼女は何かに気付いていただろう。
「行きましょう」
「ああ」
澄恋の腰を抱え上げれば、傍らの『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)が視線をよこしてくる。が、澄恋を長時間走らせたくないのだから仕方がない。
(澄恋のばかむすめと英司のやつはなんぞ面倒なことを抱えているようじゃ)
からかうわけでもなく『母』たる瑞鬼は、己等がしっかりすればよいと心得る。
「わたしたちは あちらへ まいりましょう!」
白い指先が逃げ惑う人々を追いかけて指さされた。『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)が示すのは所謂貴族街。人々は炎が少ないそちらへと逃げようとしている。
「空をおよげる わたしは 先にまいりますね」
「っと、ノリア」
瑞鬼が言葉を紡ぎきる前に、ノリアはぴゅるぴゅると半透明の尾を揺らして飛んでいってしまった。
「……まあ、大丈夫じゃろう」
随分と慢心しているように見えて案じたが、ノリアも経験を積んでいる経験者だ。ひとりでも何とかするだろうと見送って、瑞鬼は移動を始めた澄恋たちの後を追いかけた。猪突猛進の子等は己が身なぞ試みないから、せめてわしがといつでも回復できるように心構えて。彼等を、無辜なる人を、哀れな子を救ってみせる、と。
――この炎はただの炎ではないだろうから。
遂行者たちは――神託は、正しい歴史を語る。
正しい歴史に正さねばならない。遂行者たちは神にそう命ぜられ、その権能を行使する。
だが、正しい歴史とは何なのか。
「こんなものが正しい歴史な訳がないじゃない!」
熱っつ……! と身を焼く熱に悲鳴を零した『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は眼前の炎に眉を顰めた。激しい怒りに、無いはずの眸までチリチリと燻るような熱を持つようだった。
まるで地獄だった。神の国じゃなくて地獄に飛ばされましたと言われたほうが信じられる。
「何が『神の国』なもんか」
チッと舌打ちした『瞑目の墓守』日向寺 三毒(p3p008777)の胸中はジルーシャと完全に重なった。
「神使が来なけりゃ、ってェのは妄想でも遠慮したい類いの話だ。この火もアイツを思い出して良くねェしなァ……」
「おうおう、やってくれるじゃねぇか。せっかく旦那や姐さん達が苦労して収めたっていうのに派手に燃やしやがって」
「九皐会がまだ居るのか? それとも……」
「……この炎。あの人か? 地獄から蘇ってきたのか?」
「えっ、やだ。なに。おばけの話!?」
やめてよねと体を震わせるジルーシャを見て、三毒と『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)は顔を見合わせた。
「会いてぇような会いたくねぇような」
「俺は幽霊でも会いたくねェな」
三人は今、長屋通りへと向かって駆けていた。逃げ惑う人々で、真っ直ぐには進めない。ドンと度々人とぶつかってしまうが、出来る限りのことをしようと仲間たちと担当区域を決めたため、足をもつらせないよう気を付け、ひたすらに駆けていた。
「……酷いわね」
逃げ惑う人々の悲鳴に、焼ける匂い。ジルーシャはいくつも厭なものを拾ってしまうが、『そう作られた』ここに精霊がいないせいだろう。普段よりも感覚が研ぎ澄まされていない。
そう作られた、と言えば――ここに満ちる炎もだ。BS無効をもってしても熱さが減らないのは、やはり『そう作られた』からだろう。まるで貴族も平民も貧民も、等しくあるべきだという思惑でもあるかのようだった。
ごうごうと炎が燃え盛れば、力なき人々に為せることは少ない。水を少し掛けたところで焼け石に水だし、消そうと掛けるくらいなら我が身を少しでも守るためにかぶった方がいい。
火の手のまわりきっている貧民街。そこには、押しのけてまで我先に逃げたがる人と、押しのけられて悲鳴を上げることしか出来ない人がいた。
「大丈夫か?」
「あっ」
押しのけられ、地についた女性の手は裂傷と火傷で傷ついている。手を差し伸べて体を起こさせた女性の手――患部を素早く見た『医者の決意』松元 聖霊(p3p008208)は「これくらいなら手当のほうが良いな」と判じ、優秀な助手たる『アネスト』へと的確な処置内容を告げた。
この神の国は『病に侵されている』。早急に患部を摘出せねばならない。
だが、聖霊は医者である。救える命は救う。存在してはならないと断じられた命だって救ってみせる。
(そっちが天使で民を殺すってんならこっちは聖蛇で民を救ってやる)
「アネスト、この火事の中で麻酔は余計危険だ、使わずに治療してやってくれ。重症度の高い者から優先的にだ。お前ならできるな?」
「勿論だ、聖霊。私はお前の期待に応え、人々を救うために此処に居る」
聖霊の使い魔は優秀だ。この場を任せても大丈夫だろう。
「お前も、体力には気をつけろよ」
俺の眼の前で倒れたらただじゃ済まない。
そう視線を向けるのは『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)だ。
黒蛇衆の制服を着ている彼はどうにも貧民――獄人たちから距離を置かれているようだが、聖霊の視線に気がつくと心得ていると顎を引いた。
「近くに『天使』が居るようです。此処に近付けんようにしてきます」
「おう、任せた」
「その天使を始末したら、そこを拠点とするのがええでしょう」
煙や炎が阻害して確かな情報ではないが、それでも広い視野で見た感じでは建物を壊せば広場のようになるようだ。燃え盛る家々の間で治療して回るよりは、火を遠ざけられて建物が崩れる心配もない、少しでも安全を確保できる場所のほうがいい。
ではと手短に告げて別れた支佐手は早速、手早く影の天使を奇襲し、目をつけた建物へと入った。
「誰も居らんようですの」
人が住んでいない、集会所か何かなのかもしれない。安堵の吐息を僅かに零した支佐手は丹塗りの小刀を投擲し、次いで火明の剣を振るい、三輪の蛇神を喚び寄せ建物を破壊した。
動きは淡々と、やるべきことを。
けれど心はどうしたって考えてしまう。
(別の道を歩んだ神威神楽っちゅうことでありゃ、長胤様や黒蛇衆(わしら)も何処ぞにおるんでしょうか)
きっと現刑部卿は『前刑部卿』のままで、宮様も京の何処かに。
「――ッ、と」
物思いに心が引っ張られていたようだ。影の天使の襲撃にワンテンポ遅れた。しかし、深手は負ってはいない。じわじわと身を焼く熱はあるものの、動けなくなりはしない。
支佐手は剣をすらりと抜く。此処は避難所とするのだ、この影の天使をすぐに仕留め、周囲の天使たちも仕留めねば。時間が立てば立つほど、人は死んでいく。人が死ぬと影の天使になることは、この神の国に入ってすぐにイレギュラーズたちは見てしまったのだ。
自身をヒトガタに見立て、傷を抉って傷を返す、呪詛返し。其れを行わんと己に剣を向けたが――
――斬。
影の天使ではない黒。――忍び。
背後から忍び寄った如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が影の天使を斬り伏せ、頼もしい声を響かせた。
「さぁ、支佐手殿。此方は拙者に任されい。お主は他の者を!」
「急ぐのは良いが慌てんなよ! 他に、逃げるのに手が必要な奴はいるか!」
遠くへ聞こえるように腹の底から声を出し、苦しみや悲しみの感情を拾おうとする三毒。保護結界も張ってみるが、どうやら火脚への効果はないらしい。これは消えるか消えないかではなく、保護結界は家屋等へのダメージにしか効かないせいだ。燃え広がりへの対策をするならばオルド・クロニクルが最適解だろう。
「この物騒なのは俺が抑える。その間に行くんだ!」
人々の助けを求める声をセンサーで探りながら影の天使を引き寄せる獅門。
双方とも救いを求めている人物を探すのだが、この場に救いを求めていない者はいないのだ。コピーされて生まれた人も、巻き込まれてしまった人も、誰もが助かりたいと願っており、目と耳とで確かめる他ない。
「……手はいくらでもほしいくらいだな」
「はは、違いねえな、旦那」
それでもふたりは、余裕のない顔なんて見せない。歯を食いしばってでも耐え、余裕のある姿を見せることこそが、逃げる人々の心を支えとなることを知っている。
「ここはアタシに任せて」
人々を庇う役割は防御の術に長けたジルーシャが肩代わりし、ふたりへの回復も忘れない。
家屋の崩れる音がして、慌てて駆けつける。
「……救えなくて、すまん」
下敷きとなって覗く手足はぴくりとも動かない。
だが、最後の尊厳までは奪わせやしない。
肌の色を保っている内に祈るようにその手を握り最後の別れをし、人を人のまま成仏させてやる。……が、感じた『形』は希薄となって消えた。どうやらその人物はコピー住人だったようだ。だがそれに、安堵は覚えない。感情を持ってしまった以上、それは『人』と何が違うのだろう。作り物だとか身分だとかは関係ない。どれも『命』で、命ある限り救いたいとこの地に訪れた多くのイレギュラーズたちは思っていた。
「三毒の旦那、火脚が早い」
「ああ」
死者を弔うためにしゃがみこんでいた三毒が立ち上がり、力の限り近くに居た影の天使を殴り飛ばす。八つ当たり? それの何が悪い。こんな神の国はくそくらえ、だ。
「歩けない人はいねえか」
いればジルーシャへと任せ、ジルーシャが癒やしだせば獅門は率先して前へと出る。三毒が追いつけば、ふたりで。人々を救うべく前に立ち、道を切り開く。
「大丈夫よ。アンタたちの未来を、誰にも燃やさせたりしないわ!」
香術で治療し、《精霊》デュラハン――恐ろしいのか中々乗ろうとしなかったが――へと要救助者を載せたジルーシャは、移動の最中も頼もしい言葉を掛ける。向かう先は、火がまわり切っていない貴族街だ。
「うーん、困りましたね」
「そうだなあ」
遭遇した影の天使は張り倒してしまえばいいとズンズン進んできた澄恋たちであったが、人々が逃げようとする先――貴族たちの住まう区画は道が塞がれていた。
「お願いです、通してください……!」
「帰れ帰れ! 此処はお前たちの来る場所ではない!」
「街は火に飲まれています! 帰るところなど、どこにも……!」
「ええい! 下がれ!!」
まさか貴族の私兵が通せんぼをしているだなんて。
俯瞰して見える英司の視界では、この先で救助活動を行っているノリアの姿がある。だがこの先は他よりも火の手が少ないから、大きな理由でも無い限り無理に行く必要もなさそうだ。
「斯様に傷ついて……もう大丈夫じゃ」
貴族街へ逃げようとやってきた傷ついた民たちを、瑞鬼はひたすら回復していく。この調子で《サンクチュアリ》を使い続ければ疲労で倒れてしまうのは瑞鬼だが、瑞鬼はそんな事はどうでもよかった。
(わしの目の黒いうちは誰の命も零させやせん)
せめて視界に入る者たちは全員救う。
この場にいる者たちは、例え作られた存在であろうと、彼等に罪はない。心を持つ人とは変わらない存在で、火に怯え、死に怯え、逃げ惑っている。
(こんな地獄は本来ないものじゃ)
だってそうだろう。イレギュラーズたちがやってきて豊穣は変わり、大勢の人々は救われてきた。長きに渡る焔心との因縁も澄恋が断ち、あのばかむすめは大勢に怒られながらも、名も知らぬ大勢に感謝されたはずだ。
かもしれない。そんな夢物語は、ありえない。かもしれないは、かもしれないどまり。イレギュラーズたちが勝ち取った現実こそが、『今』なのだから。
「峰打ちでよいでしょうか」
「まあ通してくれないって言うんだし、仕方ねえんじゃねえの」
「……ん?」
何やら物騒な会話が聞こえた。どうやらこの先に雫石がいるかもしれないと案じている澄恋は先へ進みたいらしい。
「アンタの行く先が、俺の行き先だ」
澄恋を降ろした英司が肩を竦めると、澄恋が華やかに笑った。
放たれた竜撃に、瑞鬼は息を飲み込み雷を落とす。
「こんのばかむすめ! もうちと加減をせんか!」
「よし、ついた」
貴族街と貧民街は一等遠い。……というよりも、貴族街から離れれば離れるほど貧困層のエリアとなるのはどこの国でも似たようなものだろう。
だが、その一等遠い貧民街から単身で駆けてきた者が居た。『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)だ。
「ここは己れが受け持つ。アンタたちは先に行ってくれて」
「くそ、新手か? なんだお前は!?」
「……よくよく見れば、お前もお前も! 獄人ではないか!」
「獄人の分際で八百万様を殴るとは……立場ってものを知らないようだな!」
兵士たちがぞろり、命へとにじり寄る。
命は瑞鬼たちへと視線を向け、顎をしゃくった。
『行け』
示す意味を正しく組み、澄恋を抱え直した英司が駆け出した。
「おい、通るなと言っているだろう!」
「お取り込みのところ、ごめんなさい?」
炎の照り返しだけではなく顔を赤くした兵たちの元へ、また第三者の介入が増えた。
「アタシはアンタたちも救いたいから、出来るだけ平和的に行きたいのよ」
ハァイ♪ と手を振ったジルーシャが連れている首なし騎士に、兵たちはぎょっとして息を呑んだ。
「貴族邸に怪我人はいねェか。オレ等を通してくれりゃ、腕の良い医者もいるゼ。御偉方の治療ついでに人助けで近隣住民に恩を売れる。悪くないと思わねェか?」
「医者は今貧民街の方に居るが……じきに皆、火の手の薄い此処へくるだろう? 大量に人が流れてきたら職務に忠実な立派な旦那たちもただでは済まないと思うぜ」
兵たちは顔を見合わせる。
どうする? という空気が一瞬流れるが、駄目だ。貴族に逆らえば、首を刎ねられるだろう。
「駄目だ」
「命を選り好むたァよ、八百万サマは何時から神になったんだ? 火にやられんのがどんだけ辛ェか。アンタ等、夢枕に立たれるゼ?」
「元々我等は『神の子』だ」
カムイグラにおいて八百万――精霊種は『付喪神』であり『神の遣い』でもあるのだ。そうでない獄人への差別はそこから来ている。獄人が夢枕に立つなど、それこそ獄人が身の程を知らぬ罰当たりなだけだと嘲笑われる。
「――ッ」
嘲笑った男を命が殴りつけた。
「話してても時間の無駄だ。胸糞悪いが殺さない様に気をつけて縛り上げようぜ」
「仕方ないな」
「そうよねぇ。アンタたち、痛いのはちょっとくらい我慢しなさいね」
過度な自信は慢心を呼ぶ。
燃える家々を飛び越えて、貴族街の区画へと入ったノリアは額を手で拭った。溢れた汗はすぐに失われ、熱が肌を焼いていた。
(ううう あついです ……わたしなら 焼ける心配はない はずでしたのに)
この炎は、炎であって炎ではない。似て非なる消えぬ炎であることに、この時に至ってもノリアは気がついていなかった。
それよりも。
『たすけ……』
『熱い、どこにいけば……』
『あっかあ、おっとう……!』
『どうしてこんな目に……』
『ああ、どうか。どうか、瑞獣様っ』
沢山の助けを呼ぶ声がノリアの頭に直接飛び込んできていた。ここに居る無辜の民たちは殆どの者が助けを求めているはずだ。その声は膨大すぎて、頭が割れそうな痛みを覚えた。その上、その中から緊急性の高い声を探す事は非常に精神的にも疲れることだろう。
(でも わたしが 必ず たすけてみせますの)
儚い見た目と反する強い意志でノリアは集中し、自身の体を顧みず救助へと当たった。
(見つけました 火の中に とりのこされて)
ある邸宅の庭で、貴族と思われる幼い娘が泣いていた。
「もう 大丈夫 ですの」
かなりの体力が削られているというのにノリアは微笑んで、少女を掲げ上げると弊を飛び越えた。
「私が預かりましょう」
「おまかせしますの」
親はと探すよりも早く菫色の髪の獄人が声を掛けてくれて、ノリアは少女へ託すとまた火の中へと飛んでいった。
「おねえちゃん、ありがとう」
綺麗な角ねと微笑む八百万の少女にはまだ差別意識がないようだ。箱庭で蝶よ花よと育てられているからかもしれない。
(こういう時こそ恩を売っておくべきなのに、馬鹿ですねえ)
だからアレは芋で猪なのだ。
少女の手を引く女は、姿の見えない女のことを小さく笑った。
炎が髪を炙る。出来る限りをぎゅうと手で押さえ、打ち掛けの中へ隠した澄恋は眼だけをランランと輝かせて抜け目なく視線を動かした。
「牡丹が咲いている庭などはありませんでしたか?」
「季節外れみたいだな、朝顔は多く見えたが」
再度抱えた、腕の内の澄恋のそうですかと呟く声が少しがっかりしているように聞こえ、英司は心の裡で舌打ちをした。
あの男は色んなものを奪った。けれどその事に対し、英司は怒りも恨みも懐いてはいない。『罪人』とされる人々を殺してきた英司にはそんな資格はない、と思っているからだ。悪も正義も、見ている立場によって異なる。勝つか負けるか、世間にとって都合がいいか悪いか。
(――だが、ひとつ恨みがあるとするなら)
澄恋の視線に気が付き、浮かんだ気持ちをかぶりを振って追いやった。
(……今日の英司様なんだか険しい)
いくら仮面を被っていても、澄恋には解る。
彼にはいつだって笑顔でいて欲しいのに。
わたしを見ていて欲しいのに。
(英司様は我が身に代えてでも渡しません)
――焔心は嫉妬の炎まで操るのだろうか。
澄恋の心に、英司の心に、執着の焔は常に燃えている。
「おっ、と」
「なんぞ見えたか?」
「ああ、どこかの貴族の屋敷から白服たちが撤退したようだぜ」
すんなりとは行かなかったためどこの屋敷かは解らないが、あの一帯という曖昧ではあるが怪しい区域は解った。
「少しでも動けそうなら、ドレイクへ乗ってくれ」
と命は言うが、ドレイク――亜竜なぞ見たことがない豊穣人からすれば怪物にしか見えず、逆に腰を抜かす者も出る始末。その状況に不思議そうに緩く首を傾げた命は折りたたみ式歯車兵を起動させると「怪我した人間を丁寧に馬車に積め」と命令を下した。
「ひえ、お助けを」
「大丈夫だ、コイツ等はアンタたちを傷つけない」
特にこの『イレギュラーズが来ていなかった豊穣』は外つ国の物は召喚バグで持ち込まれるものしかない上、それらは一般の市井の人間の目に届くのは極稀だろう。彼等からすると怪物を連れた人さらいに見えていてもおかしくはない。
されど人命優先。問答無用でひょいひょいと積んでいけば、やはりドレイクは怖いが大人しくしていれば危害を加えられはしないと思ってか、載せた人々は大人しくしていた。
「よし、そろそろお医者様のところへ向かうぞ。どこかに捕まっていてくれ」
積載量を超えそうになったら、聖霊の元へ。
「――雫石?」
「え?」
「すまない、人違いだった」
ドレイクで連れてこられた女性を見て、思わず聖霊は声を掛けた――が、幼い頃から廓暮らしの彼女は貧民街にいないはずだ。
救われて、やっと陽の光の下で暮らせるようになった雫石の笑顔を思えば、やはりこんな世界は許されるべきではないと思う。救われたはずの人々が、こんな地獄にあってはならない。
(何が正しい歴史だ。何が神だ。お前らが何をほざこうが、俺が信じる神は二人だ)
それは自身と父親だけ。
命を救ってくれるかどうかもわからぬ神に預けることなぞしない。
医者にとって命は、自らの技術で救うものだ。
「この格好で来たんは失敗でしたの……。大丈夫です、わしは助けに来たのです」
「う、うっ、嘘だ!」
「俺はあんたたちが俺等を手にかけていたのを見たぞ!」
「そうだ! この人殺し!」
やはり、と言うべきか。支佐手の黒蛇衆の制服を見て、そんな言葉を叫ぶ者たちも居た。助けに来たと言われても信じられない。お前の手に掛かって死ぬくらいなら炎に焼かれた方がマシだと宣う者もいる。
「皆、落ち着け。アンタたちの知っているその制服がどんな奴等なのか俺は知らないが、支佐手は俺の仲間で、支佐手の言葉は間違っていない」
救ってやる、と医者が言った。そうだぜと命も同調する。
「で、でもよ……」
「……右側、影の天使が向かっとります」
「俺はコイツ等の治療に当たる。任せた」
「お医者様が人を救う手を止めちゃあいけねえもんなあ?」
「下がっとって下さい。おんしらには、指一本触れさせませんけえ」
命も支佐手も、貧民たちの――獄人たちのために、彼等を巻き込まないで済む位置へと走り出す。
救われていないこの神の国の獄人たち。
救われた世でも獄人を手に掛けた黒蛇衆の行いを知っている者たち。
その人たちからの印象を変えるのは、容易ではないだろう。流せと言って流せるようなら、禍根は残らない。
けれど支佐手は己の行いを間違っていたとは、今も思わない。
この世は不平等で、理不尽に出来ている。
どう足掻いても全てを救えないのであれば、何処かで切り分けるしかないのは世の道理。偶々その区分けが獄人か八百万かで、汚れ仕事を引き受けたのが支佐手たちであった。
(あれは、それだけん事です)
動きは静かに滑らかに。支佐手は影の天使を切り裂いた。
「ノリア……!」
とある貴族邸にて、ノリアが炎の中に倒れていた。慢心していた彼女の体力は底をつき、瑞鬼が名を呼んでも目を覚まさない。脈の有無だけを確認して背負うと、後のことは澄恋と英司に任せ、瑞鬼はその場を後にした。
炎の中の探索は、どれだけ経っただろうか。瑞鬼が離れたため、英司と澄恋の体力もジリジリと減っていく。……けれど澄恋は焦らない。必ず己が出会えると、その運命力を信じている。人との愛は信じられなくても、奴との宿縁は信じられる。
(地獄で逢うのが楽しみです)
だから、解る。『本物』はいない。
「澄恋」
そんな中で、英司が呼んだ。澄恋はすぐに視線を向ける。
彼の手元にある何故か焦げすらついていない木箱から目が離せなかった。
「英司様」
壊さなかったのですね。
わたしのために。
「コイツの命だけは、君が背負え。澄恋」
蓋を開ければ、赤い衣を纏う人形がひとつ。割りと作りが良いところが微妙に腹立たしい。
やっと会えましたねと微笑んで、澄恋は手を伸ばす。
「わたしに殺されるまで、他の誰にも殺られちゃダメですよ?」
「ヤけるね、どうにも」
澄恋は大切に大切に、焔心と名乗る鬼によく似た人形の首を締め――
(ああ、彼女の空虚が埋められていく)
――わたしは愛するあなたになら、最後にこうされても構わないのです。
一等咲き誇った綺麗な姿でどうか、あなたの想い出に刻んで。
――いつか澄恋のことも、俺は殺すのだろう。
この先、彼女がアンタの面影を求めて堕ちていくのなら。
パキン。
陶器でできた人形の首を折ると――ああ、炎の景色が薄まっていく。
「英司様」
「帰るか、澄恋」
差し出された手に花嫁の手は自然と載せられて。
偽物の炎は消えても、互いの執着の炎は強まるばかり。
「結局、あんしは居らんかったので?」
「そのようでござるな」
覚えのある気配があったが、結局は良く似た人形があるだけであった。
「……誰が作ったのであろうな」
直接目にした澄恋たちからはとてもよく似ていたと告げられている。よく似た人形を作れるなど――……。
咲耶はジルーシャ等にもその話をしに行ったようだ。
薄らいでいく世界の中で、支佐手は目を閉じる。
(新しき世となっても、もし必要と命ぜられりゃ、わしは再び獄人を手に掛けるでしょう)
そんな命令が、上司たる刑部卿から下されなければいいとは思っている。
(ですがあの方も)
それが帝が下した決で、その行いこそが正しいと信ずれば、そうするのだろう。
役人とは、国に仕える者とは、歯車とは、そういうものだから。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
貴族班で瑞鬼さんが回復で繋いでいなければ触媒破壊が成り立ちませんでした。ので、MVPは瑞鬼さんへ。
……とても余談なのですが、推しのライブ会場にやってきたファンを見た気持ちになりました。自作推しグッズに身を包むの、すごいですね。
お疲れ様でした、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
豊穣にも帳が降りました。再演、再焔。
ここにあるのは全てPL情報です。
●目的
神の国を潰す
●シナリオについて
イレギュラーズが居なければ、豊穣は八百万は獄人を虐げ、其の儘、鎖されたまま世界の終焉へと向かうはずでした。イレギュラーズが絶望の青を越えてしまったため、様々な変化がありました。
では、イレギュラーズが来ず変わっていなかったら?
――そう。魔種『焔心』も死んでは居ないのです。彼の組織『九皐会』も今なお活動していたことでしょう。無辜の獄人は被害を受け続け、雫石は苦しみ続け、隠れ里は存在せず、蒼太は……もっと早くに命を終えていたかもしれません。
このシナリオに焔心自身は出てきませんが、皆さんが回想するのは自由です。
人を救うことを優先するか、神の国を潰すことを優先するか。
二兎追うことは――されどあなた方はひとりではありません。
●フィールド:神の国・豊穣、とある郊外
豊穣の貴族の邸があるエリア、平民が住まう長屋通り、獄人が住まう貧民街があります。
全て、炎に飲まれています。この炎は消すことは出来ませんし、燃え広がるのを止めることも出来ません。ただ、少しだけ火脚を遅くすることは可能です。
貴族街エリアは火の手が緩やかです。平民たちはそちらへ逃げようとしますが、八百万の貴族たちは自分たちのところへ平民や貧民が来ることを厭います。彼等を守る兵が、阻むでしょう。イレギュラーズに対しても同様です。
このフィールドにいる限り持続して体力消費(火傷)を負います。常に消えない【業炎】がついているような状態です。この状態はフィールドから出ることで解除され、火傷もすす汚れも『無かった』ことになります。
現実と定着した場合は辺り一帯が同様に焼け、焼き尽くしても炎が消えることのない炎獄となることでしょう。
●遂行者
『氷聖』を先生と慕う信者のひとりです。
先生の望みでとある実験を行っていたようですが、用は済んだので撤退するところです。素早く貴族街の探索が叶うと、とある貴族邸から出ていくところに遭遇することでしょう。
あなた方が手を出すのならば応戦しますが、魔種より少し劣るくらいの強さです。戦っている間に定着は進むし、人も死んでいきます。
●核
いくつかある貴族の邸にあるようです。しっかり素早く探索すると発見できます。
それは赤い衣の『とある鬼人種』の男を模した人形で、その人形だけは燃えません。何かの模様が刻まれています。
これを破壊すると神の国はゆるやかに消滅します。巻き込まれた人も元居た場所に戻ります。
●エネミー『影の天使』 30体(初期)
赤く染まる街の中を黒い影が蠢いています。飛んだりはしていないようです。
豊穣の人たちを模した『影の形をした天使』です。祈る形の姿をしていますが、獄人を見つけると腰にある影の刀を抜き、殺そうとしまう。
強さはこれまでの『氷聖』が作った天使よりは強くありません。が、下記条件により増えます。
●コピー住人 たくさん
八百万の貴族と平民、獄人の貧民が居ます。
人数的には、平民>貧民>貴族、です。
しっかりと作られているようで、言葉も行動もしっかりとしており、ROONPCと変わりません。感情があり、彼等はこの神の国で『生きています』。定着しなくては此処でしか生きられず、神の国消滅時はともに消滅します。
彼等が炎に飲まれて死ぬ、またはダメージの蓄積によって死ぬ度に影の天使に変わります。
●巻き込まれた獄人 数名
コピー住人たちと見分けがつきませんが、全員獄人(鬼人種)です。
身なりは平民と同じですが、コピー住人も巻き込まれた獄人も炎のせいで綺麗な状態ではないでしょう。
命ある生者です。死んでしまった場合、神の国が消滅しても死んだままです。死者は生き返りません。
●サポート
描写は状況に合わせたスキルや行動一回分程度となりますが、支援が行なえます。
【参加者】or【民】を選べます。いずれも被害が減ります。
・参加者
HPの回復であったり、俺が影の天使の注意を惹きつけるから先にいけ! が出来ます。
・民
HPの回復であったり、巻き込まれてしまった人を匿ったり(どう匿うか等の説得力あるプレイングが必要です)、倒壊する建物から救ったり……等が出来ます。
いずれの際も、シナリオ趣旨・公序良俗等に違反する内容は描写されません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●EXプレイング
開放してあります。文字数が欲しい時に活用ください。
関係者は、豊穣で活動していて『巻き込まれた』状態であれば可能です。
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
Tweet