シナリオ詳細
<廃滅の海色>望まぬ海に沈め、貴女の為に景色よ
オープニング
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聖都フォン・ルーベングに存在する大病院の中、スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は付き添う形で医師と向かい合っていた。
広げられた紙のいくつかを見比べていた医師は、やがて椅子に深く腰を掛けてこちらを見やる。
「先生、エレナちゃんの身体、大丈夫かな?」
「えぇ……この数値なら、大丈夫でしょう」
深く頷いた女医はそう言うと、スティアに頷きその隣にいる少女を見た。
ボロボロのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた少女に柔らかく女医は微笑むと。
「アッシュフィールドさん。一度、退院しても良いかもしれませんよ」
そう語ると共に、女医は改めてスティアを見た。
「元々、エレナさんの容体は主に運動不足や栄養失調、薬物の投与による物でした。
数値などを見る限り、薬物の盈虚は抜けたものと思われますし、栄養失調にも改善の傾向が見られます」
「……退院……するんですか……?」
そう語った医師はエレナが疑問を呈するとそれに頷いた。
「運動不足についても普通に生活する分には問題ないと思われます。
今後については病院の中でずっといるより、環境を変えて日常生活に戻り、沢山の人と交流していった方が良いでしょう。
もちろん、当院や他の病院でも構いませんが、定期的に通院いただくのが安全だとは思います」
「エレナちゃん、大丈夫そう?」
「……うん……まだ、少し怖いけど……」
スティアが念のために聞いてみれば、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめたエレナが小さく頷いた。
「では、退院に関しての日程から調整しましょうか」
そう言って女医が看護師にスケジュールの確認を要請する中、スティアはちらりとエレナを見やる。
「エレナちゃん、行ってみたいところとかある?」
「……うん……いつか、海洋王国に行ってみたいな……」
「海洋に? そういえば、エレナちゃんのお母さんは海洋王国のひとだったね」
首を傾げたスティアはエレナの言葉に答えれば少女は小さく頷き、きゅっとぬいぐるみを抱きしめる。
「……お爺様やお婆様に会いに行きたいから……」
「そうだね、でも退院して直ぐだと難しいだろうし、もう少し元気になったら行ってみよう?」
エレナの体調もだが、今、海洋は遂行者の攻撃を受ける真っただ中だ。
そんな状況で体調面が復調しただけのエレナを連れて行くわけにはいかない。
「そういえば、お母さんのご実家ってどこにあるの?」
それはふと気になったことだった。
たしか、エレナの母が殺されたのは彼女が実家に帰省しようとした最中であったという。
(もしかしたら、ジェルヴェーズさんが何かしてるかも……)
「えっ……たしか……」
少しだけ考えた様子のエレナは、やがて1つの島の名前を告げた。
●
さらに数日を経て、スティアは聖遺物を借り受けてからエレナの言っていた町に訪れていた。
「……そういえば最近、船が何艘か行方不明になっているようです。
遠洋に出てまだ戻って来てないだけ、というのも考えられますが」
そう語ったのは淡い金髪に紫眼の男性だ。背中の翼を見るに、恐らくは飛行種か。
領主である彼は、エレナから見て母方の伯父――母・シャルレーヌの兄であるという。
「中央から遂行者の攻撃とやらを受けていること、天義への可能な限りの協力をとも言われております。
……念のため、確認を戴けますか?」
「うん、ローレットに声をかけてやってみるよ」
「ありがたい」
男性はそのまま深く頭を下げた。
●
聖遺物が淡い輝きを放つ。
景色が移り変わり、穏やかな気候の空と海はその色を変えて行く。
近海にしては荒れた海、曇天の空、幾つかの漁船がひっくり返っているのも見えている。
「……流石にこれはジェルヴェーズも求めてないな」
そんな声がして、スティアは思わず振り返った。
「ローレットか」
「マルスランさん……これはジェルヴェーズさんが求めてないって、本当?」
「あぁ、ジェルヴェーズはエレナの平穏を求めている。このような海ではない」
マルスランが言ったその時、海面から大きな音が鳴った。
そちらを見れば姿を見せたのは、5mはあろうかという男だ。
耳や背中はヒレのようになったそれは、廃滅病に侵された海種型の巨人のよう。
そんな巨人の心臓付近に輝く淡い光は――この地の核にあたる『触媒』か。
「……だが、あるべき海は廃滅の海だ」
マルスランはそう言うと数歩ばかりイレギュラーズから離れていく。
次から次に姿を見せる幾つもの怪物たち。
- <廃滅の海色>望まぬ海に沈め、貴女の為に景色よ完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年06月24日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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波打ち際より姿を見せる多数の影が曇天の空、灰色の海を埋めていく。
天を衝く咆哮を上げた巨人に合わせ、それらは動き出す。
「ジェルヴェーズさんが求めてないってことは、エレナさんにとって危険な場所ってことだよね。
彼女はエレナさんが安心出来る場所を求めてるはずだから」
戦場の景色を見やり、『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)は小さく声を零す。
「エレナさんがのびのびと過ごせる場所を作ってあげたいのは僕も一緒だよ。
だって、閉じ込められてたのを助けたのは僕達だから」
その言葉はマルスランに届いているのだろうか。
「どうもややこしい事情があるみてぇだが……ある『べき』だの、『正しい』歴史だの、そんな堅っ苦しいことばかり考えていると疲れちまいそうだ。
……ま、仮にこの海が『間違っている』として、それが何か問題かい?
正しくなかろうが何だろうが、大多数が居心地いいって気に入っているモンを無理矢理正そうってのは、それこそ余計なお世話だろうさ」
そう語る『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)はすらりと愛刀を構えるもの。
「……愚かなことだな」
視線を向けた先に立つマルスランは静かにそう告げる。
「大多数が気に入っている、居心地が良いのなら余計なお世話? 実に愚かだ。
だが……そうやって堕落するのも、この国の終わりとしては相応しかったのかもしれないな」
冷やかな視線はどこを見ているものか。
(これは求めている海じゃない……か
ジェルヴェーズたちがエレナのことを大切にしているのはわかる。
だからこそ何でこんなことになっちゃったんだろうって思う)
構えを取りつつも『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)の視線はマルスランの方に向かっている。
「なるほど、これが噂に聞く狂王種か。
オレが参加できなかった舞台の再演ってわけだな。いいぜ、有難くぶちのめさせてもらおう」
轟く咆哮に『Star[K]night』ファニー(p3p010255)は挑戦的に笑みすら浮かべていた。
それはファニーの知る由もない嘗ての絶望の残滓。
今でこそ風光明媚たるフェデリア島が絶望の果ての決戦場であった頃の海の王者(まもの)たち。
もちろんそれその物ではないにしろ、気にならないはずはない。
「うん、よろしくない感じ。腐った海、腐った体、あの頃そのものだ。
エレナさんが求めてるものとは程遠いよね」
そう頷きつつマルスランへと視線を向けた『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)の表情には怒りに起因する色が見える。
「なにがあなたをそうさせるのかなあ……
はらわたかっさばいて聞いてみたいけど、いまはその時じゃないようだ」
その視線の先、廃滅に侵された飛行種らしき姿の影の天使たちが疎らに弾幕をばら撒き、雨のように降り注ぐ。
「あいつらは俺に任せて」
それだけ告げ、空へと駆け抜けた史之はそのまま愛刀を薙ぐ。
戦場に線を引くように振り抜かれた斬撃は痛みを齎すには不十分なれど、飛行種擬きの射線を集中させるには充分だ。
それを警戒するようにシーギガントが再び咆哮を上げた。
そのままぐっと身体を掻屈めたかと思えば跳躍、衝撃が大地を揺らす。
遅れるようにしマンフィッシュが、海種擬きが動き出し、戦場はにわかに乱戦の趣きを見せる。
「正直に申しますと腹が立ってますよ私。
なんせ人にはひっくり返して欲しくない歴史が在りますから」
そう怒りを滲ませるのは『決別せし過去』彼者誰(p3p004449)である。
「あの時、どれだけの人が、どれだけの仲間が。傷ついたか、傷つきながら戦ったか。
それを、あの日々を繰り返したいだなんて、本当に腹立たしい事ですよ」
「そうか、ならば残念だな。預言はこの国に絶海のままであれと仰せだ」
静かなままにマルスランは答えた。そこには何の感情も見受けられない。
歯痒ささえ覚えながら、彼者誰は意識を切り替え、敵陣を見据えた。
既に動き出している敵、空の誘導は既に出来つつある。
「道をお開けなさい、ダンスの邪魔ですよ!」
動き出している狂王種達へと割り込むように、彼者誰は声をあげた。
「貴方の目的はなんなのかな?」
セラフィムを起動する『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はそうマルスランへと藤太。
残滓を帯びた魔力が羽となって散り、空を衝くように放たれた。
空を行く天穹が一枚の羽となって巨人へと叩き込まれる。
「その話、ぜひ聞かせてよ。なんのために、誰のために、動いているの? 期待してないけどさ」
そう続けるのは史之である。
「ジェルヴェーズさんの手足として動くこと?
それともエレナちゃんに少しくらい思い入れがあったりするの?」
弾丸のように戦場を奔る羽が影の天使を撃ち抜くのを見届け、スティアは視線を翻す。
「前者は是であり否、後者は否だな」
マルスランからの返答は相変わらず素気の無いもの。
その台詞回しは彼を知る者達が語る『鷹揚とした人物』とは程遠い。
冠位強欲が月光人形の方がまだ『似せる気が合った』とでもいうべき、本当に皮だけ借りたような存在だ。
「ジェルヴェーズは仮にも遂行者だ。
未熟でまだ地の国に未練を抱く愚か者だが、それでも預言に従う者だ。
大いなるあのお方の配下として生きるのだから、俺も奴に従おう。
だが、この『身体の娘であるだけ』の小娘に気兼ねなどない」
静かに答えたマルスランはそれだけ言ってそれ以上は答えない。
「いくよ! マーシー!」
愛鹿が引くソリに飛び乗ったセシルは一気に走り出す。
握る剣に力を籠め、殺到する狂王種の只中へと圧倒的な速度を以って跳びこんだ。
流れるままに振るう斬光が鮮やかな光を放ち狂王種達を打ち据える。
「愚か、か。そうかもしれないな……それでも進んでいくのが、休んでみるのが人間ってもんじゃないのかい?」
マルスランの言葉を思い起こしながら縁は術式を行使する。
潮流の如き『氣』の流れへの干渉は手慣れたものだ。
打ち付ける波が触れたものを押し流すように、飲み干すように精神を侵していく。
(……今のマルスランはあまり乗り気じゃなさそうなのは少し安心)
そちらは大丈夫そうだと判断し、リュコスは短剣の剣身へと魔力を纏う。
聖騎士衣装に合わせて発注した幾分か新しい愛剣より放たれた斬撃は空を斬り裂いて漆黒の天冠を描く。
「折角なんだ、簡単に倒れてくれるなよ」
どこか若返ったかのような口調で笑う余裕さえみせたファニーは魔力を束ね、指先がなぞるは一番星。
放たれる魔術は2度にして海種擬きの1体を穿つ。
「このまま神の国が定着したらどうなるか分かっていて言ってるのよね。
そこは問い詰めても仕方のない所ではあるんだけど」
改めて『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)は問うものである。
「そうだな。それが我らが預言者の預言であるがゆえに」
「せっかく退院したのに心労で病院にとんぼ返りとか、かわいそうだしね」
静かに答えるマルスランにイリスは小さく息を吐いて男から視線を外し、迫る敵の方を見やる。
「好きにすればいい」
そっけなくそう答えた男の視線はイレギュラーズというよりもワールドイーターの方を見ている。
「言われずとも阻止させてもらうわよ」
ゆっくりと近づいてくる巨人の前まで迫ると同時、イリスは獲物へと聖性を纏う。
巨人を庇うように動き出したそれよりも小型の存在目掛け、三叉を叩きつける。
光輝なる一閃が尾を引いて万フィッシュの三叉槍とふれあい、複雑な音を立てた。
●
「皆の邪魔にならないためにも、さっさと死んでくれない?」
史之は愛刀を静かに構えた。
ただだらりと降ろしただけの構えから連続して打ち出される斬撃は迫る飛行種モドキたちを幾重にも切り刻む。
それはまるで実りの果実を落とす雨のように、けれど穢れた翼を浄化し、斬り落とすように降り注ぐ。
「こいつらも1体ずつ確実に狙った方が効率良さそうだな」
ファニーはつい、と指を振るう。
それは流星の軌道をなぞるように、緩やかに、けれど確実に振るう指の先が敵の死線を撃つように。
当然の如く、最小限の動きで振るわれる指先の動きは素早く、最小限の動きを以って最大限の火力を生む。
「分かってたつもりだけど、やり口が悪辣というか……」
イリスはそっと呟き、武器を構えなおす。
「あんまりよく分かってない家庭の事情に首を突っ込むようで気が引けるけど」
「そうか、ならば手を引けばいいだろう、特異点」
「そうはいかないわよ!」
「不思議な事を言う。貴様の言う通り、よく分かっていない家庭の事情、だろう?
貴様が関わらずとも、別にいいはずだ」
静かに続けたマルスランの声を振り払うように、イリスは踏み込むままに万フィッシュめがけて釵の如き獲物を振り下ろす。
「それでも、止めさせてもらうわ。それが英雄の責務だから!」
光輝たる神聖を纏った一撃は貧弱そうな万フィッシュの身体を大いに打ち据える。
乱戦激しき戦場において彼者誰の存在感は目立っていた。
「この程度。私の堅さには響きませんとも!」
抑え込みをかけ続ける彼者誰は自らを奮い立たせるようにして声をあげる。
激しい猛攻は強靭なる彼者誰の肉体に多数の傷を生み、けれど鋼の如き肉体は倒れることなくそこにあらんと藤色の瞳を以って敵を見据える。
巨人が彼者誰を潰さんとその足を振り下ろす。
重さが彼者誰の動きを封じ込めんとしてくる。
少しばかり表情を暗くしつつも、ふるふると頭を振ったスティアは改めてマルスランを見た。
「これだけは覚えていてほしいんだ。エレナちゃんが悲しむようなことをしてほしくないってこと。
貴方が姿を似せただけの偽物でも、自分のお父様と敵対するのはいい気分じゃないから……」
静かに、真摯に、視線を交えて言えば。
「約束はできないな。ジェルヴェーズは遂行者であり、俺は致命者だ。
その娘が地の国を生きるのであれば、何も約束は出来ぬ――それに、あれは直に狂気に呑まれる。
そうなれば、奴はきっと、エレナを迎えに行くだろうからな」
その言葉にスティアは目を瞠る。
しかしそれもそこまでだ。唸る戦友の声を聞いて、スティアは術式を起こす。
セラフィムの出力が大幅に上昇し、周囲へと散る。
羽の残滓は花弁へと移り変わり、増えた者の傷を瞬く間に癒していく。
「マーシー! 走って!」
次の敵を目指すべくセシルがマーシーへと言えば、相棒は一度棹立ちになって疲れ知らずとばかりに走り出す。
砂浜を掛け、砂埃が舞う。
黒衣が多少汚れることなど気にする物か。
(――もっと、もっと強くならなくちゃいけないんだ!)
そのまま撃ち込む斬撃は時間さえも置き去りにする神域の一閃。
圧倒的な衝撃は敵の守りを砕き、撃たれたことに気付かぬ敵を混乱に陥れる。
「もう少し頑張ってくれな」
縁は彼者誰の抑え込む巨人の方を見やる。
操流術は巨人のみならず、その周囲で動く魚人たちを絡め取り、引き潮が全てを連れ去るが如く魔物の構成物を引きずり出していく。
血ならぬ物を吹き零す狂王種達は神の国に再現されたが故だろうか。
(一番たおしやすそうなのは……あれかな)
リュコスは広域を俯瞰するように戦況を把握すると、愛刀を握るままに一気に跳びこんでいく。
肉薄するまま流れるように振り上げた斬撃が鮮やかな軌跡を描いて狂王種を切り伏せた。
●
狂王種達が倒れ、戦況はシーギガントへと移っていた。
「いよいよだな――そっちは任せた」
ファニーはシーギガントへと走り込むとそのままその跨ぐらを潜り抜けて後方へ。
「手始めにその巨体の分厚い肉を破壊してやろう」
曇天の空に輝くはそれを焼かんばかりの三番星。
降り注ぐ星はファニーの振るう指に合わせて軌道を描き、巨人の肉体を撃つ。
咆哮が響く――けれどそれは攻勢のものに非ず、激痛に叫ぶ悲鳴に違いない。
その代わりに前から斬りかかるのは史之である。
「万が一にも復活なんかさせない、行くよ」
原始的に近い作りの愛刀を手に跳び込むように駆け抜ければ、振り抜く斬撃は鮮烈の軌跡。
大瀑布を思わす滂沱の流血を生む斬撃が巨人の肉体を切り刻み、触媒の姿を曝け出させていく。
「ここで私達が負けたら、彼女のお母さんの故郷も失われるのよね?
家族を奪われて、そのつながりも失わせるわけにはいかないしね」
盾を押し立てるようにして構え、向き合う巨人を見上げた。
大きい――それでも、あの滅海竜に比べれば大したことなんてありもしない。
ならば、前へと進む意志が折れることなどあろうかと、光鱗の輝きは曇天を裂いて照らし出す。
「あなた方はいったい、どうして進んでしまった時を無理にも戻そうとなさるのですか?
そんなものの先に何が在ると言うのです? ……生きてる限り、俺たちは進むしかないのに」
彼者誰はシーギガントを抑え込みながらそう問うものだ。
「さぁな。その先に何が在るのか、考える意味があるか?
お前達が生きている限り進むしかないのなら、俺達もそうだ。
俺達は俺達のあるべき歴史の通りに生きる。貴様らという特異点なき世界の道を」
不気味にこちらの動きを見るままのマルスランはそう答えるばかり。
「全く理解できませんね」
「だろうな。我らは平行線だ。貴様らという特異点が神の代行者としてこの世界にありえぬ線を引くのなら、俺達は髪の意思を遂行するべく線を変えるのみ」
不死身の肉体を修復しながらそう言えば、マルスランは再び淡々とそう答えた。
「エレナちゃんがここに来れるように、平和な海を取り戻すんだ!」
スティアはセラフィムに魔力を通す。
鮮やかな魔力の残滓が羽となって舞い踊り、天穹を描く。
美しき空を描く魔力はそれその物を弓のようにして空の一閃を撃つ。
折れぬ心を刃に変えて、放たれた魔弾が巨人の胸部に穴を開く。
「こんなところで負けちゃいけないんだ……」
黒衣の身体には幾つかの傷が生まれていた。
けれど、それがどうしたことかとセシルは剣を握る。
雪輝剣がはらはらと氷の結晶を引く――巨人は眼前にあり。
振るう愛剣、音を越え、時を越えた斬撃が氷の尾を引いて一閃する。
「お前さんもそろそろ嫉妬と怨念に満ちた海に還りな」
ゆらりと愛刀を構えた縁は凪である。
のらりくらりと海に揺蕩う男ではなく、凪いだ海であった。
振り抜いた斬撃は凪ぎへと一石を投じるが如き魔力を持って戦場を駆け抜ける。
魔力の奔流は海嘯となり、見るものによっては巨大な魚の顎のように見えただろうか。
「……今っ!」
巨人がたたらを踏んだ刹那、リュコスはそれへと跳び込んだ。
咄嗟に手で庇おうとしたその腕を片手でつかみ、そのまま鉄棒でもするように潜り抜けて愛刀を突き出した。
真っすぐに撃たれた刺突が触媒を刺し穿つ。
●
「さて、致命者だっけ。おとなしく引いてくれるとありがたいんだけどなあ。そのへんどうなの?」
剣を構えるまま、史之はマルスランの方を向いた。
「言われるまでもないな」
消えゆく光景の向こう側に消えるように、マルスランが答えた。
景色が変わる。穏やかな海が帰ってくる。
その様子をぼんやりと見ていたセシルはそっと視線を下ろす。
疲労感が身体を包んでいた。
(多少の傷は男の勲章なんだ、頑張ってるあの子の為にも……もっと強くならなくちゃ)
きゅっと拳を握りしめる。思い起こすのは夜の闇のような髪の女の子。
一つ深呼吸をして、顔を上げれば穏やかな蒼空がセシルを見ていた。
戦闘が終わったあと、スティアは町へと繰り出していた。
(うーん、何かお土産でも、と思ったけど……何が良いかな?)
首を傾げ幾つか眺めた末に選んだのはイルカのぬいぐるみだ。
愛らしくデフォルメされたデザインのそれを1つ購入してから店を出る。
忘れ物でもないかと一応辺りを見回していたその時だ。
雑踏の中、スティアは振り返った。
何か声を聞いた気がして――けれど、そこには誰もいない。
すぐ後ろを偶然歩いていた人物が驚いた様子で立ち止まり、そのまま追い越していく。
「……気のせい?」
首を傾げつつも、自分が邪魔になっていることに気付いて、歩き出す。
戦いの終わった後、リュコスはまだ現場である海洋の町に残っていた。
マルスランがここにいたことに意味がある、そう考えての事だった。
エレナの母、シャルレーヌはガストンの命令でジェルヴェーズの手により暗殺された。
その際は体調を害して実家に戻る最中だった――つまるところ、ここに来る道中で暗殺されたというわけだ。
けれど、それを調査し始めてすぐのことだ。
「――悪いが、これ以上は困るな」
「――だれ!」
背後に気配を感じて盾を構えて振り返り――『後ろから』衝撃を受けた。
脳を揺さぶられ意識が刈り取られる寸前、マルスランを見た。
マルスランはリュコスの背後にいただろう誰かと話をしている。
――再び意識を取り戻した時、リュコスは『天義国内の』病院の前で倒れていたという話を看護師から聞かされた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
●オーダー
【1】『触媒』の破壊
●フィールドデータ
近海諸島に存在する天義にもほど近い小さな島の1つ。
エレナさんから見て母方の祖父母の領地に当たります。
●エネミーデータ
・『致命者』マルスラン
マルスラン・アッシュフィールド
ガストンの兄、エレナの父に当たる人物を元にした致命者です。
元の本人は冠位強欲戦で戦死しています。
他の致命者同様に中身までは伴っていません。
手数で攻めて守りを崩し、隙を突いた痛撃を撃ち込むタイプ。
『触媒』の撃破を見届けたら撤退します。
・『狂王種』シーギガント
5mはあろうかという海種を思わせる巨人です。
心臓辺りに『触媒』を持ち、手には巨大な三叉鉾を握っています。
踏みつけや咆哮による【乱れ】系列、【足止め】系列のBS、三叉鉾による【毒】系列のBSを与える攻撃を行います。
・『狂王種』マンフィッシュ×2
シーギガントを人間大のサイズに縮めたような存在です。
巨大な三叉鉾を握り、シーギガントの補助のような役割を行ないます。
・『廃滅』影の天使〔海種〕×5
廃滅病に侵された人間を思わせる影の天使たち。
海種風の姿をしており、刀剣類や銛などを装備しています。
タンクのような動きを行なってきます。
・『廃滅』影の天使〔飛行種〕×5
廃滅病に侵された人間を思わせる影の天使たち。
飛行種風の装いをしており、その手にマスケット銃や弓を装備しています。
遠距離からの攻撃が予想されます。
●NPCデータ
・エレナ・シャルレーヌ・アッシュフィールド
天義貴族アッシュフィールド家のご令嬢。
スティアさんとは父親同士が知己の聖騎士で幼い頃に会ったことがありました。
長く叔父に拘禁されていましたが、イレギュラーズにより救い出されました。
これまで病院にて療養中でした。
栄養失調や運動不足がる程度改善されたことで環境を変化させた方が良いとして退院することとなりました。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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