PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ヘイ・タクシー。或いは、432番道路の怪談…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある雨の日の話
 深夜0時。
 練達。
 再現性東京の暗い通りを、1台のタクシーが走っている。
「知ってますか、お客さん」
 暗い顔をした運転手は、後部座席を振り返らずに言葉を紡いだ。当然、運転中なので運転手が視線を前に固定しているのは至極当然のことである。
 だが、その様子はほんの少しだけ不自然なように見えた。表情は強張っているし、空調の利いた車内だというのに、頬には汗が伝っている。
「今日みたいな日……もうすぐ強い雨が降り出しそうな日はね、本当はこの辺りに私たちタクシー運転手は近寄らないんですよ。今日だって、本当はさっさと別のところに移動するつもりだったんです」
 淡々と。
 感情のこもらない声で、運転手は言葉を続ける。
 乗客からの返事は無い。
 返事は無いが、運転手はそのことを気にしていない風だ。
「たまたま道が工事中でね。こっちの方を通らなくならなくなって……まったく、ついてないなぁ」
 はぁ、と盛大な溜め息を零した。
 乗客がいるというのに、気疲れを隠そうともしない。
「雨が降る前に家に帰りたいのは、人でも、そうでない存在でも同じってことなんですかねぇ。人ならともかく……ねぇ?」
 まっすぐに車を走らせる。
 ポツポツと降り始めた雨粒がフロントガラスを叩き始めた。
 先ほどから、通行人はおろか、対向車にさえ出くわさない。
 静かな夜だ。
 生気を感じない夜だ。
「ねぇ、あんた……一体、どこに帰ろうってんです? 今まで姿を消したドライバー仲間たちは2人や3人じゃきかない。あの人たちを、どこに連れていっちまったんですかね?」
 運転手は、背後を振り返らぬままにそう問うた。
 当然、誰からの返事も無い。
 そもそもの話、後部座席には誰も座っていないかのように見える。
 
●3日後の午後
「ってわけで、3日前の雨の夜、タクシー運転手が1人、消えた」
 紫煙を燻らせ、そう言ったのはタンクトップ姿の長身女性である。
 名を夜鳴夜子という彼女は、再現性東京を拠点とする霊媒師だ。
 街の不良か、バンドマンのような出で立ちの女だが、その実力は確かである。この街で不気味な、不可思議な事件が起きれば夜子を頼れと噂が立つ程度には……。
 もっとも、実のところ夜子が己の手で解決した事件はそう多くない。
「432番道路の乗客と言えば、タクシードライバーたちの間じゃ有名な怪談らしいぜ」
 煙草の灰を灰皿へ落とし、夜子は燻る紫煙を目で追いかけた。
 煙草の臭いが気に障るのか『ツクヨミ』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000668)は口元を押さえて、夜子から1歩、距離を取る。
「はぁ、それで今回はその事件を調査して来いと?」
「そういうこと。報酬はいい額貰ってるし、アンタらこういう事件の専門家だろ? 正直、アタシ1人で首を突っ込んでもな……行方不明者が1人増えるだけだ」
 そう言って夜子は呵々と笑った。
 ツクヨミをはじめ、イレギュラーズの存在があってこそ、夜子はこれまで幾つもの事件を解決に導けたのである。
 けれど、しかし。
 だからと言って、夜子は決して無能ではない。
 巡り合わせ、というものがある。
 ツクヨミと知己を得たのもそうであるし、怪奇絡みの事件の依頼が舞い込んでくるのもそうだ。
「条件は深夜であること、雨の降り出しそうな空模様であること、そしてタクシーのドライバーであること……合っていますか?」
 やれやれ、と小さな吐息を零してツクヨミは問う。
 にぃ、と笑って夜子は答えた。
「合ってるよ。もっとも、消えたのはタクシードライバーだけじゃないけどな。バイト帰りの大学生も消えたし、買い物に出かけた老人も消えた。きっとアタシらが知らないだけで、もっと大勢が消えてんじゃないか?」
 どこに消えたかは分からない。
 そもそもの話だが、事件の起きた432番道路は“432番道路”という名称ではないのだ。
 いつからそう呼ばれ始めたのか。
 誰がそう呼び始めたのか。
「それさえ不明ってんだから、どうにも妙な話だよな。あぁ、うん……嗅覚ってのは大事だよ。危なそうなところにさ、アタシは不用意に近づかねぇの。でも、近づかなくても分かることもある」
 新しい煙草を取り出すと、夜子はそれに火を着けた。
「こういう時はさ、なにか原因があるんだよ。例えば大昔に死んだ武士の首塚だったり、注連縄が巻かれた岩だったり、首の無い地蔵だったり、そういうのだよ」
 かくしてツクヨミは、その夜、事件現場に赴く運びとなった。

GMコメント

こちらのシナリオは「続・事故物件に泊まろう。或いは、オフィスビル連続飛び降り事件…。」のアフターアクション・シナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/9528

●ミッション
432番道路の原因を突き止める

●フィールド
練達。再現性東京。
人気の少ない辺鄙な通り。
通称“432番道路”。
周囲には空き家が多く、街灯は少ない。つまり、明かりの少ない地域なのである。
夜子の見立てでは“432番道路の怪談”には、何かしら原因があるらしい。

時刻は夜。深夜0時頃。
空には厚い雲がかかっており、もうじき雨が降り出しそうだ。

●“432番道路の怪談”
タクシードライバーたちの間に伝わる怪談。
深夜0時過ぎ、雨の降り出しそうな頃に432番道路へ近づいてはいけない。
姿の見えない乗客を乗せてしまうと、どこかへ連れ去られてしまうから……。


動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】夜子の依頼を受けた
ローレット経由で夜子の依頼を受けて、432番道路を訪れました。事件解決に乗り気です。

【2】偶然、近くを通りかかった
432番道路の怪談について何も知りません。ただ、偶然に通りかかりました。人気が無いなぁ、って思っています。

【3】異様な気配を感じて通りかかった
なんとなく不気味な気配を感じて432番道路を訪れました。なんとなく何かの存在を感じています。


432番道路での夜
当日の過ごし方や事件解決に向けたアプローチです。

【1】しらみつぶしに歩き回る
事件を解決するには足を使うしかない、とTVドラマで言っていました。432番道路の路地裏や空き家を中心に歩き回ります。

【2】車で走り回る
レンタカーもしくは自前の車を借りて来ました。432番道路のメインストリートを流します。

【3】気になるものを探す
夜子の言っていた“原因”を探します。妖しいモニュメントや、置物の類があれば調べます。怪しい人物がいる場合も調べます。

  • ヘイ・タクシー。或いは、432番道路の怪談…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月07日 22時30分
  • 参加人数6/6人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000668)
ツクヨミ
武器商人(p3p001107)
闇之雲
古木・文(p3p001262)
文具屋
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
変わる切欠
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ

●432番道路
 蒸し暑く、暗く、そして何より静かな夜だ。
 ところは練達。
 人気の少ない、暗い通りだ。
 誰が呼んだか“432番道路”。
 名前の由来は一切合切不明だが、この通りにまつわる怪談については有名だ。
 深夜0時過ぎ。雨の降りそうな夜になると、決まって誰かが消えうせる。
 いつのころからか、タクシー運転手たちの間で、まことしやかに囁かれるようになった怪談だ。細部こそ違えど、近隣に住む者たちも似たり寄ったりな話を耳にしたことがあるという。
 夜妖。
 再現性東京に根付く、得体の知れない怪異たちが噂の元凶なのでは無いか……『かみさまの仔』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)はそう踏んでいた。
「この雰囲気、ただごとではありません。がんばりましょう」
「空き家の方も見てみますか? 昔のこの辺りの事がわかる地図や物でも残っていれば手がかりになるかもしれません」
『別れを乗せた白い星』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が、暗い通りをランプで照らした。件の噂が原因か、それとも通りに漂う異様な気配が人を遠ざけるのか。
 432番道路沿いの民家は、どれも明かりが付いていない。
 けれど、しかし……。
「っっ!?」
「ひっ……ぇ!?」
 民家の庭にランプの光を差し向けて、瞬間、睦月とジョシュアは揃って引き攣った悲鳴を零す。細い肩が跳ね、ランプの明かりが大きく揺れた。
 誰もいないと思っていたはずの庭に、人の影があったからだ。
「おやおや、怪しい気配がすると思って来てみたけれど……なんだ、ご同輩か」
「精神的に不安定な人は神隠しに遭いやすいっていうぜ……あと、自殺願望がある人は暗くて人気のない場所へ自然と足を向けるとか」
 民家の庭に立っていたのは『闇之雲』武器商人(p3p001107)と『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)の2人だ。
 明かりも持たず、物音も立てず、何だって民家の庭に立っているのか。目尻に涙を浮かべたジョシュアが、責めるような視線を2人へと送る。
「わざわざより暗い方向へ歩いて来たのかい? 何を探しているかは知らないが、あまり魅入られ過ぎないようにねぇ」
「た、たぶん大丈夫です……なにせ僕はかみさまの仔ですから」
「ふぅむ?」
 そんな睦月の答えを聞いて、武器商人は首を傾げた。

 同時刻。
 432番道路を1台の車が通過する。
「不気味な道だね」
 車を運転しているのは『結切』古木・文(p3p001262)。
 後部座席に乗っているのは、道中で拾った1人の女性……夜鳴夜子だ。
「辛気臭い通りだよ。こういうところには、良くないものが吹き溜まるんだ」
 不機嫌そうな顔をして、夜子は答えた。
 どこもかしこも禁煙で、暫くヤニを吸えていないのだ。ここだけの話だが、喫煙者から煙草を取り上げてしまうと2時間ほどで何らかの不調が現れる。
 例えば、夜子の場合は不機嫌になるのがそうだ。
 人によっては、脳の働きが著しく鈍ることもある。
「適当なところで降ろしてくれるか? 狐面を被った女性がいるはずだから、その辺で」
 煙草を1本、唇に挟んで夜子は言った。
 人の車で、煙草に火を着けるような真似はしない。その様子を見て、文はくすりと笑みを零す。
「僕も調査を手伝わせてもらっても良いかな」
「好きにしてくれよ。ただ、まぁ……今夜は、後部座席にはもう誰も乗せない方がいいかもな」

「で、何してんの?」
 空き地の真ん中、地面に座した『ツクヨミ』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000668)を見て夜子は、眉間に皺を寄せた。
 唇に挟んだ1本の煙草。
 甘い煙を美味そうに吸って、口内に溜まった紫煙を夜空へ向けて吐く。
「ちょっとしたおまじないです。巫女らしく」
「はぁん? ぼんやりと空を見ている風にしか見えないけど……何か見えたか?」
 狐面越しに、ツクヨミは暗い夜空を凝視しているようだ。
 占星術の類かもと思ったが、空には星の1つも見えない。
「天気を少々。1時間から2時間ほど……で、雨が降り始めます」
「……まぁ、そんな風な湿度だよな」
 風に揺れる紫煙を見つめて、夜子は答えた。
 それから、思い出したみたいに1冊の本をツクヨミへ渡す。
「これ、頼まれてた地図……古いのは手に入らなかったけどな」
 
●もうすぐ雨の降る頃に
「この通り、傾いてるねぇ」
 武器商人は足を止め、視線を通りの先へと向けた。
 クウハの使役する鴉と猫が、武器商人の足元へすり寄る。その首元を優しく撫でて、それから地面に手を触れる。
 432番道路は、ほんの僅かだが傾斜している。
 坂を下るにつれて、夜闇も暗くなっていくように思う。おそらく、目で見るだけでは分かりづらい程度にだが、少しずつ道幅が狭くなっているせいだ。
 左右に並んだ建物や壁が、闇を濃くしているのだろう。
 まるで、昔話に聞く黄泉平坂を想起させる。
「霊魂の類は、この先にいるかい?」
「見当たらねェな。っていうか、この辺に霊の類は……あぁ、いや」
 暗闇の中に目を凝らしていたクウハが、何かを発見したらしい。
 クウハに見られていることに気が付いたのか、暗闇の中にいた“何か”が2人の方へと歩いてきた。それは、アロハシャツを着た若い男だ。茶色く染めた髪に、軽薄な笑み。口に咥えた煙草が1本。
 燻る紫煙をたなびかせ、その男はひらりと2人に手を振った。
『よぉ、もしかして俺のこと見えてる? お兄さんら、カタギじゃない……っていうか、人でも無くない? 無くなくなくない?』
 妙にノリの軽い男だ。
 フレーズが気に入ったのか、延々と「なくなくなくなくなく……」と呟いている。
 初めて見る霊だ。
 だが、クウハは彼を知っている。
 なんとなく、そんな予感がした。その声や顔つきに既視感があったからだ。
「なァ、アンタ名前は?」
『俺? ケントってんだ。浮遊霊やってる。よろしくな』
「……もしかして、屋仁蔵 健斗か?」
 ぎょっ、とした顔でケントは目を見開いた。
 驚いているのだ。
 驚きながらも、煙草は吸い続けている。
「? 有名な方かな?」
 武器商人はそう問うた。
 クウハは少し困ったような顔をして、なんと説明したものかと言葉を探す。
「あー……オマエのことは、オマエの兄貴から聞いてる。弟にあったらよろしく言っておいてくれってよ」
『兄貴にあったのか? 元気にやってるか?』
「死人に元気も何もねェだろ」
 そう言って、クウハとケントは「ははは」と笑った。
「っていうか、兄貴2人は地縛霊だったのに、オマエは浮遊霊なんだな?」
『兄貴2人は会社員と教師っていう定職に就いてた。俺はフリーターだった。その辺が関係してるんじゃないか? 煙草はさ、綺麗な景色を見ながら吸うのが一番美味ぇ』
 紫煙に霞む夜の景色など、その最たるものだろう。

 432番道路にある、一等古い空き家の前でツクヨミと夜子は足を止めた。
 塀も門も朽ちかけているが、元は武家屋敷か何かだったのだろう。塀の穴から覗いてみれば、庭は雑草だらけだし、家の方も傾いている。だが、蔵などの設備は残っている。
「何をしにこんなところに来たんだよ?」
「古い地図を探しに。432番道路の由来は、黄泉路ではないかと思いまして……夜子さん、この場所に近づかないんじゃなかったんですか?」
「……今、1人になると危ないだろ? 夜道を女が1人で歩くのはよくねぇよ」
 夜鳴夜子は霊媒師だが、身体能力は一般的な人間程度しかない。むしろ、煙草の煙に侵された肺機能は、常人を遥かに下回る。
「もしかして、私のことを心配してくれていますか?」
「いや、心配はしてない。頼りにはしてるけど……私より強いじゃん」
 いざという時、盾にする心算である。
 盾にして矛。それがツクヨミだ。
 
 時刻は少し巻き戻る。
 ツクヨミと夜子が、武家屋敷を訪れるより暫く前。同じ場所を、睦月とジョシュアが訪れていた。
「車の轍はこの辺りで消えていますね。偶然ですかね?」
 地面に残ったタイヤの跡に手を触れながら睦月は言った。
 武家屋敷通りがあるのは、432番道路の端の方である。とはいえ、どこからどこまでが432番道路なのか、正確なことは分からないので、前に“おそらく”という言葉が付くが。
「古い家や置物、井戸などには何か曰くがあるものです。僕の実家にもそう言うのがあります」
「なるほど……」
 顎に手を触れ、ジョシュアは塀の穴から屋敷の庭を覗いた。
 雑草だらけの荒れた庭だが、蔵などはどうやら残っているようだ。
「覗いてみましょう。この辺りの事がわかる地図や物でも残っていれば手がかりになるかもしれません」
 雨が降り始めるまで、そう長い時間は残されていない。
 先ほどから、不気味な視線か気配を感じていることもあり、ジョシュアは少し不安だったのだ。睦月の背中を押すようにして、塀の穴から庭の方へと移動する。
「お邪魔します」
 誰も聞いていないだろうが、挨拶は欠かさない。
 ジョシュアはいい子なのである。

「大きな岩に、細い水路……ほかに妖しいものはありませんね」
 庭をぐるりと見まわして、ジョシュアはそう呟いた。
 その間に、睦月は蔵の中を見ている。
「見たところ何の変哲もない巨石のようです。水路の方は……なぜ、こんな位置に?」
 武家屋敷の庭をまっすぐ横切って、水路は塀の下へと続く。
 きっと、表にある道路の下にまで伸びているはずだ。
 なんの気なしに、ジョシュアは水路を踏み越えた。
「っ……!?」
 瞬間、ジョシュアは悲鳴を飲み込む。
 先ほどまで、何の気配もしなかった。
 そこには誰もいなかった。
 そのはずなのに、いつの間にかジョシュアの周りには人の気配が集まっていた。気配は集まっているが、姿は見えない。
 だが、確かにそこにいる。
 そこにいて、女の声で笑っている。
「ひ……」
 ジョシュアの背筋に悪寒が走る。
 と、その時だ。
 1発の銃声が鳴り響く。
 その轟音が、ジョシュアの意識を鮮明にした。
「こっちに! 早く!」
 次の瞬間、ジョシュアの手首を誰かが掴む。
 細く、冷たい、小さな手。
 睦月の手だ。
 睦月に手を引っ張られ、ジョシュアは元の場所へと引き戻されたのだった。

「昔は、この場所に川があったみたいです」
 古い地図を見下ろしながら睦月は言った。
 ツクヨミの持ち寄った、新しい地図と見比べてみれば違いは一目瞭然である。川があったのは、武家屋敷の庭の辺りだ。
 川の名前は黄泉超川。
 付近の通りは、黄泉路坂という名で記されているのが分かる。
「やはり、黄泉路でしたか」
 拳銃の引き金に指をかけたまま、ツクヨミが呟く。
 視線を向けている先にあるのは、先ほど、ジョシュアが怪異に逢った水路……かつては、川のあった辺りだ。
 時代の流れと共に川は枯れ、今では細い水路だけが残っている。
「川を超えると、良くないのかもしれません」
 地図の上に指を走らせ、睦月は自身の予想を述べるのだった。

 432番道路を1台の車が走っている。
 こんな辺鄙な場所を走るのが似合わない“いかにも”な黒塗りの高級車。
 運転しているのは文だ。
「こういう人気のない場所だと、不法滞在者なんかを匿うのにいいんだけど……いないね」
 眼鏡を押し上げ、文は呟く。
 432番道路を走り回ること1時間半。その間、見かけたものと言えば、イレギュラーズの同僚ばかり。
「っと……降り出したか」
 フロントガラスに雨粒が落ちる。
 ワイパーを稼動させながら、文は視線をバックミラーへと向けた。
 瞬間、文は肩を跳ね上げる。
 一瞬、バックミラーに人の影が映ったように見えたからだ。
「な……んだ?」
 道路の端に車を寄せると、文はブレーキを踏み込んだ。
 車を停車させ、顔を後部座席に向ける。
 当然だが、そこには誰も座っていない。
 けれど、しかし……。
「……」
 文の見ている目の前で、後部座席のドアが開く。
 何かが、車内から外に出て行ったのだ。
「参ったな。警官でも乗せた方が、まだ何倍もマシだった」
 頬を伝う冷や汗を拭い、文は車のエンジンを切る。
 それから、車の外へと出た。
 顔に降り注ぐ雨粒。
 眼鏡に水滴が付着するが、拭うような暇はない。
「警戒していたつもりだったけど……あぁ、まったく! “良くないもの”を乗せてしまったみたいだね!」
 手帳を開き、呪詛を展開。
 そうしながら、文は車に飛び乗ると慌ててエンジンをかける。
 クラクションを目一杯に鳴らしながら、アクセルを踏んだ。フロントガラスには幾つもの手形。姿の見えない“何か”によって、文は包囲されているのだ。

●黄泉路坂
 クラクションの音が鳴る。
 432番道路の奥に、車のライトが光って見える。
「戦闘中……逃走中なのかな?」
 そう言いながら、武器商人は歩き始める。
 何かに襲われているらしい、運転手を助けるためだ。
『あー、雨が降り始めたからかな。なんか“繋がる”みたいなんだよね、雨が降ると』
「繋がってるんなら、戻っても来られるってことだろ? なら、何の問題もねェな」
 武器商人の後に続き、クウハも車の方へと近づいて行った。そんな2人を見送りながら、ケントは紫煙を燻らせている。
 雨の日でも煙草の火が消えないことは、霊のメリットかもしれない。

「押さえ込まれてるのか? 動かない!」
 文は少々、焦っていた。
 アクセルをいくら踏み込んでも、タイヤが空転するばかりで車体は前に進まない。
 何か、強い力で引っ張られている感じはあった。
 徐々にだが、車体が闇の奥へと引き摺り込まれている感覚も。
 けれど、しかし……。
「退いた退いたァ!」
 闇の中を何かが駆ける。
 一閃された大鎌が、車体を引き摺る“何か”たちを斬り裂いた。
 と、同時に車が走り始めた。
 急ブレーキを踏みながら、ハンドルを回す。
 ドリフトを決めて、方向転換。車の屋根に何かが乗った。
「引き返せ! ここはやべェ!」
 クウハの声だ。
 指示に従い、文はアクセルを踏み込んだ。
「ここまでくればもう安心……だけど、雨の量が増えるとここも安全じゃなくなるかもねぇ」
 武器商人が立っているのは、武家屋敷のすぐ外れだ。
 虚空に手を差し出して、何かに触れているようにも見えた。
「水……川かな。川までが“彼ら”の行動範囲ということか」
 闇を蠢く不気味な気配は、徐々に数を増している。
 このままだと、夜明けころには432番道路全域にわたって安全地帯は存在しなくなるだろう。
 何事かを思案しながら、武器商人は文の車の後部座席に乗り込んだ。
「もう少し離れて……怖くないのなら、暫く様子を見ていよう」
「あぁ。今更怖いも何もないしね。乗りかかった船ってやつだ」
 安堵の吐息を零しながら、文はサイドブレーキを引いた。

 同時刻。
 武家屋敷通りの庭にまで、見えない“何か”が溢れていた。
 銃声が何度も鳴り響く。
 その度に、何かの気配は崩れて消えて……けれど、すぐに現れる。
 夜子の予想通り、原因を排除しなければ事態の解決には至らないのだろう。
「逃げてもいいかな、とは思いますが……」
 チラ、と視線をジョシュアや睦月の方へと向けてツクヨミは言った。
 だが、視線を受けた睦月は古い地図を見下ろしながら首を横に振っている。
「え、逃げないんですか?」
「もう少しで解決できそうなんです。川を境に夜妖たちの行動範囲があるとして……そもそも、この場所を異界たらしめる何か……そう定義する楔か印のようなものがあるはずで」
「楔……って」
 ふと、ジョシュアが思い出したのは、庭にある巨石の存在であった。
 武家屋敷の庭に置くとしては、些か場違いなようにも思える。
 岩の場所だって、そう考えると奇妙に思えた。
 例えば、昔……庭を川が流れていた時代の地図と照らし合わせるのなら、あの岩は川の中にあったのではないだろうか。
「あれ……では?」
「あれ、かもですね」
 ジョシュアが指差した先には巨岩。
 なるほど、そう言われれば怪しい気がする。
 睦月も地図と岩の位置を見比べながら、うん、とひとつ頷いた。
「だったら壊してみてください。得体の知れない何かの方は、こちらで抑えておきますので」
 そう言いながらツクヨミが、拳銃に新たな弾丸を込めた。
 
 銃声が止んだ。
 ジョシュアと睦月は、肩を上下させ荒い息を吐いている。
 2人の目の前には、砕けた巨石。
 そして、いつの間にか闇の中を蠢いていた見えない“何か”の気配はすっかり消えている。
「一掃出来た……ん、でしょうか?」
 念のため、銃を構えて周囲を見回しジョシュアは言った。
 誰からも返答は無い。
 返答は無いが、先ほどまで感じていた異様な気配は感じない。
「消えたとは思いますけど……432番道路の噂自体が無くなることはありません」
「そのうち、また別の夜妖が現れるかもしれませんね」
 なんて。
 睦月とツクヨミは顔を見合わせ、肩を竦めた。
 怪談とは得てしてそう言うものなのだ。
 火が無ければ煙は立たない。
 けれど、一度着いた火を燃え上がらせるのはいつだって人に決まっているのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。
432番道路の怪は無事に解決されました。

この度はご参加いただき、ありがとうございます。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM