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シナリオ詳細

<海神鬼譚>鱗泡病の治療法。或いは、パスカローネ・ファミリーの幹部会…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●慧眼金鵄
 海洋。
 シレンツィオリゾート近海。
 月の明かりの無い夜だ。風は強く、空には雲。
 嵐の前のなんとやら……と、言ったところか。悪だくみするにはちょうどいい空模様である。
 暗い海上。
 潮の流れに運ばれて、海を彷徨う亡霊船の甲板に2人の男が立っている。
 1人は十夜 縁 (p3p000099)。マストに背中を預けた彼は、肩に手を触れ溜め息を零す。
 じろり、と睨むような視線を向けた先には軽薄な印象の青年がいた。
「裏があるとは思っていたが……お前さん、何を企んでるんだ?」
「いやだなぁ。手紙を読んでくれたんじゃないの? 要件は手紙に書いてあっただろ?」
 そう言って、軽薄な青年……リオは肩を竦めて見せる。
 無言のまま、縁は懐から1通の手紙を取り出した。手紙の差出人はリオ。つい数日前、1羽の鴇が縁の元に運んで来たのだ。
「“鱗泡病の治し方を知っている”……だったか。それが本当なら朗報だ。もろ手を挙げて喜んでみせたっていいし、柄にもねぇが神様とやらに感謝を捧げてやってもいい」
 縁なりの冗談だ。
 リオに対して警戒心を抱いているのか、とても“冗談”を言っている風には聞こえない。それどころか、返答如何によっては刀を抜きかねない危うさもある。
 当然だ。
 鱗泡病……詳細は省くが、ここ暫くの間、海洋で広まり始めた奇病である。身体が徐々に鱗に覆われ、最終的には泡と化して崩れ落ちる。そんな類の病……否、ある種の呪いである。
 縁や、イレギュラーズの何名かが現在、鱗泡病に罹患しており、治療方法を探しているところであった。そのため、今回リオから送られて来た手紙はまさに“渡りに船”と呼べるものだ。
 それを素直に喜べるほど、縁はお気楽な性質でもないが。
「治療法を教えてくれるってんなら願ったりだが、それならわざわざこんな場所に呼び出す必要はねぇよな」
「もちろん。タダで貰えるなんて、端から思ってないっしょ?」
「代価が必要か? 言ってみろ」
 用済みになった手紙を甲板に放り捨て、縁は問うた。
 にぃ、とリオの口角が上がる。 
「そうだなぁ……代わりに俺の頼みを聞いて貰うか、それとも――」
 金の髪を掻きあげて、リオはくっくと肩を揺らした。
 その赤い目が、怪しく光ったようにも見えた。
「――あんたがボスの所に戻る、ってのはどうです?」
 その言葉を聞いた瞬間、縁の瞳が見開かれた。
 ボス……つまりは、《ワダツミ》の現頭目のことだ。
「そんじゃ、改めて自己紹介しましょうか。《ワダツミ》幹部、メルクリオ。以後、どーぞよろしく」
 そう言って。
 リオ……改め、メルクリオは慇懃に礼をしてみせた。

●“祝福”の人魚
「まぁ、今回は俺のお願いを聞いてくれればいいさ」
 甲板に転がる羽ペンを拾って、メルクリオはそう言った。
「知っているかな? “祝福”の人魚の伝説を」
 軽々とした調子で、メルクリオは語る。
 それは、海洋の一部に伝わる古い昔話であった。
「あるところに1人の人魚と、彼女に恋した男がいました。漁に出る男の安全と、豊漁を願い人魚は毎日、心を込めて歌を歌い続けました。やがて2人は結婚し、7人の子を設けました。人魚は夫と子供のために、毎日、毎日、歌を歌いました。夫婦と子供たちは採れた魚を売って、大きな財を築きましたとさ」
 ちゃんちゃん♪ と、悪戯っぽくメルクリオは話を締めくくる。
 異種婚姻譚の類だろう。母親が寝物語に子供に聞かせる類の話だ。
「……だけど、この物語には続きがある。夫婦の財を羨んだ男の同僚が、事故を装い男を殺めたんだ。それどころか、子供たちを人質に取り人魚に自分の妻になるよう迫ったという。嘆き、悲しみ、怒り狂った人形は歌った。するとたちまち、同僚の身体は鱗に覆われ泡と化して崩れ落ちる。夫の仇を取った人魚は、満足して息絶えた。そうして、残された7人の子供たちは二度と同じ悲劇を繰り返さぬようにと、この広い海に散らばって行った」
 あまりにも惨いということで、今はすっかり廃れてしまった昔話の本当の結末。
 人魚と人との異種婚姻譚は、そのようにしていかにもチープで悲劇的な終わりを迎えた。
「さて、人魚の末裔は7人……あぁ、いや。今は6人か」
 1人は既に泡と化して海に還った。
 その瞬間を、縁はたしかにその目で見届けた。
「それが、どうかしたか? 何の関係がある?」
「そのうち1人の居場所が分かった。ここから少し行った先にあるパスカローネ・ファミリーの隠れ家に囚われている女がそうだ」
「パスカローネ・ファミリー? 小規模組織だな。漁業で財を成したって話は聞いているが」
「前頭領の時代はそうだ。今はもう少し、汚いシノギに手を出してるけどね。そして、囚われている人魚は前頭領の奥方さ」
「その奥方とやらを助け出せばいいのか?」
 縁は問うた。
 だが、メルクリオは軽薄な笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「いいや。奥方のことはどうだっていいんだ。ただ、知っていた方がいいと思って教えただけだよ。縁さんに頼みたいのは、暗殺だ」
 そう言って、メルクリオは4枚の写真を縁へ渡す。
 映っているのは4人の男。全員が、頬に同じ傷を持つ。
 パスカローネ・ファミリーの幹部の証だ。

 頭領(カポ)・コーザ。
 出納係(コンタユオーロ)・ミケーレ。
 年寄(プリモ・ヴォート)・ヌヴァーリ。
 秘書(キアマトーレ)・アルペッジ。
 今回、縁が“暗殺”するターゲットたちの名前である。
「件の隠れ家……孤島の屋敷に立ち入ることが出来るのは以上4人の幹部だけだ。つまり、パスカローネ・ファミリーを潰す絶好のチャンスってことだね」
「“血の掟”って奴か……幹部ってぐらいだ。ただ者じゃねぇんだろう?」
「もちろん。全員が海種で、海戦に長けている。また、パスカローネ・ファミリーに伝わる【滂沱】【致命】【重圧】付きのナイフ格闘術と、連射の利く銃火器を巧みに操るって聞くねぇ」
 小規模な組織とはいえ、海の荒くれ者たちだ。
 これまで何度も死地を潜り抜けて来た、歴戦の強者に違いない。
「そいつらを殺れば、鱗泡病の治療方法について教えてもらえるんだろうな?」
「あぁ、約束は違えない。違える約束なら《ワダツミ》の名を告げはしない」
 この時。
 はじめてメルクリオは、その表情から笑みを消した。

GMコメント

●ミッション
パスカローネ・ファミリー幹部4人の殺害

●ターゲット
・頭領(カポ)・コーザ。
・出納係(コンタユオーロ)・ミケーレ。
・年寄(プリモ・ヴォート)・ヌヴァーリ。
・秘書(キアマトーレ)・アルペッジ。
海洋の犯罪組織、パスカローネ・ファミリーの幹部たち。
幾度も死線を潜って来た強者たち。
前頭領の時代は、主に漁業や港の武力支配によって財を成していたが、現在は違法薬物の売買など汚いシノギにも手を出しているようだ。
主な戦闘手段は以下の2つ。
連射の利く銃火器。
【滂沱】【致命】【重圧】付きのナイフ格闘術。

●NPC
・人魚
パスカローネ・ファミリー前頭領の妻。
海種か、魔物の類かは不明。
下半身は魚、上半身は女性の形をしている。
現在は、パスカローネ・ファミリーの隠れ家に囚われている。
彼女の生死は、依頼の成否に関係しない。

・メルクリオ
金髪、赤目の優男。
鳶の飛行種。
軽薄な雰囲気を纏うが、情報屋としての腕は確からしい。
今回の依頼人で、姿を隠して様子を見ている。
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/2687

●フィールド
海洋。
シレンツィオリゾート近海の孤島。
島の周囲には、防波堤。
さらに2枚の高さ5メートルほどの壁を越えた先に小さな洋館が建っている。
壁には鋼鉄の扉があるが、鍵がかけられている。
洋館には7つの小部屋と、円卓の置かれた談話室。
幹部たちおよび人魚は、洋館内にいるものと思われる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●『竜宮幣』交換アイテムについて
当シナリオ内において『竜宮幣』交換アイテムが使用可能となります。
詳細は以下よりご確認ください。
https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru

----用語説明----
●シレンツィオ・リゾート
 かつて絶望の青と呼ばれた海域において、決戦の場となった島です。
 現在は豊穣・海洋の貿易拠点として急速に発展し、半ばリゾート地の姿を見せています。
 多くの海洋・豊穣の富裕層や商人がバカンスに利用しています。また、二国の貿易に強くかかわる鉄帝国人や、幻想の裕福な貴族なども、様々な思惑でこの地に姿を現すことがあります。
 住民同士のささやかなトラブルこそあれど、大きな事件は発生しておらず、平和なリゾート地として、今は多くの金を生み出す重要都市となっています。
 https://rev1.reversion.jp/page/sirenzio

●その他
・鱗泡病
鱗状表皮泡化異常症(Mermaid Syndrome)
主な症例は、皮膚の硬化および人体の溶解。
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/4808

  • <海神鬼譚>鱗泡病の治療法。或いは、パスカローネ・ファミリーの幹部会…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年06月09日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
※参加確定済み※
武器商人(p3p001107)
闇之雲
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊

リプレイ

●パスカローネ・ファミリー
 夜の闇にまぎれ、ひっそりと島に近づく船がある。
 地図にも載っていない島だ。
「そろそろ島に着くけど……その前に、共有しておきたいことがある」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が取り出したのは数名の紙だ。
「前頭領の死因についてだが、病死としか公表されていないみたいだ。それから、前頭領の奥方についてや、この島で幹部たちが何を話し合っているのか……みたいなことも、下部構成員には何も知らされていない」
「当然だな。ギャングやマフィアってのは、秘密主義なんだ。そんな秘密をどうしてメルクリオが知ってんだって話になるわけだが……」
 そう言うと『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は、船頭に立つメルクリオへと視線を向ける。
「一つはっきりさせておきてぇことがある。鱗泡病の治療法にパスカローネ・ファミリーと人魚の生存は関係ないか?」
 縁の問いを受け、メルクリオは口角を吊り上げて笑う。
 それから、少しの時間を置いて彼は答えた。
「どうだろうね。あるかも知れないし、無いかも知れない。まぁ、奥方は生かしておいた方がいいとは思うよ」
 その答えを受け、縁は舌打ちを零した。
 鱗泡病……皮膚が鱗に覆われて、やがては泡になって溶けるという奇病だ。縁をはじめ、何人かのイレギュラーズは、そのある種の呪いとも呼ぶべき奇病に侵されている。
「死兆の時といい、今回の鱗泡病といい……海に愛されとるいうか何というか。内緒にされとっても、こやって嫌な予感は当たるもの……外れて欲しかったけど」
 やれやれ、とため息を零し『羞花閉月』蜻蛉(p3p002599)が肩を竦める。
 一行が受けた仕事の内容は“パスカローネ・ファミリー幹部たちの暗殺”である。早い話が“切った貼ったのドンパチ”だ。当然、死人が出ることになるし、死人の中に前頭領の妻……つまりは、人魚の末裔である女性が含まれないとも限らない。
 何しろ、夫人の安否は依頼の成否に一切関係しないのだから。
「マ、今更綺麗とは言えねぇこの手ダ、マフィアを潰セ、ってぐらいなラ、お安い御用ではあるんだガ……どうも謎だらけだナ」
 手の中でくるくると羽ペンを回しながら、『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)はそう言った。聞けば、今回のターゲットであるパスカローネ・ファミリーには違法薬物の製造および売買に従事している疑いがある。
 殺めることに躊躇いは無いし、殺めたところで誰も不幸にはならない手合いだ。当然、良心が痛むこともない。
「おいらの大切な友達の命がかかってるんだ。手段がどうであれ、助けるために、支えるぜ」『黄金の旋律』フーガ・リリオ(p3p010595)が胸の前で拳を握る。
 病に侵された友人がいる。
 助ける術が見つかるかもしれない。
 ならば、フーガが力を貸さない理由は無い。
「同じく。うちの者が病に冒されているからね、張り切って殺そう」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)もまた、フーガと同様の理由により今回の任務に参加していた。
「ところで、ラムダ・アイリス……キミはなぜこの場に? 鱗泡病に侵された友人でもいるのかな?」
「んー? なんでこの依頼を受けたかって?」
 武器商人が問うたのは、船の後方で武器の手入れをしている『咎人狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)である。
 アイリスはにぃと猫のような笑みを浮かべて、刀を引き抜いて見せる。
「簡単な話だよ。この依頼を完遂できたのなら皆は鱗泡病の治療法の情報が得られてラッキー、ボクは違法薬物の売買なんて事をやらかしている咎人共を始末出来てハッピー♪」
 くっくと笑って、ラムダはゆらりと立ち上がる。
 もう間もなく、船は孤島へ到着する。
「それじゃあ、始めようか。咎人狩りの時間だ♪」
 
●夜闇にまぎれて島へ乗り込む類の輩
 防波堤を乗り越えて、イレギュラーズが孤島に乗り込む。
 防波堤とは言うものの、防いでいるのはきっと波ではなく人だ。急こう配を超えた先には、さらに2枚の壁がある。
 壁の高さは5メートルほど。
 隙間なく、ぐるりと島を一周している。
「蛇の道は蛇、カタギじゃねぇやつらの動きや思考回路は経験則で何となくわかる」
 もしも無理矢理、壁をよじ登ろうとすれば、島にいるパスカローネ・ファミリー幹部たちに気付かれる。仕組みまでは分からないが、きっと縁の予想は間違っていない。
「まぁ、メインは威嚇目的だ。こんな壁を見れば、誰だって立ち入ろうとは思わない。それゆえ多少は気も抜いているだろうし、そこの扉を潜って来る奴がいるとも思っちゃいねぇだろうさ」
 そう言って縁が指差したのは、壁に取り付けられた重厚な金属扉だ。
 扉には鍵穴が5つ。
 パスカローネ・ファミリーの幹部は4人らしいので、それぞれが持つ鍵を持ち寄らねば開かぬ仕組みだ。患部の数に対して、鍵穴が1つ多いのは、きっと以前は“5人目”がいたからだろう。
 蜻蛉は扉に近づくと、鍵穴へと手を触れた。
「立派な扉やこと……ほんなら、お邪魔しますね」
 扉に耳を押し当てながら、蜻蛉が鍵を解除する。
 扉を開けて、壁の向こうへ蜻蛉が顔を覗かせた。先に耳で調べた通り、壁の向こうに人はいない。あるのは広い空き地ばかりだ。
「上手くやるもんだな。人の気配や物音にも敏感らしいや」
 感心したようにそう言ったのはフーガであった。フーガの方も鼠を使役し周囲の様子を窺っているが、蜻蛉の索敵能力はそれに勝るとも劣らない。
 蜻蛉は、手で口元を隠しながらくすくすと嗤う。
「いい耳が付いてますもん。それやなくても、猫やからお耳はええ方よ」
 空き地に人の気配はない。
 イズマが飛ばした小鳥の目にも、人影は見えていない。
 警戒を解かず、けれど大胆に躊躇なく、蜻蛉は空き地を進んで行った。
「次の壁を越えた先に屋敷がある。明かりは付いてないようだけどね。扉は……あぁ、反対側だ」
「随分と厳重やね」
 イズマの目には、島の中央にある屋敷の様子が見えている。
 小さな屋敷だ。
 犯罪組織の幹部たちが集まるにしては、あまりにも粗末な建物だ。
 明かりが消えていることも含め、どことなく不気味な気配を感じるが……だからと言って、足を止めるわけにもいかない。

 屋敷の扉の鍵が開く。
 鍵を開けたのは、壁を擦り抜け侵入したアイリスとイズマだ。
「クリア、っと」
 扉を潜ってすぐの大部屋に人影は見当たらない。だが、暫く前まで人がいたのだろう。酒の臭いが残っている。
「可能なら頭領を優先して狙いたいね」
 そう言いながら武器商人は、階段を使って2階へ向かった。アイリス、大地もそれに続いた。鮫を引き連れた大地が壁の絵画に手を触れる。
「罠の類は無いようだ。それと、可能な限り一人ずつ潰していきたいが」
「難しいかもしれないねぇ」
 2階で扉の開く音がした。
 アイリスと大地をその場に残し、武器商人だけが2階へ向かう。
「気付かれる前に1人か2人は倒せればいいんだけど」
 闇にまぎれる武器商人の背を見送って、フーガはそう呟いた。

「そこ、地下に向かう階段があるみたいだ」
 同時刻。
 1階の外れにあるワインセラーを指さして、イズマは言った。
 ワインセラーと言えば、温度変化の少ない地下に設けるのが一般的だ。だが、この屋敷はそうでない。
 おそらく、元々は地下にあったワインセラーを何らかの理由で1階へ引き上げたのだろう。蜻蛉がワインセラーに手を触れて、鍵の有無を確認する。
「鍵とかは別にかかっていないようやね」
「虎穴に入らずんば……ってな。行くか」
 秘匿された入り口。
 続く先は地下空間。
 これで怪しくないのなら、何が怪しいというのだろう。縁は迷うことなく扉をあけ放ち、地下へと続く階段へと視線を向けた。

 銃声が鳴り響く。
 マズルフラッシュの中、ひょろりと長い人影が見えた。
「お……っと」
 武器商人の身体を、無数の銃弾が撃ち抜く。飛び散った血飛沫が床や壁に赤い染みを作った。弾丸の雨に押され、武器商人は数歩、後退。
 血を流しながら、腕を広げた武器商人がにやりと笑った。
「いきなりご挨拶だね」
「夜闇にまぎれ、ノックも無しに立ち入る輩だ。挨拶はこんなものでいい」
 マシンガンでは効果が薄いと判断したのか。
 男は銃を投げ捨てると、ナイフを抜いて武器商人の懐へと潜り込む。
「それもそうだ」
 刺突を掌で受け止めながら、武器商人はそう言った。
 奇襲を防がれてなお、男の顔色に一切の焦りは無い。場慣れしているというのは本当のことらしい。
「年寄(プリモ・ヴォート)・ヌヴァーリだね?」
「そうだが。お前は何者……いや、興味は無い」
 ここで死ね。
 そう言ってヌヴァーリは、武器商人の膝に蹴りを叩き込む。膝や肘などの関節は、人体を動かす上で重要な部品だ。その上、筋肉に覆われておらず打撃の衝撃も良く通る。
 膝を砕かれ、武器商人が姿勢を崩す。
 その喉元にナイフが迫った。
 けれど、しかし……。
「はは。やるじゃないか」
 ヌヴァーリのナイフが喉を引き裂くより先に、武器商人の手刀が彼の鼻を砕いた。

 部屋の扉を蹴破って、廊下に若い男が飛び出す。
 眼鏡をかけた神経質そうな男性だ。
「アルペッジ! 侵入者だ、アルペッジ!! おい、寝てんのか!?」
 仲間の名を呼びながら、眼鏡の男……出納係(コンタユオーロ)・ミケーレはナイフを投擲。背後から武器商人に奇襲をかけた。
 だが、ナイフは途中で弾かれた。
「……なんだそりゃ?」
 ナイフを弾いたのは、まるで霞か煙のような人影だ。
 ミケーレは次のナイフを構えながら、人影の後ろに立つ大地へと疑問を投げた。
 片手に羽ペンを握った大地は、階段の影に身を潜めながら言葉を返す。
「決まってんだろ。お前らに恨みを抱く連中だ。復讐したいそうなんで、手伝ってる」
 地に伏せ枯れ落ちる姿を見るまで、追いかけてやる。
 そんな強い恨みを抱き、けれど手を下すことの出来なかった霊たちだ。大地の呼びかけに答え、大地の行使する術を媒体にこの場に現れている者たちだ。
 地面の底から響くような怨嗟の声が、ミケーレの脳髄を震わせた。
 けれど、ミケーレは顔色ひとつ変えないまま、姿勢を低くし疾走を開始。
「そうか。まぁ、そういう奴も多いだろうな」
「っ!? 下がレ!?」
 あっという間に大地との距離を詰めると、ミケーレはその手首にナイフを突き刺した。
 巻かれていた包帯が解け、皮膚に浮いた鱗が顕わになる。
「……狙いは“彼女”か。無駄足だ」
 鱗泡病の痕跡を見つけたミケーレは、どこか諦観を孕んだ調子でそんなことを口にする。

 窓ガラスをぶち割って、夜闇の中に飛び出していった人影が2つ。
 秘書(キアマトーレ)・アルペッジとアイリスだ。
 銃声を聞きつけたアルペッジが廊下に飛び出すより先に、アイリスは壁を擦り抜けアルペッジの部屋へ飛び込んだ。
 まずは銃を破壊し、続けざまにドロップキックを腹へと見舞う。
 息もつかせぬ連続攻撃に、アルペッジは後退した。
 それこそがアイリスの狙いであることにも気が付かないまま……。
「ちくしょうめ! どこのどいつだ! なんでここを知っている!?」
「教えない。でも、目的だけは教えてあげるよ。咎人共に情状酌量の余地は無し……斬滅あるのみ……ってね?」 
 アルペッジは、2メートルを超える長身の男だ。
 分厚い筋肉は、アイリスの斬撃を容易に阻む。
 体格に比べると、ナイフは小さい。
 殴打に似た動きで、アルペッジはアイリスの胸にナイフを突き刺そうとした。
 だが、アイリスが逆手に構えた刀がアルペッジのナイフを阻む。
「ほら、キミらみたいな人を食い物にするような輩は直ぐ湧くからさ……」
 腕力ではアルペッジが勝る。
 だが、力を受け流す技術であればアイリスの方に軍配が上がる。
「念入りに駆除しないとボクは思うわけだよ?」
 もつれあうようにして2人は落下。
 両者は同時に立ち上がり……。
「悪事を働いたんだって? であれば、この末路は必然だ」
 アルペッジの腹を、背後から細剣が刺し貫いた。

「死ぬ前に教えろ、前頭領の奥方はどこだ? 何故閉じ込めてる?」
 死の間際にあるアルペッジへ、イズマは問うた。
 アルペッジは、肩を震わせ答えを返す。
「閉じ込めてる? いいや、偉大なる……先代の願い、だ。彼女を守ってやって……暮れ、と……我々は、約束を……違えない」
 イズマを睨み返したまま、アルペッジは息絶える。
 
 水の音がする。
 薄暗い地下室に踏み込むと、縁は刀を引き抜いた。
「『幻蒼海龍』が遊びに来やしたよ、っと」
 地下室にはテーブルが1つ。
 それから、大きな水槽が1つ。
 水槽に流れ込んでいるのは海水だ。
「さぁて……。"頭領(カポ)・コーザ"はどちらにおいでで?」
 縁は問うた。
 ゆらり、と水槽の影から現れたのは中肉中背の男性だ。
「私がそうだ。彼女を奪いに来た輩か? まったく、先代の言う通りになった」
 ボルサリーノ帽に白いスーツ。
 両手にナイフを握った男だ。
「お前さんがコーザか……じゃあ、やろうか」
「あぁ。そうしよう」
 互いにそれ以上、話すことは無い。

●パスカローネ・ファミリーの壊滅
 縁とコーザが戦闘を開始してすぐに、フーガはまっすぐ水槽の影へと身を潜らせた。
 直観だが、自分は人魚を探しに行った方が良いと思ったからだ。
「地上の方は片付いたみたいだしな。コーザは縁がどうにかするはずだし……おいらはおいらの仕事をしよう」
 フーガの目的は、鱗泡病の治療方法を調べることだ。
 コーザをはじめ、パスカローネ・ファミリーの殲滅はあくまでその手段でしかない。
 
 水槽の奥に人魚はいた。
 イブニングドレスを身に纏った、青い髪の人魚だ。
 彼女はフーガの顔を見て、驚いたように目を見開いた。
「あっと、待ってくれ! 話す余地があるなら、話を聞いてくれ」
 唇に人差し指を当て、フーガは言った。
 人魚が声を上げることは無い。それを確認し、フーガは安堵の吐息を零した。
「貴方を傷つける気はない。もし奥さん自身が囚われている状況をどうにかしたいと思っているのなら、手助けをしたい」
 フーガの言葉に、人魚は思案する素振りを見せた。
 或いは、何か疑問を抱いている風にも見える。
「なぁ、どう……いや」
 背後で、斬撃の音がした。
 縁の方も、もう少しで終わりそうだ。
 人魚は今にも泣きそうな顔で、首を横に振る。彼女は助けを求めていないようだ。
 と、そこでフーガは彼女の不自然さに気付く。
 ここまで1度も、彼女の声を聞いていないのだ。
「……なぁ、もしかしてだけど……あんた、声が出ないのかい?」
 
 今日は刃がよく当たる。
 フーガの付与魔術のおかげだ。
「それを差し引いても、随分と上手く避けるもんだ」
 踏み込みと同時に刺突を放った。
 完全にコーザの虚を突いた一撃だ。だが、コーザは上体を前へ倒すことで刺突を回避。刀身に添うように前進すると、両手のナイフを交互に振るう。
 初撃は回避。
 2本目は縁の腹部を裂いた。
「浅いぜ、頭領(カポ)」
「浅くても、何度も斬り付ければいい」
 口の端から血を吐きながらコーザは言った。白いスーツは血塗れだ。
 縁とコーザの負傷は同程度。両者ともに荒事には慣れているのだろう。多少の怪我や痛み程度で怯むような胆力はしていない。
 それどころか、両者には戦いを楽しむ余裕さえあった。
 1歩、間違えたら命を落とす。そんなギリギリの綱渡りを、ある種の娯楽として享受する精神性がまともなものであるはずがない。
 死にたがりと揶揄されても反論できない。
「――さーて、お前さんに『幻蒼海龍』の首を獲れるかな?」
「貴様の首に興味は無いが……俺の家族(ファミリー)を殺ったな? であれば、命をもって償え」
 ナイフと刀が火花を散らす。
 一進一退の攻防。
 けれど、それも長くは続かない。
「っ……!?」
 風を切る音がして、コーザの肘の骨が砕けた。
 蜻蛉の撃った毒の魔石が、コーザの肘を撃ち抜いたのだ。
 力の拮抗が崩れる。
 縁の刀が、コーザの胸部から腹にかけてを斬り裂いた。
「無粋かもと思ったけど。こっちも譲れないものがあるんよ……誰も倒れさせへんから」
 倒れ行くコーザと縁の視線が蜻蛉に向いた。
 蜻蛉は困った顔をして、死に行くコーザに言葉を送る。
「これもお仕事やの、こういう巡り合わせやった言う事で……堪忍して頂戴」
「……彼女は、何の罪も背負っていない。殺さないでやってくれ」
 最後にそれだけ言い残し、コーザは息を引き取った。

「彼女、喋れないみたいなんだ。喉を自分で潰してる……」
 そう言うフーガの背中には、人魚が背負われている。
「軽く視診した後、浜辺に放置……ってわけにもいかないか」
「鱗泡病のことを知っている、と見るのがいいだろうねぇ」
 頭を掻いて、大地は呟く。
 腕を組んだままの武器商人も、困ったような顔をしていた。
 鱗泡病の治療には、人魚の歌が必要だ。喉を癒し、再び歌えるようになればいいが、それにはしばらくの時間がかかるかもしれない。
「その時は、一曲聴かせてくれないか? 演奏は俺がするからさ」
 人魚は目を閉じ、泣いていた。
 彼女に何があったのかは分からない。けれど、イズマは何となく「幹部たちは、彼女を守ろうとしていた」のだろうと悟った。



成否

成功

MVP

十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜

状態異常

十夜 縁(p3p000099)[重傷]
幻蒼海龍
武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲
赤羽・大地(p3p004151)[重傷]
彼岸と此岸の魔術師

あとがき

お疲れ様です。
メルクリオの依頼は完了しました。
また、声の出せない人魚を保護しました。
彼女が歌えるようになれば、鱗泡病の治療も可能かもしれません。

この度はシナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございます。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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