PandoraPartyProject

シナリオ詳細

神罰狂奏ラグナロク

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●予兆Ⅰ
 秋之宮の館の前、静謐な朝の空気に包まれながら、『千里の道も一歩から』夏宮・千尋 (p3p007911)は儀礼刀を手に身構えた。
 足を肩幅に開き、体の負担が分散するように膝を曲げる。背筋を伸ばして息を吸い、長めにゆっくりと吐き出す。
 気の流れが丹田に集中し、全身へと巡るよう意識をすれば、研ぎ澄まされていく精神。その身に今や隙はない。

「こんなに朝早い時間に起きているとは、珍しいな」

 千尋が背後へ振り向きもせず声をかけたので、『かみさまの仔』冬宮・寒櫻院・睦月 (p3p007900)は目を丸くした。ワンテンポ遅れて返事をかえすが、その声には元気がない。

「ちょっと変な夢を見て、目が冴えちゃって」
「変な夢?」
「うん。何を見たのかは具体的に覚えてないんだけど」

 思い出そうとすると心がざわつく。直感、むしのしらせ、そういった類のもの。漠然とした不安が何によるものか、上手く説明できないのが歯痒い。
 そわそわする彼女をなだめようと、千尋は構えを解いた。軽く肚に収功すると、睦月へ振り向く。

「気になるなら史之へ相談すればいい」
「え、でもしーちゃんは仕事で……」
「今からそこを通るぞ」

 ほら、と千尋が指した先には、館から出たばかりの『若木』寒櫻院・史之 (p3p002233)の姿があった。これから仕事へ向かうのだろう。足早に島を出ようと歩く彼の元へ、ぱたぱたと駆け足で睦月は近寄った。

「しーちゃんっ!」
「あれ、カンちゃんおはよう。今日は早いね」

 どうしたのと不思議そうな顔をする彼に、睦月はどう説明していいか分からず眉を下げる。
(そうだ。あの夢……しーちゃんが、何か悪いものに襲われるような夢だった)
 史之は今や、家の稼ぎ頭であり、海洋のヒーローだ。ローレットでの活躍も目覚ましく、まず"独りでも十分に戦える"ほどの実力をつけている。
 だから余計に、我儘を言うのをためらった。返事の歯切れが悪い睦月の様子を見て、史之はぽんと優しく彼女の頭を撫でる。

「大丈夫だよ。カンちゃんに何かあったら、どんな所にいてもすぐ、駆けつけるから」
「……うん。ありがとう」
「今日も沢山、稼いでくる。ちょっと奮発して今日はカニにしよっか」
「待て、お前まさかまた漁船に私達を乗せる気じゃないだろうな?」

 思わず千尋が話に割って入る。まさかと笑いながら、睦月から手を放す史之。愛しい温もりが離れていく――名残惜しそうにしながらも、睦月は不安な気持ちを胸にしまい込んだ。
(きっと大丈夫。しーちゃんを信じよう)

「しーちゃん、行ってらっしゃい。無茶しないでね」
「はいはい、わかってるよ。行ってきます」

――どうして。もっとあの時、昔みたいにいっぱい我儘を言えばよかったのに。

 どんなに悔やんでも、全てはもう手遅れだった。

●予兆Ⅱ
「でさー、あり得なくない!? あーしだって勢い強すぎたの悪かったけどさ、ワンパンで倒れちゃうとかさー!」

 ヤケクソとばかりに季節限定のストロベリーフラペチーノをすすり、『春雷の』春宮・日向(p3p007910)は隣でソイミルクフラペチーノを飲む『境界案内人』神郷 蒼矢の背中を思い切りバシバシ叩かれ、思わず吹き出しかける。

「んごっ! ぐふ、げほっ!……そ、そうだね。合コン中にワンパンで気絶はないよねぇ」
「本当にさー、どこにいるんだろう、あーしより強いお婿さん……。蒼矢さん心当たりない?」
「えー、僕の知り合いなんて、境界案内人ばっかだよ? 混沌の一般人よりは頑丈な人が多いかもしれないけど、そっちの世界には向かえないし。寂しい思いさせちゃうと思うけどなぁ」
「そっかー……」

 蒼矢が作った大き目のチョコチップクッキーを頬張りながら、日向はがっくりと肩を落とした。境界図書館の大広間では、境界案内人と依頼を受ける特異運命座標でにぎわっている。
 真面目な案内人が多い中、愚痴をききながらカフェの最新フレーバーを一緒に飲んでサボってくれるのは蒼矢くらいのものだった。

「蒼矢さん、いつも話し相手になってくれてありがとーね」
「日向が誘ってくれるおかげで僕も仕事をサボれ……いや、特異運命座標の近況を知れるから、ありがたいぐらいだよ」
「やっさしいなぁ!……あ、しのにいと赤斗さんだ」

 おーいと日向が呼び止めようとソファーの上から手を振るが、少し距離があったらしい。二人で本棚の奥の方へ、こちらに振り向く事なく行ってしまった。

「うーん、しのにいも赤斗さんも、ちょっと怖い顔してたような気がしたのは気のせいかなー?」
「何なんだろうね、あれ。最近まで気づかなかったんだけど、たまにああやって二人でこそこそしてるみたいで」
「蒼矢さんも知らないのー?」
「僕が真面目に他の境界案内人の仕事の話とか聞くと思う?」

 いっそすがすがしい程のキリリとした顔で言い返され、日向は肩をすくめる。

(まぁ、しのにいも赤斗さんもあーし達のグループの中ではしっかりしてる方だし、大丈夫だと思うけどさぁ……なんだろーね、ちょっと気になっちゃうの)

 緊急事態として日向が睦月・千尋と境界図書館へ呼び出されたのは、その翌日の事である。

●運命の輪
「落ち着いて聞いて頂戴。昨晩、異世界にいる赤斗から緊急の連絡が入ってきたわ。『史之が物語の住人の手中に堕ちた』と」
「――ッ!!」

 両手で口元を押さえ、睦月はその場に立ち尽くしてしまった。動揺する彼女の背中をさすりながら、日向が『境界案内人』ロベリア=カーネイジに質問を投げかける。

「堕ちたってどういう事? 捕まって捕虜にされてる……みたいなー?」
「ただ捕まっただけならマシだったんだけどね……、っ……」
「蒼矢さん!? うわ、どうしたのそれ!」

 話に割って入った蒼矢は、椅子に座りぐったりとしている。その右腕は青白い光を放ち、時々、ミミズの様な何かが血管を這うように脈動していた。あまり見せたくないと長袖で腕を隠しながら、蒼矢は汗ばんだ額をかき上げる。

「たぶん敵に捕まった赤斗が何かされたんだ。黄沙羅も同じ現象が出て、自室で寝込んでる」
「異世界から緊急脱出のために必要な境界案内人も敵がたに堕ちたせいで、史之はこちら側に戻って来れないという訳か」

 千尋の推理にロベリアは頷き、さらに情報を付け加える。今回は偶然、身内の影響を受けやすい蒼矢と黄沙羅の変化で気づく事が出来たのだが、敵は恐らく"人の身体に浸食できる"。
 慎重に調べた結果、史之を捕らえたのは出立先の物語で『神』と呼ばれる存在だった。

 神はヒトを知る為に、その精神を喰らい尽くし、空になった肉体へ神を降ろす。史之ほどの強靭な武人であれば、さぞ魅力的な器だったのだろう。

「倒せばしーちゃんは帰って来るんですよね? 特異運命座標はライブノベルの世界で死んだら、境界図書館に強制的に戻されるんですよね?」
「史之から神を切除できれば……ね。浸食が深いと、正直に言ってどうなるか分からないわ。ライブノベルの世界の住人として、神と共に精神が死んでしまう可能性もゼロではないわ」
「そんな!! ロベリアさん、蒼矢さん、何とかならないんですか!?」
「何とかしたいよ、僕達だって!! ッ……だから昨晩からずっと、情報を探してかけずり回ったんだ。でも、僕たち境界案内人は物語を補完するための存在だ。
 神様っていうのはその異世界の中心だ。物語の根幹を維持するための存在を、害する事ができない!!」

 場を重い空気が流れる。じっとりと死の気配が身体に絡み、まとわりつく。

(いやだ。しーちゃんが死ぬなんて……僕が、あの時止めなかったら…全て終わるの? だってまだ、無辜なる混沌は滅んでない。一緒にやりたい事だっていっぱいあって……。
 もっといっぱい、ぎゅーってして欲しかった。一秒でも一緒に居て欲しかった。僕の、僕だけの夫さんなのに、助けなきゃ、いけないのに――)

「戦神が、女々しい事だな」

 突然ふってわいた声に、境界案内人達の表情がこわばる。なにせ声の主は、特異運命座標と敵対し、現在はロベリア管轄の地下牢に軟禁しているはずの人物だからだ。
――魔術師グリム。その真名は、グリム=リーパー。物語の世界を歪め、滅びに導くライブノベルの死神。

「あら、どうやって牢を抜け出したのかしら。あれには厳重に蒼矢と私で封印を施したはずだけど」
「私は『死』そのものだからね。何人も死を封じ込める事はできないものだ。それより、『神』とやらを殺す必要があるのだろう? 私の力が必要かと思ってね」
「なっ――」

 ロベリアが反撃の言葉に詰まる事で、睦月はすぐさま理解した。グリムは物語の死神だ。物語の人物だけを殺し、切除しきる力を持っている。

「グリムさん、どうして僕に力を貸してくれるんですか?」
「利害の一致だ。私は君達の敵だが、特異運命座標の数が減る事を望んではいない」
「……信じて、いいんですか」
「牢を抜け出せるという事実を隠さず、再び捕まるリスクを犯してまで、君達の前へ現れた。これを以上ないくらい譲歩していると思うけれど」

 絶望の深い海底に一筋の光が差し込んだ。だがそれは死神の誘いに他ならない。
 さて、信じるべきか拒むべきか。

●暴きの世
 はじまりは赤斗からの相談だった。
『今日の仕事は"赤信号"の案件だ』
 彼がそういう頼み方をする時は、決まって何かしらの後ろ暗い案件だった。
 ライブノベルの世界を維持するためには、綺麗事ばかりじゃいられない。悪人とはいえ、人間を手にかけなければいけない仕事もあったし、拷問が必要な時もある。
 行動は少人数で密やかに。カンちゃんにそんな仕事を任せたくなかったし、赤斗は赤斗で、他の境界案内人に汚れ仕事を任せたくなかったらしい。

 似た者同士で俺達の目的は合致していた。気の合う特異運命座標と境界案内人がバディを組んで、世界を裏から支える。

……それが、こんな結末を迎えるなんて。

(もう、身体が動かないや。いまごろ皆、心配してるかな。千尋も日向も……カンちゃんも)

 俺が俺でなくなっていく。せめて最後は、カンちゃんのそばにいたかった。

――果たして、そんなささやかな願いを『神』が受け入れたのかは分からない。
 気づけば俺は、快晴の空の下、水着姿で夏の浜辺につっ立っていた。

『史之、おまえいつまでそこでつっ立っているつもりだ』
「ちひろ?」
『あ! もしかしてしのにい、熱中症?』
「ひなちゃんまで……」
『パラソルの下でちょっと休もうよ。はい、このスポドリはしーちゃんのぶん!』
「……、…………カンちゃん…」

 なんだ、皆いっしょじゃないか。俺は何を怖がってイたンダッケ。
 アソボウ、アソボウ。皆ガ待ッテル。

 タクサン ヨコセ、ヒト ノ ココロ ヲ。

NMコメント

 リクエストシナリオありがとうございます。芳董です。私なりの地獄をご用意いたしました。楽しんでいただければ幸いです。

◆目標

 寒櫻院・史之 (p3p002233)さんの救出

◆状況
 現在、史之さんはライブノベルの世界『サラシノシキ』に存在する異世界の神に精神・肉体を浸食されている状態です。
 このまま放置しておけば史之さんの精神は神に食い破られ、肉体を神が世に顕現するための器とされてしまいます。
 救うためには、史之さんから神の力を切除しきるほかありません。

◆戦場
 冬宮神社の境内、拝殿前。視界の開けた広い参道で戦います。皆さんの記憶にある神社そのものが広がっていますが、戦闘などで建物が倒壊すると、中は空洞で黒いもやの様な物がたち登るようになっています。
 ここは史之さんの記憶の表面をなぞって創られた戦場であり、本物の冬宮神社ではないのです。境内は無人で、皆さんを除いて他に生き物の気配がありません。

◆エネミー
『刀神』史之大明神
 神に浸食され神格を得た寒櫻院・史之 (p3p002233)さんの姿。穢れひとつない白の狩衣を纏い、背後に光背の輝く人ならざる姿をしています。
 瞳は金色に輝き、表情は虚ろ。皆さんの声が届いているかは定かでありません。
 スペックはアタッカー。刀剣による剣技と神なる力にたけ、神秘と物理両方の性質を併せ持つ攻撃で単体、扇、貫射程を持ちます。
 高火力と高命中。EXAも高めです。史之さんを攻撃に偏重させたスペックをしており、防御がやや薄め。
【無策】【ブレイク】などで強化を打ち消したり、【窒息】【苦鳴】やAP吸収で活力を枯渇させようと動いてくるでしょう。

『九十九神』赤斗
 境界案内人・神郷 赤斗が神に取り込まれた姿。面布で顔を隠した和装の従者。刀神につき従っています。
 防技高めの盾役。刀神を庇うほか、攻撃は単体、範囲を持ち、隙あらば【火炎】を付与してきます。

◆味方
『物語の死神』グリム・リーパー
 特異運命座標としばしば激突し、捕まった事で境界図書館の監視下に置かれているはずの男。
 利害の一致から、今回は手を貸してくれるようです。史之さんや赤斗から『神』を切除するため『死神の加護』を皆さんに付与します。
 特異運命座標に不利な行動は一切せず、自衛もそつなくこなします。
 大鎌を持ち、目深にフードをかぶったローブ姿の人物。なお、日向さんは異性への観察眼が鋭いため、彼が「ローブを着慣れていない」事、「イケメンである」事に気付けるでしょう。
「手加減せず殺すつもりで挑め。『死神の加護』が効いていれば、史之を傷つけず『神』のみへダメージを与えられる」

◆寒櫻院・史之 (p3p002233)さんのプレイングについて
 史之さんは現在、身体のコントロールを『神』に奪われ、深い精神世界に囚われています。
 ロケーションはアノマ本島の浜辺。睦月さん、千尋さん、日向さんと一緒に海水浴に来た……という事になっているようです。
 スイカ割りでもビーチバレーでも、小道具が必要な遊びも楽しむ事ができます。

 なんだかとても楽しい気分です。遊んでいれば、身体を取り戻す手がかりを得られるかもしれません。

「いや、俺は三人相手に恰好よく無双したいんだ!」という場合はガッツリ戦闘プレイングをかけていただいても問題ございません。 
 特殊な状態ですので、芳董は何がきても大丈夫なよう身構えておきます。

◆その他
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
 
 説明は以上です。それでは、よい旅路を!

  • 神罰狂奏ラグナロク完了
  • NM名芳董
  • 種別リクエスト(LN)
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年06月13日 22時10分
  • 参加人数4/4人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛
春宮・日向(p3p007910)
春雷の
夏宮・千尋(p3p007911)
千里の道も一歩から

リプレイ


……呼んでいる。
 足元に転がってきたビーチボールを拾い上げ、『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)は声のする方へ向き直った。
 楽しくてしょうがない。最近、皆と遊んだりしていなかったから。今日はどんな思い出を作ろう?
 カンちゃんが何か叫んでる。はいはい、分かったよ。手は抜かないから拗ねないの。

 ふわ、とビーチボールが鱗雲が綺麗な空へと舞い上がる。俺はそれを打ち返そうと、手を振り上げてーー


 ズドン!!
「ーーッ!」
 赤いプラズマが迸ると同時、『かみさまの仔』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)を庇おうと前に出た『春雷の』春宮・日向(p3p007910)は、斥力によって弾き飛ばされた。
「ひなた!」
「…っ、しのにい手加減なしじゃん。ま、あーしはまだまだやれるけど」
 咄嗟に受け身を取り、衝撃を幾分か地面へ受け流す。すぐに体勢を立て直しながら、日向は状況を頭の中で整理する。
(とま、攻めの手はちっひーと本家様に任せて、あーしはカバーするかなー。本家様、しのにいクラスから必殺食らうと即死するしー)
 視界の端ではライブノベルの先導役を担ったグリム=リーパーが、赤斗らしき人物と斬り合っている。
「グリムっち、そのまま引きつけよろー!」
「そこまでしてやる義理はない」
 ガッ! と得物である鎌の柄でナニカに取り憑かれた様に攻めてくる赤斗ーー九十九神の刃を受け止める。均衡を保つには、九十九神の方が優勢か。圧されるグリムを救ったのは、豪鬼の如き激しい一喝。
「破ッ!!」
『千里の道も一歩から』夏宮・千尋(p3p007911)に吹き飛ばされ、社まで吹き飛ばされる九十九神。壁が崩れ砂埃が上がり、手傷を負った神はひらりと主人の器となるであろう青年の傍らに戻る。
 瞳は蠱惑的な金色に輝き、穢れを知らぬと言わんばかりの白き狩衣を身に纏う。神々しき光を背にして身構えた史之は、見る者にを圧倒する程の神性を纏っていた。
「……白は冬宮の、本家の色だ。従者のおまえが纏うことはまかりならん」
 千尋の刀をを握る手に力が入る。刀神は無言のまま見下ろしている。
「何をしている、史之」
 声が震える。それは怒りと、やるせなさと。二刀を振り上げ彼女は吠えた。
「ーー何をしていると、聞いているッ!」
 ガキィン!
 刀が激しく火花を散らす。再戦とばかりに九十九神が前に出て、激しい斬り合いがはじまった。

 刀神が睦月へと手を差し向けると、大気が震え、光の刀が現れる。攻撃が来る前に守ろうと日向は駆け寄り、ようやく違和感に気付いた。
「しーちゃん、そんな…そんな……」
「本家様!」
 落ち着いて、いつものように、策を練って、物語の力を信じてーー
「……ダメ、ムリ、しーちゃん…、しーちゃん…!」
 この状況で睦月が平静を保てる筈もなかった。悲痛な叫びに日向が固まる。身を乗り出して無防備につっ込もうとする彼女を、浮遊する光の刀が射程に捉えた。
『ーー』
 声なき声と共に放たれる光の雨。無数の凶刃から睦月を庇ったのは、グリムだった。
「グリムさん、どうして…」
「思い出せ、戦神。君の力が…何を成せる、か……」
 崩れ落ちる体を睦月と日向で支える。天上のエンテレケイアで治療を施しながら、睦月は助言を噛みしめた。

 何を成せるか。
ーーそうだ。しーちゃんは優しいから、きっと…知らないうちにひなたやちひろを害したと知れば、深く傷ついてしまう。
「いま夫さんを…しーちゃんを助けられるのは、僕だけだ」
 体の傷は癒せども、心の傷はそう簡単に癒せない。ならばやるべき事はひとつ。
「ひなた、ちひろ。手伝って!」
「おっけー!やっと本家様らしくなって来たじゃん」
「必ずや勝ってみせよう。夏宮の名に賭けて」


「しのにい、次は何して遊ぶ?」
 無邪気に笑う日向の隣で、千尋が半眼になりながら呻く。
「漁業以外で頼むぞ、漁業以外で」
 まだカニ鍋パーティーの件を引きずっているかの様な発言に、史之は笑った。
「大丈夫だよ。あの時は悪天候だったけど、今日は晴れてるし――」

 透き通る青の空に見事な鱗雲が浮いている。思わず「あれ?」と口にした。
 だってこれは、秋の空だ。

 情景が変わる。季節が巡る。目の前が紅葉で真っ赤に染まり、俺はいつの間にか冬宮神社を訪れていた。
 ここに居る理由は分かってる。秋宮として――武家の末裔としての俺の使命も家訓も、覚えてる。

 献身服行を以て不敗の礎となるべし

 春宮は先勝
 夏宮は必勝
 秋宮は不敗

 春宮が討たれ夏宮が屈したら、兵站の秋宮しか残っていない
 だから敗北は許されない
 最後の一兵まで死兵となりて、冬宮を護るべし

……冬宮。そうだ、カンちゃんは…どこ?


『――!』
 刀と共に振り上げた腕が光の鎖で封印され、九十九神はその場で動きを止めた。
「二人とも、お願い!」
 ピューピルシールが成功したと分かるや否や、睦月はその傍を通り抜け、愛する人の方へと走る。鎖から逃げ出そうと足掻く九十九神の上に、フッと突然、影が落ちた。
「ごめんね赤たん、ちょっち痛いかもっ!」
 日向の奇襲攻撃が炸裂する。剣魔双撃で姿勢を崩し、無防備になった九十九神。その隙を千尋は見逃さない。
(春宮や本家との連携頼みになるとは、我ながら落ちぶれたものだ。だが――)
「悪い気はしない」
 飛翔斬――千尋が放つ斬撃に死神の力が宿り、赤斗に宿る神の力を両断した。倒れ込んだ赤斗は元の姿を取り戻し、その場へと崩れ落ちる。
「よかった、ちゃんと息がある! グリムっちの死神パワー、うぇーい!」
「これぐらいはな」
 日向へ短く言葉を返し、グリムはフードの奥の視線を史之へと向ける。
(畳みかける事が出来たのは、先程より史之の動きが鈍ったからか。……彼もまた、内側で戦っているのだろうね)
 刀神の動きがぎこちなくなったのは、睦月が史之へ声をかけ始めてからだ。
「しーちゃん、すぐ傍に行くから!」
「本家、そのまま史之へ話しかけ続けろ!」
 全てを打ち落とす事は出来ずとも、活路さえ開ければ!
 千尋が豪鬼喝で光の刀を吹き飛ばし、睦月の為に道を作る。攻撃と攻撃がぶつかり合った瞬間、"それ"は戦場へと響いた。

『……最初はタンクだったな。初めてクロスイージスになれた時はうれしかったっけ。
 それからヒーラーになったんだ。誰も死なせたくなくて』

「これ、しのにいの声…!!」
 日向が足を踏み込んだ瞬間、ばしゃ! と水が跳ねた。目まぐるしく景色が変わる。ローレット、平野の戦場、海洋の砂浜――

『俺は混沌へ来て、力を手に入れてから……ずっと、誰かを護るために戦ってきた。
 女王陛下だったり、見知らぬ誰かだったり、一時の仲間だったり』

 光の刀が降り注ぐ中、日向もまたフィールドを駆けていた。一撃も当たらずすり抜けきったのは、いざという時の豪運……いや、主人公力に他ならず。アーリーデイズで力を高め、その全てを雷撃へと換えてゆく。

「とにかく本家様の泣き顔は見たくないんよ、あーし。それに――」

 史之の笑顔が目に浮かぶ。雷撃が増幅し自らの身を焦がそうと、日向はニッ! と笑ってみせた。

「しのにいが帰ってこないとかありえないし! あーしフラグブレイカーだかんね……湿っぽい終わり方へはバイバイするよっ!!」

 渾身のギガクラッシュが刀神を打ち、ピシャア!! と戦場に雷鳴が轟く。光背が明滅し、刀神――いや、史之の目の金色が薄れた。

『そうだ。そうやって、刀を取ったんだ。後方で仲間を支える側から、自らの意思で、前線へ飛び込むようになった』

 刀神は史之の思い出を利用する。漂わせていた神聖なる光が右手に集約し、一本の刀となった。睦月に向かって振り下ろそうとした重い一撃――それを受け止めたのは千尋だ。鍔迫り合いの衝撃でニーハイが裂け、制服が破ける。構うものかと食らいつく千尋の目は、戦場に在りながらも優しさを帯びていた。

「史之、この刀に見覚えはないか。ソード・オブ・アルマデウスーーおまえの大事な思い出のひとつだろう」

 胸元の連理の翼が輝く。刀もこのブローチも、史之と睦月が揃いで作ったものだ。
 戦場に甘えは許されない。敵に優しい言葉をかけるなどもっての外だ。故に、千尋は大切な思い出を身に纏う。

「忘れたとは言わさん。もしも本当に忘れたというのなら、おまえに生きる価値はない。…疾く死ね」

 ぱきぱきと何かが崩れ行く音がする。史之の身体に宿る刀神の拘束が、心から引き剝がされていく。
 視界に銀糸の髪が靡いた。ふわりと柔らかな感触が史之を包み込み、後ろから抱き留められる。
「愛してるの、しーちゃん。愛してるの」
 泣きじゃくる声に、史之の瞳へ光が灯った。

「『そうだ、俺は――』」

 睦月の為に、負けない。たとえ相手が神様でも、自分自身の心でも。
 冬宮が在り続ける限り、秋宮の常勝は揺らがない。
 春宮が立て直し夏宮が力を付けるまでの、苦渋と死の冬の季節、秋宮が滅びるまで戦うことで新年への種を遺す。

――ずっとそうしてきたんだった、俺は、俺の一族は。


「悲しい未来は僕が体を張ってでも阻止してみせる。……だから帰ってきて。お願い」
――空が堕ちていく。
 ひび割れてゆく世界。そのただ中で、史之は睦月の温もりを感じていた。
「僕ね、もっとそばにいたいよ。しーちゃんと、わらいあいたいよ。誰よりも近くで溶け合いたいよ」
 抱きしめていた手を解かれ、睦月は涙目で史之を見つめた。
「僕の心を鎧う冬宮の雪を溶かしてくれるのは、秋の夕暮れみたいな優しいその赤い瞳なの」
 空は陽が落ち、夕焼けが世界を照らす。ファイアオパールの様に輝く史之の瞳は、すっかり正気を取り戻していた。
「ありがとう、カンちゃん」

 そうだね。俺は強い、強くなった
 滅びるために
 最初に死ぬために

 寒櫻院――睦月の戒名
 同じ名で、同じ墓へ入るために、俺はこれからも強くあるよ

「おかえりなさい」
「……うん。ただいま」

成否

成功

状態異常

なし

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