シナリオ詳細
季節よ、巡れ
オープニング
・巡らぬ季節
桜の咲く時間など、一年の間では短い間でしかない。その上最も美しいと言われる頃、つまり満開に咲く日を数えれば、数日あるかどうかも怪しい。
風が吹けば流され、雨が降れば地面に散らばる花びら。そうして自らの命を降らすように咲く桜は、皐月の終わりにもなれば花など咲かせているはずがないのだ。
「ああ、止まれ季節よ。止まれ」
しかしこの土地では、まだ花びらが散り続けている。散れば儚くも消える命のことなど忘れたかのように、桜はその花びらを散らしては、時を巻き戻したかのように花を咲かせているのだ。
「お前の肉を腐らせはせぬ。お前を骨になどさせぬ」
時よ止まれ。流れるな。巡るな。
桜の木の下に座り込んでいるのは、豪奢な着物に身を包んだ女だった。彼女は膝に一人の人間の頭をのせ、開かぬ瞼に指を這わせている。
「私を置いて逝くなと言ったろう」
女はこの土地の神だ。神への信仰が薄れゆく頃、古い時代と変わらぬ信仰に加え、一人のいきものとして大切にしてくれた男に、叶わぬ恋をした。
神とてただ自分勝手なわけではない。男に寿命があるのは知っているし、それが己より短いことも理解している。しかし男の「ずっと傍にいる」という一言を信じ、縋ったのだ。
男の死は呆気なかった。女の目の前で足を滑らせて、満開の桜の下で頭を強かに打ったのだ。
女には死人を蘇らせる力はない。動かなくなった身体を揺すり、そして強く思ったのだ。「独りになりたくない」
男の身体が朽ちてゆくのも許せなかった。せめて身体くらいは残ってほしかった。だから土地ごと時を止めたのだ。それが土地神の役目を放棄するものであっても、その男を留めておきたかったのだ。だからこの土地は、桜の季節から動かない。
目を開けておくれ。その言葉が落とされる先は、動かぬ身体のみ。
・代替わり
「神殺しのお話だよ」
一冊の本を手にとり、雨雪は一瞬顔を伏せた。そして再び顔を上げ、物語の頁を捲る。
「神様が人間に恋をしてしまったんだ」
忘れ去られつつある土地神。その女は人間の男に叶わぬ恋をした。しかし男はあっさりと死に、女はその身体が朽ちることすら惜しみ、土地の時間を留め続けているらしい。
「だけど彼女は土地を守る神だ。私欲のためにその力を使うことは許されていない」
彼女の行いを他の神は愚行とみなし、嘲り、詰った。しかし彼女は土地の時間を止め続け、やがて他の神に「不要」と見なされた。そして新たに生まれた土地神にその土地を任せることとなった。
「しかし彼女は土地から離れる気も死ぬつもりもなくてね。そこでイレギュラーズの出番ってわけだ」
神の代替わりのためには、前の神は死ななければならない。役目を放棄した神など災厄を呼ぶものでしかない。だから始末してほしい。それが他の神からの「お願い」であった。
「彼女を始末したくないにしろ、季節が止まっているのは異常だからね」
何がともあれよろしく。そう言って雨雪は本の頁を捲った。
- 季節よ、巡れ完了
- NM名花籠しずく
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年06月02日 22時05分
- 参加人数4/4人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(4人)
リプレイ
はらはらと花びらが舞う。淡い色のそれは風に吹かれ、その度に向きを変えながら、地面に降り積っていく。
花びらで草木は覆われ、一歩踏み出せばその絨毯は柔らかく沈む。踏みしめられた花びらはその色を濁らせ、そこに存在しているのだと主張しているようだった。
囲いのように立っている桜の木たちの内側に入ると、一人の女がこちらに背を向けて座っていた。その向こうに、投げ出された足が見える。
「こんにちは、お嬢さん」
最初に口を開いたのは『かみさまの仔』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)だった。冷えたような色を乗せた睦月の声に女は振り返り、わずかに口角を上げた。
「時よ止まれ、お前は美しい。そう叫んだ男は悪魔に連れ去られました」
あなたも叫んだのですか。睦月の問いに、女は「そういうことになるな」と返す。ならばと睦月は頷いた。神の役割を捨てたのならば、神ではなく一人の女として扱うのが相応しい。睦月も愛を求めて神子であることを捨てた身だ。彼女の気持ちは分かる。分かるが、だからと言って彼女を守ることはできない。
「残念だけど季節は巡らないといけないし、申し訳ないことにこれは依頼なんだ」
睦月に合わせるように呟いたのは、『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)だ。愛する妻は彼女に同情的だし、自分だって何事もなければ好きにしろと言ったかもしれない。しかしこれは、この女と男二人だけの問題では済んでいないのだ。この女は問題の渦中の人となった。それだけだ。
悲しいね、と口の中で史之は呟く。こんな出会い方でなければ、彼女を救う方法を考えたかもしれない。ただ、全ては遅すぎた。
「冬宮従者、寒櫻院・史之、推して参る」
史之が携えていた太刀が抜き放たれる。凛とした音が辺りに響き渡り、一瞬、静寂がもたらされた。
女だってここにイレギュラーズたちが来た意味が分からないではないだろうに、戸惑うように、助けを乞うように『特異運命座標』ファニー(p3p010255)を見た。
恋は病だと、最初に言ったのは誰だったのだろう。言い得て妙というよりは真理と言うべきだろうか。恋なんていうのは、治療薬の存在しない不治の病なのだと思う。そしてそれは、人間だろうが神様だろうが、変わりはしないものなのだろう。
彼女の視線がファニーをとらえる。無いはずの心臓が、彼女の祈るような瞳に見つめられて、痛みを訴えてくる。
世界に不変などありはしない。自分だってたくさんの命を見送ってきた。置いて行かれることを、老いて逝かれることを、何度も経験してきた。だからそれがとても哀しく寂しいことだと知らないわけではないのだ。
「そうだよな、離れたくないよな」
たとえ肉体が朽ちても、骨片になっても、遺品しか残らなくても、離したくないって思っちまうよな。
ファニーの呟きに、女が顔をすっとあげた。期待を浮かべたそれに、ファニーは静かに首を振った。
苦しくても悲しくても、見送らなければならないのだ。だから、助けてはあげられない。
くしゃりと顔を歪めた女が次に見たのは『陰性』回言 世界(p3p007315)だった。世界はそれに気が付き、すいと視線を逸らした。
こういう出来事に出会うと、神だろうがなんだろうが、意思を持つ者には碌な者がいないと思ってしまう。他人にそんな事を言えるほど自分も高尚な人間ではないのだが、この女が厄介ごとを起こしているのは間違いないだろう。
今回の件について、何が正しいかを論じる気はない。叶わぬ恋をするのも、愛のために役目を捨てるのも結構なことだ。ただ、私欲のために周りに迷惑をかけ続けたのだ。その報いは当然受けることにもなるだろう。
何にせよ、世界に出来ることは役目を果たすことだけだ。
「愛を貫き通すというならば、せいぜい抵抗してみせることだな」
他の皆の説得が終わるまで待つつもりだったが、もう皆も語ることは尽きただろう。世界もこれ以上話すことはない。さっさと戦闘に移ろうと構えた時、女のすすり泣く声が、ざわめきのように広がった。
「お前たちも私を許さぬというのか」
そうではない、とファニーが言いかける。しかし吹き荒れる花びらは、彼女へ声を届ける妨げとなった。
「私はこの者と共に生きるのだ」
闘うための力を持っていないはずの彼女だが、その瞳に宿るものは炎と呼ぶのが相応しかった。黒い瞳の奥でゆらりゆらりと強い光が揺れている。
地面に落ちていた花びらがぶわりと巻き上げられ、視界を塞ぐ。その中で真っ先に飛び出したのは史之だった。太刀を振るうと周囲の花びらが弾き落とされ、向こうの景色を時折覗かせる。続いて睦月の手のひらに浮かぶ澱んだ色の月が輝き、花びらを押し返した。桜色に隠されていた女の姿が浮かび上がる。
「お嬢さん。貴方の悪夢は、どんな味なのでしょうね」
睦月が呟いた途端、女の目の焦点が合わなくなる。何かを探すようにその顔があちこちを向き、男の名前を呼んだ。そしてその手が男を離れ、彷徨い始めたのを、史之はどこか醒めたように見つめた。
「先に言っておこうか、さようなら」
名も知れぬ只の人よ。神性を捨てた人よ。
「俺は祝福するよ、あなたは心のままに生きたのだろう」
きっと誰かに討たれることも分かっていたのだろう。分かって選んだ道なら、その結果は受け止めるべきだ。
ドッと音が鳴り、女が夢から解き放たれた。そして再び己が膝の上にいるはずの存在に手を伸ばし、その首がないと気が付く。さっと青ざめた女の目に映ったのは、血のついた刀を持つ史之と、そこに抱えられている首だった。
「あ、ああ」
慟哭。怒りと悲しみ、そして恐れをかき混ぜたような叫びが、空気を震わせる。
「返せ」
残された身体を抱えて、女は立ち上がる。頭を失った身体は随分と不安定で、それを抱えるだけでもやっとのようだった。
「あなたの大切な人はここ。あなたの腕の中じゃないよ。そっちは抜け殻さ」
「やめろ。返せ」
歩き出す女。しかし一歩足を踏み出した途端に崩れ落ちた。同じように地面に崩れた男の身体を抱きしめる女を見て、世界は息を吐き出した。
世界が幻術で作り出したのは弓だった。放たれた矢は膝を貫き、足を奪ったのだ。幻で生み出された攻撃に痛みは伴わない。この苦痛の少ない攻撃が、世界が与えるせめてもの慈悲だった。
やめてくれと女の唇が動く。
女が恐れているのは、自らの死ではない。愛した男と過ごす時間が終わることを恐れているのだ。しかし世の理に背いて続く「永遠」は存在しない。
「なぁ、神様。オレも、最近ようやく理解したばかりなんだけどさ」
優しい口調で、聴きようによっては悲しくも聞こえる声色で囁いたのはファニーだった。
離したくなくても、見送らなくてはならないのだ。下手くそな笑顔で、手を振って。その背中が見えなくなるまで。
「離れないことが愛だというなら。離れてやることだって愛なんだよ、きっと」
季節が巡るように、魂もまた巡るものだ。巡り巡って、また巡り合うものだと、ファニーは信じている。
左手の人差し指を宙にすっと立てて、指先に光を灯す。流星の軌道をなぞるように放たれた一筋の光は、真っすぐに女を撃ち抜いた。
「そいつが死んでもなおアンタを想いつづけるなら、アンタが消えてもなおそいつを想い続けるなら。別れは終わりじゃないよ」
肉体が側にあることだけが、共に在ることではない。永久に想い合うことだって、共に在るということなのだ。
女の身体が、端から崩れていく。一部は光の粒子となり、一部は花弁となり、だんだん形を失っていく。
神の死は呆気なかった。幻想上の生き物のように大きな災いを残していくわけでもなく、ただ涙を流して、崩れゆく肉体で愛した男を見つめていた。
史之が男の頭を返してやると、指の消えた手で彼女はそれを抱きしめた。
「私は死んでからも、この者といられるだろうか」
女の呟きに、ファニーが頷く。
死後に愛した男と再び巡り合えることを祈りながら、安らかに眠るといい。そう世界が呟くと、同時に女は目を閉じ、光と共に散った。
まず変化したのは、男の肉体だった。あっという間に肉体が腐り、崩れ落ち、骨へと変わっていく。その骨を覆いつくすように花びらが降り注ぎ、やがて土に吸い込まれるように消えた。花びらが消えた場所からは草木が伸び、花を咲かせ、実をつけていく。
春の優しい陽光は肌を焼くような強さを持ち、空気を生き生きとしたものに変えていく。これが本来のこの土地の姿のようだった。
お墓を作ろうと言ったのは誰だったか。骨を拾い集め穴を掘り、そっと土をかぶせてやると、そこだけ不思議な盛り上がりができた。
未来の自分を見ているようだったと、睦月は思う。史之は睦月を置いて行ったりはしない。そうであってほしいと思ってはいるけれど、人の生など約束されてはいない。
全てを投げ打つほどに恋とは情熱的で、愛とは沼の底に沈むように破滅的だ。歌の世界が見せてくれるような美しさで、全てを語ることはできない。あの女は暗い水底に落ちたのだ。這い上がることもできないまま、深く深く、堕ちていった。
「せめて貴女のことを覚えていましょう。愛おしい人と旅立てるよう」
睦月が手を合わせるのに合わせて、史之もまた手を合わせる。睦月ほどあの女に感情を寄せたわけではないが、背筋を嫌なものが這うのを感じていた。睦月が先に死ぬことがあれば、自分もまた叫ぶのだろう。「時よ止まれ、おまえは美しい」と。
本当は、あの二人をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて死なせたかった。実際にそうはならなかったが、この作戦に己が抱えた暗い欲望を垣間見たような気がして、史之は考えるまいと目を閉じる。
それぞれの想いを抱えて、季節は巡る。留まっていたことを忘れたかのように、しかし一つの出来事を包み込んで、季節は巡る。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
こんにちは。椿叶です。
神を殺す話です。
世界観:
明治から大正の日本に近い世界です。科学の発展と共に徐々に神への信仰が薄れていっていますが、八百万の神々は存在しています。
土地ごとに守り神がいます。役目を放棄すれば死を命じられ、代替わりします。
目的:
土地神を一人殺すことです。その土地神は私欲のために役目を放棄した女です。他の神から自死を命じられておりましたが、応じませんでした。すでに代替わりも決まっており、当らたな神も生まれています。説得しても良いですが、最終的には殺してください。
敵について:
土地神の女です。人間の男に恋をしましたが、その男が命を落としたことで土地神の役割を捨てました。桜の花びらが散る季節のまま土地の時間を止め、男の身体が朽ちぬように守っています。
この女自体に戦闘能力はほとんどありません。女を殺すのは容易いでしょうが、近づこうとすれば桜の花びらを操り邪魔をしてきます。花びらは視界を奪ったり、手足に絡みついたりしてきます。
注意:
このシナリオでの戦闘は雰囲気重視になります。椿叶の執筆傾向として、かっこいい戦闘より心情や情景の描写を重視する傾向にあります。
サンプルプレイング:
恋に狂ったというべきか恋に狂わされたというべきか。神っていうのはなかなか自由にならないものなのかな。
可哀そうだけど、倒さないとといけないのならそうしよう。気は乗らないけどね。
それではよろしくお願いします。
Tweet