PandoraPartyProject

シナリオ詳細

その揺籠を墓標とし

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●塞翁が馬
 世の中には『誇るべき失敗』というものがある。
 小さなところでは初めて立ち上がろうとして転んでしまう赤子。大きなところでは触媒の投入量ミスが世界待望の新素材を生むこともある。
 その依頼も目的であった遺跡装置の停止こそならなかったものの、邪教徒に連れ去られた被害者を多く救い出すことができた……悲願を完遂するまで遺跡内に留まりつづけた、一人の復讐者を残し。
 だが……予期せぬ朗報がもたらされたのは、それから数日後のことだった。
 救える者を確実に救うために救出を断念したはずの女性たち。彼女らが遺跡近辺の街道に倒れているのが、通りかかった行商人により発見されたのだ。

●パンドラの希望
「結果だけ見れば、仇敵を討ち滅ぼした復讐者はその命と引き換えに、彼女らを絶望の淵から救った、とも言えるね」
 回復した女性たちの証言を要約するとそんな単純明快な美談になってしまうが、『黒猫の』ショウ (p3n000005)とて決してそれが容易い献身であったと考えてはいない。『元神父』オライオン(p3p009186)の決断は傍から見れば尊い自己犠牲精神の賜物であるかのように思えるが、それを自己犠牲などという陳腐な言葉で表すことはもちろん、そればかりか素晴らしいものであったと讃えることさえもが、彼の怒りと慟哭と妄執とに満ちた人生を矮小化させる卑劣な論評であると言えるだろう。
 全ては彼が彼自身のために決断したことだ。他者の評価など必要はない。ゆえに今回の依頼も彼の行為に対して余計な解釈など差し挟まずに、厳然たる事実のみで構成しよう……オライオンは確かに『絶望機関』の“燃料”として拷問同然の目に遇っていた女性たちを解放したが、遺跡もまた最後に残された僅かなエネルギーを振り絞り、小型探査ドローンを放出したのだ。
「つまり遺跡は、これからは誰の手も借りずに“燃料”となる人間を手に入れられるようにしよう、と思い立ったというわけだね。そいつらさえ残らず取り除いてやったなら、晴れて遺跡は燃料切れ。これ以上の犠牲は作りたくても作れなくなるのさ……誰かが再び遺跡を起動してしまわないかぎりは、ね」
 特異運命座標たちに対する依頼は、鉄帝軍が遺跡の封印作業に当たっている間に、探査ドローンを捜索し破壊すること。それで事件は今度こそ完全なる解決を迎えよう。ドローンの数や性質の詳細は女性たちもうろ覚えなので不明だが、今や遺跡へのエネルギー供給が断たれていることを思えば、どんなに多くても8人で対処できる数を超えることはあるまい……。

●オライオン、墜つ
 この手で終わらせた。
 やっと、終わることができる。

 そしてオライオンは動く屍と化した。

 先のことも見ずにひたすらに追い求めてきた妄執は、晴らしてしまえば跡形もなく。今やオライオンに残されたのは、あの日、怒りとともに感じた虚無感ただひとつ。

 だったはずなのに……あぁ、彼は見てしまった。
 目に入ってしまった。
 叫びを聴いてしまった。

 希望もなく、絶望を身に染みたままでも生を求める嘆きを。
 何ら罪を犯したわけでなく、ただ偶然巻き込まれたというだけの理由で、神から見放された者たちの懇願を。

 すでに伽藍堂と化していたオライオンの心には、その声に応えてやる気力も、体力もなかった。
 たとえ残されていたとして、復讐のためならばどんな命をも利用してきた男にとっては、今更誰かを救うことなど考えられはしない。精々、彼女らがあるかもしれない天国へ導かれることを祈れるくらいで。

 そう、思っていた。否、今でも思っている。

 なのに。

 なのに。

 なのに!

 ……どうして俺は。
「落ち着け、生きたいか、生きたいのであれば、最後のその時迄、希望を捨てるな」
 彼女たちの下へと駆けたのだろうか?

 8人がかりだった時にも困難だと判断された物事を独りきりで行なえばどうなるのかなど瞭然だったが、そんな意識はどこにもなかった。
 赦されたかったわけではないし、救いたかったわけでもない。ましてや生きて戻りたいとなど思ってすらいない。だけど、君が泣いている姿と重なってしまったから、気付いたら、身体が動いていたんだ。

 燃料装置を破壊するまではゴーレムどもの妨害のために呼び出していた獅子の悪魔に、女性たちを運び去るように命令を下す。一度は取り残されたと知った女性たちの絶望は相当のものであったらしく燃料装置を失ってなお動きつづけているゴーレムは、もうじきオライオンを叩き潰すだろう。
 ……が、そんな未来などオライオンにとってどうでもいいことだ。召喚者を失ったネメルシアスは女性たちを運ぶ途中で消えてしまうかもしれないが、それですら彼の与り知るところではない。

 結局のところ彼は神の道に背いた者にすぎず、きっと全ては自己満足なのだ。

「最期の最期まで、俺は君を泣かせてばかりだったな。
 さらばだ、エアリア。
 我が心に残った明仄、愛した妻よ――」

GMコメント

●今回の依頼内容とは直接は関係のない余談
 先日のシナリオ『絶望機関』の後、私は彼に「脱出しますか?」という旨の特殊判定を行ないました。
 本シナリオは、それに対する返答を元に構成しています(第3章はその原文をアレンジしたものです……原文を本人とSDと私しか知らないのも勿体ないからノートで公開とかされるといいなぁ)。

●偵察ドローン
 低空を飛行し、周辺の針葉樹林の中を移動しています。全長50cm程度の大きさはあるので、移動ルートの手がかりさえ見つけられれば発見は簡単でしょう。何らかの方法で彼らの経路を予測したり痕跡を見つけたりできれば十分です。
 もっとも、仮に発見しきれなかったドローンがあってもかまいません……彼らは燃料にできそうな人を遺跡に運び込む役割も担っているので、戻ってきたところを破壊すればいいのです。単にドローンの標的になった一般人が怖い目に遭うだけ。でも、できればその前に破壊したいよね。
 不意打ちでめっちゃ行動不能系BSを使ってくるのが怖いだけで耐久力自体は紙なので、見つけるのが不得意なら囮役になってみるのもアリでしょう。別のことに夢中になっていたりしなければ逆に先手を取れるはず。なお彼らは単独かつささやかな幸せに満ちていそうかつ容易に絶望しそうな標的を好みます。囮役になるならその辺りをアピールしましょう。

●その他
 本シナリオの公開とともに、オライオン様の『不明』状態を『死亡』に変更しています。
 現状ではオライオン様に優先参加が付与されておりますが、継承キャラクターのご連絡があり次第そちらの差し替えを行ないます(継承キャラクター以外のキャラクターでご参加なさいたい場合はそちらでもかまいません)。

  • その揺籠を墓標とし完了
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月25日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香
秦・鈴花(p3p010358)
未来を背負う者

リプレイ

●“彼”を巡って
 もしも今からあの瞬間に戻れるのなら、彼を助けられただろうか?
 自問し、けれども『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は首を振った。
(詳しい事情は知らず仕舞いでしたが、ずっと待ち望んでいたことだったのでしょう)
 これ以上この場に留まりつづけるのは危険だと、たとえ無理に腕を引っ張ってやっていたのだとしても、オライオンは拒否してやはり同じ結末を選んだだろう。だから仮に過去に戻れたとしても何も変わらなかったはずだ……が、だとしてもせめて別れの言葉くらいは交わしたかった。

 無数の針葉樹のそびえ立つ森は、どんな時にも侵入者たちの視界を阻まんと欲した。もちろん、その“侵入者”とは特異運命座標たちばかりを示すのではないのだろう……あの遺跡のドローンたちもまた、森からすれば好ましからざる侵入者なのだから。
 とはいえ、どちらも森からすれば外様であったとはいえども、置かれていた状況は微妙に、しかし明確に違っていただろう。何故ならこちらはドローンが一仕事終えるより早く彼らを全て見つけ出さなくてはならず、あちらは何時どのように標的を見つけてもよかった。条件はお互い同じに見えて、実際にはこちらが一方的に不利な非対称。『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)があらん限りのコネを駆使して、周辺地域の人々のドローンとの接触可能性を最低限に押し留めていることで、敗北条件達成までのタイムリミットを稼いでいる状態だ――誰一人としてドローンに傷つけさせないという自発的に高く設定した勝利条件を、唯一の勝利条件だと見なすのであれば、だが。
 ……でも。
(その男が命を懸けて守ったものがあるなら、その思いに報うのが筋ってものよ)
 その男が数度一緒に仕事しただけの、ただの知り合いであったとしても。何もかもがその男の自己満足の産物にすぎなかったのだとしても。オライオンの人助けが彼の自己満足のみから出たものだとすれば、『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)だって一番高い勝利条件を満たしたいという想いを抱いたってかまわないではないか。
 ねえ、そこのヒネてるシスター?
 意味ありげな視線を木々の合間に向ければそこに、一筋の紫煙がゆらめいていた。
「不味くて仕方ないったらありゃしない」
 今回の依頼とはつまり、思うがままに動き、勝手を行なった男の尻拭いなわけだ。煙草の香でも消しきれぬ聖職者“もどき”の匂いに、『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の眉間には皺が寄っている。
「仕事はするさ」
 役に立たない煙草を指先で揉み消した後、彼女は嘲笑じみた表情を作って鈴花へと返した。クソッタレなことにこいつはコルネリア向きの仕事だ。やることは、目を離すとすぐどっか行くガキどもを見つけるのと同じ。こっそりと孤児院を狙う不届き者に忍び寄り、黙るまで鉛玉をぶち込むのと同じ……そして幸いにも彼女の“義務的”な仕事は、そう時を置かずして成し遂げられることになるわけだ。

●幸福とは何か?
 身勝手な最期こそ迎えたかもしれないが、それが彼自身が選んだ死に場所だった。それにとやかく言う権利が誰かにあるなどとは、『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)とて思ってない。
 ただ、たとえ彼が嫌がるのだとしても、祈りばかりは手向けたかった。何故なら幾度か話した彼は、迷ってこそいたけれど、正しい生き方を求めて止まなかったから。
 だというのに……祈るには余計な雑音が邪魔だ。彼の人生と比べたら、自分はどれほど幸せなことだろう。だけどその幸福はほんの些細なことで、容易く崩れ去ってしまうものだとも正純は知っている。かつての自分はその結果諦念に囚われていて――いや、本当に過去形でいいのだろうか? 今の自分は分不相応の期待を世界に求めすぎているのではないか? その祈りは本当はオライオンのためのものではなくて、彼でさえ今は幸福になれたのだとひたむきに信じることで、自分の今の幸せも偽物ではないのだと思い込みたいだけなのではないかと、近づいてくる不気味な低いモーター音は囁くかのようだ。
 だから――。

「――美味しそうな餌に映ったでしょう?」

 祈る女はたちまちにして、襲い来るドローンを狩る狩人へと変じた。
 泥のように纏わりつく記憶こそ嘘偽りではなかれども、それに怯えてるなんて嘘。今では特異運命座標として多くの人々に触れたお蔭もあってか、むしろそれすらも自分の一部として落としこんでいる。
 だからこの泥は正純を縛るどころか、正純の意のままに動いてくれる。ほうら、もう近づいてきたドローンを半ばまで呑み込んでしまった。ぎちぎちと音を立てて高度を下げてゆく、動きの鈍ったドローンの回転翼を……。
「オライオンさんがどんな過去の持ち主だったのかも、何を思って事を為したのかも知らないけれど、勇敢なローレット・イレギュラーズだったことだけは間違いないさ。そして――今、正面から過去と向き合っている貴女もね」
 ……『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)の気弾が打ち砕く。

 闇の中を駆けることならばモカの十八番だったから、正純に誘われたドローンを追跡することなんて簡単だった。寛治や『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)のように、ドローンの姿が見えぬうちから正確に敵の位置を把握する必要すらもない。『聞こえる』という時点ですでに大体の方向と距離だけは明確なのだから、相手に見つからないようにそちらに向かって、直接居場所を視認できる場所まで近づいてやればいいだけ。その結果は……先ほど述べたとおりだ。

 呆気ない。こんなに簡単に撃ち落とせるというのなら、そう身構えるようなものではなかったらしい。
 ただ、念のため残骸を検めてみて判ったことは、これもオライオンが“燃料”たちを逃がせていたお蔭だったかもしれないという可能性だった。もしも機体に十分な量の魔力が補給されていたならば、ドローンは強固なバリアーを使用していた? あるいは強烈な反撃用の武器を振るって、こちらをもっと苦しめてきた? だとするとあの身勝手な男は期せずして、今も特異運命座標たちとの共闘を果たしているというのだろうか?
「手助けには報いねばなりませんね。では、他のドローンも派手に爆散させ、餞の代わりとしましょうか」
 燃料タンクを盛大に燃え上がらせるための古びた.45口径のオートマチックピストルを片手に、寛治はまだ生きているドローンを求めて森の奥へと消えた。

●だから角隠しってモンが必要なんだ
 それにしても無茶を考える者もいるものだ。
 さしものマナガルム卿といえども、『薄紫の花香』すみれ(p3p009752)の奇策には苦笑いを浮かべるほかはなかった。
 ドローンが生贄を求めているのなら、ドローンたちは遺跡から放射状に拡散するだろうと推理した。そして遺跡にて封印作業を続ける鉄帝軍人に被害が及ばぬように、離れた位置を回るように進んだ。そこまでは疑いようもなく合理的な行動だ。
 けれども……ドローンの接近に気づいておきながら、決して撃ち落とそうとはせぬ彼女。不意打ちはさせませんよとばかりにあからさまに警戒感をアピールこそするものの、すみれは今日も今日とてウェディングドレス姿で薬指の指輪を撫でて、いかにも「いろいろあって蝶よ花よと育てられた私がこうして森の中を独りであるいていますけれど夫に再会できればきっとまた幸せの絶頂を噛みしめることができるのですよ」の空気を醸し出している……。

 いつか必ず元の世界に戻って結婚式の続きができる信じて、心の支えとしているすみれ。そんな彼女からなんとしてでも生き残る理由でもある希望を奪うことができれば、途轍もない絶望のエネルギーが生じて絶望機関を喜ばせるに違いなかった。それはマナガルム卿も理解していたし、おそらくはドローンも認識し、すみれを発見し次第全力で確保を目論むはずだ。
 とはいえ……「ですので単独では拉致できないと思わせて他のドローンを呼び寄せさせます」は、いくら何でも危険すぎるようにも思えた。いかにマナガルム卿らがついているとはいっても、ドローンに発見されうる範囲からは離れていなくてはなるまい。そうなると、いざという時に確実に駆けつけられると保証するには心許ない。

 ただ、それが効果的な策であることに、卿とて疑いを持ちはしなかった。それに……互いに戦いを求められそれに応える者同士。見知った者が命を落とすことを卿とて受け容れられぬわけではないが、同時に心の臓辺りにずしりと来る重さを感じずにはいられない。それを思えばすみれの策は、上手くゆけばマナガルム卿のそんな気持ちを多少なりとも払拭してくれるだろう成果に繋がることは事実だ。
 だとしても……やはり不安は拭いようがない。もしもオライオンばかりか別の仲間まで喪ってしまったら――実際にはすみれが連れてゆかれるまでの間にドローンに追いつけばいいだけではあるし、仮に追いつけずとも取り返しのつかない結果になる前に彼女を奪還するタイミングなどいくらでもあるが、だとしても友人の死という出来事の直後にはどうしても最悪の想像をあっ花嫁大暴れしてる。古代セラミック製のボディがピンヒールに貫かれている。乙女の恋路を邪魔せんとする出歯亀はそれくらいの末路でちょうどいい。

「踏みやすいよう動きを止めてやったのはアタシなんだから、せいぜい感謝しなさいよ」
 もう仕事は終えたとばかりに木に寄りかかるコルネリアの耳には、いつしか鈴花の亜竜の咆哮が加わっていた。
「残念、燃料なんてもうあげない!」
「邪魔だって言ってるでしょーが!」
 コルネリアは見ようともしていなかったが、聞こえるだけでもドローンが拳か何かに凹まされていく様子がありありとわかる。
 乙女たちの気炎が吠え猛るなら、ドローンの立てていたローター音は入れ替わるかのように数を減らしゆく……。

●最期の場所へ
 ドローン掃討作戦を始めてから半日ほどの時間が経った頃、迅は自らの武器を収める時が来たことを知った。迅の武器――すなわち狼の嗅覚が、これ以上は新たな魔力混じりの潤滑油の匂いを察知せぬようになったがゆえに。
 今という瞬間にばかり囚われず、過去に遡ってドローンの行動履歴を明らかにしてきた迅の鼻。そして匂いを辿りドローンの居場所へと近づけば、今度は鼻だけでなく耳が目が彼らの現在の行動を克明に暴き出す。そして――風の如き足は敵がこちらに気づくより早くドローンへと迫り、次の瞬間にはその勢いをドローンを打ち上げて墜とす破壊力へと変える。
 後に、戸締まりに協力してくれれた人々への挨拶回りを済ませた寛治はこう語ることになる。
「ドローンが人里に侵入する前に飛行ルートを割り出せたことは幸いでした。どれほど我々が家から出ないよう警告を広めたところで、どうしても外に出なければならない方をゼロにはできなかったようですからね」

 辺りはいつしか夕闇に閉ざされており、ひんやりとした空気が木々を包み込んでいた。厳かなまでの静寂は、あたかも特異運命座標たちに第二の目的を果たすなら今だと促しているかのよう。
「……ああ、オライオン氏を。どうぞ、お通りください」
 軍人たちに案内されて踏み入れた遺跡の中は先日迅が見た姿そのままで、しかし遺体だけが綺麗に片付けられている。オライオン。シーシアス。それからシーシアスらの実験により特異運命座標たちが到達した時にはすでに命を落として処分されていた犠牲者たちに、特異運命座標たちに倒された後にゴーレムたちにより絶望機関に繋がれて、しかしその狂信的な破滅願望ゆえに死ぬまで拷問を受けても碌な絶望エネルギーを生まなかったセフィロト信者たち……。
 モカが案内の軍人に尋ねたところによれば、オライオンは絶望機関の設置されている格納庫とは別の部屋に安置されているらしかった。
「彼を連れて帰っても?」
「是非ともそうして差し上げてください。そう仰ると思って棺を用意していたのです……あいにく彼の信仰については何も存じ上げないので、特別な装飾などはできておりませんが」

 ……あんな男に信仰などあるものか。
 オライオンに感じる苛立ちが嫉妬であることを認めずにいる方法を、コルネリアはずっと考えていた。
 聖職者でありながら、復讐の道に身を投じた。
 聖職者でありながら、自らの命を軽んじた。
 どちらも“理性により非難されるべき事柄”ではあるけれど、アタシの感情を説明してくれるものじゃない。本当は――誰よりも自分自身が理解している。自分は、彼を羨んでいるのだと。彼が最期に誰かを救ったことを。

 為すべきことを全て終え、死に直面した彼に、自分を繕う必要なんてあるはずがない。すなわち何よりも人の本質が現れる瞬間に彼が選んだ行動が、救われぬ者に救いの手を差し伸べることだった!
 巫山戯るな! そんな善人がいて堪るものか! アタシは悪であるだけでも精一杯だってのに――!

 死の瞬間、彼はいかなるしがらみからも解放されていたから、すみれがどれほど探しても、この世のどこにも彼の魂は見つからなかった。けれども……彼がこの格納庫のどこに斃れていたのかは判る。
「拭われていても残る血の匂い。この操作盤の前が、オライオン殿が最期まで立っていた場所だったのでしょうね」
 迅は死者を弔う作法など詳しくないし、ましてや魂がそこにないと知ってしまっている時にどうすればいいのかなんて判るはずもなかった。それでも……。
 せめて自分に知りうる最も正式な方法で祈りを捧げたいとの想いが、溢れ出てきて拭えない。
「アンタ、シスターなんでしょ。死者を弔う祈りの作法教えてよ」
 鈴花にまでそうせがまれて、コルネリアは紫煙をくゆらせながらようやく重い腰を上げた。レッスン料に煙草を奢ってくれる? ハン! タダで習ったモンでよければ、今日は特別にタダで教えてやりたい気分さ――。

●Requiescat in pace
 自身の祈りははたして、偉大な献身者に対する追悼なのか、こうなる以外の道を選べなかった男に対する憐憫なのか。はたまた身勝手に死んだ男に対する怒りなのか。
 そんな区別は正純にはつけるつもりはなかった。ただそこには死んだ男に対する何かの感情があり、それを何らかの形にしたいと願う。それだけで十分だとは言えやすまいか?
 見るがいい。
 オライオンの魂が、どうか安らかにあらんことを。
 その祈りの所作は迅自身、あるいは鈴花自身でも拙いように感じてもどかしくはあったが、それでも自分たちの込めたかった想いは全て込められた……と思う。
 ひざまずき、両手を組み、長い祈りの言葉を口の中で呟き終えて。立ち上がったところで鈴花の脳裏に突然、幼少期から育んできた価値観が(誇り高き亜竜種が他者のために膝をつくなんて!)なんて言葉を投げつけてくるけれど……そんなもの、こちらには鼻であしらうための定番の言い訳がある。
(普通ならそうね。でも、相手が反則級だった時には正当に評価できることこそ本当の亜竜種の誇りよ。そう……オライオンって奴は反則だったのよ! 顔はよく見えなかったから『顔が反則』組には入れてあげないけれど、命懸けて守りたいものを守ったその心意気は、十分に反則レベルで男前だったわよ……)

 遺体の安置されていた即席の霊安室から、強い蒸留酒の香りが漂ってきた。
「名前しか存じ上げない方でした。しかし聞けば、常に葛藤とともに生きてらしてきた方だったとか」
 献杯。スキットルの酒を高々と掲げて、それから一気に飲み干した寛治。
「個人的な恨みから人を殺した貴方は、ご自分が地獄に堕ちるに相応しい人物だと思ってらっしゃるかもしれません。それは貴方の信仰の在り方でもあるのでしょうから私からとやかく言うことなどはありません。……が、ご覧なさい、貴方の棺を。そして貴方の周囲を」
 何故、花嫁が花束をそこに置いたのか。
 何故、プライドを脱ぎ捨ててまで祈る者が現れたのか。
 何故、悪を自称するシスターがその姿を遠目で見ながら、バツ悪そうに煙草を吹かすのか。
「死に至った行ないを誰も否定しないことが、貴方の人物を物語っているのでしょう……貴方は何もない人生だったと仰るのかもしれませんが、そればかりは誇ってもかまわないものだと私は考えますよ」

 彼はきっとローレットに戻り、葬儀を経て、ともに回収された彼の遺品とともにどこか彼ゆかりの地へと埋葬されることになるのだろう。もしかしたらマナガルム卿自身よりもオライオンと仲良かったかもしれない使い魔ポメ太郎が運び出される棺の上でそわそわとしているのを抱きかかえて下ろしつつ、彼はポメ太郎に優しかったな、などと思い出す。
 願わくば彼の魂が、自分たちがゆくべき場所にあらんことを。そして今度は他愛もない物事を語り合おう。

 聖職者であることを捨て、しかし最期まで聖職者であった男の魂に安寧あれ。
 誰も彼を救うことなどできず、神ですらその命を見放しはしたが、それでも彼は確かに人を愛し、人のために怒り、誰かを救って祈りを捧げられるに足る人生を送ったのだから。

成否

成功

MVP

日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼

状態異常

なし

あとがき

 オライオンの魂の安らかならんことを。

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