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シナリオ詳細

<月だけが見ている>黒き夜から手を伸ばす

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●全て私の/貴方のために
 少女ノルンはラサに来ていた。
 どうしても彼女に会いたいという少女に会うためだ。
 場所は『古宮カーマルーマ』……であった場所。今は異空間である『月の王国』での祭祀が綻んだ影響で精霊の力が弱まり、異様な風景と化している地帯だ。

 どこまでも黒く。ただ、黒く。浮かぶ月すら食われ、糸のような光しか残っていない。
「どこにいらっしゃるのでしょうか……暗くて、よく……」
「あなたがノルン? そうなのね?」
 黒い世界に現れた、白い精霊種の姿。その容姿と目の色に、ノルンは思い出す景色があった。
 あれは、まだフレイの両目が赤かった頃。その片目から赤が奪われ、『青』になった日のこと。
「……あなたは、もしや」
「あなたを殺せば、フレイは私を見てくれる? もうあなたのことを考えなくなる?
 フレイが私以外の為に命懸けになる姿なんて見たくないの。
 あなたはフレイを困らせるだけ。わからない?」
「……そう、かもしれません。兄様が、私のことで心を痛められるのは……私も、苦し――」
「フレイの妹は私だけよ!!」
 刃のような呪いが四方から飛来し、ノルンの肉を抉る。
 その時、辺りを吹いていた黒い風が髪となって更に襲い来る刃を弾いた。現れたのはノートだ。
「だめよフレイヤ。ノルンを殺しちゃったら、キミはフレイに殺されるかもしれないわよ? 会うだけって言ってたじゃない」
「フレイが私のことだけ見てくれるならいい。この女が妹の顔でフレイの心にいるのが我慢できない」
「フレイヤは本当にフレイが大好きなのね。」
 傷付いて動けないノルンを、慈母のような優しさでノートが抱える。

「ねえ、どうしようかしら――フレイ?」

●最後の願い
 ノルンがローレットから姿を消した――その一報は、彼女の現在の居場所と共にもたらされた。
「……こんな形で皆に会うつもりはなかった。反転した以上は、皆と会うのは戦う時だけだろうって」
 それでも。覚悟や矜持を曲げてでも、何を犠牲にしてでも、失いたくないものがある。
 ギルドに姿を現したのは、今は魔種となったフレイ・イング・ラーセン本人であった。
「ノルンは今、ラサの砂漠……と言っていいのか。精霊の力が弱まって黒の呪力に満ちた、『黒き夜』の空間にいる。黒き枝……ノートの呪いを何らかの形で引く者が強化される空間だ。
 本来なら、俺があの場でノルンを取り返すべきなんだが……情けない話だが、正気でできる気がしない。ノルンをあんな目に遭わせてしまっただけで、今でもどうにかなりそうなんだ……っ」
 イレギュラーズに情報を話すフレイの手は、異様なほど震えていた。寒さや恐怖によるものではなく、もっと暴力的な本能――『強欲』による衝動――を無理矢理抑え込んでいるような様子だ。
「ノルンを無事に取り戻せたとしても……俺は正気を保っていられるかはわからない。
 だから多分、俺から頼めるのはこれが最後だ。
 フレイヤを……、……討ってくれ。そしてノルンを、助けて欲しい」
 フレイは今回、自身の衝動を抑えるだけで精一杯であるためあまり手を貸せないという。
 それどころか、もし抑えきれず何かが解放されてしまえば、皆の障害になるやも知れない、と。
「……そう、なったら。俺も討ってくれて構わない。それくらいの覚悟はある」
 反転してまで手をかけさせてすまない――理性をかき集めながら、彼は懸命に伝えた。

●青き鋼が託した手紙
 ――兄様。
 私はもう、森へは帰りません。ノート様に助けて頂き、兄様にそうするよう言われたから。
 どうやって生きていけばいいのか、まだわかりませんが……。
 私の罪は死ぬまで消えることはなく、罪深い私は何を学ぶ資格もなく、ただ痛みを受け入れることしか許されていないからです。

 それでも。兄様が望まれるなら、私は生きます。死ぬまでは、生きようと思います。
 生き方はわかりませんが、痛みには慣れていますから、大丈夫です。
 ですから、兄様は……罪を重ねてばかりの私のためではなくて、兄様のために。
 生きてください。

GMコメント

旭吉です。
ぎりぎりで理性を保っているフレイさんが直々に助力を求めてきました。
何か話したいことがあれば、今回しておくといいかもしれません。

●目標
 魔種フレイヤの撃破、ノルン奪還。

●状況
 ラサの砂漠に出現した特殊フィールド『黒き夜』。
 朝が来ることのない、糸のような月だけが世界を照らす黒い世界です。
 ここではノートの呪いを何らかの形で受け継ぐノート、フレイ、フレイヤ、ノルンが強化されていますが、ノルンは現在戦闘不能、フレイも積極的には動けない状態です。

●敵情報
 全員、『黒き夜』の効果で通常攻撃に【呪い系統】【呪殺】が発生します。

 『彼方の白銀』フレイヤ
  フレイの双子の妹。『色欲』の魔種。
  ノルンへの強い嫉妬が殺意へと変わった。
  彼女の半径10m以内では常時【魅了】の抵抗判定が発生します。
  あらゆる射程に対応し、あらゆるBSを付与する非常に強い神秘の呪い(【呪い】のみにあらず)を使いこなします。

 『守護災厄』フレイ
  フレイヤの双子の兄。『強欲』の魔種。
  イレギュラーズから反転しましたが、『守れる者を守る』ことに『強欲』由来の強い拘りがあります。
  かつての仲間(イレギュラーズ)へ思うところがない訳では無いですが、覚悟も決めています。
  今回かなり理性を消耗しており積極的には戦えませんが、元来の優れた防御技術・特殊抵抗に加え魔種ノートの加護により【鬼道40】を得ています。
  防御判定なしのダメージと【呪縛】【怒り】を付与する『黒の宣告』(物超域)、引き付けた相手へ大ダメージを与える黒き刃(物至単)を主に使います。

 『黒の災厄』ノート
  『強欲』の魔種。フレイを反転させ、フレイヤを味方に引き込み、ノルンを誘う。
  全ては彼女の『強欲』由来の強い知識欲ゆえ。
  ダメージ無しの自域【呪縛】の他、漆黒の風で範囲内の全対象を地形毎破壊する【災厄】【弱点】の嵐を使用します。
  不利になった場合は撤退。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <月だけが見ている>黒き夜から手を伸ばす完了
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月08日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
アルトゥライネル(p3p008166)
バロメット・砂漠の妖精
イズマ・トーティス(p3p009471)
急がば回れ
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
フリッグ・ユル・シュネーヴァイス(p3p010982)
白き枝族

リプレイ


 黒い、黒い、夜の中。
 イレギュラーズの前には一人の白き魔種と、二人の黒き魔種がいた。
(『ノートにはついていくな』とはっきり伝えなかったのが失策だったな……)
(やってしまった。実際行動していただけアルトゥライネルの方がずっと上等だ。私もやっていればあるいは……)
 黒き魔種の一人、ノートの腕に抱かれている傷付いた少女ノルンの姿に、『一つ一つ確実に』アルトゥライネル(p3p008166)と『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は自らの失態を感じていた。ノルンはノートを敵視していないが、ノートが彼女を利用しているのは最早明らかだ。わかっていて、アルトゥライネルはノルンの感情を慮って強くは言えなかったのだ。
 事態がこうなってしまった以上、今はなすべき最善を尽くすのみだが。
「ノート……? まさか本当に封印が解けていたなんて……。また、『白き枝族』を滅ぼそうとしているのですか? それとも、他の目的でも生まれましたか?」
 黒き女に問う『白き枝族』フリッグ・ユル・シュネーヴァイス(p3p010982)は、その声が震えそうになるのを懸命に押し殺していた。彼女は反転前の『黒き枝族』ノートの恐ろしさを知る人間でもあったのだ。
「私の目的? そうね……この世には知りたいことがたくさんある。興味のあることは取りこぼしたくない。それが、何?」
「……あなたを見ると、あの時の恐怖が昨日のことのように甦ってきます。本当に怖かったんです。そのせいで……フレイとフレイヤ、そしてノルンには申し訳ないことをしてしまいました」
 だから、今度は封印ではなく――その命を、必ず討つ。
 フリッグが強い意志を込めて黒い瞳を正視すると、ノートは面白そうにその目を細めた。
(……ノートさんは何をしたかったんだ? 自分の力を受け継ぐ人を揃える……にしてはまどろっこしい。本当に他意は無く、あれもこれも『興味があった』だけだとでも?)
 ノートのフリッグへ対する受け答えに『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は訝しむものの、それよりも気になるのはフレイの様子だった。『強欲』の衝動に抗いながら立つ様は、ギルドへ依頼に来た時よりも苦しげだ。
 押し付けたノルンの手紙を読んでくれたのか、読んでくれたなら何か言葉をかけたのか――問うても応じる余裕があるかはわからない。何より、そこは当人同士の問題だろう。
(俺も烙印がキツイ。でもお互いまだ狂えないよな。あと少し、耐え抜こう)
 この戦いが終わればきっと、何らかの形で決着がつく。それまでは。
「フレイ」
 そのフレイに、一歩進み出る『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)。
 声に顔を上げた黒翼は、しばしその白騎士の佇まいを見て――厳しい表情を僅かに緩ませた。
(貴方はとても眩しかった。誰かを護る事に誇りを持ち、自分の手がどこまでも届くって信じている貴方が)
 レイリーにとって、フレイは唯一無二のヒーローだった。彼の在り方が、今の彼女の礎だった。そんな彼へ最大限の敬意を示すべく、レイリーは高らかに名乗りをあげる。
「私の名はレイリー=シュタイン! フレイ・イング・ラーセン、貴方に会いに来たわ!!」
 騎士の決闘を思わせる名乗りに、『愛し人が為』水天宮 妙見子(p3p010644)は彼らの事情を察する。彼らは元から敵対していたわけでは無かったのだ。ただ、何か譲れないものがあって、この形の出会いになったのなら――妙見子にできる形で救いたいと感じ、彼女は啓示の祈りを捧げるのだった。
「まだわたし達の言葉はわかるようですね。魔種にこの様な言葉をかける気など微塵もないですし、ドノツラ……と言ってやりたい所もありますが」
 どこか不本意そうな、『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)の語り口。しかしその真意には、彼女なりの友情があった。
「盾役のよしみです、あとはお任せを。正気を失った時は苦しまず逝かせてあげますよ、嫌なら意地でも耐えるか人に戻りなさい」
 もっとも、魔種へ反転した存在が反転前の存在へ戻った前例はない――リカも、そして『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)も、そのことは承知している。
 だから、これは『旅立ち』だと認識する。友人達の最後にして、最初の。
「舞台は整った。最後の別れにも、新しい旅立ちにも見える。
 これは序章であり、閉幕。
 踊りましょう、人生最高の時間にしてあげるわ!」

 ――神がそれを望まれる!


「ラダ、妙見子、烙印は大丈夫か」
 項と胸元にそれぞれかなり進行した烙印を持つ二人をアルトゥライネルは振り返る。
「問題ない……事もないが、今はまずノルンを」
「ここは王宮の外ですしね。ノート様は、私が頑張って抑えておきますから!」
 返答すると、ラダと妙見子はノートを見据え駆け出す。
「あら……?」
 向かってくる二人を前に、ノートは目を丸くしていた。フレイが護衛に来ないのだ。少し考える素振りを見せた後、彼女は面白そうに微笑む。
「なるほど……フレイがどれほどノルンが大切なのか、よくわかったわ」
「わかったなら、今すぐに返せ!」
 ラダの蹄が力強く砂を蹴り、ノートの元へ飛び込む。すると夜を揺蕩う風が黒髪の形を取り、飛び込んでくるラダを絡め取ろうとする。ラダはこれをKRONOS-Iで咄嗟に撃ち抜くが、撃った傍から髪が再生してキリが無い。
「『黒き災厄』! 同じ災厄である者同士、共に踊りましょうか!」
 そこへ、妙見子が高らかに名乗りを上げる。
「北辰が化身、水天宮妙見子がお相手致しましょう!」
 ノートの前に立ちはだかる妙見子。ラダも近くまで踏み込んでいる。
 この状態なら――!
「――……っ!」
 音を出さず、声も出さず、二人の影に紛れていたアルトゥライネルが飛び出す。放ったショウ・ザ・インパクトがノルンを抱くノートに僅かな隙を作ると、すかさずその腕からノルンを奪還した。
 妙見子がノートを更に引き離し、ラダはアルトゥライネルと共に最後尾まで撤退する。
「フレイヤ、様……ノート様、は……」
「意識はあるか。すまない、ノートに気をつけろと伝えそびれていた。一見優しい奴が一番危ないものだってな」
「ノート様、が……何故……?」
 ラダが謝罪と共に短く忠告するのを、苦しげな息で問い返すノルン。ノートはフレイヤの攻撃からも自分を守ってくれたのにと、彼女の中には相変わらず疑う余地が少ないようだ。
「詳しいことは後の方がよさそうだ。このままノートがノルンを渡してくれるとも思えない」
 アルトゥライネルが見渡す黒き戦場には、ノートをノルンから引き離すべく鉄扇で粘っている妙見子の他、フレイヤやフレイと対峙しているイレギュラーズ達の姿がある。
「意識があるなら見ておくといい。アンタが信じたいもの、アンタを守りたいもの、誰が何のために戦ってるのかを」
 言いながら、アルトゥライネルはノルンに背を向け『紫染』を構える。ラダもフレイヤの元へと駆け出していった。


 ノルンの救出が行われたのと同じ頃。
 黒き加護を得たフレイヤの呪力は、甘い芳香と共に目に見える刃となってイレギュラーズを襲っていた。
「あなた達もノルンも殺す。フレイがよそ見なんてできないように……!」
「本当に醜い嫉妬……そんなんで本当にお兄様の心をつかめると思って?」
 眉をひそめたリカが瞑想によって引き出した魔力を魔剣に注ぎ込むと、フレイヤの白い肌に解き放ち赤の花を幾重にも咲かせる。
「魔種(まがいもの)にも心ってものがあるんじゃないんです? 知りませんけどね!」
「私は誰よりもフレイを愛してる!!」
「ああ重い。か弱い花なら折れてしまうでしょうね」
 リカに憤り、流れる己の血すら彩りとして愛を叫ぶフレイヤ。そんな彼女へ向けられるのは、『司書』イーリンの懺溜の魔眼。獣性を呼び起こす視線は、慈しみすら感じさせるように甘く優しく細められる。
「ごきげんよう、花を手折る貴方。貴方は今宵までに薔薇(フレイ)を摘むことができなかった。哀れね。ああでも、おそろい――」
「その声でフレイを呼ばないで!! 次はその口を貫くわ……!」
 フレイヤの青い瞳が射抜くようにイーリンを睨み付ける。その言葉が予告であることは明らかだ。わかっていて、イーリンは言葉を重ねる。
「情熱的なお誘いをありがとう。でも、『おそろい』で良かったじゃない」
「何を言って――」
 その言葉が不自然に途切れる。イーリンから煽られ他に目が行かなくなっていたところへ、イズマのアンジュ・デシュがその動きを封じたのだ。
 正直、イズマとしてはイーリンのあまりにも狙った言葉選びに乗せられてしまうフレイヤに同情を覚えないではない。
「フレイさんは、反転してでもノルンさんを守りたくて。貴女はそのノルンさんを殺したいなら……振り向いてもらうのは厳しいと思うよ」
「あなたもそんな風にフレイを騙るのね……それともノルンがそう言うの? そうなのね?」
 もはや一刻も生かしておけぬと、ノルンの元へ跳ぼうとするのをイーリンが立ちはだかる。
「今は私と踊ってほしいわね。それとも私が怖いの? フレイのことを好き勝手に『騙る』この私に、負けを認めるのね。『色欲』にまで堕ちて、大したこと――」
「あなたは今すぐ殺すわ!!」
 フレイヤの激昂と共にイーリンの足元から生じた黒い蕾が彼女を覆い隠すと、呪いの黒百合として開花しイーリンをその花芯で貫いた。聖骸闘衣の守りすら侵蝕してこびり付く『黒』の呪いは、フレイヤの強すぎる執着そのもののようですらある。
「イーリンさん!」
 すぐさまイズマがアルクル・レトワールの輝きでイーリンを癒すが、イーリンは噎せながら血と混ざった黒い呪いを口から溢した。
「いい、じゃない……殺して、みせなさいよ……私も『ちゃんと』、貴方を愛してあげる……!」
 この期に及んで、彼女はフレイヤを煽ることをやめない。文字通り『命を懸けて』、煽り続ける。

「いいこと、教えてあげる。貴方には、フレイに今、思慕を吐露しているレイリーは……どう映るのかしらね……っ」


 ノートとフレイヤの戦端が開かれた頃。フレイは動かず、何かを耐えるように片腕を押さえ続けていた。
「フレイ、大丈夫ですか? 魔種になると正気が保てなくなるのですか?」
「今は……何、とか……。ノルンが、死ぬかもしれない、って思った時……急に……」
 母として、子の苦しみを代わってやれたらどんなにいいか。フリッグが足を進めるのを、フレイは引いて拒む。
「俺は……、俺の意志じゃない、力で……、ノルンや、母さん達を……傷つけたく、ない」
 フレイが強い力で押さえつけている場所からは、爪が食い込んで血が流れ始めている。そうまでして、『味方を守る』という役割を押し止めてまで動かない理由、とは。
「……フレイヤと一緒に、ここで討たれるつもりですか?」
 これ以上、『自分の意志でない何か』に蝕まれてしまう前に――その問いにフレイの答えはなかったが、否定もなかった。

「フレイ」

 黒い『強欲』の衝動に抗い続ける彼へ、レイリーが明るく言葉をかける。
「強欲であっても良いじゃない」
 それは、決して衝動に負けてしまえという意味ではない。ある意味、苦しい今よりも更に過酷な選択だ。
「フレイ、貴方は全てを護りたいって言ってたよね。自分の手がどこまでも届くと信じると見え方が変わるって、覚えてるわ」
 『一人で全てを護る』など、できるはずもないと思っていた。
 だが、他でもないフレイ自身がそれを実践してきたのだ。
 その姿にレイリーも、彼のように『一点を抑えつつ助けの手を戦場全てに届ける』という戦い方を得るに至ったのだ。
「貴方の全てを護りたいって心が私は大好きで憧れ。今の貴方なら、信じればその手はどこへでも届く。
 衝動や歪んだ加護なんかに負けないでよ、限界などいくらでも越えられるでしょ!」
 フレイが足を引く前にレイリーが歩み寄ると、彼の手を握り締める。
「貴方の、この手は! どこまでも届くの! 誰かを護る盾役の精神に、イレギュラーズも魔種も関係ないんだから!
 私が貴方の夢を護るわ! フレイ、貴方は貴方の信じる通りにやりなさい!」
 正面から逸らすことなく向けた視線は、彼の赤い瞳の底まで見通す。
 彼女の手は、魔種に堕ちた者を掬い上げることはできない。
 しかし、その言葉は。

「――ああ。ありがとう」

 深い息と共に、フレイの表情が緩んだ。その顔にレイリーの顔が綻んだのも一瞬。
 二人はすぐに、今護るべき者を護る者達へと変わる。
「……私と一緒に踊ってくれないかしら、フレイ『殿』。私の手の届く範囲は全て護ってみせるわ」
 芝居がかった所作で跪きレイリーが誘うと、黒翼を大きく広げたフレイがその手を取って立ち上がらせる。
「ここからは一切加減しない。俺も、俺の護りたいものを譲れない」
「ええ! 持てる全てで……踊りましょう!」


「……ノルン様、具合はいかがですか。回復はしておきましたが……」
 妙見子の熾天宝冠を受け、自力で起き上がれるほどにノルンが回復すると、妙見子は僅かに安堵する。
「もう少し早くに回復したかったのですが、あのノート様から目を離すこともできず」
「今は……どうなって」
 案じる声に地響きが重なる。二人の視線の先では、フレイヤを仲間に任せてきたリカがノルンを回復させる妙見子に代わってノートを相手取っていた。

「フレイヤの嫉妬はぎりぎり人間味がありましたけど。アナタはそこそこ人間を捨てているみたいですね」
 リカが夢幻の魔剣にグラムの雷を纏わせ放つ。雷は黒い夜を切り裂いてノートを襲うが、彼女は傷付いた身体に黒い風を纏って興味深くリカを眺めた。
「だって、人間って不便でしょう? 面倒だし、理不尽だわ。でも、その理不尽こそが力を生むとしたら……ね?」
 リカを眺めていたノートの視線が、後方のノルンへ向けられる。まだノルンを諦めていないその視線を感じた妙見子も、ノルンを背に庇い鉄扇を広げた。
「けど……こんなに大切にされているなら、今回は預けておくわね。私はここで見たいものがあるの」
 ノートは突然戦いの構えを解いたかと思うと、長い黒髪を風に流し、その末端から溶けるように消えていく。
「おや、もう撤退ですか?」
「私の力と形を引くあの子達が何を選んで、どんな風に生きるのか。よそ見なんて勿体ないでしょう――?」
 リカへ話す最中に、彼女自身の白い肌も黒に溶けて見えなくなる。『見たい』と言っていた以上まだこの場にいるのだろうが、これ以上本人が戦うつもりは無いのだろう。
 その意図には謎が多く残るが――イレギュラーズの狙いは、これで絞られる。

「ラダ、そっちから頼む!」
 フレイヤへの攻撃を援護するアルトゥライネルが悠久のアナセマを飛ばす間に、駆け込んだラダがデザート・ファニングSSの連射を撃ち込む。
(どいつもこいつも勝手なことだ)
 ノートも、フレイもフレイヤも。思うままに生きる事は肯定したいが何事も節度があるのではないかとラダは思う。
(――それを失ったからこその魔種なのだろうが)
 思いはすれど口にしない。所詮は部外者の感想に過ぎないとも思うからだ。
「フレイヤ。その想いは、ここで終わらせるのが互いのためだ」
 ゼロ距離まで踏み込んだイズマがフルルーンブラスターを叩き込めば、避けきれなかったフレイヤが砂漠へ腰から落ちる。
「フレイは助けに来ないわよ。そして貴方は、ここで手折られる」
 イーリンが月神狩の魔力剣に星の燐光を集める。その輝きは残酷なほどに優しく、その優しさのままに彼女は囁いた。
「貴方……本当は『愛されてから嫌われることが怖かった』んでしょ。だから愛されないことばかりした。違う?」
 ――安心して。私『だけ』が覚えておいてあげる。
 抱きしめる距離まで近付くと同時、白光が白い彼女を貫いた。
(相変わらず人を誑かすのが上手いのねえイーリンちゃん……多分夢魔より、なんてね?)
 その様を見届けたリカは、視線を移してフレイ達の様子を見る。

 固めたはずの守りを貫いたフレイの黒の宣告からフリッグの助けも借りて回復しつつ、レイリーはフレイを見ていた。
 フレイも、レイリーから受けた傷は少なくない。しかし、『強欲』の衝動に呑まれかけていた彼の最後の理性は、彼女の言葉によって保たれている。
 これが今だけの奇跡なのか、この後も保てるのか。いずれにせよ、最高の形で踊れるのが『今』だけなら。
「フレイ――――!」
 刻まれた傷の痛みを魔力に変え、神滅の魔剣とする。
 彼の手に握られた漆黒の剣が振り抜かれるのを恐れず、二つの剣は交差して――。

「フレイ……フレイ!!」
 黒い羽根を散らして倒れそうになるフレイをレイリーが抱き留める。その様子に決着を悟ったフリッグが駆け寄ると、フレイは浅い息で彼女に訴えた。先にフレイヤを、と。
 フレイは彼女の結末を見ていたのだ。
 彼に促されるまま、フリッグは虫の息のフレイヤの元へ向かう。
「フレイヤ……どうしてノルンを傷付けたの? あなたは、それでもフレイが欲しかったのですか? フレイが、望まないことをしてでも。嫌われても?」
 泣きながらフレイヤを抱き寄せ、その頬を撫でるフリッグ。
「優しい、フレイが……怒ってくれるのは……私だけ……。悪い子に、なれば……私、だけを……」
「……こんなこと、わたくしが言う筋はないですが。悪い子は怒りますよ!」
 額を寄せ合う二人の元へ、黒い翼を引き摺るフレイが重い足取りで歩み寄る。
「母さん……フレイヤには、俺からもよく言っとく。もう、心配いらない、から……」
「兄様」
 イレギュラーズに無事護られたノルンがフレイを呼ぶ。
 赤の視線同士が結ばれて、語られるべき言葉は数多くあったはずなのに。

「……巻き込んでごめんな。ありがとう、生きててくれて。どうか、自由に」
「……はい」

 ノルンの返事と、彼女を必ず生かすと約束してくれたイレギュラーズに心底からの安堵を顔にして。
 最期まで倒れることのなかった『守護』の黒翼と、『白銀』の娘は、その肉体を朽ちさせて消滅した。


「……罪だ贖いだと思うのなら行動すべきだと、私は思うがね」
 残されたイレギュラーズ達の中で、ラダの言葉はノルンに一筋の道を示すものだった。
「何もしないことは自罰行為にも及ばない、ただの怠慢だよ。知識も経験も贖罪の為と思って貪欲に吸収しろ。
 無学無才の者にできる贖いなど大してありやしない。世の中そんなに甘くないんだよ」
 その言葉に瞠目しながらも、ノルンはまだ迷いがあった。
「……あらゆる痛みを受け入れて。あらゆる望みを捨て去って。死にながら生きることだけが唯一の償いだと……『白き枝族』の皆様に教わりました」
 だから恐ろしいのだと、ノルンは吐露する。何かをしたいと望むこと、それ自体が。
 現に『兄様』との時間を望んだ結果、こうなってしまったと。
「あなたはもう苦しまなくていいのですよ。今までごめんなさい……」
 ノルンを抱きしめるフリッグ。そして――彼女さえ許すのなら、母となりたいと。
 フレイのように、家族として愛し護りたいと告げたのだった。

 ――黒き夜は、間もなく明けることだろう。

成否

成功

MVP

レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ

状態異常

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)[重傷]
流星の少女
レイリー=シュタイン(p3p007270)[重傷]
ヴァイス☆ドラッヘ

あとがき

 大変長らくお待たせしてご心配をお掛けすることとなってしまい、申し訳ございません。

 本リプレイを以て魔種『彼方の白銀』フレイヤ・ソーン・シュネーヴァイス、並びに魔種『守護災厄』フレイ・イング・ラーセンの討伐成功となります。
 『黒の災厄』ノート・ウイルド・シーデーンについては引き続き生存しております。
 旭吉として初めて扱ったキャラクター様の反転、その結末、そしてPPPということもあり、悩む部分も多かったですがこのような形で描写させて頂きました。
 称号は、その言葉で小さな奇跡を引き寄せた貴方へ。
 ご参加有難うございました。

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