シナリオ詳細
<月だけが見ている>血濡れ堕ちた羅刹の刃
オープニング
●
ガラス張りにも近い大きな窓が続いている。
覗くまでもなく映る外の景色は明けることのない夜。
時間の経過をまるで感じぬ美しく妖しい月に照らされ、辺りの景色は異常な明るさを帯びている。
華美に過ぎる装飾品に彩られた内部は整えられているように見えて、崩れている部分も見受けられた。
ここは『月の王宮』――『吸血鬼』達の領域であり、本拠地。
一部崩れ落ちるは場を維持していた『夜の祭祀』に綻びが生まれたが故。
「なぁ、綺麗だと思わねえか?」
無限に続くが如き廊下の一角で、そんな声がする。
月明かりに照らされた銀色の髪が揺らめき、紅の瞳がこちらを見やる。
「変わることのない月、綺麗な真円を描くあの月を浴びながら、この国は生き続ける。
綻びかけてるところがあるのなら、またやり直せばいい」
そういうと、女は身体ごと此方を向いた。
正面に向きなおした身体には無数の傷痕が残っている。
「この王宮は女王陛下の御所、アンタらが暴れたら、あの美しき姫の不機嫌を買っちまうかもしれねえ。
まあ、懐の広いあの方だ。気にせずアンタらの足掻きを笑って許してくださるかもしれねえが」
ごきりと首を鳴らして、女は笑っている。
「どうだ、アンタら。今からでも吸血鬼にならないか?」
赤黒い刀を握り締め、女は言う。
武器を構えたイレギュラーズの返答に、吸血鬼はくつくつと笑い、短く「だろうな」と呟いた。
「さぁ、再戦と行こうかローレット、陛下のお耳を騒がせるのも悪い。
ここで死んで、陛下のための餌になりな」
紅の瞳を宿した貌には獰猛な笑みが刻む。
そんな吸血鬼とイレギュラーズの間に影が10個伸びた。
幻想種を思わせるそれらは、偽命体だろうか。
だが、それらの首筋に浮かぶ烙印の花はそれがただの偽命体ではないことを示す。
吸血鬼――だが、そういうには少しばかり弱そうにも見える。
●
「……そうですか」
すずな(p3p005307)はその言動を酷く哀れに思う。
「はじめちゃんの言っていた通りでしたね」
「……そうね」
ちらりと隣を見たすずなは、そこに立つ昔馴染みがどこか悲しそうにも寂しそうにも見えるのを確認する。
ネーヴェ(p3p007199)は眉を顰めたい気持ちと誇らしく思う気持ちが同居していた。
(わたくしも、外から見たら『あぁ』見えてしまうの、でしょうか)
この王宮のどこかにいるであろう『女王』へと思い焦がれ感覚。
彼女にどうしようもなく本能的に惹かれるような、それその物も誇らしく思うような感覚。
それは間違いなく、胸のどこかにある。
(……いえ、そのようなことは、ない、はず)
水晶化した脚を見やり、ふるふると頭を振る。
「やっと見つけた。今度は逃がさないんだから!」
そんなネーヴェの様子に気を掛けつつ、フラン・ヴィラネル(p3p006816)は敢えて声をあげた。
フラン自身、実のところはネーヴェと同様に女王へと本能的に焦がれるような思いを抱いている。
無理矢理にそれを抱かされる者同士だからこそ、下手に声をかけるより、支えるように声をあげた。
「――逃げも隠れもしやしねえよ、元よりする場所もありゃしねえ」
「――ええ、ここで白黒つけましょう。きっちりと、倒してみせましょう!」
「そうだ、それでいい。さあ、最期の殺し合いといこうか――女王陛下のためにもなあ!」
闘志を露わに剣士が目を見開いて笑う。
●
選抜されたメンバーが月の王宮へと到達する以前、はじめが語ったことを思い出す。
「……あんた達にこんな願いを言うのは違うかもしれない。でも、お願いがあるの」
そう口火を切ったはじめは、菖蒲という剣士の事を語る。
「――多分、あいつはもうとっくの昔に正気じゃないわ。
薄々は勘づいてた。でも、それが烙印の影響だってのなら仕方ないことだとも思ってた」
沈痛な表情にも見えるはじめに、その表情の動きにすずなは少しの驚きと共に声をかける。
「はじめちゃん?」
「あいつは、もう手遅れよ。きっと……」
「どういうこと?」
首をかしげて重ねるようにフランが問えば、はじめは自分を奮い立たせるように深呼吸をした。
「――あいつはね、菖蒲は、誰かを主君と認める類の人間じゃないわ。でも、あいつはずっと」
「女王、陛下、と」
ネーヴェは小さく声に漏らす。
そうそれは一見すると立場あるモノへ敬称を付けているだけのようにも見えるが。
だが、そもそもの前提として『敬称を付けていること自体』が敬意を示しているという証拠でもある。
「では菖蒲さんは、もう既に」
「自業自得、ではあるわ。でも、そんな生き恥、これ以上あいつに晒してほしくはないわ」
複雑に入り混じった感情を露わに、少女はそう言っていたか。
――振り返り、改めて眼前の吸血鬼を見やる。
菖蒲と名乗るその吸血鬼は、白髪紅眼、ネーヴェと似た組み合わせの髪と眼の色。
そのこともまた、ネーヴェに烙印が刻まれた一因ではあったが――その風貌は、『はじめの知るそれではない』のだとか。
即ちそれは、『外見すらも変じる』烙印の最終段階を、とうの昔に通過したその証拠であった。
分かり切っていた答えを胸に、完全な狂気に陥った哀れな剣士へと、イレギュラーズは剣を向けた。
- <月だけが見ている>血濡れ堕ちた羅刹の刃完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月25日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「なるほど、烙印というのはこういうものか……やれやれ、ますます時間を掛ける訳にはいかなくなってきたね」
肩を竦めた『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は愛銃を抜き放つ。
(本当であればゆっくりとこの王宮を調査したいところなんだが、そうも言っていられないか)
学者としての血が騒ぐのを感じながらも、ゼフィラは愛銃に魔力を籠めた。
打ち出された弾丸は銃口に展開した魔法陣に魔力を通せば、陣から召喚された魔力で出来た小さな鳥の群れが一斉に飛び出していく。
(菖蒲という人は…変わり切ってしまった。もう戻れないんだね……ならば、皆が望む決着を。その為にも僕もできる事をする!)
魔導書から魔力を循環させ、『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は前へ。
充実した魔力は不可視の波紋を打ち、偽命体の身体を浸透する。
精神を揺さぶる嫌がらせじみた魔力の波は夜空への敵愾心を煽るもの。
「偽命体にされた上、吸血鬼もどきにまで……ごめんね。せめて、終わらせるよ」
血で出来た武器を握る吸血鬼擬きとでも言える偽命体たちは唸るようにしてヨゾラを警戒している。
「……貴女は、もう…元々の、貴女では、ないのです、ね。
強さを追い求めていた、そのはずなのに……貴女の求めるものは、変わってしまった」
「そうかもな……けどまぁ、それも悪かないってのが今の気分でね」
椿のような赤い脚を踏みしめ、『星に想いを』ネーヴェ(p3p007199)は一つ息を吐いた。
「間違いを正せないのなら……はじめ様の仰る通りに」
一呼吸でネーヴェは一気に翔け出した。
「烙印ってのは、此処まで人を変質させるものなのね。
かつての自分が見たらどう思うのかしら。成りたかった姿に成れたのか、変貌を受け入れずに拒絶するのか……」
菖蒲の様子を見やり、『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は僅かな感傷のようなものを抱き。
(……なんて、ダチに手を貸しに来たんだ。感傷の前に銃ハジかなきゃな)
既に弾丸は籠められ、砲声の響く時を待っている。
(殺気に首筋がチリチリする……気持ちで負けてられない)
身を低く戦闘態勢をとる『無尽虎爪』ソア(p3p007025)は視線を菖蒲に向ける。
獲物を狙う虎のように呼吸は静かに、ゆらりと動き出す。
「私だって薄々そうじゃないかと、気付いていましたが――貴女は、もう。永倉肇の恩人だった頃の貴女ではないのですね」
「はっ、アタシはアタシだよ。何も変わっちゃいないさ」
改めて菖蒲へと剣を向ける『忠犬』すずな(p3p005307)に、菖蒲が肩を竦める。
「……決着の時です――行きますよ、永倉肇。
此処で決めなければ、貴女の恩人は救われない。六文銭を握らせる準備と覚悟は良いですか」
「言われるまでもなく出来てるに決まってるわ!」
「端からそのつもりだろ、さぁ――やろうぜ、ローレット」
ほぼ同時、すずなとはじめ、菖蒲は動く。3人の刃が月下に白刃を閃かせる。
(この前は逃げられちゃったし、今日はリベンジで、きっとやり合うのも最後)
笑う菖蒲を見ながら『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は呼吸を一つ。
「あたしがついてるんだもん、絶対負けない! だからタイムちゃん、そっちは任せたよー!」
「うん、こっちは抑えてるからフランちゃんも無事でね!」
「もちろん! 2にんでいれば無敵だよ!」
ほんの少しの心配を胸に秘めつつもその返事に頷いて、『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は視線を菖蒲に向けた。
「決着をつけよう、菖蒲さん、絶対負けないんだから!」
「そんくらい自信があってもらわねえとなぁ!」
闘志をぎらつかせる菖蒲に真っ向から向き合って、フランは魔力をすずなへと送り込む。
「……烙印の症状が随分と進んでしまったようね。
そんな姿になる為に烙印を受け入れたの? それで満足かしら?」
タイムはそっと問いかける。
「さてな、その辺の事はあんまり覚えてないんだな、これが」
肩を竦めて言った菖蒲を見つめつつ、タイムは手を握り締めた。
(聞いたところで答えているあなたは一体誰?)
それさえも聞いてみたところで、ほとんど意味はないのだろう。
「……いくら強くなっても、自分自身を見失っては元も子も無いじゃない」
小さな呟きは、剣戟を繰り広げる菖蒲には届いていない。
一つ溜息を吐いて、タイムは顔を上げた。
「あなた達はこっちよ!いらっしゃい」
それは夜空へと意識を向けずにいた偽命体たちを釣り上げるための声だ。
●
「あまり壊したくはない……というわけにもいかないか」
ゼフィラは小さく呟きつつ、銃口を天井に向けて引き金を弾いた。
放たれた魔弾は天井に炸裂すると、魔法陣を描いた。
響き渡るは清らかなる唄、聖体頌歌は穏やかな響きをもって戦場に降り注いだ。
偽命体の動きを抑える2人を癒す柔らかな音色は戦線維持の重要要素の1つ。
血の斬撃がタイムを斬り裂いた。
閉ざされた聖域を削る血の斬撃を見やり、タイムは聖歌を詠う。
柔らかな音色はタイムだけではなく、同じように偽命体と渡り合うヨゾラの傷も癒していく。
偽命体たちはヨゾラを警戒しながらも襲い掛かってくる。
受けた嫌がらせに対する報復であるというが如く。
「菖蒲さんと決着をつけたい人たちがいる……君達に邪魔はさせない……!」
背中に刻まれた魔術紋が輝きを放ち、手に持つ魔導書がそれと呼応するように輝きを放つ。
「飲み込め、泥よ。混沌揺蕩う星空の海よ――星空の泥」
星々瞬く空のような暗くも美しい泥が溢れだして偽命体を絡め取る。
「わたくしはまだ、立ち止まれない。烙印なんかに、負けられない。望む力のために、烙印はいらないの。
陛下のための餌になることも……仲間を餌に差し出すことだって、しないわ!」
ネーヴェは慣性の乗るままにネーヴェは菖蒲へと脚撃を叩き込む。
「そりゃあ、悪いね。立ち止まれないなら、負けられないってんなら、足掻き続けな白兎!」
剣の腹で受けた菖蒲にはじき返されくるりと着地すれば、そこへ仲間の攻撃が走る。
「ふふん、ボクには雷の守りがあるからね」
飛び掛かった自身へと振り抜かれた斬撃を受けたソアは自信満々に胸を張った。
「なら、その雷もろともたたっ斬ってやるか! これもある種の雷切だろ」
獰猛な狩人の顔で告げたソアに返すように菖蒲が笑った。
「勝負だよ!」
爪を刃のようにしてソアは切り刻んでいく。
「ちぃ。性質の悪い技を!」
悪戯な斬撃は天運に見放されるべきを押し付けるもの。
「ボクの爪は刀にだって負けないんだから」
そのままソアは連撃を撃ち込んでいく。
ずたずたに斬り裂く連撃はそれが敵の専売特許ではない事を示すもの。
「随分と小手先の利いた戦い方するじゃないの」
コルネリアは一気に跳びこんでいく。
「そんなブツ握ってる割に、前に出てくんのか!」
「ガンナーが前に出ちゃおかしいかい?
馬鹿言っちゃいけないわ。ガンナーってのは、どんな距離でも撃てるもんなのさ。すずなやはじめの前にちょっくら付き合ってくれや」
「はっ、言いやがる。だとしても剣の間合いでぶっ放すってのは狂ってるだろうよ!」
命を力に換えて打ち出す轟炎の零距離砲撃が菖蒲の身体を貫いていく。
「すずなぁ! 気張って殴ってきな! 負けたら承知しねぇからなぁ!!」
「えぇ――分かっていますとも、コルネリアさん」
答えると共にすずなは踏み込んだ。
美しい軌跡を描く斬撃はふわりと薙いで空に打ち上げる。
切っ先は静かに菖蒲へと吸い込まれていった。
「やはり、随分と動きが悪いですね」
「はっ、そりゃあ悪いね、こう見えても本気でやってるんだけどね!」
「菖蒲さんは確かにすっごく強い……けど、皆が全力で決着を付けられるように私が支えれば、勝てるんだから!」
フランは半ば縋るような気持ちも半分に啖呵を切って、そのまま術式を発動させた。
月の王国にあらざるはずの暖かく柔らかな陽光を思わせる温かな風が吹きつける。
菖蒲の攻撃は単体攻撃のみならず、近接へと振り抜かれる斬撃の幾つかには周囲をも巻き込んで切り裂くものがある。
フランはそう言った攻撃を受ける事すら気にせず、最前線で仲間達を支え続ける。
●
美しい花弁が廊下に彩りを添えて行く。
「――ッ」
タイムはそれを見て息を呑んだ。
仲間の傷を変質させる血は正しく烙印の進んでいる証明。
熾天の宝冠を下ろしながら、タイムは手をキュっと握りしめた。
「邪魔をさせるわけにはいかないんだ」
ヨゾラは魔導書のもたらす魔力を掌に集束させていく。
背中に背負う魔術紋は星光が瞬くように鮮やかに輝いている。
それらは魔導書を媒介に集束を繰り返し、夜に輝く一等星の如き輝きを放ち始めた。
「――夜の星の破撃(ナハトスターブラスター)!!」
肉薄するのと同時、目の前で剣を振り上げた偽命体めがけそれを叩きつければ、星産みの輝く如き閃光が炸裂する。
「しつこいね、アンタも!」
鮮やかな斬撃を斬り開かれながら、コルネリアは笑ってみせる。
「そりゃそうさ、アンタを仕留めるのはネーヴェや、他の奴等に任せてるんでね。
女王陛下とやらは知らねぇが、テメェは此処で終わりだ」
福音砲機そのものを鈍器代わりにして思いっきり殴りつけてやれば、それは勇気と覚悟を載せた壮絶なる一撃となる。
「はっ、ならその前にアンタぐらいは斬り伏せとかないとな!」
(菖蒲を倒すまでの時間稼ぎだ、無理をする必要はない、戦線の維持に集中しなくては)
ゼフィラは再び術式を展開しながらその一方で辺りの事を見渡している。
菖蒲との戦闘は順調に進んでいるようだったが――術式を編み込んだ銃弾をそちらに向けて射出する。
天井へと炸裂し、熾天の宝冠を下ろす術式がコルネリアを癒していく。
「月は、変わらず綺麗です、ね。最後までわたくしと、お付き合いいただけるかしら!」
ネーヴェはふわりと菖蒲の前に立ちふさがる。
華奢な兎はその魅力を全開にして再び向きなおす。
「あぁ、全くだ。アンタとも斬り合わなきゃ後悔するところだろうよ」
確実に削られている菖蒲はそれでも獰猛に笑っていた。
その様子を見ながら、ソアは密かに己の身を爪で裂いた。
溢れる血が花になって散らばり、小さなじくりとした痛みが走る。
「……こんなのは嘘だ。許さないよ、人の心を弄んで」
ぐるると喉を鳴らす。
燃えるような怒りが、獣の本能をより一層と強めるようなそんな感覚。
浮かんだ傷を自ずから癒して、ソアは意識を逸らすように牙を剥いて攻めかかっていく。
「虎の嬢ちゃんもどこぞの吸血鬼に魅入らされた口かい? なんだ、意外とここにも数いるんみたいだな」
微かな笑みと共に言われ、ソアはギラリと睨み据えた。
振り抜かれた剣を弾き、返す刀ですずなは刀を振るう。
「矜持と誇りを捨て去り、女王陛下とやらに媚び諂う。
それが烙印によるものだとして――抗う素振りすらない今の貴女を、かつての貴女なら恥じるのではないですか?
少なくとも……同じ剣士として。私ならそう思います」
「少し前までのアタシなら、たしかにそう思ったかもな。でも、今は存外悪い気分じゃなくてね!」
僅かな拮抗、僅かに蹴り付けられて拮抗は外れた。
「誰かを守りたいって思う時が、あたしは一番強くなれる。
だから、女王の声なんて知らないし、それに負けて自分を攻撃したってその痛みで目が覚めちゃうねーだ!」
「いや、攻撃したなら負けてんじゃねえか! ははっ、笑わせる――ったく、こちとらあんたらを倒すのに気ぃ張ってんだぞ」
フランがふふんと胸を張って言えば菖蒲が笑う。
けれど、答えとは裏腹にその太刀筋が緩んでいないことはフランが見ても分かる。
●
戦いは続いていた。
激しい攻防はしかし、明らかに疲弊していた菖蒲を確実に追い落としていた。
「……流石に、きついか、女王陛下のために全力を賭してるはずなんだがね」
菖蒲が舌打ちと共に剣を薙ぐ。
血の花弁が廊下を見えなくするほどに散らばりつつある。
「……貴女の想いも、わかるのです。我々の敬愛する女王陛下。あの方のためにと、思ってしまう。
けれども、菖蒲様。貴女が求めた、強さは……そこに、ありましたか、姿も、想いも捻じ曲げて。満足のできる強さに、なれましたか」
出せるだけの動きで攻め立てるネーヴェは問う。
「満足、満足ねえ。思えばもう随分と、そんな気持ちになったことないかもな! もしかしたら、アタシが求めた力ってのと、確かに違うのかもしれねえ。
アンタはどうだ、白兎。アタシはどうにも無理だったが、人ってのは頼り頼られなきゃ生きてけねえらしいぜ」
振り抜かれた剣閃、ソアはそこへ割り込んだ。
鮮やかな軌跡を描いた血色の太刀がソアへと振り下ろされる。
それをソアは待っていた。腹部を晒すようにして受け止める。
「捕まえた――お返しだよ!」
ぎらりと剥いた爪を、思いっきり振り抜いた。
月の光にきらりと反射した爪は真っすぐに菖蒲の身体を捉え、引きちぎるようにして斬撃を打つ。
「……菖蒲さんにだってまだ矜持は残っているでしょう? 自分が誰か忘れないで! 吸血鬼なんかじゃない!」
タイムは仲間達へと癒しを齎す聖歌を詠い、そのまま声をかける。
「……矜持、ねえ。矜持、か」
苦笑でもするように呟いた吸血鬼が不意に目を伏せた。
「今だけでも本来の自分を思い出してほしい、せめて、剣士として後悔の残らない戦いを――」
どこか祈るようにタイムは言う。
「そんなもん、この城に入った時に捨てちまった気もするが――」
小さく自嘲した菖蒲はすっと剣を上げた。
それまでの獰猛さは鳴りを潜めている――けれど、ぴりりとする殺気は逆に冴えているように見えた。
「良いじゃねぇか」
コルネリアはその表情を見て、気迫を見て立ち上がると銃を構えて前に出る。
「……これで終わりにしましょう」
「そうかい、ならしかねえな……本気でこいよ、すずな! それに――」
すずなは静かに剣を構えて動き出す。
静かに構えた切っ先が菖蒲の剣と僅かにふれあい、そのまま真っすぐに彼女の心臓部へと突き刺さる。
その一撃を押し込むように、はじめの一太刀が振り下ろされた。
●
「……終わったようだね」
ゼフィラはぽつりと呟くと、魔弾を偽命体へと向ける。
「ぁっぁぁ……ぁぁ?」
首を傾げた偽命体は、そのまま後退していく。
それはまるでこれ以上の交戦の無意味を悟ったような仕草だった。
「――はぁ、負けちまった。何が悪かったのかねえ……あぁ、やっぱいいや。分かっちゃいるし」
花弁の絨毯に大の字で寝転ぶ女が宙を見ていた。
「……菖蒲さん。私の友人を助けて頂き有難う御座いました――三途の先で、待っていて下さい」
警戒を緩めこそせず近づいたすずなの言葉に菖蒲は、疲労の滲む溜息を吐いた。
「煩わしい気持ちが全部、すっと消えちまった……久方ぶりに、随分と気持ちがいい。戦いってのは、終わった後こうじゃなけりゃなぁ」
小さく笑った女は、そのまま力を抜くように目を閉じる。
「せいぜい時間かけてくるこった、アンタら全員ね」
(少なくとも戦いが満足の出来るものだったのは確かだろうけど……烙印で変えられて、在り方を歪められて。君はこれで満足だったのかな……)
ヨゾラは少しばかり遠くから穏やかに目を伏せた菖蒲を見て、ぼんやりと思う。
目を閉じた女は憑き物の晴れたような穏やかな顔をしているのだから。
「はじめさんが言うような、ほんとの色で、真直ぐ剣を振るう菖蒲さんと――仲間として、一緒に戦いたかったなぁ」
フランはその様子を見ながらぽつりと呟いた。
「せめて、弔ってあげたい。全てが終わった後だとしても……」
ネーヴェは形を保ったまま倒れる菖蒲へと近づいた。
「……そうだね――おやすみなさい、菖蒲さん」
ネーヴェに頷いたフランがそう呟いて、ほんの少しだけおまじないをしてから立ち上がる。
「……ほんとに、最低だよ」
ソアの呟きは穏やかに眠りについた女をも歪めた烙印への静かな怒りだった。
●
思えば、剣を振るう日々だった。
たった1人で異世界に放り出され、訳も分からず砂漠の只中にいた。
慣れる為に、生きる為にあらゆる仕事をした。
強くならなくては、生きていけやしない。
どうしようもない思いを抱いて、一足飛びに強くなっちまう魔種なんていう連中がいる。
そんな世界では、強くなり続けなきゃいけなかった。
やがて、同じように流れてきた小娘の手助けをするようになった。
いつか超えたい奴がいるからと剣を振るう小娘は――故郷に置いてきちまったらしい妹を見てるみたいだった。
アイツが豊穣に旅立った後、少しばかり寂しくもあって――吸血鬼なんてもんになる直前の仕事は、真紅に輝く宝石を守る仕事だった。
(……ったく、守るべきもんに魅了されてこのざまってか)
選択に後悔はない――アンタらが2人で一緒に剣を握れてるならそれでいいんだ、きっとね。
――だから、せいぜい時間かけてくるこった、アンタら全員ね。
消えゆく意識の最後、おやすみなさいと、そう言われた気がした。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お待たせして申し訳ありません、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
早速参りましょう
●オーダー
【1】『吸血鬼』菖蒲の撃破
●フィールドデータ
月の王国に存在する王宮です。
何処をとっても非常に美しく、絵画の世界を思わせます。
帰属意識なのか、非常に強く女王に焦がれる他、烙印による影響が色濃く出てくるようです。
●フィールド特殊効果
月の王宮内部では『烙印』による影響を色濃く受けやすくなります。
烙印の付与日数が残80以下である場合は『女王へと思い焦がれ、彼女にどうしようもなく本能的に惹かれる』感覚を味わいます。
烙印の付与日数が残60以下である場合は『10%の確率で自分を通常攻撃する。この時の命中度は必ずクリーンヒットとなり、防御技術判定は行わない』状態となります。
●エネミーデータ
・『吸血鬼』菖蒲
戦闘狂の奇人、ついでにスタイルの良い女性剣士。白い髪に赤い瞳をしています。
異世界から混沌へと転移してきた『旅人』でしたが現在は『吸血鬼』となっています。
元々は茶髪に黒い瞳の、所謂『日本人』風の風貌だったようです。
外見さえも変質する烙印の最終段階、戻れない位置にいる様子。
月の王宮に入ったが故か、いよいよもって言動が『女王第一』に変じています。
強くなるためになんだってしたが故の末路であり、同情の余地のない敵ではありますが、
烙印の最終段階、『戻れない狂気状態』がどういうことかの証人ともいえます。
右の鎖骨の下辺りにグラジオラスの花が1輪咲いています。烙印でしょう。
武器は刀身が赤黒い血を思わせる野太刀。
すずなさんの関係者がラサで傭兵稼業をしていた頃にお世話になった女性です。
魔種相当の実力を有します……が、連戦に伴う疲弊により、HP/APを始めとした諸ステータスが低下しています。
日本刀を用いる戦闘タイプに例にもれず、【邪道】、【連】などを駆使するアタッカータイプ。
また、斬撃による傷は【致命】傷になりやすく、【出血】系列のBSを伴う可能性があるほか、
縫い付けるような斬撃は【凍結】系列のBSとなって動きを阻害してきます。
・『偽命体』吸血鬼擬き ×10
いわゆる偽命体です。外見は幻想種風。
全個体に烙印が咲いており、吸血鬼擬きとでもいうべき状態にあります。
血で出来た剣を装備した剣士風の前衛と血で出来た杖を握る後衛が半分ずつ。
全個体が神秘型です。
●友軍データ
・『吸葛』はじめ
すずな(p3p005307)さんの関係者さんです。
戦闘では二振りの刀を用いてのパワーファイトを繰り広げます。
【飛】や【連】属性の近接攻撃や、遠距離への単体攻撃を行ないます。
すずなさんよりは少しばかり力量不足ですが、誤差の範囲です。
戦力として十分に信用できます。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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