シナリオ詳細
<月だけが見ている>Vivere est militare.
オープニング
●
――ああ。愚かしい、くだらない。どうして誰も彼も馬鹿なのか。
女王に仕える吸血鬼へと堕ちてしまったソル・ファ・ディールは思考を巡らせていた。
目下、彼の悩みは王国に迫るイレギュラーズ達である。
その中には再び己が『弟』も混ざっている事であろう――
なぜ抗うのか。絶対なる力へと。
なぜ逆らうのか。力に仕える喜びへと。
「ソル。どうやら連中が来たようだな、随分と騒がしい」
「――ここに来るのも時間の問題か」
同時。そんな彼へと言を紡いだのはガルトフリートである。
疫病にまつわる伝承を持つ精霊ギバムントを祭る地の守護者……であった存在だが、博士の干渉によって彼は守人の役目を解き放たれ自由を謳歌している。いやより厳密には自身をこそ、誰にも恐れられるギバムントであると――
そう考えて、まるでソレそのものであるかのように振舞っているのだ。
彼は恐怖を教えんとする。
彼は恐怖を刻まんとする。
かつてギバムントがそうしたように……と。
「事、ここに至ってはもはや全て排除するしかあるまいな。
烙印を刻もうなどという考えは捨てる事だ」
「黙れ。その程度のことはわかっている」
そしてガルトフリートは告げるものだ、ソルへ。
ソルは烙印の導きに従って、女王の配下を増やさんとしていた――
故にある程度加減していた所もある。手を抜いていたというほどではなく、殺意の有無の話だが。
しかし。それも女王の安全があってこそのこと。
最早その身に危機が迫っているというのなら――殺すよりほかはない。
ガルトフリートに言われずとも分かっているのだ。
殺す。誰であろうが、これ以上踏み込んでくるのならば。
そしてソレはガルトフリートにとっても望ましいことであった。
ガルトフリートは吸血鬼ではなく、魔種だ。
故に女王への忠誠はないものの、それでも一応は彼の所属する傭兵団――『宵の狼』の意向もあって吸血鬼であるソルとも行動を共にしていたわけだ、が。それは恐怖を他者に教えたいガルトフリートの行動とやや相違がある。
死の導きが解禁になったというのなら、己も遠慮することはない。
今度こそ教えてやろう。ギバムントの恐ろしさを。
耳障りなあのジグリどもも来るのなら、まとめて死に落としてやる――
「それこそが望みなのだから」
●
偽りの月を掲げた王国、その城門が開かれる。
遂に踏み込むのだ。吸血鬼たちの根城へと――
「……さぁ決着をつけましょう。あと一歩ですね」
「ああ……だが、なんだ……王宮に入ってから妙な感覚がまとわりついてくるな」
渦中。言の葉を交えたのはマリエッタにラダである、が。
二人は感じていた。まるで『女王に従え』と魂を揺さぶってくるような感覚を。
今までも烙印の進行が進めば似たような感覚はあったが――しかし今までの比ではない。この王宮全体からそのような揺さぶりが生じているような……意識をしかと保たねば、飲まれてしまいそうだ。
烙印の進行が深い者ほど、おそらく顕著であろう。
やはり時間の猶予はない。ここですべて終わらせねば。
「だが……きっといるぜ、この先にあの野郎どもがな」
同時。告げるのはルナ・ファ・ディールだ。
彼が悟っているのは――己が兄であるソルの所在。
幾度も戦ってきたのだ、もうわかるというものである。
奴はいる、この先に。
必ずこちらの邪魔を――いや向こうも決着をつけてこようとするだろう、と。
「でも望むところだわ。こんな術、もうそろそろ消しとりたいしね!」
「この戦いで……すべてを終わらせましょう」
続けて藤野 蛍と桜咲 珠緒も強い意志とともに王宮へと歩を進ませよう。
烙印は日に日に深度を増しているが、まだ間に合うはずだ。
烙印の元凶を打ち倒すためにも――押し通らせてもらおうか。
「ラダんちの……なんだったか? なんとかって精霊にまつわる奴もこの先にいるんだろうな」
「ああ、ガルトフリート……だったな、婆様。意識の問題とはいえ……ギバムント封印に使われた印とか術とか、そういうのあるかい?」
「うーん。あるにはあるけど、ね。しかし有効かはわからないなぁ……
ほら。前も言った通り、アレは本人じゃあない。
本人が『そう強く思い込んでいるだけ』――だからね」
そして敵のことに関しては……やはり幾度も邪魔してきた、あのガルトフリートもいるのであろうとルナはラダと、彼の祖母であるニーヴァへと言を紡ぐ。ガルトフリートはラダにとって縁深い地の人物でもあるそうだ――
故に。特にニーヴァは気にかけているのだろう。
ガルトフリートを、そして彼が齎さんとしているギバムントの恐怖を。
「大一番だからね。出し惜しみは無しで行こうじゃないか」
「……ん? 婆様、その手に持ってるのは、父さんの商品じゃ?」
「細かいことは気にしてはいけないよ、ラダ」
だから倒そう、全てを。
邪魔する障害はすべて押しのけるべく――全力だ。
そのためにラダの父、ニーヴァの息子たるラルグス・ジグリから貴重な護符の一種をもらってきた。なぁに話は通してないだけだから問題ない。後で使ったっていえば大丈夫だってニーヴァは告げている。本当に大丈夫だろうか?
――まぁともあれ。重大な一戦であるのに間違いはない。
行こう。ガルトフリートはまだしも、最悪でも烙印をどうにかできねば危険なのだ。
魂に滲むように深く刻まれていく印――
決着をつけるために、今イレギュラーズたちは踏み込んだ。
- <月だけが見ている>Vivere est militare.完了
- GM名茶零四
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月25日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
如何なるモノにも終わりはくるのか。
如何なるモノにも永遠はないのか。
――いいや、永遠の月が此処にはあるのだ。
故に吸血鬼達は従う。永久の女王に。
吸血鬼の女王に――
「……何故でしょうね。こんなにも、私達が抗うのは」
しかし。『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は違った。
その頬に染まる烙印の色があっても。
彼女の魂は外様の何物にも染まらない。ああ――
「幾度もお会いしましたね、ソル・ファ・ディール」
「――女王の栄光に抗うか、小娘よ」
「ええ。しかしそれも今宵を最後にしましょう」
果たすべき願いがあるのだから。
マリエッタは対峙する。晶獣らを率いる――ソルを。
彼がマリエッタ達に烙印を施した者。あぁ……
彼女は動く。鮮血の魔女としての力を、此処に。
降り注がせる力によって敵を薙ごう。
「流石、吸血鬼達の根城……と言うべきなんだろうかねぇ。
魔種に、魔種相当の吸血鬼。それから配下をぞろぞろと」
「厄介な奴らに出くわしちまったな――チッ。
まぁいいぜ。ここよりキツい決戦場もあるんだ。
――きっちりぶっ倒していってやろうじゃねえか!」
そしてマリエッタの一撃を皮切りに『闇之雲』武器商人(p3p001107)や『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)らの動きも見えようか。ルカもマリエッタと同様に印を刻まれており、武器商人は本人ではないものの――自らに近しき『猫』が烙印の蝕みを受けており――他人事ではないのだ、この一連の事態は。
故に、潰す。
邪魔をするなら。あくまで女王に従うというのなら。
「殺すよ」
「やってみろ、その細き身で何かが成せるならな」
武器商人は殺意を纏おう。極大にして、しかし魂に内包せし、静かな殺意を。
――低空を飛翔しながら放つのは甘く、破滅へと誘う声。
偽命体らを狙ったその声の振動が満ちると同時――ルカが斬り込もう。
「博士に勝手に作られたお前には悪いが」
――俺も止まれねえ理由があるんでな。
一見すれば形だけは人にも見える偽命体。ああ偽りの命、弄ばれた命よ。
終焉を刻まんとルカは纏めて相手取っていく。
当然向こうも反撃はしてくるものだ。振るわれる拳は只人のソレを超えており、イレギュラーズと言えど直撃すれば痛みは生じよう。が、偽命体らにいつまでも構っている場合ではないのだ。武器商人が告げた様に――魔種と、吸血鬼がそれぞれ存在しているのだから。
「よぉ、ソル。決着を付けようぜ」
だから、往く。
『黒き流星』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は自らの血縁にして、敵の下へと。
ソル。あぁ――兄にして明確なる『敵』よ。
「ルナ。どうやら私の言葉はお前には届かなかったらしいな」
「初めから一方通行なだけだろうがよ。ま、どんな形であれ関係ねぇがな。
――どうするよ。この城には、俺意外にも大勢のイレギュラーズが踏み込んで来てる。
終わるぜ、この城は」
「笑止。勝つ前提で話をしているとはな」
「勝つ負けるって次元じゃねぇ。『終わらせ』に来たんだよ」
言の葉を交わせながら激突。あぁ以前の戦いもこうだった、な。
お前の動きは俺が止める。
超速の軌跡が描かれ、まるで煌めくが如く。その閃光を目で追う――は。
「……頼んだぞ、ルナ」
『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)だ。彼女の身もまた吸血鬼の呪いに蝕まれている。
『博士』の所業によりイレギュラーズの烙印は加速した、が――
ラダは元々最初期から烙印を受けていた身だ。彼女の痛みそのまま其処にある。
魂が茨で包まれるように。
あぁひどい気分だ。日増しに強まる衝動が、この正念場でも渦巻いている。
――女王に従え。永遠の栄光を手にするのだ。
そんなノイズが脳裏に響き渡れば集中力が削がれる様で……
だけど。
「だけど、な」
彼女は奥歯を噛みしめる。あぁあぁ苛立つのだ。
烙印が、咬んできたソルが、何よりこの状況に振り回されている自分が一番腹立たしい。
――『だけど』それでももう後がないのなら、此処で死力を尽くすのみだッ!
ラダの瞳が敵を捉える。ソル――をも狙いたい、が。今はまず取り巻きだと。
引き金絞り上げ銃撃三閃。今更、こんな奴らにかまけている暇などない――ッ!
「ふむ。ジグリの小娘も、随分血気に逸っているようだ」
刹那。言を紡いだのは――ガルトフリートか。
前線へと勇猛に出でるソルとは異なり、やや一歩引いた場所から戦場全体を見渡すガルトフリートであった、が。今回の戦いにおいては後ろに位置し続けるつもりはない。本拠地に攻め込まれているのだ――盛大な歓迎をしてやろうではないか。
ガルトフリートは口端よりなんぞやの言霊を零す。
それは呪術。己だけが知るギバムントの一端。
数多を惑わし狂わす言が場を包まん……とした、その時。
「お互いに譲れないものがあるなら、ボク達にできるのはただ一つ。
――たとえ命を懸けてでも、それを貫くことだけよ!」
「覚悟してもらいましょうか。己が成してきたことを清算する時ですよ――」
ガルトフリートへと介入したのは『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)に『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)だ。二人は戦いの始まりからガルトフリートを見逃さない心算であり、故に拙速。
蛍の動きに連動する形で珠緒も往こう。阿吽の呼吸がガルトフリートへと道を紡ぐ。
その途上には邪魔立てせんとする偽命体に晶獣がいるも――武器商人やルカの攻勢によって微かな隙もあるものだ。奴を自由にはさせぬ。聞いたところによれば奴は暗殺術の類を行使するとか……ならば見落とせば奴は殺しに行くだろう。味方を、皆を。
蛍が跳び込み、奴を引き付けんと立ち回れば珠緒は呪術そのものに対抗せんと治癒の術を行使。さすれば。
「さぁ愚者の行進の始まりだ。止めれるもんなら――止めてみな」
続け様に『紅薔薇水晶』ファニー(p3p010255)の一撃が飛来しようか。
彼は珠緒らの動きに続く様にして、武器商人らが引き付けた個体共を狙い定める。
堕ちよ、星屑。降りしきる二番星が地上の塵を滅さんとしようか。
「やれやれ、吸血鬼になるっていうのも難儀だよね。
ましてやその忠誠心が厄介だ。
植え付けられたモノであるはずなのに、運命であるかのように感じるなんて」
更にまだ終わらない。ファニーの一撃によって打撃を与えた所へ『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)の紡ぐ神秘の泥が至る。それは敵を押し流す様に。吸血鬼達を相手取るのに邪魔なんだから。
同時、彼女が思考するのは吸血鬼そのものに対して。
――終わりが見えているなら進言するなり逃げるなり方法は幾らでもあるだろうに。
それすらしない、最後まで殉じるつもりだ。いや或いは未だ盲目的に勝てる事を信じているのか。こんな所にまでイレギュラーズが踏み込めているというのに。抗戦するというなら応じる、が。
彼らにとっての生とは――自己に非ず。全て全て、深い奥底まで女王の為に。
「とても『生きている』とは思えないわね。自分の意思がないなんて。
生きる事は戦い……故郷の古い格言にもあるのだけど」
直後。『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)も吸血鬼へと想い馳せようか。聖女の心得を胸に抱きつつ、皆の支援となるべく彼女は立ち位置を常に意識。皆にも支援の力を齎して援護していこう……
負けられぬ。女王に全てを捧ぐ吸血鬼なんかに。
戦って、戦って。
「――それでも生きて帰ろうじゃない」
ルチアは謳う。死をも覚悟してではなく、生の為にこそ戦うのだから。
永遠の月の城を――終わらせるとしよう。
●
戦闘音。銃撃に加えて剣撃まで混ざり合う様々な音色は、激しさを増すばかりだ。
特に晶獣サン・エクラと偽命体が前へと出でてイレギュラーズに立ち塞がる――
が。偽命体はまだしも晶獣らはそれなりの数がいるだけだ。
「吹き飛べよ。お前らは此処までだ」
「こちらも急いでいるからね――我(アタシ)らの邪魔をしないでもらおうかな」
故にファニーと武器商人は敵の殲滅に力を注ぐ。武器商人が連中を焦燥させるが如き囁き声をもってして注意を引き付ければ、直後にはファニーが再び星屑の軌跡を形成。一気に数減らしを行わんとしようか。
双方ともに、天井から眺めるような広い視点を持っている。
故に敵がどのように展開しているか、どこにいるか迅速に把握しよう。
一撃一撃を着実に効率よく叩き込んでいけ、ば。
「これも全て女王や博士による所業ですか……貴方達も、解放してあげましょう」
次いでマリエッタの一撃も飛来する。それは熱砂を巧みに操る術――
幻想と全知の加護を身に宿せば、魔女としての力は極限に達しうるものだ。
巻き上げ、熱と共に焼き払う。今の彼女に何の妨害が通じようか――!
「斬り込むぜッ――援護を頼むッ!」
「任せて。後ろは取らせない」
「さて、まずは君達から間引かせてもらうよ。ご退場願おうか」
更に、敵の動きを見切ったルカが跳躍するものだ。
偽命体を仕留めに掛からんとする。奴の、振り上げて落とす腕の一撃はそれなりの威力を宿しているが躱してしまえば問題ないのだ。万が一に備えルチアが味方を鼓舞する号令と治癒術を控えさせていれば盤石でもある――更に駄目押しとばかりにルーキスの撃もあろうか。彼女の放つ深淵の概念が晶獣らを包めば、正気を失わせて脳髄を染め上げて。
邪魔が入らなければルカは偽命体へと、刹那の接触。
偽命体の一撃はルカの頬を掠めつつも、奴らの膂力を凌ぎ。
ルカは、返す刀でその首へと剣の切っ先を滑り込ませよう。
落とす。首を、命を。その生を。
……偽命体と晶獣ら方面の戦いに関しては優勢であった。イレギュラーズ達の地力の高さもあるが、更にはラルグス・ジグリの支援物もあったのだ。厳密にはラルグスの秘蔵品をニーヴァがこっそり持ってきた代物だが……まぁ細かい事はいいとしよう。ともあれその力はイレギュラーズ達の確かな力となっていた。
護符が力を沸き上がらせる。数の不利を補い、道を切り拓かせれば。
「ラダ、それにニーヴァの姐さん。頼むぜ!」
「ああ! 婆様、何度も言っているが無茶はしないでくれよ――!」
「はは全く心配性だな。なぁに物語の終わりはハッピーエンド派でね。
無茶して死ぬなんて真似はしないつもりだ――安心してくれよ」
ルカが声を張り上げる。その先にいたのはラダに、ラダの祖母のニーヴァか。
放ち続ける銃撃の雨あられ。それらによって先の晶獣らの数が着実に減りつつあれば……本命へと仕掛け得るタイミングだ。
ガルトフリート。奴の仮面を、叩き割る!
ニーヴァによる治癒の支援も受ければまだまだ体力にも余裕がある。
行ける。行ける、行ける、イケ、ル、イケ――
「……ッ!」
「――ラダ」
「大丈夫だ、婆様……! この、程度で……!」
刹那。ラダの思考が何かに塗りつぶされんとした。
――烙印の症状か。瞳に映る世界が真っ赤に染まるようであった。
意識を辛うじて保ち、彼女は再び戦場に集中する。万一の際は……婆様に事前に頼んではいるが。『引っぱたいてでも止めて欲しい』と。そんな事が起こらないのが一番であるが、戦場の最中であれば絶対の保証などどこにも無い。
それに。皆にやらせるのは気の毒だし、ルナはもっと気にするだろうし、な。
(……その点は婆様は安心だ)
小さい頃、私が父さんの銃に悪戯してた時にすごい剣幕で怒ったことがあったろ?
『触るなと言っただろう』と――見たこともない顔だった。
……あの時みたいな調子でなら、きっと私も持ち直せると思うから。
「抗うから辛いのだ。抗うから苦しいのだ。
全て諦めて屈すれば楽な世界が広がっていようにな」
瞬間。響いた声は――当のガルトフリートか!
奴から殺意が、まるで大波が如く数多を包む。
呪術、か? 奴から発される黒き霧のようなモノがイレギュラーズへと。
疫病の欠片屑。触れれば痛みが走り、指先から石化するソレはギバムントの――
「これで、怖がらせようってつもり? ――舐めないでよね!」
だが蛍は恐れない。負けない。臆さない。
ソレがギバムントの――いやギバムントを語るガルトフリートの目的なら。
『折れない』事こそが一番の対抗策なのだ。
「護りたいものがあるなら、人は誰だって、いつだって勇者になれるのよ!」
「お前も烙印を刻まれながら何をぬかすか――
奥底では自分が他者へと変質する恐怖を抱えているだろう?
いつ何時に隣の者を傷付けるかもしれないという恐れが――あるだろう?」
「例えそうだとしても、前を向かない理由にはならないんだよッ!」
ガルトフリートが蛍を揺さぶらんとしているのか、彼女の撃を受け止めながら同時に言の葉も落としてくるものだ。あぁ、確かに。蛍の心中に一切の恐怖が無いとは言わない。
自身の体の中で、心の中で脈動する烙印への嫌悪、焦りがあるのだ。
それが引いては――恐怖に繋がるだろう。靄のように。
だけど蛍は自らを奮い立たせる。
真心を込めたエールを心中で、言霊が如く紡ぐのだ。
恐怖なんて乗り越えるもの。己の信念を確と持ち。
何より――隣にいてくれる珠緒さんとの絆があるのだから。
攻める。攻め立てる。闇を払う光輝(ひかり)の剣を手に、奴の身を貫かんとする!
「防ぐばかりでは埒が明きませんし……珠緒の呪もお見せしましょう」
「笑止。只人程度の術が『ギバムント』と伍するつもりか?」
「さて――少なくとも別人の名を騙るよりは面白い呪になるかと」
然らば珠緒も蛍の動きに追随するものだ。術式の刀で、蛍とは別側面から一撃一閃。
続け様には破壊の力を宿す術を形成し――撃ち穿つ。
奴の身に宿りし防の力を少しずつ削らんとしているのだ。
如何なる抵抗も無限はない。蛍の攻撃に繋げて間隙を作らぬように攻め上がれば、ガルトフリートを見逃ぬ動作にもなるものだ。此処から決して動かせないとする意志が奴の身を押し留める――
勿論、ガルトフリートを抑え続けるのは容易な事ではない。
魔種であり疫病の力を操るガルトフリートの力は強大だ。奴から放たれる数々の力は、隙あらば蛍や珠緒の身を蝕まんと幾度も傷口より入り込まんとしている。とはいえ偽命体らの戦域が片付きつつあれば、そちらから援軍がやって来る。
そうなれば今度は数の上で優位なのはイレギュラーズ側だ。
一時だけガルトフリートらの自由を奪いさえ出来ればいい――だから。
「――ソル。其方は任せるぞ、此方も些か忙しいのでな」
「ふん。まぁ、女王の身の危険を前に、遊ぶつもりは一切ない」
向こうも分かっている。イレギュラーズがガルトフリートとソルだけに対応できる体制を作り上げる前に、状況を崩しておくべきだと。故にこそソルの瞳に闘志が宿る。
『本気』の合図だ。元より手を抜いていた訳ではないが、刹那の一時に全力を込める証。
呼吸の暇すら惜しいが故の、闘志。
「来やがるか――!」
その合図をルナは知っていた。故に備える、が。
嵐が如き猛攻は想像を絶していた。ルナは懸命にソルを抑えているが――吸血鬼となった影響もあるのだろうか。膂力の面において押されている。ルナが一撃紡がんとする間に、ソルは二撃繰り出そう。勿論ソルと言えどそんな勢いが永遠に可能な訳ではない、が。
「二度も同じ真似は晒さん」
「ぐッ――!!」
一時だけでいいのだ。ルナを振り払う言っときさえあれば。
ソルが狙ったのは足だ。タウロスの脚を折らんとソルは狙い、その動きを封ぜんとする。
以前の戦いでもルナは張り付いていた。だからソルは対応として足を狙って来たのか――が。その真なる目的はルナを打ち倒す事ではない。イレギュラーズ達の体制を打ち砕く事にあるのだ。だから。
ソルは往く。治癒の術を振るい、数多を支えているルチアへと。
正に一瞬の出来事。彼女の隙を突いて――ソルの手刀が彼女を抉る。
「う、くっ……!!」
「ほう。流石はイレギュラーズ、しぶといな。だが立たせんよ」
「そうは、いかない……!!」
が。ルチアの瞳は死んでいない。ソルの神速から放たれる二閃目が達する前に術を紡ごう。
――それは凶き爪。
絶対に外さぬ。絶対に逸らさぬ。至近なる距離にまで至ったソルを狙った返しの一撃は、如何にソルが素早かろうが捉えてみせた。よもやの反撃にソルの肉体が微かに揺らぐ――
「小賢しい真似をッ……! 女王の御前に首を晒せ!」
「させっかよ――ッ!」
「ソル・ファ・ディール……些か油断しましたね……!」
故に憤怒したソルはルチアを始末せんとする、が。
割り込んだ影はルナとマリエッタだ。一度振り切られた程度でルナが諦めようか。
真横からの介入。握りしめた五指の拳がソルに直撃し――更にマリエッタの魔術が追撃。
然らば露骨に、ソルの表情が嫌悪で歪もうか。
「何故抗う……! 貴様らは、いや貴様らも烙印を刻まれた身であろうが!!」
「……ええ、何故でしょうね。こんなにも、私達が抗うのは」
張り上げる声。マリエッタが新たな魔力の奔流を紡ぎつつ、ソレに応えよう。
私は記憶も失った存在。かとすれば死血の魔女と呼ばれる、邪悪そのものと言える悪辣な女だった。裁かれて然るべき、多くの者に恨まれる者でありながら……だけど、それでも。
「私は『私』を捨てたくないんです」
それは純然たる願い。誰にも渡さない。誰にも侵させない己が領域。
だから、ああ、そうだ。
教えてあげますよ、ソル・ファ・ディール。
「私は――悔しいんです」
だから、抗う。文字通りの感情論、根性論ですよ。
がっかりですか? でも。この想い一つで、私は血にも罪にも負けない。
決着を付けましょう。私は私の為に戦う。
烙印ごときで私の心も血も変えられるものではないと――証明してみせる為にも!
●
戦場の流れは佳境へと至る。
偽命体と晶獣らは完全に片付いた。火力を集中させた甲斐もあったろう――
後はガルトフリートとソルのみだ、が。その二人こそが最大の問題。
優れた動きと膂力を見せるソル。
疫病を宿す呪術と、見えぬ一手の暗殺術をも持つガルトフリート。
生半可な相手ではない。故に――
「出し切るしかねぇよな……ったく、この後の予定もあるってのに忙しいもんだ!」
ルカはいつだって全力を尽くそう。両の手に抱いた剣をガルトフリートへと向けながら。
跳躍。紅き闘気を身に纏わせ――薙ぐ。
さればガルトフリートの身に手応えがあるものだ。ただし。
「烙印を宿しながら結構なものだ。だが、まだ浅いな」
「あぁそうかよ。なら何度でもぶち込んでやるから、安心しな!」
未だガルトフリートは揺らがない。疫病を形にした杭を放ちてルカに対抗する程だ。
ルカにも備えの果実はあった為、未だ大事には至っていないが――しかしなんと面倒な力か。黒い靄のようなモノもガルトフリートから生じており姿を隠さんとする動きを幾度も見せている。
奴の位置は優れた嗅覚をもってして常に警戒している為、背後は今の所取られていないが……ほんの微かでも意識の狭間に入られれば一気に『何か』してきそうな気配がある。
その時に凌げるか――いや。
「烙印だ疫病だって心も体も命すらも弄ぼうとしてくる貴方達に、絶対負けてたまるもんですか! ここは絶対に退かない……!」
複数人で常に奴の位置を捉えていればよい、と。蛍は決してガルトフリートを見逃さない。
その勢いたるや正に猛攻だ。疫病に蝕まれようと、不屈の心で全てを弾き。
終焉を刻む一撃をもってして――その身に痛みを降り注がせよう。
たとえ剣が折れようと……
「ボクの心まで折ることはできないのよ!」
「愚か。愚かな。心程度で病に抗せるものか」
「どうですかね――まぁ元々『恐怖は屈するものである』という結論ありきで聞く耳を持たないであろう相手に語る口はないのですよ」
更に珠緒もガルトフリートへと。息を付かせぬ連携はどこまでも止まらない。
――そうだ。元々彼女にとってこの場の敵は、障害物以上の意味を持たないのだ。
だから、こんな所で止められるわけにはいかない……!
(まぁ……単に障害と言うには酷く凶悪ですが!)
最大の火力たる剣の連撃を繋げていく。
決まるならばそれでよし。決まらずとも奴を釘付けに出来ればそれでもよし。
後は――奴が崩れるタイミングを見据えて、蛍と一緒に――
「……ッ!」
「蛍さん!?」
が。そう上手くはいかない事情があった。
それが烙印だ。烙印が、女王への反逆を許さず自傷させようとしてくる。動きがそのせいで鈍る事があるのだ。蛍だけでなく……ルカやファニー、マリエッタにルナ、そしてラダも時折同様の症状が見えようか。
一部、おもひいろ――緋色の心を持ちし者は吸血衝動に抗う事もあるが、ええい面倒には変わりない!
「そちらは吸血鬼の件とは関係のない者だろう――? 此処に固執する意味があるのかな」
故にファニーは微かに額を抑えつつガルトフリートへと言を紡ぐ。
同時に行うは――指先に死を灯らせる術、だ。
指先に光り輝く軌跡が奴の死線を切り裂く様に紡がれる。
あぁ、出来る事ならその首、刎ね飛ばしてやりたいところだ、が。
状況は厳しい。劣勢とまではいわないが、ルチアの身に大きな負傷が行われてしまった事により治癒の手が少なくなっている。彼女の治癒なり号令なりの一手の余力が残っていれば、疫病への対抗にもなり今少し楽だったかもしれないが――
それは事態が傾く前に微かな隙を見つけた、あちらの方が少しだけ上手だったと考えるべきか。ともあれ、だからこそガルトフリートが退くのならば退いてもらった方が楽なのだが。
「確かに我は関係ない。しかし曲りなり我の属する傭兵団としては話が別でな――」
されど。ガルトフリートに退く気はなさそうだ。
もしくは非常に劣勢であれば退く事もあったかもしれない。
しかし、ガルトフリートは此処にいる。疫病の力を撒き散らし――此処に。
「全く。中々辛気臭い術を振るってくれるものだねぇ……
ま。死血の魔女やファ・ディールの旦那らの方もあるんだ。
――今少し踊ろうか、我達と」
直後。武器商人は、身に直撃した疫病の杭を――何のことも無さげに引き抜くものだ。
痛みはある。蝕む様な苦しみもある。だが『その程度』だ。
故に武器商人は笑みをみせよう。
追い込まれれば追い込まれる程――武器商人の真骨頂は宿るのだから。
放つ。流星の如く世界を灼く、蒼き槍の一射を。
炎を纏いし報復の乙女よ――疫病の化身を焼き払いたまえ、と。更に。
「やっとマトモに会えたな、お前がガルトフリートだな」
ガルトフリートの下へラダが至った。
少し離れた所にはニーヴァがいて――治癒の支援を皆に齎していようか。
ああ。祖母が近くにいてくれるのなら、安心だ。だから。
「その仮面は、自分を偽る為か?」
「なに? 誰が誰を偽ると?」
「他人の名を使うなどつまらない事をしてないで、自分の名前で戦ってみせろという事だ――ガルトフリート!」
ラダは声を張り上げつつ――ガルトフリートの仮面へと一撃ぶち込んでやった。
銃床で思いっきりと、だ。ガルトフリートの仮面に亀裂が走る――
「ふ、ははは。何をぬかすか。我はギバムント。私はガルトフリート。
――それは全て同じ意味を持ち、全てはギバムントに帰結するだけの話だ」
「もう少し意味の分かる言葉で、意味の通る会話をしろッ! でなければお前は――只の狂人だ」
が。倒れはしない。ガルトフリートはラダに疫病の杭を放ちて殺しに掛かろうか。
――ええい。魔種としての身体能力すら十全に扱ってくると面倒だ! ガルトフリートが只の呪術使いならこうまでは無かったろうに。受けた疫病の蝕みは、銀弾の加護によって打ち砕く事もあろうか――
なんにせよガルトフリートを打ち倒すにはあと今一歩足りない。
疫病を放っておけば甚大な被害がやがて至る為、放置できないからだ。
それが故に治癒の手をどうしても割かれてしまう――
もしくは、今ソルに対応している人材も攻勢に加わる事が出来れば押し切れるかもしれないが、しかし。
「――ぉぉぉおおおお!!」
そのソルはソルで奮戦を見せていた。
ガルトフリートの様な呪術は持っていないものの、直接的な戦闘技能に関しては優れているのがソルだ。彼の放つ拳がイレギュラーズ達に襲い掛かれば被害も馬鹿に出来ない――だから。
「はじめまして吸血鬼さん。
――遺言なり言いたいことがあるなら聞いてあげるよ」
「遺言だと? 随分と傲慢だ、既に勝利を刻んだつもりか!」
「さて。だけど『その時』が来たならば、言葉を残す余裕もどれだけある事か。
話したい事。語りたい事。あるものは今の内吐き出すといい」
――せめて、華々しい最期にしてあげるから。
ルーキスが往く。その身には天文を司る権能が齎されていようか。
常に張り巡らせていたこの力により彼女の負傷は比較的少ない。どこから手痛い攻撃が飛んでくるかも分からぬ備えの為でもあった……そして攻勢となれば彼女は高位術式を展開。四象の力をもってしてソルへと撃を放とう。
ソルは巧みに跳躍して直撃を回避せんとする――が、予測の範囲内だ。
逃げた所へと、ルーキスは剣を顕現させる。
高純度の魔力を収束させ、宝石を核として作り上げた――禍なる剣である。
「出し惜しみはしないよ。生憎、私には烙印も無くてね。全力を出すに不自由はない」
「チッ――だがこの程度で仕留められるとでも」
「思ってはいませんよ。ですので畳みかけます!」
剣撃がソルへと襲い掛かっていれば拳を用いて叩き落さんとする――所へ。
続け様にマリエッタが至る。以前は引き付けの立場であった、が。
今宵は全力で挑ませてもらう側だ。
――血の翼を展開した彼女は一気に飛翔。空より強襲する形でソルへと一閃。
その手に抱きしは――神滅の血鎌か。彼女にとっての全霊が其処にあり、更には。
「ルナの実兄……だったか。ただの兄弟喧嘩なら喧嘩両成敗としたいところだが――
今回は『そう』ではないからな。魂が完全にあちらへと堕ちているのなら……
結末は一つしかないんだろうな」
ファニーも加勢する。彼の指先が虚空をなぞれば、その果てに在りしソルへと力が注がれよう。死の力。内部を蝕み、死へと導く一端である。とはいえファニー自身にはソルを積極的に仕留めようとする意志はない。
(決着を付けるなら――相応しい奴がいるだろ)
視線を向けた先にいるのはソルの動きを再び止めんとする、ルナである。
邪魔はしねぇよ。思いっきりやってこい、と。
ソルの動きを止めんとする事に注力しよう。
「くっ……! どいつもこいつも……!!」
「よぉ。どこまで行くつもりだ――攻撃躱す為つったって。
あんまり逃げすぎるのは矜持に反すんじゃねぇのか?」
であれば――ルナが追いつこう。
なぁソル、どうするよ。お前がお前たらんとする為に。
伝承の獣を……『黒き獣』だと言ってた俺を討って力を示すか?
だが、お前にその資格はねぇよ。ソル。
「お前はもう、力に下っちまった。力があるべき存在だった筈なのにな」
ただのソルだ。
長として、伝承を再現する必要はねぇ。
先程もそうだ。何故足を折りにかかった?
「昔のお前なら――例えソレが有効な一手でも力で上回ろうとしたろうにな」
「――黙れ」
「手詰まりだろ。お前はもう何も成せねぇよ」
「黙れ……むっ!?」
刹那。ソルが見たのは、ルナの仮想反転――
『黒き獣』の姿へと変じる光景だ。それはソルが望んだ『黒き獣』の因子の顕現。
それ自体は烙印の影響で姿が変わっただけであり魂はルナである、が。
それでも。双方の……ディールの魂には感じ得るものがある。
ああ――これはもともとあったものなのか。
あったから忌み嫌われたのか。
なぜあったのか。
今となってはどうでもいい。
俺は俺。
ルナという、獣一匹。
「逃げるなよ、ソル。お前の矜持は――どこにありやがる!」
「ぬ、ぅ、ぉぉぉ――!!」
族長としての誇り。役目。女王への忠誠。魂の誘い。
数多の感情が走り抜ける――族長ソルであったのならば、こんな事なかったろうに。
しかし女王への尖兵となっている今、彼が望むはただ一つ。
――全ては女王の為に。
故に駆ける。あらゆる被害を考慮した上でも、まだ勝機はあるのだ。
例えば烙印が進み完全に吸血鬼へと至れば――それは転じて戦力となる。
ルナでも、マリエッタでも、蛍でも、ルカでも、ファニーでも、ラダでも。
誰でもよい、寄こせ。
女王の為の礎となる駒を――!
彼の牙が妖しげに光る。烙印を強引にでも進めんとする方法でもあるのか? 彼の視線は意識がガルトフリートの方へと逸れている――ラダに向いている気がする。
――だが。
「さて、ようやくだな。あれからふた月余り、追いつくのに随分かかってしまった」
ラダは思い至っていた。ソルが此方を狙ってくる可能性を。
――本来の人柄を直接知る事は出来ない事は心残りだが、それはそれ。
後でルナからでも聞かせてもらうさ。だから。
「お礼参りだ、ソル・ファ・ディール。これ以上醜態を晒す前に――眠ってやってくれ」
「づ――ぉぉ!?」
ソルの動きにカウンターを刻む様にラダは接近した。
思わぬ距離の詰め。予想が外れ微かに動きが鈍ったソルの、前膝へと――
全力で銃床をぶちこんでやった。
何かが割れる様な音がする。声を荒げた悲鳴を挙げなかったのはソルの力量が故か。
――だが、それだけでは終わらない。
「君の歩みは此処までだ。言ったろう? 華々しい最期にしてあげる、と。
最期に残す言葉は決まったかい?」
ルーキスの一撃が更にソルの逆側の脚を穿とうか。正確無比なる狙いは寸分違わぬ。
……ふむ、なんだ。錆びついたかと思ったけど意外とやれるじゃないか。
そんな事を思っていれば、更には。
「ああ――終わりだぜ、ソル」
ルナも彼の動きを止めんと往く。
護る、だなんて考えるのが間違ってたんだ。
あいつが、大人しく守られるようなタマか。違ぇだろ。
だからあいつは。ラダは、いい女なんだよ。
「あいつは二度は喰われない」
「貴様ッ――!」
「狩りの瞬間が一番警戒しなきゃならない。そんなことも忘れちまったか、ソル」
腑抜けたな。と、紡ぐルナの思考を過るのは幼少期よりの記憶。
確かにあったのだ、想い出が、記憶が。ソルと共にいた時があったのだ。
殺り合えば傷は避けられない。血も失う。そうすれば危険だろう。
だがな、目の前にあるじゃねぇか。
俺よりも力のある。
もっとも俺と親和性の高い血がよ。
誘う。自らに噛みつけと、餌は此方にあるのだと――その刹那。
踏み込んだのは、マリエッタもであった。
「ソル。貴方の望みは果たされません」
「くっ――魔女如きめがッ!」
「なんとでも言うがいいでしょう。私は……!」
再びに、己が魔力の全霊を形と成す。あぁ――
仲間達、友人達、姉妹達。多くの人たちがいるから……なんて理想もありますけれど。
何より、まだ何もわからない状態で、全部投げ出すわけにはいかないんです。
だから烙印如きで私の心も血も。
「変えられるものではありません。変えられてなるものですか」
私は、吸血鬼になど成らない。
私は。
私は――死血の魔女であり。そして、マリエッタとして宣言します。
「今ここで――貴方を血の呪いから解き放つと!」
「おのれ……呪い、呪いだと? 祝福であるとどこまでも気付かぬか、小娘ッ!」
激突する。マリエッタの血鎌と、ソルの拳が。
叩き割らんとする程の勢いだ。地を踏み砕かんばかりのソルの勢いが此処に在る。
だけど。一人ではない。
マリエッタの力を押し留めている間隙を突いて――ファニーの指先が再びソルへと。
動きが、鈍る。そして。
「じゃあな。自由になれよ――兄貴」
ルナが、踏み込んだ。
力を。血を。
ファ・ディールの全てを、俺が背負ってやる。
紡ぐ一閃。『ある人物』の影響で持ち始めたウッドストックライフルが、ソルの首を穿つ。
噴出する血。呪いの血が――溢れていく。然らば。
「…………あぁ。ルナ。そうか……では」
後は、頼むと。
刹那の一時にも満たぬ一瞬であったが――
ソルを覆っていた瞳の濁りが取れていた気がした。
倒れ伏す。巨大なタウロスの身が、地へと。そして。
「逝ったかソル。随分と、和らげな顔だ」
告げるのはガルトフリートだ。その声色は優し気な様な、或いは……
「――折角逝くのなら我が病にて逝けばよかったものを」
自分が殺してやることが出来ず残念そうな。そんな声色であった。
あぁガルトフリートには恐怖を与える事しか頭にない。
それは曲がりなりに味方であったソルが倒れた時も同様に。
「魔種ってのはこれだから、ねぇ。なんとも醜悪な限りだよ――」
「後はお前だけだけどよ、まだやるか?」
であれば武器商人にルカがガルトフリートへと言を。
ソルは倒れた。偽命体らもいない。残りの戦力はガルトフリートのみ。
ならば勝敗は決したと――言いたい所であった、が。
「ははは。それは此方の台詞だが、な。
続けるならば……あぁ。お望み通り疫病の死を教えてやろう」
イレギュラーズ側の体力も限界が迫っていた。
無数の疫病の杭が襲い掛かる。あと一歩、あともう少し余力があればガルトフリートを退かせるなり、倒す事まで叶ったかもしれない。されどガルトフリートは健在だ。
――此処までか。相打ち覚悟で挑むのは、ガルトフリートの能力の性質上『まずい』
想像を絶する死者が出る可能性もある――
「やむを得ないね。皆、退こう。なに、生きてさえいればいつか打破出来るさ」
「婆様……!」
「口惜しいけれど……皆の命が一番だよ!」
故に言を紡いだのはニーヴァと蛍だ。彼女の治癒でも限界がある、か。
口惜しい。だが死と恐怖はきっと奴の力になる。その前に撤退するのが吉、か。
武器商人が味方間にだけ念話を送り無言の連携を繋がんとする。
一気に撤退しよう、と……ただ。まぁ。
「意趣返しだけはさせてもらおうかな」
「そうですね――先程『呪』もお見せするといった事ですし」
「おや? ――ぬッ!!」
殿として。蛍と珠緒はガルトフリートに対峙した。
此処は退こう。だけど一撃だけ紡がせてもらうために。
アイコンタクトで二人は合図を。そして――
二人の撃が、襲い掛かる。
ガルトフリートの放った疫病の杭を潜り抜け、跳躍。一瞬の接近と共に、抜刀。
――神速二閃。ガルトフリートの仮面へと成し。
「『藤桜狂咲陣』……失礼。珠緒『たち』の呪、でしたね。お味は如何ですか?」
「こんなものが呪など、不遜極まる娘だな……!」
そのまま速度を緩めずに再度跳躍。
ガルトフリートが仮面を抑えながら追撃するも――その一撃を躱してみせた。
――仮面に亀裂が満ちていく。
「おのれ。不遜。不遜だ……虫けらどもめ。疫病の餌に、必ずしてくれるからな……」
ガルトフリートも追わぬ。奴にとってもギリギリの優位だったのだから。
だが忘れるな。例え永遠の月が終わろうとも――
この疫病の痛みだけは真なる永遠であると、ガルトフリートは信じているから。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
あともう少しの所、大変惜しかったかと思います。ガルトフリートは、またいずれ。
ありがとうございました。
GMコメント
●依頼達成条件
敵勢力の撃破or撃退
●フィールド
月の王宮内部です。
皆さんは煌びやかな塗装が施された一角へと踏み込みました――
そこには後述する敵戦力が展開されています。
見た限りは広い空間であり、戦うに不足はないでしょう。
●フィールド特殊効果
月の王宮内部では『烙印』による影響を色濃く受けやすくなります。
烙印の付与日数が残80以下である場合は『女王へと思い焦がれ、彼女にどうしようもなく本能的に惹かれる』感覚を味わいます。
烙印の付与日数が残60以下である場合は『10%の確率で自分を通常攻撃する。この時の命中度は必ずクリーンヒットとなり、防御技術判定は行わない』状態となります。
////////////////////
●敵勢力
●ソル・ファ・ディール
タウロスの一族。その長であった人物です。
現在は『吸血鬼』と化しています。どうやら完全に女王なる者を崇拝しているようです……『力のある男が長』とする一族で長だっただけはあり卓越した戦闘力を宿しています。素早い機動力と繰り出される膂力は脅威でしょう。主に接近戦に優れており手刀の一閃は特に命を奪わんとしてきます――(物至単・高ダメージ傾向・必殺、
出血系列BSを高確率付与)
戦場をかき乱す様に移動し続けイレギュラーズへと攻勢を仕掛けてきます。
以前は烙印を付与してこようという行動がみられていましたが――ついに女王の下へと辿り着いてしまった面々に容赦する気はなく、これ以上烙印に抗い女王に逆らうのならば殺す目算の模様です。
●ガルトフリート
ラダ・ジグリさんの故郷『ヴァズ』に祀られていた大精霊『ギバムント』の守護者にして守人――であった人物ですが、今はもう魔種となり果てています。
独特な呪術を用い、幾重ものBSを付与する術を得意とします。また、暗殺術にも優れているようでいきなり背後に回ってくる一撃も行使します。恐らく先述の呪術との合わせ技だと思われます。
最大の特徴は『疫病』の力を操ってくることでしょう。
これが先の呪術の一つだと思われますが、疫病の力を宿した杭を放ち――これが命中すると体の一部がまるで石化、あるいは鉄のように固くなるのです。特殊なBS扱いでBS解除スキルで解除することは可能ですが、受けてしまうと体の動きが大きく鈍くなり、この攻撃によりHPが0になると全身が病に侵され、死亡する可能性も高くなります。
ご注意を。
●偽命体(ムーンチャイルド)×6体
『博士』なる人物に作り出された存在です。
いわば人造生命体。人型の姿をしていますが、普通の人間ではありません――ソルやガルトフリートの指示に従い、死をも恐れぬ行動をしてくることでしょう。腕力に優れていて、イレギュラーズに組み付き行動を制限してこようとします。
意思疎通は不可能です。撃破してください。
●晶獣サン・エクラ×10体
小動物や小精霊などが、紅血晶に影響されて変貌してしまった小型の晶獣です。
クリスタルのような体を持ちやや防御力に優れているようです。とはいえ全体的な能力自体は偽命体よりは劣るようですが。主に至近~近距離攻撃を得手とし、攻勢を仕掛けてきます。
彼らもソルらの指示にしたがい、レイギュラーズの排除を試みてきます。
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●味方勢力
●ニーヴァ・ジグリ
ラダ・ジグリさんの祖母です。後方より皆さんの支援を行ってくれます。
支援の術や治癒術、その他幻想種として攻撃魔術も幾つか振るえるようです。ガルトフリートの事を気にかけており、彼の放つ攻撃に対する対処を主に行わんとすることでしょう。ですが別途何かしらの指示があればお願いしてみるとそのように行動するかもしれまん。
●ラルグス・ジグリ
ラダ・ジグリさんの実父です。本職は商人である為、激戦が予想される今回はシナリオ上には直接登場しませんが、代わりに支援物資を用意してくれたようです。選択肢のいずれかを選ぶと、ステータスにある程度の上昇補正がつきます。
どれを選んでもデメリットはありませんので気軽にお選びください。
////////////////////
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
ラルグス・ジグリの支援
ラルグス・ジグリより支援物資……がニーヴァにより無断強奪()されました。以下のいずれかの補正を付与する事が可能です。
(本シナリオでのみ扱う事の出来る携行品のようなモノです)
【1】イプリス
ラルグスが取り扱っている物品の一つで、かなりの貴重品。護符の一種です。
ステータス補正:HP+++、反応++、CT+
【2】メイ
ラルグスが取り扱っている物品の一つで、かなりの貴重品。護符の一種です。
ステータス補正:再生++、充填+
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