シナリオ詳細
<天使の梯子>不正義なる代償
オープニング
●
麗らかな春の光が降りていた。
朗らかな日差しと優しい風は穏やかに澄んでいる。
芝生の中に姿を見せたのは2人。
「スティアちゃん、ありがとう……」
ハイライトの沈んだ瞳で車椅子に乗せられた少女エレナ・シャルレーヌ・アッシュフィールドと、彼女の車椅子を押すのはスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)だ。
「大丈夫、元気が良くて何よりだよ!」
スティアはそう言って笑いかける。
「こんにちは」
そんな2人に声をかけたのはセシル・アーネット(p3p010940)である。
「えっと……たしか、あの時も……」
セシルを見上げたエレナは少しばかり眩しそうに目を細める。
「エレナさんは動物、好きですか?」
「う、うん……あまり触ったことは……ない……けど」
「それなら、この子達と遊ぼう!」
そう言ったセシルの背後からトナカイのマーシーやドラネコのマロン、兎のフィアが顔を出す。
それを見たエレナが目を瞠り、少しずつ動物たちが近づいていく。
そのまま、少女が恐る恐る手を伸ばせば、じゃれつくようにマーシーがその手を舐めた。
「わっ……ふふっ」
驚きつつもじゃれつかれるエレナを見ながら、スティアは笑みを浮かべた。
穏やかな――少しずつ、前に進もうとしている少女へと。
●
「君達が私を護衛してくれるというローレットの者達か?」
「こんにちは! フェルディナンさん……だよね? スティア・エイル・ヴァークライトだよ!」
落ち着いた様子で声をかけてきた聖騎士へスティアは意図して朗らかに笑いかける。
「ヴァークライト……あのヴァークライトのか」
聖騎士フェルディナンは安堵したように胸を撫でおろす。
だがその視線は揺れ、それを隠すように笑みを浮かべる。
「助かるよ。我らが同盟者、しかも名高きヴァークライトのご令嬢が助けてくださるというのなら」
そのままフェルディナンは視線を映して頭を下げる。
「マルクです。アッシュフィールドでは遂行者とも遭遇しました。
為政者を失ったアッシュフィールド領で彼らが動く可能性もあります」
そう説くマルク・シリング(p3p001309)に続き、マリエッタ・エーレイン(p3p010534)も頷いた。
「遂行者……彼らの動きに注意し、可能な限りの情報を集めることは無駄にはなりません。
彼らが冠位傲慢の配下である可能性があるというのなら、猶更のことでしょう」
マリエッタもそれを補強するように自分達の立ち位置を明確にすれば、フェルディナンは少しばかり苦笑いしてみせた。
「済まないな。君達も忙しいのだろうが、私もガストンの死後の査察が必要でね」
「ま、任せてください! 必ず守り抜いて見せます!」
ふんすとセシルが言えば、フェルディナンがこくりと頷く。
だが、フェルディナンの言葉が、その笑みが、それだけの理由ではないことをイレギュラーズは知っている。
――あれは、数日前の事だった。
●
教皇や聖騎士を糾弾するが如き神託より始まった天義の情勢は未だ揺れている。
『遂行者』と名乗る者達による天義への攻撃はイレギュラーズの手により深刻な事態にまでは陥っていなかった。
そんな中、天義において小さな――そして迅速に片付けられた『お家騒動』があった。
冠位強欲との戦いで領主が戦死した後、未亡人となった領主婦人を謀殺。
領主夫妻の1人娘であるエレナを監禁した上、彼女を『死亡』と偽り家督を継承した男・ガストンが『遂行者』の手でその悪事を白日の下に晒された――というものだ。
家名を取り『アッシュフィールド騒動』と後世に呼ばれるこの一連の騒動は、イレギュラーズの手で鎮圧された。
「でも、そんな大それた事件、ガストンだけで成功させることなんて不可能だよね。
私はあの後、ガストンの協力者の炙り出しをしてたんだ……それで、この人」
スティアが集まったイレギュラーズの前で示したのは1人の男の資料だ。
「フェルディナン・エルヴェシウス。聖騎士団監査役の1人で、出向先は……アッシュフィールド、だね」
受け取ったマルクが資料の内容をさらりと纏めれば。
「この人も急進派みたいですね。このタイミングでアッシュフィールドに行くのなら、彼女が動く可能性は高いはず」
ぽつりとマリエッタも呟く。
脳裏に思い浮かべたのはアッシュフィールド騒動で遭遇した遂行者ジェルヴェーズのことだ。
エレナを救い出すために最終手段として遂行者になる道を選んだ女性である。
そんな彼女がフェルディナンを討てる機会を逃すとは思えなかった。
「でも、なんでこの人はアッシュフィールドに出向する予定なんでしょう?」
「ガストンが何か自分に繋がる情報や証拠を残してないかの確認だろうね」
疑問に頭を傾げたセシルにマルクは言う。
「でも、この人を殺されるわけにはいかないよ。
殺されたらガストンと協力してたっていう証明が出来なくなっちゃう」
スティアは続けた。
「それなら、ひとまずはこの人を助けないと!」
セシルが言えば、それは他の7人の共通認識になる。
●
――声が聞こえる。
首筋に浮かび上がった聖痕が疼き続けていた。
声が聞こえる。
お前の行いは愚物に過ぎぬと。
数多の手があった救いの手から、最短を選び取る愚かものだと。
声が聞こえる。
だがその選択肢は間違ってなかったのだと。
鳥籠を破壊しなければ鳥は飛び立つことすら出来ずに死んだのだからと。
声が聞こえる。
貴様の行いは間違っていた。
「そうです……私の選択肢は、間違っていた」
声が聞こえる――声が聞こえる、声が、聞こえ――
「そう、です。私は間違って、いた。間違って、いました。
私は……お嬢様を、助けないといけません。
お嬢様が、幸せに暮らせるように……そのために、そのための、障害は、排除――しませんと。
ええ、あの方が、お父君……や、お母君の、下……へ。幸せに、迎えるように」
――聖痕の疼きは、いつの間にか止まっていた。
- <天使の梯子>不正義なる代償完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月11日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
中天に輝く日差しは春の熱を抱く。
その最中、森を割くようにして開かれた街道をイレギュラーズは進んでいた。
(はてさて……自分の欲のために、人を手にかけるのはあんまりよくないと思うんですけどね)
事前の話を振り返り『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)が内心で思っていると、視線の先に複数人の影が姿を見せる。
「フェルディナン・エルヴェシウス卿の護衛部隊ですね」
影の天使たちの後方に立つ女性は確信をもってそう問い、剣を振り上げた。
「――死んでいただきます。真の歴史に、貴殿も必要ありません」
「遂行者……私を狙うつもりか……む、おま、え……は」
すらりと剣を構えたフェルディナンがやがて目を瞠り声を震わせた。
「ま、マルスラン!? まさか、致命者か……そうか、ならお前がガストンが手を組んでいたと噂のあった……!」
明らかな動揺と共に剣を取るフェルティナンはキッと敵を見据え始める。
「安心してください、フェルディナンさん。僕達が貴方を守りますから」
笑顔でそう呼び掛けたのは『雪玉運搬役』セシル・アーネット(p3p010940)である。
(エレナさんを助けたいと願うジェルヴェーズさんの気持ちが少しだけ分かる。
でも、これ以上罪を重ねることをエレナさんは望んでない)
そっとフェルディナンの前に立ちながら、セシルは決意と共に視線を上げた。
「とりあえず、撃退しますか。遂行者だか致命者だか、骨の折れそうな相手です。
再生するからと言って、僕も別にけがをしたいわけじゃないんですがね」
ベークはその様子を横目に溜息を吐きながらも目の前の敵へと視線を向けた。
「事情なんてなぁ、どうでもいい。
どんなに気にしたところで、所詮は他人事だからな。
ミーの仕事はただ一つ、ユー達の思惑を徹底的に叩き潰すことだけだ」
静かにファイティングポーズへ移行する『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)の言葉も正論だろう。
「ジェルヴェーズさん、エレナちゃんのことを想うならこんな事をしてはいけないよ。
共犯者を炙り出して、彼女を想う人達が守れるようにしないと。全ての罪を明らかにする為にも」
セラフィムを起動させ、『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は真っすぐに語る。
「……そう、ですね」
こくりと頷きながらも、ジェルヴェーズの動きはこちらへの敵意に向いている。
「敵の数が多い! 1体ずつでもいいから、倒して数を減らそう!」
そう叫んだのは『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)である。
(難しいけど、どちらかというと護衛対象の方が悪者なのはわかった……
やりづらい……でも、だからといってそっち側に立つのはいけないんだよ……)
目の前の敵へとそう内心に『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は思う。
(アタシにはお家騒動とか裏でのアレソレとか難しいことは分かんないけどさぁ。
どうして権力を持ってる人って良くも悪くもそういうことしちゃうんだろうね……
現状疑わしきは罰せずなんだろうけどさ)
内心に思うところがあるのは『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)も同じだ。
それはある意味で咲良の現代的感性から来るものでもある。
もしも天義が嘗ての大戦以前の在り方であれば、フェルディナンは充分に処断の余地があろう。
「思うとこはあるけど、正しい形で『正義』があるために、フェルディナンを殺されるわけにはいかない」
そう告げるや否や、咲良は一気に動いた。
圧倒的な速度で飛び出し影の天使たちへと肉薄すれば、その勢いのままに円状を薙ぎ払う。
摩擦が熱を持ち爆裂的な一撃となって影の天使たちを撃ち抜いていく。
そこに人狼の咆哮が轟いた。
意図的に声を張り上げるようにしたリュコスのそれに、影の天使たちが警戒を露わにしてリュコスの方へと視線を向ける。
(自由にさせるわけにはいかない……)
動揺する影の天使たちの視線を誘導するように、リュコスは1体の動きを注視する。
(まずは確実に……)
マルクはワールドリンカーに魔力を通しながら戦場を見据えた。
影の天使たちの動きは今のところ緩い。
圧倒的な速度に裏打ちされた奇襲により、動揺しているのだろうか。
放たれた幾重ものキューブが空に撃ち抜かれ、黒雨となって戦場に降り注ぐ。
影の天使に触れるそれは泥のような重みを抱いて身動きを致命的な物へと変えて行く。
「貴女を自由にさせるのは少しまずそうだね……!」
スティアはセラフィムの出力をあげていく。
流れは此方のまま。敵が動きを見せるよりも前に1体でも確実に注意を惹きつけるべく、福音の音色は響き渡る。
魔力の残滓が戦場に散り、天使の羽根は福音の音色を影へと伝達する媒介を為した。
(ジェルヴェーズさんがフェルディナンさんを殺すのも、
フェルディナンさんがガストンへの協力を隠蔽して罪を重ねるのも、ここで終わらせなくちゃ)
動き出した戦場、震えるようにして剣を握るフェルディナンを横目に、セシルは決意を新たにその前に立つ。
「あまり外に出ないで、僕が絶対に守りますから!」
「す、すまない。少年」
どこか申し訳なさそうに言うフェルディナンの声を聞きながらセシルは視線を前に向ける。
その視線の先では既にジェルヴェーズへと肉薄する貴道の姿があった。
「ユーの主張に興味はねえ、どうせ分かり合えやしねえだろ?
だったらお互い、聞かない方が気が楽だ」
「そうですね、その通りと思います」
準備を整えるに刹那もいらず、瞬く間に肉薄した貴道の拳打がジェルヴェーズへと突き刺さっていく。
「ジェルヴェーズ。貴方はどうして、何があって、どこまで自身を追い詰めたのですか」
静かに問いかけた『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)に、ジェルヴェーズの視線が向く。
「……寄る辺の無い愚か者が、契約を結んだ対価です。人外のものなのだとしても、しかたのないことでしょう」
「契約の対価……なんの契約だというのですか。
貴方は本当に……抱え込みすぎで……真面目過ぎるんですよ」
刻み付けた聖印に導かれるようにか、あるいはそもそもとしてマリエッタを狙いに定めたのか、遂行者は真っすぐにこちらへと駆け抜けてくる。
ジェルヴェーズの援護をするようにマルスランもまた動き出す。
その動線上に身を躍らせたのはベークである。
「何を言っても通じないとは思いますが……ここは通しませんよ」
「そうか、それなら話は早い。無理やりにでも押し通る」
マルスランの剣が鮮やかな軌跡を描いてベークの身体に多数の傷を描き――瞬く間に修復されていく。
●
「前と同じです、貴方の相手はこの私……死血の魔女が受け持ちます。
遂行者ならば、私を倒すべきと……別の遂行者、グウェナエルから聞いてはいませんか?」
「グウェナ……エル……」
マリエッタは踏み込みと共にヘリオドールの瞳で遂行者を見た。
「たしかに、そのような名前の遂行者がいるとは聞いております。
貴女が、その者と関係するのですね。
私は契約の対価を払うために、他の者とも別行動をしておりました故」
打ち出した無数の武装がジェルヴェーズを絡め取り、美しい軌跡を描いて血を流させていく。
「貴方を倒さなくてはとても向こうには行かせてもらえなさそうだ」
本の僅かに後退しつついうマルスランの声はその意識がベークに向いていることを示している。
(そもそも……致命者に空腹とかあるんでしょうかね?)
死者を模る謎の存在に空腹という概念はあるのだろうか。
疑問を浮かべつつ、少なくとも注意を引けているのならいいのだろうと思い返す。
「痺れるほどカッコいい『正義の味方』のお出ましだよ!」
敢えて声高らかに宣言して、咲良は外殻の分厚い方を構えて、一気に飛び込んでいく。
仲間達を巻き込まぬためもそう叫ぶことは重要だった。
そのまま一気に突っ込み、圧倒的質量の鋼鉄が影の天使たちへと衝撃を叩きつける。
そこへリュコスの追撃が走る。
それは堕天の輝きを帯びて戦場に揺蕩い、皮肉極まる大いなる呪いが影の天使たちへと浸透していく。
リュコスはふとフェルディナンの方を見やった。
明らかにマルスランの方を気にしている。
(生前は顔見知りだったのかな? この反応……後ろめたいとか復讐を怖がってる感じ……?)
明確に警戒している理由に疑問を抱きながら、受ける攻撃を盾で弾いていく。
(僕達は、エレナさんのこれからを助けるために、フェルディナンを告発するつもりだ)
マルクは機を見計らってジェルヴェーズへとハイテレパスを試みた。
(ガストンの使用人兼用心棒だった貴方なら、お家騒動でフェルディナンが何をしたか知っているんじゃないかな?)
務めて真摯にマルクは問う。
(確かに遂行者は、魔種は、僕達の敵だ。
けれど、自身を魔種に堕としてまでエレナさんを救おうとする、ジェルヴェーズさんという人は、信じている)
(……彼の罪は、最早時効なのでしょう、きっと)
そう淡々と語るジェルヴェーズの言葉は静かなものだ。
振り下ろされる影の天使たちの猛攻はスティアの身体を傷つける前に障壁によって食い止められている。
多少の軋みなど気にも留めず、スティアはジェルヴェーズへ視線を向けた。
「障害は取り除くものではなく、乗り越えるものでしょう?
当主として歩むことを考えるなら、悪くないんじゃないかな?」
「……それは、そうかもしれません。
だとしても――お嬢様が負うには、あまりにも酷すぎる話です。
そうなる前に、私が――」
そう言ってジェルヴェーズが剣を薙ぐのを見ながら、スティアはセラフィムに魔力を籠めた。
飽和した天使の羽根は戦場に星を散らし、優しい光となって受けた傷を癒していく。
(僕には難しい話は分かりません……ジェルヴェーズさんが何を思って剣を振るっているのかも)
セシルはその様子を見ながら、雪輝剣を握り締める。
視線の先から飛んできた影の弾丸が、戦場を突っ切りこちらに向かって落ちてくる。
真っすぐにフェルディナンを狙うそれに向けてセシルは剣を振るった。
斬り裂いた魔弾は暴発し、セシルへと降り注ぐ。
「ありがとう少年……しかし、何故、あの遂行者は私を狙うんだ……
ガストンと組んでいたのだろう? ならば、私を狙う理由がわからん……」
ぽつりぽつりと呟く声を横耳にしながら、セシルはフェルディナンを庇い続ける。
●
影の天使たちの動きは大剣を持つ1体を中心として秩序だった動きを見せていた。
(そろそろ大丈夫かな?)
咲良は影の天使たちの数が減ってきたことに気付くと、グッと踏み込んだ。
そのまま影の天使へと飛び掛かっていく。
(あなた達の翼は飾りじゃないみたいだから)
グンと爆ぜるように駆け抜け、1体をアッパー気味に殴りつける。
大いなる天運を抱き、天使を地に堕とすべく一撃を撃ち込んだ。
「なにがあっても、好きにさせない……」
リュコスが向かい合うのは影の天使の1体だった。
増えていく傷をそのままに、リュコスは堅牢なる盾へと魔力を注ぎ込む。
盾はそれを核として美しき魔剣を生んだ。
神をも滅ぼす魔剣の閃光は眩い軌跡と共に影の天使を撃ち抜いた。
「斬っても斬っても再生する……やりづらいことこの上ないな」
「僕も別に怪我をしたいわけじゃないんです。
そう思うのなら、帰っていただいてもいいんですがね」
「ジェルヴェーズが退くことを決めるまでは、少なくとも退くわけにはいかないな」
ベークはマルスランの猛攻を受け止め、反撃の術式を撃ち込んだ。
甘く香ばしい香りに秘められた毒性がマルスランを内側から侵食する。
セシルの身体の傷はいくつもある。
「……でも今なら」
握りしめた雪輝剣へと魔力を籠める。
美しき白を湛えた剣は刀身を伸ばして氷の刃へと変化させていく。
振り抜いた軌跡が日差しを散らして眩く輝きながら線を引く。
鮮やかな一閃は反射による目くらましを帯びて影の天使の1体を撃ち抜いた。
「不正義、選択、間違い。
人は正しい行いがなければいけないのですが?
間違えたなら選びなおすことができるのが人ではないのですか?」
マリエッタは剣を薙ぐジェルヴェーズへと問うた。
「……そうだとしても、私にはもう遅いことです」
「ジェルヴェーズ。貴方の真摯な心は、たった一度の間違いで、狂う程度の者だったと。
貴方自身で認めてしまうと、そういうのですか?」
交わる遂行者の瞳は、確かに揺れているように見えた。
「だったら、私は貴方に見せてあげます。
悪意や邪悪で、間違った力でも……それでも、何度も考えて悩んで、選んだ私の力を」
少しだけ口元に笑みを刻んで、マリエッタが振るった一閃が大きな軌跡と共に鮮血を描いた。
「あそこでガタガタ震えてる護衛対象サマは、ミー達が代わりにシメといてやる。
血反吐から何から、吐かせるもん全部吐くまでは逃がしゃしねえよ? なぁに、命が無事なら問題ねえ。
だから安心して、地獄に落ちやがれ。どっちみち、テメェは魔種だ。それ以外に選択肢はありゃしねえからな」
貴道の拳は、鋭い軌跡を描いて魔種へと撃ち込まれた。
「それならば安心です。私も地獄に落ちる以外の道を知りません……が」
「私には、生きてせねばならぬことがあります。お嬢様の為、地獄の底からでも剣を届けて見せましょう」
魔種が片膝を突いた刹那、魔法陣が浮かび閃光が戦場を白く塗り替えた。
●
「マルスランを見て怯えていたようだけど、後ろめたいことがあるんじゃないかな?
私の家も騎士の家系だからよくわかるけど……聖騎士は高潔であらねばならない。
貴方は自分を聖騎士だと胸を張って言えるのかな?
もし自らの行いを悔いているのだとしたら聞いてあげるよ」
遂行者が退き、影の天使も打ち倒した後、スティアは問うた。
「ヴァークライト嬢!? な、何の話だ!」
「なんでそんなに怖がってるの?」
リュコスは敢えて子供の用に取られるように問いかけた。
「そ、それは……」
「死人に口なしって言うけど、今生きてるあなたには口がある。
正義を大事にするって言うなら、やったことはちゃんと認めて罪は償わなきゃだめだよ。
エレナさんだって、あの事件トラウマになってるんじゃない? あなたはそれでいいの?」
「だれも命を落さなくてよかったです。フェルディナンさんも僕達も……エレナさんも。
罪を認めて償えばきっと許してくれます。だから、大丈夫です」
咲良に続け、セシルはフェルディナンに近づいて声をかけ。
「話したいなら話せよ、めんどくせぇ。
こちとら、五十を超えたオッサンに無駄に焦らされても嬉しかないんだよ。
今更恥ずかしがるような事でもあんのか?
ここまで生き恥晒してんだ、怖いもんなんかもう無いだろ」
口を割らぬ男へと、貴道は舌打ちと共に視線を向ける。
「わ、私は……そ、そうだ、騎s」
「――騎士の誇りなんて間違っても吐くなよ、血反吐塗れにしちまうぞ?
楽になりたきゃあ吐け、テメェにプライドなんてな似合わねえよ」
睨め付けた貴道に騎士は重い口を開く。
「……私は、マルスランを殺した。あの大戦で奴が死ぬように仕組んだ。
魔が差したんだ。奴は、私が監査役として知った隠匿すべき事実の幾つかを漏らしたことを知っていた。
脅されたのなら、良かった。だが奴はこういったのだ。
『そりゃあ、天義の聖騎士ともあろう者がこういうのは良くはないさ。
でも、人にはそれぞれの事情があるしな。反省してもう止めるなら、今回ばかりは見逃すよ』――とな」
震える声で言う。
「あの大戦で奴が退路を失った時、助けられるはずの私は敢えてそれを見逃した。
それで奴が死ねば――それでいいと思ってしまった」
「それだけじゃないはずだ」
マルクは口を噤もうとしたフェルディナンへと重ねるように言う。
「ぐぅ……」
「それだけじゃガストンとの関わりが薄い。
マルスランを見殺しにしただけで、貴方がガストンと手を組む理由にはならないはず」
「……マルスランを見殺しにした他に、どこからか私の犯した機密漏洩を知ったらしい。
奴は欲しいものが2つあるといった。そのためにアッシュフィールドを手に入れねばならないと。
私は、奴の領主としての才が相応しい事を認め、上に掛け合った」
「……ガストンがほしがったものってなに?」
リュコスが問えば、フェルディナンが目を伏せ口を開く。
堰を切ったようにその罪が露わになっていった。
「名声……そして奥方の身柄だよ。奴は、シャルレーヌ嬢――マルスランの奥方を欲していた。
だが、シャルレーヌ嬢はそれを拒み、国に帰ろうとして……」
「けど、そうはならなかった?」
こくりとフェルディナンは力なく頷いた。
「シャルレーヌ嬢はガストンを拒み、娘と共に海洋の実家に戻ろうとして……奴の手の者に殺された。
私はその現場へ赴き、事件性に繋がる証拠を隠蔽した。
全ては事故、ガストン卿の継承には何の支障もないと、何も知らない部下に聖都へ報告させた」
「今までの話、録音してたから言いのがれとかできないよ」
そこまで聞き終えたリュコスが言えば、フェルディナンは目を瞠りそのままがくりと肩を落とす。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
遂行者を退け、不正義者の容疑ある聖騎士に正しい裁きの場を提供しにまいりましょう。
●オーダー
【1】『遂行者』ジェルヴェーズの撃退
【2】護衛対象の無事
【3】護衛対象の自供
●フィールドデータ
アッシュフィールド領内の街道です。
小さな森のようになっている場所を潜り抜ける途中。
●エネミーデータ
・『遂行者』ジェルヴェーズ
遂行者の1人であり魔種です。
前段シナリオまでは間違いなく人間種でした。
どうしてと問われればきっと「それが契約の対価」だと答えることでしょう。
代々アッシュフィールド家に仕えてきた使用人の家系出身とする人物です。
仲の良かった従姉妹のレイラがエレナ嬢の養育係を務めておりました。
嘗てガストンの使用人兼用心棒をしている頃に命令でエレナさんの母親を謀殺。
そのことへの自責の念その他もろもろからエレナ嬢を救う事を願っていました。
最終的には『自分の行いはきっと正しい歴史ではないから』と遂行者になりました。
武器は長剣と魔導書による物神両面型、射程は多彩。
基本的にはフェルディナンへの攻撃を優先します。
魔種へと反転こそきたしておりますが狂気へと完全に囚われてはないようです。
まだ現状ならば説得による撤退も考えられます。
・『致命者』マルスラン・アッシュフィールド
ガストンの兄、エレナの父に当たる人物を元にした致命者です。
元の本人は冠位強欲戦で戦死しています。
他の致命者同様に中身までは伴っていません。
手数で攻めて守りを崩し、隙を突いた痛撃を撃ち込むタイプ。
ジェルヴェーズ同様、フェルディナンを優先的に攻撃してきます。
・影の天使 ×20
冠位強欲の使用していた兵士にそっくりな存在である所謂『影で出来た天使』たち。
天に祈るような仕草で浮遊している個体、影で出来た剣と盾を装備している個体などがいます。
天に祈るような個体では遠距離型、剣と盾を装備している個体は近接型と思われます。
また、1体だけ翼の数が4枚で大剣を装備しているような個体がいます。
この個体だけ異様な雰囲気を纏っています。ボス個体でしょうか。
●友軍データ
・フェルディナン・エルヴェシウス
護衛対象の聖騎士です。50代前半。
ガストンの事を『厳格で公正な人物であり、先代の跡を継ぐのに相応しい人物だ』と推薦した人物です。
それ自体は至極まっとうな判断ではありますが、何やらきな臭い雰囲気があります。
裏でガストンと何らかの取引があった可能性もあります。
それらを実証して罪を暴くためにもジェルヴェーズに殺されるわけにはいきません。
聖騎士としての腕も悪くはありませんが、致命者マルスランの存在に異様な恐れを抱いてもいる様子。
・聖騎士×6
フェルディナンに伴われている聖騎士達。
フェルディナンの子飼いのような存在なのか、或いはそうではないのかは不明。
少なくとも、目の前の敵と戦うのに邪魔をすることはないでしょう。
●NPCデータ
・ガストン・アッシュフィールド
天義の貴族で、先代当主の弟。エレナから見ると叔父にあたる人物。故人。
開明的で鷹揚とした兄・マルスランの戦死後に領地を厳格に纏め上げて瓦解させなかった名君でした。
その一方で家督継承の為に兄嫁を謀殺、エレナを監禁・暴行を日常的に繰り広げていました。
イレギュラーズの活躍でエレナが救出されたことに加えて、物証からあっという間に国家反逆罪、国への詐欺・偽証、姪への多数の暴行罪などにより、あっという間に刑死となりました。
その背景には複数の政治的目論見があると思われますが、さておき。
・エレナ・シャルレーヌ・アッシュフィールド
スティアさんの関係者です。
アッシュフィールド家に唯一残された後継者になってしまった少女です。
風貌はどちらかというと母親に似ているようです。
前段シナリオにて救出された後、病院にて療養中。
肉体がある程度は成熟した後に監禁されたため、運動不足や栄養失調、薬物による衰弱などを除けば比較的健康とのこと。
寧ろ問題は精神的なものの方が多そうです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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