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シナリオ詳細

絶望機関

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●悩める信徒曰く
 常にシーシアスを悩ませるのは、彼の“神”のことだった。かつて心身を蝕んでいた悍ましき日々から、彼を救い出してくれた神。その偉大さを如何にして人々に知らしめるのが自分の責務であろうかと。
 勿論、千言万語を尽くそうとした。しかし思いつく言葉の何たる空虚なことか! 元の世界でもこの世界でも“決して真なる神ではあり得ない神”を伝道する真似事をして、修辞の技術を磨いたところで、かつての感動を言い表す言葉は見つかりなどしない。
 やはり、身を以って知らしめねばならぬのだ。人々が虐げられ絶望にうちひしがれる時、神が如何なる怒りを通じて彼らを救うかを。そしてその憤怒と憎悪が頂点に達した時に、世界が如何にして救われるかを!

 そのために自らが悪役を演じることなんて、シーシアスには些細な出来事だった。
 セフィロトなる世界滅亡を企てる宗教結社と密かに連絡を取り、鉄帝の封印されし遺跡の秘密を暴いたことも。
 遺跡に眠る『絶望機関(ディスペアー・エンジン)』を起動して人々の絶望から破壊の力を得るために、近隣の村から人を拐って拷問したことも。
 シーシアスは敬虔なる神の僕であってエンジニアではない。技術の解析は困難を極め、オーダー通りにスチールグラード決戦に間に合わせることは叶わなかった。
 だが……それがどうしたと?
 全ては神の真なる力を引き出すための儀式。セフィロトだろうとバルナバスだろうと、どうして神の儀式に口を挟めよう?

 絶望機関に繋がれたまま懇願するような瞳を向ける村人の頬をうっとりと撫で、シーシアスは穏やかに語りかけていた。
「この遺跡が起動したならば、神が救いに現れるでしょう。ですから、どうか……それまでは壊されないでくださいね」

●復活の告死鳥
 さも当然のごとくローレット天義支部の扉をくぐったのは、天義政府に身柄を引き渡されたはずの人物だった。
 ロレンツォ・フォルトゥナート。元の世界の神の下へと帰るため、数百年に亘って天義に陰謀をばら撒いた末に、鉄帝動乱の際にローレットへと投降した宗教団体セフィロトの幹部の男。
 無論彼が直接的間接的に奪った命がそれで戻るわけもなく、厳しい沙汰があるだろうと目されていたはずではあるが……どうしてそんな彼がこうして堂々とローレットに出入りしているというのか?
「なに、彼らが弁舌を尊ぶ以上、幾らでも説き伏せようはあるというものだよ……おっと、そう厳しい顔をしないでほしいものだね。今の私はローレットど同様、世界を救うことにしか興味を持っていないことだけは確かだよ。その証拠に、今日はとある男について情報提供するために来た。おそらくは、君たちも野放しにしておきたくはない類の、ね」

 その男――シーシアスはロレンツォと同様に、出身世界にて聖職にあった旅人だった。
 だが彼の信仰は、ロレンツォですら理解しきれていない。解ったのは彼が神の偉大さを人々に知らしめるべきと考えていることと、そのためには人々の苦痛が必要だと信じていることくらいだ。
「セフィロトが彼に鉄帝の遺跡に眠る『絶望機関』について教えたのは、彼が遺跡の秘密を解き明かし、滅びをばら撒くことを期待してのことだった。だが、今ならばまだ最悪の事態は免れうるだろう。君たちの力を借りたい。私自身が行ってもいいのだが……なにぶん私には、天義国内のセフィロト支部を処分する仕事が残っているのでね」
 ロレンツォに悪びれた様子はないが、嘘や罠のつもりもあるまい。ならば……特異運命座標がその依頼を受けるにあたって、何の障害にもならぬのだ。少なくとも、ローレットの立場としては。

GMコメント

 絶望を糧として動き、人々にさらなる絶望を与えんとする『絶望機関』により駆動するゴーレムたちが、シーシアスなる男により起動されました。
 目的は、絶望が拡大再生産される未来を防ぐこと。シーシアスの討伐もできるならしておきたいですが、機関の燃料として埋め込まれた人々を救うのと、どちらを優先すべきかは悩ましいところです(いずれもシナリオの成功には必要ありません)。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定がありえます。
 あらかじめご了承のうえ、ご参加くださるようお願いいたします。

●戦場
 研究所の遺跡です。大型の格納庫の壁際に、3mほどのゴーレムが多数並んでいます。
 中央奥には研究所の主動力となる絶望機関があり、3名の女性が繋がれています。この機関の傍には他にも5名の女性や子供が囚えられた檻があり、次の燃料にされる時を待っているようです。
 機関と檻の周囲には『他者が主行動を消費してトドメを刺さないかぎりはHPが0以下にならないフィールド』が張られており、犠牲者が絶望を搾り取る前に命を断つことを防いでいます……が、この効果はフィールド範囲に踏み込んだ者全員に発揮されます(つまり、皆様にも)。

●敵
・シーシアス
 絶望機関を操り命令を下す、リーダー格の男です。狂気とも呼ぶべき信仰はその心身を蝕む一切の不利益を上書きします(【BS無効】)。絶望機関の操作や配下セフィロト信者への指示などで忙しく、よほど追い詰められなければ自身で攻撃はしませんが、魔導書から召喚する『炎の獣』に侵入者の対処を命じます。

・炎の獣
 素早く、苛烈な炎を広範囲に撒き散らす魔獣です。その炎にシーシアス以外を巻き込むことを一切厭いません。

・ディスペアー・ゴーレム×3~
 それぞれ、絶望機関の“燃料”1名を用いて駆動するゴーレムです。強力な腕力と装甲を誇りますが、絶望機関から1名が救出される度に1体が動力源を失います(1名増えれば新たに1体が参戦します)。
 一方で、シーシアスらが犠牲者らに強い絶望を抱かせると、強烈な魔法光線を撃つためのエネルギーが溜まります。絶望が強烈であればであるほど光線も強力・広範囲・回避困難になるでしょう。

・セフィロト信者×10
 戦闘力はあまりありませんが、絶望機関に繋がれた犠牲者の手足を断つなどの取り返しのつかない損傷を与えることで絶望を与えたり、“燃料補給”に勤しんだりくらいはできます。人質を取る価値もよく知っています。
 狂信者なので常に常軌を逸した希望に満ち溢れています……彼ら自身は絶望機関の燃料になりたくともなれないのです。

●補足事項
 もしもロレンツォの過去の罪や将来について何か言っておきたい方がいらっしゃれば、依頼前や依頼後の報告時に、ロレンツォに対して伝えることも可能です。
 ただし、今後も同様にロレンツォの情報提供による依頼が発生するかもしれませんが、その時にも言葉を伝える機会があるかは不明です。
 なお、ロレンツォが情報提供者になるシナリオにおいて、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)様に優先権が出ることは、今回のみとなる予定です。あらかじめご了承ください。

  • 絶望機関Lv:40以上完了
  • GM名るう
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月06日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
勇者と生きる魔王
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
オライオン(p3p009186)
最果にて、報われたのだ
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
マルコキアス・ゴモリー(p3p010903)

リプレイ

●悪辣なる機構
 かの元セフィラの情報は、おおよそ信用に足るものらしい――けれどもそう言いつつ眉間に皺を寄せて『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)に怪訝そうな顔をさせていられる時間は、『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)にはさほど残されてはいない。
「今は、為すべきことを為すとしよう」
「わかってる、おじさま……」
 灰色の石と金属で形作られたカタコンベじみた格納庫の床を蹴り、巨大なハンガー機構の下ではすでに人狼――『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)が風となっている。
 戦いは、すでに始まっている。何故なら施設内に懇願混じりの悲鳴が響いたのと同時、左右から巨大な人形のシルエットが特異運命座標たちの行く手に現れたのだから。

 目指すは、もちろん、今も女性たちに鞭を振るうセフィロト信者たちだった。
 彼ら彼女らの顔立ちこそそれぞれ違えども、表情はまるで判でも押したかのように同じ。穏やかな微笑み。全てを神に委ねきった者特有の恍惚。どうやら趣味が悪いのは、古代人たちばかりの専売特許ではないらしい……だが、そんなものにこれ以上誰かを付き合わせてなるものか。武器すらをもまだるっこしいと感じてしまう自身の血気盛んさが、今日ばかりは迅には頼もしい。
 もっとも……血気盛んなのも頼もしいのも自分ばかりではないことを、彼はよく知っていた。
「それ行け日車くん、ハイヨー!」
 迅に負けじと飛び込んできた『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)の指先が、手近な棚の中へと伸びた。しなやかに、しかし力強さを帯びて。咄嗟に中にあった金属製のガラクタを掴んだ彼女は、それが何であったかを確かめることもなく前方へと投げつける!
「教祖様の敵め!」
「ゴーレムよ、あの者らを滅ぼすのです! そして、この世界に滅びを――祝福を!」
 握力と投擲時の回転による遠心力のためにバラバラに砕かれた何かの精密機械は、その破片が違うことなくセフィロト信者のみへと向かった。腿を、あるいは脛を貫かれ、呪いにしか聞こえぬ祈りの言葉とともに膝をついた信者たち。だが……その程度では京は終わらない。なにせ、この場所は打ち捨てられたゴーレム格納庫。投げつけるべき金属片の材料なんて、探すまでもなく腐るほどある……。

 突如舞い散った血飛沫に檻の中の人質たちは身を強張らせたが、それも全ては自分たちを救出しに来た者たちの仕業だと理解するまでの、僅かな時間の出来事だった。
「あの機械を!」
「リーリヤを助けて!」
 これまでも交代交代で絶望機関に繋がれていたのであろう、自らも手足や腹部に酷いミミズ腫れのある女性たちが、自分たちのことよりもまず今まさしく絶望機関の餌食となっている同胞の身を案じて叫ぶ。自らに課された断罪の使命は、そのような慈愛に満ちた人々を助けるためにこそあるものだ。マルコキアス・ゴモリー(p3p010903)は向かわねばならない……いかに今、の自分は決して赦し難き主君の仇敵の思惑のとおりに動いているのだと自覚していようとも。
 巨大な枷で両手足を機械に繋がれた女性リーリヤの前に、マルコは立った。近くのパネルで何かの操作をすれば、彼女をこれ以上傷つけることなく解放できる――それくらいはすぐに解りはしたが、具体的な解放の操作が判らない。女性たちもそれらを知る由がない……彼の解錠術で解放できるのは、檻に囚われた人々ばかりのようだ。時間をかけてかまわないのであれば、枷を破壊する術など幾らでもあるが。

 ……それでもこの場にマルコが立ったということは、大きな意味を持つものであったに違いなかった。
 意識を朦朧とさせていたリーリヤの口許に、一瞬だけ、安堵の微笑みが浮かんだようにマルコには見えた。
 だがそれは本当に一瞬ばかりのことだ……犠牲者が、自らに救いが訪れるという希望を手にすることを、絶望機関は決して許さない。魔力が枷へと流れ込む。その魔力がどれほど犠牲者に苦痛を与えるものであるのかは、当人ならざれば彼女の上げる絶叫から推し量るしかないが……。
 ただ、それが一縷の希望をどん底まで突き落とすに足るものとして設計されているだろうことは、誰にでも容易に想像がつくものだったろう。
(こんな悲劇を打ち砕く機会をくれたことに、今だけは感謝するよ、ロレンツォさん)
 唇を噛み、それでも『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はこの目を背けたくなるような光景と対峙した。ゴーレムたちに背を向けるように絶望機関を見上げれば……その時背中に、強烈な熱線に切り裂かれる感覚が走る!

(この人の希望と絶望の落差を利用して、ゴーレムにエネルギーを充填したか)
 焼けるような痛みの中でもイズマが冷静に分析することができたのは、目の前に救わねばならない女性の姿があるからだ。彼女が今受けている苦痛と比べれば、自身の痛みなどどれほど誤差であるものか。
 そんなものに気を取られている暇があるのなら、彼女を救うのに尽力しなければ。だから、強い調子で声をかけてやる――。
「大丈夫、俺たちはあんな狂信者には負けない。今解放するからな!」
 ――だけではまた絶望機関に喰らわれてしまうだけだろう。
 だから耐えるための希望を与えたところで、彼女の感情を止めてしまおう。先に魔眼で意識を奪ってしまえば、機関はこれ以上絶望でリーリヤを苛むことなんてできないのだから……。

 相手していたディスペアー・ゴーレムのうち1体が拳を振り上げたままゆっくりと動きを止めた様子が、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)には見て取れた。『魂の欠片』を――せっかく搾り取った良質の絶望を光の胡蝶に変えて霧散させてしまうアリシスはゴーレムたちにとって最優先の排除対象として認識されていたに違いなかったが、おそらくは、彼らはその判断を誤ったのだ。聖職者として地道に実績を積み重ねて立場を得、ここぞというところで本性を表したロレンツォと同じ。どうやら目立たぬというだけで、どうやら弟子である自分も表の顔を使って裏で進む計画を隠すのは得意であるらしい。
(あのシーシアスなる男もまた、聖職者の顔を装っている。この手の人物が往々にして混ざっているものなのでしょうね、旅人は)
 まだ動く別のゴーレムの拳を受け流しながら機関の操作パネルのほうへと目を遣ると、祭服に身を包んだ男は何かをうわ言のように呟きながら何かを弄りつづけていた。
「ヘルメットを被せて視界を塞ぎ、神の御姿を目に焼きつける機会を奪ってしまうのは、心苦しいかぎりです――ですが、神は姿など見えずとも感じられるもの。どうか、その耳で声を、肌で空気をお感じなさい……」
「この……外道めが!!」

●狂信者たち
 絞り出すような憤りの声を『元神父』オライオン(p3p009186)が口に出した時、初めてシーシアスの能面のような微笑みの表情が別のものへと変化させた。
 うっとりと恍惚に綻んだ目尻。隠しきれない喜びのために左右に広がった唇。両頬はほんのりと赤みを帯びて、その姿はまるで恋する乙女。
 ただし、その“乙女”は自らが恋する男の寵愛を受けるためならば、文字どおり『どんなことでもできる』だろう……今まさに彼がしているように、何の罪もない人々に苦痛と絶望を与えることですら!

 倒しても倒しても床を這って蠢くセフィロト信者どもさえいなければ、オライオンには今すぐにでもあの男の端正な顔をずたずたに引き裂いてやっていたに違いなかった。ところが、いかに今や死んでも最愛の妻の下へとゆけず地獄で永劫の責め苦を受ける運命にある彼とて持っている、超えてはならない一線が立ちはだかってくる。
「貴様は、何を考えてエアリアの――ひとつの命を終わらせたのだ、シーシアス。そしてどれほど違う世界の者たちまでその狂った毒牙で傷つけていくと言うのか」
 今更この復讐に意味などはない。もしかしたら愛する妻自身が、天国でもうやめてほしいと泣いてくれているかもしれない。
 それらを全て理解している自分もどこかにいるはずなのにそれを他人事として退けてしまうほど復讐に心を囚われてしまっていても……シーシアスの罪をたとえ神が赦そうとも裁くと決めた以上は、オライオン自身が自らの復讐のために囚われの人々を見殺しにするわけにはゆかない。さもなくば、彼にシーシアスを裁く理由など喪われてしまうがゆえに。

 どれほど打ちのめしても遺跡の力ですぐに再び立ち上がってくるセフィロト信者どもさえいなければ、村人たちの心配などせずに今すぐにでも殴りにゆけただろうに。
 だが、神の道こそ外れても、人の道までは外れはしなかった。だからこそ得られたものがオライオンには残されている。
「行って!」
 ルアナが背を押した。オライオンの中にある人々を慮る心が悲劇を止める障害となるというのなら、勇者としてその苦痛を肩代わりしてみせる。
「ねぇねぇ。絶望って人に与えられるものなの? わたしにも与えられる?」
 あれほどの事件を起こしたロレンツォがお咎めなしで――彼曰く「ローレットへの献身こそが私に課せられた罰だとも」とのことだがそんなものでは納得できない――辺りをうろついていることへの不満も、ラド・バウでの決戦の時に姿を消したセフィラにして友人シーアを案じての不安も、人々が楽しく過ごせる世界を拒否して絶望を欲する者たちがいることへの悲しみも心の奥底へと押し込めて。あたかも絶望というもの知らぬ天真爛漫な少女を装ってみせる――あるいは少し前までの自分を思い出して再演してみせる。

 思わず剣の構えを解いて、きょとんと首を傾げてやれば、信者たちはルアナは絶望機関の燃料として相応しいのだと確信してわらわらと群がってきた。亡者めいた信者たちの手にぎょっとして思わず後退るくらいのことは、ルアナが本当に無垢な少女だったとしても不自然には映るまい。
 京に撃ち抜かれたままの脚を引きずりながら、信者たちは後退るルアナについていった。今の彼らの足ならば、今から“燃料”たちの身に何かが起こったとしても決して駆けつけることは叶うまい。
 仕方なくシーシアスは手の中の書物のページをめくりはじめた。それは聖書──いや、表紙に刻まれたあの意匠は、聖書ではなく禁じられた魔道書『ジェヴォータン』であった。召喚の言葉とともにシーシアスの近傍に炎が噴き出して、それが魔獣の形へと変化する。……が、魔王のいる特異運命座標の一行に魔獣ごときを差し向けるとは片腹痛い。グレイシアが僅かばかり魔の気を発して“撫でつけて”やれば、魔獣は自身が逆らうべきでない相手に喧嘩を売ってしまったのだと悟り、やぶれかぶれの狂乱を宿して魔王へと牙を突き立てる!

「ありがとうございます! お蔭で、こちらは被害者たちに注力することができます!」
 真に手助けを必要としているのは絶望機関に繋がれた女性たちであるとは迅とて解ってはいたが、解放の手段を探して右往左往する暇があるくらいなら檻の中の5人を救うほうが先であることは疑いようもないことだった。
 信者たちはルアナと追いかけっこを繰り広げ、ゴーレムたちは今もアリシスが引きつけている。そして檻の鍵はマルコが手早く開けてしまった。
 いかに被害者たちが憔悴し、足腰がろくに立たなくなっているとはいえども、迅の速度なら彼女らを一人ひとり背負って安全な場所まで運びきることなど難しくない。もちろん、迅が独りでそれをやるというのなら、今更檻の異状に気がついたセフィロト信者たちが慌てて戻ってこれるだけの猶予を与えてしまうのだろう……が、被害者たちを無事に救い出したいのは何も彼だけじゃない。
「もう一度足をズタボロにされたいのはどこのどいつですって?」
 京が檻に繋がれていた何らかの装置――大方碌な使われかたはしていなかったろう――を蹴り砕いて破片を握り潰してみせれば、さしもの狂信者たちとて檻へと急ぐ足を止めた。
 そして戦場で足を止めるということは、彼らはマルコの鎖剣の格好の的になるということだ。
「我が国がロレンツォにさえ更生の機会を与えたのだ……ならば俺も、貴様らの信仰そのものにとやかく言うことはすまい」
 しかしながらどれほどマルコの腸が煮えくり返るのが収まらなかろうと、彼が主人メイヤ・ナイトメアより伝え聞いた内容によれば、ロレンツォは法廷にて「復讐は被害者の正当な権利である」とは認めたそうではないか……そのうえで復讐よりも被害者の利益になる提案を保身混じりとはいえしてみせ説き伏せた彼と、自分は人々を酷い目に遭わせておきながら自分たちはただ同様の目に遭うことを拒みつづける信者たち。より報いを受けるべきがどちらであるのかは言うまでもない。

 マルコの聖気に当てられて膝から崩れ落ちる信者たちを尻目に、迅は遺跡の内部を駆けた。今なお繋がれたままの女性たちを救おうと絶望機関と格闘しつづけるイズマの姿が、見る間に小さくなってゆく。
 次第に絶望に綻びが出はじめていたというのに、シーシアスはまるで全てが上手くいっているかのように高らかに哄笑を上げていた。そして彼の無防備な顔面を……背負わねばならなかったものを預けて身軽になった復讐者の拳が打ちつける!

●愛の逆説
 あまりにも長い放浪の日々だった。
 あの日、召喚などという出来事のせいで仇敵を取り逃がし死に場所を失った自分に、ようやく無念を晴らす機会が訪れたのだ。
 シーシアス、愛も知らぬ憐れな男よ。
 彼の命を奪ったところでオライオンの心が安寧を取り戻すわけではないが、それでも命をもって贖わせずにはいられなかった。
 仇敵に馬乗りになり、あらん限りの力で締め上げ、殴打し、罵声を浴びせ。けれどもそれすらも歓喜であるかのように恍惚の表情を浮かべてみせるシーシアス。
 だから……オライオンは彼に喜びなどは与えぬために、念入りに、念入りに仇敵の全てを擦り潰す。逆効果だ――そうだろうとは解っている。だからといって、どうしてこの情動を止められようか?

 不意に炎の魔獣から放たれる圧が弱まったことに、グレイシアは気がついた。
「ふむ? この魔獣、大方は召喚者の嫉妬や憎悪を喰らって力を揮うものだと踏んでいたが……」
 たとえ召喚者が死んだところで、この手の魔獣は死後の魂から残留思念を貪るものだ。シーシアスが死んだというのなら、むしろ魔獣は死に際の無念を喰らい尽くして魔王をも圧倒したに違いない。
 ところが実際に起こったことはその真逆。狂乱の結果、いかに混沌法則による制約ありといえども格上の魔王を一度は追い詰めそうになっていた魔獣が、今ではすっかりと大人しくなっている。
 だが安心にはほど遠い。何故ならグレイシア自身は助かったとしても、まだ予断を許さぬ状況にある者がいるからだ。ガラガラという激しい音に気づいてふり向いたならば、転倒し、居並ぶゴーレムの列に突っ込んだゴーレムの姿が見て取れた。そのすぐ側で血濡れた聖衣を振り乱して別のゴーレムの丸太のごとき腕を避けてみせたのは……ずっとゴーレム2体を相手しつづけていたアリシスだ。

「流石に、1人で複数を相手取るのは少々荷が重すぎましたか」
 声の調子だけを聞くならば淡々として、いかにも平然としているようではあるが。敵がゴーレムである以上、彼女の衣を濡らす血が誰のものであるかは敢えて語るまでもあるまい。警戒はすることはあれども恐怖することのない人造兵器の、純然たる破壊力。それは生半可な力など跳ね除ける防御円の上からすら、時には鋼鉄の巨体にすら呪を徹す背教の魔術師を傷つける。
「ですが……終わりです」
 けれども魔術師は最後に指を鳴らして、まるで全てを見下すかのような表情のまま起き上がったゴーレムの腕により吹き飛ばされた。なるほど、彼は厄介な魔術師の脅威を排除することに成功しただろう。が……魔術師の呪いは今まさに、彼に最大の不運をもたらさんとしている!

「ほらっ、戻ってきたならとっとと受け取りなさい!」
 幾人めかの被害者を置いて戻ってきた迅の腕の中へと、京が誰かを投げて寄越した。咄嗟に受け取ってぐったりとした女性の手足を確かめたなら、真新しい傷が帯のように痛々しくついている。
 絶望機関の燃料供給装置が1基壊されていた。顔をよく見て確かめている暇はなかったが、彼女がそこに繋がれていた女性だったのだろう。
 ゴーレムが1体、アリシスを殴り飛ばしたままの姿勢で停止していた。迅はほっと――
「――している暇はないわよ? あの1体くらいなら、日車くんなら避けて運べるでしょう!」

 ゴーレムを倒す、あるいは燃料補給装置を壊すだけなら、何も難しいことなどないはずだった。
 けれども……だからといって彼らに注力すれば? ゴーレムは囚われの人々の命こそ奪えないかもしれないが、命を奪わないことばかりが取り返しのつくことだとはかぎるまい。
 さらに悪いことに、そろそろ、リーリヤへの魔眼の効果が切れる頃合いだった。今はまだ魔眼が効いていて、せん妄のため自らに降りかかっている絶望を正しく認識しきれていない。だとしても、最初に動きを停止したはずのゴーレムが、身じろぎし、その拍子に床に転がって、じたばたと手足を暴れさせはじめたのは確かなことなのだ……。

 後に、捕らえたセフィロト信者たちの自白などから判明した全拉致被害者の総数は20弱。そのうち6名もが肉体的な後遺症もほとんどなく救出されたという結果には、少なくない称賛の声が向けられることになる。
 しかし……取り残されたリーリヤたち2人の絶望を糧に、侵入者がこれ以上獲物を奪わうことのないよう遺跡を閉ざした絶望機関。2人は、そして被害者たちを差し置いて引きずってゆくわけにもゆかずに倒れたまま放置した幾らかのセフィロト信者らは、はたしてどのような結末を迎えたのだろうか?
 ……そして。

 暴れるゴーレムにより将棋倒しを始めたゴーレム格納装置の先で、動かなくなったシーシアスの体をいつまでも殴り、踏みつけ、蹴り飛ばしつづけていたオライオンの運命は。

成否

失敗

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

アリシス・シーアルジア(p3p000397)[重傷]
黒のミスティリオン
オライオン(p3p009186)[不明]
最果にて、報われたのだ

あとがき

 ロレンツォは、皆様の多くが一旦は彼のことを信用したらしいことを確認すると、宗教団体セフィロトに関する幾つかの情報を追加でもたらしてくれました。

 曰く、教団は教祖『無限光』アイン・ソフ・オウルの望むままに世界を終末へと導いてはいるが、各セフィラはそれぞれ独自の思惑で動いている……つまり、いつどこで誰が何をしているのかは、セフィラ同士とて把握していないこと。
 曰く、ただしセフィラの召喚する守護天使たちは見聞きしたものを教祖に伝えており、教祖が望んだ時だけは情報が共有されること。

 ただしロレンツォは、喚べば一帯を焼け野原にするという守護天使『破壊』の性質を口実に、教祖からも隠れて自身の勢力を伸ばしていたようです……ロレンツォが事件の重大さに比して軽い奉仕義務だけで済んでいた裏には、それゆえに彼が他セフィラの干渉を受けることなく自身の作り上げたネットワークを瓦解させる方法を天義政府にリークできた、という貢献もあったのかもしれません。彼は「天義を断罪の国から更生の国へと変えたのは君たちだろう?」と、さも自分が赦されるのは当然であったかのようなことを言いますが……。

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