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シナリオ詳細

<天使の梯子>灼け落ちるローレライ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 静けさが部屋の中を支配していた。
 持ち主の気質が感じられる落ち着いた、どこか几帳面さすらも覚える調度品は人の動きを計算した上で配置されているように見える。
「セヴェリンさ……卿。フラヴィア、参りました」
 緊張した様子でフラヴィアが言えば、机に向き合っていた老騎士が顔を上げ、緊張した様子で1つ息を吐く。
 そうして、「似合っている」とぎこちなさの残る笑みを浮かべた。
「――っ、ありがとう、ございます」
 フラヴィアは思わず声を震わせた。

 黒い騎士の服。それは天義という国において尊い意味を持つものだ。
 神が為に行なう断罪の時に被る穢れより敬虔なる者の身を守るための、何もにも染まらぬ黒。
 聖騎士達が纏う『黒衣』とは、信仰正しき騎士達が聖戦の意を示すもの。

 かつて、両親や知人をほとんど失い、アドラステイアに流れ着いて剣を取った。
 守り抜くべき子供達を守り切ることの出来なかった、力無き自分にも着る機会があるなどとは、全く思っていなかった。
「フラヴィア。君はきっと、これから先、戦いを強いられるだろう。我が守ってやれる間など、少なかろう。
 我が国の同盟者たるローレットの英雄たちであっても、必ずしも守り切れるとは限らぬ」
「……はい」
 重く、静かに語る老騎士――セヴェリンの声はずっと緊張している。
「であれば、君は何をするべきか――」
「……私自身も力を付けること。
 せめて、自分を守れるだけの、誰かを守るための力を手にすること」
「うむ。君はアドラステイアでは傭兵の隊長を務めていたな?」
「はい……でも、守るべき子供達を、守り切れませんでした」
「それでも君には、子供達を守りたいという意志があるのだな?」
「はい」
「ならば強くなりなさい。
 今この国は冠位傲慢の侵攻を受けているのだから。
 その手先が君を狙っているのなら、強くなりなさい。
 我はこの後、戦場に向かうが、君には君で仕事が与えられた」
「私にも……?」
「うむ、見習いとはいえ君は今や天義が誇る聖騎士だ。
 そして……この戦いが終わった後は、我の跡を継ぎペレグリーノの当主となる娘だ。
 なれば、仕事の1つや2つ、熟せなくてなんとする」
 感情を殺すようにしてセヴェリンは騎士の顔をする。
「――もちろん、君一人で熟せとは言わぬ。少しずつでいいから、進んでみなさい」
 そこまで言うとセヴェリンが1つの小さな杯を机の上に置いた。
 淡く光を湛えるそれは聖遺物の1つだろうか。
「承知いたしました。行ってまいります!」
 少しだけ深呼吸。
 フラヴィアはそれを受け取り、一礼して歩き出す。


 くすんだ町の中、テラス席にて腰を掛けている白装の美女がいた。
 オルタンシア――遂行者と呼ばれる者達の1人である。
「ねえ、ベル?」
『外』の出来事を聞き流していたオルタンシアは隣に立つベルナデッタへと声をかける。
「――聖女に必要な物ってなんだと思う?」
 掌に載せた聖遺物を玩具か何かのように弄び、オルタンシアは微笑する。
「奇跡を起こすだけの可能性? 正しき信仰? 鋼鉄の如き精神性?
 人を想う慈愛? 人を救いたいという宿願? 悪を諭し、切り捨てぬ高潔さ?
 ――ふふ、どうかしらね」
「そんなものがあるんでしょうか――そもそも、聖女であるかを決めるのは他人でしょう。
 聖人だろうが狂人だろうが、悪人だろうが……いえ、悪人は悪人であろうとしてもなるものですが」
「あはっ♪ そうね――本当に、そう」
 微笑みに酷く懐かしむような、それでいてどこか冷たい感情を覗かせて、オルタンシアは手に持っていた聖遺物を放り投げた。
 ベルナデッタが危なげなくそれを受け取るのを見やり、テーブルに肘をついて溜息を吐いた。
「あげるわ、それ。ここにももう用はないし、好きにすればいいわ♪
 どうせ忘れ去られていた遺物だもの」
 そう言うや立ち上がり、くるりと踵を返してどこかへと消えていく。
「そういうことだから、後はよろしくね、剣の少女?」
「貴女は私の事をなんだと思っているの」
「あはっ♪ 同族、かしらね?」
 柔らかく笑うオルタンシアに灼髪の少女が訝し気に目を細めた。


「フラヴィア・ペレグリーノです。皆様は『神の国』をご存知でしょうか?
 リンバスシティは『現実へと侵食』して定着率を増し、帳を下ろすそうです。
 一方の『神の国』はその前段階。
 まだ定着率が低く、聖遺物などを梯にしてようやく移動できる場所です。
 もう何件か始まってますが、私も同行させてほしいんです。聖遺物は、預かってきました」
 そう言って、続けるまま闇色の髪の少女は言う。
「私は聖騎士見習いとして、実戦で功績と経験を積まなくてはなりません。
 それが嘗ての大戦で死んだ両親へ私が出来る恩返しだと思うから。
 こう見えてアドラステイアでは傭兵隊長でした。
 皆さんの邪魔をするつもりはありません。どうか――お願いします」
 そう言って、彼女は真剣な瞳でこちらを見た。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 黒衣に身を包んだ見習い聖騎士の少女と一緒に戦場に赴きましょう。

●オーダー
【1】聖遺物の破壊

●フィールドデータ
 聖遺物によって作り出された領域です。
 全体的にくすんだ灰色にも黒色にも見える不思議な景色が広がっています。
 湖を囲むように作られた小さな町であるらしく、灰色の湖が広がっています。
 湖の中心には非常に大きな岩が存在しています。

 なお、現実世界から見てもここには町が広がっていますが、湖の痕跡はありません。
 歴史書によれば随分と昔に湖があったことが分かります。
 何らかの理由で埋め立てたのか、或いは枯れたのでしょうか。

●エネミーデータ
・『剣の少女』名称不明
 灼髪を1つに結んだ少女風の姿をしています。
 その手には熱を帯びた長剣を握り締めています。
 明確な知性を持っているようです。
 その正体は不明です。
 ワールドイーターなのか、遂行者なのか、致命者なのか、はたまたそれ以外か。

 物神両面に長け、高い身体能力を持ちます。
 熱を帯びた長剣による攻撃は【火炎】系列や【出血】系列、【呪い】が予測されます。

 恐らくですがこの場所の『核』となる聖遺物を持っています。
 どこに装備しているのか、どんなものなのかは分かりません。

・『ワールドイーター』ローレライ ×2
 美しい灰色の髪と瞳をした美女を思わせるワールドイーターです。
 剣の少女の後方、戦場の最奥に陣取ります。

 非常に広いレンジを持つ歌を歌います。
 その声と美貌は【魅了】、【石化】、【怒り】、【呪い】のBSを引き起こす可能性があります。

 回避が高く、防技が低め。
 また、自身を討伐したユニットに対して強制的に【封印】【恍惚】【暗闇】を付与する特性を持ちます。
 なお、攻撃ではない特殊能力のため回避は出来ませんが抵抗判定で抵抗することはできます。
 またBS回復も可能です。

・影の天使×10
 影の天使達です。人間を形作っています。
 どことなく装いが船頭や漁師のようにも見えます。

 近接戦闘を主体とします。
 皆さんが後方へ攻撃することを食い止めようとします。
 まるでローレライを守ろうとする動き……のように見えるかもしれませんね。

●友軍データ
・『夜闇の聖騎士』フラヴィア・ペレグリーノ
 夜のような闇色の瞳と髪をした女の子です。武器は手入れの行き届いた片手剣。
 元は『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
 紆余曲折を経て遠縁の親戚に預けられ、聖騎士見習いとなりました。

 アドラステイア時代から今も『自分より幼い子は助けたい』と考えている心根の優しい女の子です。
 以前に部下でもあった子供達を多く失っており、その気持ちはより強くなっている様子。

 皆さんよりは強くはありませんが、
 オンネリネンで部隊長を務めた経験は馬鹿にできません。
 信頼できる戦力であり、自衛も可能です。
 素直な物理アタッカー、単体であれば回復も出来ます。

●NPCデータ
・セヴェリン・ペレグリーノ
 フラヴィアから見て大叔父(父親の叔父)にあたる人物。
 嘗ての大戦では聖都中枢を守ったものの、フラヴィアを除く一族が尽く戦死してしまいました。
 フラヴィアを把握できずにアドラステイア入りさせてしまったこと、
 初めてできた孫のような相手に負い目と立ち位置を決め兼ねています。

 当シナリオでは別の仕事により不在のようです。

・『熾燎の聖女』オルタンシア
 『遂行者』の1人。
 皆さんが到着した時には既に現場を離れています。
 リプレイでは登場しません。

・『致命者』ベルナデッタ
 オルタンシアの配下として活動している『致命者』です。
 フラヴィアの母の姿をしています。リプレイでは登場しません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <天使の梯子>灼け落ちるローレライ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月30日 23時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
多次元世界 観測端末(p3p010858)
観測中
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

リプレイ


(聖遺物、か。誰が遺したかは知らない、が……己の遺物をいいように使われるのは、聖人も浮かばれない、な。
 憂うことなきよう、破壊しよう)
 話を聞きながら思う『愛された娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の髪は萎れているようにも捩じれているようにも見えるか。
「黒衣を纏うことを決めたんだね、フラヴィアさん。君の決意の、力になろうと思う」
 フラヴィアへと声をかける『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)の問いかけに、少女は少しばかり緊張した様子で頷いた。
「マルクさん……ありがとうございます。
 本来なら、私ではまだこれを着るには不足していると思いますが……着るからには頑張ります」
「……誰かを護るためには強さは確かに要るんだよ。
 目を背けたり、向き合わなかったり、そんな事をする弱さが要らなくて。
 立ち向かう為の強さなんだよ、きっとな」
 フラヴィアへと『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は声をかけた。
「……俺が語るとどうも教科書なぞったような語りになるから実感わかねぇかもしれんがな」
「い、いえ。そんなことは……ありがとうございます。立ち向かう為の強さ……私もそれを手にしたいと思います」
 驚いた様子を見せたフラヴィアは、照れたように微笑んだ。
「そう言えば、以前にベルナデッタが言っていた『ペレグリーノの家宝』。フラヴィアさんに心当たりはある?」
「……えぇ、あの後、セヴェリン卿が仰っていました。あの魔剣はなんてことのないただの剣に過ぎぬと。
 こう言うとなんだが、骨董品に過ぎない……どうして連中が狙うのだろうと」
「フラヴィアといった、か。見習いと聞いたが、腕に覚えはあるようだ、な。
 頼もしい限り、だ。マリアは後衛故、背中を預けることは早々ない、が。その時には、任せた、ぞ?」
「――はいっ! 私の持っている力の限りを尽くしてでも!」
 エクスマリアなりの激励に頷くフラヴィアの表情はまだぎこちなさも残る。
「あまり緊張しすぎないように、な」
 うねりと髪が疑問を呈すれば、驚いた様子のフラヴィアの表情はそれ故にかそれまでよりもリラックスしたようにも見える。
「味方として戦えてうれしい。でも、気負いすぎてない?」
 そんなフラヴィアへと『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は声をかける。
「頼りにしてるけど無理はしないでね」
「それは……約束、出来るか分かりません。でも、心には止めておきますね」
 リュコスの言葉にフラヴィアが少し躊躇うような表情を浮かべて、小さく頷いた。
(フラヴィアさんは緊張しているかもしれません。
 なので、僕がしっかりしなくては!)
 フラヴィアの様子を見ながら『雪玉運搬役』セシル・アーネット(p3p010940)は思う。
 実のところ、そう決意するセシル自身、戦うのは怖かった。
 ちらりと視線を下ろすと、少しだけ手が震えている――それでも。


「そうです。一人じゃ無いですから、一緒に戦いましょう!」
「はいっ。今日も、一緒に頑張りましょう!」
 フラヴィアの手を取ってセシルが言えば、驚いた様子のフラヴィアが心強そうにそう言って笑みを浮かべてくれた。
「ほーん。フラヴィア嬢は騎士になって初仕事か。
 奇怪な事件の担当になっちまって大変だな。いや、功績積むには良い仕事か?
 傭兵の時と同じで、いつも通り、自分らしくやってりゃ何とかなるさ」
 そう言って声をかけたのは『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)である。
「――自分らしく、そう、ですね。それが出来ないようになったら、駄目ですよね」
 驚いた様子を見せた後、フラヴィアが視線を下げて握りしめた聖遺物を見る。
「まあ、俺もお嬢が戦いやすいよう頑張るし、何かあればあっちに百戦錬磨の旦那も姐さんもいるからよ」
 笑って他の面々の方を示してやれば、驚いた様子を見せていたフラヴィアも笑いかけてきた。
「それでさ、また平和になった時に自慢出来るようになってると良いなぁ」
「――はい、それはその通りだと思います」
 獅門の言葉にフラヴィアがはにかんだ。
「フラヴィアサン、オ願イガアルノデスガ。
 貴女ガ持ツ聖遺物、突入前ニ見セテ頂イテモ宜シイデショウカ?」
 タイミングを見計らって『観測中』多次元世界 観測端末(p3p010858)はそう声をかける。
「はい、大丈夫ですが……問題とかありそうですか?」
 驚いた様子を見せた少女が小さな杯を見せてくれる。
「イエ、ソウイウワケデハアリマセン。
 タダ、アノ神ノ国デ使用サレテイル聖遺物ト同ジ物デハ無イデショウガ、雰囲気等ガ何カノ参考ニナルカモ知レマセン。
 何ノ役ニモタテラレマセンデシタラ、申シ訳ナイ限リナノデスガ」
「なるほど……」
 そう言って2人、もとい1人と1機はしばらくの間、聖遺物の観察を続けた。
「……フム、コレ以上ハ見テイルダケデハ意味モ無サソウデス……」
 少ししてから観測端末はそう言って少女へ聖遺物を返す。
「……そう、ですね。
 これ以上待っていても良いことはないかもしれません。準備はいいですか?」
 フラヴィアが改めて問いかけてきたのに一同が頷いて――聖遺物が淡い輝きを放つ。


 空間は遷移し、町の光景は様変わりする。
 どこからともなく、不思議な色を含んだ声が聞こえているような気がした。
「聖遺物……どういう原理なのか……
 この地のことを考えると、『神の国』は過去……それとも、別の歴史を辿った世界?」
 そう呟く『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の言葉も今のところ推測の域は出ない。
 灰色がかった世界には新たな来訪者を拒むような感覚さえ覚える。
「さぁ? どっちかしら。私もよく知らないわ」
 アレクシアに答えたのは剣を構えた赤毛の少女だった。
 その後ろにはハミングしながらゆらゆらと揺れる女――のような何かが2つ。
 そんな2体を守るように、影の塊がこちらに敵意を見せていた。
(あれは……影の天使? うしろの人……?を守ろうとしているように見える……
 昔は湖があったみたいだし、それなら漁師や船乗りもいたはずだし、もしかして元々ここに住んでた人が利用されて……?)
 そんなリュコスの疑問を答えにするには情報が無さ過ぎた。
「――厄介な歌声から潰してやる!!」
 獅門は戦場を見渡して破竜刀を握り締めて宣戦の雄叫びをあげた。
 大袈裟に振りかざすと、そのまま大太刀を振り回しだす。
 ローレライ目掛けて突貫せんばかりの勢いのその仕草は影の天使たちに獅門の存在感を刻むには十分すぎよう。
 そして、それこそが獅門の狙いだった。
「いくよマーシー! フラヴィアさんも僕についてきてください!」
 セシルは言うやグリムセイバーを手に戦場を翔け抜けていく。
 剣身に神聖を纏い振り抜いた斬撃、瞬く神聖なる輝きは斬撃の軌跡と共にローレライ蜥蜴の天使を打つ。
「頼りにしてます、フラヴィアさん」
 やや遅れるフラヴィアの動きを背中に感じつつ、セシルは呟いた。
「歌姫も声が届かぬならば意味があらず、ってな。
 まぁお前らのステージの観客になりに来た訳じゃねぇからひたすら『荒させて』貰うけども」
 圧倒的な速度を以ってカイトは舞台の幕を開ける。
 歌を歌うローレライの足元を黒い水が浮かぶ。
 それは天へ上る黒雨、さながら黒顎の如き帳を以ってそれがローレライを包み込む。
「そちらがローレライを守るつもりなら、纏めて叩き潰してしまってもいいだろう?」
 エクスマリアは黒金絲雀に魔力を通して空に鋼鉄の星を輝かせた。
 昏い金色の輝きを帯びた鋼鉄の星は灰色の大地に彩りを齎す太陽の如く輝いてみせた。
 鋼球は戦場をあまりにも過酷に、壮絶に穿つ星の光となって降下する。
 芯に当たった数体がただそれだけで消し飛ぶあまりにも恐るべき一撃が戦場に風穴を開けた。
(聖遺物は君が持ってるんだよね?)
 リュコスはハイテレパスを行使しながら剣の少女へと声をかける。
 それは剣の少女の意識をリュコスに集中させるための手段であり、純粋な問いかけである。
 もちろん、その答えが返ってくるなどとは思ってない。
(それでも、じががあるなら、意識せずにはいられないはず)
 推論を立てながら剣の少女の存在を注視すると。
(ええ、持ってるわ。他の子には渡せそうにないから)
 さらりと少女はそう答えたのだ。
 目を瞠るリュコスの反応さえも不思議そうに首をかしげる余裕さえ見せたかと思えば、炎の揺れるような不思議な動きから少女が斬撃を刻む。
「あなた、名前は? いつまでも『剣の聖女』だなんて呼びづらいもの」
 ヴィリディフローラの色彩を絶えず切り替えながら、アレクシアは戦場の奥から飛び込んできた少女へと問いかけた。
「そんな風に呼ばれたこともあったような無かったような……。
 あぁ、そうそう、名前ね。私はマルティーヌ、そちらは?」
「私はアレクシア。マルティーヌ君は……貴方達は、何のために『神の国』とやらを広げようとしているの?
 ……そもそも、これは何なの? 世界を上書きするなんて、並大抵の力じゃあないでしょう」
「そうみたい。ごめんなさい、私も受肉したてでよく分からなくて」
 競り合いを続けながらも余裕を隠さず言う剣の少女マルティーヌ。
「――受肉?」
 思わず、アレクシアは声に漏らす。
 観測端末はそれらの動きを静かに観察し続けていた。
 仲間達へとブレイクフィアーを掛けながら、その視線は常にマルティーヌに向いている。
(……何デショウ、何カ不自然ナ気ガシマス)
 マルティーヌの握る剣、その他装飾品の数々を瞬間記憶で覚えていきながら、その大きな瞳で突入前に見た聖遺物と比較していく。
 観測者の在り方を示すように、鑑定を進めていく。


 戦いは中盤に移行しつつある。
 2体のローレライの内、片方は倒れ、もう片方も既に倒れる寸前に見えた。
「ごめんなさい美しいひと、貴女の歌声は僕には届かない」
 セシルは小さな呟きと共にグリムセイバーに聖光を纏い斬撃を放つ。
 放たれた斬撃は不可視の一閃、真っすぐに戦場を飛翔した一撃はローレライの身体を斬り裂いて、音が1つ消えた。
(俺はあくまで下支え。
 ずっと壇上の主役に華持たせておく生き方の方が得意だけど。
 ……お前が、苦しい過去と向き合って先に進もうとするなら……)
 カイトはちらりとフラヴィアを見た。
 剣を振るう少女の背を見つめて、再び術式を発動させる。
(その力になりたいってのは……あの連中より、傲慢だろうか、な?)
「……そうだとしても。ま、好きなだけ頼ってくれよ。俺らはそれに応える為の連中だからさ」
 爆ぜるように打ち出された天へと昇る黒き雨は有り得ざるを示す光景だ。
「なんで遂行者のなかまをしてるの?」
 身を屈めてマルティーヌの懐へと潜り込んだ闘気を纏い壮絶な拳を叩きつけながら問いかけた。
「遂行者? もしかして、あのオルタンシアとかの事? そうね。それはそう作られたから」
 リュコスの問いかけにマルティーヌは平然とそう答えた。
 そう作られた、受肉、益々尋常な存在ではなさそうだが――
 それを考える暇を与えてくれないマルティーヌの剣が身体に傷を増やしていく。
「君もまた、ペレグリーノに連なる者なのかい? オルタンシアやベルナデッタのように」
 マルティーヌへとブラウベルクの剣を叩きつけ、マルクは斬り結ぶ。
「ペレグリーノ? 初めて聞いた名前ね……」
 爆ぜるように撃ち抜くマルクの絶剣の一閃を体捌きで受け流して見せた彼女はそう答えた。
「それなら君は何者なんだ? 受肉とはどういう意味だ?」
「さぁ――私が何者なのか、私が知りたいぐらい。受肉は受肉、そのままの意味よ」
「あなたの持ってる聖遺物は何なの?」
 続けてアレクシアは問う。
 当然、リーディングも試みている。
 それは彼女がこれから語ることが本当のことではないという確信からだった。
 リュコスがそれよりも前に問うたことから、彼女が持っていることは確実だった。
「これだけど?」
 剣撃の最中、マルティーヌが少しばかり間合いを開き、腰のポーチに手を突っ込んだ。
 取り出した掌に乗る程度のそれは、ブローチだろうか。
「なるほど、貴方達はこれが欲しいんだ。たしかに、彼女も重要そうなことを言っていたけど」
 そこまで言うと、マルティーヌは再びポーチへとブローチをしまい込む。
 それを受けて、アレクシアは思わず目を瞠る。
(本当の事を言ってるみたい……じゃあ、あれがここの核の聖遺物? でも、何か変な感じも……)
 そう、嘘を言っていない。だからこそ、アレクシアは訝しむ。
「彼女ノ話ハ嘘デハ無イデショウ」
 その様子もつぶさに観察していた観測端末はブローチに着いてそう結論を述べる。
(……デスガ、コノ違和感ハ何故?)
 混乱させられるような感覚が脳裏にへばりついている。
 それはまるで、目の前の少女自体もまた聖遺物であるが如き違和感。
(……マサカ)
 そんなはずはない、と。観測端末は自問自答する。
「俺の相手もしてくれよ。その剣、勉強させてもらうぜ」
 そこへ割り込んでいったのは獅門だった。
 振り抜いた殺人剣は流麗なる軌跡を描いて紡がれる。
 分厚く幅広な刀身は頑強そのもの、武骨なる斬撃の連撃は軌跡の美しさに反してあまりにも暴力的な斬撃を刻む。
 それらを体捌きと剣を駆使してマルティーヌは鮮やかに受け流していく。
「そちらから場所を教えてくれるのなら、問題ナイ。
 守ろうとしようとしまいと、全身余さず潰してしまえば同じこと、だ」
 エクスマリアは一気に肉薄していた。
 それは視線を用いる魔術、ある種の魔眼にも近い魔剣。
 その視線から逃れる術など存在しない。
 圧倒的な連撃、天運に味方された少女の如き娘の一閃がマルティーヌの身体をずたずたに切り刻む。
 すると、赤毛の少女の全身から黒い靄が溢れ出す。それは宛ら血であるが如く。
 マルクはマルティーヌの正体を訝しんでいた。
 被造物、あるいは概念的な存在であるが如き『受肉』という単語、尋常の存在とは思えぬ身体能力、何より溢れだす血ではない何か。
(もう一度、試してみよう)
 ワールドリンカーを剣状に変質させ、再び一閃する。
 零距離で打ち出す極光の斬撃が少女の身体に強烈な斬撃を刻む。
 その一閃が少女のポーチを斬り裂いた。
「あっ」
 思わずマルティーヌが声を漏らす。
 そのままマルクの与えた一撃の勢いを利用して一気に後退していく。
(……何か、変な気がする)
 受けた傷口を抑えるマルティーヌの身体が、揺れているように見えた。
 衣装の下、斬り開かれた傷口の近く、腹部に浮かぶ、炎のような印。
「はぁ、これはしくったかも……仕方ない」
 やれやれと頭を振って、少女はそのままどこかへと一気に後退する。
「待ってください。貴方は何者なのですか?」
 エネミースキャンを試みたセシルの呼びかけに、マルティーヌが顔を上げた。
「さぁ? 私が知りたいくらい。あぁ――でも。貴方達の敵であることは確実ね」
 どろりとした良くない物が何かに纏わりついている。
 そんな感覚を覚え、セシルは走り去っていくマルティーヌを見て、その足元にある聖遺物を斬り裂いた。

成否

成功

MVP

多次元世界 観測端末(p3p010858)
観測中

状態異常

リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)[重傷]
神殺し

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ

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