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シナリオ詳細

<カマルへの道程>盲愛に耽る

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「ちょ、オカシラぁ……」
 情けない声を漏しながら『宵の狼』の本拠に戻らんとする康・有存はぐったりとしていた。
 ネフェルストへの遣いの最中だ。竜を模したちぐはぐのパッチワーク。そうとしか称せぬ『晶竜(キレスアッライル)』の襲来では情けないところを見せてしまった。
 間一髪、生き延びることは出来たが、不安が痼りとなって残っている。
(あの娘は……エルスは大丈夫なんだろか……あんなヤベーのと戦わされるなんて絶対有り得ないよな……)
 呟く有存へと「先に行くぞ」と彼を置いて傭兵団の団長は何処かへと消えてしまった。
 彼の背を追掛けずに有存は立ち尽くす。古宮カーマルーマの中、目の前には転移陣が点在し、その向こうへと『帰らなくてはならない』のに。
「……やっぱり、可笑しいぜ」
 青年は呻いた。彼女が、エルス・ティーネ(p3p007325)があんな恐ろしい生物と戦わねばならないというその現実が余りにも不安だったのだ。


 古宮カーマルーマより『月の王国』へ至ることが出来る。
 転移陣の向こう側に存在した砂漠には吸血鬼達が待ち受けていた。それだけではない。偽命体(ムーンチャイルド)や晶竜達も其処に存在しているのだろう。
「……吸血鬼達は、イレギュラーズに『烙印』を与えて仲間に引き込もうとしているのですね」
 己の頬に浮かび上がった烙印に触れてからマリエッタ・エーレイン(p3p010534)は呟く。その推論に頷くのはレナヴィスカの傭兵であった。
「恐らくは。……調査に向かったイルナス団長も烙印がありました。
 烙印に耐えられる人間を求めているとの話しもありますから……それが『進行』する事でどうなるかは分かりませんけれど」
 ふわふわとした説明ではあるが、敵側から付与されるモノである以上は致し方ないのだろう。
 頷いたエルスは「一体何が起っているのでしょうね」と呟いて『月の王国』へと踏み入れる。
 熱砂に浮かび上がった煌々とした月。煌びやかな王宮が遠く、見ることが出来るその空間。
「エル、ス……?」
「有存さん?」
 マリエッタがぱちくりと瞬いた。呼んだ名にエルスも思わず身を乗り出す。
 砂漠に立っていたのはエルスが覇竜領域で出会った青年、康・有存その人だ。
 エルスに一目惚れをし、家出同然でラサに出て来た医術士の青年はどうしたことか『月の王国』の中に居た。
「あーそん、誰か来た?」
 有存の背に飛び付いたのは小さな背丈の吸血鬼であった。可愛らしい偽翼はそれらしさを追求してのものなのだろう。
 赤い瞳に、牙、真っ白の髪を有したその人は少女とも少年とも何方ともとれる外見をして居た。
「こんにちは、だ。イレギュラーズ。ターイルを作った吸血鬼、アツキって言いまぁす」
 ぴーす、と手を掲げて見せた吸血鬼アツキにぴくりと反応したのは小金井・正純(p3p008000)である。
「ターイルを作った……?」
 ターイル。それは正純が相対した晶竜の名だ。そんなものを作ったと宣うのだ。
 鋭く睨め付ければ、目の前に立っていた吸血鬼は臆することなく穏やかな笑顔で「まあまあ、怒りなさんな」と揶揄うような声音で言った。
「うん。ターイルを、博士の指示で組み立ててみた。また逢いたいならアポイント取っておいてよ」
「巫山戯てますか……?」
 眉根を寄せる正純に「巫山戯てないってばぁ」とからからと笑い声を上げた吸血鬼は後方に下がりながら有存の肩をぽんと叩いた。
「あの娘が有存の好きな子だっけ? はー、叶わぬ恋だね」
「なっ、ん――何でそんなこと言われっ、なきゃ……!?」
 エルスには届いていない。言葉の欠片であるが耳にしていたマリエッタは渋い表情を見せた。
 彼の恋の行方は気になっていたのだ。
 何せ、有存はエルスの片恋の相手が誰か知らない。ラサに居れば誰もが常識めいて知っているというのに、だ。
「だって、あの子好きな人いるでしょ」
「そ、それは、まあ、分かってる。噂は聞いたことある。けど、見込みは――」
「ないっしょ。有存みたいに雑魚で、ヘタレで、何も出来ない男が、あんな奴に叶うと思ってるの?」
「ッ―――」
 不安そうな瞳を向ける有存は『俺のことを好いてはくれないのか』とエルスに問い掛けるような眸を向けていた。
 アツキがけらけらと笑いながらイレギュラーズを眺め遣る。
「よければ、その体に烙印のお一つは如何? お好みなら、アツキちゃん特製の偽生命もつけるからさぁ」
 だらりと垂らした袖を揺らしてからアツキはずんずんと進軍していく偽生命を前へ前へと押し遣った。
「雑魚を倒せないならさ、ターイルとか無理でしょ? ほーら、ちょっとだけ物は試しでさ、アツキちゃんを押し倒すくらいしてみなよ」
 牙を見せて笑う吸血鬼は妖しく笑う。
「まあ、その前にアツキちゃんが烙印の一つや二つ、プレゼントしちゃうかも知れないケド。ね、有存?」

 呼ばれた青年は吸血鬼のことなど、最早意識していなかった。
 美しい月の下、エルスが苦しむように膝を付いた。そんなことも『目に入っていない』ほどに、青年は愚かだった。
「エルス、おれ、……俺様は、アンタの事が好きだ」
 緊張しながら吐出した言葉が届いていたのかは、まだ――

GMコメント

●成功条件
 ・吸血鬼アツキの撤退
 ・偽生命15体の撃破
(康・有存の生存や無事はこれには含まない)

●月の王国入り口
 美しい風景の広がる場所です。月齢は関係なく、満月です。
 周辺には障害物はなく、殺風景な砂漠そのものです。

●吸血鬼『アツキ』
 アツキと名乗る吸血鬼です。本来の種族や本名は不詳。
 だぼだぼとしたパーカーに、萌え袖。作ったのは偽翼と尾。白髪に紅色の眸。想像上の吸血鬼を模しています。
 明るくトリッキーな性質で有り、博士とも関わり深いようです。晶竜ターイルを製造したとも言っています。
 偽生命の口減らし目的などと宣っています。戦闘能力は不明。
 偽生命の数が減ると撤退しますが、10体程度が減った時点で前線に飛び出してきて『烙印』の付与を狙うようです。

●偽生命 20体
『博士』が作りだそうとした人造生命体、の、失敗作です。非常に短命です。
 妖精編で出て来たアルベドやキトリニタスと非常に類似しています。物理属性の攻撃を行います。EXAなどが高めで、手数が多い敵です。
 マネキンのように凹凸も少なく、人間らしさに欠けていますが耐久力には自慢があります。
 20体存在し、15体まで減った時点でアツキは撤退します。10体減った時点でアツキはラストチャンス狙いで飛び出してきます。

●康・有存
 アソン君。フリアノン出身の亜竜種。エルスさんに一目惚れして『宵の狼』にて医術士として活動して居ます。
 早く立場を上げてエルスさんに似合う素晴らしい男になる事が有存の目的です。
 お喋りなアツキから色々と聞かされてエルスさんがディルクを好きなことを小耳に挟みましたが、同じ片思い同士なら『チャンスがあるだろう』と思ってます。今はね。
 アツキは有存に攻撃しません。有存もアツキとは顔見知りなのか気にする素振りはありません。
 何かあれば適当に使うつもりのようです。適当に。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <カマルへの道程>盲愛に耽る完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月09日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)
心に寄り添う
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ


 煌々と照らす月の下で、歯列を軋ませ浅く息を吐いた『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)は天を睨め付けた。
 永劫に明けぬ夜を彩るが為に遇われた月は丸く、欠けも存在していない。つるりとしたその存在をエルスは永劫に忘れることはないだろう。
「……くっ」
 肉体の変化は、満月の下で現れる。苦しげな娘の傍らを砂を踏み締めて進む『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)はすう、と息を吸った。
 なんと美しい場所なのだろう。砂の海を彩った黒き空は、その白さをより際立たせている。
「お月様も大きくてまんまるで綺麗。これをゆっくり眺められたらよかったのですが、そうも言ってられないですね」
 吸血鬼としての飢餓はエルスだけが感じるものではなかった。彼女程ではないがメイ自身も吸血衝動を感じられる。
(んんと……コレがついてからどうも調子がおかしいのです……)
 脇腹には白い花の紋様が飾られている。烙印、と相対した吸血鬼が呼んでいたが――果たして。
 頬の花は鮮やかに咲き誇る。己の涙が水晶になると知った『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は月の王国と呼ばれたこの月の下を踏み締めるように歩いていた。流石に、防備は手厚いと呼ぶべきか。
「……この烙印。これは仲間を増やすために、見込みのある物に烙印を付与している、と――其処までは理解しましたが。
 これは予想外の来客ですね。『有存さん』……あなたが、どうして此処に」
 呼び掛けるマリエッタにただ、エルスと彼女の姿を見た康・有存は固まっていた。その体を硬直させたのは好いた娘の変わり果てた姿を見たからか、それとも、『イレギュラーズ』と呼ばれる彼女達がこの地に至っていたからか。
「ご機嫌よう、有存さん。前回ターイルに襲われていたあなたと、その『ターイル』を作ったという吸血鬼が一堂に会している。
 何かしらの因果関係がある、というのはこれで確定しても良いでしょうが……何分、それを追求している時間はないようですね」
 鋭く目を細めた『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)に引き攣った声を漏した有存は「違う」と思わず声を張った。青年の否定が何に掛かっているのかは分からないが――「つめたぁいなあ、あーそん」と腕に絡みつく吸血鬼の様子を見る限り何の言い逃れも出来まい。
「ターイルと戦ったんだ? それはそれは! アツキちゃんの『実験生物』がお世話様でして」
「『あの』博士と縁が深いのは確定させて頂いても? ならば――最低限の情報は吐いて頂かないと」
 目を眇める正純に「やだぁ、遊びましょうよ」とアツキはひらひらと手を上げた。その巫山戯た調子を見遣ってから『無鋒剣を掲げて』リースヒース(p3p009207)な表情を歪める。
 この手の『ふわふわ』として捉えがたい輩というのはリースヒースにとっては苦手な存在だ。腹の読み合いは好きではない。アツキが揶揄い、困惑した表情を見せる有存は他の物に巻かせれば良い。そして――
「雑魚、と言ったか。生を弄ぶ者は許しておけぬし――生命体の失敗作、というもの自体が。
 そして口減らしという行為自体が気に喰わぬのだ。産んだら責任を持て!」
「責任持って廃棄しているのに」
 ああ、なんと――なんと無頓着な言いようか。尊厳そのものを蔑ろにしたアツキの言動に『心に寄り添う』グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)とて表情を歪めずに入られまい。グリゼルダには色恋沙汰という物は分からない。眼前に立っている吸血鬼そのものには興味はないが――
「……『偽命体』、雑魚、ね。
 勝手に生み出しておいてそれを口減らしに戦わせるとはなぁ...随分と趣味の良いことをするじゃないか。
 こんな素晴らしいお出迎えをしてくれたのならしっかりお礼をしてやらねばな」
「お出迎えはちゃーんとしなくてはですからねぇ」
 口角を上げて微笑んだアツキに有存は「アツキ!」と慌てた様に声を掛ける。既知であるのは確かだが、駆れと彼女の間には決定的な隔たりがあるようだ。一方は色恋沙汰しか見えて居らず、もう一方は敵対する気で此方に向き合っている。
「……また会った、な。有存。言っておくが、好きだなんだと口にする前に、時と場合を考えて、相手をよく見てからにしろ。愚か者。
 お前の場合、男を見せるよりも、まず大人になるのが先、だ。
 そこの吸血鬼とやらも、有存とどういう関係か知らないが、あまり煽るな――遊んで欲しいなら、少しばかり、付き合ってやる」
 まるで幼い『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の発言に有存がぴたり、と動きを止めた。
 眼前のエリスは満月の明るさに苦しみ、藻掻く。有存は言葉を飲み込んでから、波のようにイレギュラーズを攻める偽命体を眺めて居た。


 美しい場所だ。何処までも続く砂の海に、照らす空の鮮やかさ。目覚めるような煌めきの王宮を望めば、それだけでも心は踊ろう。
 しかし、この地の住民は景色ほど穏やかではなく、夜の似合う悍ましさをその身に宿しているのだろう。幾人もの仲間達がその体に刻んだ烙印の果て――それがこの場なのか、それとも。
『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は弓を引き絞りアツキを睨め付けた正純の肩を小さく叩き、前線へと走り出す。
「とにかく黙ってはいそうですか、なんて大人しくするわけにはいかないものね。大丈夫よ、正純さん。わたしがいるもの。落ち着いていきましょ」
 言葉がなくとも友人の表情から全てを察することが出来た。ターイルには煮え湯を飲まされた事だけでも腹立たしい。だが、目の前の吸血鬼の飄々として人を小馬鹿にしたような態度には苛立ちを禁じ得なかった。正純の抱いている物は八つ当たりを込めた苛立ちだ。
「……そのにやけづら、くだらない策略ごと叩き潰して歪ませてやりましょう」
「まっすぐ行って殴ってくるわね!」
 にこりと微笑んだタイムが『えいえい』と拳を前に突き出すモーションを見せた。朗らかな友人の笑みに頷いてから正純は迫り来る偽命体達と向き直る。
 すう、と小さく息を吸った。切り揃えた金の髪が柔らかに揺れる。エクスマリアの揺蕩う鮮やかな藍玉の眸に湛えられた魔力が煌めいた。
 迫り来る者達が手数の多さが取り柄だというならば、それをも圧倒するだけの火力で叩き潰せば良い。
(マリア以外の仲間も、火力自慢は多く居るから、な。すぐに片付けてやるとしよう、か)
 淡々と攻撃手段を講じたエクスマリアの視線の先には行き場をなくしている有存の姿が見えた。
「ああ、有存。怪我をしたくなければ、巻き込まれぬよう離れていること、だ。今度は、デコピンよりも遥かに痛いから、な」
「え、あ――でも」
 その視線がエリスを追ったことは分かる。アツキを見据えたエルスは「有存さん」とその名を呼んだ。青年の肩が跳ねたのは、仕方が無い事だっただろう。
「……こんな姿でごめんなさいね、有存さん。でもどうしてあの吸血鬼と一緒なの?
 あのターイルを作った、だなんて……言っていた、けれど……」
「ボス――……俺様の所属する傭兵団のボスが、『紅の女王』と手を組んでるからだ。
 使いっ走りだし、さ、俺様。此処に帰ってこなきゃならないだろ?」
 頬を掻いた有存にタイムは彼とアツキがやけに気楽に関わり合いを持っていることを不安視していた。
(ああ、不安だったけれど……そう、『アツキを警戒しなくても言い理由』があるのね。彼には)
 吸血鬼に烙印を着けられる可能性。それを鑑みれば有存とアツキには距離を取っていて欲しかった。だが、此処が彼の戻り来る場所だというならば『烙印が付与』されているか、しなくても良い可能性だ。
「正純さん」
「ええ。……烙印の詳細は正直に言えば全容の理解が出来ているとは言い難い。ですが、吸血鬼としての数を増やしたいならば、烙印の付与は『多いに越した方が良い』」
 それを可能とする筈のアツキと『普通にしている』有存。その関係性には何らかの含みがあるのだろう。
「有存、その身の無事のためなら、下がっていてくれ」
 リースヒースは宙を進みながら声を掛けた。味方を巻込まぬように、位置取った麗人のその身にもヒースの花が咲いている。しかし、それに気取られる暇はない。
「……口減らしの為にわたし達と戦わせるなんて随分と趣味が悪い!」
「やだ、今、結構酷い事言われた?」
 アツキがくすくすと笑うが――その視線が確かにタイムに向いたのは見過ごすことは出来まい。
「貴方は私だけを見ていればいい……死血の魔女に、何もかもを奪われたくはないでしょう?」
「アハ」
 アツキの唇が吊り上がった。マリエッタは己の身体に花を咲かしている。故に、これ以上は畏れることはないと知っていた。
 紅色の魔術を用いて、アツキを抑えるマリエッタを支えるのはメイ。大して、他の対象を押し止めるべく戦うタイムは自らの回復にも気を配りながら、仲間達の支援を受け続けていた。
 吸血鬼たちが仲間を求めるのはイレギュラーズが烙印に耐えられたからに他ならない。烙印を付与する相手を増やしたいとアツキも虎視眈眈と狙っているはずだ。
 リースヒースはアツキの動きにも気を配りながら自身のしぶとさを活かし、タイムの惹き付ける敵の排除に当たっていた。
「うーん、やっぱりターイルから得たデータは活かせませんねえ。あの莫迦キマイラ、頭チンパンジーかよ」
「……それは、作り出した晶竜から戦闘データでも抜き出そうと?」
「それ以外の価値があります?」
 あっけらかんと言い放つアツキは『生命体』など利用価値の有無だけで判断していることが良く分かる。巫山戯た恰好をして居る吸血鬼は自身の事を上位存在であると思い込んでいるかのようだ。
「……不愉快だな」
 思わずぼやいたグリゼルダ。小さく頷いたタイムは構えを作る。
 前線で積極攻勢に出ているエルスは呆然としている有存の姿を眺めた。
(有存さんの事を狙ってないのは不幸中の幸いってところかしらね? もしくは他に狙いがあるのかしら……)
 アツキ本人は有存に好感を覚えているのだろうか。事情は分からないが、彼には何らかの不安があるに違いはない。
 正純はアツキが肩をピクリと揺らしたことに気付いた。吸血鬼も攻勢に転ずる用意が出来たのか。
「……来ます」
 正純が囁けばタイムは小さく頷く。吸血鬼が何らかの動きを見せる可能性がある。何もかもをはぐらかし、揶揄うような声音でイレギュラーズと相対していたアツキの眸の色彩が変化した。
「ああ、口減らしのお手伝い有り難うございます! 減ったので……有用な物を増やさないと、ねぇ!」
 大地を蹴った。その動きに直ぐ様反応したマリエッタの血印が鮮やかな紅を煌めかせる。
「さあ、烙印とやらをくれるというなら、やってみろ。
 ただし、マリアに気安く触れようとする悪い手は、斬り落とされても知らない、ぞ? 其処から先は、死線の行き交う魔剣の間合い、だ」
 囁くエクスマリアにアツキは「アツキちゃんに近寄る気がないのは酷い子ですねぇ」と唇から牙を見せて笑った。
 エクスマリアの前にはマリエッタとメイがいる。此処から先を通さないと二人の烙印は綻ぶように咲き誇り――『新たな変化』を予感していた。


「有存さん、逃げて!」
 エルスはアツキの直近に立っている有存へと叫んだ。だが、青年は意を決したように「エルス!」とその名を叫んだ。
「エルス、だ、大丈夫か。その、オマエ……は、えっと――」
 ――ディルクを好いている。アツキや、ラサの人々が口々に言っていた。有存が確かめるように聞いたのは、片恋ならば『チャンス』があるかもしれないからだ。
「ディルク様?……ああ、噂を聞いたのね……私が勝手に好きなだけなのよ? でもあの方は気まぐれに優しいだけなの」
 エルスはふと、呟いた。彼の命が脅かされるだなんて、微塵も思って居ないけれど――少し、気になる。『義妹』とどんなやりとりをして居るのか。
 乙女の表情から有存は察した。察せずには居られなかった。恋をしていたからこそ、恋をしている表情は良く分かったのだ。
「……でも有存さんに嫌われてなくて良かったわ。色々聞いちゃったから心配していたの。
 だってあなたの事は心配で……友人で弟みたいだから放っておけなかったもの」
「あ、あー……はは、そう……うん」
 足元の砂を眺めて有存は心臓が嫌になる程に強く震えた気がした。足元を見下ろす有存がふらりふらりと後方に下がって行く。
「有存さん……?」
 マリエッタは鋭い視線を彼へと向けた。有存は恐らくは敵の手に落ちる。
 あからさま過ぎる『強い恋心』――そして、エルス・ティーネという娘がラサにとって目立った存在であることもある。狙うならば、彼女だろう。
「ッ、はは……いや、分かるよ。おれだって、さ、好きだったもんな」
 幼い子供染みた恋心だった。屹度、手に触れて、頬に触れるだけで満足してしまうような淡いものだった。
 そんなものをうんと飛び越えて、大人びた恋なんて、有存は知らなかった。
 ふらつきながら彼は下がり頭を抱える。苦しげに呻いた亜竜種の青年はイレギュラーズに背を向けた。
「あーあ」
 にたりと笑ったアツキに至近距離に立っていたタイムは気付いた。
「『何』をしたの」
「アツキちゃんはなーんにもしてませんよ。残念だなあって思っただけですし?
 何かしたなら、アツキちゃんじゃなくって……『もう一人のボス』とか?」
 もう一人のボスと呟いたタイムはその思考を一旦余所へと追いやった。アツキが動き出したからだ。
 アツキの鮮やかな紅色の眸が細められた。形ばかり吸血鬼に拘ったような姿をして居たその人は、地を勢い良く蹴り上げる。
「メイは皆さんの国に行ってみたいのです。お話を聞きたいのです……!」
 押し止めるように声を掛けたメイにアツキはくすりと笑った。抑え役であるマリエッタの指先が紅色の軌跡を描く。
「アツキちゃんは、皆さんがぁ、『烙印』は得体の知れないものだって、嫌そうな顔をするから愉快で愉快で!
 博士(せんせい)はとーっても優しいので、魔種を元に戻すというイレギュラーズのご希望に応えようとしたのです!」
 大地を蹴った。地を揺るがせてマリエッタの肩を抉る指先は人間の物とは呼べない。
 渋い表情を見せたマリエッタは身を捻り、勢いの良くアツキを引き寄せた。
「希望に応える、ですか?」
「はい。『魔種を戻す為』には実験が必要でしょう? だーかーら、魔種を作ろうと! したんですねぇ。実験用の!」
 にいと唇を吊り上げた。アツキは好戦的に瞳を輝かせ、後方で俯いた有存に「待っててね、あーそん」と声を掛ける。
 動きだけを見ていてもマリエッタは分かる。これは、まるで『魔種』だ。博士は『魔種を作り出す実験』をしていたと言ったか――その被検体、か。
「ッ、」
「マリエッタさん……! メ、メイには攻撃は効かないのですよ! 痛くもなんともないのです!」
 前線へと飛び出したメイがアツキを睨め付ける。随分と敵の数が減った。アツキは二人を飛び越えて『烙印』を付与する相手をさらにと狙っているのだろう。
「アツキ」
「はぁいはい、っと」
 振り向いたアツキをグリゼルダは真っ向から見詰めた。直接切り込みたい気持は山々だ。
 しかし、相手の手札には『烙印の付与』というものが存在している。アツキの言う通り、それが『偽』反転を齎すものだというならば――
(……迂闊に烙印を付与されるのは相手の思う壺か)
 グリゼルダは渋い表情を見せた。無数のムーンチャイルドを押し止めたタイムは己の頬より流れた血を拭う。
「仲間を増やすのが目的って言ってたわね。でもあんまり強引なのは女の子に嫌われちゃうわよ」
「嫌われない相手に『プレゼント』したらいいですかねぇ~」
 唇を吊り上げたアツキに正純が「その様な者は居ませんが」と冷たく言い放つ。放たれた矢を避けながらアツキはからからと笑った。
「でも、いいですよ。そっちのお嬢さんが有存を再起不能にしてくれましたからぁ」
「……恋というのは、メイにはよくわからないですが! まさか――有存さんをどうにかするために……命を、作り出して……?」
 それは『無から存在した命』でないことくらい分かる。何かを使用して、組み上げた物だ。メイの唇が戦慄けば、アツキは後方へと下がった。
 庇うようにエクスマリアが立ち、肩で息をするエルスが胡乱な目つきで其方を見詰める。
「……何をすると?」
 リースヒースはごくりと息を呑んだ。有存が、彼がそうするならばこれ以上止めることは出来ないか。いざともなれば回収し間合いを取って――「俺さ」
 リースヒースは有存の声に顔を上げた。
「初恋、だったんだよなあ」
 ぽつりと呟かれた途端、アツキは「わーい! また遊んで下さいね、今日はおしまい!」と手を叩いた。
 後方に『影』が見える。あれは――……それが誰かを確認する前に、アツキが鋭い風を起こした。
「ッ、待ちなさい!」
 叫ぶ正純の耳元にアツキの声が降る。目を瞠れば、前方からは何もかもが消え去っていた。
「――次は、邪魔しないでね。お顔はちゃぁんと覚えましたからねえ。小金井 正純さん?」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。有存君……。

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