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シナリオ詳細

<帰らずの森>ちいさきものたちのおう

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「――――――は、」
 憐花と言う女が居た。
 覇竜領域の海沿いの村。其処でただ一人の水葬人を務める女だった。
「けほ、こほっ……」
 憐花と言う女が居た。
 自らの過ちに因って大切な人を喪い、ゆえに最早何某であろうとも失うまいと戦うことを選んだ女だった。
「……逃、げ、」
 憐花と言う女が居た。
 ――其れは最早、ただ死を待つばかりの女だった。

 全ては『ローレット』の特異運命座標達が、覇竜領域に存在する広大な森林……ピュニシオンの森の探索を始めたことに起因する。
 その目的は、『冠位暴食』であるベルゼーの居場所を探すため。
 覇竜領域に於いて最も巨大な集落、フリアノンの相談役であり、また現里長でもある珱・琉珂にとっておじさまと呼び慕う彼の行方を追うために、その拠点であった場所を調べることが最も適当であると判断した彼らは、現在もピュニシオンの森の踏査を進めている。
 だが、一個の安定していた世界に強引な手を加えるのであれば、その「反動」もまた起きることは必至である。

「………………っ!!」
 ――わあん、わあんと、子供の泣き声が聞こえる。
「海辺の村」の中、逃げる人々の間で唯一取り残されていた幼い男子を、「森の魔物」達が襲わんとする。
 本来交わる筈も無い場所に居る二つの存在が交わる理由は、先述の特異運命座標達に因る介入だ。
 探索とは言えども、武力行使も問わない事実上の侵攻により、森の魔物たちは住処の外へと逃げてきた。その道程で存在する人や、村などものともせずに蹴散らして。
 この魔物たちもその例に漏れない。自らの住処を追われ、新たな安住の地を探そうとし、その果てに見つけた村を襲っている。
 泣いている子供を食らわんとした魔物を、憐花の術式が弾き飛ばした。
 けれども、それだけ。幾許の傷も負っていないそれは再び起き上がり、余計な邪魔をした憐花へと、今度はその牙を向ける。
「……逃げて」
 憐花は。
 それでも、自らより子供の側を優先した。
 血に塗れた身体を囮にして。時間を稼ぐために、魔物たちから必死で逃げ回って。
 ……そうして、それすら叶わなくなって。
『――――――!!』
 倒れ込む身体。
 同時に、魔物の咆哮。
 最早、叶わずと。憐花は目蓋を静かに閉じて。



 ぱしゃりと。鮮血がその場に散った。


 沈黙が、その場を満たす。
 情報屋からの話を聞き、『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)はただ顔色を青くさせたまま。
 自らの知己が、またその人が住まう場所が被害に遭った報告に対し、「無事なんですか」とも「現在の状況は」とも聞けない。
 ……その回答を、恐れているが為に。
「『他の』村の住人については問題ない。魔物たちの注意はほぼ全てがその女性に向いたため、少なくとも身体の安全は保障されている」
「現時点に於いては、だろ?」
「無論だ。襲撃が突然だった以上身一つで逃げるしかなかった彼らは、当面の住処も食料も移動手段も無い。放置すれば遠からず餓死するだろうな」
『ローレット』の相談卓に集まった一人の特異運命座標の言葉に、情報屋の少女は淡々と答える。
「なればこそ、迅速な解決が求められる。
 今回の依頼内容は、村を襲った魔物たちの討伐、または撃退だ」
「敵の詳細は?」
「大半が陸上、または地中に住んでいるタイプだな。かと言って遠距離攻撃などを持っていないと言うわけでもないが。
 厄介なのは、元々森林を住処としていただけあって奇襲を得意とすると言う点だ」
 今回の依頼に於いても、恐らくは村の家屋等の建物に隠れ潜んでの不意打ちを行ってくる可能性が高い。
「……建物の破壊、は良くないよな」
「依頼の確実な達成を求めると言うなら、後々補修などを条件として行っても良かろうが。まあ住人の心証は悪くなるだろうな」
 いずれにせよ、どう戦うかは其方に任せる。そう言って情報屋は冒険者たちに資料を提供していくが、
「……彼女は」
 無事なんですか、と。
 ようやっと、マリエッタはそう問うた。震える声で。青ざめた顔で。
「――『冠位暴食』ベルゼーは魔種の中でも特に人望篤いタイプでな。その慈愛の対象は主に亜竜種に向けられていた」
 その質問に対して、情報屋は答えず、淡々と言葉を発している。
「それとて、例外もあったらしい。……いや、『無かった』のかな。
 ベルゼーは数か月前。覇竜領域で一人の少女の命を救ったことがある。恐らくは親か何かに捨てられ、魔物に喰われるしか無かった純種の少女をな」
「何の――――――」
「聞け。……彼の魔種にとっては恐らく、それは唯の気まぐれだったのだろう。
 だが、救われた少女は彼の後を追い始めた。自らを救った彼のような存在にならんとし、研鑽を積み続けた」
 其処までを言った後に、情報屋は一枚の資料をマリエッタに差し出したのだ。
「そうして現在。少女は今やひとかどの戦士として、ピュニシオンの森で或る役目を背負う存在と成った。
 即ち、彼の森に住む亜竜種たちを除いた魔物に対する『調停者』の役割を」
 ――資料の序文には、マリエッタの友人が、一人の少女に守られているとの内容が記されていた。


 一人の少女が立っていた。
 金の髪と碧の瞳を輝かせた少女であった。彼女は口を開きながらも声を発することなく、村を襲う魔物に対して指を突き付けている。
「……? あなた、は」
 自らが喰われるのみと思っていた憐花は、眼前の光景の意味を図りかねていた。
 少女は、尚も声出さぬまま口を開く。其処に何の意図が在ったのか、魔物は暫しの間沈黙し。
『――――――!!』
 それでも、やはり何かに耐えかねたかのように。
 魔物は最後に咆哮を上げ、少女の……或いはその背後にいる憐花の側に襲い来る。
「………………」
 少女は。
 それを、悲しそうに見ていた。
 ぱしゃりと、鮮血がその場に散る。
 その源は少女でも、憐花の側でもない。襲わんとした魔物を小さな虫が、或いは取るに足らないような小動物たちが寄り集まって喰らいつき、その身を瞬く間に食い千切っていく。
 魔物の悲鳴が聞こえる。それを気にも留めずただひたすらに肉を貪る小動物たちは、しかし軈て少女の些細な身振りでその動作を止め、彼女の周囲に固まった。
「……あなたは、誰ですか?」
 呼吸を整え終えた憐花が、漸く少女へと問いかける。
 かろうじで死なず、しかし最早立つことも覚束ない魔物を静かに見下ろしていた少女は、その後口を開くことなく憐花に声を届ける。

 ――私の名前は、エンバース。

 それは、叶わない夢を追うかのような、眉尻を下げた笑顔で。

 ――魔種を志す、一人のちっぽけな人間です。

GMコメント

 GMの田辺正彦です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『魔物』の討伐、または撃退。

●戦場
 覇竜領域内に存在する海辺の村。現在『ローレット』が探索作戦を行っているピュニシオンの森からは相当の距離があります。時間帯は昼。
 シナリオ開始時点に於いては住人の姿は無く、下記『憐花・アルティスタート』を除き攻撃に巻き込むことはありません。
 戦闘時のロケーションとしては、住居である建物が寄せ集めるように建っており、敵にとっても参加者の皆さんにとっても隠れるのに適した場所です。
 無論、建物などによる遮蔽は透視などの非戦スキルで無効化することが出来ます。壊すことも可能ではありますが、後々建て直す等の事前了解を住民側から取ったとしても心証に響くことは間違いないでしょう。
 シナリオ開始時、下記『魔物』は住宅地に隠れております。参加者の皆さんが住宅地からどの程度の距離についてから行動を開始するかは自由に選んでもらって構いません。

●敵
『魔物』
 覇竜領域に於いて「帰らずの森」の別名を持つピュニシオンの森から出てきた魔物たちです。数は10体。うち戦闘可能な個体数は9体。
 食べるため、身を守るための活動を除いて本来は好戦的な魔物ではありませんが、現在は森の探索を行う特異運命座標達に因って住処を追われ、またその怒りのため暴走状態にあります。
 基本行動は木々などの遮蔽を活かした近接型奇襲攻撃。また効果値が少ないものの自己回復能力と、最後に回数制限ありの強力な中・遠距離攻撃を持っております。
 奇襲に関して、視覚的な意味での遮蔽自体は透視などの非戦スキルで無効化できますが、魔物たちもそれに準じた潜伏、隠匿能力を有している為油断は禁物です。
 また、魔物たちの内には地中に潜るスキルを持つものも居り、若し戦闘が長期に及べば何度も地中を掘り返されることにより足場が不安定になる可能性もあります。

●その他
『憐花・アルティスタート』
 マリエッタ・エーレイン(p3p010534)さんの関係者です。先述した覇竜領域の村に於いて水葬人を務める亜竜種の女性。
 戦闘に於いては身体能力こそ乏しいものの、或る程度は能力を行使することが可能。特に自ら作り出した水泡を弾けさせることで戦場全体に於ける任意対象を指定した方向へ50m吹き飛ばす特殊アーティファクト『浮説百戒』の行使に長けており、それを使い続けることで村の住民たちから『魔物』達を引き離し続けていました。
 シナリオ開始時ではデータ的に戦闘不能に加え、重度の出血状態。放置していると死亡します。
 位置は上記住宅地の20m以内。会話等の意思疎通は可能ですが単独で行動することは出来ないため、ある程度の距離を取るまでは『魔物』達に狙われ続けることでしょう。

『エンバース』
 種族不明の純種の少女です。金の髪と碧眼を持つ、どこかの若き竜に似通った容姿が特徴。
 ピュニシオンの森に於ける魔物たちをある程度管轄する役割を称しており、今回の「介入」も身内である『魔物』が無関係の者に被害を加えないようにするため。
 戦闘に於けるステータスは不明。但し事前情報から他の生物を指揮する能力や、またそれらを強化する能力に秀でているものと想定されます。
 シナリオ中の行動方針として「『魔物』と無関係な人間」である『憐花』を守りはしますが、村そのものを守ったり、『魔物』の暴走の発端となった参加者を助力したりは一切しません。
 あくまで依頼の達成だけを目的とするのであれば、『憐花』を見殺しにする形で『魔物』と『エンバース』の戦闘を見守り、最後に漁夫の利を取りに行くことも方法の一つです。
 シナリオ開始時、彼女は『憐花』の3m以内に位置しております。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、ご参加をお待ちしております。

  • <帰らずの森>ちいさきものたちのおう完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月01日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
クラサフカ・ミハイロヴナ・コロリョワ(p3p000292)
あやしい香り
武器商人(p3p001107)
闇之雲
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ファニー(p3p010255)
劉・紫琳(p3p010462)
未来を背負う者
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ


 ――じゃり、という音が聞こえた。
 昼日中の小村にて。二人の少女と、それを襲う数多の魔物たちの争いの最中。戦場である村中の端にちらりと見えた人影が、一心不乱に村の外へと駆け出している。
「……っ、だ」
「ダメ」と言おうとした、瀕死の亜竜種の少女。
 その瞬間に於いて、「目に見える範囲での」魔物の姿は少女たちのすぐそばに幾体かであり、ゆえに人影は自分に注意が至るまいと思って逃げ出したのだろう。
 ……蓋し、魔物に知性が在れば、それを愚かと笑ったに違いない。
 村の外へと駆ける人影に、刹那。
 地中から飛び出した魔物が、大口を開けてその人物を食らわんと襲い掛かり。

「――阿呆が。こんな場所を、無防備な仔犬が歩いてる訳無いだろ」

 亜竜種の少女も、魔物たちも、気づかなかった。
 気づいていたのは、残るもう一人の少女だけ。
 地を蹴り、空を跳んだ……否、『飛んだ』人物。
『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は眇めた瞳に何の感情も浮かべることは無く、我が身を餌に釣り上げた魔物を他所に少女たちの元へ向かう。
「さて。魔物の方々にお帰り頂くため、こちらも尽力致しましょう」
「正しく、ね。……せめて話を聞けるモノが居れば良いが」
 青年を追うことは、叶わなかった。
 少女たちの側へ踏み込んだアルヴァの直下。魔物たちとの間に立つ壁の如く、『あやしい香り』クラサフカ・ミハイロヴナ・コロリョワ(p3p000292)と『闇之雲』武器商人(p3p001107)が一定の距離を保つ形で並び、其々が共に『聲』を上げた。
「――――――、」
 名乗り口上、そして衒罪の呼び声。
 広範囲に怒りの状態異常を撒き散らすそれに対し、魔物たちはその大半が耐えることも出来ず、感情のままに両者を襲う。
 ……その怒りを、魔物たちが向けるべき正当な対象であるのなら、猶の事。
「さて。出来るだけ短期決戦と行きたいところだが、な……!」
 呟いたのは『Stargazer』ファニー(p3p010255)だった。片手が銃の形を作り、その指先に光がともる。
 指先の一番星。彼がそう名付けた異能は、『劉の書架守』劉・紫琳(p3p010462)の紫晶重力弾共々幾体かの魔物を貫く。
「お前らも興奮してるってのは分かる、だが村を襲うってんなら……!」
 同様に、『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)の雷槍も。
 紫琳の術技を除けば、その対象が単体に留まるスキルはその効果量こそ目を見張るものの、複数対象への足止めと言う点では厳しいと言わざるを得ない。
 それを示すかの如く、弾丸や光条、雷を越えて壁役である商人達に食らいつく魔物たち。それを癒すべく。

 ――初めまして。イレギュラーズ。

「………………」
『彼女』は。
『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は、癒しを言祝ぐ。
 二人の少女の内、傷つき、倒れたままの知己……憐花・アルティスタートの傍に寄り添って。


「駆けよ黒豹、そして我々の敵を屠れ!」
 戦闘は、その始まりから苛烈な展開を迎えた。
 言葉と共に、戦場を疾る黒豹の気弾を生み出したのは『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)。戦場における広範囲をかき回し、また幾らかの状態異常も付与する気功に対し、けれど魔物たちはその戦意を失ってはいない。
「……『私たち、この人間、連れて帰る』『邪魔しないなら戦わない。邪魔するなら』……!!」
 動物との交流を絡めた複数の非戦スキルで対話を試みるモカが言葉を言い終えるよりも早く、更に、更にと肉薄する魔物たち。
「……交渉決裂ですか?」
「みたいだな。厄介なのは――」
 紫琳の言葉に、肩を竦めるモカ。
 充填能力もあってか、初動から敵の挙動に大きな制限を掛ける特殊弾頭を惜しげも無く撃つ紫琳の表情は明るくない。
 それは、魔物たちが元の住処を追われ、今この場に居る理由が主に自分たちに在ることが原因と言える。
「……こちらの呼びかけに、退いてくれればよかったのですが」
「さて、退く気が無いのか、退きたくないのかまでは私にも解らなかったな」
 紫琳の言葉に対し、難しい顔で返すモカ。
 彼女の言う通り、問題なのは魔物たちが「対話するほどの能力がない」ためか、「対話するという意志を拒絶している」ためかが分かりにくいことだった。
「前者なら獣の倣いだ。命を以て応報せざるを得ない。
 けれど、後者であると言うのなら……」
 一瞬だけ、背後を盗み見るように窺うモカ。

 ――あなた方の介入が在るのなら。
 ――私がこの方々を守る必要性はもう無いと。そう考えてよろしいでしょうか?

「まあ待てよ。こっちだって言いたいことは色々あるんだ」
 果たして。モカの視線の先に居たエンバースと言う少女は、返されたアルヴァの言葉に対し小さく首を傾げる。

 ――「聞きたいこと」ではなく?

「……そっちの意図は分かるさ。敵の敵は味方って言葉もあるが、仲間とも言えないらしい。
 それでも、まぁ、マリエッタの友人を守り続けたことには感謝する」
 特異運命座標らは、この戦いに於いての守勢がどれほど複雑かを理解していた。
 敵が冒険者たちのマークやブロックに関与しえない手段……即ち地中を介しての移動を有する以上、その移動経路を探知する方法は兎も角、防ぐ方法自体は存在しない。
 ゆえ、彼らは怒りを付与しての攻撃誘導を『三重』に構え、尚且つ要救助者である憐花の傍にマリエッタ共々アルヴァを位置させることで、ギリギリまでその被ダメージを無くそうと言う考えで布陣している。
 結果として、確かに憐花自身への負傷は現在以上に積み重なってはいないが――対価としてアルヴァが負った怪我は決して少なくない。
 それでも。彼はそれすら気にしないように、何気ない口調でエンバースへと礼を告げた。
「ええ。貴方にはお礼を……意図はどうあれ、憐花さんが助かったのは貴方のおかげですから」
 きょとん、と目を丸くした彼女は、それに次いで小さく噴き出した。
 思念ならざる口の形が「へんなひと」と変えられたように見えるのは、彼らの気のせいだったろうか。
 ……毒気を。抜かれかけたマリエッタは、それでも今自分が居る場を思い出し、再度のコーパス・C・キャロルを憐花へと付与する。少なくとも危機と呼べる状況からは脱したであろうその顔色は、最初に見た時よりも暖かなものへと変化している。
 さりとて、安堵している暇も無く。戦闘開始時からほぼ常時怒りの付与と防御態勢に徹している商人とクラサフカの二人にマリエッタが視線を向ければ、其処には少なからぬ負傷で身を朱に染めた両者の姿が在る。
「……っ、使命は、それでも全うしなければ……!」
 絶え絶えな息をそれでも整え、屈した身体を建て直し。パンドラを消費したクラサフカは、尚も魔物たちへと状態異常の付与に徹する。
 憐花と。村と。その両者を守るために行動する彼女は、それ故に我が身を顧みることなく、僅かにでも状態異常の付与から逃れ得た魔物を引き付けることに注力していた為、被るダメージは他よりも多かった。
 また、魔物たちも回数制限付きである全力攻撃を惜しむことなく連打してきたことも原因に挙げられる。クラサフカの余裕が無いことを確認した商人が、彼女の分まで魔物を引き付けるよう動けば、それは即ち『無茶』をする人物が変わるだけのこと。
「やれやれ。援護を頼めるかな、死血の魔女?」
「――――――っ、御冗談を!」
 守勢に回る商人。それを癒すマリエッタ。
 それに対し、負傷の度合いが未だ軽い魔物たちは尚も牙を突き立て、爪で切り裂き、体当たりを打ち込み続ける。
 ……そのように、慢心させられた。
「……村を襲うってんなら、俺達はお前らを倒さなきゃいけない」
 最初の邂逅で、言いかけた言葉。
 それを、今度こそ言い直した雫が、虚空より愛刀を出だす。
 悲しそうに、それでも迷わずに。その剣閃が二度――否、三度瞬けば、それまで然したる怪我も無かった魔物がどうと倒れ伏す。
 突如として自らを襲った『異常』に対し、魔物たちが恐れを抱くよりも早く。
「守るべくを守って、助くるべきを助けた。漸く俺達の時間だ」
 ――憐花の救助を終え、「最低限の攻勢」に在った特異運命座標達が、そうして終ぞ、真っすぐに魔物たちの方を見据える。
「……さぁ、愚者の行進を始めよう」
 呟き、掌を向けるファニーの『ニ指』に、光が灯り始めた。


 少なくとも、特異運命座標らが此度定めた作戦は、彼らにとって少なからず不利なものであったことは否めない。
 建物の損壊は避ける方向で動くため、魔物たちによる奇襲に対処する手段が殆ど非戦スキルしか無く、また憐花の保護と救助を最優先したために序、中盤に於ける攻勢は控えめであったためだ。
 結果として、商人とクラサフカが受けたダメージは大きい。特に魔物たちを村の外側へ誘導することも兼ねていたクラサフカは、その位置関係からマリエッタの回復範囲から外れることもあったため、パンドラを経て尚その負傷の比率が群を抜いていた。
 ――――――それでも。
「……集落の無事を。憐花さんの無事を」
 呟き。頽れるクラサフカの視線は、エンバースの側を向いている。
「ひいては、私たちの目的を。
 これで、信じて頂けますか、エンバースさん?」

 ――疑ってはいませんよ。
 ――貴方達は、きっと、やさしいひとだから。

 良かった。そう言って、今度こそ気を失うクラサフカ。
「……君たちが村を襲う遠因は、きっと我たちにあるのだろう」
 その傍らで、商人は呟く。
「我たちは、その謝罪をどのような形であれ、発さねばならないのだろう。それでも」
 商人は、無貌の如き表情で言う。どうか灼き尽くせ、エイリス、と。
 瀕死の身体から編み出された術式が、平時のそれより過密な魔力を閉じ込めている。蒼炎の一槍は魔物の胴を穿ち、燃やし、苦悶の叫び声と共にその身体を灰へと変える。
「……ああ、そうだな。警告はした」
 敵は退かなかった。その意図を伝え、けれど戦うことを選んだ。
 ならばと。モカもその身を複数の残像の中に織り交ぜ魔物たちを切り裂く。残影百手。幾重もの拳打の果てに身を屈した魔物たちへ、そうして紫琳が止めを刺す。
「貴方は、私達を恨みますか?」

 ――いいえ。

 返事を期待せず、ただ呟いた言葉に、エンバースは律義に応えた。
 ラフィング・ピリオド。慣れ親しんだ絶命の魔弾に、負傷していた個体がまた一体命を失う。
 エンバースの返事は、それを聞いたファニーにとって、少なくとも「許し」であるとは思えなかった。
 返された思念の声色は、ただ粛々と、抗えない運命を諦め、受け入れた只人のそれに聞こえた。それに何かを返そうと口を開き、けれど声を発するより早く、彼が放った『二番星』は残る魔物たちの多くを撃ち拉いで。
「……俺達は。おまえを害するつもりは無かったんだ」

 ――『私たちの住処』の住人を殺した上での言葉は、ただの選り好みにしか聞こえませんよ。

 戦闘が佳境に陥ったその時になって、漸く特異運命座標達は理解した。
 彼女に敵意は無かった。それは間違いないけれど――それと同時に、彼女は最初から、特異運命座標達を既に拒絶すると決め切っていたのだ。

 ――犯罪者が立てこもる家が在ったとします。
 ――其処には犯罪者の家族と、ペットが居て。悪を正す役目を担っている貴方達は、その家に強引に踏み入った。

「………………」

 ――侵入者に吠えるペットを追い出し、或いは殺し。
 ――家の中をぐちゃぐちゃに荒らしながら、貴方達は言うんでしょう?「犯罪者を捕らえたいだけだ」「貴方達に危害は加えない」と。

「……あなたが、魔種を目指す理由は」
 マリエッタは、俯きながら呟く。
 その表情の裡を覗かせぬ彼女に、エンバースは笑顔で頷くのだ。

 ――『あの人』を守りたい気持ちは在ります。けれど、それよりも。
 ――自分たちの理屈を振りかざし、住処を荒らす貴方達に、私たちが従わなければならない理由は何です?

 エンバースの思念通話と同時に、未だ生き残っていた魔物が地中から飛び出し、マリエッタに食らいついた。
 抗うこともせず、それを受けるマリエッタ。片腕を呑み込むように噛みついた魔物の内側から彼女の鮮血魔術が弾け、その身体を風船のように破裂させた。

 ――多くの『住人』が死にました。食物連鎖の中でではなく、貴方達の行いに因って。

「魔物が暴走状態になった事は……俺達に責任は確かにある」
 其処までを言って、雫はかぶりを振った。その後の言葉が思いつかなかったから。
『だから』何だと言うのだろう。『それでも』何だと言うのだろう。
 ピュニシオンの森は文明に暮らす者からすれば野蛮でも、生命のサイクルが整った一個の楽園ではあった。それをどのような理由があれ、結果的に破壊し始めたのは彼ら特異運命座標達なのだ。
「なら、せめてこれだけは言わせてくれ」
 言葉を発したのは、アルヴァだった。
 その足元には、最後の瀕死の魔物の姿が。その頭部に狙撃銃の銃口を当てた状態で、彼はただ、静かに言う。
「――もしこちらに牙を向けば、容赦はしないよ」

 ――ええ。貴方達もまた、同様に。

 響いた重い銃声が、互いの間に敷かれた亀裂を想起させた。


 全てが終わった後、エンバースは一礼だけをして去っていった。
「……せっかちな奴だったな」
 この戦いに於いて、実は商人やクラサフカに続く負傷を負っていたアルヴァは、自身の異能を以て体力の回復に努めながら地に座り込む。
「頭が痛くなる話だ。魔種を志すなんて、俺みたいな純種にゃ特に」
「……その理由が、私達に在るとするならば、なおの事ね」
 軽く歎息するモカ。彼女にしろ紫琳にしろ、言いたいこと、聞きたいことは幾らかあったはずなのだが、それを言葉にする機会は失われてしまった。
 ……より正確に言えば、それに対する返答が分かりきっていたから、だろうが。
「彼女は、最初から私達に敵対していたと言うことね」
 ――ただ、今日この場において、エンバースは彼らに敵意を示さず、攻撃しなかったと言う、それだけのことと。
 紫琳の、ひいては特異運命座標達が辿り着いた答えは、少しだけ彼らの心に棘を残す。
「……我々の探索が原因であるとは言え、今この瞬間に解決は難しかろう」
「そうやってまごついてる間に、アイツらとの溝は決定的になる」
 魔物を討伐し、村の外で待機していた村人を呼び戻してきた雫の返答に、商人は苦笑だけをただ返す。
 無理もない。これは『ローレット』の総意による行軍であり、それを一介の特異運命座標である商人が止めることなど不可能に等しいのだから。
 ――ならば、どうする? と。
 言葉ならず湧いた疑問へ、静かに言葉を返したのは、マリエッタだった。
「……止めます。彼女を」
 傷つき、意識を失ったままのクラサフカの治療を終え、彼女は自らの背後を振り返る。
 其処には、救い得た命が在った。覇竜領域で知り合った友人が、呼気も穏やかに唯眠っている様子を見て、マリエッタは微笑むでもなく、静かな表情で言った。
「たとえ、それがどのような方法であっても」
 そう遠からぬ未来、きっと彼女はマリエッタらに牙を剝くだろう。況やそうなるに至った思いを、彼らの内誰が否定できようものか。
 それを止めると言うのならば、それはつまり――
「……全く」
『同郷』の人狼の名を、何故だかファニーは思い出していた。
 或いは、その単語の意味は自分たちとエンバース、何方に対して浮かんだのか、とも。
 刹那ばかり思索したファニーは、それを薄く笑みながら振り払った。



 ――最早覆せぬ「それ」を回顧する意味はもう無いと。彼は、その時理解したのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

クラサフカ・ミハイロヴナ・コロリョワ(p3p000292)[重傷]
あやしい香り

あとがき

ご参加、有難うございました。

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