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シナリオ詳細

<被象の正義>セシルとバルトロメ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●ソファはまだ中央線の上に
 初めは嫌なやつだった。お互いそう思っていた。
 淡いエメラルドグリーンのドレスを着た金髪の君は、レストランの中央でジャズピアノを弾く私を遠目にじっと見つめていた。
 その日にレストランとの契約を切られた私はイライラしていて、君が何か言おうとしたのに気づけなかったからだ。君と肩がぶつかるのも気にせずに、無言で立ち去る私をどんな目でみただろう。
 次に出会ったのは知り合いの貴族のパーティー会場だった。私は庭のプールサイドで軽薄な音楽をリクエストされるままに演奏し、君はワイングラスを片手にそれを聞いていた。
 私はきっと嫌味なヤツだったろう。君が話しかけてくれたのに、君の語る夢を皮肉った。君は一人舞台の演劇でホールを埋めるのが夢だと語っていたのに。それがどんなに素晴らしいことか、知っていたのに。
 パーティーの終わった夜の街道。たまたま帰り道が同じ私達は皮肉を言い合いながら歩いた。
「素敵なアルールの夜景が台無しだわ。全然ロマンチックじゃない」
 君は皮肉たっぷりにそう言って、私は仕返しばかりした。
 止まらない言い合いが。
 けれどなぜだろう。ずっと続けたいと思ったのは、私だけじゃなかったはずだ。
 君との偶然は続いた。私にとって人生最大の幸運は、君と三度にわたって出会えたことだ。
 ジャズピアニストとしてだけでは食っていけなくなった私がアルールのはずれの地域にあるアパルトメント物件を借りようとした時、君はいた。
 ぼうっとしていた私と、ついたてごしの隣のカウンターで。私とほぼ同時に同じ条件を口にした。
 ぎょっとして椅子を引けば、まったく同じ動きで君は私を見つめていた。
 物件は一つしか空いていないと店のものが言えば、私はむきになって同室で構わないと言い放ってしまった。
 君が驚いて退くと思ったからだ。けれど君は退かなかった。肩の左右を整えるように動かして胸を張ると。少しだけトーンを上げた声で言い放った。
「そうしましょ。私とあなた、二人で住むの。家賃は折半。そうでしょ?」
 私達は最悪だった。リビングの中央に線をひいたり、ピアノを置くか化粧台を置くかで言い合いになったり、ソファをどこに置くかで揉めたり。
 結局ソファはリビングの中央に置かれた。線の真上にかかる橋みたいに。
 その両端にちょこんと座る私達は、しだいに……そう、少しずつ、ソファの真ん中へと寄っていた。

 三年目の春。家に帰った私を出迎えるように、君はソファの真ん中で足を組んで座っていた。
 ぎょっとする私はしかし、意地を張って彼女に体を寄せて座ってみせる。
 その様子の何が楽しいのか、君は赤く紅をぬった唇で笑って言った。
「私、舞台が決まったのよ」
 君はそう言って、アルールの中央にある歌劇場が書かれた書簡を翳してみせた。
 開かれていた手紙の書面には、寮への住み込みと書かれている。
「これで、ソファはあなたのものね」
 線の向こう側に立ち上がろうとする君を、私は掴んで引いていた。
 きっと強引で、嫌なヤツだっただろう。
 君と私の唇が重なるのを、けれど君は拒まなかった。
 まるで永遠みたいな数秒が過ぎて、君は線のこちらがわへと身を寄せる。
「見に来て。必ずよ」
 私はそれ以上、線のこちら側に引き留めなかった。
 寮へと、アルール歌劇場へと旅立つ君の夢の素晴らしさを、私は知っていたから。

●セシルとバルトロメ、赤い便せんと奪われた街
 届いた手紙は何通にもなった。部屋の真ん中におかれたソファで、新しく届いた赤い色の便せんを手に取る。カモメが描かれたそれを開けば、一枚のチケットと手紙。
 『見に来て。必ずよ』
 ペンで走り書きした彼女の文字は皮肉たっぷりで、バルトロメはその茶色い髭をたくわえた頬で思わず笑ってしまった。
 演目は一人舞台。役者は彼女――セシル・ペイリルロード。
 その夜。
 アルールの街に、『帳』がおりた。

 困惑するバルトロメをよそに、事態は緊迫を極めた。
 アルールに続く道路は全て封鎖され、騎士たちが通行禁止の札をたてて並ぶ。家族と離ればなれになった者や取引のある商人たちが一時的な通行を訴えても、彼らは頑としてその場を通さなかった。
「この先はもう『異言都市(リンバス・シティ)』です。お通しするわけには行きません。命の保証はできないのです」
「そんな……」
 バルトロメは困惑し、全ての道を試したが状況は同じだった。
 リンバス・シティと帳の噂を耳にしたのは、それからすぐのことだった。

●舞台を取り戻せ
 アルールの外れにあるカフェに、依頼人のバルトロメがいた。
 テーブル席へと案内されたあなたが飲み物を注文しおえると、両手を組んでいたバルトロメが手元のコーヒーに口をつけ話し始める。
「『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』と『異言都市(リンバス・シティ)』の話は、もうご存じでしょう」
 天義で起き始めたこの異変は、天義の巨大都市テセラ・ニバスから始まったという。
 『帳』のおりた街は一夜のうちに変質し、住民は全て『異言(ゼノグラシア)』を喋る狂気の民へと変貌してしまった。
 街には影でできた天使とワールドイーターが徘徊し、彼らはそれを『異言都市(リンバス・シティ)』と呼ぶ。
 外の者が入り込めば、それが何者であろうと命を狙う。
 そんな、いわば侵食された街が天義に次々と作られていったのである。
「私の暮らしていた街のすぐそばにあるアルールも、リンバス・シティに侵食されてしまいました。騎士によって立ち入りを制限され、私では中の様子を見ることすらかないません」
 それでも諦めきれないバルトロメは情報屋を雇い、中の様子を探ろうとしたらしい。
 探ったことで判明したのは、アルールの中央にある歌劇場にワールドイーターが巣くっているという情報であった。
 そう、セシルが舞台を演じるはずの、その歌劇場に。
 バルトロメは懐から一枚のチケットを取りだした。
「私は、彼女の演劇を見に行くと約束しました。お願いします。私を、あの場所まで連れて行ってください。そして……アルールを取り戻してほしい」
 ワールドイーターによって侵食された街は、そのワールドイーターを倒す事で取り戻すことが出来る。『リンバス・シティを切除する』という言い方をするそうだ。
「情報屋によれば、歌劇場は古代遺跡を利用したものだといいます。ワールドイーターはその場所に収められた聖遺物を核にしているのでしょう。それだけに強力ですが、倒す事ができれば……」
 チケットを見下ろすバルトロメ。彼はもう一度コーヒーで唇を濡らすと、彼とセシルの間の思い出を全て語った。
「お願いします。私を、彼女の舞台へ」

GMコメント

 リンバス・シティとなってしまったアルールの街へ侵入し、聖遺物を核にしたワールドイーターを倒すことで街を取り戻しましょう。
 全ては依頼人バルトロメの約束を守るため。
 通行を阻んでいた騎士たちはローレットを信頼し、皆さんが同行するのであればバルトロメを中に入れることを許可してくれました。

●アルールへの侵入
 リンバス・シティとなってしまったアルールには、『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』と『影の天使』が徘徊しています。
 彼らとの戦闘をくぐり抜けながら、中央にあるアルール歌劇場へと向かいましょう。

・『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』
 元はアルールの住民だった者たちです。彼らは適当な武器をとり、理解不能な言葉を喋りながらこちらを排除しようと攻撃してきます。
 街ごと取り戻すことになる住民たちですので、できれば殺さないほうがよいでしょう。

・『影の天使』
 影でできた騎士風のエネミーです。
 ゼノグロシアンよりも強力で、アルールを進むにあたっての一番の障害となるでしょう。
 彼らをいかに効率よく排除し突破できるかが、この場面の攻略の鍵となります。

●アルール歌劇場
 街の中心であり、ワールドイーターの巣となっています。
 この場に巣くっているワールドイーター『吊られた悲劇の王(ハンギング)』を倒すことが目的となります。
 古代遺跡を改装した歌劇場の内部はハンギングによって異空間へ変貌しており、まるで巨大な舞台セットのようになっています。
 そこには異言で一人舞台を演じ続けるセシルの姿もあるようです。

・『吊られた悲劇の王(ハンギング)』
 全身を包帯や鎖だらけにした人型の怪物です。聖遺物を核にしているため強力で、舞台装置を自在に動かしたり雷光や炎を呼び出すなどこの空間そのものを活用してこちらを排除しようとしてくるでしょう。

・セシル
 狂気に飲まれてしまった舞台女優です。今日が彼女の舞台の初公演の日であったようです。
 彼女に戦闘力はそれほどありませんが、まるで舞台の中心であるかのようにハンギングに守られています。しかしそれだけに、彼女の向ける殺意から逃れることもまた難しいでしょう。
 彼女はこんな状況にありながらも、一人舞台を決してやめようとはしなかったようです。

●同行者
・バルトロメ
 この依頼の依頼人です。売れないジャズピアニストで、戦闘力自体は低いですが意を決して皆さんに同行と護衛を依頼しました。
 セシルとの約束を果たすため、そして彼女とその夢を狂気の街から取り返すため、勇気を振り絞っています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <被象の正義>セシルとバルトロメ完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年03月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
ファニー(p3p010255)
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
ケルツェ(p3p010419)
小さな灯火
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ

●貴方になんて
(まるで舞台みたいにロマンチックな話……)
 リンバス・シティと化したアルールを前に、『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)はセシルとバルトロメの間に起きたドラマチックな日々を想った。
 だがこれは舞台ではない。黙ってみていれば、狂った街に呑み込まれ帰ってこなくなるか、あるいはバルトロメもまた呑み込まれ二人で狂ってしまうかのどちらかにしかならないだろう
「バルトロメさん、セシルさんを案じる気持ちはわかるけど無茶はしないでね」
「はは……」
 バルトロメは細身の男だった。顔立ちもいいが、決して喧嘩が得意そうな見た目ではない。彼は手をかざしてみせると、その指先が小刻みに震えていた
「それでも踏ん張れるほど男前なら良かったんだが、この有様でね。今じゃピアノも弾けそうにない」
 よかった……のだろうか。サクラは『大丈夫だから』とバルトロメに頷いてみせた。
 一方で、『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はアルールの街の地図を広げる。観光地だけあって観光マップは出回っていたようだ。
「リンバス・シティの話はあちこちで聞いているけれど、きっと同じように引き裂かれた恋人や家族がたくさんいるのだろうね」
 これはリンバス・シティのもたらした悲劇のたったワンシーンでしかない。ヴェルグリーズはいたましいという風に首を振る。
(こうして俺達に依頼までしてきたバルトロメ殿の勇気を尊重したいと思う。
 必ず無事にセシル殿の元へ、そしてこの街を取り戻して本当の初舞台をキミ達に贈ろう)
 戦いの邪魔にならぬようにマップを折りたたむ。
 彼らを迎えたのは天義の騎士たちだった。
「ここから先は立ち入り禁止です。おや、あなたは確かアーヴィン家の……」
 そっと止められた『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)は、家門を示す指輪を翳して肯定の頷きをかえす。すると周りの面々を見て事情を察したらしい騎士が敬礼の姿勢をとった。
「失礼しました。ローレットの方々ですね? この先に突入を?」
「厳密には雇われただけですがね」
 ウィルドは肩をすくめ、バルトロメに目をやった。ローレットの依頼とあらば天義の騎士とて融通するにやぶさかではない、という様子である。お世辞抜きで国を救われた大恩があるのだ。
「私たちの後からどうぞ」
「ありがとう……」
 例を言うバルトロメの顔には恐怖があったが、同時に強い決意も見て取れた。
(このまま狂気に囚われたセシルさんが人を手にかければ、彼女は要らぬ十字架を背負うことになるでしょう
 他人の都合に巻き込まれて「悪役」にされる人間を見るのは好きじゃないんですよねぇ……。
 ま、私の言葉が通じるはずも無し。ここは主人公にお任せしましょうか)
 そしてそういう言い回しなら、『Stargazer』ファニー(p3p010255)が最も適任だと言える。
「せっかくの舞台がひどい有様だな。初主演、初公演、ああ、それは役者人生においてとてもとても大切な日だ。たとえ観客がひとりもいなくても、街がどんな状況になっても、”一人舞台”を演じることはセシルにとって命よりも大事なことだったんだろう」
 この舞台の主役はセシル、そして舞台に上がることに決めたバルトロメだ。
 自分がかつて舞台にあがることを決めた日のことを少しだけ思い出して、ファニーは苦笑する。
「なにより”約束”があった。バルトロメが見に来ることを信じているなら、舞台を降りるわけにはいかないよな……セシル」
 観光用のポスターをポケットから取り出す。青いドレスで描かれたセシルの肖像画を印刷したものだ。舞台用のポスターだろう。有名な舞台で一人舞台を演じることができるというのだから、相当な人気のはずだ。
「そっか、リンバス・シティはもうあんな様子だから……観客だっていないのかもしれないんだね。舞台も予定通り行われてるかどうか」
 『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)がそのポスターを覗き込んで、美しいセシルの笑顔に目を細める。
(セシルさんはバルトロメさんにとって大切な人なんだろうね。彼女の為に覚悟を決めて臨んでいる。
 それは純粋に人として尊敬に値するし……大切な人を護りたい、助けたいという気持ちは痛い程わかる)
 だから。
「彼の勇気に敬意を。そして、その勇気に全力で応える為に俺は俺にできる限りを尽くそう」
 強く決意を固める雲雀。『小さな灯火』ケルツェ(p3p010419)もその決意に賛同し、小さな微笑みと共に頷いた。
 ホルスターからリボルバーピストルを抜き、ここからは戦場だとばかりにセーフティーを解除する。が、ホルスターはもはや剣の革鞘で、銃身と一体化したバイヨネットはククリナイフのごとく太く無骨でなにより大きい。
「うん。私、バルトロメさんみたいな人は好きだよ。道は私たちが作ってみせる。セシルさんも、この街も、助けに行こう」
 残弾を確認し、ケルツェは腰に下げたランプを小さく叩く。

 リンバス・シティの脅威は天義のあちこちに広がっている。
 『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の領地とて、つい最近その毒牙にかかる寸前だったのだ。
(それにしても…バルトロメさん。本当に無茶を言いますね? でも、その心意義。本当に素敵です。不思議と思います、貴方ならきっとセシルさんに、貴方の音色を届けられると)
 それはきっと素敵なことだ。マリエッタは以前とは少しだけ気持ちを切り替えて、両手を組んでうーんとたかく背伸びをした。
 腕に巻いた真新しい包帯を解けば、また血の刃を作り出すに充分な血が流れ出す。
 その一方で、『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は足元をてこてこと歩いていた猫たちにかがみ込んだ。
 ここからは危ないから、隠れていてねと声をかけると、猫の一匹がなーおを声をあげてきびすを返す。
「メイ、今回の件が落ち着いたら、セシルさんの舞台を見たいです」
「そうですね。私もです」
 マリエッタが振り向くと、同じようにウィルドやヴェルグリーズたちも頷いた。
 その中でも一番見たがっていたであろうバルトロメに、メイはできるかぎりの優しい表情を向ける。
「バルトロメさん。そのチケット、大事にもっていてください」
「ありがとう。君も小さいのに」
 そう言いかけて、バルトロメはアッと口元に手を当てて黙った。メイに失礼になっていないかと考えたようだ。
 大丈夫だと首を縦に振ると、バルトロメが頷いて微笑む。
 彼らは音楽家は言葉を多く用いない。より大きな『ことば』を知っているからだ。
「さあ、行こうか。僕は、彼女との約束を果たしたい。力を貸してくれるね」
「ええ。それに、相応の代金もお支払い戴いていますしね」
 ウィルドがわざと皮肉げに言うと、バルトロメは今度こそ声をあげて笑った。

●貴方にだから
 歌劇場前の大通りは人で賑わっている。
「「■■! ■■! ■■■■■■!」」
 といっても、何を喋っているのかわからない人間たちが何を意図しているのか分からないお祭りのようなものを始めている異様な光景なのだが。
「道が分かっているのは助かるね」
 小さなブティックの裏口から透視と闇の帳を駆使して静かに大通りへと出るルートを見つけたヴェルグリーズ。
 店員はおらず、おそらくは大通りに集まっている集団のなかに紛れているのだろうと思われる。
 彼らは大きく掲示されたポスターの前に集まりなにやら騒いでいるようだが、よく見ればセシルの舞台ポスターを拡大したもののようだ。
「ほう……劇場へ入るには、実力行使が必要になりそうですねえ」
 ウィルドがこきりと拳を鳴らす一方、サクラはすぐ後ろにひかえるバルトロメを振り返った。
 店内のマネキンをうっかり倒しそうになって素早く支えているところだったようで、こちらを見かえし真顔でゆっくりと戻している。
「忍び足というのは、どうもね」
「決定だね。店内にはバルトロメさんを残して、私とウィルドさんで護衛。別ルートでこっそり移動できるチームに分かれて、そちらから劇場前を攻撃できる? たしか……」
「それなら俺にまかせて。ヴェルグリーズ、一緒に行こう」
 雲雀が自らの血を変化させ、短剣の形をとらせる。
「まずは俺たちで最初の数人をできるだけ多く倒すから――」
「まって、劇場内を先に見ておいたほうがいいよ」
 ケルツェが腰の小さな道具鞄をひとつパチンと開けると、中からハムスターがもにゅっと姿を見せた。
 地面に器用に着地すると、そのまま人混みをさけつつ劇場へと向かっていく。
「今五感を繋げてる。入り口から入って……エントランス周りにはそれなりにいるみたいだね。外で騒ぎを起こせば誘導できるかも。空からは見れる?」
「任せな。いいヤツがいる」
 ファニーが『ArmillarySphere』の渾天儀を手のひらにのせて動かすと、鴉と夜鶯が一羽ずつ飛び出した。なぜそのチョイスを? とケルツェが首をかしげるが、ファニーはかまわずそれらを空に飛ばす。民衆は謎のお祭りに熱心でそれに気付いていない。劇場前の街灯のうえへととまって中を観察してみれば、確かにエントランスに何人かいるようだ。警戒しているというより、ただいるだけといった様子に見える。
「できればもう一押しほしいところだな。精霊はなんていってる?」
「このへんには、ちっちゃい子しかいないです。こういう子たちは、お喋りしたり話しを理解したりできないのです」
 メイがそう言うと、なるほどなとファニーが頷く。
「ではメイさん。私達は向こう側から」
 マリエッタはスッと身をひき、メイたちを手招きした。

 ブティックとは全く別の店舗から、ゴワンと何かを蹴倒すような音がした。
 突然のことに民衆の一部が振り返ると、影の天使たちが倒れているのが見えた。
 雲雀がヒュッと血の短剣を振り抜けば、ついていた血が地面に散る。
 ヴェルグリーズはあえて後衛を務めるべく剣を構えたままじっと立つと、先をケルツェとマリエッタに任せた。
 ケルツェはガンブレス・バヨネットを射撃姿勢にしたままこちらへ敵意をむき出しにして迫る民衆へと突貫。
 文字通り一人の腹に剣を突き立てると、至近距離から銃弾を三発撃ち込んでやった。
 引き抜き、振り抜き、側面から回り込む別の敵を斬り付ける。
 次の瞬間、マリエッタの放った大量の血のダートが周囲の人々へと突き刺さり、がくりとその場にくずおれさせる。
 メイの出番はここからだ。
 劇場エントランスから飛び出してきた影の天使たちにすっと手をかざすと、まるで大量の蝶や猫が集まるかのように光の群れがメイをとりまいた。
 襲いかかる人々から彼女をまもるかのようにカッと輝きを増しとびかかったそれらに、人々は意識を刈り取られその場へと倒れる。
「ゼノグラシアンとなった住民たちへのケアは、あとでしっかりやっておきましょう。それよりも今は――」
 ウィルドたちが突き進む。
 サクラに手を引かれ劇場へと駆け込んだバルトロメは、素早く劇場の扉を閉ざし鍵を閉めた。ドンドンと外から扉を叩く影の天使とゼノグラシアンたち。
 ひとまずは、劇場への潜入には成功したようだ……。

●貴方となら
 エントランスから先は奇妙な扉に閉ざされていた。
 何日も開閉されていないのか、蜘蛛の巣が両開きの扉の取っ手にはっている。
 これを見る限り、ゼノグラシアンたちは劇場のホール内には入っていないようだ。内スタッフ用の通用口から出入りしている可能性もなくはないが、仮にそうだとしてもごく少数だろう。
「バルトロメさん……」
 サクラは脱いだ上着をロープ代わりに扉に巻き付け固定していたバルトロメへと振り返った。ここへ至るまで、サクラたちの指示を守り無茶な行動をとることなくついてきた彼だ。ここへ来て突然おかしな行動をとるようには思えない。その程度には、依頼人かつ護衛対象者としての信頼はできたつもりだ。
「セシルさんはこの先にいると思う。今は言葉すら通じないかもしれないけど、それでも言いたいことがあるなら……」
「大丈夫。バルトロメさんへの攻撃は私が止めるから」
「私も第二の防御に回ります。メイさんも。ですので――」
 ケルツェとマリエッタがそう続けると、ファニーがポケットに入れていた両手を外し、だらんと下げた。
「セシルの名前を呼んでやれ。声援を贈るんだ。スタンディングオーベーションとはいかないが、約束だったんだろ?」
 これはリンバス・シティに飲まれた街アルールを奪還する戦い。だが同時に、依頼人バルトロメの想いを果たすための依頼でもある。原則、ローレットが動く時は誰かの想いがそこにあるのだ。
「メイの後ろにいれば、大体の攻撃は飛んでこないです! あんしんなのです!」
 メイも胸を張り、雲雀とヴェルグリーズもそれに頷いた。
「戦闘は俺たちの仕事だ。そこは、譲ってくれるよな?」
「ああ、当然」
「結構」
 ウィルドは低く唸るように笑うと、長く開かれていないホールへの扉に手を駆けた。

 『吊られた悲劇の王(ハンギング)』。
 そして、理解不能な言語を喋るセシルがいる。
 劇場の舞台セットにしてはできすぎた、というより街そのものを作ってしまったような巨大な映画セットのなかに、彼らは立っていた。振り向けばそこにエントランス行きの扉があるので、これが異空間ということだろう。
「■■■――」
 うっとりと遠いタワーを見つめ何かを語るセシルの、美しい姿がある。
 その横に、ハンギングはぼうっと立っていた。こちらへと振り返る。
 翳した手が狙いを付けたのは、最後尾のバルトロメだ。
 が、当然攻撃など許さない。
 ドラム感や馬車といった物体が浮きあがりバルトロメに殺到するが、ケルツェとマリエッタが間に入りそれらを剣や大鎌でたたき落としていく。
「セシルさん。今日上がるは正しい舞台の幕じゃないです! 今日がだめでも夢は潰えない。
 後日立派な初舞台を踏む事ができるです! だから、バルトロメさんといっしょに、帰ろ? です」
 メイはそんなバルトロメの手を引いて回り込むと、こちらへ振り返るセシルへと呼びかける。
「■■」
 言葉は分からない。けれど困惑しているようだ。悲しみや、あるいは後悔か。
 その間もハンギングの攻撃は続く。バルトロメから狙いはそれたものの、狙われたウィルドは次々と飛んでくる石柱や鉄の車輪を殴り飛ばし、ハンギングへと距離を詰めた。
 それだけではない。雲雀が音も無く背後へと回り込み、血の短剣をハンギングの背へと突き立てる。
「この舞台は悲劇にはさせない! 貴方の舞台の幕は降ろさせて貰うよ悲劇の王!」
 『セシルとバルトロメ』の舞台に、この存在は邪魔過ぎる
 サクラは叫び、斬りかかった
 天空の竜すら切り落とすと言われたサクラの竜墜閃が、抵抗するハンギングの腕をついに切り落とした。
 更にはヴェルグリーズの剣がもう一方の腕を切り落とす
「一人舞台をやめようとしなかったのは女優としての意地か、バルトロメ殿を待っていたのか……もしくはどっちもかな」
「……いい女だ。アンタは大物の女優になるよ」
 一方で、ファニーはセシルへと次々に白いホネのようなオーラを作っては投擲する。だがそれは、彼が台詞を述べる時間を稼ぐため。
「さあ――」
「セシル!」
 バルトロメは、ついにセシルへと駆け寄り、その手をとった。
「あのソファは広すぎる」
 手を引くバルトロメ。
 ヴェルグリーズやサクラたちがハンギングを切り裂き、その核としていた聖遺物を破壊した。
 パッと空間が砕け、散るように消えた後には……まっさらな舞台があった。

 手を引かれ、倒れ込むセシル。
 彼女を抱き留め、同じように舞台に倒れたバルトロメ。
 二人は身体を起こし、照れたように笑い合った。
「折角だけど舞台はまた今度、ね」
 サクラがそう言って舞台をおりていく。
「晴れの舞台には、八人っきりじゃ少なすぎるから」
 でしょ? そう呼びかけられて、ウィルドやヴェルグリーズたちも頷いて舞台を降りた。
「ああ、次は本当の舞台を頼むぜ」
 ファニーは拍手を送り、そして彼もまた舞台を降りる。
 雲雀とケルツェは顔を見合わせ。
「それじゃあ俺たちも」
「街は返してもらったしね」
 マリエッタとメイは少し名残惜しそうだったが、彼女たちも続いて舞台を降りる。

 ホールを出る直前、ジャズピアノの音が聞こえた。悲しいけれど、愛おしい。
 にくたらしいけど、だいすきな。
 そんな、どこかつたないメロディだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――mission complete

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