PandoraPartyProject

シナリオ詳細

黒猫にゃる様。或いは、ある城跡の不可思議な門…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●無貌なるにゃる様
 豊穣、とある城跡が大量の猫に奪われた。
 調査によれば、原因は1匹の黒猫とのことだ。
 黒猫の名はにゃる様……目鼻口さえ定かとしない、夜の闇よりなお黒い1匹の猫である。地元では、人の精神を搔き乱す妖猫として有名な存在であり、基本的に関わることは推奨されない。
 関わらなければ、遠目に眺めて愛でる程度なら、にゃる様は無害な存在なのだ。
 けれど、今回の……城跡に大量の猫が集まるという状況は明らかな異常事態である。
 それゆえ、近隣の村の住人やローレットに相談をした。
 曰く、にゃる様および城跡の様子を確認してきてほしい……とのこと。
 調査の結果、何らかの危険があるのなら、村を破棄して逃げるつもりだ。
 もしも何の問題もなければ、城跡は猫たちにくれてやって、禁足地とする予定である。

『……ねっこ』
 にゃる様の声が脳裏に響く。
 か細い猫の鳴き声が、脳髄の奥で染み渡るように木霊するのだ。
 鳴き声から敵意の類は感じない。
 きっと、城跡に足を踏み入れた見慣れぬ者に対して“挨拶”をしたつもりなのだろう。
 にゃる様の声を聞いた“あなた”に、多くの視線が集まった。
 猫、猫、猫、猫、猫の群れ。
 彩りも大きさも様々な、膨大な数の猫たちが遠巻きに、時には少し近づいて、あなたのことを眺めているのだ。
 野生の猫と言えば警戒心の強いものだが、城跡に住まう猫たちは少し様子が違っていた。陽だまりの中、欠伸をしたり、微睡んだり、風に舞う木の葉を追いかけたりと、思い思いに寛いでいる。
 城跡はきっと、猫たちにとって“安全で、過ごしやすい場所”なのだろう。
 それはきっと、そこににゃる様がいるからだ。
 にゃる様の存在が、猫たちに絶対の安心感を与えているのだ。そう言う意味では、にゃる様は猫たちにとっての守護者であり、頼りになる主君なのである。
 だが、1点……。
 城跡の奥の方にある、石で出来た小さな門の周辺だけが少し様子が異なっている。
 門の上にはにゃる様がいた。
 門の周囲は景色が歪んで見えていた。
『ねっこ』
 にゃる様があなたに語り掛ける。
 いかにも猫そのものといった『ねっこ』という鳴き声だが、あなたにはにゃる様の意図が理解できた。
 にゃる様は、門の破壊を望んでいるのだ。
「にゃぁお」
 あなたの足元で、三毛猫が鳴く。
 猫たちは、あなたに遊んでもらいたいのだろう。ともすると、あなたが隠し持った餌を寄越せと言っているのかもしれない。
 あなたに課せられた任務は、城跡の様子を確認して来ることである。
 つまりあなたは、にゃる様の頼みを聞いて『門の破壊』を試みてもいいし、猫たちの頼みを聞いて『遊んだり、餌を与えたり』してもいい。それどころか、暫く自由に城跡内で『のんびりと過ごして』見てもいい。
 と、いうわけで。
 以上をもって、このようにして。
 ある暖かで、少し不思議な1日が始まる。

GMコメント

●ミッション
城跡の様子を確認して帰還する

●登場猫物
・にゃる様×1
闇よりも黒い妖猫。
遠目に見ると、目や鼻、口などが無いようにも見える。関わると、精神を搔き乱されて正気を失うと言われている。
『……ねっこ』と脳に直接、鳴き声が響く。それはとても悍ましく、そして幸福である。
にゃる様は『不可思議な門』の破壊を望んでいるようだ。

・猫たち×たくさん
城跡に住み着く野良猫たち。
寝たり、遊んだり、寝たり、寝たり、微睡んだりと思い思いに過ごしている。
猫たちの中には、遊んでほしそうだったり、餌がほしそうだったりする個体が複数いる。

・ツチネコ×?
レア個体。
猫の頭部に、太く短い蛇の体を持ったUMA。
見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。
非常に素早く、高く跳びはねる。

●フィールド
人里より離れた山奥の古城。
正確には古城跡地。城本体は失われ、かつて城や通路があった場所は草木に覆われている。
残っているのは堀と城壁ばかり。
とはいえ元は山中の城であるため、防衛用の段差や坂が多く歩きづらいし、そこそこに広い。
城跡の奥、かつては城があった場所には“景色が歪んで見える不可思議な門”がある。


動機
 当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】ローレットの依頼で来た
ローレットの依頼を受けて、城跡の様子を見に来ました。

【2】偶然に辿り着いた
旅の途中や任務の帰りに、偶然辿り着きました。

【3】何かの呼び声に導かれ、気づいたらここに立っていた
気付いたらここに立っていました。なぜ城跡を訪れたのか、さっきまで何をしていたのかは分かりません。


猫たちと共に過ごすある長閑な1日
城跡にてどのように過ごすかの大まかな方針となります。

【1】門の破壊を試みる
『門のところに平穏はありません』
にゃる様の頼みにしたがって、不可思議な門の破壊を試みます。

【2】猫たちと共に過ごす
『猫と和解せよ』
大量の猫と共に過ごします。遊んだり、餌を与えたり、一緒に寝たりします。

【3】蟆代@縺翫°縺励>豌怜?
『ここはきっと夢の中』
夢み心地で気分がいいです。あなたは自分が猫の仲間であるかのように錯覚しています。いつもの自分らしくない行動、言動をとるかもしれません。

  • 黒猫にゃる様。或いは、ある城跡の不可思議な門…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月16日 22時20分
  • 参加人数6/6人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
ジュート=ラッキーバレット(p3p010359)
ラッキージュート
紫暮 竜胆(p3p010938)
守護なる者
ピリア(p3p010939)
欠けない月

リプレイ

●それは黒い猫の形をしていた
『ねっこ』
 その鳴き声が脳のうちを、脳髄の奥底の方を這い廻っているのである。
 蛆のように。
 或いは、羽虫の群れが蠢いているかのように。
 豊穣。とある城跡の、奥まったところに門がある。門の上には、夜闇の中で見る影よりもなお黒い、1匹の黒猫が座していた。
 門の辺りの風景が、まるで陽炎みたいにぼんやり揺らいでいた。
「HA――! 貴様! 貴様なのか。随分と小さな『我々』だ!」
 黒猫の前に立つ影がある。
 否、影より黒い其の名は『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)。いつの間にか、どこかから、城跡に現れ、黒猫の前に立っていた。
 黒猫の名はにゃる様。城跡がまだ城だった遥か昔からそこにいるとも言われている、奇妙で、そして不吉な黒猫である。近隣の村では「にゃる様に関われば精神に異常を来す」とか「くろ猫は仮の姿で、その本性は言葉にできぬほどに悍ましい」とか、そんな風に言い伝えられているらしい。
 では、どうしてそんな妖猫を放置したままでいるのかと言えば、何者にもにゃる様を討つことはできず、どんな武器でもにゃる様を傷つけることはできないからだ。
『……ねっこ』
「Nyahahahahahahahaha!! 貴様が何を望むのか、何を欲するのか、我々としても理解し難い!」
 オラボナとにゃる様の間で意思の疎通は出来ているのか。それとも、お互いがお互いに言いたいことだけ言っているのか。或いは、意思の疎通など必要無いのかもしれない。例えば、この惑星という小規模な箱庭に、この世界というごく限定された“物語”の中に限れば、なるほど言葉や意思は重要な情報伝達の手段だろうが、その限られた箱庭や物語の枠組みを超えてしまえば、まったく不便極まりないノイズのようなものだとすればどうだろう。
「めぇ……かわいい、です。にゃるさま……不思議です、ね」
 『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は、オラボナとにゃる様の様子を少し離れた位置から窺っていた。ローレットの依頼で城跡を訪れ、にゃる様の誘いにより門の破壊を志し、そうしてその場へ足を運べば、そこには先客……つまりはオラボナが既に居た。
「にゃぁお」
 先客がいたのなら仕方が無い。にゃる様へコンタクトを取るのは後に回さなければいけない。その場にしゃがみこんで様子を窺うメイメイの足元に、数匹の猫が近寄って来た。
 白く長い毛の猫だ。
 暖かな風に揺れるメイメイの髪が、猫じゃらしか何かのように見えたのだろう。前脚で虚空を掻くようにして、メイメイの髪に爪を引っ掻け、引っ張った。
「……いたい、です。でも、かわいいです」
 頭を抑えてメイメイは言った。髪が引っ張られたことで、頭皮がチクチクと痛む。
 痛むが、しかし、我慢しなければならない。何しろ猫のやることなので、猫のやることはすべて許されなければならない。それが世界の理なのだ。
 猫によって与えられる全てのことは、ある種の褒美として受け取らなければならないのである。

 ローレットからの依頼はこうだ。
『城跡に大量の猫が集まっている。何かの異変が起きていないか、城跡の様子を確認して来てほしい』
 つまり、城跡の様子を確認できれば、その方法はどうだっていい。例えば、にゃる様にコンタクトを取るのも自由だし、ただ辺りを散策するのでも大丈夫だ。もしも猫が嫌いじゃないなら、城跡に集う大量の猫たちと遊んでいてもいい。一緒に昼寝を楽しんでもいい。
 そのため、メイメイのほかにローレットから派遣された2人……『欠けない月』ピリア(p3p010939)と『かわいいもの大好き倶楽部』紫乃宮 竜胆(p3p010938)は猫たちと共に、のんびりと過ごすことに決めている。
「ほんとうにねこさんでいっぱいなの! にゃおにゃお~♪」
 地面を覆い尽くすほどに青々とした草の上に、ピリアは体を横たえた。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込めば、草の香りが鼻腔へ抜ける。
 地面に広がるドレスの裾か、或いは魚のヒレらしきものへ、猫たちが纏わりついていた。風に揺れる“ヒラヒラとしたもの”は、猫にとって2番目に好ましいおもちゃである。箱から覗くティッシュペーパーなどがそれだ。
 なお、1番目に好ましいおもちゃは、飼い主の仕事道具である。余談ではあるが、先日イヤホンのコードが噛み千切られた。
 そして3番目に好ましいおもちゃは、慟哭する竜人の尾だ。
「請け負った依頼ではあるが、今だけ……今だけはそれを忘れてしまいたい……!!」
 右へ左へ、感情の揺れに合わせて踊る太い尾は追いかけ回して、手で叩くのにちょうどいい。元より頑丈な竜胆の尾なら、爪を研いでも、噛み付いても、猫キックで痛めつけても許される。
 ピリアにじゃれつく猫たちの、なんと愛らしいことか。
 ピリアの柔らかな雰囲気が、よほどにお気に召したのだろう。新たにやって来た老猫は、ピリアの背中によじ登ると、気持ちよさそうに目を閉じた。
 竜胆は「耐えられない」といった様子で口元を押さえて、喉の底から零れそうになる嬌声を堪える。
 ここは天国かもしれない。
 天国はここにあったのだ。
 猫とはつまり、この世のすべての“幸い”が獣の形をとったような存在なのだ。じゃなきゃ説明がつかないではないか。さもなきゃ道理が合わないではないか。あんなに愛らしく、そしてふわふわした生き物が、存在していいはずがあろうか。
 そんな風にして悶える竜胆の様子がきっと気になったのか。猫たちが1匹、2匹と近づいて来る。その度に竜胆の心拍数と体温は、上昇の一途を辿るのである。

 陽だまりの中に猫がいた。
 猫の群れが微睡む中に、男が1人、倒れていた。
 地面に広げられた竜の翼は、猫たちのベッドにされている。太陽の光を受けて、ほどよく温まった翼はきっと寝心地がいいのだろう。血が通っていれば温かいのは、肉も翼も同じであろう。猫はよく人の腹のうえで暖をとって微睡む。
 重いから、寝苦しいから……そんな理由で微睡む猫の邪魔をすることは許されない。
「なァ、あんた……うちのウルタールを知らないか?」
『彼岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)がそう問うた。
 翼の男……『ラッキー隊隊長』ジュート=ラッキーバレット(p3p010359)は猫に埋もれたまま、少しだけ首を傾げる。
「いや、知らないな。知らない……知らないと思うが、どんな猫だ? 見たかもしれないし、見ていないかもしれない」
「あー……めちゃくちゃ食うのとちょっと鱗があって尻尾が2本あることを除けば普通の猫なんだけど」
 大地がウルタールの特徴を口にすると、ジュートは満面の笑みを浮かべた。
 それから、彼は片手をあげて親指で自分を指さし言った。
「俺がウルタールかもしれない。鱗がある。翼も、尾もあるけどな!」
「君のようなウルタールがいるものか。というか、いつからここにいる? 君、少し様子が変だぞ? ローレットの依頼か何かで来たんじゃないのか?」
 よくよく見ればジュートの目はぐるぐるしていた。
 猫のベッド役をいつから務めているのだろう。
「はは! 依頼なんて受けていないさ! 俺ほどのラッキーボーイともなれば、依頼がなくてもいつの間にかトラブルに巻き込まれちまうって訳だ。なにせ俺は豪運の猫なんだからな!」
「……猫、だって?」
「あぁ、そうさ! 俺は猫だ! 見て分からないのか? あぁ、いや……あれ? 何だか変な話だ。猫に角があるのは変だよな。俺は本当に猫だっけ?」
「……どうだろうな。猫にも色々、いるようだしな」
 そう呟いて、大地は視線を城跡の奥の門の辺りへと向ける。闇色の猫が、にゃる様が、じぃっとこちらを見ている気がする。
『ねっこ』
 脳髄にノイズが走る。
「……ウルタールは俺だったかもしれない」
「いや、俺がウルタールさ。俺ほどのラッキーボーイがウルタールじゃないはずがない」
 意味の通らぬ会話を交わす2人の様子を、遠い場所から二又の猫が眺めている。

●門のところに平穏は無いが、猫のいるところには幸福がある
 それは黒い仔猫である。
 名前はウルタール。
 のんびりと、心地よさそうな顔をして、陽だまりの中を歩いている。
 太陽の光を浴びて、エメラルドのような鱗がきらきらと光って見えた。
 豊穣のとある城跡近くで、何かの呼ぶ声に惹かれて、そこがとても過ごしやすい場所のように思えて、飼い主の腕を飛び出したのだ。
 飼い主……つまり大地は、ウルタールの姿を探して城跡を歩き回っている。
 時々、しゃがみこんでは猫にウルタールの居場所を尋ねている。
 ウルタールは、茂みの影からそんな大地の様子を見て、それからすいっと踵を返した。大地が自分を探してくれていることが、このうえなく嬉しいことのように思えたのである。
 だから、もう少しだけ心配してもらうことにした。
 時々なら、そんな時間も良いものだ。
 気紛れで、我儘で、何より自由。猫にはそれが許されている。
「にゃぁ」
 意地悪をしたい気分だった。
 大地の耳に届くように、わざと少しだけ大きな声でウルタールは大地を呼んだ。

「……ウルタール?」
 はっ、とした顔で大地は視線を巡らせる。
 ウルタールの声が聞こえたのだ。
 姿は見えない。けれど確かにウルタールが自分を呼ぶ声がした。例えば退屈で仕方が無い時、大地が本を読んでいる時、腹が空いたと訴える時、ウルタールはあんな風に鳴いていた。
 大地は立ち上がり、ウルタールを追って歩き始める。

 猫には猫の生き方があるのだ。
 猫には猫の哲学があるのだ。
「そうか、世界はこれを愛と呼ぶのか」
 青い空を仰ぎながら、ジュートは猫の真理を知った。胸の上に、腹の上に、投げ出された足の間に、広げられた翼の上に、無数の猫たちを侍らせてジュートは猫の心を知った。
「にゃん」
 胸の上で微睡んでいた白猫が、ジュートの頬を優しく舐めた。ざらざらの舌が舐めとったのは、いつの間にか流れていたジュートの涙だ。
「あぁ、ありがとう。そうだよな。悲しいことが世の中には多いけど、悲しんでばかりいちゃ世界は何も変わらないよな。悲しみで花が咲くことなんて無いものな」
 猫として生を受けたのだから、猫として自由に、気ままに生きなきゃいけない。
 そんなことも忘れていたのだ。
 そっと、白猫の首筋を撫でてジュートはゆっくり瞼を閉じる。世界は闇に閉ざされたけれど、太陽の光が暖かい。
 風のそよぐ音が聞こえる。
 こうして、ゆっくり、世界は回っていくのである。何もしなくても、世界は回っていくのである。
そんな当たり前で、そして何より大切なことを、ジュートは猫になってはじめて理解した。

 竜胆の手には、かつお節が乗っている。
 しゃくり、と猫がかつお節を頬張った。
「……っ、尊い。あまりにも、尊い」
 ざらついた舌が手の平を舐めて、竜胆は危うく尊死しそうになっていた。
 自然と口元が緩む。
 あまりにも猫が愛らしくて、思わず泣いてしまいそうだった。
 涙を零さないように、竜胆は視線を空へと向ける。
「みゃぁ」
 かつお節のお代わりを求めているのだろう。竜胆の手に、ぷにっとした肉球が置かれる。
 息を飲んだ。
 意識が一瞬、遠のいた。
「この時のために、今まで生きていたのかもしれない」
 地面に伸ばされた尾に、猫が1匹、2匹とすり寄っている。しゃがみ込んだ脚の間に、三毛猫が顔を潜り込ませた。
 後ろ足で器用に立つと、前脚を竜胆の懐へ伸ばす。
 分かっているのだ。懐にかつお節の袋が納められていることが。
「か……賢い。なんて賢いんだ。欲しいのか? かつお節がほしいのか? それともカリカリが欲しいのか? カリカリが幾つ欲しいんだ?」
「なぁぉ」
「全部か。カリカリ、全部欲しいのか?」
「みゃん」
 竜胆が何か言う度に、猫が返事をしてくれる。
 それがたまらなく幸福だった。

 猫、まっしぐらであった。
「にゃおにゃお~♪」
 猫じゃらしを振れば、仔猫が右へ、左へ跳ねる。
 ピリアの周りは、猫にすっかり埋め尽くされた。猫に囲まれ、ピリアはとても幸せだった。
 猫がいる。
 猫しかいない。
 話しかければ「にゃお」と応えて、手を差し伸べれば顎を乗せる、そんな愛らしい猫がいる。
 ピリアがへにゃりと笑うのは、猫の愛らしさに心を射貫かれたからだ。
 草の上に寝そべって、猫じゃらしを左右へ振って、暖かな日の光を体いっぱいに浴びて、気づけば眠たくなっていた。
 目を閉じれば、少しずつ意識が遠のいていく。
 いつの間にか、ピリアは安らかな寝息を立てていた。ピリアが眠ったことに気が付いたのか。さっきまで猫じゃらしで遊んでいた仔猫たちが、そっと音を立てないようにピリアの頭部にすり寄っていく。
 身体を丸め、腰の辺りをピリアの頭に押し付けるようにして、仔猫たちは眠りについた。
 1匹、2匹、3匹と、猫たちは次々と眠りの縁へ落ちていく。
 長閑で、安らかで、平和な時間で……眠るピリアと猫たちの邪魔をする者は、城跡のどこにもいやしないのだ。

●『ねっこ』
「ウルタール。どこにいるんだ、ウルタール」
 もうじき、西の空に太陽が沈むだろう。
 広い城跡を歩き回って、大地はすっかりくらびれていた。
 ウルタールの鳴き声は、時々、大地の耳に届いた。
 けれど、姿だけが見当たらない。
 猫とはそんなものだ。
 足を止めて、膝に手を突き、大地は大きなため息を零す。
 と、その時だ。
 大地の頭上に影が差す。
 なんだ、と視線を上げて見れば、そこには闇が広がっていた。闇の中に浮かぶ赤い三日月が、なんと女の声を発した。
「猫は高貴な存在だが、兎角、貴様は本当に我々らしい」
「……は? な、なに?」
 オラボナだ。
 オラボナの声は、大地に向けられたものではない。
 いつの間にか、大地の足元には黒猫が1匹、座っていた。
『ねっこ』
 大地の脳に、にゃる様の声が響く。
 遠くで、近くで、脳髄の奥底で、蠢くような鳴き声だ。何かを大地に伝えようとしているのだ。大地は眉間に皺を寄せ、瞬間、頭が左右へ揺れた。
 一瞬、意識が遠のいたのだ。
「Nyahaha!! そうか、そういうことだったのか! では、貴様。そこの貴様よ」
 オラボナとにゃる様の間で、果たしてどんな意思の疎通が成されただろう。
「では――月への跳躍を試み給え」
 オラボナは大地の眉間に指を突きつけ、そんな言葉を口にした。
『ねっこ』
 オラボナの言葉は、大地へ向けられたものか。
 それともにゃる様へ向けて告げられたものか。
 脳髄に染み入る猫の声を確かに聴いて、オラボナはNyahahaと哄笑する。

『ねっこ』
 時が来たのだ。
 メイメイの脳に響くにゃる様の声が、そう告げた。
 太陽が沈み、夜が訪れる瞬間。
 昼と夜の狭間こそが、昼でも夜でも無いその時こそが、約束の時だ。
「そうなのですね。今なのですね……にゃるさまがそう、願うのであれば」
 そう呟いて、メイメイはゆっくりと目を開く。
 思えば、不思議な時間だった。一瞬のような、永劫のような、そんな不思議な時間を過ごした。門の前で静かな時を過ごすメイメイの周囲には、いつの間にか大勢の猫が集まっていた。メイメイに寄り添うようにして、猫たちはきっと素敵で幸せな時間を過ごしたはずだ。
 だが、その時が来てしまった。
 猫たちは、1匹ずつメイメイの傍を離れていく。
 メイメイは猫たちを見送って、門へ向かって手を翳した。
「愉しみだ、嗚呼」
 なんて。
 オラボナが小さな声を零した。

 門の周囲で景色が歪んだ。
 空間そのものを飲み込むように、景色の歪みが徐々にひどくなってくる。ぐるぐる、ぐるぐる、景色が回る。門の中には、黒い顔が幾つも見えた。
 黒い顔をした王だ。
 それは黒い王だった。
「にゃる様が言っています。今はまだ、その時ではないと」
 ごう、と魔力が渦を巻く。
 メイメイの周囲で、火炎が散った。
 業火が。全てを焼き尽くすほどの業火が、歪んだ景色を端から飲み込み焼き焦がす。
 メイメイの頬に汗が伝う。
 メイメイは魔力を注ぎこむと、業火がさらに勢いを増す。
 そうして、やがて……一瞬のような、永遠のような時間が過ぎて、景色の歪みがプツリと途切れた。
 終わったのだ、と。
 そう理解したメイメイが、力尽きたようにその場に倒れ込む。
 そんな彼女を心配してか、メイメイの周りに散っていた猫たちが集まって来る。
 その中に1匹、夜の闇より黒い猫の姿があった。
『ねっこ』
「……はい」
 どんな会話が交わされたのか。
 満足そうにメイメイは笑い、やがて静かな寝息を零す。

 空に月が昇ったころ、大地は門を足場に跳んだ。
 そんな大地の視界の端に、見慣れた仔猫の姿があった。
「ウルタール。そんなところにいたのか」
 半日ぶりの再会に、大地は思わず微笑んだ。
 微笑む大地の横顔を、オラボナは見ていた。
「ところで貴様。本の収集も大概にしておくがいい。書物のすべてが、ただ読まれるだけのものとは限らないのだから! 本に魅入られた者の末路を、その忌まわしい喜劇を知る時が、明日か、いずれか、あるいは過去に来るかもしれない!」
 なんて。
 そんなことを言い残して、オラボナはどこかへ去っていく。
 その肩には黒猫がいる。
 にゃる様が、オラボナの肩にいる。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
城跡には“なんの異変も起こってはいません”でした。
元凶が排除されたのだから、それはつまり“何も無かった”といことです。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
ねっこ。

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