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シナリオ詳細

<海神鬼譚>生は時に死よりも悪手だ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●狩り
(……しつこい)
 十夜 縁 (p3p000099)は辟易していた。
 自分を取り巻くいくつもの悪意へ。
 ここはシレンツィオリゾート無番街、喜びと悦楽の島、シレンツィオの暗部だ。
 ごみ溜めのような違法建築の山が道を制し、蜘蛛の巣のように広がる通りは細く、曲がりくねっていた。ホームレスやゴロツキや泥酔し騒ぐ酔っ払いが、見渡さなくとも視界へ入ってくる。そんなものへ縁は一筋も興味を抱かなかった。彼にとっては、慣れたものだからだ。なつかしい、忌まわしい、腐れた匂い。どこかで放置された死体が虫と鼠の温床となって崩れいく香。
 それに混じって、明確な殺意が、縁の背へ突き刺さっていた。
 振り返れば消え、前へ進めばまた刺さる。尾行よりも近く、諦める気配はない。縁は悪意のまなざしを切るために、またも角を曲がった。だがそのまま行方をくらませるほど、たやすい相手ではなかった。
 近づけば距離を取られ、走りだす隙も与えられず、縁は前へ押しやられる。じわじわと迫りくる悪意。もちろん縁はとっくに気づいていた。この包囲網へ、抜け穴が存在していることに。包囲網は有機的に連動し、縁を一方向へ導いている。
(ブラフだ)
 そう断じて、縁はあえて悪意の濃い方向へ歩いていく。そちらが正解だ。確信があった。
 狩りをする時は、必ず獲物へ逃げ道を作れ。そして行ってもらっては困る方角へは、戦力を置いて威嚇しろ。そう教えてくれたのは他でもない……。
 思考を中断し、縁は得物へ触れた。最初の悪意に触れたからだ。間合いに入れたその相手へ向けて、縁は一息に詰め寄った。
「ハァイ」
「!!」
 縁は息を呑んだ。同時に得物を振り抜く。
「あら、そこで全力を出すのは悪手よ。アタシレベルを一撃で打ち倒せるほど、カンは取り戻してないわよね?」
 最初の攻撃を涼風のごとく受け流し、『致死愛毒(リーサル・ラヴァー)』トバリはうっそりと微笑んでみせた。

●借り
「なんの用だ」
 遠くで誰かが騒いでいる。場違いに陽気な船乗りの歌が風に乗ってここまで流れてくる。悪意の袋小路に閉じこめられた縁は、武器をおろした。体から力を抜き、いつもの口調を真似てみる。
「こんなか弱いおっさんをつけ回したところで……」
「はい、嘘つくな。あれだけダーリンからラブコールを受けておいて、いまさらその手には乗らないわよ?」
 トバリもまた武器をおろした、ように見えた。毒が塗られた鞭の先端は、地上においてなおも縁を狙っている。動けばどうなるかわかっているなと、無言の圧をかけている。
 縁は舌打ちをこらえた。手の内を読まれている、こんなにやりづらいことはない。詮方無いことだ。何故なら縁へそう振る舞うよう仕向けたのは……。いや、やめよう。縁は注意を周囲へ向けたままトバリを見やった。視線はぼんやりと。視野は広く。常に彼我距離を意識して。
 トバリはきれいに結った髪をするりと指へ絡め、口を開いた。
「用件を言うわよ、縁。《ワダツミ》に潜り込んだスパイを……」
「……聞こえなかったな」
 縁はトバリ相手に距離を詰め、絶妙な間合いまで入ると、体幹をひねるように得物をふりあげようとして、それすらできずに固まった。いつのまにか縁の肩へ手が置かれている。ふいに、なんの、前触れもなく、気配もなく、意識の真空地帯を渡って、その男はやってきたのだ。ゆうゆうと背後を取ったのだ。
「人の話は最後まで聞く。これ、人間関係の基本だよお?」
 ダーリン! トバリが感極まったように叫ぶ。
『禍黒の将』アズマ。縁がかつて兄と慕った、慕ってしまった男だ。
「以前、この街で、俺の力を借りた時があっただろう?」
 ゆっくりと、ひょうひょうと、あくまで世間話の温度で、アズマは縁へ語りかける。
「なんつったかなー。だめだねぇ~年取るとさあ~、物忘れが激しくって。ああそうそう、游夏ちゃんだ」
 にたり、アズマが凶暴な笑みを見せる。
「縁、協力してもらう。拒否権はない」
「あの時の借りを返せってか?」
 縁もつられて鋭い視線でアズマを刺す。だがそこに立っていたのは、日曜の公園で鳩に餌でもやっていそうなただの男だった。
「うん、そうー。さっすが縁だねぇ。いやあ、困っちゃってんだよね。トバリちゃん、あと頼んだ」
 言いたいことだけ言って、アズマはさっさと踵を返した。その背を追った日には、トバリの格好の餌食となるだろう。
 そのトバリは目に嗜虐的な光を浮かべたまま、アズマから直接指命を受けた喜びで、頬をほてらせていた。縁に必ずYESと言わせてみせると、気迫が立ち上っている。
「アンタの古巣、《ワダツミ》の現状について、今一度説明しておこうかしら?」
「……」
 縁は視線だけで承諾した。口をきくのも嫌だったからだ。
《ワダツミ》は海洋をメインとし、この無番街を実質支配しているギャング団である。その組織はアズマを頂点とし、幹部と、無数の構成員によって動いている。上を見上げるほど霧が深く立ち込めており、末端はアズマの顔を知る機会すらない。神出鬼没なアズマを支えるのは、幹部だけである。逆説的に《ワダツミ》は誰もを受け入れ、逆説的に《ワダツミ》は巨大な組織となっている。
「とーっても残念だけど、ダーリンことアズマの顔を割るためにアタシたちを出し抜いてのけた輩がいるのよねえ」
 ホント許せない、殺すわ。トバリは端正な顔立ちを嫉妬に歪めた。
「んで、そいつがちょっと面倒なのよね。《ワダツミ》のトップシークレットである幹部情報をかすめとっていったのは確かなんだけど、それがどこまでの規模なのかわかんないのよ」
 だからね、と、トバリは続けた。

●刈り
「あー、集まってもらって悪い」
 縁は申し訳無さそうに顔をしかめた。その後ろには、黒髪を綺麗に結った中性的な顔立ちの美丈夫が居る。長い鞭の先は、毒が塗られているのだろう。かすかに変色していた。それを見て取ったあなたは、どうやら依頼とやらを受けるしかないと腹をくくった。美丈夫は機嫌良さそうに笑ってみせた。
「アタシが依頼人。名前はね、伏せさせてもらうわ。そうね、美人なオネーサン、そう呼んでくれてもいいわよ?」
 彼はそう断ると、縁へ視線をやった。縁はたいそうめんどくさそうな顔をしながら、依頼について説明を始めた。
「……シレンツィオの無番街にある大通りで、指定された男を、気絶させてくれとのことだ」
 縁は続けた。
「依頼人によると、そいつの名はウロツ。海老の海種で、身のこなしが半端ねえ。こいつが持ってる情報を拷問して吐かせたいから、とりあえず殺すな、とのことだ。決行は今夜だ。悪いな、急な話で。でもそうしなけりゃ、ウロツはこの島から抜け出しちまう。だから今夜中に捕縛する必要があるんだよ」
 ほんと悪いな、と、縁はため息をついた。
「ウロツの野郎、用心棒を雇っていやがる。こいつらもなかなか手ごわい、面倒くせえやつらだ。こいつらのせいでウロツを取り逃がすことになるかもしれねえ。ああ、傭兵の方は殺していいらしい。特に情報はもってないからな」
 そこまで既に下調べが済んでいる状況に、あなたも縁同様疲れた顔をした。
「……何故、自分でいかない? 依頼人」
 場にいる全員の疑問を、縁が口にする。
「アタシが行ったらオーバーキルだし~。あと顔も割れてるからあ、ウロツに先んじて逃げられちゃいそうだしい~」
 依頼人はくくくっと楽しげに笑っている。
「ま、そういうわけだからあ。とっとと行って、さくっと退治して、ウロツをとっつかまえておいて。頃合いを見て、アタシが回収しに行くから。ああ、町中での戦闘になるから、あまり派手には動かないでね。あんまりパンジンの皆さんにごめーわくをおかけしないよーに!」
 その目には獲物をいたぶる猫のような光があった。

GMコメント

みどりです。ヒャッホウ、アズマさん、お借りしちゃっていいんですか!? 光栄です!

さておき、あなたはこれが《ワダツミ》からの依頼だと気づいてもいいし、気づかなくてもいい。どちらにせよ、やることはひとつです。また、このシナリオは海洋のアイコンではありますが、舞台がシレンツィオなので、名声は豊穣2+海洋3と分割して付与されます。

やること
1)ウロツの捕縛

●戦場
時間帯は夜。明かりがあるので、視界には困りません。
 大通りです。道幅は約8m、ゆったりしたカーブを描いた一角です。周囲には一般人がたむろしています。普通に邪魔です。
 また、そこここへ雑然と荷物が積み上げられて、障害物になっています。行動、特に機動へペナルティがかかります。中距離以上のスキルを使う方は、射線の取り方に注意してください。
 この荷物の山は崩れる可能性があります。派手に暴れる場合は、念頭に置いてください。

●エネミー
ウロツ 捕縛対象です 彼の死は依頼の失敗になります
《ワダツミ》のトップシークレットを盗み出した男 何故そんなことをしたのか、その動機も含めて依頼人は知りたがっているようですが、そこはもう依頼人へ任せましょう
 HPAP、非戦に優れており、不意打ちを絶対に受けません クェーサーアナライズ相当のスキルを所持しているようです

ゴロツキ・男 8人
 ウロツに金で雇われた用心棒
 CTの心得が有り、至近~近距離の両面攻撃に優れます
 また、同じ相手、特に弱く見える相手を狙ってくる傾向があるようです

ごろつき・女 6人
 同じく金で雇われた用心棒
 銃の手練で命中が非常に高く、跳弾を駆使して思いもよらぬ方向からレンジを無視した【防無】【必殺】付きの手痛い攻撃を仕掛けてきます

●友軍NPC?
『致死愛毒(リーサル・ラヴァー)』トバリ、あるいは、美人なオネーサン
 縁さんの関係者です
 興味のある方は縁さんのノートをご覧ください
 戦闘後、ウロツの回収に来ます
 それ以外で接触はできません

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <海神鬼譚>生は時に死よりも悪手だ完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年02月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
※参加確定済み※
キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
斉賀・京司(p3p004491)
雪花蝶
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ファニー(p3p010255)
カトルカール(p3p010944)
苦い

リプレイ


「ねえちょっとぉ~~~~!? なんかまたきな臭い依頼なんだけど~~~~~~! うちの上司、僕に何を研修させたいわけぇ???」
『苦い』カトルカール(p3p010944)は天を仰いだ。青い目のうさぎだ。珍しい品種である。特に彼のように、水色の毛並みのうさぎは、ペットショップでも奴隷市場でもなかなかお目にかかれないっだろう。
「あのさあ~~~~! 人のこと好き勝手言うのやめてくんない!? 僕はただのうさぎじゃなくて、誇り高いブルーブラッドだから! 毛並みだって特別なんだよ! ねえ、聞いてる!?」
「はいはい、聞いてる聞いてる」
『雪花蝶』斉賀・京司(p3p004491)が気のない相槌を打った。
「マネージャー! ちょっとさあ! 僕の説明、乱雑じゃな~~~い!? そうだよね、そう思うよね!?」
「はいはい。いいからお仕事、ね?」
 京司に本題へ戻され、カトルカールは肩を落とした。
「……こほん。たしかに愚痴はともかく、仕事はしないとな……」
 切り替えが早いのは、彼がサヨナキドリのシレンツィオ支部長であり、アジアン・カフェ『漣』の看板でもあるからだ。それに、とあるかわいいちゃんの兄でもある。まだ14だが人生経験は豊富なのだ。
 マネージャーと呼ばれた方は若い黒髪の男だ。三十路を越えているが、その儚いまでの美貌は年齢を感じさせない。彼をその腕に掻き抱く光栄に浴する者は幸福であろう。
(それにしても、わざわざ潜入してまで、人の秘密をねえ。そんな大事なものを奪ったのであれば、相応の覚悟で持ち出したんだろう。追手がかかることも、見通して)
 であれば。京司はにいと唇の端を吊り上げた。
「悪い奴らには悪い大人が対応してくることも、想定内だよな?」
「悪い大人、ねえ」
 くくっと『スケルトンの』ファニー(p3p010255)が、ないはずの喉を鳴らした。彼の背丈は人間の子どもくらいしかない。長い年月を生きているような威厳もあるし、生まれたばかりような純粋で一途なところも見受けられる。端的に言って、年齢は不明。わかりはしないが、べつに依頼には支障がない。この依頼に求められているのは、障害の排除とターゲットの捕縛なのだから。
「ギャングだかヤクザだかスパイだか、そんな事情は知ったこっちゃねぇが、仕事なら仕方ねぇ」
 彼はグローブの下に隠した秘密を撫でた。戦いの前の儀式だ。無闇矢鱈と高揚するのはよろしくない。特に彼のように、敵の攻撃を封じる役目であれば、過酷なまでの状況判断を迫られる。ゆえに、一流と呼ばれる者ほど、験担ぎをするのだ。
「この島にゃ、フリーパレットの一件で思い入れもあるしな。確実に、じっくりじわじわ、なぶってやるよ」
「うはー★ ファニーってば、こわいねこわいね! マリカちゃんはかよわくてかわいいだけだから♪ ちょっとネクロマンシーかじってるだけのふつーの女の子だから☆」
 けらけらと笑うのは『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)。もちろん戯言だ。死者を「おともだち」にしているような女がまともであるわけがない。マリカ自身そのことをよく心得ている。だからこそのたわむれである。一年中ハロウィンの彼女には、戯言こそがふさわしい。
「だいじょうぶだいじょうぶ、もーまんたいないもんだい! マリカちゃんがぜーんぶメチャクチャにしてあげる♪ 逃がさないよ?」
 一瞬だけ猫科の猛獣を思わせる輝きで瞳を満たしたマリカは、次の瞬間にはいつものハロウィン娘に戻っていた。変幻自在、自由自在。突風のような娘は、今日も破壊と殺戮で戦場を満たすだろう。
 経緯上、しぶしぶ依頼人となった『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は思案顔。顎に手を当て、深く考え込んでいる。
(あの時アズマが通りかかったのは、最初からこれが目的だったのか――)
 考えるほどに正解が逃げていく。まるであの男そのもののように。縁は頭を振って、思考を振り払った。
「……いや、まさかな。……借りは借りだ。作っちまった以上、俺に拒否権はねぇよ」
「探し人を捕まえるお仕事やけど、その人を受けわたした後……どうなってしまうのやろか? あんまり気にすることはないんやろうけど、何やら嫌な予感がするんは気のせいかしら……」
『羞花閉月』蜻蛉(p3p002599)が震えるように自らの肩を抱く。嫌な予感というものは、往々にして当たるものだ。縁は蜻蛉へ気休めの言葉をかけようとし……やめた。そんなセリフを吐いたところで、やるべきことはかわらないのだから。
「……気のせいやったら、ええんやけど」
 こぼれた独り言が無番街へ溶けていく。
「いやあ全く、この街は相変わらずなこって! だがしかし……」
 ワダツミか、と、『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)はひとりごちた。世間知にさとく、聡明な彼は、この騒動の出どころをしっかと押さえていた。
「ここに事務所をかまえる者として、この状況には興味がある。現地視察は怠れねェなあ。弊社はあくまでファミリーでも組でもなく『優良一般企業』だけどな」
 最後のセリフを、これみよがしに強調する。悪党や賊すらスカウトしてのける派遣会社ルンペルシュティルツのトップとしては、建前の重要性をよく理解していた。建前は軽佻浮薄であればあるほどよい。中身がなければないほどよい。ひたすらに耳障りがいい、それだけが建前を建前たらしめている。キドーはそれを知っていた。
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)ほど、そんな建前が似合わない男も居ないだろう。質実剛健、真面目で正直、有言実行、ゆずるべきところではゆずるやさしさと、ここぞという時は貫き通す強さを持っている。彼の前ではどんな甘言も、影へ身を隠そうと足掻くだろう。
(縁さんが絡まれてるって事は、ワダツミ関係か。……懐かしいな。捕まりかけたことがあったっけ)
 あの時は縁さんが孤立無援になってしまって、危なかったなと記憶を掘り起こす。
「彼らは油断ならない集団だが……故にこそキッチリやるとしよう」
 イズマは、右の拳を握りしめた。オールドワンの証は、重い音とともに主へ応えた。


 派手な音を立てて、邪魔な荷物の山が崩れていく。キドーが衝撃の青で吹き飛ばしたのだ。そうでもしないと、通れないくらい、荷物は積み重なっていた。
 破壊音にびくついた周りの人々が、何が起きたのだと寄ってくる。
「あー、ゴロツキがいて、障害物があって、とどめにどうでもいいやつらがわんさかいて、あー、面倒くせぇ」
 ファニーはファミリアーからの広域俯瞰で無番街の夜を見渡した。ウロツたちの姿はまだつかめない。カトルカールも似たような結果に終わり、ふんと鼻を鳴らした。先行するカトルカール。無番街の夜へと駆け出していく。
 集まってきた人々の視線は、縁へ釘付けにされた。海洋で誉れ高き縁の名声は、ここ無番街にも鳴り響いていた。そして、臆病で即物的で現実的な彼彼女らは、縁の姿にすくみあがった。
「ちと荒事させてもらうぜ。危ねぇから近づきなさんなよ」
 縁の発するただならぬ雰囲気を受けて、人々は後ずさる。ギャングだった頃の片鱗をのぞかせて、縁は周囲を威圧した。
「何でもあらしません。ちょっと人を探しとるだけよ?」
 蜻蛉がウインクする。明るいそれは一滴の精神安定剤であり、清涼をもたらす。人々は離れていく、縁と蜻蛉の両者から。これ以上関わりたくないと判断したのだろう。
「……賢明だな」
 縁は自嘲する。己の名声がもたらす効はよくわかっていた。だがそれいじょうに、ここ無番街のひとびとにとって彼は危険人物なのだと、それを思い知らされた気がした。どんなに昼行灯を気取っても、鋭く磨かれた牙は隠しきれない。……隠すべき時期は終わったのかもしれない。
「あっははー! おふたりさんやさしいね☆ マリカちゃんはあんな有象無象、ぜーんぜん気にしないけどね★ 本当にヤバければ誰かが割って入って、攻撃してでもマリカちゃん達を止めるでしょ! まー、まとめて『おともだち』になってくれるなら、それにこしたことはないけど~♪」
「……邪魔だろ。それだけだ」
 投げやりな口調と裏腹に、縁の端正な顔立ちへ影がさした。「邪魔」。命も尊厳もある人々を、そう捉えてしまった己が、昔日に重なってしまう。たとえ無番街があらくれどものふきだまりだとしても、ここにはここの流儀があり、ここでしか生きられない命もたしかに存在する。彼彼女らを、邪魔の一言で片付けるのは、かすかに良心が痛んだ。けれども、まだ自分にそんな感情が残っていることに、安堵すら覚える。
 いつのまにか蜻蛉が隣へ立っていた。体温すら感じるほどに近くに。縁の理性をつなぎとめてくれる、稀有な存在。なにか伝えるべきかと縁が口を開こうとした、その時。
(居た! ゴロツキが不自然に固まってる! 真ん中にいる男がウロツでまちがいない!)
 カトルカールからのハイテレパスが一同の脳裏へ刻み込まれた。
(ゆっくり急いできて! 荷物の山を崩さないように! ウロツのやつ、さっきからビクついてる、きっと警戒してるんだ!)
「避難訓練じゃあるめェし、ゆっくり急げたぁ無茶を言いやがるぜ。『いかのおすし』ってか?」
 キドーはぶつくさ言いながらもカトルカールの水色の毛並みを目印に前進した。その気になれば音を立てず歩くことだってできるのだ。ゴブリン風情とあなどられていたからこそ、その技術は磨いてきた。ただ、使う気がしないだけで。
 キドーは進む。散らばった荷物をざくざくと踏み、進軍する。とても小鬼とは思えない貫禄に、周りの人々が恐れをなしているのがわかる。気分が良かった。やがて前方に、たしかに妙な集団が見えてきた。
「あいつらだな」
(そうだよ! そろそろ戦闘の準備をして!!!)
「アンタのテレパスはいちいちやかましいんだよ、カトルカール」
 言われずともそのつもりだ。キドーはククリを握った。蜻蛉が印を組む。金色の羽が彼女の周囲をひらひらと舞う。ふしぎなことに、それらは地面へ落ちることなく、蜻蛉を守るかのように漂っている。ルーンシールドだ。さらに蜻蛉は印を変えた。
「稲妻よ、疾風よ。甘き香よ。約束の地へ我らを導け。アキレスよりも早く、彼の者の死角すら走り抜ける速さをこれへ」
 さらに翼を否定する。完全なる自由を手にした蜻蛉は、皆へ向かい、安心させるように微笑んだ。
 京司がジェットパックのスターターをオンにする。媒体飛行で浮かび上がった京司は、開いている窓をのぞきこんだ。中の人々が、跳弾の餌食になるかもしれない。
「お騒がせして申し訳ありません、皆様。悪党の捕縛の真っ最中なのです、良ければ窓を閉め、歌でも歌っていてください」
 京司の気配に驚いた太った女へ微笑みかける。女は顔を真赤にしたかと思いきや、ぴしゃんと窓を閉めた。京司は上昇を続け、建物の屋根に陣取った。狙撃手のように。
「我々とただのゴロツキ、さて、どんな結果が生まれるかね」
 ゆうゆうと屋根の端へ腰掛け、眼下を眺めやる。そこからはカトルカールが報告した通りの集団がよく見えた。
「始めよう。なに、すぐ終わるともさ」
『神』。祝福と知恵と恩寵を賜るはずの存在へはたらきかけ、京司は悠久の呪いを引き出す。呪句を口にする必要もなかった、指差す、それだけで充分だった。荷物の山がつぎつぎと崩れ、ウロツたちの進路を妨害する。
 ウロツたちは敏感に反応した。ゴロツキどもが銃をかまえ、ウロツを逃がそうとする。
「させないな」
 京司は利き手を振り下ろした。熱波がウロツたちを襲い、驚愕の声が聞こえる。ラサの魔風は、確実に彼らを足止めしている。
(そうそう! いい感じだよマネージャー! 次の人いって、畳み掛けて!! その距離ならまっすぐじゃなくて、右手から回り込んだほうがいい!)
「やれやれ、か弱いおっさんをあまり走らせねぇでほしいんだがねぇ」
 縁が踏み込む。おお見よ、あれは、あの動きは、「冽家」ではないのか。竜脈を守護するという、かの一族の動きそのものではないか。縁はそんなことに頓着せず、あるべきはずの気脈を操る。引き潮のように血を吹き出すゴロツキども。
「アンタらの生死まで気にかけてる余裕がねぇ。恨みはないが悪く思わないでくれよ」
 ファニーが打って出る。二番星が降りしきる。金星よりもおとなしく、儚い輝きのそれらは、見た目に反して獰猛だった。地上にちらばる星屑の欠片。幻想的な光景とは裏腹に、心肺を食い破る。
(いい感じいい感じ! そのままやっちゃって!)
「ふふん、マリカちゃんのすばらしかっこよさに惚れてもいーんだよ、カトルちゃん☆」
(誰が!!!!!)
 憤慨するカトルカールのハイテレパスを無視し、マリカは鼻歌を歌った。
「No life queen、No life queen、I wish the Drop of despair、I wish the Drop of despair、I want you all dead~♪」
 地獄への鉄道が動き始める。片道切符が待っている。もくもくと黒い煙を吐く蒸気機関車の先頭にマリカは立つ。
「Raisin accident☆」
 彼女が飛び降りると同時に、機関車はウロツたちへつっこんだ。苦し紛れの跳弾がマリカへ当たるも、蜻蛉が癒やしていく。
「おう、ボーッとするなよ。テメェらの金ヅルが死んじまうぜェ!」
 キドーが走る。やさしいだけのやわらな思い出へ、唾を吐く。
「依頼主が死んだらタダ働きだよなぁ? 評判だって傷つくぜ? そんなに頭数が居て、依頼主に傷を付けんのか? これだから木っ端フリーランスは……」
 用心棒たちは、とまどうかのように視線をウロツへと。キドーがその隙に接近し、ククリでもってゴロツキをなぎ倒す。さらにウロツへと迫るも、彼奴は逃走のエキスパートだった。逃げ出したウロツはこしゃくにも荷物の山を最大限有効に使い、逃走経路を作り出していく。
 だが。
「残念だったな」
 回り込んでいたイズマが姿を表す。これまで、ステルスとブロッキングで気配を殺していたイズマの努力が実ったのだ。
「ウロツさん、悪いようにはしないから大人しくしてくれ。貴方に用があるんだ。おっと、通行人の妨げになるから、暴れないでくれ」
 逃走を阻むイズマ。ウロツは必死の抵抗をするが、茨の鎧にさえぎられて、てひどい傷を負ったに過ぎなかった。
 一同が走り寄ってくる。ウロツはますます激しく暴れる。縁がハイテレパスで語りかける。
(……よう、そうやんちゃしなさんな。単刀直入に聞くぜ。お前さんが持ち出したっていうワダツミの幹部情報――そいつを教えてくれねぇか)
(断る!)
(そうか、いいさ。どのみちアズマの逆鱗に触れた以上、結末は変わらねぇからな。最後に自己紹介しておくぜ。俺は十夜縁――ワダツミの元・幹部だ)
 ウロツが目をむく。
「てめえ! てめえが! 『幻蒼海龍』か! チクショウ! 俺が掴まされたのは、犬のクソだったわけかよ!」
 わめくウロツをイズマが気絶させ、両手足に縄をかけた。


「キドーさん、ゴロツキたちを勧誘する?」
「そうだなあ、あんまり役にたちゃしねぇ気もするが、するだけしてみるか、マンパワーは重要だからな……」
「はい、無駄話そこまで☆ 来たよん、依頼人!」
 マリカにうながされ、イズマとキドーがそちらへ顔を向けた。自称、美人なオネーサンがそこに立っていた。
「まずはおつかれさま。ねぎらいを兼ねてそこの店で一杯どうかしら」
「遠慮しておく。何を飲まされるかわかったもんじゃねぇ」
 縁は気絶したままよだれを垂れ流しているウロツをオネーサンへ押し付けた。
「ほらよ、これで借りは返したぜ。お前さんの『ダーリン』によろしく伝えておいてくれや」
「捕まえてしもて何やけど、悪いようにはせんといてあげてね……お仕事でやっただけやから」
 オネーサンはウロツがていねいに治療されているのを見て取り、蜻蛉へ向けて剣呑な眼差しを送った。
「株を上げるような真似はやめてくれる?」
「せやって、傷だらけで血も出てたし……」
 なんだよあのオネーサン、感じ悪いな、と、カトルカールは聞こえないよう毒づいた。
 この仕事をこなしたことで、オネーサンの「ダーリン」は彼彼女らを高く評価するだろう。オネーサン的には、それが許せないのだ。ましてやその相手が、羞花閉月とまで呼ばれる麗しい女人ならばなおのこと。
「せっかくの功労者である私たちを、そんな目で見るのはよしてくれたまえ」
「それ以上不躾な態度を取ってみろよ。俺たちと的当てで競ってみるか?」
 京司とファニーが割って入り、オネーサンはふんと顔をそらした。ウロツの襟首をひっ捕まえ、ずるずると引きずりながら去っていく。
「報酬は後日支払われるから。そこは安心してちょうだいな。じゃ、サヨナラ」
 ウロツを掴む手には容赦のかけらもない。
「……御愁傷様」
 イズマのつぶやきが闇へ広がって消えた。
 覗き込んでくる視線に、縁はいつもの表情でとぼけてみせた。
「どうかしたかい?」
「んーん、何も。今日もとっても男前やと思たの」
 蜻蛉は気遣う本心を隠して、はんなりと笑ってみせた。

成否

成功

MVP

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

ウロツさんの行く末は……祈りましょうかね。
MVPは言葉でゴロツキの射幸心を煽り立て、行動を混乱させたあなたへ。

またのご利用をお待ちしております。

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