PandoraPartyProject

シナリオ詳細

野干診療院と流行り風邪。或いは、手洗いうがいはちゃんとして…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●野干診療院
 ラサの砂漠のどこかの端っこ。砂漠の真ん中にポツリと小さな家屋があった。
「風邪は万病のもとと言うよなぁ」
 家屋の前には1人の女性。黒い肌、金の髪に金の瞳、薄い布のゆったりとした衣服を纏った薬草の匂いがする女だ。頭頂部からは、尖った耳が伸びている。
 彼女の名はヌビアス。
 そして、ここは野干診療院。
 つまりはラサの砂漠にひっそり建つ病院だ。
「まったく、手が足りんよなぁ。ついでに薬も足りんよなぁ」
 流れる雲を眺めてポツリ。
 ため息ひとつ、こぼして彼女は立ち上がる。
 ヌビアスの傍らには、薬草の詰まったずだ袋。
 それを引きずり、診療院の扉を開ける。すると途端に聞こえ始めるうめき声と咳の音。
 野干診療院で療養している病人たちだ。彼らや彼女らは、砂漠の流行り風邪にかかって行き倒れているところをヌビアスに発見され、救急搬送された病人たちである。
 症状は高熱、咳、幻覚。命に関わる大病ではないが、適切に処置をしなければ砂漠の風邪は長く引きずる。
「看病か薬の調合だけでも、誰か手を貸してはくれんかなぁ?」
 野干診療院は、ヌビアス1人で切り盛りしているごく小さな病院だ。
 つまり、人の手が足りない。ヌビアスには十分な医療知識がある。外科的処置を成すだけの技術もある。
 ついでに言うと、薬を作る材料もある。しかし、ただただに人の手が足りない。
 野干の手も借りたいと、ヌビアスは内心で頭を抱えているのである。
「病院なんだし病人がいるのは当然だかなぁ、些か数が多いよなぁ。さっさと治して、砂漠に放ってやりたいなぁ」
 それに、と。
 ヌビアスは窓の外へ目を向けた。
 砂漠の果てに小さな影が見えている。ラクダを引いた商人だ。
「またアイツか。わけの分からん宝石を患者たちに売りつける気だろうが……紅血晶とか言ったか?」
 あれは良くないものだよなぁ。
 なんて。
 そんなことを呟いて、ヌビアスはうんざりした顔をするのだ。

GMコメント

●ミッション
野干診療院の患者たちを無事に退院へ導くこと

●登場人物
・ヌビアス
「野干診療院」の医者。
ジャッカルの獣種。

・患者たち
流行り風邪に罹患し野干診療院に運び込まれた患者たち。
全部で10人ほどいる。
主な症状は症状は高熱、咳、幻覚。

・怪しい商人
商人1人と護衛が4人。
ラクダに荷物を満載し、ラサの砂漠を渡って来た。
熱で朦朧としている病人たちに“紅血晶”を売り付けることが目的らしい。

●その他
・紅血晶
ラサでここ最近、流通し始めた怪しく魅力的な宝石。
非常に美しく、貴族や金持ち、商人たちに人気がある。
美しいだけでなく非常に危険。所有者を徐々に怪物に変える。

●フィールド
ラサの砂漠。人のあまり近づかない区画。野干診療院。
近くに民家や村などはなく、最寄りの街まで馬で半日近くかかる。


動機
 当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】偶然に立ち寄り臨時で雇われた
あなたは偶然、野干診療院を訪れました。流行り風邪にかかった患者たちの様子を見て、手伝いを申し出ました。

【2】風邪を引いて運び込まれた
あなたは流行り風邪を引いて野干診療院に運び込まれました。高熱、咳、幻覚などの症状はあるものの、どうにか手伝いをする元気はあります。

【3】怪しい商人たちを追って来た
紅血晶を扱う商人たちの後を追い、野干診療院へ辿り着きました。


野干診療院での過ごし方
野干診療院で皆さんが携わることになる業務内容です。

【1】看病に手を貸す
高熱、咳で苦しむ患者たちの応対をします。幻覚により、暴れたり、勝手に出て行こうとする患者たちもいます。時には暴力を受けることもあるでしょう。

【2】薬の調合を買って出る
薬の調合を買って出ます。精密な作業が求められます。また、診療所裏にある薬草畑へ薬草を取りに行く途中で、商人や護衛に絡まれることもあるでしょう。

【3】商人たちを締め上げる
商人たちを野干診療院へ近づけません。ですが、彼らは時に賄賂をちらつかせ、時に強引に推し通ろうとするはずです。病人に対しての思いやりや配慮などはありません。

  • 野干診療院と流行り風邪。或いは、手洗いうがいはちゃんとして…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月13日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

グドルフ・ボイデル(p3p000694)
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
老練老獪
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
変わる切欠
フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊

リプレイ

●砂漠の流行り風邪
 タンブルウィードが風に吹かれて転がっていく。
 砂を多分に孕んだ風が、ひゅうと一迅、吹き抜けた。髪や肌に砂が纏わりつくのも構わず、『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が、砂漠の真ん中に立っている。
「よぉ、カネ置いてけ! 商人だろてめぇ。積荷もカネも丸ごと奪い取って臨時収入ってのも悪かねえ!」
 斧を片手に、ラクダに乗った商人へ指を突きつけ、グドルフは吠えた。
「なんだお前は? お前は何だ? 見たところ盗賊のようだが、盗賊が何だって私たちの邪魔をする? 何だって盗賊が、オンボロ診療院を守るように立っている?」
 線の細い商人だ。狐のような切れ長の目をより一層に細くして、いかにもやり手の商人らしい冷淡な声で商人は問う。
 グドルフは何も答えない。
 そもそもグドルフは“山賊”であり、“盗賊”などでは無いからだ。
「ははぁ? さてはお前、買収されたな? 診療院の女医師に雇われたな? 幾らもらった? ちっぽけな山賊風情は、一体いくらの小遣いで命を張るんだ?」
 嘲笑、侮蔑。
 そんな感情がありありと滲む声である。にぃ、と不気味なほどに歪に吊り上がった口角と、他人を見下すことに快感を感じているかのようにギラギラとした細い目と……つまりは甚だ、気持ちが悪い。
「あぁ、グドルフ。こいつぁ駄目だ。ゲスの臭いだ。下水や肥溜めの方がよっぽどいいぞ」
 岩に背中を預けて空を仰ぐ男が、グドルフへと言葉をかける。男の手には安酒の瓶。琥珀色の酒精を喉へ流し込み、『蛇喰らい』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)はくっくと肩を揺らして笑う。
「おぉ、じゃあやっちまうか?」
「向こうが先に手を出して来たら……だな。そうなっちゃもうおしまいだ。やらなきゃならねぇ。分からしてやらなきゃならねぇ」
 ゆっくりと立ち上がったバクルドは、中身が半分ほど減った安酒の瓶をグドルフへ投げる。酒瓶を受け取ったグドルフは、残りを一気に飲み干して、酒臭い吐息を吐き出した。
「安い酒だ。そんなものを美味そうに飲むなど信じられない」
 思わず、といった様子で口を塞いで商人はわざとらしく眉間に皺を寄せる。吐気を堪えるかのような仕草だ。
「そうかもね。貴方にとっては、ただの安酒に見えただろう」
 もう1人。
 岩陰に立っていた青年……『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)が姿を現し、そんな言葉を口にした。
「高熱に浮かされた旅の男が、せめてもの礼にともたせてくれた安酒だ。俺らはそれを受け取った。だから、その分は報いなければならない」
 腰の刀に手をかける。
 それ以上、近寄ったなら刀を抜くと態度で示しているのだろう。
 商人は、史之に目を向け、鼻を鳴らした。笑ったのだ。彼を、彼らを馬鹿にするみたいに、鼻を鳴らして、嘲笑したのだ。
「つまり、何が言いたい?」
「品性は金じゃ買えないってことだよ」
 熱で浮かされた病人に、流行り風邪に苦しみ喘ぐ病人たちに、これ幸いにと高い宝石を売りつける……そんなアコギな商売を是とするような連中に、品も美徳も無いではないか。

 野干診療院は小さな診療院だ。
 入院患者用の病室には、ベッドがほんの3台だけ。
 そもそも1人で運営している診療院であるからして、待合室もごく狭い。そんな小さな診療院に、現在は10名ほどの病人が詰め込まれていた。
 流行り風邪だ。
 高熱に、咳に、幻覚と……重度の者は病室へ、比較的に軽度な者は待合室へ。診療室にさえ、小さな子どもを入れているのが現状だ。
 小さいなりに設備はいい。薬品の材料も揃っている。
 だが、人手が足りない。
 ヌビアス1人では、圧倒的に手数が足りない。分身なんて真似ができるはずもなく、薬を作れば看病の手が足りず、看病に回れば薬が足りず、かといって患者たちの様子を見まわる必要もあるし、汚れたシーツを取り換えたり、院内をアルコールで清拭したりと、そんな雑務にも手は抜けない。
 だが、それも今日までだ。
「それじゃあ、そっちのお嬢ちゃんは待合室へ、そっちの青年は病室の子どもたちの対応を」
 薬の材料が詰まった皮の袋を担いで、ヌビアスは矢継ぎ早に指示を出していた。
 窓の外へ視線を向けていた『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)は、ヌビアスの指示を受けて即座に動き始めた。
「手間をかけるなぁ。だが、今は野干の手も借りたいような状況でなぁ」
「いいえ、いいえ」
 待合室へ続く扉に手をかけて、睦月は小さく首を振る。
 彼女は春の日だまりみたいに暖かな笑みを浮かべると、その手に小さな燐光を灯した。
「苦しんでいる方を放っておけませんから」
 野干診療院を訪れたのは単なる偶然だ。
 だが、きっとこれは何かの思し召しだろう。
 
 子どもが2人、苦し気に呻き、咳き込んでいる。
 すっかり痩せた手足を見て、『星巡る旅の始まり』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)は歯を噛み締める。
 ギリ、と奥歯が軋んだ音を立てた。
 遊び盛りの子どもたちが、辛そうにしている姿を見るのは心が痛む。
「まぁ、慣れないのなら辛いよなぁ。苦しいのを代わってやれれば、どんなにいいかと思うよなぁ」
 ジョシュアにそう声をかけ、ヌビアスはその細い肩に手を置いた。
「いえ、大切な人が不治の病で……看病にはなれていますから」
「そうか。それなら、まぁよろしく頼むよ。患者がどんなに苦しそうにしていても、看病する側の我々が辛そうな顔をするわけにはいかないからなぁ」
 笑っていろ、とヌビアスは言った。
 だから、ジョシュアは微笑んだ。
 そんな2人の様子を見ていた子どもの1人が、釣られたみたいにふっと頬を緩めた気がした。

 診療室の奥にある、薄暗い部屋に『雪の花婿』フーガ・リリオ(p3p010595)が待機していた。フーガの前には白く長い机が1つ。机の上に並べられたガラスの器具や、薬品の瓶。
「手慣れているなぁ」
 すっかり準備が整っているのを見てとって、ヌビアスは驚いたように目を見開いた。
 フーガは片手に秤を持って、もう片方の手をヌビアスへと差し出した。
「“青薔薇隊”……まぁ、緊急救護医療チームで指揮を執ってたことがある。それで、おいらの仕事は薬の調合、ってことでいいのかな?」
 フーガへと皮の袋を手渡して、ヌビアスは1つ首肯を返した。
 袋の中を覗き込めば、そこには数種類の薬草の束。それらの薬草をすりつぶしたり、成分を抽出したりして、薬液を混ぜ合わせることで流行り風邪の特効薬を作るのだ。
「処方箋は?」
「もちろんあるが、流行り風邪の症状に合わせて少し調整が必要だなぁ」
 急ぐぞ、と。
 どちらともなく頷いて、2人は早速、薬の調合に取り掛かる。
 
●野干診療院
 高熱の時に見る夢は、決まって荒唐無稽で悪趣味、そしてサイケデリックなものだ。
「あぁ、窓に! 窓に!」
 待合室で横になっていた患者が、突如として悲鳴をあげた。
 充血した目を見開いて、口の端から唾液を零しながら腕を振り回す。腕も首も、身体もまるで木の幹のように太い男だ。
 きっと傭兵か何かだろう。
 流行り風邪で弱っているとはいえ、そこらの病人よりはよほどに力が強い。彼が暴れてしまったのなら、周りの患者が巻き添えを食って怪我をする。
「っ……落ち着いてください! 窓の外には何もいませんよ!」
 睦月は慌てて、暴れる男に駆け寄った。
 窓の外に何もいないなんていうのは嘘である。窓の外、診療院から少し離れた位置では、商人たちと、史之やグドルフ、バクルドが相対しているところだ。
「死神だ! あんた死神だろう! 俺は死ぬのか!? 死にたくない、やめろ、近寄るな! 死にたくねぇんだ、俺ぁよぉ!」
 肩を抑える睦月の腕を、男は無理矢理に振り払う。
その拍子に、振り回された太い腕が睦月の頬を殴打した。手首に巻いた金属の飾りが、睦月の眉間に傷を付ける。
 一筋、流れた鮮血が白い頬を朱色に濡らした。
「……大丈夫、大丈夫ですよ。なぁんにも、怖いことなんて無いんです」
 手拭で頬を濡らす血を拭い、睦月は傷口に手を添えた。ふわり、と指先に灯った淡い燐光が、睦月の頬に残った傷をじわりと癒す。
「死神なんて、しーちゃんがやっつけてくれますからね」
 
 睨み合いでは埒が開かない。
 商人は、顎を突き出すようにして周囲に控えた護衛たちに指示を出す。
「時は金なりだ。時間の無駄だ。お前たち、商人の荷を狙う“盗賊”たちを捕らえろ。これは正当防衛だ」
 商人の指示に従って、4人の護衛が剣を抜く。よく磨かれた上等な剣だ。それを扱う護衛達の実力は、どうにも今ひとつ一線級には足りていないように見えるが、剣をはじめ鎧や衣服といった装備はいいものだ。
「野干診療院は盗賊たちのアジトのようだ。盗賊たちに捕らえられた病人を救助することにする」
 グドルフも、バクルドも、史之も、診療院のヌビアスや、睦月、ジョシュア、フーガたちも、全員“盗賊の一味”ということにするらしい。先に名を上げた7人を始末すれば、商人たちの申告に異を唱える者はいなくなる。
「絶対に通れると思うなよ、奥にはカンちゃんがいるんだ!」
 史之が正眼に刀を構えた。
 刀を握る手元から、腕を這って茨が伸びる。身に纏う茨の鎧は、不用意に触れる者を傷つけずにはおかないはずだ。
 その光景を一瞥し、商人はくっくと肩を揺らした。
「魔物だ。茨の魔物だ。そら、人の言葉を話す魔物など悍ましい。おい、何をしている? ぐずぐずするな、斬り捨てろ! 1人につき、50000Gの報酬を支払ってやろう!」
 4人の護衛の視線が史之へと集まった。
 金に目のくらんだ者特有の、油みたいにギラギラと光る気色の悪い眼差しだ。
 だが、腐っても傭兵。その構えに油断はない。
 史之たちを囲むように4人は展開すると、じりじりと距離を詰めていく。
「あーあー、救えねぇったらねぇな。こいつらアレだ、ホームラン級の馬鹿どもだ。1度、売ったら2度と取り戻せねぇもんがあるってことを、ちっとも知りやしねぇんだ」
 呆れたように溜め息を零して、バクルドは背からライフルを降ろした。
 護衛たちとの距離が近い。
 バクルドが狙いを付けるより先に、剣で斬り付けることが出来ると踏んでいるのか、護衛達の顔には余裕が浮かんでいた。
 3人に対し、護衛達の数は4人。装備の質は護衛達の方がいい。囲めば邪魔者3人程度、何とでもなると思っているのだ。きっと、こういう荒事は今回が初めてではないのだ。
「はっ! 1人につき幾らくれるって?」
 護衛達がじりじりと距離を詰めるのに対し、グドルフは何の気負いもなく、散歩にでも出かけるほどにあっさりと、斧を担いで歩を踏み出した。
 1歩、2歩、3歩と、肩で風を切りながら護衛の前へ歩み出る。
「まずは1匹!」
 剣の射程にグドルフが踏み込むと同時に、護衛の1人が剣を横へ振り抜いた。
 一閃。
 護衛の剣がグドルフの肉を裂くより先に、無造作に振り抜かれた斧が上等な剣を2つにへし折る。
「……は?」
「へっ、しょうもねえクソ商人と思ったが、たんまり儲けを出してるとなりゃハナシは別だぜ」
 グドルフは、剣を失い茫然としている護衛の顔面目掛けて粗暴に蹴りを叩き込む。
 前蹴り。いわゆる、ヤクザキックというやつだ。
 護衛の顔面に、靴の底がめり込んで、鼻骨の砕ける音が鳴った。噴き出す血と、折れた前歯が宙を舞う。
 まずは1人。
 狂暴に笑うグドルフへ、残る3人が殺到し……。
「浮足立ったな」
 銃声が1つ。
 バクルドの放った弾丸が、護衛の手首を撃ち抜いた。悲鳴をあげて、砂上に転がる男の手から上等な剣が転がり落ちた。
 痛みに喚くその側頭部に蹴りを1発、叩き込んでバクルドは前進。銃口から逃れるように、護衛の残り2人は数歩、後ろへ下がる。
 と、次の瞬間、風を切り裂く音がした。
 ひゅおん、と。
 そんな音がして、甲高い音が鳴り響く。
 鎧が斬られた音だった。
 それを成したのは史之だ。
 一瞬の隙を見逃さず、史之は砂上を這うようにして護衛達の懐へと潜り込んだのである。
「さぁて、それじゃおれさまが有効に、こいつらのカネを使ってやるとするかい!」
 護衛4人が戦闘不能に陥るまで、ほんの数分程度の時間もかからなかった。
 グドルフの視線が商人に向く。
 ここに来て初めて、商人の顔に嘲り以外の感情が浮かんだ。
「冷や汗を掻いたな。それじゃ終わりだ。冷や汗を掻いたら、もうおしまいだ」
 ラクダに乗った商人へ、バクルドが銃口を差し向ける。
「安心しなよ。誰も殺しちゃいないし、貴方を殺すつもりもない」
 刀を振って、史之は地面に線を描いた。
 この線を越えない限りは、これ以上、攻撃を仕掛けるつもりは無いという意思表示である。地面に倒れた護衛たちも、ラクダの背からそれを見ていた商人も、史之の意図を正しく理解したはずだ。
 忌々し気な舌打ちを零し、商人たちは砂漠のどこかへ立ち去っていく。

●夕暮れ、砂漠で
 西の空に日が落ちる。
 薄暗くなった院内に、ぽうとオレンジの火が灯った。
 診療室。耳を澄ませば、静かな寝息が聞こえてくる。
 少し前まで苦しそうにしていた子どもたちも、今は眠りについていた。目を覚ましている間は高熱と咳と幻覚とで、ひどく苦しい思いをしていた子どもたちも、体力を使い果たして眠りの内へ落ちれば、多少は楽になったように見えた。
「よかった……眠れたのなら、少しは楽になるでしょう」
 ジョシュアは手にしたランタンを掲げ、子どもたちの寝顔を窺う。
 この分なら、きっと夜明けまで起きることは無いだろう。
 温くなった水差しを、音を立てないようにそっと手に取ると、密やかにジョシュアは病室を後にした。
 病室の扉を開けると、ギぃと軋んだ音が鳴る。
「お薬は……できましたか?」
 扉の向こうにいる誰かへ向け、声を潜めてジョシュアは問うた。

 夢を見ていた。
 それは、きっと夢に違いないだろう。
 手にはランタン。
 茶色い髪をした少年の姿を彼女は夢に見た。
 高熱が長く続いたから、とても苦しい日が続いたから、彼女はランタンを持った少年のことを、天使か神の御使いのように思ったのだ。
 あぁ、自分はきっと死ぬんだろう。
 夢と現の狭間で彼女は、そんなことを考えた。
 けれど、少年は彼女の額に手を置いて告げる。
「大丈夫。すぐに良くなるよ」
 その声が優しかったから。
 安心して、眠りに就いた。

 神経を張り詰めた1日だった。
 休む暇もない1日だった。
 薬の調合には気を遣う。病人の対応には気を遣う。
 それでも、フーガとヌビアスは人数分の薬を用意し、1人ひとりに飲ませてまわった。
「引っかき傷やら、殴られて出来た痣やら、ずいぶんと酷いことになってるなぁ」
 消毒液と脱脂綿の入った小瓶をフーガに手渡し、ヌビアスはくっくと肩を揺らした。
 ヌビアスの手から小瓶を受け取り、フーガは困ったように頭を掻いて見せる。
「まぁ、病人が大勢いて、人手が足りないって言うんなら放っておけねぇしな」
 はじめに、手を貸そうか、とそう言ったのはフーガだった。
 最終的にフーガたちの手を借りることを選択したのはヌビアスだが、自分から声をかけた手前“足手まとい”になるわけにはいかない。
 そんな想いがあったのも事実だ。
 もっとも「苦しんでいる患者を放置しておけない」という想いが何より強かったのだが。
「それに、これでも衛兵だからな。この程度の傷は慣れっこなんだ、気にしないでくれよ」
「ふむ……そんなものかなぁ。我には分からない話だなぁ」
 患者たちは、薬を飲んで眠っている。
 件の商人は追い払われて、史之やグドルフ、バクルドたちは診療院から少し離れた位置で今も見張りを努めてくれているはずだ。窓から砂漠に目をやれば、焚き火の明かりが見えていた。
「ところで、だ」
 疲れた様子の睦月とジョシュアを一瞥し、次にフーガに視線を向けて、ヌビアスは「今しがた思い出した」といった風な問いを舌へ乗せる。
「ところで、フーガは何の目的でうちにやって来たんだったか?」
「あー……手洗いを借りるため、だったかな」
 フーガの方も来院の目的を「今しがた思い出した」のだろう。困ったように頭を掻いて、声を潜めて笑っていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
野干診療院の患者たちは無事に救われ、アコギな商人は追い払われました。

この度は、ライトシナリオへのご参加、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM