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シナリオ詳細

<昏き紅血晶>赤き熱砂のサラーヴ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●『パレスト商会』
 コン、コンとテーブルを叩く音が響く。背筋をピンと伸ばし、居心地が悪そうに身動いだのはフィオナ・イル・パレスト(p3n000189)であった。
 ラサ傭兵商会連合の重鎮パレスト家の令嬢として知られる彼女は兄、ファレン・アル・パレスト(p3n000188)と比べれば政治的影響力を持ち得ない。『馬鹿』『面白』『うるさい』と揶揄されるが可愛がられる存在であることは確かであった。
 そんな彼女がパレスト商会の執務室のソファーで縮こまって座っている。誰が見ても明らかなほどに(自称)超絶美少女である彼女の顔は青ざめていた。
「……落ち着いたか」
「はい」
 嘆息したファレンにフィオナはか細い声で返した。その傍には不安げなイヴ・ファルベ(p3n000206)の姿もある。
 ラサ傭兵商会連合としてではなくパレスト商会として独自に鉄帝国で活動するイレギュラーズへの支援を行なっていたファレンの手伝いのためにフィオナはネフェルストのサンドバザールの視察を行って居たらしい。
 ――隣国の幻想ではアーベントロートの動乱に引き続きフィッツバルディでは『老竜』に関してあらぬ噂が飛び交い始めている頃だ。
 聖教国はアドラステイアの一件に片が付いたと思いきや不可解な事件が散見されていた。平和そのものに思われる海洋王国も未曾有の寒波の煽りを受け、未だ復興の目処の立たない深緑と『未開の地』であった覇竜、遠方に位置する豊穣と当たり前のように中立である練達。……そして、言わずもがなの鉄帝国。
 現状の混沌世界のバランスは『少々』崩れていると称するべきだろう。
 そうしたときに国内情勢をよく理解出来るのが市場だ。市場は嘘を吐かない。物流は人の流れと金の流れを表す。経済の指標というのは国家のバランスを意味し、汲みする相手の選択指標ともなる。
 フィオナにその判断を任せるのは些か不安ではあったが、彼女もパレストの生まれだ。ある程度の基礎的知識と、野生の本能で何とか見極められるだろう――と、そうファレンは判断していたが、この状況だ。
「……『紅血晶』か」
 斯うした混沌の折りに市場には奇妙なアイテムが出回るのだ。
 それは願いが叶うとされた色宝であり、幻想をも舞台にした奴隷市であり、そして今回の『紅血晶』である。
「『どう』なったかみたか?」
「はい……あ、アニキは知ってて?」
「ある程度の調べはイルナスに任せていた。傭兵団もこれは無視できないでしょうからね――まあ、『赤犬』にはまだ報告してませんが」
 傭兵の中で最も力を有する『赤犬』への報告は事態の全容が見えてからで良い、というのは『レナヴィスカ』と『凶』が出した共同方針であった。武を誇る赤犬が参入しては獲物を泳がすには向かぬと言う判断だったのだろう。
 市場調査の一環でフィオナも紅血晶を見た。
 その美しき宵闇の気配を讃えた宝石。商人達が躍起になって取引するのも良く分かる。
 ルビーをも越え、悍ましい程の美しさ。獣が餌を前に涎を垂らすその感覚さえも分かるほどだ。流通量が絞られているのか、高値で売買されていることもコレクターや商人達の魂に火を付けている。
「……あの、紅血晶って、何?」
 イヴの問い掛けにファレンは頷いた。

 ――最初は獣種を思わす尾を有した商人による持ち込みだったという。
『遺跡の地下で発見した品なのだが、値は付くだろうか?』、と。その問いかけを受けたのはサンドバザールの商人だ。
 特に目立った商売を行なう者の元に持ち込まれ、瞬く間に広がった。
 パレスト商会も新たな宝石について調査を行ない合法的なものであれば取り扱うことを考えたが、敢て手を引いたのだ。
「『ファルベリヒト』の力の欠片に似ていたのだ」
「……母の?」
 イヴの肩がぴくり、と動いた。この娘は古代遺跡『ファルベライズ』に棲まうた大精霊『ファルベリヒト』の門番であった少女だ。
 心臓(Jb――イヴ)を意味するその名の通り、ファルベリヒトの欠片そのものでもある。
 彼女は「色宝」と呟いた。願いが叶うとされたファルベリヒトの力を帯びた宝石。それに類似しているという事は――
「わるい、ものだね?」
「ああ、悪いと言うべきだろう。
 色宝は悪しき者の手に渡れば危険が起きた。だが、今回は『手にした者の身体を変容させる』という代物です。
 子供だましの噂だと最初は誰もが思っていました。勿論、パレストもそうだった。ですが――」
 フィオナは蒼白い顔をして「見たっす」と呟いて膝を抱えてしまった。

●『ラティフィ商会』
 ラティフィ商会はラサ傭兵商会連合では布の取り扱いで良く知られていた。
 子供の数が多く、傭兵や盗賊の子供達を養子に取り、幅広く商売を行なう慈善家とも知られている。
 フィオナとファレンも懇意にして居たが、ラティフィ会長の三人目の娘であるジナイーダが賊に拐かされて以来、やや疎遠となった。
 そのラティフィ商会に紅血晶が持ち込まれたのだという。
 フィオナが接触したのはラティフィ商会の次男坊、 セリノ・ラティフィであった。
 セリノは持ち込まれた紅血晶を気に入り――その姿をキマイラへと転じさせた。
 皮肉なことにも、拐かされたジナイーダと同じような姿に転じたという。
 フィオナにとってセリノは幼馴染みのようなものだった。故に、大きなショックを受けたことには違いない。
「……その、これは私情で申し訳ないっすが……セリノを苦しまないように倒してやって欲しいんすよ。
 ジナイーダのこともあったし、長兄のエクトルも参っちまってます。末妹のカデーナも倒れてしまったらしく……」
 フィオナは申し訳なさそうに言った。
 友人であった男はもう二度とは人間には戻れないだろう。その事実だけが存在していて――
「申し訳ないっす。苦しまないように、せめて……」

GMコメント

●成功条件
 『セリノ・ラティフィ』の撃破

●ラティフィ商会
 布を販売する事で知られるラティフィ商会です。傭兵や盗賊の子供達の世話をしており、孤児院の経営なども行なっています。
 嘗ては三人目の娘であったジナイーダ嬢が賊に拐かされ、彼女の付き人であったブルーベルやリュシアンも同様に姿を消したことで裏で何か後ろ暗い事を行って居るのではという噂もありましたが事実無根のようです。
 清い商売を行なってきており、紅血晶が持ち込まれたのも偶然でしょう。
 ラティフィ商会の屋敷で変容したセリノを外へと誘き出し、出来るだけラティフィ商会に害が及ばぬようにと気を配ってあげて下さい。

●『晶獣(キレスファルゥ)』セリノ
 セリノ・ラティフィだったもの。どうしようもないほどに紅血晶に魅入られているため手放すことが出来ません。
 最早取り込まれているのか、キマイラのような姿に転じ、攻撃を仕掛けようとしてきます。
 動く者を餌と思っている事、紅血晶を奪われそうになると暴走することが彼の特徴です。
 非常に獰猛ですが、僅かながら自我が残っているのか「殺して」と囁きます。

●『晶人(キレスドゥムヤ)』カルレラ
 セリノ・ラティフィの付き人であったもの。紅血晶のアクセサリーをセリノに貰い愛用していました。
 人間の肉体を血の膜が包み込み別の生き物に生まれ変わろうとした結果のようにも思えます。とても、気持ち悪い姿です。
 苦しみ呻きながら紅血晶を求めるように歩き回っています。元主であるセリノのことも『美しい紅血晶の獣』という認識でしか見れません。
 自我は最早なく、現れる者全て敵と見做して動き回ります。

●紅血晶
 熟れた紅玉かと思いきや柘榴のような美しさに、宵闇のような光をも湛えた美しい宝石。
 余りにお美しさに魅了される者が多く居ます。『魔性の宝石』や『魔石』と揶揄されることも多いようです。
 手にした者は徐々に姿を変え、キマイラのように姿を変容させてしまうようですが……?

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <昏き紅血晶>赤き熱砂のサラーヴ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月13日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
リック・ウィッド(p3p007033)
ウォーシャーク
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
トスト・クェント(p3p009132)
星灯る水面へ
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

リプレイ


「持つ者を怪物に変えてしまう宝石ですって? どうしてそんなものが出回ってるのかしら……なんだかきな臭いものを感じるわね」
 現状を憂うように『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)はそう口を開いた。困惑を滲ませたアメジスト色の瞳が賑わうネフェルストのマーケットを眺めやる。事前通達をしセリノ・ラティフィを呼び出すことに決めたイレギュラーズ達はその場所で彼を待ち受けることとした。
 コネクションを利用し、ラティフィの屋敷に累が及ばぬ場所を算定した『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)は苦々しげに眉を顰める。
「曰く付きの宝石か……ラサでひでえ事件が起きてるんだな……。
 しかもファルベライズ関係のなんかが再始動してるのは……せっかくイレギュラーたちが解決したってのになあ」
 そうぼやくリックに「別の何かが絡み合った結果だったのでしょうね」と『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は目を伏せた。
「紅血晶、人を惑わし、怪物へと変えてしまう宝石。
 ラサという土地柄、ファルべライズといいこれといい、こういったものが出回ってしまうものなのですね。
 ……フィオナさんには心苦しい想いをさせますが、ここで彼らを倒さねば彼らの商会自体がなくなってしまうかもしれません」
 フィオナは『苦しまないようにしてやって欲しい』と言った。覚悟は決めているのだろう。パレスト商会の二人は、旧知の仲であるラティフィ商会に訪れる悲劇に心を痛めているのだろう。
 それでも――これが土地柄なのかお国柄なのか、商人達が幅を利かせたネフェルストでは生活とは切り離せぬ商いこそが強く事件を呼び込むものなのだと彼等も理解している。イレギュラーズである正純が把握しているように、フィオナとファレンとて理解しているのだ。自身等は、どうしようもない程に『商売』と切り離せない立場であり、見定めなくては被害を受けやすい存在である、と。
「宝石ってのは曰く付きなことも多いけど、こんな宝石、出回るには物騒過ぎるんだよな。
 誰かが意図的にばら撒いてやがるのか……? なんにせよ、碌でもない思惑がラサで転がってる訳だ」
 それがファルベライズで関わった何者かの仕業であるかは分からないが、何にせよ『焦臭い』ことには違いない。
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は依頼主であるパレスト商会に対してはラド・バウ始め鉄帝での活動では世話になったと返礼の気持ちでこの以来の遂行を受け入れる事にした。
「紅血晶が『ラティフィ商会に』持ち込まれたのは偶然なんだろうけど、ろくでもない連中って、根回しやばら撒きとかは勤勉にやるのよね」
 ぼやく『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)は早めに上から纏めて抑えなくては対処しきれないだろうとファレンへと進言していた。
「その通りではありますが……何処から出回っているかの判別が付かない以上、押さえ付けることも出来ないのです。それが、国家柄でもあります」
「そう……この子達にしたって、分かれば間に合っていたかも知れない……というのは辛い現実なのね」
 苦々しく唇を噛んだ美咲の傍で『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)はふるふると拳を振るわせていた。
 何て、酷い出来事だろう。心優しいヒィロの胸中を思えばこそ美咲は先んじて手を打てなかったのかと言い出したくなったのだ。
「フィオナさんや周りの人達の、何より本人達の悲しみを早く終わらせてあげたいよ。こんなのが運命っていうなら、そんなの宝石ごとぶっ壊す!」
 宝石――紅血晶とは何か。その考察を行なう事も此度の全ての悲しみを終らすために必要だろうと『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は静かな声音で告げた。
 誰が何を企んでいるのかは分からない。ラティフィ家がその宝玉を手にした理由は単純に、商人の一族であったからなのだろう。ネフェルストのラティフィの屋敷から少しばかり離れた場所でウィリアムは頭を悩ませる。
 商人達である以上は『流行りの品』に手出ししない訳には行くまい。波長が合ったのか、それとも運が悪かったのかは定かではないが『彼等』は手遅れのようだ。

 ――その、これは私情で申し訳ないっすが……セリノを苦しまないように倒してやって欲しいんすよ。

「せめて願い通り、あまり苦しませないよう終わらせてあげたいね」
 目を伏せたウィリアムに『星灯る水面へ』トスト・クェント(p3p009132)は頷いてから、ぽつりと呟いた。
「……セリノは、自分が贈ったアクセサリーの影響で、カレルラも変化が起こってしまった……って知ってるのかな。
 知らないのなら、そのままの方がいいかもしれない。お互いの姿を見られないようにするのも、彼らのためなんじゃないかな……」


「主従だった二人が宝石なんかのためにお互い殺し合うなんて悲しすぎるよ。せめてボク達第三者の手で眠らせてあげたい」
 ヒィロが苦しげに呟いた。最初にその姿を見たのはセリノの側だった。セリノ・ラティフィだったものは紅血晶に魅入られたかのようにそれを手にし、その体を『義妹』のように変質させていた。
 ラティフィ家は不運である。ラティフィの実の娘であったジナイーダ嬢はキマイラに転じイレギュラーズに討伐されたという過去がある。其れをなぞるようにジナイーダからみて二人目の兄もその姿に転じたのだ。どれ程に、ラティフィの家から見ても苦しいことであろうか。
 ヒィロはセリノを惹き付けながらじりじりと後退していく。美咲はちらりとヒィロを見詰めた。大丈夫だと伝えるように頷く彼女は遠巻きに何かの気配を感じ取る。
「……追掛けてきたのかな」
 セリノの側はラティフィ商会の執務室で『変化し始めた』事を察知し、屋敷から引きずり出す事で接触が叶った。だが、カルレラはどうか――そう、ウィリアムが言うように『紅血晶の獣』を追掛けてきたのだろう。
「やれやれ……追掛けてくるだけ早いな……」
 嘆息したカイトは二人が分断されることを待つ。ヒィロがセリノをより遠巻きに惹き付け、カルレラに気付いたセレナの虹色の軌跡を残す星々が降り注ぐ。
 月光を帯びた結界と闇色の衣に施された装束がきらりと瞬くと共に、カルレラが足を止める。分断は其れで完了だ。其の儘、一般人に被害が出ぬように、そしてセリノを害し害されないようにと出来うる限りの位置取りに気を配る。
(――完全に怪物となってしまったものは助けられない、けど、まだ完全に変じていないなら……?)
 果たして、今の姿が完全に変じていないと言い切れるだろうか。セレナはまじまじとカルレラを見た。紅血晶のアクセサリーはカルレラの肉体に『飲み込まれ』ているかのように思われる。
 美しい紅血晶。其れに装飾を施したブローチはカルレラの肉体によく合っているようにも思えた。
 賭けたい。こんな不幸があって良いものか。剥ぎ取れるかさえ定かではないが、それで助けられるならば助けたかった。
 セレナの祈願結界が広がっている。セレナと同じ事を考えて居たトストは同様に『ブローチ』に気付いて渋い表情を見せた。
「引き離せばもしかして……とも思ったけれど……おれたちを見てくれているのは有り難いけれど――せめて、苦しみを軽くしてやらなくちゃ」
 大地から生じる無数の槍。カルレラの変異した部位を切り離すべく放った術式の魔光は叩きつけられるが、その変化全てを取り除くことは出来ない。
 晶獣(キレスファルゥ)に転じ掛けた者はまだ、戻る可能性があるのだろうか。
 それでも、晶人(キレスドゥムヤ)とならんとした者は生物としての全てを逸脱しようとしているのか『戻せる』という実感が湧かない。
「この姿の差は……なんでだ? 持ってる時間とかなのか?」
 リックは呟いた。仲間達の支援を行ないながらも、情報を入手できないかと観察を怠ることはない。
 カイトは渋い表情を浮かべてから「屹度、相性と『運』だ」と呟いた。その石に何かを選別する効果は無いのだろう。
 ただ、波長が合った、不運であった、それだけなのかもしれない。細工が為されたアクセサリーである以上、細工職人の身にも何らかの影響が及ぼされて然るべきだろう。そうなっていないというならば唯のタイミングなのだろうか。
「タイミングが悪かった――それだけだっていうなら、何て酷い話しだろうな」
 思わずカイトは呻いた。カルレラを『戻すことが出来れば』と願うことは出来た。だが、彼の姿は余りにも化け物染みている。
 結界術の理論は展開されている。死出を彩る反転現象。命運ごと『裏返れば』そこに佇むのは終わりだけだ。
 大ぶりに腕が振るわれた。まるでなっちゃ居ない戦闘スタイルではあるが肉体の強化が感じられる。
「……嫌ね、まるで人造で強化した人でも作ろうとしているみたい」
 セレナは唇を震わせる。それでも、倒しきる事がイレギュラーズの仕事なのだから。
「ごめんね、ご主人にはもっとうまくやるから」
 切り離せないなら、そうするしか無い。虹色の眸が遍く世界の境界を悉く切り裂いて行く。


「ボクはお前を倒しに――お前の紅血晶をぶっ壊しに来た者だよ!」
 堂々と言い放った声音と共に紅血晶を狙わんとした怒濤の如き闘志にセリノが本能的に危機を察知する。
 牙をがちがちと鳴らす様子は元が人間だとは思えまい。まるで縄張に入り込んで来た天敵を警戒する獣そのものだ。
 星空の煌めきを刃に灯した防衛武装がセリノの詰めと打つかった。無垢なる殺意は、それでも彼自身を害するに適さない。
 ヒィロ=エヒトは他者を傷付けることはなく、己が全てを受け止めることを選んでいた。彼女の星がカルレラと相対しているその細やかな時間だけでも身を擲つ覚悟は出来ている。
「お前を殺してあげられる力がボクになくって、ごめんね。
 お前の悲しみを終わらせてくれる皆がすぐに……カルレラを眠らせてから来てくれるからさ。それまでもう少しだけ、ボクと運命だけを恨んでて!」
 ヒィロは申し訳なさそうにセリノを受け止めた。痛みこなし身もその全てが短い方が良い。
 そう願いながらもヒィロが顔を上げた刹那――虹色の魔眼が覗いていた。手によく馴染んだ包丁を振り上げた美咲の姿が至近に現れる。
「待たせたな!」
 リックが声を上げた。ヒィロとセレナ、それぞれの支援に目を配っていたリックは「セリノ……」と渋い表情を見せた。
 もう随分と、その体の変化は進んでいる。切り離すにも切り離せないか。
「時間との闘いって、一番アンラッキーだよな」
「……そうだね。けれど、その中でも細やかな幸運だったのは『彼の希望』を叶えられること、位かもしれない」
 蜜色の髪がふわりと揺らいだ。悲しげに眼を細めたウィリアムが神秘的破壊力を集中させる。
 叩きつければ、獣が仰け反るようにセリノがぎゃう、と鳴いた。
「本当に、ただの獣みたい」
 セレナの呟きにヒィロの唇が引き結ばれる。本当に、そう思える度に囁かれる彼の言葉が居たいのだ。

 ――殺して。

 それがどの様な意味を内包しているのかを気付けばトストは息を呑む。
「きみはもう人を傷つけなくていいんだ。
 ……少しでも安心して逝けるようにしよう。ごめんね、痛いだろうけどこれで最後だからさ」
 唇が震えた。トストの眸が不安に滲む。彼の境遇は聞くだけで、どれ程に苦しいものだっただろうか。
 屹度――屹度だ。『獣に変化し始めた彼が言葉にすることは出来ない』だろうが、この現状を後悔しているだろう。
 聡い青年だったというセリノ・ラティフィは屹度全てを気付いて居る。それでも、どうしようも泣く人間の欲を撫でた奇妙な気配。
 紅血晶はオアシスを求める砂漠の民のように、喉が乾いて乾いて、欲しくて堪らなかったのだ。止められなかった衝動を変えてから青年は気付いただろう――ジナイーダ、可愛い可愛い『妹』
(……ああ、きっと、セリノさんはジナイーダ……妹さんの姿を思い出したことでしょう。
 ラティフィ家は二度目の『キマイラ』事件。彼の詳細は聞いていなくともジナイーダさんのことは耳にすることがある)
 天真爛漫で、お人好し。堂々としていて、何時だって真っ直ぐだった。大人しく淑やかに着飾れど、大きな口を開けて笑う彼女。
 そんな彼女を誰もが愛さずには居られなかった。
 そんな彼女がキマイラに転じてイレギュラーズに討伐されたと聞いたとき、この『義理の兄』はどの様な顔をしただろうか。
 想像と感傷。僅かに思い浮かべてから正純はゆっくりと、弓を引き絞る。
 伝う、奇妙な気配はもう戻れやしない命を救うための夜(おわり)の気配。
(君の希望は叶えよう)
 ウィリアムは静かに魔力を奔らせた。その眩き魔力を追掛けて美咲の魔眼にもぴりりと色彩が奔る。
「美咲さん!」
「ええ、行きましょう」
 ヒィロの呼び掛けに頷く。アイコンタクトと、その言葉だけで『最期』は決まっていた。
「ころ――――」
 続く言葉に気付いてからセレナは唇を噛んだ。その言葉を吐出すという事は、どれ程に苦しいことだろう。
 眩い夜の帳を落とすように魔力がその指先に収縮していく。目を伏せて、息を吐いて――そして弾かれた。
「殺してと願うなら、それに応えるしか……無いのよねせめて人の心を残したまま、眠れますように……」
 鮮やかな光と共にセリノが包まれていく。全ての終は何時だって、唐突だ。
「この分は、元凶のヤツに全部味わわせるから……見てて」
 目を伏せた美咲は願うようにセリノを見詰めた。花びらを散らして倒れていくキマイラは元の原型を留めては居ない。
 遠く、地に肉体を伏せた異形の赤き人影も、屹度嘸苦しかった事だろう。


「人の肉体を化物へと変える、それも人を惑わして。
 私の予想通りならあの男ファルベリヒトやイヴさんの一件の時もそうでしたがラサを拠点に何か悪さを企んでいるのでしょうか」
 呟いた正純はファルベリヒトの内部に巣食っていた旅人を思い出した。それはファルベリヒトという精霊の体に精神を委ねた状態で接触してきた『博士』と名乗った存在だ。彼がラサを拠点に何かを為そうとしているというならば、留めねばならない。
(アレは……人間の命など、どうでも良いと言いたげな惨い存在でしたから)
 ウィリアムはカルレラの傍でまじまじとその変化を見詰めていた。石は唯の宝石ではないのは確かだ。それが『単純にどこからから発掘されたもの』でないのも分かる。人間の体に感じられ大変は寧ろ――「拒絶反応みたいだ」とウィリアムは呟いた。
「拒絶?」
 リックの問い掛けにウィリアムは頷く。肉体に本来的に入ってはならない物質への拒絶。ある種の免疫反応のように人間の内部での大仰な変化。
 それが傍目から見ればカルレラの方が救いの手を伸ばしやすいと認識出来た理由でもある。
「……晶人の方が、戻ることが出来ない――寧ろ、より共鳴しているという事か」
 カイトが渋い表情を見せればヒィロはひゅ、と息を呑んだ。救えるかも知れないと願った、その苦しみも人生も、姿も命全てを歪めてしまう『石』。
 何処から出回ったのかは一概には分からない。だが、それがタイミング悪く共鳴してしまったが故に内部から全てを作り替えようとしているというなら。
「惨い……」
 美咲はそっとヒィロに寄り添った。震える拳を解きほぐすことは出来ない。何方にとっても悔しさだけが残っている。
「精霊達は怯えているね。近付きたがらないみたいだ。……もしかすると、ファルベライズ――『イヴ』もそうかもしれない」
 ウィリアムは一人の精霊種の娘を思い出した。彼女は精霊種として世界に受け居られては居るが特異な存在だ。
 元々はと言えばファルベライズ遺跡群の主であったファルベリヒトの欠片でもある。ファルベライズの守人にしてファルベリヒトの心臓(Jb――イヴ)。彼女に紅血晶を渡せば何らかの拒絶反応などを示しそうなものだ。
「イヴさんがもしも、嫌がるのであれば……触らせたくはありませんね」
 星の加護と、揺り籠の如き安寧を与えるべく。正純はラティフィ商会のしきたりに乗っ取って二人を丁重に弔う用意を進めていた。
(ひとを魅入らせる鉱石、か。一体どうやって生まれたんだろう。
 ……故郷で産出されてたはずの鉱石も、流通してるのが見つからないんだ。
 表沙汰にならないような、鉱石の流通ルートがあるんだとしたら、故郷を見つける手掛かりにならないかな……)
 トストはふと、そう思った。誰かが持ち込んだことで流通が始まるという市場の鉄則を思えば、トストの故郷の品は誰かが流通を止めている可能性さえある。
「本当に偶々手に入れただけなのか、それとも……調べた方がいいかも知れないわ」
 何としても全ての流通が何処から始まったかを調べなくてはならないか。セレナは先を憂うように嘆息した。
「……しかし、なんて言うんだっけ名前。
 アカデミアに居たとかいう、あの魔種なら、何か……知ってんのかね。この人を化け物に変える宝石の出どころって奴を……」
 呟くカイトは、視界の端に何かを捉えた。
 褐色の肌、獣種を思わせる耳を有した少年――それを見詰めた途端、吹いた風がその姿を全て隠してしまうかのようだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。ラサの新たな始まりに。
 これからお付き合い下さいませ。

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