PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<ジーフリト計画>心、ゆらゆらと<美しき珠の枝>

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ぽたり、紙にインクが落ちた。
「あっ」
 いつの間にかぼんやりとしていたことに気がついたイネッサ・ルスラーノヴナ・フォミーナは慌てて不要な紙を押し当て、少しでもそちらへインクを移す。紙とてこの状況では無駄にはできない資源だと言うのに、失態だ。
「あー、もう」
 寒さは増すばかりで、春の訪れは遠い。毎日が慌ただしく忙しく、それでいて厄介事ばかり舞い込むものだから、楽しい話題がない。
 つまるところ、イネッサは友人たるアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)へ送る手紙のネタに尽きたのだ。楽しい話題を振りたいのに、と心がくさくさしてしまう。
 でも最近はこういう時は大抵――
「イネッサ少佐!」
 ほら来た。
 イネッサの執務室の扉を時が惜しいと言わんばかりにノックと開扉を同時にやってのけた部下が駆け込んでくる。
「今日はどこで囚人たちが――」
「いえ、イネッサ少佐。――『特命』です」
 ペン立てにペンを戻し、立ち上がったところで動きを止めたイネッサは真っ直ぐに兵を見つめ、そして差し出された紙片を手に取った。


 地下道攻略作戦が決行された。
 新皇帝派は当然嗅ぎ付け、増援を送り込むことだろう。
 ――しかしその裏で、各派閥も動き出す。
 地下道攻略作戦で新皇帝派の眼が地下に向いている間に、秘密裏にザーバ派との接触を試みんと帝政派の長であるバイル・バイオン宰相は画策したのである。
 バイルは古い路線を用いてザーバ派勢力圏へと向かう訳だが、思慮深い彼はその危険もよく解っていた。たとえ地下道へと敵の目が向いていたとしても、察知はされることだろう。となれば、警護が必要となってくる。
 けれども秘密裏に行われる作戦のため、大隊を動かすわけにはいかない。
 そこでローレットへは襲い来る天衝種や一部の新皇帝派の排除の依頼が舞い込み、鉄帝軍内へは腕に覚えのある軍人で特殊な環境下に無い者へ招集要請が下ったのだった。

 イネッサは、普段はスチールグラードの警邏を行っているが、鉄帝軍人で少佐だ。国を思い、憂い、愛国心に溢れている。
 現状アレクセイ大佐から任じられている仕事はないため、招集要請を受け帝政派とザーバ派の勢力圏の中間地点に存在する『ゲルトフラウ地帯』へと赴き、其処を横たわる古い路線――そして其処を走るバイルを乗せた汽車を守る任に就いた。
 数名の部下とともに身を隠し、汽車が過ぎ去るまで気を張って待つ。
 何も無ければいい――そう願っている時ほど、何かは起こる。
「総員、戦闘に備えよ!」
 望遠鏡に映り込んだ違和感に気付いたイネッサは低くしていた身を起こして部下たちへと鋭く声を掛けた。
 そうして視界に捉えた敵影へと、汽車への襲撃を阻止すべく駆けていく。
 国のために尽くすと決めた命と身体。
 銃弾が頬を掠めようとも怯まない。
 ――バイル宰相は鉄帝国に必要な人だ。
 そしてその宰相が国をよくするためにザーバ派へ会談を求めた。
 彼を守り切ることは鉄帝軍人としての責務であり、鉄帝の未来に繋がる道だ。
 困難があろうとも無辜の民たちを守るため、イネッサは軍人としての務めを果たす。
 前へ、前へと――得物を手に、ひたむきに駆けていく。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 アフターアクション結果と、地下道攻略作戦の裏で進むもう一つの戦いを舞台としたシナリオになります。

●目的
 汽車への進攻阻止
 焔心を撤退させる

●シナリオについて
 バイル宰相を乗せた汽車に乗って護衛の任に就いていたあなたたちは、遠くの雪煙に気付いて汽車から飛び降ります。
 暫く駆けていくと、既に鉄帝軍人が敵の尖兵と戦っています。何らかの手段を用いて早く辿りつければ戦い始めてすぐくらいに辿り着ける事でしょう。手段については、隠密作戦であること・汽車に乗っている、が前提にあることをお忘れなく。
 イネッサはアレクシアさんに気付くと「アレクシアチャン!? 何故ここに!?」と吃驚します。
 帝国兵は特に指示が無ければ、イネッサの命令に従って敵数を減らすことを優先した行動を取ります。
 焔心はヘイトクルーが半数になる頃くらいに到着します。あなたたちが視認した遠くの雪煙は、焔心が乗っている巨狼が駆けて立てているものになります。焔心を知っている方たちは巨狼上の姿を視認できる距離まで近付けばすぐに彼だと解ります。

●敵
○『怒兵』ヘイトクルー 10体
 周囲に満ちる激しい怒りが、陽炎のようにゆらめく人型をとった天衝種(アンチ・ヘイヴン)です。人類を敵とみなすおそろしい兵士達です。
 焔心よりも先に接敵します。尖兵です。
 近接武器のような幻影による怒り任せの物理至~近距離戦闘を挑んでくる『近接型』が6体。
 機銃のような幻影による怒り任せの射撃や掃射で物理中~遠距離攻撃してくる機銃型が4体。

○『巨狼』EXグルゥイグダロス
 巨大な狼のような姿の天衝種です。強化されています。
 俊敏にして獰猛。鋭い爪や牙での【出血】攻撃。正気を奪う【狂気】【麻痺】の咆哮は遠くまで響き、硬い装甲を纏っています。近寄らなければ咆哮と躱すことに徹し、焔心の邪魔にならないように行動します。
 焔心が降りるまでは焔心を乗せており、汽車に追いつけるだけの速さが出せます。単体では汽車を追いません。焔心の側に留まります。

○『亭主』焔心
 <美しき珠の枝>で出てきている憤怒の魔種。
 『巨狼』に乗ってやってきます。ヘイトクルーと鉄帝軍人が戦っている間に無視して駆けていくつもりでしたが、知った顔に気付くと「おっ」と停まってくれます。急には停まれなくて行き過ぎて汽車側(イレギュラーズたちの背後)へと回ってしまうかもしれませんが、停まってくれます。やさしい(?)です。
 今回はフルパワーではありません。遊んで満足したり、興醒めするとやる気がなくなって帰ります。自由人です。
 憤怒の魔種である彼の怒りは常に向けられている先があるため、皆さんへ向けられません。(ヘイト操作はかなり難しいです)
 対話が可能ですが、近くに寄ると我を忘れて彼を殴りたくてたまらなくなるかもしれません。焔心はそんな皆さんをニヨニヨするのが大好きです。……通常の声量の場合、会話可能な距離は3mほどだそうです。

 <原罪の呼び声>
 焔心を中心とした半径20m以内の人は毎ターン開始時に【怒り】、怒り状態の人には【火炎】or【退化】判定が生じます。この判定はターンが進むごとに強烈になり、BSに掛かりやすくなります。このBSは無効化されません。

●味方
○イネッサ・ルスラーノヴナ・フォミーナ
 アレクシアさんの友人。
 スチールグラード都市警邏隊の少佐で、アレクセイ大佐の部下。
 ひとりの鉄帝軍人として要請を受け、小隊を率いる指揮官としてバイル・バイオン宰相護衛の任に就いています。
 少佐の位に恥じない力量のある軍人です。戦えます。得物は槍。

○帝国兵 5名
 秘密裏な作戦のため少数ですが、よく訓練されています。
 イネッサの命令に従い、近距離の敵と応戦します。
 また軽度の回復魔法を使える者が1名居るので、重傷&負傷者多数でなければ回復もできます。

●原罪の呼び声
 焔心からの呼び声は、あなたの怒りに訴えかけるものです。あなたの怒りは燃え上がり、捻じ曲がるかもしれません。――なァ、楽しく生きようぜ?
 イネッサへ呼び声判定が入ります。彼女が傾くとしたら、大切な人たち(アレクシアさんだけでなく他の皆さんもです)が傷つき自分の力量が足りていないせいだと感じた時、そして酷く混乱した自身が大切な人たちを傷つけてしまった時です。
 また、複数回『焔心』と顔を合わせている人で『つけ込めそう』と思わせると、範囲外に居てもオファーが掛かる場合もあります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
 また、原罪の呼び声が発生する可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <ジーフリト計画>心、ゆらゆらと<美しき珠の枝>完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月11日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルク・シリング(p3p001309)
軍師
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
日向寺 三毒(p3p008777)
まなうらの黄
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)
花でいっぱいの
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う

リプレイ

●Schneerauch
 遠く遠く、白が舞った。
 雪の白さに烟る視界でも、それは不自然な白だと解るものだった。
 もうもうと上がって、まるでそれはこの汽車を遠くから見たような――。
「ごめんねバイルお爺ちゃん! ボクちょっとそこまで狩りに行くから、また後でねっ!」
 一等早く察した『狩ったら喰らう』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)は敬礼ポーズととともに汽車を飛び降りた。すぐに『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)、『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)が続き、雪の上に転がって受け身を取った『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)の上を機械仕掛けの偽翼を広げた『ましろのひと』澄恋(p3p009412)が飛んでいく。
 雪煙――と思しき其れはまだ遠く。
 けれどももうもうと上がる其れが遠くからも視認できることからかなりの速度であることが解るから、イレギュラーズたちは持てる力を最大に、最速で、汽車から離れていく。
 汽車からできるだけ離れたところで向かってくる何らかを押し留めること。それが会談へと赴くバイルの身の安全への最善だからだ。
 汽車から降りてしまえば、視界の高さが変わって雪煙は見えない。――本当は見えていたとしても、白の景色に埋もれてしまっている。
 しかし広域俯瞰を持つルーキスと『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)が正しい方角へと導き、そして「あれ」と声を上げた。誰かが戦闘している、と。
 片方は鉄帝兵――野に伏してバイル護衛のために任についている者たちだろう。
 であれば、彼らが相手取る陽炎が如き存在は新皇帝派の手の者たちだろう。
「救援に来ました!」
 一声とともに、マルクは泥が如き力を放つ。恒はアーカーシュに所属する彼だが、此度、この会談にアーカーシュは関与していない。派閥の意向を勝手に示す訳にはいかないため、名乗らずに。
「お待たせ! 赤ずきんちゃんの到着だよ~!」
 これから白いコートが赤くなるのだと明るく告げようとしたところで人型の陽炎では赤く染まりそうにないことに気がつき、リコリスはちょびっとだけ尾の先を落とした。
「助太刀するよ!」
 バイル閣下の会談のジャマはさせないよ! とスノーモービルで駆けつけた『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の元から舞った赤い花弁の範囲外の敵へと「掛かっておいでよ!」と挑発する。
「ローレットの方々でありますね!? ご助力感謝するでありま……って、アレクシアチャン!?」
「えっ、イネッサ君!?」
 どうしてここにという疑問は、彼女の身分を考えればすぐに晴れる。
 陽炎が如き人型――ヘイトクルーたちと戦っていた鉄帝軍人。その中でも彼女イネッサ・ルスラーノヴナ・フォミーナは少佐の位を戴いている軍人だ。
「イネッサ君、もうすぐ別の『何か』がやってくるかもしれないんだ」
「っ、この敵兵たちの指揮官だと、よくないでありますね……」
 何かが来る。その雪煙を止めるべく列車を降りたのだと手短に伝えれば、眉を寄せたイネッサが槍を翻してアレクシアに引き寄せられたヘイトクルーを穿つ。
「まずは素早く、この場を切り抜けよう!」
 その場に集う者たちの気持ちはひとつ。
 それぞれの得物を手に、真白の世界を舞台に舞った。

「やれやれ、こういったものは苦手なんですがね……」
 幻想貴族たるウィルドが雪の中を駆け、更に雪の中で戦う事になるだなんて。
 裏でコソコソと動き回ることこそが本質であるというのに。
 不満はたくさん。けれども後からの報酬は――鉄帝の現状を思えば期待はできない。
 けれども儲けられるような地にすればよいのだ。
「うーん、赤くならないのってちょっとつまらない」
 アレクシアやイグナートが引き寄せたヘイトクルーへと不吉な悪夢を二度齎して。切り裂くような魔剣を握りたいなと思うけれど、リコリスはふるりとかぶりを振る。ううん、まだ駄目駄目。まずはこのぼんやりさんたちを減らさなくちゃ!
 イレギュラーズたちが早くに駆けつけたからか、イネッサと鉄帝兵たちに大きな傷はない。それでもアレクシアは全員の動きを視界に納めて早め早めの回復を心がけ、攻撃に徹するイレギュラーズたちは早くに仕留められるようにと動き回る。
 雪中の戦いは熱を――生命を奪っていくのだから。
「あれは……」
「来ます――!」
 白に染まる中、黒い何かが駆けてくる。
 マルクとルーキスが反応し、接近を知らせる間にもそれは距離を詰めた。
 黒は、双頭の生き物だ。毛のない体がすべて筋肉で作られていることを知らしめている。
 その背に男が跨っている。頭上には天を向く長い角。着物を風に踊らせて、路傍の石だとでも思っているのかイレギュラーズたちには視線を向けず、ただ真っ直ぐに汽車だけへと愉しげな彩を宿し――

 ――焔心!!

 その姿を目にし、いくつかの声が重なった。
 金色が流れるように動き、路傍の石ではない事に気がついたように瞳に映した。
「おっ、と」
 焔心が『巨狼』グルゥイグダロスの手綱を引く。急激に失速させたそれはイレギュラーズたちを飲み込むほどの雪煙を上げて慣性で通り過ぎていく。
 白に染まる世界の中、脇目も振らずに澄恋が飛び込んだ。
「おいおいおいおい、挨拶ぐらいもうちっと淑やかにできねェのかァ?」
「お転婆の方がお好きでしょう?」
「ま、違いねェな」
 巨狼の背で最低限の動きで雪の白さに隠れるように跳んできた澄恋の攻撃を躱し、掴んだ細腕を捻り上げながら放り投げ、自身も巨狼の背を蹴った。巨狼がそのまま止まり切るまで雪の上を滑っていくのを目で追うこともなく、雪の上に降り立つと愉しな視線をイレギュラーズたちへと向けてきた。
「……またお会いできて光栄です」
「よォ、また会ったな。遠路遥々こんな所で今度は何を企んでやがんだ?」
「さァてなァ」
 澄恋に続いて静かに――感情を滲ませぬように、三毒が薄い口を開く。
 応じる焔心は種明かしを先にされては興醒めだろうと言わんばかりに喉をくつくつと鳴らし、そろりと静かに戻ってきた巨狼へと片手を上げた。『待て』だ。巨狼は主の命に従い、それ以上近付かない。
「お遊戯に俺様も混ぜてくれるんだろ?」
 なァ、と男が雪の中に白い吐息を落とす。
 ――愉しませて、くれるんだろ?

 兵が、傷を負っている。
 救援に来てくれたイレギュラーズたちも、傷を負っている。
 白い雪に赤が散って、温かな血赤が雪を溶かす。
 陽炎が如き怒りの塊の敵兵たちの数は減ってきていたけれど、愉快そうな鬼人種の訪いに少し強くなったようだ。まるで鼓舞されたように、怒りを焚きつけられたかのように。
 凶刃と凶弾がアレクシアを襲う。
「っ」
「あ――」
 小さく息を飲む音に、イネッサの吐息が重なった。
 アレクシアは、ヘイトを稼いで戦う。
 そうすることで味方の範囲攻撃に巻き込もうとしているのは、解る。
 アレクシアが守られるだけでない少女ではないことは知っている。
 けれどイネッサは――民を守る軍人なのだ。
 途端、彼女の中で怒りが爆ぜた。
 怒りの奔流はたやすくイネッサの心を飲み込んで、槍を振るう腕が力任せにヘイトクルーの一体を仕留める。その一撃に、彼女が預かる帝国兵も巻き込まれた。
「……っ」
 咄嗟の自身の行動に、イネッサが驚いている。
 どうしてこんなに腹がたつのか。
 どうしてこんなに怒りで眼の前が赤いのか。
 何もわからない。
 何もわからないけれど、取り巻く全てに苛立った。
 守れないことも、救えないことも。それができないことが己の弱さだから――。
 赤く染まった視界を隠すように片手で抑え、イネッサの膝が雪へと落ちた。
「イネッサ君!?」
 友人が呼んでいる。さぞ驚いたことだろう。大丈夫だと笑って立ち上がらなくては。
「だい――」
 ――本当に?
 何も救えやしていないのに。
 鉄帝の現状は何ヶ月もあのままなのに。
 何が『大丈夫』なのだろうか。
 眼の前が赤くなる。赤く、赤く、赤く――怒りで染まる。
 たくさんの人々が呼んでいる気がした。兵も、友も、イレギュラーズも。
「人の心につけ込み惑わすのは魔種の常套手段。その声に応えてはいけない!」
 焔心へと刀を振るいながら、ルーキスが叫んだ。彼にもなにか聞こえていたのであろうが、切っ先はブレていない。
「まったく、これが呼び声とやらですか……鬱陶しいことこの上ない」
「チッ……これが呼び声ってェヤツか……?」
 ウィルドと三毒がかぶりを振る。巨狼は主の命に従い動きはしないが、鳴き声が鬱陶しい。鬱陶しい、とその苛立ちが増しているように思えるのも、脳内に響く不快な共鳴めいた『声』のせいだ。視界から焔心を外し、ウィルドは巨狼へと駆けていく。
 三毒にはウィルドよりも心に響くものがあった。裡に秘めた怒りが増幅し、過去の光景がまなうらに翻った。鮮明に、その怒りは色褪せていないだろうと、訴えかけるように。
(それでも、オレはもう……)
 喪ったものは戻らないことを、三毒は知っている。怒りに任せて手を血に染めようとも、どれだけ願おうとも、神や鬼に祈ろうとも――絶対に。
「……違う。違うであります。自分は、アレクシアチャン、自分は、ああ、なんてことを」
 差し出されたアレクシアの手を咄嗟に振り払ってしまったイネッサが混乱している。
「傷付けた事も、守れなかった事も、向き合って謝りてェなら負けんな。逃げんなよ、オレみてェにはなァ」
 三毒はアレクシアの肩に手を掛け下がらせて、ぽたりと赤を零したアレクシアを背に隠す。今の内に傷を癒やせ、と。
「イネッサさん、大丈夫だよ!」
 誰も傷付いていいないよと、リコリスがくるりと回って見せる。白いコートは雪に潜む雪うさぎのような――否、リコリスの大好きな師匠のような白のままだ。
「変な声も気にしないで! 全然イケてる声じゃなかったよっ」
 お師匠の声だったらトキめいてたかもっ!
 なんて笑って、大好きな師匠よりも格好良さで劣る巨狼の方へと駆けていく。あの巨狼は駄目だ。ふかふかな毛もないし、なんて言ったって遠吠えも全部お師匠の方がいいのだから! ちょっとくらいお行儀悪く振る舞ったって許されるはずと、リコリスは身を低くして駆けた。その姿は、獲物を狙う狼の其れであった。
「イネッサ君」
 自身の傷を癒やしたアレクシアが雪に膝を着き、槍からも手を外して――槍を握ってしまわないようにと懸命に雪を握りしめているイネッサの手を掬い上げる。
 イネッサの肩が跳ねた。また傷つけやしないかと、恐ろしいのだと感ぜられた。アレクシアは薔薇色の、血の気を喪っていない頬に笑みを乗せ、手を優しく握りしめて大丈夫だよと声を掛ける。
「一緒にみんなを護りましょう! 護るのに大事なのは怒りじゃない、でしょ? 怒ってたら、助けた人も怖がっちゃうからね!」
 イネッサ君は、それが解る人でしょ?
「アタシは――」
 アレクシアの手を、震える指先が握りしめた。

 怒りに包まれるのは、イネッサだけではない。
 胸奥をざわめかせるその感情に、マルクはぎゅうと自身の胸元を握りしめた。
 ――怒りなんて……あるに決まっている。
 まなうらには、いつだって白が吹雪いている。
 吹雪と飢えと、深い悲しみ。救おうと手を伸ばしても救えない命。
 国に、新皇帝に、混乱に漬け込む輩に――そして何より、自分自身に。
 けれどもその怒りを抑え込み、マルクは問うた。
「本当の『強さ』って、何だろうね。焔心さん、貴方は考えたことあるのかな?」
 鬼の男は瞳を細め、ただ嗤う。焔心が魔種へと堕ちたのは、力を求めたのは、ただ偏に己の弱さに絶望し、怒りを抱いたからだった。
「さァなァ、他人のことなんて知らねェな」
 魔力の剣を振るえば血で編まれた剣が押し返すと同時にマルクを吹き飛ばす。
「初めまして。……やっと会えました」
「おっ、てことはお前は豊穣からか」
 ご苦労なことだと、他人事みたいに焔心が嗤う。怒りの籠もったルーキスの刀を『これが望みなのだろう』と言わんばかりに刀で受けて切り結んだ。
「オレには怒りなんてわからないけど、さ」
 その傍らから勇気と覚悟の剣撃とともに焔心の視界に入ったイグナートが、ニッと笑う。
「どうせ殴り合うなら頑丈な相手の方がイイでしょ? 殴り合いを楽しんで行きなよ!」
 素早い連撃を、三回。
「俺様、お前みたいな奴は好きだぜ?」
「コウエイだな! オファーは受け取れないけどね!」
 代わりに打ち込まれた炎を纏う剣戟にも雪に深く足元を埋めて応じ、ぐらりとも体制を崩さない。
「……妬いてしまいますよ?」
 こんなに可愛い花嫁が眼前にいるのに、他の殿方ばかりを追うだなんて。
 焔心に瞳を向けてと、自分だけを見てと、鬼の娘が微笑んだ。
「すまねェな、いい漢だからよォ」
 気付けば惚れられてしまうのだと、冗談を吐いて。
 けれども笑みを深くした澄恋の一撃は、彼の興味を引くものだった。
 白に散った血は、イレギュラーズたちではなく焔心のもの。
「なんだよお前、そんなに構って欲しいのか?」
「そうですよ、焔心」
「俺様は暇が嫌いなんだ」
 それは本音なのだろう。ルーキスは知っていると低く呟き、イグナートとともに一撃を入れに行く。
 焔心が嗤う。こういう時間は好きなのだろう。
 笑って嗤って嘲笑って、人の感情が渦巻いて、自身に向けられる。
 それを踏みにじるのも、かき乱すのも。
「シュミが良いとは言えないけどね!」
「全くもう、困ったお人――」
 白に赤が散っていく。
 それはイレギュラーズの血で、焔心の血。
 遠く離れたところで、巨狼が吠えた。心を震わす咆哮に自身へと刃を向けた帝国兵に気付いたマルクが止めるために兵の元へと駆けていく。
「……っと、楽しみすぎたか」
 線路へと視線を向ければ、打ち合っている間に汽車は通り過ぎ、白い煙は随分と遠い。この距離を追うのは億劫であるし、焔心は十分楽しめた。
 風を切るような軽やかな焔心の口笛に、リコリスとウィルドと『鬼ごっこ』に興じていた巨狼が真っ直ぐに焔心へと向かって駆けてくる。
「また、会えますか?」
 澄恋の問いに、金の瞳が三日月を描く。「ああ」と響くのは、肉食獣の喉が鳴るような重低音。澄恋を弾き、振り返りざまにイグナートを蹴り飛ばす。
「じゃあなァ、風邪引くなよ」
 ひらりと巨狼に飛び乗るも待てと引き止める者はなく、愉しげに呵呵と笑って焔心は立ち去った。
「……随分と自由な人だったね」
「そういう御仁なのです……」
 裾を払ったマルクが告げれば、深い溜め息をルーキスが吐き、三毒も深く頷き同意を示す。
 澄恋は「あの方の方が風邪を引きそうですけど」と零し、己の掌を見つめた。この薄い皮(深層の令嬢と比べたら随分と硬いけれど)の下には、熱い血潮が流れている。その熱さはきっと――。
(――いいえ)
 瞳を閉ざし、かぶりを振って否定する。
 似ているところを見つけては、ひとりになってから思い詰めてしまう。
 けれども澄恋は蒼太のヒーローだ。
(似てなど、たまるものですか)
 戦闘しか能がなかろうと、弱い己が嫌いであろうと、この手は誰かを救うためにあるのだから。
「イネッサ君、大丈夫?」
「……アレクシアチャン」
 イネッサは根幹を揺るがされたせいか、まだ辛そうだった。寒い気温の中でも額に汗がにじみ、今なお立ち上がれずに居る彼女へアレクシアは肩を貸した。
「イネッサ君、大丈夫だよ」
 君が、軍人として使命感が強い人だということを知っている。
 君が、多くを嘆き、多くを大切にしていることを知っている。
 心無い声は時として軍人へと浴びせられる時があるだろう。
 けれども、アレクシアは真実をちゃんと知っている。軍人とて人で、心があって、温かな血が流れていて、悲しむことも怒ることもあることを。
「あくまで仕事は護衛だ。アイツは気掛かりだが……戻ろうゼ」
 三毒の視線の先には、既に焔心の姿は見えない。汽車は……と視線を向ければ、雪をかき分け、元気に走り去っている。
「ハハッ、随分と離されちまったね!」
「線路伝いに帰れば良いのでしょうかね……」
 軽やかに笑うイグナートにウィルドが肩を竦めている。
「ええっ、ボクはもう走りたくはないよ!」
 大きな狼は元より『待て』であったから、ウィルドとリコリスは追いかけ回す羽目となった。
 流石に疲れたよと雪原にころんと転がったリコリスに、一同の表情に笑顔が咲く。
(――この記憶もいつか、消えませんように)
 アレクシアはひとり、そっと願うのだった。

成否

成功

MVP

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊

状態異常

なし

あとがき

決戦に向けて、焔心が遊びに来たよ回でした。
攻勢BS回復っていいですね。焔心も「いいモン持ってんじゃねェか」って思ったと思います。
また、イネッサはイレギュラーズたちに深く感謝の念を抱いています。

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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