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シナリオ詳細

<ジーフリト計画>リグレットに枯れ落ちて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アリスティア・シェフィールド
 生きていることだって、苦しかった。
 どうして、とありきたりな言葉を繰り返したところで得られるものなどなかったから。
 あの、深き影色が伸びていく。波濤のように高く、高く、聳えた山向こうに征くというその人に一夜の契りを求めたのは己だった。
 去る背中を呼び止めて、祝言は戻ったら挙げようと口約束だけでは物足りぬと乞うたのだ。

 ――生きて返ってきて下さいませ。

 冷たい、愛も籠っていないかのような言葉しか吐けなかった意気地なしは今更になって後悔するのだ。
 あなたの愛した栗色の髪も、エメラルドの瞳も、わたくしは何も持っていなかった。
「は、は、は」
 漏れた呼気だけが頭をやけにクリアにした。
 怒りに身を任せて生きてきた。身を全て投げ出して。
 パズルのピースが掌から毀れ落ちる度にアリスティア・シェフィールドであった己が崩れる。
 その方が、良かったのだ。そうでなくては、この様な変わり果てた姿を受け入れることなど出来なかったから。
「はは、は――あは――」
 乾いた笑いだけが唇から毀れ落ちた。

 ……ああ、ヴェルグリーズ(p3p008566)。わたくしの『ジェイド様』の剣。
 おまえは知っているのでしょうね。置いて逝かれる苦しみも、無力に苛まれる夜も。
 ならば、否定などしてくれるな。
 アリスティア・シェフィールドは指を咥えて泣いているだけのお姫様では居られないのだ。
 ならば、在り方を受け入れ殺しておくれ。
 アリスティア・シェフィールドは復讐の炎に身を焼かれながら、この国を殺さねば気に食わぬのだから。


 帝政派の長たるバイル・バイオン宰相はザーバ派との会談を望んでいるらしい。
 イレギュラーズ達の南部戦線を率いるザーバ一同との共闘は強い要望であったのだろう。バイルは地下道攻略へと新皇帝派が注目している最中に、秘密裏にザーバ派との接触を試みることを決定したらしい。
 古い路線を用い、南部戦線の誇る勢力圏へと向かう事となったが――

 ゲルトフラウ地帯に差し掛かった汽車は汽笛を鳴らし、静かな行軍を続けて居る。
 ボーデクトンより拝借された車両は淀みなく進んでいた――が、眼前には無数の天衝種や新皇帝派の影が見えた。
 隠密作戦であれど、ミッションにはイベントはつきものだ。想定されていた危険を目の当たりにしようともイレギュラーズは焦りはしない。

「情報本当だったらしいぜ。お姫様」
「……どうでも、よいのです」
 新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)の一人、破落戸であった男の名はジェリーという。
 身体には生傷が幾つも存在し、獲物として用意したのは何処かの武器倉庫から拝借してきた旧式の銃である。そもそも、男には銃器を扱うスキルは存在せず、精々がややリーチに欠ける鈍器に成り得る所であったが付け焼き刃で何とか物にしたばかりだ。
 男が気を配るように視線を遣ったのは艶やかなぬばたまの髪の女であった。闇深き気配には似合わぬ純白の百合の花を咲かせた魔種は興味もないと遠方に見えた汽車を眺めるだけだ。
「何もかも、もう――」
 女、アリスティアの唇が戦慄いた。
 一人で死ぬのは恐ろしすぎて、誰かを道連れにするという下らない度胸ばかりが肥大化している。
 元より、女の理性は欠片程度。目的はこの国を根絶やしにすることだったのだから。
 あの男を。この国の頭脳を目にすれば箍など外れてしまうに決まっている。
 ジュリーは「お姫様、せめてアイツを殺すんだろ?」と囁いた。妙に彼女に気を遣うのは男なりに何か思うことがあったのだろう。
 男には大それた過去などない。精々が、よくある腐った家庭環境と云った位だ。幼い頃から独学で、奪い、傷付け、繰り返し、成り上がっただけの破落戸に過ぎない。
 それでも魔種の女一人くらいは護ってやりたいと願うものだ。男は女は護ってやるべきだと認識していたからだ。
「殺しましょう」
 ささやかな幸せさえも抱かせてくれなかったのは生きる為だと嘯いて『北部』を攻めたこの国だった。
「殺しましょう」
 あの汽車に乗っている男を殺せば、行く先に待っているだろう男も殺して、殺して。
 南部戦線なんて馬鹿みたいな戦場を瓦解させて遣れば良い。
 今だって、魔種が蔓延る場所だ。アリスティアがそれ以上のことを為ずとも、どうせ、ほころびは広がって、何時しか巨大な穴になるのだから。
「わたくしは、あの人と幸せになりたかったの」

 ――ジェイド様。ジェイド。いとしいひと。

 女の瞳にジュリーは映っていない。精々、傍で何かを話す喧しい蓄音機程度のものだろう。
 だが、せめて、女が死ぬまで傍で話続けるラジオスピーカー程度の賑やかしには鳴ってやろうと決めて。
 慣れない仕草で汽車へ向けて発砲を行なった。

GMコメント

日下部あやめと申します。宜しくお願い致します。

●成功条件
 アリスティア・シェフィールドの撃破

●フィールド情報
 ゲルトフラウ地帯の線路沿いの雪原。
 姿を現したアリスティアをイレギュラーズは迎撃します。足場は雪が積もり非常に歩きにくく感じられます。
 遮蔽物などはなく、足場以外は戦いやすいでしょう。

●『黒百合姫』アリスティア・シェフィールド
 元は幻想の貴族令嬢。同じく幻想貴族であったジェイドという青年と婚約していましたが、彼を南部戦線で亡くし腹の子を死産しました。
 ジェイドを殺した鉄帝国という国を恨んでおり反転。強い憎しみを抱き、国家そのものを破壊することを企んでいます。
 ジェイドを殺した軍人には一矢報いることに成功しましたが、その命を奪うには至りませんでした。
 今のアリスティアは『ジェイド』と『名付けることも出来なかった腹の子供』、それから『鉄帝国の人間』……
 更にはジェイドの剣であった『ヴェルグリーズ』を認識しています。『イレギュラーズ』を個では認識せず己の邪魔をする鉄帝国の人間だと穿った認識をしてしまうようです。

 外れた箍は戻せず、気も落ち着かず、此処で命懸けで挑んできます。
 最早生きることも苦しいと、戦います。魔術での攻撃を得意としていますが、接近戦は不得手ですが出来ないわけではないようです。
 BSの付与にとても優れ、手数が多いです。攻撃の度に舞い散る百合の花びらはアリスティアの感情に呼応して色彩を変化させます。

●新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)
 ・ジュリー隊長
 元破落戸の青年。20代であることは分かります。アリスティアを気遣っており、女を護るのが男だと言い張ります。
 余り良い身形をしていません。防寒具なども軍人からかっぱらってきたようです。ジュリーと名乗りますが本名ではないそうです。
 首からドックタグとロケットペンダントを下げており、それを大切にしています。

 ・隊員達 10名
 ジュリーと共にやって来た火事場泥棒的破落戸。それ程統率はとれてはいませんが、個々がそれぞれの強さを有します。
 彼等は現状の鉄帝国で碌な食い扶持が無かったことから兵士に志願したそうです。飛行の付与が可能です。
 生きても地獄死んでも地獄。気持ちよくなるような『英雄』の呼び名に酔い痴れて攻撃を繰り返します。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <ジーフリト計画>リグレットに枯れ落ちて完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年02月11日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ


 息をする。血を巡らせ、指先を動かした。眼窩に窪んだ光が滲む、そうしてたった一度だけ唇を動かした。
 簡単なことであったのに。睦む言葉の一つも、莫迦らしいほどに解けていく。
 あゝ、愛しい人と共に在れた奇跡など容易く融け行く。まるで野に咲いた春の花のように、散り堕つる。

 恋ひしきあの人に、言葉を紡ぐ前に終わった恋心。結ばれただけで幸せだ、なんて口にするのは横暴で、傲慢で、乱暴だ。
 羨ましいなんて、思っちゃいけない。何れだけ愛し合えども、結末が是(ふしあわせ)だというならば。
『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)はごくりと喉を鳴らしてから「アリスティアさん」と名を呼んだ。
 ――あゝ、あなたは、あの人と幸せになりたかったの、かぁ。
 置いて逝かれる苦しみも、無力に苛まれる夜も、ちっぽけな命一つを抱えた虚(がらんどう)も。
 きっと同じであったから。それはアリスティアも『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)も同じ事。
 彼女が闇に染まったことに拒絶ではなく同情を。哀れみにも似た、切なさを。余りに深い悲しみは海を作って広がることだろう。
「……終わらせに来ました。アリスティア様。
 貴女の苦しみと悲しみを。それが我が主を護れなかった俺のせめてもの罪滅ぼしだ」
 震えた唇が奏でた音は、彼の人が振り下ろした剣の音色にも似ていただろうか。ぎょろりと瞳が動いた。硝子玉に反射した鈍い戦乱、昏い雪の色。
「――ヴェルグリーズ!」
 厳かに、悍ましく。愛しき人に愛を紡いだ唇と、到底同じとは思えぬ重苦しく深い声音。
 ぞうと背筋を撫でた気配に「魔種か」と呻いた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)の手に握りしめられたのは美しき白百合。
 純潔を、目の前の女が咲かせる淡き白花と同じ名を持つ刀身がするりと引き抜かれ雪をも照らす。
「……さむい、のです」
 白き草原は、雪を粧い全てを覆う。闇をも明るく照らし返すような白き気配。空が海を返した色だというならば、夜はどうしてこの雪を返さぬのだろう。其れは屹度、寒々しくて堪らないからなのだろうか。陽の光に焦れたように『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)の蜜色の瞳がゆらりと揺らぐ。
「どうして、あなたたちはメイ達の邪魔をするですか?」
 問うてからメイは思う。彼女達から見やれば、邪魔者は此方のことだ。誰も彼もが苦しげに眉を寄せてしじまに身を寄せ合って。
 これはまるで葬列だ。死者を思うて手折った花を一輪捧げる秘やかなる永訣の原。蒼鉛の空より降る雪が答えを遮るようにばたりばたりと音を立てた。
(戦争、と言うのは空しいものですね。幻想王国と鉄帝国は長きに亘って、大小問わず幾つもの戦いを続けてきたと聞きます。
 恨み恨まれ憎しみは積もりに積もって、幾人もの復讐者を産み出していったのでしょう……。怨嗟の如く、物語を縒るかのように)
 寓話の中で待ち受けた姫君のハッピーエンドには程遠く、稀代の殺人鬼になろうには女の愛は深すぎた。
 全てを解決する万能を『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は持ち合わせてやいない。けれど、物語を最期まで見届けることはできるだろう。
 遂にと唇を動かせば『陽だまりの白』シルキィ(p3p008115)の胸がきゅうと痛んだ。
「遂に、この時が来たんだねぇ……向かってくるのなら、わたしはあなた達と戦う。『鉄帝国の人間』として、あなた達の全てを迎え撃つ……!」
 アリスティア・シェフィールドの在り来たりな情愛の涯て。愛おしき人を愛おしいと口にする。簡単なことである筈なのに其れはどうにも叶わない。

 あゝ――あゝ、お前達が『鉄帝国』(てきこく)の人間だというならば。

「……わたくしの為に、死んで下さるの?」
 この吐息から毀れ落ちたのは、わたくしだった。当たり前のように生きていたアリスティア・シェフィールド。
 あなた様の愛した『アリス』はもう死んだ。この場に立つは、ただの愚か者なのだ。復讐も、悔恨も、何もかもが告げて居る。
 おまえが、のうのう生き延びて幸せになろうなど、もう遅い。
 だって――


「天候よし! 視界よし! 足場は……うん。絶好の雪合戦日和だぜ! 準備運動にどう? だめ? だめかー! ぶはははっ」
 からからと声を上げる。結うたぬばたまの黒髪が風でふんわり揺れていた。『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の手が双つ刀に掛けられて、眸がぎろりと揺れ動く。
「さ、あっちの選手はやる気満々みたいだが……っと、対象もやる気でしたか! こりゃ失敬!」
 ヴェルグリーズの背を叩き、細い脚に力を込める。雪に沈んだ靴裏を無理矢理に浮かび上がらせるように駆け出した。
 雪原を疾く駆けるのは白銀の狼の如く。敵へと食らい付く『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)はクロスボウを構えた。
 新時代英雄隊などと、名に恥ずべき行いを繰り返した者達をその双眸へと映し混む。ひゅうひゅう、風を切り周辺掃射は飛び込んで行く。
「此処で終わらせて頂きましょう。新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)」
 朗々と告げれば口笛が響いた。破落戸らしく刺青が身に刻まれた一人の男。首に揺らいだドッグタグとロケットペンダントが雪の中にも煌めき返す。
「行け、野郎共。分かってンな、オーダーは殺すだ」
 英雄を気取るように口にする。統率などてんでバラバラであろうとも、目的意識が統一されているのが悪党らしいとオリーブは思考の端にぽつりと零した。
「ぶははっ! よう来たのう、ナイト様! ここで散るとも知らずににのう! これだとこっちが悪役っぽいな?」
 柳眉を僅かに吊り上げた。柘榴の色をした眸が動き、男を、ジュリーを真っ直ぐにその視界に収める。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 混沌世界が赦しても、私の緋剣は赦しはしないわ!」
 朗々と名乗り上げマフラーが靡いた。ジュリーの視界が眩んだ、眩んでから、鼓舞した秋奈に向けて叩きつけられる。
「お前に許されなくとも、俺が許すんだ」
「ヒュウ、カッコイイ」
 口笛に乗せて、揶揄い笑う。司令塔を失った新時代『英雄』達に紡がれ届くのは一条の流星。言ノ葉を織り重ねたその一条の煌めきは帚星の如く降り注ぐ。
 廻る祝福はシルキィに仇為す全てを赦しやしない。ふわりと柔らかな糸のように髪が揺らいだ。
「……ごめんねぇ、少し痛いかも。けど、許してねぇ。
 これで一人でも多く、早く倒してイニシアチブを握らせてもらうよぉ。堕ちて、願いの星……!」
 浮かび上がった彼女の願いのように。前へ、前へと進んだヴェルグリーズはアリスティアから引き離されたジュリーへと一瞥をくれた。
 彼は、アリスティアを護る為にやって来たそうだ。男が女を護るのは当たり前だと豪語する――まるで、騎士と呼んだ秋奈の言葉がそのまま行動に反映されているかのようだ。
(だが、アリスティア様は魔種だ。ジュリー殿が幾ら護りたくとも……彼女は狂ってしまった。我が主の愛した彼女ではなくなってしまった)
 其れがどれ程苦しいことか。己が定めた主。別れの度に苦しみが胸を満たした。引いて行く悲しみは波のように押し寄せて遣ってくる。
 彼女の闇は、彼女のものだ。男が、女を護るという単純な行いで許されるものではなく、二度とはその姿は戻りやしない。
 英雄と名乗る破落戸達へ向け、ルーキスは「此処はお任せを」と囁いた。瑠璃雛菊がちゃり、と音を鳴らす。名乗り上げた声音は鋭く、そして凜とした決意の響き。
 ただ、それでも、どうしようもない程に美しいアリスティアの花が目を引いた。同じ『白百合』。美しき花弁に滴るその一粒さえ、耐え難い。
(……もしも自分が彼女と同じ立場だったなら、どうする? ……いや、これ以上考えるのはやめておこう)
 あいしたひとの居なくなる苦しみを。別離の其れを彼の白百合は知っている。己が苦しみ藻掻く姿は、きっと彼女には酷く弱く見えるだろう。
「うしなうことは、こわいことです」
 唇を震わせて、メイの手許から光が溢れ出す。倖多からんことを願った、祈りの響き。追憶の音色と共に、小さな少女の願いが届く。
「貴方達はどうして、武器を手に取ってるですか? 女性を守るのが男性の務め?
 それは素晴らしい考え方かもですが、その女性のしようとしている事は正しいのですか?」
 間違っているならば、手を引いてダメだ、と叱ってやるべきだ。幼子がそうされるように、メイだって大切な人に教わった事がある。
「嬢ちゃん、それは『これから先があるやつ』がやることだ」
 ジュリーは鼻をふんと鳴らした。男の切れ長の瞳がメイを見る。傷だらけの拳が秋奈の双つ刀に打つかって赤い血を滲ませた。
 痛々しいほどの姿。それでも、『女性を護る』と決めた彼の決意は硬い。雨垂が石を穿つ事も無く、男はただ、メイを見て柔らかに笑った。
「あのお姫様にとっちゃ、戻ることも出来なければ進むことも出来ない。停滞(おわり)だよ。
 女の一世一代を支えてやらないで何が男だ。俺達だって、先がない。クズがクズなりに願ったんだ。馬鹿にするなり何なりしてから、笑ってくれよ」
 男の声音は優しくて、メイは泣き出しそうになりながら「あなたには、なにがあったのですか」と問うた。ひらひら、落ちる雪のように冷たいばかりではいられなかった。
「……女を護る、ってさ、ジュリーさん、かっこいいね。でも、間違ってるよ。
 ほんとに好きで、護りたいなら、間違ってる時はちゃんと、間違ってるって女だろうと怒らなきゃその人の為にならない!」
 フランの唇が戦慄いた。ジュリーのドックタグをぐ、と掴んで言い聞かせるように少女は云った。
 破れかぶれな恋をしてきた。好きな人が、自分を好きであれば良いのに。自分を好きな人を、好きになれたらよかったのに。
 そんな自分勝手を抱いた事だって、きっとある。泣きたくなるような、夜ばかり。
「ジュリーさんが、支えたって、その先はないんだよ」
「――なくて、いいんだよ。俺ァ、お姫様に終わりを与える事も出来ねぇ臆病者なんだ。嬢ちゃん、叱るなら叱ってくれ」
 ドックタグを捕まえていたジュリーがフランを見詰めてから腕をだらんと下げた。少女を攻撃するつもりはない、とでもいうような困ったような仕草だった。


 言葉を掛けることはオリーブはしないと決めていた。敵の『英雄』達にとって、自分たちは唯の仇敵だ。
 そしてアリスティアやジュリーにとっても自身は敵対者に他ならない。何れだけ言葉を重ねたって、伝えたいものが伝わらなくては意味が無かった。
 鋭い踏み込みと共に、周囲を薙ぎ払う掃射。オリーブは『英雄』達が不憫でならなかった。
 有象無象の拠り合わせ。まるで、つい先程出会ったばかりの者達が適当にチームを組んだ程度の連携では作戦行動を連携し取る事の出来るイレギュラーズでは何方が上か分かりきっている。
(『女を護るのが男』……か。その心意気には同意するが、見逃す訳にはいかない。
 相手が魔種な上にあの状態では、遅かれ早かれ結末がこうなることは予想出来そうなものだが……。彼女への『情』が勝ったのか)
 その情がどのような色彩を帯びているのかをルーキスは判別することは叶わない。それが恋情だというならば叶わぬ恋に苦しむことになろうに。
 それでも、止まらぬのが人間なのだろうか。感情とは、世にも不可思議なもので。何処までも昏く明かりもない道を走り出す衝動のようなもの。
「ねぇねぇ持ってるドックタグ誰の? 戦友? いいよね戦友。
 戦って次の瞬間はいないんだぜ? 忘れらんないよね! 忘れられないこの戦いもアゲていこーぜ? うぇいうぇーい!」
「ああ、忘れらんねぇよな。……戦友(ダチ)が死のうとものうのうと生きてんだからよ!」
 ジュリーが秋奈の元へと飛び込んだ。ひゅ、と鋭く切り裂く音が頬を掠める。傷なんて気にしなかった。
 男は、鉄帝国の軍人だった。アリスティアとは逆の立場だ。攻めこんだ先で、戦友を亡くした。彼は、アリスティアから見れば加害者だ。だが、同時に被害者でもあった。余りに捻じ曲がった関係性だ。
 罪滅ぼしのつもりで近付いて、その純愛に心を打たれたなんて笑わせる。痛い、と男は感じたが構うことなく奔った。
「この世は地獄。そう言いたいですか」
 メイは静かに囁いた。ひとは平等にはうまれやしない。だからといって『英雄』だなんて言葉に逃げないで欲しかった。
「メイ達の所にきませんか。あったかいごはん、あります。寝床もあります。もう少し生きていたく、ないですか」
「俺に先があるってのか」
 甘ェなとジュリーは囁いた。本来の名も、大切な家族さえも捨て去った男だ。そんな自分に情けを掛けるなどと、とメイを見詰めた彼も傷を抑えて膝を付く。
 ルーキスはするりとその横を通り過ぎた。ただ、立っている白百合の姫君の元へ、真っ直ぐに。
「アリスティア。貴女の思いは貴女だけのものだから……わたしはそれを否定しない。否定なんて出来ない。
 隊長……彼女を守ってる貴方も、だからこそここにいるんでしょう? だから――」
 シルキィは否定することも、同情することもしなかった。アリスティアを願った心の弾丸は照準を定めようとしている。
 ジュリーは脚に力を込めた。だが、届かない。「お姫様」と呼べどアリスティアはシルキィの一撃を受け止め、越えて行こうとしている。
「私ちゃんらをみろ! いつまでも死人に縋ってるんじゃない! その憎しみを砕いてやるからな。覚悟しろよー?」
「わたくしにはジェイド様しか――!」
 倒錯した愛ほど、恐ろしいものはないけれど。
「……私にも愛する人が居ます。
 それを失って、全てを失って……貴女と同じ状況になったとしたら、同じように復讐の炎に身を焦がさない保証は全くありません。一定の理解を示します」
 ドラマはただ、静かにそう言った。蒼き命、一世一代の恋心。その蒼に仕舞い込んでいた蒼き礼装は愛しい人の色だった。
 それだけ、本気だった。本気になってと願うほどの、恋という儚いひとひら。
「しかし……ですが、貴女は魔種に身を落とし、私達は特異運命座標。
 貴女の行動全てが滅びを生み出してしまうから……貴女の物語はここで、止めます」
 ドラマの剣がアリスティアへと振り下ろされる。
「姿形は変わってしまっても、貴女の心はジェイド様を失った時のままだ。
 我が主を愛してくれてありがとう。その思いを抱き続けてくれてありがとう。
 ――そうして変われなかった貴女だからこそ流れゆく世界に置いて行かれてしまったんだ」
「あなたは? ヴェルグリーズは変われたというの!? あなたは、ジェイド様を忘れてしまったの!?」
 叫声は、苦しげな儘だった。アリスティアへとヴェルグリーズは近寄った。何もかもを分かつように、分かたねばならないと知っているように。
 シルキィは『生きて、護る』事のために攻撃を行なう手を止めなかった。オリーブとて、そうだ。それが己の使命だと知っていたからだ。
 ルーキスが振り下ろした白百合が、花を散らす。アリスティアの眼が剥かれ、苛立ちと狂気が迸る。
「わたくしはあの方と幸せになりたかった、ただ、それだけであったのに――!」
「そうだね。きっと、それだけだった」
 フランは指を重ねて、願った。恋をすれば、何もかもが色付いた。その、さいわいが彼女にもあった。
 諦めきれないその恋に、彼女は無理に終止符を打ったのだ。飲み込みきれない感情を、彼女はただ、表現していただけだった。
「貴女のジェイド様への想いは本物だった、それだけは俺が保証する。
 ……その純粋な思いを汚さない為にもここで眠ろう、アリスティア様」
 ただ、苦しんで欲しくなかった。心を封じ込め、最後の一振りを――貴女の命を分かつために。

 そっと、一輪だけ摘まみ上げてからドラマは目を伏せた。
「どうか、お幸せに」
 その嫋やかな百合の姫君の指先が僅かに震えた。もう、息をすることも苦しいほどの――雪。
「……大好きな人と、また会えて来世で結ばれますように」
 おまじないの言葉と共にフランはそっとその頬を撫でた。美しい花を咲かせる彼女の前にエメラルドの瞳が映り込んだ。蒼鉛の空の下、栗色に見える髪が被さる。
 アリスティアの唇が震えた。まるで、鏡のように見えた。本来の――彼の愛した色彩がそこにある。
「わた、くし……の眸の色、綺麗でしょう? ジェイ、ド」
 ふらつき縺れた足でジュリーは何とか彼女の元へと近付いた。
「よお、お姫様、満足したかよ」
 視界が眩んでいる。血を流せば、この寒さだ。どうしようもない。自分の事は『甘ちゃんの嬢ちゃん』に託したいとジュリーは己を助けるかどうかさえメイに委ねた後に瞼を閉じた。
「お姫様を、しっかり弔ってくれよ」
 ヴェルグリーズは小さく頷いた。ジュリーは気を失うように深く息を吐いてから動かなくなる。
 ――さようなら、アリスティア様。貴女が大事な人達とまた会えますように。
 シルキィの手許で糸がぷつりと音を立てる。人の命も、糸のようなものだった。
 其れを結べば『いとしい』ひとの所に届くならば、縒り合わせて願いたい。どうか、貴女が幸せになれますように、と。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)[重傷]
音呂木の蛇巫女
ルーキス・ファウン(p3p008870)[重傷]
蒼光双閃

あとがき

 この度はご参加有り難う御座いました。
 アリスティア様とは三度目の邂逅。彼女にとって、とても辛い毎日であったでしょう。
 けれど、素敵な終わりを与えて頂けたと、そう思います。ヴェルグリーズさんが彼女の苦しい未来を別けたのですね。

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