PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ティーネ領吸血鬼譚。或いは、ミラーカという女…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『砂華』で乾杯を
 ところはラサ。
 ティーネ領、リュンヌ地区。
 風の吹かない月の夜に、エルス・ティーネ (p3p007325)は外にいた。街の片隅、ひっそりとした静かなバーの路地に面した野外のテーブル。
 チーズとクラッカー、それから塩漬けの辛い燻製肉を肴にすれば、ティーネ領の地酒『砂華』がよく進む。度数は高いが、味はまろやか。血のような赤は、月夜の晩に良く映える。
「また……ですって」
 通りを眺めてエルスは重い溜め息を零した。
 砂漠の夜はひどく寒い。けれど、いつもであれば夜の遅くまで、通りには大勢の人が行き交っているはずだ。けれど、今日に限っては……否、ここ暫くの間、リュンヌ地区の夜は静寂に包まれている。
 その原因は明確だ。
 犯罪者……それも、極悪な者ばかりを狙う連続殺人事件のせいで、夜の街から人はすっかり消え失せたのだ。
 エルスも件の死体は見た。
 全身の血を抜かれ、ミイラと化した無残な姿は今もエルスの目に焼き付いて離れない。
「男たちは決まって、銀の十字架と聖水、白木の杭と白樺の鎚、ニンニクを繋いで作ったネックレスの入った小箱を持っていたんですって。数ヵ月前から近くの街で流行り始めた、対吸血鬼用の討伐セットね」
 なお、お値段は1セットで1万GOLD。
 好みに合わせてカスタマイズをするのなら、別途料金が必要になるそうだ。
「彼らはこの街に吸血鬼を退治しに来たのかしら? それとも、偶然に同じものを所有していただけ? ねぇ、あなたはどう思うかしら?」
 空のグラスに酒をつぎ足し、エルスは向いに座る白い女へ問うた。
 女は唇を酒で湿らせ、囁くような静かな声音で言葉を紡ぐ。
「そうね。偶然というには出来過ぎているわ。吸血鬼なんているはずない……と、断言することもできないわけだしね。少なくとも、犠牲者たちは共通の目的を持って、この街にやって来たと考える方が自然じゃない?」
 奇妙な女だ。
 肌も髪も月のように白い。頭には鍔の広い帽子をかぶり、真っ黒なサングラスを着用している。そのうえ、女の傍らにはいつだって日傘が用意されていた。
 今は夜だというのに、だ。
 光沢のある黒いドレスに、胸部を覆う鋼鉄の軽鎧と、奇妙奇天烈な出で立ちをした彼女の名はミラーカ。連続殺人事件を調査する中で、偶然にエルスが知り合った旅の詩人である。
「吸血鬼、ね。ミラーカさんは吸血鬼の弱点を知っている?」
「えぇ、もちろん。有名だもの」
 くすり、と笑んだミラーカがサングラスの位置を直す。
 それから白い指をテーブルの上に滑らせながら、歌うように言葉を続けた。
「まずは太陽の光。次に聖水。ニンニクに十字架。流水の上を渡ることはできず、招かれなければ他人の家には入れない。それから……心臓に杭を打ち込むのもいいんだったかしら?」
「そんなところね。心臓に杭なんて打ち込まれたら、吸血鬼でなくったって死んでしまうけれど」
 くすくすと2人は笑った。
 夜の静寂に、女性2人の密やかな笑みが散る。
 けれど、ふいにエルスは笑顔を消して、まっすぐにミラーカを見据えた。
 エルスは問う。
「ミラーカさんと会うのって、決まって夜ばかりだわ」
「私、日の光が苦手なの」
 鍔の広い帽子も、サングラスも、日傘も、日の光を避けるために着用しているものらしい。
 頷いて、エルスはさらに問いを重ねた。
「ミラーカさんの着ているドレス、光沢があって奇麗よね。その光沢って、防水加工のそれじゃないかしら?」
「撥水処理はしているわ。だって泥水でも跳ねて、染みになったらいやでしょう?」
 口元に手をあて、ミラーカはくっくと肩を揺らした。
 エルスの視線は、次にミラーカの胸部へ向かう。
 胸を覆う鋼鉄の軽鎧。ドレスの上から着用するにはあまりにも不似合いだ。
「その鎧は何のために?」
「護身用よ。何かと物騒なんですもの。出会い頭に心臓をひと突き……なんて、そんな風にして命を落としたくないわ」
 なるほど、と。
 エルスはそう呟いた。
 それからエルスは、足元に置いていた木箱をテーブルの上へと持ち上げる。
「それは?」
 今度は、ミラーカが問う番だ。
 エルスは答えを返さずに、箱の蓋を開いて見せた。
 中に納められていたのは、銀の十字架と聖水、白木の杭と白樺の鎚、そしてニンニクを繋いで作ったネックレス。巷で噂の対吸血鬼用討伐セットだ。
「犠牲者の遺留品よ。ねぇ、これ……」
 箱の中から、エルスは1枚の写真を取り出す。
 月明かりの下、テーブルの上に投げ出された写真には白い髪をした美しい女の姿があった。顔の部分には影がかかって容姿ははっきりとしないものの、その輪郭や髪の色、体格などは眼前に座る白い女とよく似ている。
 写真の裏には「吸血鬼・カミーラ」と、荒い筆致でメモ書きがあった。
「正直に答えてほしいのだけど……ミラーカさん。あなた、吸血鬼なのかしら?」
 エルスが問うた。
 その刹那。
 ごうと風が吹き荒れて、ミラーカの姿は瞬く間に消え去った。
 否、彼女は無数の白い蝙蝠に身を化けさせて、エルスの前から飛び去ったのだ。
「っ!? 待ちなさい!」
 月に向かってエルスは吠えた。
 そんな彼女を嘲笑うかのように、夜の闇にミラーカ女史の声が響く。
「いいお友達になれると思ったのだけど……どうやらお別れの時みたい」
 なんて。
 どこか寂しそうな声音で、短い別れの挨拶を述べて。
 蝙蝠たちは夜の闇に溶けるようにして消えた。

●砂漠の吸血鬼
「ミラーカさんは、まだこの街にいるはずよ」
 テーブルに両手を打ち付けて、エルスは告げる。
 エルスの手元、テーブルの上には都合4つの「対吸血鬼用討伐セット」が置かれていた。
 連続殺人事件の被害者たちの遺品である。
 セット内容は、銀の十字架と聖水、白木の杭と白樺の鎚、そしてニンニクを繋いで作ったネックレスの5点だ。
「ミラーカさんが本当に吸血鬼なのかどうかは分からないわ。吸血鬼に似た特徴を持つ……例えば、蝙蝠の獣種である可能性もあると思うの」
 だが、少なくともミラーカが夜を友とし、昼を敵としていることに間違いはないだろう。彼女の装備……日傘と帽子、サングラスに、撥水処理の施されたドレス、胸部を覆う鉄の軽鎧……は、吸血鬼の弱点をカバーするためのものであるように思える。
「ミラーカさんが行方を晦ませたのが数日前……けれど、その後も彼女の目撃情報は得られている。つまり、彼女はまだこの街にいる」
 連続殺人の容疑をかけられてなお、ミラーカが街に留まる理由があるのだろう。
 或いは、街を出られない理由かもしれない。
「ミラーカさんとは、ここ暫くの間、一緒に毎夜、殺人事件の調査をしていたの。危険だわ、と止めたんだけど……ああ見えて、彼女は力が強いのよ」
 特別な戦闘技術は持たないが、異常に優れた聴力と、常人離れした怪力、そして重力を無視するかのような跳躍力を有していた。はじめのうちこそエルスはミラーカの身を案じていたが、2日も経つころには、その必要はないと考えを改めた。
 実際、殺人事件を調査するにあたってミラーカは優秀なパートナーと呼べる存在だっただろう。
 だが、今は違う。
 先日までの頼れるバディは、殺人事件の容疑者となった。
 優れた聴力も、常人離れした怪力も、重力をものともしない強靭な脚力も、敵に回せばなんと厄介なことだろう。
「彼女はおそらく流水の上を渡れない。それから、人に招かれなければ家屋の中にも入れないはず。だから水路の近くや、民家なんかは捜査から外していいと思うわ」
 その上で、重点的に調査すべき区画は大きく分けて3カ所。
 1つは市場。
 1つは歓楽街。
 1つは住人たちの暮らす居住区。
「……対吸血鬼用討伐セットを上手く使えばミラーカさんを弱らせることが出来ると思うわ」
 だが、懸念もある。
 それは、現在もリュンヌ地区に潜んでいるかもしれない犯罪者たち……対吸血鬼用対策セットを持った、吸血鬼ハンターとも呼べる者たちの存在だ。
「吸血鬼ハンターたちに気取られず、ミラーカさんだけを見つけ出すの。そのお手伝いをしてもらいたくて、今日はみんなを呼んだのだけど……頼めるかしら?」
 唇を噛んで、エルスは言った。
 ミラーカが今も無事でいる保証はない。数日ほどとはいえ、共に過ごした彼女の身が心配なのだろう。
 かくしてエルスと仲間たちは、行方不明の吸血鬼(?)ミラーカの捜索に乗り出した。

GMコメント

●ミッション
ミラーカの身柄を確保すること

●ターゲット
・ミラーカ
砂漠の吸血鬼……らしき女性。
リュンヌ地区でここ最近相次いでいる連続殺人事件の容疑者。
白い髪と白い肌。鍔の広い帽子とサングラス、撥水加工を施されたドレス、胸部を覆う鎧を身に付けた女性で、常に日傘を携帯している。
遠くの音まで余さず拾う優れた聴力と、常人離れした怪力、重力を無視した立体機動を可能とする強靭な脚力を有する。
また、自身を無数の白い蝙蝠に変える魔術を行使する。
※ミラーカは流水の上を渡れない。
※ミラーカは招かれなければ家屋の中に入れない。

・吸血鬼ハンターらしき犯罪者たち
対吸血鬼用討伐セットを所有した犯罪者たち。
リュンヌ地区にここ最近、多数が流れ着いている。
彼らがいるからミラーカが街に残っているのか、ミラーカが街にいるから彼らが集まって来たのかは分からない。
彼らがミラーカの居場所を知れば、積極的に討伐に乗り出すことだろう。

●アイテム
・対吸血鬼用対策セット×4
銀の十字架と聖水、白木の杭と白樺の鎚、そしてニンニクを繋いで作ったネックレスの5点セット。
ミラーカを弱体化させることが出来る。

●フィールド
ラサ。ティーネ領、リュンヌ地区。
およその立地は以下を参照。
https://rev1.reversion.jp/territory/area/detail/685
重点的に調査すべき区画は大きく分けて3カ所。
市場。
歓楽街。
住人たちの暮らす居住区。
※その他の設備などに関しては、エルスさんが「ある」と言えばあります。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ティーネ領吸血鬼譚。或いは、ミラーカという女…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年01月30日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シャルロット・D・アヴァローナ(p3p002897)
Legend of Asgar
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
鉱龍神
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
※参加確定済み※
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート
ファニー(p3p010255)
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ

●吸血鬼を追って
 ラサ、ティーネ領。
燦々と降り注ぐ陽光の下、日傘をさして往来を行く美女が1人。名を『Legend of Asgar』シャルロット・D・アヴァローナ(p3p002897)という吸血鬼だ。
「砂漠の日光は辛い。それにこうしておけば、ハンターの方は釣れそうよ?」
 居住区の往来を行くシャルロットは、不躾な視線を感じ口元に薄く笑みを浮かべた。
 現在、ティーネ領には1人の吸血鬼を追って、大勢の吸血鬼ハンターが集っているのだ。

 同じく居住区。
日陰に佇む『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)と、『スケルトンの』ファニー(p3p010255)は地図を片手に、今後の行動方針を話し合っている。
「きゅ、吸血鬼ですって……な、なんというか今までの敵と比べるとシンプルに思えちゃうわね」
「本当に吸血鬼ならな。向こうから出て来てくれりゃ楽なんだが。自分は吸血鬼と知り合いだ……とでも吹聴してまわるか?」
 吸血鬼の活動時間といえば夜と相場は決まっている。
「警戒されたり、怒りを買ったりしないかしら? もし悪い吸血鬼で捕まったらあたしなんか一瞬でチュウチュウ吸われちゃうんだわ……健康的な生活してないから血も美味しくなさそうだけど」
 奈々美の顔色は青い。
 吸血される未来を憂いて、不安と恐怖を感じているのか。
「アンタが血を吸われると決まったわけじゃないだろ?」
「……骨から血を吸う人はいないわ。っていうか、吸血鬼よりも騒ぎにならないかしら」
 ファニーの姿を一言で言うなら“人骨”である。
 歩いて喋るが、骨なのだ。

 ところ変わって市場の片隅。
「奇妙な死体に正体不明な集団に謎の女性か。まさに謎だらけの状況だね」
木箱に積まれた林檎を手に取り、『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はそう言った。隣に立った『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)は硬貨を数枚、商人に手渡し、箱の林檎を一口齧る。
「ミラーカさん……もうハンターなんかに捕まってなきゃいいけれどっ」
 新鮮な果実だ。
 それが流通しているということは、ティーネ領の市場は景気がいいのだろう。
 もっとも、行き交う人の群れを見れば、その程度はすぐに理解できるが。
「市場は様々な方々が出入りする……だからと思ってきてみたけれど。やっぱりどの時間でも人が多いわね。これじゃあ探すのも一苦労だわ!」
 そのせいもあって、人探しには向いていない。

 夕方になれば、歓楽街に火が灯る。
 夜の帳が辺りに落ちれば、人の行き来も増えて来る。
「そういえばこの付近に吸血鬼らしき人物がいるらしいと聞いたよ。白い髪と肌の女性だったかな?」
「あぁ、それなら見かけたよ。白い髪の別嬪さんだろ? 歓楽街の外れの方……ほら、夜間診療院がある辺りさ」
早くに開いた酒場の外、野外テーブルで顔を合わせて『征天鉱龍』ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)と『陰性』回言 世界(p3p007315)が大きな声で話し込む。
 傍から見れば、酔っ払いが噂話に興じている風にしか見えないだろう。
 けれど、そうは思わなかった者たちがいる。
「おいおい、面白そうな話をしてるな! 俺たちにも聞かせてくれよ!」
「店主、この2人に酒を追加だ! 安酒は無しだぜ!」
 それは、黒いコートを纏った2人組の男である。
 2人とも、小さな木箱を下げていて、首にはニンニクを繋げて作ったネックレスをかけていた。

 空に月が浮いていた。
 月明かりに照らされながら、『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が夜を行く。
 ところはティーネ領の外れ。
 夜間診療院の裏手付近だ。
「吸血鬼の真似事……ふふ、死血の魔女はぴったりですよね」
 誰にともなくマリエッタはそう囁いた。
 現在、彼女の髪は白に染まっている。その背丈や、佇まいも含めてエルスが出会ったという吸血鬼、ミラーカなる女性によく似ていた。
 加えて、仲間たちが昼の間に街に流した「白い吸血鬼の噂」もある。
 ガサリ、と茂みが音を立て、マリエッタの周囲を黒コートの男たちが囲む。その手には十字架、それから白木の杭と鎚。
 最近、ラサでよく売れているという“吸血鬼対策セット”である。

●ティーネ領の長い夜
 突然、水をかけられた。
 少量の水だ。シャルロットは……正確には、シャルロットに付き従うシルキーという名の妖精が……日傘を傾け、水を防いだ。
「……雨、じゃないわよね?」
 足を止めたシャルロットは、視線を周囲に巡らせた。
 シャルロットの足元に転がっているのは、水の入っていた瓶だ。
「ちっ! 防がれた! もっと投げろ! ありったけだ!」
「髪は白って話だったろ! 銀じゃねぇか?」
「似たようなもんだ!」
 人の姿は見当たらない。
 けれど、男たちの怒鳴る声ばかりは上下左右から響いて来る。
 次の瞬間、放物線を描いて飛来したのは水の入った小瓶であった。
「あぁ、なるほど……出遅れたら手出しはしないでね、とそういう話じゃなさそうね」
 日傘を畳んで、シャルロットは後ろへ飛んだ。水の飛沫が足を濡らして、シャルロットは鬱陶しそうに顔を顰める。
 直後、鳴り響く銃声。
 シャルロットの肩を弾丸が掠め、白い皮膚に血が滲む。
「私は吸血鬼そのものだし、仲良くする必要はないわねー?」
 シャルロットの手には紅い刀身の剣が一振り。
 次の瞬間、シャルロットの姿が消えた。
 否、夜闇に紛れるようにして銃声の鳴った場所へと駆け込んだのである。
「あ……!?」
 物陰に居たのは、黒いコートを纏った男だ。いかにもならず者といった風貌を見下ろして、シャルロットは口の端に笑みを浮かべた。赤い唇の隙間から、獣のように尖った犬歯が覗いている。
「吸血鬼を無頼の怪物と思っているのなら、1つだけ訂正をさせてもらう。我らの吸血は暴食や蹂躙であってはならない。他の世界に来たなら尚更だ」
 一閃。
 夜闇に紅の軌跡。
 次いで男の野太い悲鳴がティーネ領に響き渡った。

 銀の弾丸を、紙一重で回避する。
 振り下ろされた剣を弾くのは、血を塗り固めたような鋭く長い爪だ。
「相手は吸血鬼だ! 油断すんな! 囲め囲め!」
 男の怒号。
 周囲を囲む吸血鬼ハンターたちが、十字架を掲げて四方を囲む。そんなもの、マリエッタには通用しないが、彼らは一様に得意げな笑みを浮かべているのだ。
「はぁ……逃れられぬ血の沼に沈んでみますか?」
 パチン、と指を弾いて見せた。
 マリエッタの足元に、赤く光る魔法陣が展開される。どろり、と地面から湧くようにして膨大な量の血液が男たちの足を絡めとった。
「あ? こ、こんなことが出来るなんて聞いてねぇ!」
「落ち着け! 近づけねぇなら銃か、投げ斧を使うんだよ!」
 男たちの対応は、思った以上に速かった。
 十字架を片手に持ったまま、手斧や銃を手に構える。そして、それらの武器をマリエッタへと向けて……そこで彼らは、驚いたように目を見開いた。
「殺しはしないさ。それで、後に然るべきところに突き出させてもらう」
 男たちの眼前に並ぶのは、魔力により形成された多種多様な銃火器だ。彼らが得物を振るうより先に、展開された銃火器が火を噴き上げるだろう。
 声の主は、男たちの背後にいた。
 コツコツと足音を響かせながら、月明かりの下に姿を現したのは世界である。
「ミラーカが殺人犯を本当に追ってるならこちらに来る可能性もあるが……さすがに高望みか」
 吸血鬼ハンターたちの敗因は1つ。
 所有している“対吸血鬼用討伐セット”を過信し過ぎていたのである。
 男たちが落とした十字架を手に取って、世界はそれをまじまじと眺めた。なるほど確かに銀を素材とした十字架だが、やはりというか混ぜ物が多い。
 粗悪品だ。そこらの露店で売っている安物のアクセサリーより、幾らか上等といった程度の品である。
「こんなものに信を置いていたとは……呆れるな。いや、これを“効果がある”と信じ込ませた誰かを褒めるべきなのか?」
「一つ気になるのですよ。やけに高い対策セット、そして吸血鬼にしてはいやに意地汚い食事……さて、これを売り出している者が気になりますね」
 世界の手から、粗悪な十字架を受け取ってマリエッタはそう言った。

「一体……何が起きているのかしら?」
 ティーネ領のどこか。
 光の届かぬ暗がりで、ミラーカは空を見上げて呟く。
 先ほどから、時折街に野太い男の悲鳴が響き渡っているのだ。それから、激しい戦闘の音も。
「……あいつはこの街に来ているはずだけれど、この騒ぎの中、見つけられるの?」
 そう呟いて……次の瞬間、ミラーカの姿が掻き消えた。
 バタバタと羽音を鳴らし、夜空に無数の蝙蝠たちが飛んでいく。

 焦っている、と自覚していた。
 ミラーカは空の上にいる。その背後には、風色髪の女の姿。
 7枚の翼と13本の触腕を有する、見たことのない“何か”である。敵意のようなものを感じることは無いが、明確な意思を持ってそれはミラーカを追っている。
「ハンターってわけでもなさそうね。それに……」
 蝙蝠の群れが一ヶ所に集まり、ミラーカは人の姿を取り戻す。
 重力に引かれて、近くの民家の屋根の上へと降りながら、片手を耳に充てて眉間に皺を寄せた。
「むー、練達みたいな無線通信が無いって不便だな。騒ぎに気づいてくれることを願うしかないか」
 ミラーカの優れた聴力は、ェクセレリァスのそんな声を拾っている。
 他にも仲間がいるのだろう。
 そしてェクセレリァスは、その“仲間”をミラーカの元に呼んでいるのだ。
 そのことに気が付いた瞬間、ミラーカは踵を返して拳を握った。
 
 ヴェルグリーズが現場に到着した瞬間、空からェクセレリァスが降って来た。
「っ!? おい、平気か!」
 ェクセレリァスを受け止めて、ヴェルグリーズはその顔を覗き込んだ。頬には痣が、口の端から血を流してはいるものの、意識は失っていないようだ。
 視線を上へ……民家の屋根へ向ければそこには、月を背にした黒いドレスの女の姿。
 ミラーカだ。
「……危害を加えるつもりはない。話を聞きたいだけだからな」
 両手を顔の高さに上げているのは、敵意が無いという表明だ。
 ヴェルグリーズの背後では、ェクセレリァスが体を起こす。
「し、職務上貴女を調べねばならないけど犯人と決め付ける気はないし、まずは対話できないかな?」
 口から血を吐きながらも、彼女は戦意が無いことを告げた。内臓に受けたダメージが大きいのだろう。片手を腹に押し当てて、自身に治療を施している。
 対峙する2人をミラーカは冷たい目で見降ろしていた。
 ギリ、と歯を食いしばり、唸るように彼女は告げる。
「“危害を加えるつもりは無い”、“話を聞きたいだけ”、“道を教えてほしいだけ”……そんな風に近寄って、貴方たちは私の仲間を何人殺めたの?」
 ミラーカの瞳に宿るのは明確な敵意。
 次の瞬間、ミラーカの体は無数の白い蝙蝠に変わる。
 ヴェルグリーズ目掛けて飛翔する蝙蝠の群れ。
「まて! 話を聞きたいだけだ! 今エルス殿の領地で起きている死……」
 ヴェルグリーズが台詞を言い終える前に、人の姿に戻ったミラーカの拳が眼前に迫る。
 咄嗟に平手でミラーカの殴打を弾きながら、ヴェルグリーズは舌打ちを零した。

 夜の闇に身を潜め、骸骨……ファニーは囁くように言葉を吐いた。
「あいつはいま歓楽街にいる。気になるなら向かってみればいい。貴様らに勝機があればだがな?」
 何度目だろう。
 ファニーがそんな風な言葉を口にしたのは。
 夜になって、ファニーと奈々美に接触して来た男たちは既に10人を超えている。全員が似たような恰好をしていて、ニンニクの臭いを漂わせていた。
 吸血鬼ハンターたちはファニーの容姿に驚いた様子を見せながらも、素直に指示に従って歓楽街へ……マリエッタの元へ駆けて行った。
 だが、今回の相手は少しだけ様子が違っている。
「あぁ、いやいや、私は吸血鬼ハンターじゃないんですよ。私は単なる武器商人……どうです、貴方も1つお買い上げになりませんか?」
 灰色のコートに、灰色の長髪。背中に大きな木箱を背負った痩身の男だ。血色の悪い男の顔には無数の傷が刻まれている。
 男が手に持っているのは“対吸血鬼討伐セット”の新品だ。
「……この人、良くないわよ」
 ファニーの背中に体を隠して奈々美はそう囁いた。奈々美の声はファニーにしか届いていないだろう。
「どうです?」
 灰色の武器商人は問うた。
 その口元に笑みが浮く。悪意の滲む嫌な笑みだ。
 奈々美は武器商人から見えないように、片手に魔力を充填させた。万が一、男が敵と判断できれば、一も二もなく魔弾を叩き込む心算だ。
「……悪いが荒事は苦手でね。他を当たってくれ」
「そうですか。そろそろ移動するんで、買うなら今がチャンスだったんですけどね」
 なんて。
 それだけ言って、灰色の商人は立ち去っていく。
 その背が闇に消えたのを確認し、奈々美とファニーは同時に小さな溜め息を零した。
「い、行ったわね……ていうか、十字架やニンニクって本当にミラーカに効くのかしら?」
「さぁな? だが、アイツ……血の臭いがしていたぜ?」
 ともすると、灰色の武器商人こそが連続殺人事件の犯人なのかもしれない。
 そんな可能性を脳裏の隅に思い描いて、ファニーと奈々美は同時に肩を竦めたのである。

●ミラーカの事情
「同胞か獣種の真似事か、あるいは稀だが成った者か?」
 腰の剣に手を触れて、シャルロットはそう言った。
 視線の先には、ヴェルグリーズとェクセレリァスを相手に暴れるミラーカの姿。
「いいえ、アレは……」
 シャルロットを制止しながら、エルスは唇を噛んだ。
 彼女の言葉を引き継いだのは、つい今しがた現場に着いたファニーと奈々美だ。
「アレは魔術だぜ。身体能力を大幅に向上させる魔術と、身体を蝙蝠に変える魔術か?」
「き、吸血鬼に似た特徴は、魔術の代償や制約……かしら?」
 つまり、ミラーカは偽物だ。
 否、偽物という言葉さえも間違っている。彼女は“吸血鬼に仕立て上げられた魔術師”である可能性さえあるのだと、ファニーと奈々美はそう言っているのだ。
「そうなのね。それだけ分かれば、問題ないわ」
 大鎌を手にエルスはそう呟いた。

 ミラーカの殴打を、ヴェルグリーズが受け止めた。
 その手へ向けて、ェクセレリァスが矢を射かける。体を蝙蝠へと変えて、ミラーカは数メートルほど後ろへ跳んだ。
 着地と同時に拳を構え、再び攻勢に出ようとするが……。
「待ってちょうだい」
 その背中へと、エルスが声を投げかける。

 風に吹かれて雲が流れた。
 空には大きく丸い月。
 月の光をその身に浴びて、エルスの髪が黒から赤へと染まっていった。その瞳は黄金のような金色に。髪を掻きあげれば、尖った耳が顕わになった。
 薄く開いた唇の間から、鋭い犬歯が覗いている。
「……エルスさん? その姿は……?」
「私は“本物”の吸血鬼よ、だからどうか警戒を解いて欲しいわ」
 手にした鎌を、エルスはミラーカの足元へと放る。
 それから、携帯していた“対吸血鬼用討伐セット”を足元へ。
 エルスに習ってヴェルグリーズは構えを解いた。ェクセレリァスも、弓を置いて数歩、後ろへと下がる。
「今エルス殿の領地で起きている死亡事件、それにミラーカ殿は関わっているのかな?」
 ミラーカの戦意が多少落ち着いたのを見て、ヴェルグリーズが問いかける。
 ミラーカは警戒を緩めてはいない。
 だが、ミラーカはやっとヴェルグリーズの問いに答えを返した。
「……仲間が大勢殺されたわ。ある日、急に“吸血鬼ハンター”を名乗る連中が村を襲って……遺体まで持ち去って」
 握りしめた拳から、赤い血が滴る。
 怒りと悲しみを、必死で堪えている風にも見える。
「討伐セットなんてガラクタを売り捌いて、仲間の遺体に値段を付けて買い取っている男がいるの。きっと、全部……件の連続殺人事件も、そいつの仕業よ」
 それまで言って、ミラーカはその場に膝を突いた。
 泣き崩れるミラーカに、エルスはゆっくり近づいていく。
「無差別に吸血鬼ばかりをハントするハンターの方が、私は印象悪かったけれどね? あなたはなんとか対抗してくれたんでしょ?」
 ミラーカの肩を抱きしめた。
「……怖かったわね……もう大丈夫よ」
 かくして、エルスはミラーカの身柄を保護することに決めたのだ。
 そして、その日を境にティーネ領での連続殺人事件はすっかり収まったのだった。

成否

成功

MVP

マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

状態異常

ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)[重傷]
鉱龍神
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣

あとがき

お疲れ様です。
ミラーカの身柄は無事に保護されました。
また、吸血鬼騒動を引き起こした犯人像がおぼろげながら見えてきました。
ともすると、いずれどこかで再び何らかの騒動が起きるかもしれませんね。
なにはともあれ依頼は成功となります。

この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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