PandoraPartyProject

シナリオ詳細

老猫の眠る場所

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●老猫の旅立ち
 猫はこの屋敷で育った。
 村から少し離れた、小高い丘の上にぽつんと建つ屋敷。猫のご主人様たちはむかしからここに住んでいたのではなく、男爵である現当主がこの屋敷に一目ぼれして移り住んだそうだ。
 幻想、と呼ばれるこの国の、南方の田舎。
「本当はね、都会に住みたかったの。小さなころからの夢なのよ」
 村で生まれた猫を引きとると言ってくれた女性が、唇を尖らせる。当主の妻だ。
「でも、オーレにも会えたし、いいかな」
 名前を与えてくれたのも彼女だった。
 ときおりおなかを擦るのは、そこに赤子がいるかららしい。生後三週間のオーレは、まだ人間種のことなんてなにも知らなかったが、赤子が大切なものだということは分かった。

 やがて女の子が生まれた。村人からも両親からも祝福され、愛情をたっぷりと注がれて、その子どもは一歳になった。
 オーレは旅に出ることにした。

 理由らしい理由はない。屋敷での生活は幸福で、生まれた子どもはオーレにとっても妹のような、子のような、愛しくて可愛らしい存在で、とにかく毎日が幸せだった。
 あるいは、幸せだったからかもしれない。
 ふと、もっといろんなものを見たいと思ったのだ。一度思ったら、いても立ってもいられなくなったのだ。
 だからオーレは、子どもの頬にキスをして、男爵と婦人にも「にゃあ」と挨拶をして、三人だけの召使に「にゃあ」と屋敷を任せる旨を告げて、その夜のうちに出て行った。

 やがて月日は流れ、猫は方々を回って様々な景色や人間を見て、老いた。
 もう先は長くないとさとり、最期はあの屋敷で迎えたいと思って、少し笑う。旅の最中に知ったのだが、猫とは死の間際、家から離れるものらしい。
「私はこんなにも、家に帰りたいのに」
 歩むオーレの首には小さな布。中には、物陰や道に落ちていた金貨が入っている。猫にその価値は分からないが、きらきらしているからきっといいものなのだ。

●老猫の帰路
「猫さんが住んでいたお屋敷はぼろぼろ、なんと今はご主人様たちではなく、魔物が住んでいたのです!」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が年老いた猫を両腕で抱きしめて言う。
「あ、この猫さんが依頼主さんなのです」
「にゃあ」
「言葉は動物疎通持ちの方に翻訳してもらったのです。依頼料もいただいているのです。そしてここからはボクの調査結果なのです!」
 やや得意気にユリーカが薄い胸を張った。
「猫さんの飼い主さんたちは三週間前に引っ越ししていたのです。魔物たちが住み始めたのはそれからのことなのです」
 つまり、なんらかの被害が出たわけではない。
 魔物たちが村に侵攻すれば大問題になるが、今はまだ住人がいなかった屋敷を荒らして住み着いているだけなので、無害だ。
「にゃお……」
「それでも、猫さんはあの屋敷から魔物を追い払って、あそこで眠りたいと言っているのですぅ」
 最期に飼い主たちの顔を見たい。だがそれ以上に、幸福に満ちていたあの場所が魔物に荒らされていることが我慢ならない、という思いが強かった。
 老猫は楽園のようだった屋敷で眠ることで、幸せな夢を永遠に見たいのだ。
「猫さんのお願いを、叶えてあげてほしいのです!」
 カフェオーレに似た毛色の猫は、特異運命座標たちに「にゃあ」と鳴く。よろしくお願いしますと言っているようだった。

GMコメント

 はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 そこはもう、打ち捨てられた場所ではあるけれど。
 猫にとっては、帰るべき場所なのです。

●目標
 屋敷を占拠している小鬼、およびボスであるルビカンテの討伐。
 現状、小鬼やルビカンテに退去の意思はないようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 屋敷に到着するのは昼頃です。

 前庭…荒れ果てた庭。石畳は砕かれ、ぼろぼろになった噴水には濁った水が溜まっている。
 エントランス…吹き抜けの高い天井があるエントランス。広々としているが、床も壁もぼろぼろ。
 地下食糧庫前…一階の厨房から行ける。厨房から地下に向かう扉は破壊されており、食糧庫までは細長い廊下になっている。見張りの小鬼との戦闘の際にはご注意を。
 地下食糧庫の頑丈な扉は健在であるため、この細長い廊下で戦闘してもルビカンテが乱入してくることはない。
 地下食糧庫…引っ越しの際に置いて行かれた保存食や酒類はルビカンテがほぼ食い荒らした。
 天井までは四メートルほど。戦闘は十分に可能な広々とした空間。いくつもの棚がなぎ倒され破壊されている。

●小鬼
 屋敷を占拠した敵性生物。
 下腹部が突き出ているが、手足は枯れ木のように細い。人間種の子供に似た見た目で緑色の肌を持つ。身長一メートル。問答無用で襲ってくる。
 計十二体いるが、いずれも強力な個体ではない。

配置
 前庭に四体(弓×二、剣×二)
 エントランスに五体(魔術師×一、弓×二、剣×二)
 地下食糧庫前に三体(弓×二、剣×一)

攻撃
 剣持ち…格闘(物・至・単)剣で斬りかかってくる。
 弓持ち…射撃(物・遠・単)弓を射る。
 魔術師…呪術(神・中・単)呪殺になる可能性がある。

●ルビカンテ
 小鬼たちのボス。地下の食糧庫で食料を貪っている。
 筋骨隆々の人間種の男性の体に、悪鬼の顔、蝙蝠の翼を持つ。全体的に黒い。身長二メートル。
 地下は天井が低いので飛行できない。
 武器は身の丈とほぼ同じ長さの二股の槍。とても言葉が通じるようには見えない。

攻撃
 突き(物・近・単)…槍で突く。
 薙ぎ払い(物・近・扇)…二メートルの槍を振る。
 深呼吸(物・自・単)…体力をわずかに回復。
 
●その他
 オーレは戦闘中、姿を消しています。
 戦闘後、屋敷の中を探すと、二階の主寝室で丸くなって眠るように息絶えています。

 小鬼やルビカンテを討伐したところで、老猫の飼い主やその子孫が、この朽ちた屋敷に帰ってくる可能性は低いかもしれません。
 しばらくして、別の魔物が屋敷に住み着くだけかもしれません。
 そうだとしても、今は一匹の猫の、安らかな眠りのために。

 よろしくお願いします。

  • 老猫の眠る場所完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年09月20日 21時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

如月 ユウ(p3p000205)
浄謐たるセルリアン・ブルー
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
ヨルムンガンド(p3p002370)
暴食の守護竜
シャーロット・ホワイト(p3p006207)
天使(こあくま)
クラウジア=ジュエリア=ペトロヴァー(p3p006508)
宝石の魔女
ラルフ=オーガン(p3p006584)
人狼器官

リプレイ

●突入前
「さて猫……、オーレじゃったか。これより儂らは屋敷に突入するわけじゃが、なにか言いたいことはあるかの?」
 門が見える位置に立つ木の陰で、『宝石の魔女』クラウジア=ジュエリア=ペトロヴァー(p3p006508)は問う。
 依頼主であるオーレを腕に抱く『鳥篭の君』シャーロット・ホワイト(p3p006207)は、カフェオーレに似た毛色の老いた猫を見下ろした。
「なんでもおっしゃってくださいね」
「にゃお」
「胸が痛い……。そうだな。ここはオーレが、その家族が、住む場所だったんだ」
 動物疎通の能力でオーレの言葉を訳した『ゴールデンフィッシャー』ヨルムンガンド(p3p002370)が、痛ましさを瞳の奥に浮かべて荒廃した屋敷を見る。
 荒れ果てた前庭に、小鬼たちがいるのが見えた。中にはさらに多数いる。これらの小鬼たちを統率している個体の報告も上がっていた。
「帰る場所……、思い出の場所、かぁ」
 記憶を失っている『人狼器官』ラルフ=オーガン(p3p006584)は、目を細めた。彼にそう言った場所の思い出はない。だが、そう願える場所がある、ということは幸せで、きっと素敵なことだ。
「オーレさん、お気に入りの場所とかってあるっすか? オーレさんの話、いろいろ聞いてみたいっす!」
「にゃあ」
「主寝室っすか。なるほどなるほど」
 ふむふむ、と動物疎通の力でオーレと会話した『他造宝石』ジル・チタニイット(p3p000943)はしきりに頷く。
「ご主人様たちと一番、一緒にいた場所、なのかな?」
「にゃあ」
「そうじゃと言うておるな」
『空歌う笛の音』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)の問いにオーレが返し、ウィッチクラフトで猫の言葉を把握したクラウジアが首肯する。
「本当に大切な場所だと、オーレさんのお顔を見れば分かります。それがこの有様では……、いけませんね」
 きゅっと眉を寄せた『ほのあかり』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)に『浄謐たるセルリアン・ブルー』如月 ユウ(p3p000205)が同意を示した。
「わざわざ廃墟を棲み処に選んだ相手には悪いけど、ご退場願うわ」
「オーレさん、戦いの間は安全なところにいてくださいね」
「にゃあ」
 応じたオーレを、シャーロットは名残惜しく離す。
「保護結界、張るぞ!」
 ヨルムンガンドは廃墟同然の屋敷全体に保護結界を用いる。これ以上、笑顔にあふれていた思い出の場所が、汚されてしまわないように。
「行こう」
 戦いを苦手とするラルフが、かすかな頭痛を押し殺して一歩踏み出す。気を引き締めた一同は、木陰から門内へと突入した。

●前哨戦
 子どものように小柄な体躯に、突き出た腹。荒れた石畳をためらいなく踏む素足と、盗品なのか使い古した得物を携える腕は枯れ木のように細い。肌は苔のような緑。
「キイイ!」
 前庭にいた四体の小鬼が、侵入者に反応して甲高い声を上げる。
「ここで苦戦するわけにはいきません」
 祈るようにクラリーチェが目を伏せた。直後、固まっていた四体の小鬼が有毒ガスの霧に包まれる。
「ギイイッ!」
 苦しみながらも一体の剣持ちが霧の中を抜けてきた。
「私が相手だ……!」
 地を蹴ったヨルムンガンドの腕が変形する。巨大で禍々しい竜の腕が、小鬼の武器ごとその胴体を打ち払った。
「一体ずつ、確実に倒すわよ」
 まだ事切れていなかった小鬼に、ユウが遠術を放つ。
「弓使いは引き受けたっす!」
「オイラも!」
 霧が薄れ、ふらつきながらも弓使いの小鬼が矢をつがえる。そこにジルがSPOを投げ、アクセルが魔弾を放った。瞬き一回の間もおかず、ラルフが射撃を開始する。
「通してもらうよ」
「退いてください!」
 続けてシャーロットがマジックフラワーを炸裂させた。
「はぁっ!」
 背後にいる仲間たちの援護を受けながら、ヨルムンガンドが疾駆し、最後の小鬼を片腕で薙いだ。
「甘いぞ」
 最初に倒したと思われた小鬼が力を振り絞って立ち上がり、土煙に紛れてヨルムンガンドの背後をとろうとする。悠然とクラウジアがマギシュートをきめた。
「ここは余裕じゃの」
「突入するぞ!」
 ひとまずは、無傷で。
 一同は小鬼の巣窟となった屋敷に入る。

「ギイイイ!」
「弓使い、剣使いに、あれは魔術使い!?」
 悲鳴じみた声を上げながら、アクセルは迷うことなく杖を持った小鬼に魔弾を打ちこんだ。
「厄介ね!」
 なにかされてはこちらが不利に陥る。ユウは眉根を寄せ、遠術を使用する。ヨルムンガンドも魔術使いに接近しようとしたが、二体の剣使いに阻まれてしまった。
「く……っ!」
「させないよ」
 前衛の彼女を邪魔だと判断する知能はあったのか、二体の弓使いが矢先をヨルムンガンドに向ける。その一体をラルフが撃った。
「さて、儂が攻撃する余裕があるとは。ずいぶんうまくいっておるもんじゃな?」
 別の一体には、クラウジアがマギシュートを放つ。
「庭にいた連中よりしぶといのう」
「オーレさん、ご無事でしょうか……っ」
 扉をちらりと見たシャーロットは、すぐに正面の弓使いに意識を戻した。
「今日の調合は、痛さちょいマシっすよ!」
 ばしん、とジルがSPOを魔術使いに投げつける。
「退散していただきますね」
 猛毒に肉体を苛まれる面倒な小鬼に、ミスティックロアで魔力を増幅させたクラリーチェの魔力放出が襲いかかった。

 先ほどに比べればやや苦戦したが、重傷を負うほどのものではない。最前線で敵を食いとめていたヨルムンガンドの軽傷を念のため癒し、一同は食糧庫に向かうことにした。
「オーレ、どこにいるのかしら」
 ぽつりとユウが呟く。
「安全なところで、じっとしておるとは思うがのう」
「アクセル君。さすがにそのあたりにオーレはいないと思うよ」
「違う違う。肖像画とか写真とか、残ってないかなって」
 エントランスを見回していたアクセルは、ラルフに首を振る。
「……そうね。オーレはもう……」
 死んでしまうから、と言えなくて、ユウは目をそらした。
 オーレは死後、この屋敷のどこかに埋葬する、ということになっている。死体を放置すれば、魔物や野生動物に食われたり、よからぬことを考える何者かに持って行かれたりする可能性があるためだ。
「一緒に埋めるもの……。探してあげたいですね」
「はい。オーレさんもきっと、お喜びになられるでしょう」
「賛成っす」
 シャーロットとクラリーチェが悲しみをこらえて頷き、ジルも大きく首を縦に振った。
「私も賛成だ。メカ子ロリババア、なにか探してきてくれ。あと、できればオーレの無事も確認してほしい」
 持参したメカ子ロリババアをヨルムンガンドが起動する。
 ゆっくりと動き始めたロボットをしばし見つめていた一同は誰からともなく立ち上がり、厨房に向かった。

 食糧庫は、この先だ。
「暗いな」
「ちょーっと待ってくださいっす。……よし、これで見えるっすよ」
 サバイバーゴーグルを装着したジルが、食糧庫に続く扉の先を見る。階段が下に続いていた。それほど長くはない。
 前衛のヨルムンガンドを伴い、二人で降りて行く。他の面々は荒れ果てた厨房でひとまず待機だ。
 階段の先には長い廊下が続いている。突きありの一部だけがぼんやり明るいのは、食糧庫の明かりが漏れているためだろう。
「いくっすよ」
「いつでもいいぞ」
 ジルとヨルムンガンドが前後を入れ替える。ジルがPSOを投擲。
 食糧庫の扉を守っていた弓使いの小鬼が即座に反応、反撃してくる。飛来する矢をヨルムンガンドが竜の腕で受けた。
 二人は身を翻し、見張りの小鬼たちを厨房に誘導する。

「きたきた!」
 転びそうな勢いで走ってきたジルとヨルムンガンドをかわし、アクセルは二人の仲間を背にかばい、見えてきた小鬼に魔弾を直撃させる。
「すぐに癒すわ」
「頼む……!」
 背に矢が数本刺さっているヨルムンガンドが、痛みに奥歯を噛みながら膝をついた。ユウがメガ・ヒールを使用する。
「弓使いが二体、剣使いが一体っす!」
「そこでつまっていてもらうよ」
「私たちはその奥に用があるのです」
 息を切らしながらジルが報告した。魔弾のダメージを受けつつも、入り口から出てこようとした剣使いにラルフが射撃。クラリーチェがヴェノムクラウドを使用する。
「だめです……!」
「見すごしてもらえると思うたかー?」
 瀕死の剣使いにあたる可能性も考慮せず、弓使いが矢をつがえる。シャーロットのマジックフラワーとクラウジアのマギシュートが、弓の射出を阻止した。
 中衛と後衛たちの斉射により、なすすべもなく三体の小鬼が倒れる。

 地下の食糧庫の前にたどり着く。暗闇で足を滑らせるものは、幸いいなかった。
「開けるぞ」
 静かなクラウジアの言葉。一同は頷く。
 ばん、と開扉。ルビカンテの威容を詳細に確認する刹那さえ惜しんで、ヨルムンガンドが突撃する。他の面々も思ったよりも広い食糧庫に入り、展開した。
「竜が……、私が、死に場所を守ってほしいと、最期の願いを頼まれたんだ。この場所でこれ以上の狼藉を働けると思うなよ?」
「オオオオオ!」
 接近した竜と得物を向けてくる者たちに、長槍を持つ魔物は吼える。

 簡単に勝てるとは思っていなかった。小鬼たちは弱かったが、なにせ眼前に立つのは悪鬼の顔に蝙蝠の翼をもつ魔物だ。天井の低さから飛行は困難といっても、強いことは一目でわかる。
「かは……っ」
 吐き出す空気に血が混じっていた。二股の槍の片側が、ヨルムンガンドの脇腹を貫いている。
 注意を自分に向けて、できるだけ抑えこんで。他の仲間たちに攻撃を担ってもらう、という作戦は、決して無効でも無謀でもない。
 ただ、相手が強い。攻撃は命中し、ダメージは蓄積しているはずなのに、隙を見ては槍を振るってくる。ときには移動して仲間を狙おうとする。
「ヨル!」
 呼んだのは、誰だろう。
 途切れかけた意識をかき集めた。間近で嗤う死の概念を引き裂く。
「大切な場所を、守る、竜を……っ、簡単に倒せるとは、思わんことだなぁ!」
 気づけばついていた片膝を、割れた床から引き剥がして、竜は叫んだ。

 息が上がる。中衛にいるから大丈夫、なんてことは全然ない。
「小鬼がおらんことだけが救いじゃのう」
「そうですね……っ」
 軽口を叩くクラウジアも負傷していた。シャーロットは彼女にライトヒールをかける。
 ルビカンテは近距離で槍を振ることを好む。しかし、ヨルムンガンドの隙をついては中衛や後衛を襲うのだ。安心はできない。気も抜けない。
 だって、ほら。
「ぐ……っ」
「あ……っ」
 ダン、と床の石材を粉砕して踏みこんできたルビカンテの槍が二人を襲う。ヨルムンガンドが動いたが、一歩遅い。
「オオオオオ!」
 二メートルを超える二股の槍が二人を打ち据える。
 ダメージが蓄積しているのは、ルビカンテだけではない。戦いが長引くことは十分に考えられるのだ、特異運命座標たち、特に回復の術を持つ者たちは、安易に能力を使えない。
 そこを、文字通り突かれる。だが。
「このお屋敷は、オーレさんにとって大切な場所なんです。あなたの好きにはさせません!」
「退去してもらうぞ」
 どれほど困難でも、負けるつもりなどなかった。

 ルビカンテが跳躍してくる。ラルフは慌てず騒がず、ライフルの銃身を持って格闘を仕掛ける。
「ライフルの使い方は覚えてたけど、こっちは、体が覚えてる。っていうのかな、これ」
「このっ!」
 横からアクセルのマジックミサイル。ルビカンテの気がそちらに向けられた瞬間に、ラルフは数歩後退して精密射撃の姿勢に入る。
「ご飯中にごめんね。これも仕事な……っ」
「ラルフさん!」
 ジルの悲鳴じみた声。急旋回したルビカンテの槍が、ラルフの腹部を貫いていた。涙目になったアクセルのマジックミサイルを受け、敵は再び跳躍。他の特異運命座標たちを襲う。
 はぁ、とラルフは息をついた。
 記憶がなくても、帰る場所があるのは素敵なことだと、思う。とり戻してあげたいと思う。死んでなんていられない。
「回復するっす! 踏ん張ってくださいっす!」
「ありがとう、頑張るよ」
 救急セットを惜しげもなく使ったジルが、さらにPSDを用いて治癒を施す。
 傷が癒えていくのを感じながら、ラルフは今度こそ精密射撃を放った。
「ああ、それと。ヒトの家に勝手に入って食べるのは、泥棒だよ。奪うなら、奪われる覚悟もしなきゃいけない」

 ルビカンテと小鬼は、住処として廃墟を選んだ。考慮の末なのか、それとも偶然なのか。あるいは、単に食糧庫の食べ物が目的だったのか。
 なんであれ、帰りたいと思う者がいる限り、看過はできない。
「しっかりして、クラリーチェ」
 メガ・ヒールの柔らかな光がクラリーチェを包む。
「ありがとうございます、ユウさん。もう大丈夫です」
 跳躍してきたルビカンテは二人を襲った。ユウはすんでのところで回避したが、クラリーチェは刺突を食らったのだ。
「ここは、貴方がいていい場所ではありません」
 魔的な力を、純粋な破壊力に昇華していく。
「申しわけないですが、討伐させていただきますね」
 魔力放出。反応したルビカンテの目に、クラリーチェが移る。その足元が、凍りついた。
「何度も近づかせないわよ」
 ユウのフロストチェインだ。氷の鎖が敵の足を凍らせる。

「あと少しのはずです!」
 シャーロットが言葉とともに咲かせた、鮮やかな火花がルビカンテを襲う。一斉攻撃を受け、ルビカンテはよろめいた。
「はぁぁっ!」
 メガ・ヒールにより回復したヨルムンガンドがアウトレイジブレイクを放つ。強烈な連撃に、いよいよ魔物は立っていられなくなる。
「おしまいだよ!」
 アクセルのマジックミサイルに、ラルフの精密射撃。シャーロットとクラリーチェの魔力放出にユウの遠術、ジルのPSOとクラウジアのマギシュート。
 攻撃がやむ。音が途切れる。
「オ、オ……」
 ぐらりと魔物の体が傾き、倒れた。

●久遠の眠り
 厨房から出たところで、メカ子ロリババアとはちあわせた。
「なにか見つけたのか?」
 頷くように首を縦に振ったメカ子ロリババアが歩行を開始する。傷は癒えたとはいえ、痛む体を叱咤して、それぞれ後を追った。

 たどり着いたのは、二階の主寝室だ。移動の間、アクセルは老猫とともに埋葬するものを探していたが、やはり綺麗な状態で存在しているものはなかった。

「オーレ……」
 扉を開いたヨルムンガンドの後ろで、ユウが呆然と呟いてから、唇を少し噛んだ。こうなることは分かっていたのだ。
 彼女たちの役目は、老猫の死に場所を確保すること。永遠の眠りを、この屋敷で迎えさせてやること。
「オーレさん、眠っているように見えますね……。安心してくれたのなら、よかった」
 出会ったばかりの猫との別れを悲しみながら、シャーロットが呟く。部屋に入ったヨルムンガンドは、ベッドで丸くなり、眠るように目を閉じた猫に触れた。
 冷たく、かたい。
「もっとお話し、したかったっす」
 ジルの声には涙が宿る。
「あった!」
 動かせなかった家具も壁紙も、裂かれたり齧りとられたりしている主寝室で、アクセルが明るい声を上げた。這いつくばっていた彼が、クローゼットの下を指す。
「動かそう」
 真っ先にラルフが動いた。
 下にあるものを傷つけないよう、中身のないクローゼットを動かす。
「写真か」
「オーレさんのご主人様たちと、三人のお手伝いさん……、女性の腕に抱かれているのは、生まれたばかりのお子さんでしょうか?」
「それに、オーレ。子が生まれた際の記念写真じゃろうな」
 覗きこんだクラウジアとクラリーチェが、掠れた写真に写る人物を特定していく。
「私にも見せて。……オーレが座っている枕、これじゃない?」
 目の端の涙をひそかに拭ったユウが、写真を受けとり、ベッドの枕を指す。引き裂かれ、羽毛が飛び出ているが、写真の中のオーレが澄まし顔で座っている枕と同じに見えた。
「シャーロットさん、救急箱、持ってたっすよね?」
「え? はい」
「包帯を貸してほしいっす! 僕、使い切っちゃってるっす」
 目を輝かせるジルに、きょとんとしながらシャーロットは包帯を手渡す。ジルはしゅるしゅると包帯で枕の損傷を隠し、最後に容易に解けないよう、しっかり結んだ。
「完成っす!」
「素敵な案ですね」
 微笑んだクラリーチェが、補修した枕にオーレの亡骸をそっとのせる。

 相談しあった結果、老猫は前庭の一角に埋めることにした。一番日当たりがよくて、屋敷に入った者の目につきやすい場所だ。
 まずはそこをざっと片づける。穴はラルフが中心になって掘った。
「あなたの旅路が、幸多きものでありますように」
 枕と写真とともに埋葬したオーレに、聖職者であるクラリーチェが祈りを捧げる。
「寂しくはないといいっすね」
「きっと……、安らかに眠ってくれるよ」
 祈りの形に手をあわせたジルに、ヨルムンガンドがかすかに震える声で言った。
「最期に飼い主らに会えなかったのは心残りじゃろうが……。せめて、安らかに眠ってほしいのう」
 ひっそりと庭の隅に咲いていた花を、クラウジアは墓に添える。
「はい……。あの、飼い主さんに連絡をとって、会いにきていただきませんか?」
「そうね。もしかしたら、ずっとオーレのこと、探してるかもしれないし。……最後の思いも、伝えてあげたい」
 三週間前に引っ越した、ということは分かっているのだ。もっと調べれば、飼い主たちの引っ越し先も判明するだろう。
「じゃあ、その前に掃除だな!」
 明るく振舞ったヨルムンガンドに、各々が首を縦に振った。
「墓も囲っておこう。オーレの墓だって、もっと分かるように」
 散らばっていた板材などを用い、ラルフは手早く柵を作る。少ない材料で作った墓の見目が、少しだけそれらしくなった。
「血なまぐさいのをそのままにはできないっすね。魔物の死体は排除っす!」
「食糧庫の食べ残しも掃除しましょう。魔物を呼んでしまうかもしれませんから」
「もうひと踏ん張りじゃな!」
「修繕もできる限りしたいわね」
「工具が欲しいところだな」
「全部終わったら、オイラ、村のヒトたちに魔物を倒したってこと、広めるよ。安心して屋敷まできて、オーレに会ってあげてねって」
「オーレさんが帰ってきたと、早く飼い主さんたちにお伝えしたいですね」
 口々に言いないながら、特異運命座標たちは屋敷に戻って行く。まずは小鬼やルビカンテの死体の処理からだ。
 最後尾にいたラルフは、老猫が眠る墓を振り返る。
「さようなら。おやすみ、オーレ」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした。

 このあと飼い主さんにお手紙を出したところ、すぐにご一家でこの屋敷を訪れ、オーレの帰りを喜び、永遠の眠りを悼んでおられました。
 特に奥様は、ぼろぼろと涙を流して、何度もオーレのことを呼んでおられました。

 屋敷は飼い主さんたちが別荘として管理することになりました。もう、魔物をすませないために。
 近くの村の方々も、ときどき屋敷を訪れては修繕を手伝ったり、くつろいだり、オーレの墓に花を手向けたりしておられるようです。

 老猫の願いを叶えてくださり、本当にありがとうございました!

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