PandoraPartyProject

シナリオ詳細

胎児の視た夢の続き。或いは、肉教団とオラボナ=ヒールド=テゴス…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●胎児の視た夢
 “人”の胎児は母の胎内にいる十数カ月の間に、決まって“1つ”の夢を見ている。
 その夢は胎児自身が主役を演じる「進化の軌跡」とも題すべき、この星の誕生から今に至るまでの数億年、或いは数百億年の歴史を綴る長編小説のようなものである。
 つまりは胎児は、この世の始まり……一体いつからを“この世の始まり”と定義するのかに置いては議論の余地が残る……から、今に至るまでの全てを知っているということになる。例えば、既に滅んだ動植物の姿や生態、またそれらを滅ぼすに至った天変地異的な気象現象、既に失われた景観に至るまでの全てだ。
 胎児は自身の記憶に従い、たった1つの細胞から胎児の形を成すまでに決まって同じ順序で、同じ過程を辿る。けれど、ある段階から……母の胎内で悪い夢を見るようになった段階から、胎児は外へと出ようとするのだ。これが出産と呼ばれる行為であり、なぜ胎内から外へ出たがるのかというと、それは母親の心が分かって怖ろしいからとされている。
 或いは、胎内それ自体が恐ろしいのだ。
 暗闇の中、周囲を包み込むのは肉の壁ばかり。そのような光景を目にする機会など、生まれてから死ぬまでの間に、きっと1度たりともあるはずがない。ましてや、人はそれを覚えていない。私も、君も、誰だって。
「Nyuhahaha!!! だというのに、この世界には胎内記憶を記した物が遺っているというのだから驚きだ! かの魔術書『幼蛆の秘密』に宗教研究論文『外道祭祀書』などがその最たるものだろう! 胎児のころの記憶に従い、著者たちはこのラサを目指したのだそうだよ! Nyuhahahahahaha!!!」
 蒼い髪に小柄な体躯。白衣を纏った少女のような、けれど危うい気配を纏う彼女の名前はマッド・クレイジー・ウェスト。『肉の増殖こそが世界平和に繋がる』と天啓を得たマッドサイエンティストであり「世界が『にく』に塗れる事こそが世界平和の第一歩」だと信じて疑わぬ組織『肉教団』の一員である。
 ウェストが見下ろす先には、黄色と黒に変色した断崖……否、砂漠の真ん中にポカリと大きな口を開けた大穴である……があった。大穴の底は真っ暗な闇に包まれており、様子を窺うことが出来ない。だが、闇の中に、時折だが星の煌めきのような“何か”が窺えた。
「私たちは最初からこの場所を知っていたはずなのに。この場所に還りたかったはずなのに。ずっと忘れてしまっていたのね」
「いかにも! “胎児”と“夢”の関係は不可思議なものだ。そして、その不可思議を解明する鍵がどうして今日まで見つかっていないのか。けれど、私たちは思い出した! 古き書物をこの目にして、脳髄に直接知識を注入されたことにより、私たちは思い出した! “脳髄は物を考えるところ”ではなく、むしろ“物を考える脳髄”こそが人を個として成立させる不可欠要素にして、『にく』の増殖を拒ませているのだ! 争いが無くならないのも、人と人が争うのも、愛されぬまま死に行く子がいるのも、何もかも“考える脳髄”のせいだ! さぁ、では私たちはどうする? 諸君、私たちはどうするべきだ! どう思うかね――君!」
 ――と呼ばれた白衣の女性は、恍惚とした笑みを浮かべて1歩、大穴へ近づいた。
 それから彼女は、何の躊躇もしないまま大穴の底へ身を躍らせる。
「Nyuhahaha!!!」
 夜空に響く笑い声。
 ウェストは落ちていく――を見送ると、ポケットから“黄色いバッヂ”のようなものを取り出した。それを胸に取りつけると、彼女もまた大穴へ向かって身を躍らせる。
 かくして『肉教団』のマッド・クレイジー・ウェストおよび――は、大穴の底へと跳び込んだ。

●滅びへ向かう傾斜
「Nyahahahahahahahaha!!! 知らねば平穏無事で過ごせたものを知ってしまったからこそ滅びが加速するというのに! 穴の底にあるのは増殖する肉の湖! 緩やかな傾斜を下って行った先にあるのは、今も眠る“何か”であるというのに! アァ、救えない“考える脳髄”なんて持ってしまったばかりに! 『にく』に塗れた末に待つのが何かも知らないくせに!」
 砂漠のどこかでオラボナ=ヒールド=テゴス (p3p000569)は笑う。
 向かう先にあるのは地上に空いた大穴。どうやら、穴の底には膨大な量の“肉”が蠢く泉が存在しているらしい。傾斜を下った先にある“肉”の蠢く泉には“何か”良くないものが眠っているようで……オラボナを始めとしたイレギュラーズは、先行したウェストおよび――より先に、泉に辿り着かねばならないのだという。
「肉の蠢く右も左も分からん傾斜だが心配はいらない! なぜなら誰もがあの場所よりこの世界へ生まれ落ちたのだから、進むべき先は誰だって知っている! 思い出していないだけなのだ! さて、ところで思い出した結果がどうなるかは保証できない! 貴様も、私も、何者さえも!」
 肉の蠢く地下空間の歩き方は、誰にでも理解できる……オラボナ曰く、誰もが“はじめから知っている”のだという。つまり、道に迷う心配はないということだ。もっとも、思い出すことを選択すれば解除の出来ない【狂気】に苛まれるだろう。
 果たして、そのような状態でまともに他者へ意思を伝えることが可能となるのだろうか。
「そうだ、そうだ、そうだった! 貴様らも知っているだろう? 肉の泉には、蝙蝠の羽を生やした怪物たちが飛んでいたことを! 人の肉では耐えきれぬほどの速度で飛ぶので、せいぜい捕まらないように! もっとも、試しに1度、捕まってみるのも楽しいかもしれないが! グルグルアイランドにも、似たようなジェットコースターがあったな、Nyahahahahahahahaha!!!」
 オラボナの言う奇妙な怪物は、蝙蝠の翼で空を舞い、人を掴んで飛び去るという。【飛】【ブレイク】【混乱】の状態異常を気にしないのであれば、一気に移動距離を稼げるかもしれない。
 オラボナの後ろに続くイレギュラーズは、オラボナの言葉を以上のように解釈した。それなりに難解なセリフ回しではあるが、数日間も一緒にいるのだ。オラボナが何を伝えないのかは、問題なく理解できていた。
「さぁ、覚悟はいいか? 今や眠るかの“王”がそろそろ目を覚ますころだな! そうなればきっと抗えない! なに、心配はいらない! 奴の手にした王の“印”を回収して、地上に逃げればいいだけだ! 泉に飛び込めば、地上に還れることは自明の理であろう! もっとも胎内回帰であれば、地上に戻った貴様たちが、今日までと同じである保証などないわけだが! それも一興と笑うがいい!」
 地下深くに眠る“何か”が目を覚ませば、肉の泉は増殖を再開するという。また、“何か”の目覚めにより【BS無効】が機能しなくなるのだそうだ。
 肉の泉の増殖が世界を飲み込む前に“何か”を再び眠らせる必要がある。“印”と呼ばれるそれを回収して逃げろ……と、オラボナは言うが、果たしてそれはウェストの持っていたバッヂで間違いないのだろうか。
 それを奪って、泉に飛び込み地上へ帰還すればいい。
 任務の内容としては単純明快なものである。
「それからそうだ! 連中の持っている『幼蛆の秘密』や『外道祭祀書』も奪ってみるか? 胎内で見た夢を思い出さなくとも、肉の泉の歩き方が分かるかも知れない!」
 『幼蛆の秘密』と『外道祭祀書』。
 ウェストと――の所有する本だ。彼女たちは、その本を手に入れたことにより、ラサの大穴への行き方を知った。当然、本には大穴の様子も記されているため、手に入れることが敵えば探索も楽になるだろう。
 だが、マッド・クレイジー・ウェストは謎薬品で自身の肉を活性化させた力任せの攻撃や防御を、――は戦闘能力こそ持たないものの、あらゆる非戦スキルを駆使する手練れである。交戦せずに隙を突いて“印”や本を奪えればそれで良し。
 交戦が必要となった場合も、容易に逃げ切れるとは限らない。
「楽しくなってきたな! 貴様らと私と、肉教団の彼女たちとで楽しい楽しいピクニックだ! Nyahahahahahahahaha!!!」
 砂漠の夜に、オラボナの哄笑が響き渡った。
【暗転】

GMコメント

●ミッション
“印”(※黄色いバッヂのようなもの)を回収し、肉の泉から脱出する。

●ターゲット
・邪教徒『マッド・クレイジー・ウェスト』
https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=932542
肉教団の一員。
肉がとっても大好きなマッドサイエンティスト。『にく』を全存在に植え付けたら【世界は平和に成るに違いない】と考えている。『にく』とはつまり、オラボナ=ヒールド=テゴスの肉である。
“印”、書籍『幼蛆の秘密』、書籍『外道祭祀書』のいずれかを所持している。

・邪教徒『――』
https://rev1.reversion.jp/guild/1/thread/4058?id=1052786
肉教団の一員。
元イレギュラーズだが、失踪後に肉教団に加盟した。
『非戦』に特化した探索者であり、あらゆる非戦スキルを使いこなす。
“印”、書籍『幼蛆の秘密』、書籍『外道祭祀書』のいずれかを所持している。

・肉の泉に眠る何か
オラボナは“王”と呼称していた。
肉の泉に眠っているが、“印”に呼応し目を覚ます。
目覚めることで【BS無効】が機能しなくなる。
“印”によって目覚めるらしい。“印”が持ち去られると、再び眠りにつく。ぐっすりいつまでも眠っていてほしい。

・奇妙な怪物×沢山
その辺に沢山飛んでいる。
蝙蝠の翼で空を舞い、人を掴んで飛び去るという。
【飛】【ブレイク】【混乱】を付与する。
リスクは伴うが、移動速度が速いため上手く使えば移動時間を短縮できるかもしれない。

●その他
・記憶を思い出す:解除の出来ない、抵抗できない【狂気】が付与される代わりに肉の泉の歩き方を思い出すことができる。代償として依頼中、他者との意思の疎通が困難となる。

・王の目覚め:肉の泉に眠る何かが目を覚ますと【BS無効】系統のスキルが機能しなくなる。

・“印”:キーアイテム。“王”はこれに反応して目を覚ます。
・書籍『幼蛆の秘密』:肉の泉について記された書物。記憶を思い出さずとも、泉中心部へのルートが分かるかもしれない。
・書籍『外道祭祀書』:肉の泉について記された書物。記憶を思い出さずとも、泉中心部へのルートが分かるかもしれない。

●フィールド
ラサのどこか。
地上に空いた黄と黒の大穴を降りた先。
肉で出来た傾斜のような場所。通称は肉の泉。
泉の中央には何かが眠っている。
視界を遮るものはないが、どうやら目に見えるもの全てが真実ではないようだ。蠢いているので泉中央の場所は変動する。闇雲に歩き回るか、何らかの対策を練って歩き回るか、正しいルートを知るための方法を工面する必要がある。
泉中央に飛び込めば地上に帰還できる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 胎児の視た夢の続き。或いは、肉教団とオラボナ=ヒールド=テゴス…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年12月31日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
※参加確定済み※
武器商人(p3p001107)
闇之雲
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
沁入 礼拝(p3p005251)
足女
観音打 至東(p3p008495)

リプレイ

●冒頭歌
 胎児が踊る
 胎児が踊る
 全知全能の胎児が怯え
 この世の理、すべてを忘れ
 この美しくも醜い俗世へ
 
 ……ブゥゥーーー……ン、ンンン
 穴の底で目を覚ました時、『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)の耳の奥では、羽虫の飛び回るような耳障りな音がはっきりと這い廻っていた。
「ああもううるさいなブウウ――ンてさ」
 眉間に皺を寄せたまま、史之は辺りを見回した。
 周囲には一緒に降りて来た同胞たち。それから、気色悪く、醜く、それから綺麗な肉色の壁。絶えずゆっくり、鼓動に合わせるみたいに胎動を続けていた。
「えーと。何するんだっけ。えーと、えーと、うるさいな……歌を歌うんだっけ。えーと、ちがったような、えーと」
「邪教徒達の足跡を視て追うんだよ」
 トントンと史之の肩を叩いて『闇之雲』武器商人(p3p001107)がくつくつと笑った。それから、視線を上へと向けた。ずっと高い肉色の壁のその先に、キラキラと光る星の粒が散っていた。それと、蝙蝠のような羽を生やした奇怪な怪物たちの姿も視界を過る。
「酷い場所ですこと。揺り籠に使うのならもっと穏やかな場所がよいと思います」
「うわっ、気持ち悪い……でも俺は、ここを知っている?」
 眉を顰めた『足女』沁入 礼拝(p3p005251)と『遺言代行』赤羽・大地(p3p004151)が、思わずといった様子で壁から幾らか距離を取った。とはいえ四方は肉色の壁、足元もであるから、結局2人は肉の檻の内にいた。
 酷い、気持ち悪いと口にはしながらも、決して目を離せない不可思議極まる魅力があった。きっと、かつてに見たはずの母の胎内記憶を想起しているのだろう。
「皆さん、あれが見えますか? 見えない? それは見ようとしていないだけのことでしょう。ほら、しっかり見てください。ほら、ほら、いいえ、でも指差して【アレを討て】と言ってくれるのが一番楽なんですけど、アハハ言い忘れてましたよね」
「うおっ! お、おい、観音打?」
 瞼を一杯に開いて、乾いた眼の珠だけをグルグルと上下左右に回転させる『刹那一願』観音打 至東(p3p008495)の様子に気付いて、大地は驚いたように声をあげた。
「……そう、きっと彼女は“思い出して”しまったのね」
 至東の指さす先にあるのは、うすらと赤く光って見える肉の壁だけ。いや、肉の壁と壁の隙間に、細く暗い道がある。
 その先に何が見えているのか。或いは、何も見えていないのか。見えているような気になっているだけなのだろうか。
 とにもかくにも、もはやそこに“正気”は無い。正気なんてものは、そもそも初めから無かったのかもしれない。きっと、誰もが、お前たちもが“自分が正気である”といつのころからか、錯覚していただけに過ぎない。
 つまり、至東の様子こそが正常なのだ。
 なんて、戯言。
 閑話休題のたわけた話。
「まぁ、道はあるのだし行ってみようじゃないか。よいモノもよくないモノも等しく愛でて、楽しむのが1番だとも」
 さぁ、と至東の背を押して武器商人が歩き始めた。
 1人、2人とその後に続く。自分の意思でか、それとも何かに呼ばれたせいかさえ定かじゃないが、そんなことはどうでもいいのだ。
「Nyahaha!! きっと貴様は正解だ。しかし。まったく目眩のする世界だな。尤も、我々は最初から回転しているのだが」
「……Nyaha」
「Nyaha! あまり私を凝視するなよ」
 戻れなくなる、と至東の頭を掴んで前を向かせて、『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は肉を踏み締めて、幾分先に進んだ誰かの背を追った。
 狭い肉の壁の向こうへ消えていく、同胞たちの後ろ姿が、徐々に徐々に、別の誰かに、見知った誰かに変わっていくかのような錯覚を覚えながらも……。
【暗転】

●ドロドロの脳髄
▶Nyuha――Nyuhahaha――haha!
 右や左の皆様方へ、素晴らしき肉に、怪しき御仁に、刀を携えた紳士淑女の御両人。それから手弱女、お若い司書の皆さん諸君。サアサ寄った寄った。取り出しましたる『幼蛆の秘密』に『外道祭祀書』、世にも名高い狂人たちの愛読書だよ。
 拍子は人皮。継ぎはぎの隙間から麻薬混じりのインクの香り。ほんのり甘いホイップクリームに似た香りがするお高い本だよ。
 ここを歩くには、持たなきゃ駄目だよ。
 さもなきゃ、きっとどこにも行けない。

「脳髄が蕩けだしそうだ! Nyuhahaha!」

 恍惚とした顔で笑い、歌う彼女の名はマッド・クレイジー・ウェスト。片手に本を開いた彼女は、骨と皮ばかりみたいな細い脚で肉の床を踏み締めて、チャカポコ、スカラカと小気味の良い歌を紡いだ。
 その隣に立つ『――』は、何かに気が付いたのか、胡乱な眼差しを背後へ向けた。
「来ているわ。すぐそこまで。アァ……声が聞こえるわ」
「んん? アア」
 にぃ、とウェストの口角があがった。
 頬を限界まで引き攣らせて、歯を剥き出しにした不気味な笑顔だ。血走った眼をぎょろりと後ろへ向けたウェストは、懐から“印”を取り出すと『――』の胸に押し付けた。
「“考える脳髄”はいらないのだよ、『――』君!」
「えぇ、では私は先に。後ほど王の御前にて。お先に失礼、狂人さん」
 打ち合わせはごく短く。
 先へ進む『――』を見送ったウェストは、懐の内から取り出した錠剤の詰まった瓶を口へと宛がった。
 それから瓶を傾けて、ジャラジャラと中身を口の中へ、喉の奥へ、胃の奥底へと飲み下す。

 ざん、と小気味の良い音がした。
 乾いた肉を、史之の刃が断ち斬った音だ。
 二つ胴に裂かれた怪物が肉の床へと転がった。噴き出したのは黄色い体液。それを頭から浴びながら、史之は「あぁ」と呟いた。
「あ、そうか黄色へ行くんだ、蜜蜂みたいにさ」
 ゆらり、と史之の体が揺れる。
 その眼前には、蝙蝠の翼を広げた怪物たちの姿があった。
「……ええ、暴力で解決いたしましょう!」
 ブォン、と振るうビームサーベル。史之の隣に並んだ至東が同意を示す。会話は成立していないが、きっとお互いに意思は通じているのだろう。
 ビームサーベルを腰の位置に構え、至東が腰を落とした。まるで引き絞られた弓か、引き金に指を添えられた拳銃か。つまりは今にも解き放たれる時を待っている、人の手による指向性の暴力装置の在り方である。
 けれど、しかし、至東が解き放たれることはなかった。
 少し待て、とオラボナが言ったからだ。
 オラボナの視線は、通路の先へ進んでいる。それは至東が指し示していた方向だ。どうやらここまで、順調に正しい道を進んで来れていたらしい。
「っと、誰か来るのか?」
 前へ出たオラボナのすぐ背後に、大地はそっと移動した。意味の分からぬ不気味な場所で、意味の分からぬ“何か”が襲って来るのだとすれば、きっとオラボナの背後が一番、安全だからだ。
「肉盾の間違いだろウ、大地? しかシ、コイツ……デフォルトで狂ったような物言いしてると思うんだガ。狂ったらマイナス×マイナスの理屈でプラスにでも転じるのかネ?」
「おい、失礼極まりないぞ赤羽」
 声を潜めて自問自答。
 1つの体に2つの人格。それが同じ口と舌とで会話する様は、きっと傍から見れば異様だ。と、いうのに誰も大地の様子を気にした風もないけれど。
「何か来てるねぇ。時に赤羽の旦那、大地の旦那……この辺りに霊は見えるかな?」
「ん? アァ、いや……いないな。1人さえもいない」
 武器商人の問いかけに、大地は肩を竦めて返した。
 静かなものだ。霊魂を視る大地の目にも、肉の壁しか映らない。この地で命を落とした者は、過去にも幾らかいたはずなのに、1人さえも残っていない。すでにこの世を去ったのか、それとも何かに喰い尽くされたか。
「そうか。それなら観音打の方と先に……あ、いや、向こうさん次第かな」
 状況が変わる。
 なんとはなしにそんな気がする。
 武器商人は前に出て、暗い暗い通路の先に蠢く何かへ視線を向けた。

「さあさ、こちらへおいで、おいで」
 ひたひた、ひたひた。
 暗がりに向かって武器商人が近づいていく。
 囁くように、歌うように、そこにいる“何か”へ声を送った。
「スカラカ、チャカポコと気を狂わせて、破滅と踊ろうじゃあないか。ヒヒ!」
 と、思えばやおら視線を右へと流す。と、闇を突き破って大質量の肉が雪崩のように武器商人へ襲い掛かった。
 どう、と肉を打つ音がして武器商人の体がよろける。床に足を踏ん張れば、足元の肉が裂け赤々とした血が滲んだ。
「Nyuhahaha!! さても諸君、相すいません! お急ぎのところ奇怪な文句や姿で。足止めをして失礼千万!」
 肉の濁流は、増殖したマッドウェストだ。薬物の過剰摂取で膨張し続ける自身の肉を壁としてイレギュラーズの進行を阻む盾である。
「貴様等、黄色に執着するのか肉に妄執するのか、一度、思惟すべきだ」
 ウェストの意識が武器商人に向いている隙に、オラボナはそれに肉薄していた。その肩を抑え、ぎょろぎょろとした目を上から覗き込むようにしてオラボナは告げる。
「改める事は容易だろうが、私の肉片を勝手に『持ち出した』故に赦し難い」
「これはこれは真なる肉狂! いやいや、どうしてやはりアナタは素晴らしい! この素晴らしくも、素敵な場所で相まみえるとは恐悦至極! さぁ、ともに世界平和を夢に見ようじゃないか!」
 骨の軋む音がした。
 耳障りな声で囀りながら、ウェストがオラボナを押し退けようと腕を高くへ振り上げる。オラボナはそれを顔面で受けると、にぃと口角を吊り上げた。真っ黒な顔に、耳まで裂けた三日月の口。得体の知れない怪物の嘲笑。
「身投げする態度は実に信者的だが、申し訳ない。私は確かに神だが、化身でしかないのだ」
 Nyuhahaha!!
 Nyahahaha!!
 二重に響く哄笑が、肉の壁に反響していた。
 だが次の瞬間に、ウェストの一部が獣の顎で食いちぎられたみたいに消える。そこにあるのは魔力で形成されたひと振りの剣だった。
「誰か先に行くといい」
 なんて。
 武器商人はそう言って。
 次の瞬間、礼拝が空へ魔力の弾丸を撃ちあげた。

 羽ペンを虚空へ走らせながら大地が短い舌打ちを零す。
 魔力を帯びた黒いインクが、虚空に文字を浮かばせた。綴られた文字は呪いの言葉。
「チョロチョロ逃げたり隠れたりが上手なのよリ、頑丈でもぶっ叩けばいつかはぶっ壊れるやつのがまだ卸しやすいかねェ?」
 まずはウェスト、次に頭上から襲い掛かって来る蝙蝠羽の怪物へ。
 怪物たちは、つい先ほど礼拝が呼び寄せたものだ。
「何ですかあの女。こんな回転させれば腰砕けになるような手弱女の肉で世界平和ですって?」
 胡乱な眼差しでウェストを見やって、礼拝は忌々し気に顔を歪めた。
「この女がどれほどしょうもない女か分かっていらっしゃるのかしら」
「先に進むんじゃねぇノ?」
 怪物を呼び寄せたきり次の行動に移ろうとしない礼拝を見て、大地は小さな溜め息を零す。今回の仕事はどうにも奇妙だ。誰も彼もが、いつもより少し思考の枷が外れて見える。
「……ま、俺もダな。手に入れた本をうちの図書館に保管しようとか思っていたし」
 自嘲。
 けれど、いつまでも思考を続けているような余裕はない。蝙蝠羽の怪物が1匹、2匹と数を増しているからだ。
「まだですか、まだですか? まだ斬っちゃだめですか? 東姫は首を長くして、その時をお待ちしております!」
 駆け出そうとする至東を抑えて、礼拝は集まって来る怪物たちへ順に視線を巡らせた。右、左、上、下と瞳だけがぐるぐる動く。ぐるぐる、ぐるぐる、まるで回転するかのように。
 やがて、そのうち1匹を見初めた礼拝は、至東の背を押して怪物の前へ突き出した。
「アア――そこの、かわいいかわいいちいさなあなた」
 怪物の爪が至東の肩に食い込んだ。
 次の瞬間、至東の姿が消える。後にはパッと血の雫だけが飛び散った。
「“どうか私たちを奥に連れて行ってくださいまし”」
 音を置き去りにして、至東を連れた怪物がウェストの方へ……否、ウェストを追い越し、通路の奥へと消えたのだ。
 次いで、礼拝自身も別の怪物へ手を差し伸べて……。
 血飛沫。
 そして、彼女も姿を消した。

 耳の奥でずっと羽虫が蠢いている。
 そんな不快な感覚も、刀を振るっている瞬間は嘘のように消え去った。斬撃に次ぐ斬撃が、ウェストの膨張した肉を抉る。
 肉の壁が削げることを厭うたのか。
「蟲の羽音が鳴りやまないのだ。君もだろう? 誰でもそうなんだ! 私が思うに、それは我々の脳髄の奥に巣食っているんだよ。だからね、ほらこっちへおいで。取り出してあげようじゃないか!」
 呵々と笑ったウェストが、史之の頭部を片手で掴んだ。
 ミシ、と頭蓋の軋む音。側頭部の皮膚が潰れて、血が滲む。
 流れる血で頬を濡らして、史之は獣のように笑った。
「頭の中をまさぐってもなんにも思い出せないよ。大事な大事な妻さんのこと以外はね、ね?」
 斬撃。
 ウェストの手首から先が切断される。地面に落ちた手首はぐずぐずに腐り落ち、失われた肉と骨は急速に再生して、あっという間に元通り。
「妻さんの言う事にゃね、胎児は踊らないし、母親の心なんかわかんないし、見えるもの全部がめちゃくちゃじゃなきゃいけないのさ」
 バチン、と小気味の良い音がした。
 見えない壁に弾かれて、ウェストの体が後ろへよろめく。その懐へ大地が跳び込み、隠されていた1冊の本をかすめ取った。
 本のタイトルは『幼蛆の秘密』。走りながらページを開いた大地の脳が、ある瞬間にどろどろに溶けた。否、錯覚だ。文字を通して、文字の限界を超えた量の情報が大地の脳に叩きつけられたのである。
「こっちだ」
 さっきまで、代り映えのしない肉の壁しかなかった世界が、今は自棄に明るく見える。盲が晴れたみたいな感覚。よろめくように歩く大地の道を阻むものはない。肉、肉、肉、肉、あぁ、ここはきっと、世界のどこより美しい場所。

●肉の泉に眠る王
 床に転がるウェストの顔を覗き込み、オラボナは揚々と問いかけた。
「此方からも質問だ。脳髄が存在しない場合、何処で考えていると?」
「Nyuhahaha! 答えは簡単だ、インク! ホイップクリーム!」
 吐瀉物を吐き散らしながら、ウェストは吠えた。崩れた肉の中から這い出した彼女の体は、元の華奢なものである。
 敗北したのか? そうではない。第一ラウンドが終わっただけだ。つまり今はインターバル。次の薬を飲む時間だが……残念ながら、イレギュラーズは既に先に行ってしまった。
「やはり『私』に成り易い。貴様、狂気状態であればノイズも晴れると思わないか? 病んだ月が視えるか?」
「当然だとも! 今も私たちを見て、きっと文を綴っているさ!」
 オラボナへそう言い捨てて。
 次の瞬間、ウェストの姿は掻き消えた。飛来した蝙蝠翼の怪物に捉えられて、どこか遠くへ運ばれたのだ。

 肉の泉の最深部には、黄色と黒の繭がある。どくん、と鼓動するそれは“王”と呼ばれる何かの寝床だ。『――』は懐から“印”を取り出し、恍惚とした表情でゆっくりと泉へ近づいていく。
「今、お傍へまいります」
 そう呟いた『――』の背後で、ぼとり、と肉の零れる音。振り返ってみれば、そこにいたのは血に塗れた礼拝と至東の姿。蝙蝠翼の怪物に運ばれ……何度も何度も、超高速の旅を繰り返したのだろう……口や鼻、目からは血を流しているし、足元には血だまりと吐瀉物が零れている。
「……あら、お邪魔」
「あなた、狂ってらっしゃるのね」
 恍惚とした目をする女へ、まともな言葉を返すつもりはないらしい。
 礼拝は『――』を指さし告げる。
「では、私にも狂いなさいな」

 狂気に堕ちた至東の疾走を『――』は視認できない。
「螺子は回さねば役に立たぬのですから、この宗内 東姫が回します!」
 宗内 東姫。
 それは、至東も覚えていない、生まれる前に、胎児のころに付けられた名だ。
 疾走。
 急制動から床を削るようにして反転。
 光りの刃を一閃すれば、それは『――』の脇腹を裂く。速度に体が付いて行かない。傷ついた至東の骨が軋んで、足首の骨が砕けた。
 だが、止まらない。
 2度目の斬撃。『――』は転がるようにして回避。
 だが、その拍子に血肉と一緒に“印”が床に転がった。そもそもの狙いはこれだ。拾おうと伸ばした手は至東の刃に裂かれ、手の平から手首にかけてが抉られた。
 『――』の見ている前で、礼拝は“印”を手に取ると……。
「はい、さようなら」
 嘆く『――』の腹部へ向けて、1発の魔弾を叩き込む。

 『――』が地上へ強制的に帰された。あの傷では、しばらくまともに動けないはずだ。
「以上、戯言にて。狂った女の、哀れな祭文に御座います――」
 ビームサーベルを鞘に納めて至東は言った。
 それから、彼女は視線を背後へ。
 オラボナ、武器商人、大地、史之の姿が見える。どうやら本を頼りに後を追って来たのだ。
「へぇ、これが“王”かい? ランチやディナーによさそうだ」
 肉の繭を睥睨し、武器商人が口角をあげた。
 そんな彼のすぐ横で、オラボナは嗤う。
「Nyahahaha!! ピクニックでもしてみるか!」
 なんて。
 笑う彼女の背中を礼拝は蹴って、泉の底へと叩き込む。
【暗転】

成否

成功

MVP

観音打 至東(p3p008495)

状態異常

沁入 礼拝(p3p005251)[重傷]
足女
観音打 至東(p3p008495)[重傷]

あとがき

お疲れ様です。
“印”は無事に回収されて、王は再び永い眠りにつきました。
これにて終劇、依頼は成功となります。

この度はシナリオリクエストおよびご参加いただき、ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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