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シナリオ詳細

黄金航路開拓史。或いは、岩蟹島の探検と宿灘御前の到来…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●新たな港
 嵐の夜に海を進む影がある。
 それは島のように巨大な岩蟹だ。
 頭上に掲げた片方の腕には、幾つもの細かな傷や火傷の痕が残っている。
 波を掻き分け、ゆっくりと海を進む岩蟹は、やがて崖のようになった岸にたどり着いた。鋏を降ろして、8本の脚を折り畳み、それっきり岩蟹は動きを止めた。
 そうなれば、まるで岩肌が剥き出しになった陸地のようにしか見えない。
 その日、海洋のとある海岸が島ひとつ分、広がった。

 薄霧の中にぼんやりと淡い光が浮いていた。ふよふよと右へ左へ舞うそれを指さして、赤い髪の女性は笑う。
「あれがウミホタル」
 岩蟹の背には厚く雪が積もっていたし、ところどころは凍っているが、彼女……名もなき海の神とやらは、平然とした足取りで進む。
 海の果てから、岸へと移動する途中で極寒の海域を通過した結果、こんなことになっているのだ。もっとも岩蟹は背に雪が積もった程度では、まったく動じていなかった。
 身に纏うローブに描かれているのは、ラサに古くから伝わる歌をモチーフにした模様であった。
「あっちにいるのがウミウシだのぅ」
 8本の腕で次に指さしたのは、頭から雪を被って蹲っている牛である。その下半身はまるで魚のようだった。奇妙な生き物だが、そう言えばラダ・ジグリ (p3p000271)は依然にも同じ生き物を目にしたことがある。
 ラダたちが、ラサの港を開拓してから暫くが経った。
 豊穣に港を作り、次は海洋への航路を開く……という段階になって、海神と出逢ったのは僥倖だった。なにしろ海洋は海の国だ。使える港は、どこもかしこも先に占有されており、ラサから来た余所者が自由に使える場所は無かったのである。
 ところが、だ。
 彼女……海の神の依頼を達成した結果、こうして“岩蟹の背”という手つかずの陸地の使用権を得たのである。もっとも、長い間、海の底に居たせいもあり港として利用するには人も設備も足りていないが。
「それからあっちはウミネコたちだなぁ。好奇心は旺盛だが警戒心が強いのでなぁ。あまりお土嵩んでやってくれよ」
 雪の上には尾を引き摺った痕がある。それを視線で追いかければ、随分と遠くに鱗の生えた猫がいた。例によって例のごとく、鰓はあるし下半身は魚のそれだ。
「この島の固有種……なのか? それとも以前に行っていた眷属とやらか?」
「んー、固有種だなぁ。我がここにいない間も、ずっと住んでおったんだろうなぁ」
「海中、陸上を問わず生活できるのか……ウミネコは猫なのか魚なのか」
「お前さんも似たようなもんだろう?」
 ラダの上半身は人間のそれ、下半身は馬のそれだ。手足の数だけで言うなら合計6本と、カブトムシなどと同じである。
 呵々と笑う海の神と肩を並べて、ラダは島……現在は延長された陸地である……を一周する。
 外周を回っていたのには理由があった。鳥居の外の環境が、すこぶる悪いためである。何でも、長く海に潜っていたせいで、危険な生き物なども住み着いているらしい。
「思ったよりも生き物たちが少ないな? 休眠でもしておるかなぁ? 眷属たちも戻って来ぬし、これはもしかして、島のどこかで眠っているか?」
 土地の端……岩蟹の眉間にある古い祠へ戻ると、海の神は首を傾げた。
 岩蟹の背の中央には道がある。鳥居がずらりと並んだ道だ。そこを抜けると辿り着くのが眉間部分の祠である。なお、岩蟹は陸地に尻をつけるような形で接岸しているため、祠のすぐ後ろは海だ。
 ざばり、と盛大に水飛沫をあげて祠の傍へと何かが上がる。 
「おっと、あれも紹介せんとな。あれは……ウミペンギンだのぅ」
「いや、あれはジョージでは……もしかして、適当なことを言っていないか?」
 上陸した何かはコートを羽織ったコウテイペンギンであった。付近の海中を調査していたジョージ・キングマン (p3p007332)である。

●友人の襲来
 祠の前に3人の女性が座していた。
 1人はタコの、1人はイカの、1人はクラゲの海種のようだ。
 彼女たちは、近海を調査していたジョージが見つけて来た者たちだ。何でも岩蟹を追って海を旅して来たらしい。
 全員がすっかりくたびれた様子だ。どうやら長い旅の過程でそうなったらしい。声を殺して涙を流す彼女たちだが、その表情は嬉しそうだった。
「やっとお戻りになられたのですね。良かった。先祖より伝わる御前の伝承を信じ、我々はずっとこの海でお待ちしておりました」
 祠に腰を下ろした海神は、大仰な仕草で何度も頷く。
「忠道、大儀であった。長く待たせたのぅ」
 ねぎらいの言葉は短い。
 けれど、彼女たちは嬉しそうだった。
「すっかりボロボロではないか。待っていろ。大したものは無いが食糧と、傷の手当を」
 と、ラダがそう提案すれば、3人の女性は首を横に振り、それを拒否した。
「いえ、勿体ないお言葉ですが一族の元に戻らねば。それに皆さまも一時はここを離れた方がよろしいかと……」
「うん? どういうことだ?」
 ジョージは問う。
 女性たちは顔を見合わせ、それから顔色を悪くした。
「御前様の御友人がやってまいります……その方は御前様と同じく天候を操るのですが」
 と、そこで女性たちは再び口を噤んでしまった。
 奉る神の友人を、悪く言うことに抵抗があるのだ。
 仕方なく、女性たちの会話を海の神が引き継いだ。
「我から話そう。まぁ、なんだ。宴好きのトンチキな奴でな。雷雨を伴い移動するのが厄介極まりないんだなぁ。昔の我なら奴の雷雨を抑えることも出来ただろうが、今はここに戻ったばかりで本調子ではないゆえ……ちと面倒なことになる」
 具体的に言うと、島が雷雨に包まれる可能性があるのだという。
 とはいえ相手は同格の友人だ。
 やって来るとなれば無碍にも扱えない。
「宴でもして酔わせてやれば力も薄れるだろうがなぁ。なぁ、どの辺まで近づいておる?」
 難しい顔をして海神は問うた。
 代表して答えを返したのは、青い髪のクラゲの海種だ。
「もう間もなく……そう長い時間はかかりません」
「……そうか。であれば主らは1度、それぞれの住処へ戻れ。宴の準備は……」
 チラ、と視線を向けた先にはジョージとラダの姿がある。
「ちょうどいい。探索も兼ねてだ。宴の準備を頼めるかなぁ?」
 今後、岩蟹の背を港として使用するのだ。
 否という答えは無い。

「それで、俺たちは宴のメインディッシュを用意して来ればいいんだな?」
 確認するようにジョージは言う。
 その手元には、海神の言葉を参考に作った手描きの地図があった。
「ざっくりと岩蟹の背を西1、西2、東1、東2の4区画に分けさせてもらった。俺たちが行くのは、どこか2カ所でいいんだな?」
「然様。急な宴だからなぁ。我と宿灘御前だけの宴だから、2つでいいんだぁ」
 宿儺御前とは、これからやって来るらしい海神の友人の呼び名らしい。なお、友人とは言うが、海の神ではなく“海の呪い”の類だという。よく分からない話だが、生きていればそう言う不可思議なものと出逢うこともあるのだ。仕方ない。
 古い言葉にもこうある。
 つまり“考えるな、感じろ”と。
「まぁ、せいぜいもてなしてやるといいなぁ。奴は雷雨を供とする厄介者だが、昔から家造りが得意だった。機嫌が良ければ、港や家屋の建築に力を貸してくれるだろうからなぁ」

 宴の場に出す“神の供物”を回収すること。
 今回の依頼内容を簡単にまとめればそういうことになる。ラサと海洋を繋ぐ航路の完成には港の建築が不可欠だ。ぜひとも宿灘御前とやらの覚えを良くしておきたい。
 だが、そのためには荒れた岩蟹の背を巡り“神の供物”を集めて来なければならない。その数は2つ。そして、岩蟹の背には都合4つの“神の供物”が保管されているという。
「1つは西1。昔は鍛冶場があった区画で、非常に頑丈な岩の柱があるらしい。岩の柱は全部で8本。【棘】を備え、近づく者に【塔】を付与する性質がある」
 そう易々と破壊することは出来ないと、海の神はそう言っていた。なお、8本の石柱のいずれかのうちに“黄金の宝物箱”が納められているらしい。
 次にジョージは2本目の指を立てた。
「2つ目は西2。昔は畑だった区画で、今はウミネコやウミウシが多く住み着いている。ウミネコ、ウミウシは対象に【魅了】【封印】【暗闇】を付与する性質があるそうだ。彼らを驚かせなければ、攻略は容易だと言っていたな」
 畑を掘り返せば、どこかに石樽に詰まった“黄金の麦”があるらしい。
 次にジョージは3本目の指を立てる。
「東1には地下倉庫がある。地下倉庫は霧に満ちていて、数メートル先さえも良く見通せないとか……方向感覚や直観力が試されるな。道に迷えば、宿灘御前が来る前に戻って来ることは難しくなる」
 なお、大量の蟹が住み着いており、糸や縄の類はすぐに切断されるそうだ。霧の地下倉庫の防衛機能の1つだろうか。地下倉庫には“肉の実る樹”が生えているそうだ。肉を幾らか収獲して来ればいいだろう。
「東2にあるのは深い泉だ。直径は30メートルほどだが、とにかく深く、暗いという。周囲にウミホタルが飛んでいるから、捕まえて明かりにするといいと言っていたな」
 潜るなり、釣り糸を垂らすなりすれば目的のものは回収できるだろう。なお、目的とされるのは泉の底に沈んだ“神酒”だ。外来の生物として“8つ首の大海蛇”が住み着いているため、戦闘も必要となるだろう。
「地表には雪と氷が積もっている。【体勢不利】と【氷漬】にも要注意だな」
 祠の前に集うクルーたちに向け、ジョージはそう説明をした。
 そんな彼の様子を、海神は寝転がったまま眺めている。

GMコメント

●ミッション
“神の供物”×2の回収

●ターゲット(神の供物)
・黄金の宝物箱
【棘】を備え、近づく者に【塔】を付与する石柱の中に格納されている。
石柱を破壊することで回収が可能となる。

・黄金の麦
石樽の中に詰められた黄金の麦。土地を掘り返すことで発見できる。
周辺には【魅了】【封印】【暗闇】を付与するウミネコ、ウミウシが多く住み着いている。

・肉の実る樹
地下倉庫のどこかにある肉の実る樹。肉を幾らかもぎ取って来よう。
地下倉庫は霧に満ちていて、数メートル先さえも良く見通せない。なお、糸や縄は住み着いた蟹によって切断される。

・神酒
深い泉の底に沈んだ樽酒。
泉には“8つ首の大海蛇”が住み着いている。神酒の気配に酔っているのか非常に狂暴。外皮は厚く、牙は鋭い。

●フィールド
 海   海   海   海
――――――――――――――――
  V  ◦  ⌂  ◦   V
<   西1     東1 >    
<      ⛩      > 
<      ⛩      >
<   西2 ⛩   東2 >

――――――――――――――――
陸     陸   陸   陸

V→鋏
◦→目
⌂→祠
⛩→鳥居
<>→脚 

西1。昔は鍛冶場があった区画で、非常に頑丈な8本の岩柱がある。
西2。昔は畑だった区画で、今はウミネコやウミウシが多く住み着いている。
東1。地下倉庫。地下倉庫内は霧に満ちていて、数メートル先さえも良く見通せない。
東2。直径は30メートルほどの深く暗い泉。周囲にウミホタルが飛んでいる。
※地表には雪と氷が積もっており【体勢不利】と【氷漬】の状態異常を受ける。

●NPC
・宿灘御前
海の神の友人。雷雨を伴う“呪いの化身”とのこと。
宴会好きで、家屋の建築が得意。海の神の帰還を祝いにやって来た。雷雨を修めるためには宴を開いて、鎮める他ないらしい。

・海の神
最近、岩蟹の祠に帰還した海の神を名乗る存在。本調子ではないため、宿灘御前の雷雨を抑えきれない。最近のマイブームは味付けの濃い干し肉を齧ること。
名前はまだない。港の名をそのまま自分の名とするつもりでいるようだ。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 黄金航路開拓史。或いは、岩蟹島の探検と宿灘御前の到来…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年12月30日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
※参加確定済み※
亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
※参加確定済み※
型破 命(p3p009483)
金剛不壊の華
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標

リプレイ

●奴が来る
 海の向こうに、雷鳴轟く黒雲が見えた。
「来てんなぁ」
「来てるねぇ」
 丘の上から海上を見渡し『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)と『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)は苦い笑みを浮かべて言った。
 迫る雷雲は来客だ。呪詛に近しいという海の災厄、宿灘御前というらしい。
 
 ところは海洋。
 島のように巨大な蟹の、岩のような背中の上だ。
 甲羅の窪みに出来た泉には、8本首の大海蛇の姿。とぐろを巻いて、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。
「神酒とやらは泉の底か。まずはこいつをおとなしくしなけりゃ探索もできねえが……駄目だな、酔っ払ってて話も聞いちゃくれねぇや」
「ぶはははッ! 神酒とやらはよほどいい香りらしいな!」
 『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)が首を横に振る。手を伸ばして、辺りを飛び回っていたウミホタルを捕獲すると、それを『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)へと手渡した。
 ゴリョウは受け取ったウミホタルを、プラスチックのタッパーへ詰めると腰に吊るす。
「酒乱とか勘弁しろよな。にしても、あいつら、首同士でいがみ合わねえのかな……」
 ぐっすりと眠る大海蛇を眺めつつ、『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)は首を傾げた。随分と近づいたが、大海蛇は未だに起きる気配がなかった。
 よほどに酔いが回っているのか、それともイレギュラーズを始め、この島に住む生物を脅威に感じていないのか。
「怪物の類ではあるが、悪しき生物でも無いわけで……どうする? 不殺か?」
 大海蛇は、ただ泉に住み着いているだけだ。所有者不明の神酒を守っているという見方もできるかもしれない。実際は、単なる酒好きの可能性も高いが……ライフル付属のスコープで大海蛇の様子を視つつ『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)はそう告げた。
 後衛にラダ1人を残し、残るイレギュラーズは前へ。
「宴の前だ。殺生は避けたほうが良いだろう……ってことで、おい、大海蛇! 大人しく神酒を渡してもらおう!」
 泉に足を踏み入れながら『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)が名乗りを上げた。
 その声に反応したのか、それとも大海蛇の縄張りに踏み込んだことが原因か。8対16の瞳がパチリと開き、爬虫類らしいガラス玉のような瞳でイレギュラーズを睥睨する。
 ゆっくりと持ち上げられる8本の首。
 ざばりと泉の水が波打ち、辺りに酒精が漂った。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。悪いが少しだけ大人しくしてくれよ」
 抜刀。
 『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は水中へ潜り、大海蛇へと斬りかかる。

●神の供物回収作戦
 空が次第に暗くなる。
 厚い雲が太陽の光を遮ったのだ。
 暗がりの中、淡い燐光が舞っていた。イレギュラーズが携行しているウミホタルの放つ光だ。
 光の粒を追うように、右へ左へ、大海蛇の首がうねる。明確な敵意を持って、それでいてどこか不規則な軌道は、例えば酔拳と呼ばれる武術にも似ているだろう。
 とはいえ、武術というのならジョージにも覚えがあった。
 不規則な首の動きから放たれた頭突きを、身を固めることで受け止める。大海蛇の動きを“流”とするならば、ジョージの身につけた技能は“硬”といったところか。
「酔いを覚ましてやろう!」
 眉間へ叩き落される、鉄槌のような渾身の殴打。
 大海蛇の頭部が泉に叩きつけられ、盛大な水飛沫が上がる。
 だが、次の瞬間だ。
 気を失った大海蛇の首を飛び越え、もう1つの首がジョージに襲い掛かった。

 暗く深い水の中を、自在に泳ぐ影がある。
 刀を手に泳ぐ縁の後ろを、2本の首が交差しながら追っていた。
「……それにしても、神の供物になるほどの酒とは、どんな味か気になるねぇ。余ったら是非ともご相伴に預かりたい所だ」
 水中に漂う酒精を肌で感じながらも、縁の意識は背後に迫る大海蛇へ向いていた。
 巨大とはいえ相手は海蛇。水中を自在に泳ぐ縁に翻弄されることなく付いて来ているのだ。当然、油断をすればその口腔に飲み込まれることだろう。
 鋭い牙で体を裂かれれば、軽傷では済まない。その程度には両者の体格には差があった。
 追いつけないことに苛立ったか、大海蛇が速度を上げる。
 その首の1つが縁の脚へ鼻先を寄せた……刹那、見えない壁に弾かれるように、大海蛇は動きを止める。
 水が波打ち、大海蛇は鼻の先から血を吹いた。
「動きは速いが視野が狭いな。神酒に酔って判断力も鈍ってるか?」
 刀を肩に担いだ縁が苦笑を零した。
 その背後には史之がいる。
「神酒かー、俺も飲んでみたいなあ。気配だけで酔えるなんてすばらしいじゃん?」
 先に大海蛇を弾き飛ばしたのは、史之の展開した斥力の壁である。見慣れぬ戦法に面食らったか、2本の首は警戒心も顕わに2人から距離を取った。
 
 水に混じった赤は血の色。
 うねる首に巻き付かれ、命が水中へ姿を消して数十秒が経過した。
「命……? まさかやられたのか?」
 スコープを覗き込みながら、ラダは思わずそう呟く。
 だが、姿の見えない命の方にだけ意識を向けるわけにもいかない。
「ぶははははッ! 心配なら、さっさとこっちを片付けてくれ! 俺が様子を見て来てやるぜ!」
 大海蛇の攻撃を、3体纏めて引き受けながらゴリョウが叫ぶ。鎧を着たまま水中に潜っているというのに、その動きは滑らかだ。
 肩に大蛇を喰いつかせたまま、圧倒的な存在感で残る2本の首を引き付け、離さない。猛然と水中を進むその様は、まるで猪か何かのようだ。
 無傷とはいかないが、ただ図体がでかいだけの海蛇の攻撃では彼を鎮めるに足りない。
「あぁ、そうしよう」
 溜め息を1つ。
 深く空気を吸い込んで、呼吸を止めた。
 右手をライフルの引き金にかけ、ストックを肩に押し付け固定する。
 左の手には数発の銃弾を握り、ラダはそれを排莢口へと寄せた。
 銃口を大海蛇へと向けると、軽くトリガーを引き絞る。ハンマーが落ちて、火薬が爆ぜた。1発……排出された空薬莢を指で弾くと、左手に握った弾丸をライフルへと押し込む。
 刹那の間にリロードを終え、再度の発射。
 次の瞬間には、排莢とリロードを済ませ……連射。
 銃声は1度しか鳴らなかった。
 否、銃撃速度の関係で発砲音が重なって聞こえたのだ。
 
 首は8つ。けれど、その大本たる胴体は1つ。
 8本の首に監視されながら本体に近づくことは至難。けれど、8本の首がそれぞれ別の獲物を追っているのなら話は変わる。
「ふむ……豊穣にもラサにも世話になったし、今は各国寒くて大変な時期だ。少しでもひもじい思いをする人たちが減るように、頑張るとしよう」
 水中深くに潜ったエーレンは、腰の位置に剣を構えてそう呟いた。
 8本の首を支えているのだ。当然に胴体は古木のように太かった。いかにエーレンといえど、一刀両断とはいかないだろう。
 それでいい。
 目的は大海蛇の討伐ではないからだ。
 水の音が遠くなる。研ぎ澄まされた意識は唯一、己の剣に注がれる。雑念は不要。眼前の獲物をただ斬るのみの存在となれ。
 一閃。
 エーレンの剣が、大海蛇の胴体に深く鋭い裂傷を刻む。
 それと同時に、エーレンの頭上で水面が揺れた。泉の水が空へ飛び散るほどに激しい衝撃は、義弘の拳によって巻き起こされたものである。

 水の底に大海蛇が横たわる。
 激闘の果て、命が殴り倒した首の1本だ。
「おー、いてぇ」
 胸に手を押し当てて、血混じりの唾を吐き出した。手から広がる燐光が命の傷をじわりと癒す。
「あれ? こっちも終わったんだ?」
「おう。ついでに、ほら……アレだろ、神酒ってのは」
 様子を見に来た史之へ自身の後方を指し示す。
 そこにあるのは注連縄の巻きつけられた石樽だ。近づけば近づくほど、噎せ返るような酒精を感じて、視界がぐらりと揺れるのである。
「……っと、すごいね。神様はこういうのを飲むんだ」
「酒好き宴好きってな。まぁ、とにかく持って帰ろうや。ラダが火でも起こしてくれているはずだしな」
 気づけば泉はすっかり静かになっている。大海蛇との戦闘もひと段落が付いたらしい。

「もうこれ以上はいいだろ、海蛇。おとなしくしてくれりゃ命までは取らねえ」
 傷ついてなお暴れ続けようとしている大海蛇へ、威嚇するような低い声で義弘は告げる。
 大海蛇はいかにも蛇らしく威嚇を返しながらも、義弘の目をしばし見つめた。
 すっかり酔いは覚めているらしい。
 或いは、酔ったままではイレギュラーズの相手は出来ないと判断したのか。
「泉の底にあるブツを持っていきてえだけなんだ」
 酔いが覚めれば、義弘の意思も通じるはずだ。
 それから暫く、まるで溜め息を零すみたいな仕草をすると、大海蛇は泉の隅へと移動する。
『かの方が帰って来たのか。ならば、酒は返さねばならんな』
 なんて。
 命と史之の手によって引き上げられる石樽を見て、どこか悲しそうな声音で大海蛇はそう言った。

 積もった雪が押しのけられて、ほんの少しの地肌が覗く。
 大海蛇が這った痕跡だ。
 それを辿った先にあるのは、島の西側。かつて畑があったという区画である。
「急ぐといい、っつって大海蛇が道を作ってくれたものの……俺ぁそんなにおっかないかね?」
 雪の積もった広い畑を遠目に見やって、命はがくりと肩を落とした。
 その足元では、半猫半魚の奇妙な生き物……ウミネコが数匹、命を威嚇しているではないか。
「というか……この島でちゃんと餌食えてるかい、お前さん方」
 島のようだとはいえ、ここは海を旅していた巨大蟹の背の上である。地上に比べて食糧事情、とくに植物が生えて来ないことは明白。縁は地面にしゃがみ込むと、そっとウミネコに指を指し出した。
 がぶり、と躊躇なくウミネコが縁の指に噛みつく。
「……なんとまぁ、威勢のいい猫だこって」
「縁の指が食い物にでも見えたんじゃねぇか? 待ってな、たしか魚が……」
 と、そこで義弘を呼ぶ声がした。
 遥か後方で火を焚いていたゴリョウである。調理済みの魚料理(化学調味料無添加)を手に、義弘たちを手招いている。
「見てくれがこれなんで、怯えさせちまうかもしれねぇしさ……注意を引いといてくれや。なに、一種の田起こしみてぇなもんだ! だったらむしろ得意分野よ!」
 料理の臭いに気を惹かれたか。
 畑の各所から、ウミネコやウミウシの群れがこちらへ近づいてきた。
「向こうから集まってくれたのなら好都合だ。猫神様からも頼む。害意はないと伝えて欲しい」
「にゃぉ!」
 ラダの呼びかけに答え、雪の中から1匹の猫が現れる。
 ウミネコたちを眼前に見据え、威張るように胸を逸らしたその猫の名は“猫神様”。夜を守り、平和を愛する夜妖憑きである。

 ウミウシ。
 上半身は牛、下半身は魚といった海獣だ。のんびりとした気性だが、縄張り意識が強く、そして家族や仲間を大事にする性質を持つ。
 そんなウミウシたちの一団が、ジョージを囲んで威嚇するように身を震わせていた。
「ちょっと怒らせちゃったんじゃない? 何やったの、ジョージさん?」
「は? 俺か? いや、別になにも……あっ!?」
 ウミウシたちの視線はジョージの手元に向いている。
 史之とジョージがその視線を追った先にあるのは、黒い皮のグローブだ。
「これか?」
 “海牛のグローブ”。ジョージが愛用する戦闘用グローブで、その素材は海底に生息する半獣半魚の海牛だ。
「待て、こいつは別にお前たちの家族ってわけじゃ……うおっ!?」
 地面を蹄で引っ掻いて、突進を始めたウミウシたちをジョージは慌てて回避した。

 時間との勝負だ。
 何しろ雷鳴はすぐ近く。
 宿灘御前とやらが島に近づいているのだろう。天候も荒れ、つい数分前には滝のような雨が降り始めている。
「こりゃ、ハイセンスを生かして探すのも難しいかもしれねえなぁ」
 スコップで地面を掘り起こしながら義弘が額の汗を拭った。降り積もった雪のせいもあり、体温はどんどん奪われていく。
 そんな彼のすぐ頭上を、飛竜に乗ったエーレンが飛んだ。
「鳥たちを驚かせないようになるべく静かに飛ぼうな、風花」
 空から地上を見下ろしながら、石樽の埋まっていそうな箇所を探して仲間へ伝えるのが彼の役目だ。
 イレギュラーズが総出で地面を掘り返しているため、作業の進捗は速い。
「おう、腕だけで振るなよ。筋肉を傷めるぜ」
「ぬ……こ、こうか?」
 ゴリョウの指導もあって、ラダの農業スキルも徐々にだが向上している。農作物や農具は仕入れて売るのが専門であって、作ったり振ったりするのは専門外である。
「みゃぉ」
 そんなラダとゴリョウの足元に、数匹のウミネコが寄って行った。
「うん? おかわりが欲しいのか? 生憎、時間が……」
「待て。こいつぁ……」
 ラダを制止し、義弘がウミネコの前に座った。ぬかるんだ土で膝が汚れることも厭わず、ウミネコたちに顔を近づけ耳を澄ませる。
 もっとも、雨と雪のせいで元々、衣服はすっかり汚れているが……。
「こっちだ! ゴリョウ、命、2人とも手を貸してくれ!」
「ぶははは! よし来た!」
「おう、任せてくれ」 
 ウミネコの言葉を聞いたのか。
 走り出した義弘の後を、否応もなくゴリョウと命が追いかける。
 畑の真ん中。
 2、3メートルは地面を掘ったか。
 そこにあったのは石の樽だ。海神から聞いた話が確かなら、その中身は黄金色の麦である。
「黄金の麦か。どんな味なんだろうね」
「さぁな……それにしても、神の供物が最初から『保管』されているモンかね」
 ゴリョウに担がれ運ばれていく石樽を見て、史之と縁が言葉を交わす。
 そんな2人のすぐ後ろから、誰かがくすりと笑う気配。慌てて背後を振り向いた縁と史之、それから少し離れた位置にいたエーレンの手は腰の得物にかかっていた。
 だが、そこには誰の姿も見えない。 

●宴と港の始まり
 甘い香りは黄金色の小麦から。
 海藻から採った出汁を使った煮物ももうじき出来上がる。
 神酒は既に祠へ運び込んでいた。
 だが、仮にも神の開く宴だ。酒程度では到底足りない。
「俺の領地の新米をつなぎにしておにぎりを作るぜ! お供えと言ったら新米が豊穣の基本よ!」
「海の神様に何か捧げ物をする時は漁で獲れた魚とかの印象だが、旦那が言うには山の幸でも喜ばれるらしい」
 なお、ゴリョウと命が料理を作っている間、史之やエーレンが余興で場を繋いでいた。
 投扇興にアクロバットと、2人の余興はなかなか神にウケている。エーレンほどに素早く動ける者は地上でも稀であろう。時折、夜空に影が閃き、その度にエーレンは瞬きの間に遠くへ跳んだ。
「ははは! まるで雷鳴のごときよな!」
 両手を叩いて呵々と笑うのは、2メートルを超える長身の女性である。開いた口腔には鋭い牙が並んでいる。首から腕にかけて生えているのは鱗だろうか。
 片手に持った扇をすいっと虚空へ投げれば、吹いた風に乗ってまっすぐ的に中った。
 宿灘御前。
 海神の帰還を祝いに来たという、雷雨を伴う呪詛の化身だ。
「お前さん、海蛇か? もしかして泉の大海蛇はお前さんが送り込んだやつか?」
「そんな話はどうでもいいじゃねぇか。それより一緒に飲もうぜ。酒も食い物もたらふく用意して来てる!」
 縁と義弘はすっかり出来上がっていた。
 神の酒は、人の身には強すぎるのだろう。
 そんな2人を呆れたように一瞥し、海の神は食料を運ぶラダとジョージを呼びつける。

「ご苦労。やはり神であるからな、祀られ、祝われなければ本領も発揮できんのだなぁ」
 赤い髪を風に揺らして、8本の腕を広げて見せた。
 海神がそうすると、吹き荒れていた暴風雨が少しずつ収まっていく。
「それで、決まったかなぁ?」
 薄い笑みを浮かべて海神は問うた。
 軽々とした態度とは裏腹に、慈愛に満ちた眼差しである。
 それを受け、ラダは答える。
「アルタルフ、ってのはどうだい? 蟹の星座で一番明るい星なんだと」
 アルタルフ、と。
 海神はその名を口の中で転がして、視線をジョージへと向けた。
「賛同だ。導きの星としても、似合いそうだしな」
 思えば、海で樽を拾ったことが始まりだった。
 海上の孤島に、豊穣の霧深き港町。次いで海洋を彷徨う巨大な岩蟹。
 長い旅路を、開拓者たちの冒険を、その在り方を海の神は近くで、遠くで見ていたのだ。
「よろしい。では、この我、アルタルフが宣言しよう。航路は整った。人よ、思う様にこの広い海を旅し、冒険し、そして栄えるがいいさ」
 8本の腕で、イレギュラーズを1人ひとり指し示す。
 にこり、と笑いアルフタルは告げる。
「ここが始まり。さぁ、宴をしよう。そして年の明けた頃には朝日と共に旅立つがいいさ」


成否

成功

MVP

亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳

状態異常

なし

あとがき

お世話になっております。
宴は無事に開かれました。
依頼は成功となります。
かくして海洋の港「アルタルフ」は開かれました。

航路関連のシナリオ一連、お任せいただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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