フラガンシアのあしあと

オープニング

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　覇竜領域デザストル。大陸の南方山脈に存在する竜種の領域。国と言うよりも竜種達の棲家たるこの場所に亜竜種達は住んでいた。
　領域（くに）に住まう亜竜種達は、嘗ての伝承では『竜種の世話役であった』とも言われているが真偽は不明である。
　竜を従えた勇者の伝説が存在しているが、前人未踏であったその場所にR.O.Oの情報を駆使し『抜け道』を得る事で亜竜種達との合流を果たしたイレギュラーズの前に一人の少女が立っていた。
　最早おなじみになった亜竜集落フリアノンの里長、珱・琉珂 (p3n000246)その人である。
　彼女は10にも満たぬ段階で里長になった。それは里長の家系である珱家に生まれ、両親が不慮の事故で亡くなったという理由によるものだ。
　――と、言えど天真爛漫で好奇心旺盛な本人の性格までも『里の長』、つまりは治政者になりきることは出来なかったのだろう。

「あのね」
　旧来の友人のように琉珂はそう声を掛けた。
「一緒に来て欲しい場所があるの。冬になると、山脈も寒くなる。
　南方だけれど、雪も降れば凍り付いて危険度も少し増すのよ。アイスドラゴンって呼ばれる小型亜竜が見られるかも知れないわね。
　あ、それに竜種も山から下りてくるかも知れない。本当かって？　んー……私は見たことないのよね。オジサマがいってた」
　亜竜集落フリアノンから周囲を警戒しながら外に出た琉珂は随分と活動範囲が広がったのだと言う。
　亜竜達との戦闘をイレギュラーズが請け負うことで、其れなりに陽の光の下での活動を長時間可能になったと里の者達も喜んでいるらしい。
　今、フリアノンが抱える問題は琉珂の言う『オジサマ』――そう、フリアノンの相談役であった『ベルゼー』と呼ばれる男の事である。
　彼はあろう事か覇竜領域をテリトリーとする冠位魔種であったのだ。悍ましき大罪の一人、暴食。
　彼は時折顔を出しては琉珂達の力になってくれていたが、あの一件以降は顔を見せることはない。……それもそうだろう。里としても彼を受け入れることは出来ない。
「オジサマが来なくなったから今冬の山や森の様子は分からないのよね。
　それで、その仕事なんだけど。……いや、森の様子を見たいのもあるのよ。それ以上に……その……」
　琉珂はもじもじと身を捻った。
　ベルゼーが例年この時期になると逢いに来てくれた。そして連れて行ってくれた場所があった。
　秋から冬にかけて。彼は決まって顔を出してくれる。それ以外の時期に何をしているのかは分からない。
　――屹度、暴食の名の下、腹を空かせて何かを喰らったのかもしれない。彼は『全てを喰らい尽くすほどの力』を持っていた筈だから。
「オジサマにばっかり頼って居ちゃだめだし、私だって皆と沢山の経験をしたものね。
　深緑にも言ったしビーチでバカンスをしてアーカーシュの冒険もして……それから……ううん、兎も角！
　一緒に、お墓参りに行きたいの。防寒具はちゃんと着るし、お母さんの形見の鋏も研いだから亜竜くらい殴れるわ！」
　拳を振り上げた琉珂はそう言った。
　両親は竜種に襲われ死んだという。その死骸も残らず、ベルゼーが助けに入った時にはなにもかもが手遅れであったらしい。――らしい、というのは琉珂がベルゼーにそう聞いただけなのだ。
　ベルゼーは毎年、琉珂をその場所に連れて行き両親の墓参りに花を一輪ずつ手向けさせていたそうだ。娘の成長を見せてやりたかったのかも知れない。
「お花はね、リーベルタースに皆が活動してくれたから……その時に詰んだの。
　いつもはアウラちゃんが持ってきてくれてたんだけど、多分、忙しいだろうから」
　琉珂が取り出したのは霊嶺リーベルタースで『金嶺竜』アウラスカルトがお土産として良く渡してくれていた花だった。
「これを、お父さんとお母さんのところに持っていきたくて。でも、一人では、少し不安で。だから、一緒に着いて来てくれる？」

参加者 : 8 人

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参加者一覧（8人）

サポートNPC一覧（1人）

リプレイ

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「皆ありがとう」
　手にはリーベルタースで手にした花を。黒いワンピースに研がれた巨大な裁ち鋏。フリアノンの入り口に立って居た珱・琉珂 (p3n000246)はイレギュラーズの姿を見付けにっこりと微笑んだ。
「ごめんね、私の個人的な用事の方が大きいかも知れないんだけど……」
「ううん。さとちょーがお墓参りに行くならもちろんついていくよ！
　なにがあってもきちんとお墓まで連れて行ってあげる。ちゃんと隣にいてあげるからね」
　駆け寄ってぎゅ、と手を握りしめた『宝食姫』ユウェル・ベルク（p3p010361）は何時もと変わらぬ微笑みを浮かべる。
　嘆息しながらももう一方の手をぎゅっと握ったのは『パンケーキで許す』秦・鈴花（p3p010358）。
「まったく……」
　オジサマは酷いヤツだ。琉珂に料理を教えることもないし、恒例の行事となった墓参りにだって帰ってこない。
　鈴花はふつふつと湧いた怒り全てをベルゼーを殴ることで解消しようと考えた。本当にドンドンと回数が増えていくのだから救えないお人なのだ。
（……でも、リュカが一人で何も言わずに行くんじゃなく、こうしてアタシやゆえ、朱華、それに里の外で出会った『オトモダチ』を頼ってくれるの、嬉しいのよ）
　今までならば一人きりで抱え込んで行ってしまっていただろうか。自身は里長だからと、里の人間を危険に晒したくはないと考えて。
「んふ」
　手を繋ぐだけで嬉しそうに笑うこの人が鈴花も、ユウェルも愛おしいのだ。それは勿論、『煉獄の剣』朱華（p3p010458）だってそうだ。
「勿論よ。朱華が琉珂の頼みを断るわけないでしょ？
　後ね、オジサマに頼るのは確かにマズイかもしれないけど、朱華達の事は遠慮なく頼りなさい。
　里長って言うなら誰かを使ったり、頼ったりするもの…って、朱華は思うから。えーと、それが、ほら、リーダー！」
「リーダー！」
　きらりと眸を輝かせた琉珂に朱華はうんうんと頷いた。何時だって、天真爛漫な彼女には早くに亡くした両親が居る。朱華や鈴花――『紫晶銃の司書竜』劉・紫琳（p3p010462）にとっては珱・珠珀や琉維は里長としての認識が強い。
「それに、里長……琉珂のお父様やお母さまには朱華も挨拶をしておきたかったしね。」
「琉珂様の……珠珀様と琉維様のお墓参りですか。
　ええ、勿論お供いたします。琉珂様がそれを望まれるならば。私としては、琉珂様に頼っていただけるのは嬉しいことですし」
　穏やかに告げる紫琳に「ずーりんもありがとうね」と琉珂はにんまりと笑った。明るく振る舞っているが、恒例行事である墓参りに『オジサマ』が帰ってこなかったことは相当堪えているのだろう。
　近くに居る相手には出来る限りの笑顔で接してみせるのであろう琉珂を遠巻きで眺めながらも『深き森の冒険者』玖・瑞希（p3p010409）はきゅ、と唇を引き結ぶ。
「琉珂さん」
　名を呼べばくるりと振り返った里長の何時もと同じ表情に瑞希は「案内してくれる？　それで、思い出を教えて欲しいんだ」と微笑んだ。
「私の思い出話、聞いてくれる？　瑞希は別の集落の出身だものね、父母の事は知らないと思うし」
　フリアノンの外に出れば注ぐ太陽は心地良い。半分地下、とも呼べるような昏い骨洞を居住区とする亜竜種達にとっては未だ未だ見知らぬ世界が広がっている。
「俺らにかかればどこだろうと送っていってやるぜ！　気合を入れて、墓参りにいくぞ！　なんたって、今の里長は強いんだからな！」
　元気よくぴいぴいと鼓舞してくれる『太陽の翼』カイト・シャルラハ（p3p000684）の声に押されるように琉珂は歩き出す。
　未踏の地。入るべからずの立て看板――ピュニシオンの森。『よをつむぐもの』新道 風牙（p3p005012）はごくり、と息を呑む。
「私の両親は、この奥で亜竜種の居住域の拡大の為に調査をして居たらしいわ。
　両親が伴を連れていかなかったのは腕に確かな自信があったから、それと、何かあっても民を巻込みたくは無かったから」
「……だからこそ、この奥で亡くなったか。亡くなったその場所に墓があるんだな。
　親の墓参り――そうだよな、大事なことだよな、うん。……うん」
　永遠に逢えなくなった両親に。風牙は思うことがあったが呑み込んでから笑った。
「よし！　オレらにばっちり任せとけ！　安全迅速確実に、お前を送り届けてやるよ！　もちろん帰りもな！」
　微笑んだ琉珂はふと、思い出す。

　――おじさま、こんな暗い所怖いわ。
　手を引いてくれたあの人は「大丈夫、絶対に護ってやりますからね、安心しなさい」と、あの日――

●
「秋から冬にかけてを毎年ですか。琉珂さんのご両親、先代の里長夫妻のお墓参りを含む時期……。
　ならば、ご両親が健在だった頃は、彼が訪れる時期等も違っていたのでしょうか？」
　雑談の声も控えめに。『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル（p3p001984）の問い掛けに琉珂はこくりと頷いた。
　両親が健在であった頃にはベルゼーはふらりふらりと季節に問わず立ち寄ってくれていた。何時も忙しなく動き回っていた彼は急に訪れては駆け足で帰って行ったという。
　羽ばたきの音を隠しながら段ボールをひょこんと被って居たカイトは「足場はそれ程良くないんだな」とぼやいた。
「泥濘が結構ね。オジサマは水を好む竜種がいるから、とか言ってたけど」
「水かあ」
　ぴいと呟いたカイトは今日は晴れだからこそ、雨に誘われて遣ってくることはないはずだと琉珂へと自身満々に告げた。何せ、靴を投げてちゃんと表になったのだ。おまじないも十分効力を発揮しているはずである。
　森に住まう精霊達にリースリットが問い掛けたのはこの森には何が住んでいるか、だ。森の付近にはハイドラなどが住んでいると精霊達は怯えながら教えてくれる。近くに空腹のモンスターなどがいないかと警戒していた風牙は「ハイドラか」と呟いた。
「案外『R.O.O』の観測データも役に立つかも知れないな。あの時は『微睡竜』と呼ばれたヤツが居たけど……」
「『微睡竜』って、あれでしょ？　勇者王と友誼を図ったって言う伝説の！　んふふ、そんな子と会ったことがあるの？　風牙」
　声音は小さめではあるが琉珂は興奮した様子で風牙に問い掛けた。あの観測データはある意味で間違っては居ないのだろう。
　同じような脅威が存在する可能性は捨てきれない。だが、あの時の『R.O.Oの琉珂』は自由に森に出入りしていた。ひょっとすればベルゼーの言う『安全な道』というのも案外本当の意味合いで竜種や亜竜を避けるルートであったのかもしれない。
　それでも、だ。上空はワイバーンの領域。それらを覆い隠す木々があれども何時、何が襲い来るかは分からない。
「無理ゲーは相手しない方が良いからな。安々と喰われる気はねぇからな！　鳥を舐めんな！」
「鳥と言えば、私焼き鳥って初めて食べたのだけど」
「里長？」
　食べる気かと振り向いたカイトに琉珂がけらけらと笑った。明るく笑っている彼女にリースリットは「し」と指先を唇に当てる。
　一気に距離を詰めて倒したのは小型亜竜。そうした存在は多く居るのだろう。風牙は速攻で片付けた後に直ぐ離れようと告げた。
　精霊達との疎通を役に立て、道中は出来る限りの接敵を防ぐが――
「走りなさい！」
　鈴花は琉珂の背を叩いた。いざとなれば風牙に一時を任せ距離を取る。出し惜しみなどしない。瑞希は決死の覚悟で琉珂を庇うように走る。
　距離を取った紫琳の一撃に加えて朱華は剣を振り下ろした。
　そうして凌ぐこと数度。接敵の回数は思ったより少なく、『比較的』安全に辿り着いたのは少しばかり開けた場所であった。
　不自然に木々が存在していないその場所にはぽつりと墓らしきものが存在していた。手作りの墓標だ。

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「お母さん、お父さん」
　――少し前までは、パパ、ママと呼んでいた。お母様と呼びなさいと揶揄うように笑う母の笑顔は『まだ』覚えて居る。
　それでも、肉声はもう忘れてしまって。母と父の思い出を辿るように過ごした時の傍らに居た人が、もう居ない。
　ふと、琉珂が視線を遣ったのは萎れた花であった。それを見遣ってから朱華は柳眉を顰める。ああ――何て、人だ。
「――お墓参り、ちゃんと来てたのね」
　きゅ、と琉珂が唇を噛んだ。「萎れた花なんておいてあったら嫌でも気付くわよ！」と『ぶん殴りカウント』を更に増やした鈴花が唇を尖らせる。
「琉珂さん達の迷惑にならないように先に来ていた、という所でしょうか……。
　お墓の保存も恐らく彼の配慮。人柄の解る話です、が。
　……多少は生き方に融通が出来ても生まれは選べず、それ故の業から究極的には逃れる事も出来ない、か……」
　ただ、在り方だけが『人に近かった』だけなのか。それとも。リースリットは目を伏せる。
　彼が里でずっと過ごさなかったのはフリアノンの住民達を呼び声に巻込まぬ為だけではなかったのかもしれない。
　彼は、暴食だ。謎多き人ではあるがひょっとして『来ていなかった時間はその腹を満たさねばならなかったのではないか』
「優しい人、なんだよね。さとちょーが大好きだったんだもん」
　分かって居るけれど――分かって居るからこそ、大好きな『さとちょー』の傷付く顔を見ると許せないのだとユウェルは唇を尖らせた。
　墓の周りを掃除しながら、ふとユウェルは物思う。こうして墓参りに来ると自身の本当の父や母はどんな人だったのかと考えてしまうのだ。
（いつかおかーさんは教えてくれるのかな……）
「ゆえ？」
「んーん」
　首を振ったユウェルはそっと立ち上がった。
「よし」
　周辺の掃除を終えた風牙はくるりと振り返ってから萎れた花を抱き上げた。
「これは、枯れちまうけどどうする？」
「埋めてやれば土を肥やすわ。そうしてあげましょうよ」
　琉珂の提案に風牙は肯いた。土を盛り上げ近くに花を埋める。萎れた花は桃色と白色。琉珂は「父母が好きな色よ」と風牙の傍でぽつりと漏した。
（琉珂さんの友人の、新道風牙です。彼女と集落は、きっとこれからもっと立派になると思います。安心して眠ってください）
　凜と立つ里長の佇まいは一人で生き抜くと決めた証だった。風牙が心の中で伝えんとしたその言葉が一人の少女を更に強くすることだろう。
（海に行ったり、学園祭ってものに行ったり、動く料理を作ったりあの子すっごく楽しそうなの。
　アタシね、リュカの笑顔が大好きだから……だから、絶対その笑顔を守ってみせるわ）
　所在なさげに墓を眺める琉珂に「どうしたの」と朱華は笑いかけた。何時もはオジサマと一緒だったから、どう伝えれば良いのか分からないという。
「馬鹿ね、言いたいことを言えば良いのよ。
　里長、ううん、琉珂のお父様、お母様。まだまだ頼りないところはあるけれど、琉珂はちゃんとやれてるわ。
　琉珂だけじゃない。朱華や皆だって少しずつ前に進めてる。だから、心配しないで」
「……た、頼りない里長になっちゃったけど、それでも皆がいるから、私は立派になりたいの。
　皆が世界を救うその姿が私にとっては眩い太陽みたいだったから。大好きな人達と、生きていきたいの」
　だからこそオジサマとは決別した。それは口に出来ないまま琉珂は決意を告げる。
（珠珀様、琉維様。琉珂様は里長としての務めを立派に果たされております。
　これから先ベルゼー様の事以外にも様々な困難に直面するでしょうが、琉珂様ならば必ず乗り越えられます。
　私たちも支えていきますので、どうか見守っていてください……）
　目を伏せて祈るように紫琳は心の中で呟いた。琉珂は母である琉維によく似ていたらしい。無鉄砲で、元気いっぱい。落ち着く暇もなく笑顔を見せる愛おしい人。
　そんな彼女が一人で立たねばならない場面に直面したのだ。
　大切な友人として珠珀を、琉維を愛したベルゼー。彼の人となりを知れば知るほどに、どうすることも出来ない壁に直面したように心が苦しくなる。
「琉珂さんのご両親、どうか安らかに。そして……どうか、彼の行く末も見守ってあげてください」
　願うように囁いて、リースリットは墓の影にそっと隠されていた箱を見付けた。

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「箱？　宝箱？　なんだろな、開けるならここで開けちゃったほうがいいかもしれねえな。
　そうすればくれた人に感謝がすぐ言えるかもしれないしな。吐き出せるものは吐き出しちゃえよ！」
「だ、大丈夫かしら」
　カイトを振り返る琉珂にリースリットは肯いた。「一緒に居る」と風牙が快活な笑顔を見せれば琉珂は唇を震わせて「明けるわ」と言った。
「うん。リュカ。一緒に見ても良い？　何が入っているのかしら」
「一緒に、いてくれる？」
「勿論。さとちょー、りんりんとわたしが手を握るよ。大丈夫」
　にこりと笑ったユウェルは箱の中に何が入っていて何が起るかも分からないと琉珂の手をぎゅうと握った。
「だいじょーぶだよ、さとちょー。何があってもわたしはさとちょーの味方！
　そう約束したしわたしはその場所にいたいから。わたしをさとちょーが見ててくれて危ないときはりんりんが止めてくれる。
　今のままが大好きだもん。だからずっとずーっとわたしはさとちょーの隣にいるよ。
　……もしさとちょーが不安そうになったらりんりんと一緒に手をぎゅっと握ってあげる」
「ユウェル……」
「さとちょー……ううん、琉珂。また来年も楽しい話をいっぱい作ってお墓参りに来ようね」
　そうして『おとーさん』に報告しようとユウェルは笑った。瑞希は「気をつけてね」と声を掛ける。
　思い出話を沢山重ねて、笑い合った。周辺には気を配って細やかなコレまでの報告はいつも以上に華やかな話しになっただろうと瑞希も感じている。
　墓が存在し、ベルゼーが来ていたならば箱も危険なものではないと瑞希は信じたかった。
「冠位でも竜種を従える強い人でも、琉珂さん達に会ってる時は本当にただのベルゼーさんだったんだろうな、って思うよ。
　――そう合ってほしいと願ってるんだ。
　だからね。次に会った時は、色々聞けるように、伝えられるように。ボク達も強くならないとね！
　言わなきゃ分からないことだって、いっぱいあるんだから」
「ほんとよ。殴ってやらなきゃ！」
「りんりん、オジサマ殴るの～？」
　揶揄うように笑う三人に、琉珂は心臓が飛び出しそうになりながら箱に手を掛けた。
　カイトが「大丈夫だって」と背を押してくれる。怖ければ手を握ってやると風牙が笑ってくれる。
　何かあっても護れるとリースリットは力強く告げ、紫琳は見守っていてくれるから。
「琉珂」
　朱華が肩をぽんと叩いた。
「頼りない里長になっちゃう？」
「ううん。――えいっ！」
　勢い良く開けた箱の中には――手紙と、指輪が二つ。
　その指輪に琉珂は見覚えがあった。「指輪？　誰のだ」と問い掛けてカイトははっと気付く。
　琉維と珠珀のものか。互いが分かたれぬようにと作られたペアのリング。それはカイトが愛しい人と共にと未来を誓う際に渡したピアスにも似た、意味を込めたリングだ。
「お父さんと、お母さんの」
　震える声で琉珂は指輪の後ろに存在した手紙を開いた。風牙は少しの間を置いてから「何て書いてある？」と問う。
「……知ってたって。お父さんは、オジサマが『冠位魔種』だったこと」
　ぽつりと呟いた琉珂に「え」と風牙が声を漏した。それでも『外』との交流が無かった彼等にとってはベルゼーは命綱だった。
　越冬のための蓄えも、何処まで人の領域を伸ばすことが出来るかも。其れ等全てがベルゼーに頼りきりだったのだ。
「知っていて、交流していたのですか」
　リースリットは仕方が無かったのだろうと呟いた。アウラスカルト達と里に訪れていた時点でも良く分かる。
　ふと、鈴花は琉珂の手にしていた箱の隅にもう一枚のメモを見付けて取り出した。ユウェルとと朱華がその手許を覗き込む。

　――琉珂へ。
　本当は珠珀と琉維が生きている内に辿り着いた。
　胸騒ぎがして、彼等の元へと急ぎ向かったのだ。
　二人はこの身が持ち得た災いをよく理解していた。二人を殺したのは、このベルゼーなのだ。
　だから、どうか恨んでおくれ。
　この箱の中身を見たならば、ベルゼー・グラトニオスはお前の傍にはいないだろうから。

　ひゅ、と息を呑んだ鈴花に朱華は「一先ず、持ち帰りましょう」とだけ返した。どう受け止めるべきか分からないベルゼーの告白は小さく折り畳んで里へと持ち帰ると決めた。

　――二人を殺したのは――

　その言葉を真に受けて良いのか。それとも。昇華出来ぬ心を抱えた亜竜種の三人に瑞希は小さく肯いた。
　今、琉珂が其方を向いてしまえばその心の置き所も分からなくなる。だからこそ、瑞希と紫琳は三人の様子に気付きながらも敢て琉珂に話しかけた。
「琉珂様、行きましょう」
「紫琳が私の手を引いてくれるなんて珍しい」
「ふふ。寒くなってきましたから」
　手を引いて歩き出せば、またも森の恐怖が傍らに存在している。
「琉珂さん、帰ったら一緒に歌おうよ」
「お歌を？」
「そう、鎮魂の歌。歌は屹度、遠くの空まで届くんだ。だから、琉珂さんの声が聞きたい人に、絶対。届くから」
　森の入り口まで戻ったら一緒に歌おう。笑った瑞希に肯いて「私は瑞希の歌が好きよ」と琉珂は笑った。
　その声が、苦しい時も導いてくれる気がするから。

成否

成功

ＭＶＰ

なし

状態異常

なし

あとがき

　お疲れ様でした。
　少しずつ、前を向こうとする里長でした。