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シナリオ詳細

<獣のしるし>たすけて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――鉄帝と天義の国境沿いに一つの森林地帯が存在している。
 それは『殉教者の森』と呼ばれる地だ。ただ、それは天義での地名であって、鉄帝側からは『ベーアハルデ・フォレスト』と呼称されているのだとか。
 まぁそれぞれの呼び名はともあれ、だ。この地では今、一つの問題が生じていた。

『ひぃぃ、助けて! 殺される、殺される……うわああああ――!!』
「くっ、また聞こえてきたぞ……どこからなんだ!?」

 それは、謎の『影の兵』が出現している事である――
 奴らの仔細は知れない。ただ、天義側から鉄帝側へと向かうように進軍する姿が、幾度か目撃されている……その中にはR.O.Oで出現した『ワールドイーター』という怪物の姿も混じっているとか――
 この事態に対し、天義側は素早く情報収集の為の動きに出た。鉄帝側に向かう動きがあるとはいえ、連中がいつ踵を返して国境付近の街や村を襲わないとは限らないし、そもそもからして魔に属する様な気配がする者を放置など出来るものか。
 故にこそ騎士団に属する者が森の調査を行った――のだが。
『あああ、助けて! 助けて! 痛い!! 痛いいいい!!』
「むっ! こっちだな! 無事か!? 今助けるぞ――ッ!!」
 その最中。森に響く『助けを求める声』を聴いた。
 痛みを訴える声だ。悲痛なる声を放っておけようか――
 天義の騎士団は正義を成す者達であればこそ、往く。
 この先に影の兵がいるかもしれぬ。それは承知の上で。
 己が命を賭してでも――と。
「――なに? 誰も……いない?」
 だが。騎士が場へと飛び出してみれ、ば。其処には人の気配などなかった。
 いやそれ所か、誰かが争った様な跡すらない。
 おかしい。今の悲鳴からすれば、血が流れていてもおかしくないのに……と。その時。

『痛い痛い痛い、食べないで助けて痛い痛い、いた、い』

 再び声がした。『背後』からだ。
 ――振り向いた時には遅かった。騎士の身を襲う、激しい衝撃は……攻撃の証。
「ぐ、ぁ――?」
『たすけてたすけてたすけてたすけて』
「こ、これはまさか――!!」
 刹那、騎士は見た。己が背後にいた存在を。
 ソレは。
 人の声を挙げる。
 ソレは。
 人を呼ぶために人の声を挙げる。
 ソレは、人ではない。大樹の如く巨大な『人の影』
『たすけて、ヒ、ヒヒヒヒヒヒ』
 貴方を殺す為に、呼んでいる。
 ――貴方を食べる為に、呼んでいる。


「イレギュラーズ、よく来てくれた――依頼を頼みたい」
 後日。ローレットに正式に依頼が持ち込まれた。殉教者の森を調査してほしい、と。
 ここ最近で噂になっている『影の兵』の事で、だ――
 調査に赴いている騎士が行方不明になっているという。命からがら逃げかえって来た者もいるにはいるのだが……その者の話によれば『たすけて』と人の声を出して、騎士なりを誘き寄せる手段を用いてくる敵がいるとの事だ。
 では大勢を率いて討伐に赴けば良いのではないか――そう思われるかもしれないが。
「しかし現場が国境付近と言う事もある。今の鉄帝を無為に刺激するのは危険だ」
「成程。だから少数で行動できるローレットに、と」
「ああ。一騎当千である君達に願いたい――
 人の声を用いて誘き寄せる『影の兵』を撃滅してくれ」
 奴に関する情報は多くない。しかし幾つかの事は分かっている。
 まず奴は静止状態にある限り、かなり高い隠密性を宿していると思われる――調査を行っている騎士が警戒状態であるに限らず強襲されている事から大樹か何かに偽装しているのでは、と。
 そして奴が生じさせる『声』も特殊だ。
 おおよその位置方向は分かるのだが、近付くと途端に方向が分からなくなる。音の反響がまるで全方位から響くように……これも奴の偽装としての力なのだろうか。耳が良いだけでは、奴の位置を特定するのは難しいかもしれない。
「ふむ……いっそ反射神経に優れた人物が『強襲させる』のも手だろうか」
「ああ。それで位置が判明しさえすれば後は十分戦えるだろうしな――
 ただ、それはそれとして気を付けてほしいのがあと一点……」
「なんだ?」
「奴らの声だが、妙に……こう。迫真に迫っているらしいんだ」
 と。依頼主はやや怪訝な顔をしつつ――イレギュラーズ達に語る。
 森から聞こえる声は、救いを求める声なのだが……
 魔物が演じているには思えぬほどの悲痛さが込められている、と。
「アレは」
 もしかしたら。
「奴が喰らった犠牲者の――今際の際の、本当の言葉なのかもしれない」

 痛い。苦しい。助けて。食べないで。嫌だ。助けて。子供だけは――

 それらが森の奥から響いてくる。貴方達の感情を揺さぶる様に。
 気をしっかり保つ事だ。でなければ冷静さを失い、剣が鈍るかもしれない。
 ――ほら。森の奥から響いてくる。
『たすけて! たすけて! だれか、だれか――!!』
 貴方を呼んで、いる声だ。

GMコメント

 たすけて。
 以下詳細です――

●依頼達成条件
 『影の兵』の撃破

●フィールド
 『殉教者の森』と呼ばれる天義と鉄帝国の国境沿いに存在する地です。
 周囲は木々に囲まれています。時刻は夜です――
 なんでも後述する『声』が聞こえるのは夜だけなのだからとか。

 視界を確保する術などがあれば戦いやすくなることでしょう。

●敵戦力
・『影の兵/汚泥の兵』ウィスパー×3体
 殉教者の森に潜む『影の兵』です。
 その存在は不明ですが、魔に属する者なのは間違いありません。
 大樹の様に巨大な人型の影です。

 ウィスパーはまるで人間の様な声を発します。男、女、子供、変幻自在に……それもそのはず。こいつは『殺して取り込んだ人間の声』を――出せる能力があるのですから。
 故にその声に乗る感情は正に真に迫っています。
 場合によって【怒り】が付与される事があるでしょう。
 その他、命中や回避などにもある程度の影響があるかもしれません。
 心を強く保ってください。そうすれば防げます。
 犠牲になった者は恐らく、現在の鉄帝から避難しようとしてきた難民や国境付近に住まう天義の民など――かもしれません。

 また、静止状態に限り、非常に高い隠蔽能力を宿しています。
 強襲されると大ダメージを受ける可能性がありますので、ご注意ください。

 その他の戦闘能力としては、巨大な腕で薙ぎ払ったり、巨大な腕で人間を捕らえ『捕獲(捕食)』しようとする事がある模様です。捕食は非常に強力なダメージ+ウィスパーのHPを回復させる効果があります。

●名声
 当シナリオは天義/鉄帝に分割して名声が配布されます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
 たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけ――ヒッヒイヒヒヒヒ。

  • <獣のしるし>たすけて完了
  • GM名茶零四
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年11月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)
復讐の炎
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす

リプレイ


 人の声を模し人を誘うとは――
「悪知恵を身に付けてる魔物もいるものね。
 ま……とても自然発生とは思えないのだけど?
 全く。こんなのものを産み出した犯人も、さぞ性格が悪いのでしょう」
「……なかなかいい趣味してる敵じゃねえか。そいつ等とならいい酒が飲めそうだ」
 言うは『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)に『隠者』回言 世界(p3p007315)だ。世界に至っては吐き捨てるかの如く――であるが。
 もっとも俺は酒を飲まないし、コレの首魁共が如何なる連中か知らないが……そいつ等も酒なんかより真っ先に目の前のお肉に跳び付きそうだ、と。
「厄介な相手が出たものだな。吐き気がするほど、合理的な罠だ……
 ひとまず。奇襲されぬ様に布陣せねば、な」
「ふぅむ、影……影? にしてはしゃべるんですねぇ。
 相変わらず世界にはよく分からないものが沢山いるものです。
 ま、そういう『よく分からないもの』を誰ぞが此処に導いたのかもしれませんが」
 しかし今は奴めの奇襲を警戒せねばならぬと『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)に『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)は円陣を組む様にして敵の気配を探るものだ――
 如何に擬態に優れていようとも、手分けして探れば見つけられぬ筈はあるまい。
 そう思考するアンナは優れた三感をもってして己ら以外になにがしかの気配がせぬか探り、世界は此方へと向けてくる敵意が無いかと集中。ジョージは温度の差異を探らんと視線を巡らせ、ベークは甘味の香りを周囲へバラまこうか。
 いずれか一つでも敵に引っかかれば後は叩くのみであるのだから。
「闇夜であろうとも存在が無になる訳ではあるまい。必ずや捕捉してみせよう」
「あぁ……こんな敵を見逃す訳にはいかない。此処で終わらせるんだ」
 故にこそ『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)や『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)は、暗闇すら見通す目をもってしてウィスパーがいないかと周囲を探るものである。死者を利用する類のモノは、今までに幾度も戦ってきたが――いやはや。
「相も変わらず――胸糞が悪くなる存在ばかりだな?」
 腹の奥よりせり上がる様なこの感覚、汰磨羈は知っている。
 ――連中を滅さねばならぬ。
 強き決意を瞳に宿し、連中がどこから来てもよいように視線を巡らせ――そして。

『たす、けて』

 聞こえた。聞いた。分かった。見えた。
 あぁそこに居るな――非道にして下劣たる魔よ!
「クカカカッ……良い能力を持っているじゃないか、どうやっているんだ教えろよ」
 然らば。其方へと振り向いたのは『復讐の炎』ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)だ。敵が出てくるまで溜め込んだバネを爆発させる様に――彼は高速へと至る。仲間の警戒と注意があらば強襲に備えるは十分たれば、後は抑え込む!
 ウィスパーの巨大な腕が振るわれるのを寸での所で躱しつつ叩き込む一撃――
 見れば、確かに其処には影の巨兵がいた。
 あぁ確かにその巨体から振るわれている――助けを求める、切実な声が。
「人の声を、こんな……! 助けを求める声を聴いてから殺した、とでも……
 なんて、なんて惨い事を――!」
 であれば『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)の胸中に渦巻くは数多の感情。
 悲哀。怒り。『声』を斯様な事に使うなど、許せない。
 ――此処で絶対に、悲しい連鎖は終わらせてみせると。
 彼女は謳う。それは味方に戦の加護を齎す音色――
 同時に、この地で犠牲になったであろう者達の魂を鎮める、鎮魂歌でもあったろうか。


『ヒ、ヒ、ヒィ――!!』
「耳障りな声だ……犠牲者の声色を真似るとは。
 即刻に口を閉じてもらおう。喰らってきたなら、喰われる覚悟もしておけ!」
 そして敵を――まだ一体ではあるが――発見出来たのであれば続くはジョージだ。涼花の支援たる音色を身に宿しつつ、彼はカンテラの灯りを敵へと向けよう。然らば暗視の力を持たぬ者にも奴の姿がしっかりと映し出される。
 大きい。闇夜に紛れるかのような漆黒の身は、しかし照らされれば異様として映るものだ。
 やはりハッキリと視認できていれば奴の隠蔽能力は発揮されない――
 故に攻め込む。奴が再び闇夜に微睡まぬ様に、全霊たる一撃を。
「確りと燃えるがいい。ジョージの瞳にも、はっきりと見えるくらいにな」
「他にも潜んでる個体はいる筈――まだ油断しない様に、ね!」
 直後には汰磨羈にアンナもウィスパーへと撃を紡ぐ。
 燃やし尽くしてみせよう、その身体を――と。汰磨羈が放つは刀身を超高速で叩きつける一閃。火花はおろか炎とも言うべき代物を生み出す彼女の流派の威力は凄まじく……更にその傷口を更に抉る様にアンナの剣撃が続く。
 それは汰磨羈の炎とは対極の、氷を宿した一閃。
 躍る様な連撃は傷の深さを広げ――怒りを此方に向けんとしようか。
 ……無論、その間も彼女は警戒を忘れていない。優れた嗅覚で、近くに植物の匂いがしない、樹に変じた存在がいないか――或いはこびり付いた血の匂いがないか――常に警戒もしていて。
『があああ痛い、痛いイタイ痛い、誰かぁぁぁ!!』
「あぁ……聞こえるよ……助けを呼ぶ声が……ごめんね……
 ごめんね……この事態を、もっと早く気付く事が出来てあげれば……」
 であれば、痛みを犠牲者の声で訴えるウィスパーへと視線を向けるのはマリアだ。
 彼女の五指に力が宿る。
 彼女達は如何程に無念であったろうか。どれ程の痛みの中にあったろうか。
 助けてあげられなくて、ごめんね……でもね。
「――君達の無念は必ず晴らす。必ずだ。君達の嘆きは、決して忘れない。
 さぁ! 潜んでいる者も含め、どこからでもかかってきたまえ! 私が悉く打倒してみせよう!」
 今、仇は討ってあげるから!
 マリアは往く。全霊の紅雷を身に纏い、自らを弾丸の様に超速射出。蹴撃一閃!
 狙うはウィスパーの膝関節。撃ち砕く様に叩き込め、ば。
「クカカカッ貴様らが最初に仕掛けた事だろう? どうした怖いのか? それは演技か、それとも素か? まぁどちらでもいい――良い声で鳴いてくれ……っ!! 森中に響き渡る様になぁ!!」
『ギィィッ、ィィ!!』
 更にウルフィンもまた敵を狙い定めるものだ。
 逃しはしない。あぁウィスパーよ、食べたモノ達の声を真似る生物だというなら最期くらいは『本当の悲鳴』って奴を聞かせてくれ……! どうした。それが腹の奥底からの声か? 聞かせてみせろもっとモット――!!
 ウルフィンは高速の儘に槍を突き立てる。腹を捌く様に。より深き痛みを与える様に。
 体を引き裂き恐怖を与えてやろう――!
「ふむ。来ますね、次の奴が近いですよ」
 が、その時だ。甘い香りを漂わせていたベークが気付く。自らに殺意が至っている、と。
 瞬間。襲い掛かってきたのは――別の個体のウィスパーだ。
 巨大な拳がベークに襲い掛かる……も。注意と警戒、そして何より自らに撃を引き付けんとしていたベークにとって己に攻撃が至る事は予想の範疇であった。激しい衝撃が身を襲えども、それは致命でもなくば防御も出来ており被害は最小限。
『ア、ア、ア、アアアア――!』
「煩いですねぇ。こんなの、別に本人が喋ってるように聞こえるだけですよね。
 本物が目の前にいて苦しんでいる訳でもなければ――どうとでもなるでしょう」
「つっても一応警戒しておかねぇとな。ここで俺達が失敗したら声の種類が増えるだけだし……あぁ、必要なら誰か耳栓でもいるか? あの声がちったぁマシになったりはするだろ」
 愛も変わらずウィスパーらは耳障りな声を挙げるものだが……ベークの心は淀まない。世界も眉を顰める事はあれど、今の所は平常通りであろうか――
(……あぁ。こんなの屁でもねぇぜ。全く、な)
 そも、彼は己が思考や心を並列に展開し切り離す事が出来る。
 故にこそ揺るがない。いやそうでなくても声で飛び出す程――若くもない、か。
 念のため。皆の様子がおかしくならないか常に声と力を張り巡らせてはいる。
 必要であれば治癒の術も飛ばそう。声を抜きにしても、ウィスパーの膂力は危険であるが故に。
「あと一体、どこかに潜んでいるはずです……! 早めに見つかればいいのですが……!」
 同時。涼花も治癒と支援を行わんと、己が喉を震わせるものだ。
 この旋律が皆の心の安寧になると願って。怒りに身を任せぬ様に――願って。
 ウィスパー達は常に此方をかき乱さんとしてくる。
 だが負けてはならぬ。こんなモノを、これ以上好きにさせていられないのだから。
 そして誰も犠牲にさせぬべく――彼女は渾身の限り謳い続ける。
 高らかに。戦場へ、彼らのもとへ、届けましょう――!
『どうして、どうしてアアアアア!!』
「馬鹿の一つ覚えみたいに似たような悲鳴を出すわね。それ以外の挑発の方法は知らないの? あぁ。所詮は発想力がない魔物よね――滑稽だわ」
 然らば、皆の意識はクリアに。感情に飲まれる事なく戦い続けようか。
 どこまでも声を出し続けるウィスパーへとアンナは加減なく撃を紡いでいく。終焉を刻む一撃を奴の身へと叩き込み、その命を崩さんと……そうしていれば戦況は概ねイレギュラーズ達に優勢と言える状況であった。もう一体は堅牢たるベークが抑えているし、なにより奴らが得意としていた強襲は徹底した索敵によって潰せていたことが大きい。
 未だ潜み続けている残り一体も、時間の問題だろう。
 周囲の精霊と意志を交わす世界や、ファミリアーによる使い魔で捜索を続けている涼花などがいるのだ。そして全周囲を警戒できるように円陣に近い形も維持している――隙は無い。
「論外だな。全く以って聞く価値も無い。そんなモノが人の慟哭だとでもいうのか?」
 故に汰磨羈は此方の身を掴んでこんとするウィスパーの一撃を躱しながら、言うものだ。
 幾ら真に迫っていようが、所詮は紛い物。
 どれだけ似せようと、貴様のソレは本人が出した声に届きなどしない。
 ――『感情』ではないのだ。
 ソレには本物の感情がない。
 ソレには本物の魂が込められてはいない。
「惑わされるな。こんなもの、只の壊れた蓄音機の過ぎん!
 今こそ無為なる嘆きを終わらせ、連中自身の断末魔を――響かせてやる時だ!!」 
 何一つ、己の心に響きはしないと。
 ウィスパーの身へと撃を放つ。紛い物よ、消え失せろ――とばかりに。


「おっとっと……流石に巨大な歯ですねぇ。ですが大人しく食べられる心算はありませんよ」
 戦いは最終局面に移ろうとしていた。
 最後の一体が現れたのである――ソレはベークを掴み、捕食せんと往く。
 しかし無駄だ。ベークの身はそんな一撃程度で壊れはせぬ。
 いやむしろ棘が刺さるかの様な痛みを与えてやろうか。
「ふむ……効いてます? 効いてますね? 貴方達は多くの人を傷つけている――ああ、気分が良くない話ですねぇ。だからこそ、痛みは存分に味わってもらいますよ。これは報いというものです」
「犠牲者の声を真似るのではなく、犠牲者の声を聞けッ!
 どこまでも其の嘆きを理解できないなら……雷速必中の蹴り、見せてあげよう!」
 更にはマリアが襲来する。あぁ――犠牲者の声が未だ聞こえてくる、が。
「それは逆効果だよ。私の心を乱せるとでも思ったかい?」
 犠牲者の声を聞くたび力が沸き上がるんだ。
 必ず仇を討つと! 必ず打ち倒すと! 君達の無念を――確かに聞いたと!
 0に出来るかなど分からない! それでも犠牲者は減らすことはできるから!
「ここで倒れてもらう! どんな事情があったとしても、君達は許されない事をした!」
「ええ。冷静に、確実に。此処で逃さず……この敵を仕留めましょう」
 更に続くはアンナだ。ベークがウィスパーに一時的にせよ捕らえられたならば、フリーとなっているもう一体の抑えに回る。氷を宿した刀身をもってして敵を切り裂き、此方へと視線を向けさせよ――
 ……今まで倒してきた敵も、きっとこの声と同等……いえ、これ以上の悲鳴を生み出してきていたのでしょう。だから、決してこの敵だけが特別ではない。だけれども――失敗は許されないのだ。
 どれだけ腹立たしくても。感情に飲まれる訳にはいかない。
 命を賭して情報を得てくれた騎士達の犠牲を無駄にしないためも。
「終わらせてもらうわ。これ以上の悲劇は紡がせない」
「そうです……! 落ち着いて、対処しましょう。そうすればきっと……」
 心は熱く、頭は冷静に。心中の水面に波を立てず――戦えるからと。
 前線にて戦うアンナやマリア、ベークらへと治癒術を紡ぐのは涼花である。
 どれだけ憤った所で――自らが急に戦えるようになったりはしないのだ。
 だから、耐える。強く拳を握りしめる事はあっても、決してそれ以上はせぬ。
 揺さぶられないよう、冷静に。
 限られた手数の支援をどれだけ有効に使っていけるか――
『アアアアどうして、どうして! 誰も助けてくれないのおおおお!!』
「ッ……! 負けられないんですから……!」
 強き意思が怒りの誘惑を――打ち消す。
 惑わされない騙されない。これは奴らの力に過ぎないのだ……!
「あぁ……そもそも知らない人間の言葉なんかで何かを想ったりするかよ」
 であれば世界も同様に、だ。知古の間柄でない者の死によって痛む心など元から無い。
 ご冥福をお祈りします、なんて。
 沈痛な表情を取り繕い、後は社交辞令の様に上辺だけの優しさを演出するだけだ――あぁ。
「……ああ反吐が出る」
 それは。一体誰の何に対しての――ものであったろうか。
 歪む顔色。だけれどもそれは一瞬で、後には世界は力を振るう。
 仲間の傷が増えれば治癒を。心の平穏を取り戻す為であれば号令による支援を。
 ウィスパーに刹那の隙があれば――呪念を込めた一撃を叩き込んでやろうか。
 蝕め魂よ。その痛みこそが、呪いの証であるのだから。
『ギィィィアアアアア!! が、が、がああああ!!』
「砕けろ! 叫べ! 許しを請うように、天に叫んでみせろ――! クカカッ!!」
 直後。ウィスパーらの叫びがより激しくなる。
 それは果たして犠牲者の声なのか。それとも連中自身の声だったか。
 いずれにせよ決着は遠くない。一体を食い破ったウルフィンはその勢いの儘に残存のウィスパーへと突き進んでいくものだ――あぁ昂りが彼の身を世に晒す。魔狼たる姿が世に刻まれる。傷んだ身こそが彼に生の実感を与え、膂力をこそ増そうぞ!
 怒りと戦いに酔いしれる怪物こそが――彼の本質であれば。
 穿つ。全身全霊の一撃が襲い掛かり、更には汰磨羈がウィスパーの腕を切って捨てる。
「食われた者達は全て、そのはらわたの中か。
 今や救う術などあるまいが……ならばせめて。
 その体を確実に滅却し、犠牲者達を成仏させてやらねばな!」
『ヒィィィ!! 待って、待って!! たすけ――』
「たすけて欲しいんだろう? ならば、今。楽にしてやろう……! 望みの儘にな!」
 両断せしは彼女の水行を基にした一撃。
 水銀めいた外見の汞手がウィスパーの抵抗諸共貫こう――
 最早数も減った魔に態勢を立て直す事など出来はしない。
 仮に逃げ潜もうとしても、今更この状況でイレギュラーズ達が見失おうか。
 どれだけ紛い物の慟哭を響かせても――あぁ。ジョージの心に隙は、ない。
 感情に呑まれるな。激情を支配しろ。
 自らを見失うな。名を唱えよ。
 お前は誰だ――?
「俺は」
 五指に力を込める。全ての情は、その手に込めるだけで十分なのだから。
「俺は――『ジョージ・キングマン』だ」
『アアアアア――ッ!!』
「今だ真似事を止めぬなら――地獄の底で吼え続けろ!」
 意思でも振りほどけぬ怒りはその拳に。熱量も何もかもを奴の腹へ。
 直上一閃。虚空刺突。
 万象滅すが如し憤怒の一撃は――確かに、魔の魂を貫いたのだ。

 ……然らば、静寂が森に戻る。

 最早闘争の気配はない――全ては終わったのだ。
「仕舞、か。ウィスパーの生態を調べておきたいが……
 その前に奴等の手に掛かった者たちの弔いを行うべきだろうな」
「あぁそうだね――犠牲者の皆が天で安らかに眠れますように……
 仇は……討ったよ……だからどうか、安心しておくれ……」
 ならばと。ウルフィンやマリアは犠牲者の供養をせんと動くものだ。
 天に祈りを捧げる。生きたかった最後の者たちの声はこれで安らかに眠れるだろう……
 少なくともマリアやウルフィンは――そう願っている。
「一体誰がこんな事を始めたのかしら、ね。いつかは暴いてやらないと」
「全く。いつの世も……大乱を望む者はいるのだな」
「――それでも。俺達の行動で、少しはマシになったと信じよう」
 念のため周囲に敵影が無いか確認するアンナや汰磨羈。
 誰が裏に潜んでいるのか……根を絶つはいずれ、と思いつつも。
 ジョージは煙草に火を付けつつ思うものだ。
 此処を根城にしていた者が滅された事により、未来の犠牲者は少なくなっただろう、と。

 煙草の煙が、揺蕩っていた。

成否

成功

MVP

アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞

状態異常

なし

あとがき

 依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
 鉄帝でも天義でも色々な『闇』がある様です。
 ともあれ皆さんのおかげで殉教者の森の一角の問題は確かに片付きました――ありがとうございました。

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