シナリオ詳細
<大乱のヴィルベルヴィント>溶けぬ結び目
オープニング
●吟遊詩人は語りだす
「お客さん、この辺は物騒だよ」って?
ああ、もちろん知っているさ! そんなことも知らないような間抜けじゃあ、吟遊詩人はやっていけない。
そうだったね。たしか、皇帝の座に挑んで、バルナバス・スティージレッドが勝ったんだって。世も末だ。はっはは!
ああ、いいんだよ、俺はそれなりにもっているからね。身を守る手段ってのを。
リュートを持った男が、酒場にやってきた。用心棒がじろりと男をにらむ。新しい皇帝を新しいボスとあがめ、荒くれ者たちが集う酒場は新たな秩序に支配されただけではあったが、少なくともまだ新しい秩序がある。ひょろりとした男は弱そうに見えるだろう、と自分で言った。
「いいんだよ、吟遊詩人の武器は拳じゃないからな」
じゃあ、面白い話を聞かせてくれるんだろうな。
酔っ払いが絡む。あちこちで軽い喧嘩が起きている。
「治安、悪いなあ。ああ、いいだろう。それでは俺がやってきた話を一つ」
●復讐譚(よくあるはなし)
これはこれは、山賊に母親を殺された少年のお話だ。そして女を殺した山賊のお話だ。
少年は食うに食い詰めて孤児として鉄帝の隅でコソ泥を働いて生きてきた。いつかの復讐を誓って……けれどもそんな彼にも救いの手は差し伸べられた。優しい聖職者が彼を引き受けてくれたんだ。
一方で、山賊のほうも、気の弱い奴で、まさか女を殺すつもりでもなかった。別の聖職者に諭されて生き方を改めた。ああ、そうそう。くしくも、少年のやしない親と同じ師を持っていたやつだった。牢屋に入り、罪を償い、彼はラド=バウの下級闘士として必死に稼いで孤児たちに金を渡した。
少年は相手が母の仇だとも知らず、その親切にひどく感じ入って……ヒーローになるべく修行を重ねた。彼も闘士になりたかった。
な、よくある話だろ?
でも。テンプレってのは大事だ、いくらでも語りなおそう。なんどだって再話する。口から声として語りなおされることこそが重要だからな。
そう、少年は闘士になった。憧れのヒーローとの対戦チケットを得た。
「どうして?」
闘士の仮面の下にあったのは、そう、憎き仇の顔だった。元山賊はここが自分の墓場になることを察した。過去が復讐しにきたのだと察した。今死ねば、いくらかはとがめられようが試合の上での正当な決闘になるだろう。終わりを予感して目を閉じる。
どうした、とどめを刺さないのか、男が言うが少年は剣をとり落とすわけだ。
「だって母さんはそんなこと望んでいない!」
そんなのつまらないだろ?
……だから俺は言ってやったのさ。
『違う違う違うそうじゃないだろう? 全く、どいつもこいつも腰抜け太郎か? 死者の声をちゃんと聞いたのか? 話し合いは大事だぞ! ってな』
物語ってのにはお作法がある。復讐は完遂されてしかるべきだ。俺が後押ししたら男の子はきちんと仇を討って、で、めでたしめでたしってわけだ。
『さて、お代はこんなものでいいかな? 皇帝陛下バンザイ! はい、どうも』
吟遊詩人が立ち上がる。
魔種『ロギムリア』――自称「吟遊詩人」。いるだけで怨恨を広める、呪わしき魔種。
店の中では阿鼻叫喚の乱闘が起こっていた。ささやかなケンカだったのに、もはや、殺し合いの様相を呈している。包丁を振り上げた店主の横を吟遊詩人は悠々と去っていく。
『俺は弱いが、鉄帝のみなは強いだろ? 死者の言葉を語りなおす。本来の言葉を教えてやるんだ!』
●
飢えが広がる。
混沌有数の極寒環境が訪れる――『冬』に向けて。たくわえが必要だ。
「今なら新皇帝の騒ぎで鉄帝は一枚岩じゃない。その間に、あの港がほしいってわけだ」
「ああ」
息子ラグナルの言葉に、ヘルニールは頷いた。
「当然だが、俺を止めても無駄だ。ほかのノーザンキングスの意向でもある」
「……」
――しかしこれから行われるのは略奪だ。
じぶんだって、多少、混乱を起こすことはできるだろう。進軍を遅らせることはできるだろう。ここでヘルニールをなんとか無力化すれば、少なくともアイデの一族から指揮権はうつる。
手柄はあげられないが、積極的介入をしなくてもいい。ベルカとストレルカは黙ってラグナルを見ている。
(ごめん、親父)
ラグナルがとびかかる前に、族長の狼が背中を蹴り飛ばしていた。
「ぶえっ」
ざっぱん……気が付いたころには、冷たい海の上だった。
「まっこうからかかってくる男気に免じて不問にしてやろう。そこで頭を冷やせ。
ただ、今回、アイデは直接にことを構えるつもりはない。……おそらく、何か大きな動きがある。隙があれば奪う。静観だ。あまりにも弱そうであれば喰らうが、イレギュラーズのことだ。簡単にはいくまい」
「……ならよかったよ」
火の手が上がった。沼地の方から、緑の火の手が。
「親父?」
――復讐したくはないのか。
息子を奪った、冷たい海に。
――復讐したくはないのか。
息子の嫁を奪った、冷たい鉄の帝国に。
「おい、親父、親父!」
船がゆっくりと接岸していった。復讐に駆られたヘルニールは叫ぶ。
「すべて、殺せ」と。
- <大乱のヴィルベルヴィント>溶けぬ結び目Lv:10以上完了
- GM名布川
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年12月08日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●銀雪降り積むルー・ガルー
「新皇帝派、また、悪さしてる」
『新たな可能性』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)は、分かりづらい表情ではあったが、秘められた意思は矢のように鋭かった。
「あいつら、嫌い」
まるで大義がない。
守るべき誇りもない。
だから、彼らとは相容れない。
これから、ヴィーザルは雪に閉ざされるだろう。
みなが飢えずに生き抜くためには、この凍らない港が必要だ。
……あれを倒さなくてはいけない。
それだけならば問題はない。しかし、そう簡単な任務ではなさそうだ。
青い炎が、開戦を告げるのろしのように燃えていた。
(様子、おかしい。魔種、仕業?)
避けようのない戦いの気配があった。
『暗い、怖いよ、寒いよ、だから――』
『助けて、どうしてなにもしてくれないの?』
青い炎は揺らぎ、移ろい、怨嗟の声を代弁する。……違う。それらしく捻じ曲げられたものだ。あたかもそれらしい声で、妄言を口にしているだけだ。
(死者の声、だって……? ふざけるなよ。勝手に人の想いを弄ぶな……!)
青色の冷たいかがり火の声を『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)は否定する。
「『死者の言葉を語り直す』と?」
『頼れる守護忍』黒影 鬼灯(p3p007949)の周りで、火はなにかをささやいている。けれども、それは声となることはなく、泡のように消えていった。
「俺は霊能力者の存在を否定する訳では無い、現に俺の知り合いには霊と疎通する術を持つ者がいる。だが、あれは違う」
「そうよね、そうよね」
鬼灯は、忍だ。任務の遂行のためならばどんなことでもやりとげる冷徹さを持ち合わせている。隠れた口元が露わになることはなく、表情は読みづらい。
けれども、でも。側にいれば、分かる。
とても部下思いで、頑張り屋さんで……。
それから、感傷に浸るほど弱くもない。
「所詮は、自分の謳いあげた稚拙な詩(うた)とも呼べない戯言を垂れ流して悦に浸っているだけの哀れな魔種(おとこ)。さぁ、空繰舞台の幕を上げようか」
鬼灯の妻章姫は腕の中で、伴侶たる彼の手に触れた。
(我 フリック。我 フリークライ。我 墓守)
『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は、あの声に耳を傾けるわけにはいかない。
(死者 眠リ 護ル者。
死者 騙ル 裁ク者)
あれらの声は、どうしようもなく本物ではありえない。
「あの炎が……原因なのですね」
『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の呼気は冷気で白く染まっている。
「押し込めていた復讐の想いを吐き出されてしまう、悲しいことではありますが、果たして無理やり引き出されたそれを遂行したところで、本当に納得は出来る物なのでしょうか?」
シフォリィのフルーレ・ド・ノアールネージュが、雪の上に墨を引くように黒を描いた。
「ン フリック 否定」
すべてを殺せとささやく炎……。
フリックは、復讐を否定するわけではない。
確かにそこにあったたちの悲しみを、亡くしたものへの憐憫を。さまざまな死者の形を、フリックが否定することはない。
(復讐 仇討チ 願ウ 死者モイル。
復讐 仇討チ 願ウ 遺族モイル)
そこには、いくつもの思いがある。
ただ、あれは、違う。あれは死者の声を捻じ曲げ、自分の思う通りに動かそうとしているだけだ。
「憎い相手がいることも、悔やむこともあるでしょう」
シフォリィは炎から目をそらさずに言った。
「けれども復讐を決めるのならば自分自身の意思でどうしても貫くべきです。想いを弄ぶこの所業、許すわけにはいきません」
思うようにいかない、と、魔種は唇を噛んだ。
『ウーン燃えねぇな。なかなか、どうして。まっすぐでしけった奴らばっかりだなあ……おっ?』
ロギムリアの音律が乱れた。
吟遊詩人が聞いたことのない音だった。
『あったらしいお客さんってわけね。……は? 何だ? コレ』
見たことがない景色。
(たくさんの音。色にあふれるこの世界は万華鏡)
『千彩万華』ユーフォニー(p3p010323)の彩波揺籃の万華鏡が、その場に渦巻いて、色で場を囲ってみせる。
『ナルベク犠牲は出したくない、ってかあ? ウーン、腹立たしい! ――もっと気合い入れて、演るかあ……っと、また客が』
サウンドオブ――。
ロギムリアの音はかき消された。
『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)の音だった。
感情。
声。
それは、ロギムリアが決して奏でたことがない音。
喜びの歌、愛の歌、怒りの歌、悲しみの歌
明るい曲、暗い曲、激しい曲、穏やかな曲
ポップス、ロック、クラシック、ジャズ。
「音楽の形はたくさんあって、伝えたいことだってそれぞれ違う。
けれど」
『へえ、色と音色、それで吟遊詩人とやりあおうってのか』
「そうね、……まだあるわよ。もっと、たくさん」
抜けてくる風と香りがあった。
「思っている以上に、世界は広いもの」
『安心する匂い』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は、両手を広げ、抱きしめるように精霊たちに呼びかける。
「自由な風、勇壮なる風。アタシ達を、アイデの皆の所へ運んで頂戴な」
フリックの龍樹大鱗甲がゆっくり接岸する。
同時にあちこちで巻き起こる「憎悪」に巻き込まれることはなく、加護を受けているかのようだった。頑丈な船は、ずっしりと揺れる。
「あそこか……」
『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)はよく利く感覚を研ぎ澄ませる。遠くでうごめく影。匂いから、はっきりとそうだとわかる。
「いるわよね、ラグナルたちが」
「ああ。立場上アイデが絡んでくんのは分かってたが……様子がおかしいだろ。あの親父さんはあそこまで見境なかったか?」
「違うと思うわ。ううん、知る限り違う。……知っているのは少しだけれど。……違うって、そう思いたい」
「ああ。なるほど、これが憎しみを糧に戦ってきた者どもへの罠、というわけですね」
『高速機動の戦乙女』ウルリカ(p3p007777)は、戦場を見下ろし、冷静に言った。
「それにしても、あの天衝種。やはりアイデへの打ち下ろしに対して邪魔をしにきましたか」
「策略」
シャノは小さく頷いた。
「従えない」
「偶然にしてはできすぎている。司令権は新皇帝派にあるのは間違いないですね。しかし、狼使いアイデの戦士がこうも容易く怒りに囚われ醜態を晒すとは、流石は魔種といったところですね?」
『おっ、聞こえてるぞ、お褒めの言葉、ドーモ』
「褒めていません。……ベルカとストレルカは、なるほど。抗っているようですね」
「ヘルニール達を止めるわ。行きましょう。きっと止められる」
●二手に分かつロギムリア
ぶつかり合う武器の音。
燃える炎。
激しく、たたきつけるような憎悪があたりに響いている。
青色の炎がすべてを凍てつかせてゆく……。
憎悪をたきつけているのは、魔種ロギムリア。
けれども……そこに至るまでの道は、モンスターで埋め尽くされている。
『ウーン、分けてくるか。俺も倒して、全部助けたいって? 生意気だなー……』
ロギムリアは笑った。このときはまだ、魔種はイレギュラーズの手強さを見誤り、のんきにリュートを奏でていた。
「リーちゃん、お願いします」
「行っておいで」
ユーフォニーは猫亜竜の「リーちゃん」を、空へと届けるように送り出す。
マルクの解き放つ鳥とともに、使い魔たちは空へ、空へと昇っていった。お互いに一瞬視線を交わした二匹は頷き、互いの様子を報告するために、恐れずに戦場を飛んでいく。
「大丈夫、後で必ず。リーちゃんとは戦ってるときも一緒ですよ」
「うん、よく見える」
……まずは、状況を把握することからだ。
「数が多いですね。油断は禁物です」
「まずは、敵を減らしていこう」
シフォリィが敵を探す間、マルクは頭上から戦場を見下ろしていた。
シフォリィが動くのに合わせて、マルクはラタヴィカに向かって魔力を振り向けた。
『ははは、いいかい、当たらないよ。優等生クン……。さてさて、どっからつまもうかな』
まるで教科書通りの魔術だと、ロギムリアは注意をそらす。次の瞬間、笑みが消えた。
『あ゛?』
マルクの指輪が作動したのだ。ワールドリンカーは「何か」と繋がり、空にはいくつもの立方体が浮かび上がった。宙に浮いた汚れた泥が、ラタヴィカにぶつかり、引きずり下ろす。
「基礎がなっていてこその応用だね」
マルクの書はただの手書きの本。堅実に堅実を重ね、積み上げてきた一撃は何よりも正確で、……何度だってやってのけてしまえる。
『あれ、わざとかよ!? まぐれじゃなくて?』
ブレることがない魔力の放出に、ロギムリアは頭を掻きむしった。
『なんかイるな……あの指輪。ああでも、ダメだ。呼べねぇよ。おーい。……はーん。じゃ、どうすっかな』
「扇動が得意でも、指揮官ではないようですね。アイデの一族の対処に回ります。後ほど」
ウルリカは、その場を飛び立った。
『くっそ、邪魔だ……こしゃくだねぇ、どいつもこいつも』
ロギムリアは、ぱらぱらと火の粉をばらまいていった。
戦場に炎が散る。
倒しやすい位置に、敵をおいてやる。目先の利益に飛びつくのなら、被害は大きくなる……。
(頭フットーしてりゃ、ひっかかるだろ?)
あれをやっつけて、と、マルクは、懐かしい声を聞いた気がした。
(違う、違うよ)
飢えと寒さのつらさを、マルクは何より知っている。
理解している。
どうして、お腹いっぱいになれないの……と、泣くような声がする。
『あー分かった。それで、殺しあったんだろ? 当然な。そういうナリユキなんだろ?』
フムフムとそれを聞いていたロギムリアは、ぱちん、と、指を鳴らした。
「違う」
だからこの幻影は稚拙なのだ。
(そんなこと、しなかったよ)
記憶の中の懐かしい彼らは、僅かばかりの食糧と暖を集め、子供達だけでも生かそうとした。
それでも、彼らは誰かを恨んだりなんかしなかった。
「……ただ願っただけだった。優しい世界を」
マルクはその手には引っかからない。ただ、ひたすら、目の前にある困難を片付けていく。突出するようなこともなく、少しずつ、少しずつ。
『なんだ……つれねぇなあ。俺がせっかく表に出てきてるんですよ。おーい……』
シフォリィの片刃剣が、強く光を閉じ込める。
炸裂する神気閃光が、ラタヴィカの高度を下げた。
(大丈夫)
シフォリィは感情を手繰り寄せ、自分のものとしてふるっていた。
あの声は、よくない。火の粉はよくない。
直感的に思ったシャノは弓を引いた。
「今すぐ、やめさせる」
雪に吸い込まれるように音はない。無音に満ちた空間に、天から矢が降り注いだ。
怒りに我を忘れたラタヴィカの一体が、矢を脳天に受けた。周りのラタヴィカも大きく傷ついて、地面に伏せる。
『チッ、あーもう、なんなんだありゃ』
「ありがとうございます」
シフォリィは加速し、加速し、加速する。マルクが動きを止めたラタヴィカを確実に仕留める。
ちかちかと明滅する星のように、シフォリィはとどまることを知らなかった。華麗な動きで銀髪の少女はフルーレを振るい、そして、襲い掛かってきたストリガーを、小手返しに近い技で投げ飛ばす。
『うわっ!?』
そして、「無」にぶち当たったストリガーは、見えない何かに両断された。
『うん? は? なに、あれ?』
「成程、駆け回ることは得意なようだが物には慣性というものがあってな」
鬼灯は丁寧に、こんどはゆっくり、もう一体におなじ事をやってみせたが、……目をこらしても見えなかった。
それは余りに「早業」だった。
鬼灯の操る気糸にからめとられ、亡霊が斜めに両断される。
再び物言わぬ死者と化す。
『あっくそ動けよお。……厄介なことをしてくれるじゃないか。全体、止まれ、ああいや、ウーン効かないよなあ』
「高速で動けば動くほど止まることは困難となるだろうよ」
ロギムリアは火の粉を操り、ラタヴィカはつられるように軌道を変えた。だが、それも鬼灯は織り込み済みだ。同じ結果を起こすだけだ。
『ああ、ダメだな、やっぱ全然なってない。所詮能無しは能無しかー』
怒りを燃やし、モンスターの憎悪を駆り立てることはできても、知能や判断力は低いままである。
『コレばっかはどうもなあ~。いいや。だってこっちはいくらでも替えがあるけど、アイツラは違うもんな? 行け行け、当たってこい!』
ロギムリアの号令で、魔種たちは再び吠えるように叫んだ。
捨て身の攻撃だ。……並のものであれば、それで十分であるはず、なのだが……。
「問題ない」
シャノが口数少なに弦を引き絞った。
「減らす」
『って言って、ホントに減らすし……で、君、武器は?」
ロギムリアは、ユーフォニーにへらへらした笑みを浮かべた。
「もう、色はオシマイだろう? アレで全部だろ? さすがにさ。いやすごかったよ、見たことがなくて』
「これだけじゃない。今井さん、いきますよ……!!」
アレですべてではない。ユーフォニーの掛け声に、今井さんは答えてくれた。万能遠距離攻撃係長『今井さん』。ぱたぱたとはためく書類は敵を取り囲み、魔力を帯びて舞い上がる。
『お? おお?』
(最大限、いっぱいに……)
書類が敵の視界を覆っていった。
『うわっ、なんつー攻撃だ』
シフォリィの連撃を、何者も止めることはできない。
「ユーフォニーさん」
「はい、大丈夫です。……今井さん、いったん、離れてください!」
書類の形をとった今井さんは、ユーフォニーの意図を酌み、一気に舞い上がった。
「まとめていきますよ」
シフォリィの神気閃光が炸裂する。それに重なるように――。
「いけますか、今井さん」
ユーフォニーの殲光砲魔神が炸裂する。
ロギムリアはすでに笑えなくなっていた。
「音楽は――」
涼花が口を開いた。
叩きつけるような音ではない。塗りつぶすような音でもない。がなりたてるでもないのに……。
それなのに、涼花の言葉は響いている。
「きっとその全部に共通するのは――聴いてくれた人に何かを伝えたい、この曲が誰かが前を向くための活力になってほしい、そんな願いのはずです。
少なくともわたしはそう信じています」
『っ、邪魔、邪魔だなあ……』
涼花はタクト・オブ・グレイゴーストを振るい、戦場の狂騒を勇とする。
『行け、燃えろ、そんなものではないだろう?』
「無粋だ」
足を取られて倒れ伏すストリガーから、鮮血が噴出した。ストリガーは、武器を振り下ろす直前で歩みを止める。それも無駄だ。鬼灯がわずかに指を動かすと、倒れ伏すだけだ。
「ええ、ですから――ロギムリア、復讐心や憤怒を煽って争わせる貴方の在り方をわたしは絶対に認めない」
『……あーあ、跳ねのけたか。厄介だな。だが、何度でも』
「はい、何度でも、あきらめるまで」
『教えてやるよ、最後には他人の憎悪が勝つんだ』
涼花は歌う。歌ってみせる。感情を乗せて、仲間たちに届くように……。
(わたしが思う本当の音楽を。歌を……この吟遊詩人もどきに魅せつけてやる!)
●アイデの一族たち
この場にあふれださん限りの暴力は、ぎりぎりの水面を保ってまだ保っている。
「くそ、親父、親父! おいって」
ラグナルは足を取られ、戦士たちについて行けない。
先へ進めない。狼がいないと、なにもできない……。
前の彼であればあきらめていただろう。
そこを突き抜けるのは、ただ、とまることを知らぬ四肢だけだ。
(いつかの氷鳥を倒した時のように
ラグナルとベルカ達が安心できるように)
音色に乗って、ルナは駆ける。
この音色は、あの偽吟遊詩人のものではなかった。新しい旋律を交えていても、語り手はわかる。声を聞けば知り合いだと分かるように、分かる。
精霊たちの声に、ラグナルは敏感ではないが、それでも狼たちに感覚を委ねると、分かる。涼花に重なる音、合わさる旋律と、香りがある。
振り向かなくたって味方がいると分かる。
「大丈夫。背筋を伸ばして、深呼吸して――アタシ達がついてるわ」
船の舳先に現れる守り神のように、ジルは立っていた。
「こっちに……」
ルナは早かった。飛ぶように地面を駆けていく。崩れ落ちるがれきすら、足場だ。寸断された港のへしを飛び、跳んだ。
「おい、ラグナル」
「はっっっや」
ルナはラグナルを拾い上げると、べちっと放り出す。
「ここまでだ」
「……ああ」
「ラグナル? ラグナル、認識」
まるで花を添えるように、そっとした動きだった。フリックが授ける熾天宝冠が、ラグナルの傷を癒やす。おびえて動けない狼を、フリックはじっと見つめ、勇気づけた。
良い奴だ。狼の勘はアテになる。
「……味方してくれて、ありがとう、な」
フリックは大きくうなずいた。
「ここまでだ。
その後までは知らねぇ。
この場にあっても何もできねぇ、何もしねぇ奴はいらねぇよ」
ルナはとんとラグナルの胸をついた。
「てめぇの部族のことだ。
てめぇの意志を示せ。
そうすりゃ、てめぇの足に。牙に。爪になってやらぁ」
「……ありがとう。ルナ。今度こそ言える……。俺に狼はいねぇ。残ったのは二匹だけだ。でも、俺は逃げない。一緒に戦ってくれ! 親父と!」
ルナは、いつだってそうだ。言葉ではない。行動で示す。
イレギュラーズたちは、みんなそうだった。
ごく当たり前のように、強敵に立ち向かっていく……。
「!」
ヘルニールの周りに、散弾のような勢いのつぶてが炸裂する。本気でやる気だ。
「知るか。んなので死ぬタマかよ」
ヘルニールの戦士の斧が、攻撃をはじいた。
「手抜きでなんとかできる相手じゃねぇからな」
特異運命座標じゃなかろうと、相手は勇猛な戦士なのだ。半端な同情心で、侮るわけにはいかない。
「あまりの醜態、見ていられませんね」
「っ!? あっ、ウルリカか」
ウルリカが空から、アイデを見下ろしていた。
「これでは先の援軍犯罪者たちと似たりよったりです」
これで、誇り高き部族が目覚めぬというのなら……。
ちょっとした気付けが必要だ。
リコシェット・フルバースト。
地上からはルナ、上からはウルリカ。決して到達せぬ空……容赦なく攻撃が降り注いでいる。
ウルリカのラフィング・ピリオドが、タン、タン、タンと、的確に、うちのめせる敵だけを選んで撃ちぬいていく。
鹿を狩るように、的確に……。
「すげえ」
空は我がものといわんばかりだった亡霊が、地面に叩き落とされていく。
『――――――!』
ルナは、つんざくような雄叫びをあげた。錯乱しつつあった狼たちの動き、わずかな狼たちが止まった。
「ベルカにストレルカ、アイデの狼たちもです。復讐に身を委ねて、それでも孤高と謳われる狼たちですか!」
大好きなイレギュラーズに活を入れられ、狼たちの目に光がともる。
「ベルカ、ストレルカ。着いてきてくれるか?」
二匹の狼が、身震いし、雪を振り払うと小さく吠えた。
ラグナルは頷いた。
「ヘルニール! ラグナル様に出来てあなたに出来ないはずはない。一族の長ならば冷静に動きなさい」
憎悪に駆られたヘルニールは、それでも止まらなかった。
「親父……」
もしかして、もう、手遅れなのだろうか?
(いや、止める。止めてみせる!)
仕留めるつもりでかからなくてはならない。
「今この時この状況が敵の手中そのものだとわかるはずです」
「どけっ」
「フリック 否定シナイ」
「どけっ!」
怒りを燃やすヘルニールの前に、フリックが立ち塞がる。
死者の記憶が、かがり火の中で燃えている。
懐かしいであろう記憶。どこからか漂ってくる角笛の音。角をくりぬいた杯で交わす友情。
(婚礼 記憶?)
あの日の、部族から贈られる花。笑いあう若い夫婦。そして、失われる日々……。踏みにじられる土。
「どけっ!」
「フリック 否定シナイ 大切 否定シナイ」
「破壊兵器、が……」
暴力と怨嗟の熱に浮かされたヘルニールには、置いてきた過去が見えているらしかった。
「どけっ!」
フリックのレヴィアン・ガーヴは砕けなかった。ただ、衝撃を受け止める。
「ヘルニール 君 何ノ為 誰ノ為 ソレ程ノ怒リ 抑エテイタ?
タダ復讐 願ウナラ トックノ前 シテイタハズ。
ソレデモ 君 シナカッタ。抑エルコト 選ンダ」
『機が熟すまで待っていたのみ。ひとときたりとも、忘れたことはない!』
追福のカルム・ガルデニアが、微笑んで歌うように揺蕩った。
フリックが告げる声は、優しげだ。
わずかに村でもらった花を思い出した。
フリックは頑丈だった。戦火に照らされ、炎をまとっても、防ぐように、すぐに消えてしまう。
厄介な敵であるはずだった。
けれども、不思議なことに……フリックは……。
「ナラバ我 ソノ選択 護ロウ。
我 フリック。我 フリークライ。我 墓守。
死者 死 護ル者。死者 遺族 心 護ル者。
怒リ 抑エ込ンデマデ 成シテ来タ 君ノコレマデヲ。
君ノ手デ 否定サセナイ」
護るというのだ。
似ていない、違う花だ。婚礼のあの日とは違う。だが、わずかにヘルニールの攻撃が遅れた。主人の指示をくみ取るが、意思が鈍れば狼たちとて思うままに動けたりはしない。
「……」
『なーんか、動きが鈍いなあ』
魔種はつまらなそうに弦をはじいた。
『もっと怒れよ。言いたいことあるだろ? 言いたくっても言いにくいようなこと、ほら!』
「あぶねっ!」
ラグナルが弓を引き、アイデの射種に膝をつかせた。当たらないハズの軌道だったが、狼がズボンを引っ張り、無理矢理転ばせたことで当たった。
「よしっ……いいのか?」
「おや、貴方は正気なのですね? その違いはなんでしょう?」
ウルリカは、ラグナルに問いかけた。
「どうだろう、ウルリカ。正気に見えるか? 俺、すごい馬鹿やってるんじゃないかってちょっと震えてるよ」
「そうですね……。略奪を働くような蛮族よりはマシです」
「それはまあ、そうだな」
「……復讐が糧の皆様に対して貴方は乗り気じゃないくらいの、モチベーションの違いですか?」
「いや……っ違う。気を抜いたらすぐ、正気かどうかわからなくなる。俺だって色んなこと考えて、敵を殺しそうになる。でも、アンタたちがいてくれるからな……アンタたちと、こいつらがいるから」
ラグナルの隣には二頭の狼がいた。
「俺は良いご主人じゃないからな。こいつらを頼みにしてるから、こいつらが正気なんだ、たぶん」
ウルリカを心配するように、二匹の狼が空を見上げた。
「大丈夫ですよ、ベルカ、ストレルカ。……残念ながら、ほかの狼たちは違うようですが」
「……きっと、戻ってくれる。いや、戻す……」
「手加減できませんよ?」
「ああ」
父を、手にかけるかもしれない。
少し迷った様子だったが、ラグナルはやはり頷いた。
「分かってる。大丈夫、俺たちはそんなにヤワじゃないはずだ。親父だって……俺たちだって。きっと殴り合えば分かってくれる」
「やっぱり乱暴ですね」
それでも、あのかがり火に浮かされているよりはマシだ。
先ほどルナの声で離脱した数匹が、涼花の奏でる音を聞いて、うずくまって命令を聞かなくなった。
フリックは慈愛の息吹を風に乗せる。降り注ぐ陽光。暖かなる風光が、凍てついた大地を溶かし、仲間の傷を癒やした。アイデの動きは鈍っている。
「っおっとっとぉ……危ない!」
「きゃっ」
「エンリョするな! ジル! 海に突き落としとけ!」
「大丈夫、ちゃんと助けるわ」
「仕方ないですね」
ウルリカは狙いをつけると、AAS・エアハンマーの援護射撃をぶっ放した。狙いは地面、動きを封じる。
「正気に戻った方は援護を! 元よりこちらは不利! 数の利では押し負けます!」
「ジル、俺は大丈夫だ」
「ううん。例えどれだけ怒りを向けられても、罵られても、ラグナルの大切な家族を殺したりしない」
「ジル、俺は覚悟してる」
「ちがうわ、ラグナル」
ジルは優しく、首を横に振った。
「そんな顔しないの。そういう覚悟じゃない。あの<かがり火>が何かはわからないけれど……すごく嫌な気配を感じるわ」
ジルは表情を曇らせた。
「あの火、きっと、よくないもの。死者、騙る。許せない」
シャノの矢は、ロギムリアが蒔いている炎を刈り取ってゆく。
『しつっこいなあ、何度も何度も何度も』
「憤怒の炎、憎悪の炎……きっとあれ以上燃料を与えちゃいけない」
●復讐の花
「……」
『うわっこの距離から。どうなってんの、もう』
(観察、大事)
シャノの一撃に、ロギムリアはリュートを構えた。ただ歌い、心をむしばむ旋律が飛んでくる。
「ワイくん」
いつも一緒にいたいから。その心は同じで。リトルワイバーンは甘えるような声を出し、不思議にジャンプをためるような跳び方をした。すこしだけドラネコににている。
「うん、大丈夫。飛べる? そっか」
ユーフォニーは空へと舞い上がり、シャノの援護をした。海青の凪。
それは、気を狂わせる冷たい青じゃない。
『なあ、そろそろ堕ちろよ、なあ?』
重力を振り払うようにして、シャノは空中にありつづけていた。
「人、惑わす、歌。そんなの、いらない。その口、閉じろ」
シャノの研ぎ澄まされた無音の一撃は、軌道を変える。神鳴神威が鳴ったかと思えばすぐそばにいた。
『あーらら……』
「逃がさない、全部、撃ちぬく」
ラタヴィカが、空から落っこちていく。今この場で、空は、シャノのものだった。
『ま、戦力をそげたと思えば』
「大丈夫、引き継ぐよ」
『……』
マルクが、コーパス・C・キャロルを響かせる。
思った通りに「踊って」くれない。
粘り強い殲滅のせいか、ずいぶん敵が減ってきた。まばらになっている。
アイデの一族からの増援も……期待できない。
「訓練されて強い奴ほど戻ってこれねぇか。ま、そうだろうな」
ルナは一体の狼と向き合っていた。
これが、忠義ということなのだろう。
序列の高い狼ほど、攻撃してもなかなか戻ってこれない。
なら、戦闘不能を狙うしかない。ルナは立ち向かってくる狼を組み伏せ、
主人が倒されると、狼がは、自ら主人をひきずっていって戦場から離脱する。
「そうよ……良いコね」
ジルが微笑んだ。
『ああ、くそ、しけてんなあ。……ちっとも集まらないっての。どいつもこいつも』
かすかな狂気が死者の声を呼び起こし、戦場自体がゆっくりと、ひどい光景を描き出していく。
……。
『熱いよ、炎が――熱いよぉ』
『助けて……』
子供の泣き声。人々のうめき声。
『父さん! 父さん……俺の仇を。俺の斧を取って!』
ヘルニールを突き動かすのは、鉄帝人への強い憎しみだった。
再現される戦場が、再現される憎しみが、尽きることはなく降り積もってゆく。
――来年、生まれるんだ。男かな、女かな。
死者が微笑んだ。
――狼も一緒だな。ははは。春には一緒に生まれるかな。
死者が、血にまみれる。
『ドウカ、カタキヲ……』
ヘルニールは吠えた。咆哮をあげた。獣のような咆哮だった。涙が頬を伝っている。
「あいにくだな。捕まってやれるほど遅くない」
ルナはしがらみを断ち切るように大きくとびすさると、後ろから回り込み、また一撃を加えた。
(嘆くことは、許されない)
戦うことは名誉なことだ。
(怯えることも、許されない)
許されているのは戦うことのみだ。
けれども、そのあたたかな香りは、代弁するように、そこにあった。目に見えないまま、寄り添っていた。雪を融かすような、まぶしい太陽だ。
「大丈夫、ラグナル?」
「ああ……」
神鳴神威。ルナは跳ぶ。空間を飛ぶようにして回り込み、横っ面に一撃をはたきこむ。
「うわっ、あの親父に一撃入れてやがる……」
首を飛ばしそうな大ぶりの一撃を、ルナはかわす。
そのときだった。
『あーあ、あんたらのおかげで台無し、だよ。こんなに準備したのに!』
かがり火が大きく燃えさかると、口を開いたのだった。
あたりを覆い尽くさんばかりに、広がっていった。
「飲み込まれる!」
●かがり火の中、死者の洞窟
かがり火の中は、凍り付くような寒さだった。
暗い空洞には、叫び声が響いている。
死者の声が、いや、死者を騙る声が響いている。
それは今までとは比べものにならないほどに、鮮明で……。
フリック、フリック。
「おいで」
創造主の声に、フリックは首を横に振る。
(心ニ従イ生キ ソシテ死ンダ。
何ヲ恨ムコトモ無シ)
「おいで?」
(ソレデモ利用シヨウトイウノナラ。
世界ヲ恨マセルカ?
「君と私を引き裂いた世界を壊して」トデモ言ワセルカ?)
言わせない。死者にそんなことは言わせない。
偽物の影が口を開く前に、フリックは口を開いた。
「笑止。
主亡キ世界デ生キル。
遥カ昔 フリック 選ンダ。
我 主命ノママニ 我ガ心 従イ 生キテイル。
我ガ主ナラ コウイウ時 タダ一言 コウ告ゲルダロウ」
記憶の中の声と、声が重なる。
「――フリッケライ、アクティベート!」
号令が、あたりを照らし出した。
そこは冷たい洞窟だった。死者の声は遠ざかる。そして、ラグナルは自分が今、幻の中にいることに気がついた。
「略奪や良し!
復讐や良し!!」
ルナは吠えたてるように言った。
その声に、ルナ自身はちっとも後ろ髪を引かれることはない。
「されどそれは群れを率いる長としての選択か、ヘルニール!
貴殿は今この時、この地に、ただ一戦士としてあるか! 長としてあるか!
他者へ非情となり部族を守らんとす貴殿が今、戦士の、獣の朋らへ命を捨てろと命ずるか!!」
何かがそこに立っている。
ヘルニールだ。
ラグナル。
ラグナル。
ジルは祈った。
(お願い、声を聞かせたくない)
かがり火が聞かせる幻じゃなく、本物のお兄さんの魂を一瞬だけでも呼び戻したい。
(幽霊は怖いけれど貴方のことは平気よ
本当の声を聞かせて頂戴な)
「ラグナル……」
(傷つけられても構わない
何があっても離したりしない)
信じて、肩をつかんで、語り掛ける。
戻って来いと言うことはない。
ただ、決断を信じている。
「――アタシは、アンタを信じてる」
そう、何時だって、何度だって……。
「大丈夫、ジル、大丈夫。聞かなくってもわかるから。お前たちのおかげでさ」
ラグナルは剣を構える。
「俺は知ってる。兄貴の言いたいことは分かる。親父を止めてくれ、ってところだろ?」
――殺してくれ、死者はささやいている。けれども、一瞬だけ薙いだ。
外から聞こえるのは、ユーフォニーの、海青の凪。
それから、涼花の歌。
「《約束》があるからな。クソ親父、こんな声にたぶらかされてんじゃねぇ!」
ベルカとストレルカが、一気にヘルニールに飛びついた。ラグナルは剣を振り上げる。
「ラグナル。声が聞こえるか」
「聞こえるさ」
「俺は死んだ。呼び声を聞いてしまった。死んだも同然だ。次に会う頃には、魔種ということになる」
「……ああ」
「俺は、怒っている」
「そう……か」
「どこに向けるかは、お前が、決めろ……」
●炎の外
ロギムリアはけたたましく笑い声を上げた。
「復讐譚がよくあるはなし……?
確かにそうかもしれないですけど……
もしかして魔種になる前にそういう経験があったんですか……?」
『……』
「違うならいいんです」
『あはは。知ってみる? 俺の代わりに復讐してくれる? 聞いてくれるの?』
「いいえ。復讐に彩られた世界は哀しいって思うんです」
『哀しい?』
「哀しい、です。それに「死者の言葉を語りなおす」なんて、本当かもわからないことを煽るのも許せないです」
『はっきり言うねえ……』
「他人の不幸を自分の愉悦に使わないでください……!」
ユーフォニーは相手から目をそらさない。
「音楽は人を傷つけるものなんかじゃない
人に力を与えるためのもの!
わたしは、それを此の身で最後の最期まで示し続けるんです」
『燃え尽きても? 音が君を救ってくれなくても?』
「ええ」
涼花もまた、まっすぐに言うのだった。
『こんなに苦しいのに?』
「それでも、音楽は人を傷つけるものなんかじゃない」
『俺の話から。んー。ないよ、ないよ、なんにもない!』
ロギムリアは笑った。
『俺は俺自身の怒りなんて持ったことがない! 俺は、ここで死んだ戦士さ。誰も顧みてくれなかった。みんな俺の名を忘れた。もう俺だって俺の名を覚えていない。俺のために怒ってくれる奴はいない! ほら、みてみろよ』
ヘルニールは、自らの狼とともに消えた。
炎に飲み込まれた仲間たちは、未だに帰ってこない。
『で、どうなったか予言してやろうか。全員が呼び声に飲み込まれ、敵になるぞ、ハハハッハア!』
ロギムリアが笑っている。
『なんとまあ、呼び込めたのも、数人が限界だったけど。それじゃあ、俺はコレでとっとといなくなろうかな』
「それを許すと、思うか?」
忍形劇『霜月』。魔糸は、貫く狙撃銃へと変貌する。
『は?』
逃れられない。死角に移動したというのに、逃れられない。リュートの首が、へしもげて折れた。
『え? は?』
「闇夜に紛れて移動するのは忍の得意とするところだからな」
鬼灯が、そこにいた。
「泣いて鳴いて啼いても逃がしてやらん。しつこさのあまり目が回りそうか? 俺は存外執念深いんだぞ」
「ここからどこにも逃さない。ここで終わりだ」
零距離で振り抜く極光の斬撃を、目の端でとらえる。あとから分かる。マルクが、ブラウベルクの剣を構えた。
『ああ? てっめぇ、隠し球、隠してやがったなコノ……っ』
「死者、騙る。それ、魂の、侮蔑。お前、許されない」
シャノの一射が、魔種の肩に深々と突き刺さっていた。
「このヴィーザルで、その行い、許さない」
「君達は違うのか? 望むのは復讐の連鎖ではなく、「そもそも復讐なんて不要な世界」じゃないのか?」
「……」
「信じてほしい」
魂に向かって、マルクは語りかける。
「僕は臆病で弱い人間だけど。臆病で弱い人間だから。
優しい世界を、より良い明日を、僕は諦めはしない」
『あ』
早すぎるせいで続けて聞こえる、駆け足の音。
ルナが、仲間たちを抱えて炎の中から戻ってきたのだ。
『うそだろ……?』
残った狼たちが、懸命にロギムリアを包囲している。
『そんなはず、ない。だって俺は、俺の話は……』
「いくぞ、ベルカ、ストレルカ!」
『……っ』
ジルの紫香が、獣を呼び出す。決して人に従いはしないだろう迫力を持った獣は、ジルに従順だった。
『……うわっ、なんだこれ』
ジルの中に、覗き見た何かが、ロギムリアの目を焼いた。
それはおわり。はじまりのおわり。ゆっくりと飛び交うもの。どくどくと血があふれ出す。
『そんなもん飼ってて、……なんで無事なんだ、アンタ?』
「さあ、どうしてかしら」
「……復讐は何も生まないとか、そんな綺麗事を言う気はないの
もし大切な人を喪ったら――理不尽に奪われたら、アタシだってそれを望むかもしれない
でも、最後にどんな答えを選ぶかはその人だけのもの
その価値を勝手に決めて、勝手に否定して、勝手に後押ししようなんて」
『ハハ……』
「……教えてあげる。そういうの――余計なお世話って言うんだよ!」
(みんなが、立っていられるように)
涼花は集中して、己の音を追いかけつづけた。
生命の躍進。それは燃え尽きるものではない、生命の賛歌。エンジェル・レインが降り注ぎ、雪を一時的に柔らかな雨に変える。
(心は熱く、頭は冷静に)
だって、この気持ちは自分のものだ。
「吟遊詩人さん、本当にあなたが唄いたかったのはそんな悲しいおはなしだったの?」
章姫は無邪気に問いかける。
『どうだったかな? 俺は空っぽだよ、中身のない、人形だ。お前と同じかな。きっと!』
「怒らないで。大丈夫よ。……空っぽかどうか、見れば、話していれば分かるでしょう?」
『あ、ハハハハ、まいったな。死ぬわけなかったんだ。死ぬつもりもなかった、こんなところで。俺はまだやることが――あれ?』
「否。終わり」
「ここで、終わりか」
「終わり」
シャノが言い切った。
「撃退、で済ませるつもりはない。お前はもう、これ以上喋るな」
『うん? 怒ってるのか?』
「怒ってるさ。自分自身の言葉だ。死者の口を語るな。死者の想いを騙るな」
マルクが語りかける。
『ああ……』
「僕の知っている人達は復讐なんて望まなかった。どこまでも優しく、正しい人達だった」
「……」
「死者の言葉にしなければ何も言えない。腰抜けなのはお前の方だよ」
『痛い。こんなに痛いのはハジメテだ』
はじめて、ロギムリアの表情がゆがんだ。
『そうか、これが俺の気持ちなのか。俺は俺自身の言葉で、この地を呪う!』
シャノは矢を構えた。
「怒リ 誰カノ 違う」
『……』
「魂、滅びない。再び、巡る」
ロギムリアは笑い、笑い、笑った。
『悔しいよ。悔しい、憎たらしい、憎たらしい、まだやりたいことがあった。あと一回、あといや二回くらいさ、だってそうしないと覚えてくれないだろう? だってそうしないと俺の、俺を』
それは、確かに彼の言葉だった。
「もし生まれ変われたらね、今度は楽しいお話を聞かせて欲しいのだわ!」
章姫がどこか、寂しそうに言った。
こうしてイレギュラーズたちは、魔種ロギムリアを仕留めた。撃退ではない。息の根を止めたのだ。
ヘルニールの行方は分からない。次に会う頃にはおそらくは敵になっているだろう。
けれども、最悪の事態は避けられた。それは確かだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
犠牲は最小限です。
最大の戦果でした。お見事でした!
GMコメント
布川です。
寒そうです。みなさまもお風邪にはお気をつけて!
●目標
・憤怒の魔種『ロギムリア』の討伐または撃退
・アイデの一族「ヘルニール」の撃退
●状況
不凍港ベデクトの湿地で、憤怒の魔種『ロギムリア』が何かを企んでいるようです。
西からは船でノルダインの一族「アイデ」が迫っています。どちらも止めなくてはなりません。
●場所
不凍港ベデクト、西側港、湿地帯付近。
青色の冷たいかがり火が燃えています。
●敵対勢力
<新皇帝派組織『アラクラン』派>
魔種『ロギムリア』――自称「吟遊詩人」。
『腰抜け太郎ども、焚火を囲むように、思い出を語ろう。あなたの大切な人は、どうやって死んだ? どうやって殺してほしいと言っている?』
リュートを持った『憤怒』の魔種です。狙いは不明瞭ですが敵対するようです。
自身は積極的に戦うそぶりは見せませんが、近くに存在するだけで乱れ、氷漬を付与し、命中回避や反応、防御技術が下がります。
身を守るそぶりを見せますが、中・遠距離での攻撃に特化しているようです。
ストリガー×10
天衝種(アンチ・ヘイヴン)です。
燃えさかる爪を怒り任せに振るうアンデッドです。ロギムリアの周りで手を叩いて踊っています。
ラタヴィカ×15
天衝種(アンチ・ヘイヴン)です。
流れ星のように跡を残す尾を持つ亡霊です。
機動力が高く、戦場を飛び回り住民の怒りを誘発しています。物超貫移で体当たりをする他、怒りを誘発する神秘範囲攻撃を行います。
<ノルダイン:アイデ一派>
ヘルニール・アイデおよびその部下×20:
狼を使役する一族、アイデの族長。
今回は様子見をしようとしていたようですが、ロギムリアの火に惹かれ、がむしゃらな略奪を開始しています。
狼たちも憤怒に身をゆだねて、ヘルニールに従っているようです。
ラグナル・アイデ:
ヘルニールの息子です。
今回はノーザンキングスの意向に反してでもはっきりと様子のおかしいヘルニールを止める……つまりはイレギュラーズの側に回るようですが、肝心の狼がいうことを聞いていません。
ラグナルと最も絆の深いベルカ・ストレルカのみ抵抗するそぶりを見せていますが、彼らもまた影響に苦しんでいるようです。
●沼地の<かがり火>
『かたきを討って、あいつを殺して』
なぜか冷たい、青い炎のかがり火です。
火の中には死者の魂(正確には記憶から想起された死者で、そのものではありません)の歪みが映し出され、争いをあおっています。
倒した者たちの憎悪であったり、大切な人からの「復讐」を乞う声であることでしょう。
イレギュラーズの中にも、親しい死者がいれば呼びかけてくることがあるかもしれません。
かがり火は人々が争いあうほど大きくなり、大地を覆っていきます。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
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