シナリオ詳細
<総軍鏖殺>瓦礫帯のチビ。或いは、彼は今も帰ってこない…。
オープニング
●瓦礫帯の凶獣
首都スチール・グラード。
その一角に、瓦礫帯と呼ばれる荒廃し尽くした区画があった。
新皇帝バルナバスの放った勅令により解き放たれた囚人たちの手によるものだ。
食糧と金品を狙った囚人たちが徒党を組んで、夜闇に紛れて攻め込んだ。住人たちの抵抗もあり、激しい戦いが2日間も続いた結果、家屋のほとんどは倒壊し、その一帯は焦土と化したというわけである。
住人の多くは逃げ去った。
最後まで抵抗を続けた者たちは、きっと命を落としただろう。
焼け焦げた地面に、瓦礫の山、街路には血の痕や破損した武器が残っている。
そんな瓦礫帯は、現在1匹の獣によって支配されていた。
頭胴長はおよそ5~6メートル。体重400キロを悠に超える肉食獣。
長い灰色の体毛に、筋肉の塊みたいな太く短い四肢を持つ。
名を“ディザスター・マヌル・キャット”と呼ばれる、鉄帝の一部地域にのみ生息している猫科の獣だ。本来であれば首都スチール・グラード近郊には生息していないはずのそれが、どういうわけか瓦礫帯に住み着いて、決してその場を離れようとしないらしい。
ラド・バウに滞在していたイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は、避難していた住人たちからそんな話を聞かされて、思わず「はぁ?」といかにも呆けた声を漏らした。
「瓦礫帯から離れないなら、放っておけばいいんじゃないっすか? そんな化け物みたいな猫に関わるなんて、私は絶対に御免被るっすよ?」
イフタフの返答を聞いた住人は「そこを何とか」と、地面に膝まで付いて頼み込むではないか。
うぅん、と唸るイフタフは顎に手をあて思案する。
「何か事情があるんっすかね? 隠し事をされたままだと、依頼を受けるわけにはいかないっす」
イフタフの言い分はもっともだ。
事情も分からず、メリットの無い危険地帯へ人を送ることはできない。男性にもそれは理解できたのだろう。困ったような顔をして、彼は事情を口にした。
「……その獣の名前は“チビ”。食堂のオヤジが20年ぐらい前に拾って来たんだ」
「チビ? 5メートル以上もあるのにっすか?」
「拾って来たころは餓死寸前って有様で、ガリガリに痩せてて小さかったんだよ。オヤジはチビに飯を食わせて家族みたいに扱った。オヤジの妻と子供は、早くに亡くなってたからな」
食堂のオヤジは甲斐甲斐しくチビの世話をした。チビはすくすく大きくなった。本来は狂暴な獣であるはずが、オヤジのおかげでチビは人懐っこく、食堂のマスコット的な存在として認知されていたという。
「だが、囚人たちが攻めて来た時にオヤジは命を落としちまった。チビは1匹で囚人たちと戦っていて、オヤジの死に目に会えなかったんだと思う……それで今も、瓦礫の山のどこかでオヤジの帰りを待ってるんだろう」
「……それで、私たちは何をすればいいんすか? 様子を見て来る程度なら、まぁ……楽なものですけど」
「そうじゃない。チビをここに連れて来るか……オヤジはもう帰って来ないって伝えてやって、スチール・グラートから逃がしてやれないか。このままじゃあいつ、きっといつか死んじまう」
と、そう言って。
男性はロケットを1つ、イフタフの手に渡す。
ロケットに納められた写真には、小さな猫を胸に抱く、厳つい顔の男性が写されていた。
●主の帰りを待っている
「瓦礫帯に行って、チビちゃんにこのロケットを渡して来てほしいっす。そこから先……ラド・バウに来るか、野生に還るかはチビちゃん次第っすね」
前者であれば、チビを戦力として計上することも出来るだろう。
だが、後者であれば今回の任務を達成するにあたって大きなメリットは無い。
それでも、事情を聞いてしまった以上、チビを1匹で瓦礫帯に残しておくことは出来なかった。
「チビちゃんは巨体の割に身軽で力も強いらしいっす。それから【凍結】系のBSが効かないとか。現在は瓦礫帯を縄張りにして、侵入者を排除しながら飼い主の帰りを待っているみたいっすね」
チビはかなりの巨体だが、コンタクトを取るだけであれば大した苦労もないだろう。万が一、チビの攻撃を受けたとしてもイレギュラーズならきっと対処も可能である。
だが、その割にイフタフの表情は暗い。
「鉄帝国の軍人たちが、瓦礫帯への進行を開始しているという情報を仕入れたっす。今のところは10人程度の斥候だけが瓦礫帯をうろついているだけっぽいっすけど」
斥候部隊は回避と機動に重きを置いた部隊である。戦闘力も低いが【足止】や【不運】を付与する特殊な弾丸を携帯している。
「調べたところ、瓦礫帯の占拠を目的に50名からなる本隊が組織されたとか。本隊が装備しているのは【流血】【懊悩】【ブレイク】を備えた弾丸っすね」
斥候が持ち帰った情報をもとに、本隊が進行を開始する。
数が多いこともあり、チビ1匹では本隊相手に生き残ることは出来ないだろう。
「そして本隊では対処できない非常事態に備えて編成された、殲滅部隊。20名ほどのエリート部隊で【必殺】【致命】を備えた大口径の銃火器を装備しているとか」
殲滅部隊が出張って来れば、イレギュラーズでも対処が難しくなる可能性がある。
「斥候部隊との接敵は避けられないでしょう。本隊からチビを庇いながら撤退することも不可能じゃないと思います。ですが、殲滅部隊まで出てきたら……その時は、チビを見捨ててすぐに撤退してください」
イレギュラーズは貴重な戦力とも言える。
猫1匹のために失うわけにはいかないのである。
- <総軍鏖殺>瓦礫帯のチビ。或いは、彼は今も帰ってこない…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年11月29日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●瓦礫帯
家屋は崩れ、道は砕けて、瓦礫の山が築かれていた。
ほんの暫く前までは、普通の街並みが広がっていたのに、今となってはすっかり人の住める状況ではない。
だが、瓦礫の山が築かれていても、そこは首都スチール・グラードの一角。広い土地を利用しようと、新皇帝バルナバス配下の軍人たちが訪れていた。
瓦礫帯に訪れたのは、都合10名の兵士たち。
軽装かつ細身の彼らは斥候だろう。警戒を怠らず、慎重に瓦礫帯を進んで行く。
その光景を『竜剣』シラス(p3p004421)が遠目に見ていた。
「あいつらは俺達を見つけ次第に本隊に連絡するだろう。というわけでその間を与えずに仕留めたい」
「説得の為のコミュニケーションを取る時間はなるべく確保したいし、斥候に対しても先回りして足止めがしたいところだね」
今回の目的は、軍人たちの撃退ではない。瓦礫帯に残されたチビ……体長5メートルを超えるディザスター・マヌル・キャットの捜索と救出だ。
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は視線を空へ向ける。高い位置から瓦礫帯を睥睨していた『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は、音も立てずに一行の傍に降下した。
「斥候たちは、まっすぐに何処かを目指しているみたいですね。……きっと、チビさんのところだと思います」
チェレンチィの表情が陰る。斥候たちの装備は大したものでは無いが、それでも訓練を積んだ軍人だ。巨大とはいえ猫の1匹程度なら、数と連携でどうとでも始末できるだろう。
「チビさん、話を聞くに結構強そうですけど、軍とかち合ったら流石に命が危ないです」
「斥候は数も多くない。早々に叩き潰し、ちびを連れ帰る時間を作ろう」
『矜持の星』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が立ち上がる。現在、イレギュラーズが潜伏している位置から、斥候部隊までは距離がある。
作戦会議に使える時間はあまり残されていないのだ。
怒号、そして瓦礫の崩れる音がする。
斥候部隊とイレギュラーズが交戦を開始したのだろう。
戦闘の気配を背に感じながら、瓦礫の山を越える人影が3つ。
厳つい顔付きの男が2人と、金の毛並みの虎が1匹。
「チビさんかわいそう」
崩れた瓦礫の山の中に、雑貨店の看板を見つけた。『猛獣』ソア(p3p007025)は悲し気な目でそれを見ている。
暫く前までは、当たり前の日常景色が広がっていたはずなのだ。
チビとその飼い主は、ごく当たり前の幸せな日々を送っていたはずなのだ。
「忠犬ならぬ、忠猫チビ公ってか……無理に連れ帰ろうとは思わないが、この場に縛られているのも憐れだろう」
「もう戻らない主人を待つ為に戦う、か。きっとその主人はチビに生き延びてほしいはずだ。だから助ける、それでいいじゃねえか」
『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)と『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)もソアに並んだ。周囲のどこを見回しても、残っているのは瓦礫ばかり。人の姿はどこにもない。かつて、ここで暮らしていた人たちは、きっと逃げたか……或いは、命を落としたか。
チビの飼い主である食堂店主も、此度の争乱で命を落とした者の1人だ。
「彼ひとりで戦って死んだり、当ても無く放浪するよりは、私たちと手を取り合い、鉄帝の平和と安定に力を貸してもらいたいものだ」
そう呟いた『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は、瓦礫の中から1枚の板を取り上げた。メニュー表らしきその板には「大猫食堂」という店の名前が刻まれている。
●怒れるチビ
視界に映る斥候は、彼の存在に気付いていない。
瓦礫の影から飛び出して、姿勢を低くし雲雀は駆ける。疾走。10メートルほどの距離を一瞬のうちに詰めると、雲雀は刀を引き抜いた。
雲雀の接近に気付いた斥候部隊が銃を構える。うち数名は、銃身を横に倒して盾となるべく前へ出た。雲雀の斬撃を受け止めている間に、銃弾を叩き込むつもりなのだろう。
言葉もなく、10人それぞれが自身の役割を把握し、迅速にそれを行動に移した。練度は高い。同じ部隊の仲間として、信頼関係も築けている。
けれど、雲雀は斥候部隊に斬りかかることはしなかった。
立てた刃に自身の右の手首を当て、自分の皮膚を裂いたのだ。
飛び散る鮮血。
それは空中で霧散して、辺りを紅色の霧で包み込む。
「これでロクに進めないハズだよ」
銃声が鳴った。
火花が散って、放たれた弾丸が雲雀の肩や腹を掠める。流れた血を霧へと変えながら、雲雀は跳びはねるように後退。瓦礫の影に飛び込んだ。
「おい! 何だ、今のは! いつの間に近づかれた!?」
「隠れるのが上手い。気配が薄いぞ! 周辺の警戒を怠るな!」
「敵は1人か? そんなはずない! 他にも仲間がいるはずだ!」
斥候部隊が口々に叫ぶ。縦に伸びていた隊列を組みかえ、半円形のものとした。全方位を警戒しながら、紅色の霧中から脱出していく。
けれど、しかし……。
「何だ……? これは、糸か!?」
いつの間に展開されていたのか。周囲には無数の糸が張り巡らされている。
それに気づいた斥候部隊は、思うように動けない。進行するのも、撤退するのも難しいという状況だ。
「よぉ。お前らからの連絡が途絶えたら、本隊が進行を開始するんだろ? それは何分後だ? 警戒を深めて進みが遅くなるってことはあるのか?」
先頭に立った兵士の前に、シラスが接近。
銃を構えた腕を上へと弾き退け、がら空きになった腹部へ殴打を見舞う。鋭い殴打に乗せた魔力が、的確に兵士の急所を打ち抜いた。
崩れ落ちる兵士を脇へ転がして、シラスは数歩、後ろへ下がる。
9の銃口が、シラスを捕えたその瞬間……。
無数の星が、鉄の流星が、軍人たちに降り注ぐ。
「マリアの前では防御も回避も、無いも同然。圧倒的な暴力を思い知ると、良い」
岩の上。両手を頭上に掲げた姿勢でエクスマリアがそう告げた。
エクスマリアの頭上には、眩く光る魔法陣が浮いている。
「殺さない程度に留めておいてよ。本隊呼ばれたら面倒だしね」
岩陰に隠れた雲雀が呟く。
動きの鈍った斥候たちに、エクスマリアの流星から逃れる術は無いだろう。
流星の雨を掻い潜り、斥候の1人が逃げ出した。
「む? 1人、逃げた、ぞ」
銃を投げ捨て、鎧を脱いで、身軽になった斥候は元来た道を引き返す。流星に穿たれたのか、肩や背中からは地を流していた。失血死のリスクを顧みずに逃げ出したのは、後方に控える本隊へ、イレギュラーズの存在を知らせるためだろう。
任務に忠実な軍人だ。
自分の命より、任務を優先したのだろう。
だが、しかし……。
「逃がすわけにはいきません。……ボクも、チビさんには死んで欲しくないですから」
急降下した黒い影が、兵士の背へと無数の斬撃を浴びせかけた。
チェレンチィの縦横に振るうナイフから、逃れることは叶わない。斬撃の雨に切り裂かれ、逃げた斥候は通りの真ん中に倒れ伏した。
どろり、と流れる血が地面に広がる。
急所は外したので、命に別状はないだろう。だが、暫くの間は意識が戻ることは無いし、仮に意識が戻っても、満足に歩けはしないはずだ。
「猫、好きですし……」
ナイフを腰の鞘へと戻し、チェレンチィはそう言った。
ズン、と腹の底に響く足音。
灰色の影が瓦礫の影から飛び出した。鋭い爪を突き立てながら、灰色の影はソアを地面に押し倒す。
それは巨大な猫だった。
見上げるほどに巨大な猫だ。ディザスター・マヌル・キャット……チビとソアは、もつれるように地面を転がる。
「う“に”ぁぁぁ!!」
銅鑼の音のような鳴き声が響く。
ソアの喉を狙って、チビが爪を振り下ろす。しかし、ソアは自分の牙で爪を受け止めて、猫キックの要領でチビの身体を弾き飛ばした。
跳ねるように起き上がり、ソアは軽く左右へ跳んだ。通称“やんのかステップ”と呼ばれる猫独特の動作である。一方チビは、ソアを警戒してか姿勢を低くし、尻尾を左右へと揺らす。
チビが唸った。
口の端から血が零れる。
見れば、チビの身体には幾つもの銃痕が穿たれている。瓦礫帯に進行してくる軍人たちを、チビは単身で追い払い続けていたのだろう。
「落ち着いてくれ。私たちは敵じゃない……話を聞いてくれないか。主人だった食堂のオヤジさんも、きっとチビさんまで死ぬ事は望んでいないだろうから」
チビを宥めるようにモカは言った。
だが、チビは唸るばかりでモカの言葉に耳を貸そうともしない。
「意識が朦朧としているのかも……」
顔の傷を前脚で押さえてソアは呟く。
「こんな場所で一人ぼっちなんて寂しいよね。お腹も空かせてるかも知れない」
チビの目は焦点が定まっていない。
疲労と、傷の痛みと、空腹で、意識が途切れる寸前なのだ。
それでも、主人の帰る場所を守ろうと無理矢理、意識を保っている状態なのだろう。
「料理を持って来たが……今、与えても食ってはくれないだろうな。可能な限り食堂のオヤジの味付けに近づけたんだが」
料理と形見のロケットの2つは、チビに渡してしまいたい。
けれど、今のチビには言葉も意思も通じない。
説得は容易では無いし、怪我をさせずに話を聞かせることも難しいだろう。
「大人しくさせるしかないか」
モカが1つ、溜め息を零した。
拳を鳴らして、貴道が前に出る。
「ミーは猫とは喋れないからな! 拳で教えてやるぜ!」
「敵じゃない事を伝えるには、逆効果じゃないのか?」
義弘が呼び止めるが、貴道は首を横に振った。
「言葉だけじゃ納得できないモノもあるだろうよ。簡単に退くくらいならハナっから何処かへ去ってるってんだ、なあ?」
顎の下に拳を添えて、貴道は左右へステップを踏んだ。
ぐるる、と低く唸り声をあげ、チビは地面に爪を立てる。
突き出された爪を、上体を後方へ逸らして避ける。
スウェーと呼ばれるボクシングのテクニックだ。
「ユーを助け、ユーを育てた親父さんはもう居ない。本当はユーも、もう分かっているんだろう?」
右のフックをチビの肘に撃ち込み、貴道は問うた。
瞳を怒りに染めたチビは、牙を剥きだしにして吠えた。
チビの目には、貴道の姿が“家を壊した悪党”や“銃を向けた軍人たち”のように見えているのかもしれない。
きっとチビに、貴道の声は届いていない。意味も通じていないだろう。
「認められない気持ちも分かる。だが、いつまでそうやってるつもりだ? 親父さんはそこには居ねえ、親父さんが遺したものはその瓦礫じゃねえ」
貴道の肩をチビの爪が引き裂いた。存外に傷が深い。飛び散った鮮血が、貴道の頬を朱に濡らす。
「親父さんが唯一遺したのはお前だろう、チビよ?」
言葉は通じない。
けれど、想いは伝わった。
一瞬、チビの動きが鈍る。
「貰った命、育ててもらった恩……粗末にするんじゃねえよ馬鹿野郎!」
怒声をあげて、貴道はステップ。
チビの死角に潜り込むと、側頭部へとパンチを見舞う。
一度は地面に倒れたチビだが、よろけながらも立ち上がる。
空腹と傷の痛みと疲労によって、立っているのもやっとといった有様だ。警戒を解くことはしないが、襲い掛かって来る様子もない。
自身の後ろへ人を行かせたくないのだろう。
そんなチビの元へ、ソアがゆっくり近づいていく。その口には、モカから預かった料理と、チビの飼い主が遺したロケットが咥えられている。
チビは、ロケットに気付いたようだ。
ソアからロケットを受け取ると、前脚で器用にも蓋を開いた。納められているのは古い写真だ。幼いチビと、チビを抱いて笑う男性の姿。
チビの瞳に涙が滲んだ。
慰めるように、ソアがチビの頬に顔をこすりつける。
「なあチビ、お前さんのご主人様はもう帰ってこねぇ。死んじまったんだ。……こればかりは嘘はつけねぇ」
義弘は言う。
チビは何も答えない。
「お前さんのご主人様はきっとお前さんに死んで欲しくないはずだぜ」
ロケットを見つめるチビの瞳から涙が零れた。
とめどなく、涙が零れ続ける。
ある日、突然いなくなった主人の帰りを、チビはずっと待っていたのだ。待っていれば、いつか帰って来てくれると、そう信じていたかったのだ。
「だから俺達の仲間として一緒に来いよ」
主人が死んだことを、チビはきっと知っていた。
それでも、認めたくなかったのだろう。
チビは顔を上げる。それから、ソアの頬を舐めた。
ロケットと、料理の入ったバスケットを咥えて歩き始める。
最後に一度、思い出の詰まった食堂の……その残骸を振り返る。
直後、近くで銃声が鳴った。
●人の居るところ
銃弾は、モカが蹴りで受け止めた。
血が飛沫き、姿勢が崩れる。地面に膝を突きながら、モカは銃弾の出どころを探した。瓦礫の影に身を潜め、こちらの様子を窺う数人の男の姿。
軍人たちの本隊だ。けれど、数が少ない。
おそらく、シラスたちに足止めを喰らっているせいで、チビの元にまで辿り着けていないのだろう。
「無粋な輩だな」
「あぁ。ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねぇ」
拳を握ってモカと義弘が前に出る。
その間に、ソアと貴道はチビを連れて逃げ出した。
義弘の殴打が、軍人の顔面に叩き込まれる。鼻血を吹きながら地面に転がる軍人の横を、チビとソア、貴道が駆け抜けていく。
「いたぞ。化け猫だ!」
チビに銃口が向けられた。
けれど、刹那の間も置かずモカの手刀が銃を宙へと弾き飛ばす。
「説得は成功したみたいですね。さぁ、こっちへ」
ソアたちの前に降りて来たのはチェレンチィだ。軍人たちのいない撤退ルートを、先に確保していたらしい。チェレンチィの誘導に従い、一行は瓦礫帯からの脱出を目指した。
けれど、その眼前に2人の軍人が転がり出て来た。
どうやら、偶然に一行のもとに辿り着いた者たちらしい。
だが、しかし……。
「可愛いしいい子だから、ラド・バウにきたらきっと可愛がってもらえそうだよね」
雲雀の声と、立ち込める赤い霧によって軍人たちが動きを止めた。
「この俺が猫一匹の為にここまでやるのは多分これっきりだぜ」
次いで、飛び出して来たシラスの手刀が軍人の首に叩き込まれる。
本隊の足止めを続けていたのか、雲雀もシラスも傷だらけだ。
「行け!」
雲雀が叫ぶ。
チビは空へと咆哮し、一目散に駆けていく。
敵の数が一向に減らない。
応援でも呼ばれたのか。戦闘の気配を察知したのか。モカと義弘の元に、続々と敵が集まって来る。
銃弾を浴びた2人の身体は、すっかり赤く濡れていた。
だが、モカも義弘も怯む様子は一切見せない。足元に倒した軍人たちを積み上げ、顔を濡らす血を拭って拳を構えた。
チビたちを追わせないためだ。
そんな2人の頭上から、淡い燐光が降り注ぐ。
2人の傷が癒えていく。失われていた体力が戻る。
「鉄帝軍の本隊ともなれば、斥候部隊の比ではない練度だ、な。シラスと雲雀が合流したら、一点突破で脱出しよう」
淡々とした声。
そして、降り注ぐ鉄の流星。
「チビさんたちの方は?」
モカが問うた。
エクスマリアは、無言のままにサムズアップの合図を返す。
どうやらチビたちは無事に瓦礫帯を抜けたらしい。
「そうか。それじゃあ、私たちも帰ろう。帰ったら、チビに食事を用意してあげないと」
傷だらけの身体を動かし続けるのは辛い。
けれど、忠義の猫1匹を無事に救い出したのだ。
「まぁ、悪い気分じゃねぇよな」
なんて。
拳を硬く握りしめ、義弘はそう告げたのだった。
モカと義弘、エクスマリア、シラス、雲雀の5人がラド・バウに帰還したのは夜も遅い時間であった。
すっかり傷だらけ。追いかけて来る本隊から、逃げ回るのは骨が折れたが、幸いなことに死者はいない。重症ではあるが、命があれば後のことはどうとでもなる。
「に“ぁぁお”!」
疲れ切って、血と泥に塗れ、帰還して来た5人を出迎えたのは、チビの野太い鳴き声だ。
あぁ、きっと。
彼は、5人の帰りをずっと、闘技場の前で待っていたのだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
チビは無事にラド・バウにて保護されました。
野生に還るか、街に残るかは傷が癒えてから決める予定のようです。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
チビ(猫)をラド・バウに連れて来るorスチール・グラートから逃がす。
●ターゲット
・チビ(ディザスター・マヌル・キャット)×1
頭胴長はおよそ5~6メートル。体重400キロを悠に超える大型の猫。
長い灰色の体毛に、筋肉の塊みたいな太く短い四肢を持つ。体躯に似合わず身軽で、力が強い。
瓦礫帯で外敵を排除しながら主人の帰りを待っている。だが、既に主人は故人のため、チビの望みが叶えられることは無い。
・斥候部隊×10
鉄帝国の軍人。瓦礫帯への進行を開始した部隊の中でも、回避と機動に重きを置いている者たち。
戦闘力は低いが【足止】【不運】を付与する特殊弾を使用する。
・本隊×50
鉄帝国の軍人。瓦礫帯への進行を開始した部隊の中核を担う者たち。
斥候からの連絡を受けるか、斥候からの連絡が途絶えることで瓦礫帯への進行を開始する。
【流血】【懊悩】【ブレイク】を備えた特殊弾を使用する。
・殲滅部隊×20
鉄帝国の軍人。瓦礫帯への進行を開始した部隊では対処できない事態が起きると進行を開始する。
所謂エリート部隊であり、【必殺】【致命】を備えた特殊弾を使用する。
※戦闘力が高いため、殲滅部隊が出張って来たならチビを見捨てて撤退するようイフタフからの指示が出ている。
●フィールド
首都スチール・グラードの一角。瓦礫帯と呼ばれる、すっかり荒廃した区画。
囚人たちの襲撃と、住人たちの抗戦により家屋のほとんどは倒壊しており、瓦礫の山しか残っていない。
瓦礫の山のどこかにある“食堂跡地”がチビの住処だ。食堂を経営していたオヤジと呼ばれる男性がチビの飼い主だったらしい。
※イレギュラーズは「古びたロケット」を預かっている。ロケットには、幼いチビとオヤジの写真が納められている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
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