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シナリオ詳細

<獣のしるし>黒猫クリンゲル

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――猫を、拾った。

 養父からの連絡を受け小金井・正純(p3p008000)が想定したのは当然、動物の猫であった。
 ハープスベルク・ラインから僅かに逸れた場所に存在する教会は正純にとっては実家そのものだ。近状報告によく足を運んでいた彼女は慣れた様子でハープスベルク・ラインを辿り、扉を開いてから狼狽えた。

「は?」

 キーン・エルドラドはラサを拠点に活動していた傭兵部隊『虹霓勇者団』の『金色(こんじき)のクライド』当人であった。
 当時のあだ名は金太郎。拝金主義者で金と酒とタバコが好きで進行が嫌いな不良神父である。
 カソックの下に覗いた金の装飾から近隣住民からは「あの人は不正義なのでは」「しかし、神が選んだお人だから」と囁かれる始末である。
 それでも傭兵時代に培われた経験を冒険譚として語る他、力作業等で頼りにされる存在でもあった。
 正純にとって彼は養父に当たる。何の気紛れか、それとも性根が本来は優しかったのか。集落から逃れてきた正純を拾い父親代りとして育ててくれたのだ。養女を慈しむ男は確かに父の顔をしていた――と正純は感じている。
 感じていた、が。
「……猫、では?」
「猫だ」
 彼の傍には獣の耳を生やした少女が立ち竦んでいる。怯え竦んだ彼女を見ているだけでも心は痛んだ。
「ハープスベルクで立っていました。天義の暗殺者だ」
「……は?」
「それ以上は知らねェ。知りませんよ、喋らないんだから。な? ガキ」
 丁寧な口調を心掛けているであろうキーンは高圧的な――本人にとっては普通である――視線を少女に投げかける。
 びくりと肩を揺らしてから少女は唇を震わせた。「『黒猫』です」と。

 漸く聞き出した内容はこうだ。アドラステイアが傭兵として使用しているオンネリネンの子供達が『黒猫』の『雇い主』が大層可愛がっていた『玩具』に手を出した。
 雇い主は怒り狂い玩具を連れ去った子供達を殺せと命じたそうである。天義のある教団に売り払われて暗殺者として叩き上げられた少女は非常に困惑していた。
 殺せと言われた相手は闇のような何かに喰われてしまったのだという。
 途方に暮れている最中に「迷子ですか」と声を掛けてきたのがこの不良神父であるらしい。
「『猫』も任務を達成しないと雇い主(いえ)には戻れない。任務を使用にも『意味不明な闇』に喰われたと来た。
 今年の冬は冷え込むでしょう。まあ、そういうわけで一度連れ帰ったワケだが――ほら、お前、こいつどうにかしてやれ」
「どうとは……」
「ローレットなら『暗殺した』事にするくらい出来るだろ。『猫』も人を殺したくはないみたいですし」
 その言葉に『黒猫』と名乗った少女ははっとしたように息を呑んだ。虫の一匹も殺せないような臆病な顔をして、人を殺すことを求められてきた哀れな娘はフードをぎゅうと握りしめてから震える声で言った。
「……殺したく、ないよ」

 シャノワール。本来の名は『そう』なのだと少女は云った。
「調査、しました」
 殺す相手の事を知っておきたかったから。
「ハープスベルク・ラインと殉教者の森に……『致命者』と名乗る人が、おばけをつれて歩いていた。
 それで、僕は『殺す相手』を追掛けていったら、あの子達、とっても驚いていて」
「驚いた?」
 正純は首を捻った。傍らには任務を受けて訪れたジルーシャ・グレイ(p3p002246)の姿も見えている。
「『エルレカ、どうして』って」
 その名前に正純は聞き覚えがあった。エルレカ――それは『蜜蜂』と呼ばれていたティーチャー・カンパニュラの子飼いの部隊を率いた少女だ。
「……その子が?」
「『私は致命者だ』と名乗って、それで『殺す相手(オンネリネン)』を闇に閉じ込めてしまいました」


『優秀な聖銃士(プリンシパル)』であった少年は一人の娘を斬り捨てた。
 自身がティーチャー・カンパニュラに借り受けていたプリンシパル候補。彼女は作戦に失敗したのだ。
 元々、支援役でありながら『オンネリネンの子供達』としての役目も担っていた。傭兵として、スカウトを行なう役目もあったのだ。
「ティーチャー・カンパニュラ、エルレカの事は残念でしたね」
「仕方がありません。あれ以降、立て続けに失敗していましたから」
 ティーチャー・カンパニュラは昏い笑みを浮かべる。少年は長く伴をした支援役の娘を庇うことは無く「他の幹部候補を用意した方が良いのでは無いか」と打診したのだ。
「『デモンサマナー』、貴方はどうしますか?」
「……ああ、アドラステイアの防衛に回るか、それとも『聖女殿』達に従うかですか?」
 少年は朗らかに微笑んだ。少年――と言えども成長期を挟み幾分も大人びて見える彼にカンパニュラは頷いた。
 彼はアドラステイア内外でも活動的であった。暫くの『勉強期間』を挟んだ以上、大人が口出しをする存在では無くなってきている。
 故に、カンパニュラは彼に問うたのだ。
 天義と鉄帝の国境沿いで突如として姿を見せた『嘗ての亡霊』。それらにアドラステイアも一枚噛んでいた。
 詰まり『アドラステイアは教義に沿って動いている』のだ。外のパトロン達は『天義の教義に反する赦されざる魔』に牛耳られた国を放ってはおかない。
 ここで、アドラステイアは『魔種を撃破する』と掲げ鉄帝国への進軍の助けになれば更にその地位は安定する。元より独立都市を掲げている。全てを天義になすりつけ、天義が滅亡すればアドラステイアとしても怖い物は無いのだ。
「随分と『外』に向かう子供が多いようですが」
「……心配はありません。今まで力を蓄えてきたのですから、中層を探る『鼠』が居ようとも、上層は安全です」
「だと、いいですけど」
 含みのある笑みを浮かべて『デモンサマナー』と呼ばれたプリンシパルは立ち上がった。
「『エルレカ』と行ってきます」
「ええ。どうぞ、ご無事で」
「貴女もね、ティーチャー」
 ――こんなにも不吉な赤い月ガ嗤っているのだ。全てが無事で終わるはずが無いのだから。

GMコメント

夏あかねです。

●成功条件
 ・ワールドイーターの撃破(近隣住民の救出)
 ・『デモンサマナー』アドレの撃退

●シチュエーション
 ハープスベルク・ライン。アスピーダ・タラサ(アドラステイア)にも繋がっている国境沿い。海沿いの街道です。
 少し外れ、殉教者の森の入り口に立っている教会(キーン・エルドラドの教会)の程近い場所です。
 周囲に存在した宿場などはワールドイーターに呑まれてしまっているようです。
 保護すべき住民達も腹の中に『入ってしまって』居ますので早期のワールドイーター撃破が求められます。

●エネミー
 ・致命者『エルレカ』
 嘗てはアドラステイアのティーチャーカンパニュラの子飼いでしたが、度重なる失敗で渓に落ちました。
 その彼女が何故か形を取り戻し、影の軍勢とワールドイーターを連れ歩いています。
 支援タイプですが、魔術などの駆使で応戦します。

 ・影の軍勢(シャドウザード) 20体
 全てが『子供の形』をしている影です。其れ等はまるでエルレカが生きていた頃に引連れていたオンネリネンの子供達を思わせます。
 非常に戦闘に意欲的であり、攻撃を繰り返します。

 ・ワールドイーター2体
 R.O.Oで観測されていた獣です。その姿は黒き『聖獣様』を思わせます。黒い翼を生やしたそれは非常に獰猛です。
 周囲を食い荒らしているのは確かなようです。

 ・『デモンサマナー』アドレ
 優秀な聖銃士(プリンシパル)です。オンネリネンの子供達と同行していました。
 ティーチャー候補として呼び声が高く『大人』の一人にも数えられています。
 狂精霊と呼ばれた、悪落ちした存在に疎通する能力を有し、それを悪魔と呼びながら一般人を唆していました。
 今回は『外』で活動するオンネリネンの子供達の様子見と国境沿いの確認をしに来たようです。
 彼自身はワールドイーターに周辺を食い荒らさせ天義の弱体化も狙っているようです。
 オンネリネンの子供達が『ワールドイーター』の腹から出て来た場合はさっさと殺そうと考えています。
(前回は『<オンネリネン>天底より慈悲を』に登場していましたが知らなくても大丈夫系クソヤロウです。)

●腹の中
 ・オンネリネンの子供達 7名
 ワールドイーターに食べられてしまったオンネリネンの子供達。『玩具』であった少女をアドラステイアへ輸送する途中でした。
 非常に困惑しているのか、ワールドイーターから出て来ても大して戦闘は行えないでしょう。

 ・『玩具』であった少女 2名
 元は孤児。シャノワールの雇い主に拾われた少女。それはそれは『玩具』にされていました。
 目が死んでいます。彼女達はアドラステイアを目指しているようですが……

 ・近隣住民
 多数。巻込まれるようにして腹の中に居ます。助けて上げて下さい。

●味方ユニット
 ・キーン・エルドラド
 あだ名は金太郎。金太郎や金メッキと呼ぶと突然拳が飛んでくる系不良神父。
 66歳となり、全盛期と比べれば衰えたが戦闘スタイルは徒手空拳。
 武器への適正が恐ろしい程ないことと、思い切り殴ったり蹴ったりした方が気分がいいという理由なのでした。
 近隣住民救出後は護衛します。

 ・『黒猫』シャノワール
 暗殺者。ワールドイーターに追掛けてきたオンネリネンの子供達を食べられて困惑しています。
 非常にスタイリッシュな戦い方をしますが、本当は誰かを傷付けることも、殺す事も嫌い。
 雇い主には『オンネリネンの子供を殺して、殺した証拠を持って帰ってこい』と言われています。

●名声
 当シナリオは天義/鉄帝に分割して名声が配布されます。

  • <獣のしるし>黒猫クリンゲル完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年11月30日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
すずな(p3p005307)
信ず刄
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標

リプレイ


 この世界に、黄泉返りなんてない。死は不可逆。
 どの様な天才だって、どの様な魔術師だって、死した者を世に取り戻すことは出来ない。
 ――ならば致命者とは?
『愛の方程式』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が相対する存在は何であるか分からない。
 天義騎士団はそれをベアトリーチェ・ラ・レーテの模倣品だと云った。彼女の月光人形とて死者を本来の意味で取り戻したわけではなかった。
 何故それが動き出し、何故、それを模倣し、何故それが『致命者』と名乗るのか。分からないからこそ、少女は前へと進む。
 一度滅した冠位魔種の『模倣』。R.O.Oに出現したワールドイーター。情勢が絡み合い『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)には答えを得る事は出来ない。だが、目の前に立っている不良神父が紹介した少女の苦しげな表情を見遣れば為す事は見えてくる。
「……まあいいさ。そういう時には目の前の民に手を差し伸べるまでだ」
 周辺住民は胎に収まり、オンネリネンの子供達も『仕事』を成しただけなのだろう。怯え竦んだ少女に――それをおう『黒猫』
 目の前の少女は飼い主がいるらしい。其れ等の後ろで立ち回る暗殺者。人を殺すことを恐れ乍らも人を殺さねばならなかった一人の娘。
「……宜しくお願いします」
 丁寧に頭を下げた彼女の飼い主は無知で罪など何らない少女を玩具にしていたらしい。其れ等を思えばこそ、『冥焔の黒剣』リースヒース(p3p009207)は苦々しく息を吐くことしか出来なかった。
「人の中に、何故、幼子を無碍に扱う者たちがいるのか。
 弱き者は何時までも屈服しているわけではない……。いや、だからこそ、弱いうちにもいでしまうのか。
 加虐行為はいずれ己が身に帰って来ると知らずに。まこと、愚かしきこと」
「投げ付けられた石を投げ返すことが出来る人間は案外少ないモンなんですよ。
 しかし、現世で苦しむ者こそが死後救われると神も言う――まあ、『死んだ後なんざ何も知りゃしませんけど』!」
 揶揄うように唇を吊り上げたキーン・エルドラドに嘆息したのは『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)。
「元気そうでなによりですね、神父様。口が悪いですよ。滲み出てます」と肘で小突いた義娘に「いけねぇ」とキーンは悪びれる様子もない。
「正純さんのおとうさん!? ……えーっと、あんまり似てない……?」
 驚愕に目を丸くした『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)へとキーンは「ひどい」とわざとらしく泣き真似をして見せた。
「正純さんは良い人ですからね、お義父上もさぞかし優しい――えぇ……?
 なんか思ってたのと違うんですけど! どうなってるんですか正純さん!
 ――はっ、まさか正純さんも本当はガラが悪い……? いやいや、そんなわけが……ねぇ?」
「いや、ガラは悪いぜ」
 百面相をして見せる『忠犬』すずな(p3p005307)へと揶揄う様にキーンは言った。大仰な仕草でそう示して見せる彼に「神父様」と呼びかけた正純の表情に絶対零度の気配が宿る。血の繋がりがなくともそこには親子の縁がしっかり結ばれているのだろう。それに羨望の眼差しを向けていたのは『黒猫』――シャノワールと本来の名を有する暗殺者だ。
「……あの?」
 呼びかけた『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)に慌て首を振る。「いいえ」と蚊の鳴くような声音を返してから彼女は俯いた。
「ね、アンタのこと、シャノちゃんって呼んでいいかしら?
 ……そんなに心配そうな顔しなくて大丈夫よ、アタシたち、すっごく強いんだから♪
 それに、正純ちゃんのお義父さんもとーっても強いそうよ? 一緒にみんなを助けに行きましょうよ」
 朗らかに微笑んだ『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)にシャノワールは緩やかに頷いた。それでも、此度の一件に部外者とは言えぬ責任を負う暗殺者の娘は居心地が悪そうでもある。
「……僕が追ってきたオンネリネンの子供たちは、みんなの知り合い……?」
「知り合い、と言えるのかはわかりません。腐れ縁かもしれません。
 けれども、交わらざるべき線と線が交わって、一体どんな図を描くのか。其れが決して、幸福な風景ではないということだけは確かですが」
 アッシュの指先から蝶が羽ばたいた。たったそれだけでも未来が変わる。
 アッシュが此処にいるように、シャノワールがキーンと出会ったように。この急を要する事態を解決するものがその場に現れたように。


 がらがらと音を立てたのは優美な装飾を施された馬車である。その荘厳なる気配は死者を誘う柩を思わせた。リースヒースは馬車を駆り致命者と、ワールドイーターの元へと辿り着く。昏き林は並んだ木々による圧迫感により何処か重苦しい空気感さえも漂わせていた。
「誰ですか」
 振り向いたのは能面のように表情をなくした『致命者』の娘であった。生気を感じることのない人形めいた少女はその背後に黒き汚泥の兵士達を連れている。
「……鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。喰いすぎだぞお前たち、その腹掻っ捌いてすっきりさせてやろう」
 構えたのは十字剣。鳴神抜刀はどの様な剣をも扱うことが出来る。鯉口を切り、地を踏み締めた青年を見詰めた少女は「邪魔者です」と静かに告げた。
 黒き影と泥を混ぜ合わせた兵士達は獣であり、人である。不定でありながら、それらは聖獣を思わせた。翼を有し天使を形取ることでいのちある振りをした見窄らしい『本来は動く事の無い存在』は操り人形の糸を繰られたかのように一斉に振り向いた。首だけ。ぐりんと逆方向に向けた様子にはリュコスも肩を跳ねさせる。
「U、Uhh……致命者(エルレカ)たちから相手だ……!」
 不意を衝かれることもなく鎖がじゃらりと音を立てた。敵対者たる致命者を護ろうとする黒き汚泥を捕えるように。贄の仔は誘うように堂々たる名乗りを上げた。
「殺しなさい」
 静かな声音は、正純にとっても聞き覚えがあった。かつては蜜蜂と呼ばれたアドラステイアの諜報隊に所属した少女だ。
 彼女を手ごまとして利用していた聖銃士アドレの姿もそこにはある。デモンサマナーと呼びかければ少年はおどけたように正純を見た。
「……ああ、何時もの。そうか、イレギュラーズは活動的だからなあ。此処にいることがばれちゃアドラステイアが手薄なことなんてすぐに露見するか」
「そのようなことを聞きたいのではありません。……彼女は、『致命者』はエルレカ。そうでしょう?」
 正純の問いかけにアドレは頷いた。エルレカはアドラステイアの聖銃士のひとりである。だが、そんな彼女でも魔女の烙印を刻まれたのか。
 あの都市は歪んでいる。魔女と呼ばれればすぐにでも渓へと落される。命の価値を履き違えた狂った場所だ。
「……貴方は、彼女がこうなった理由を知っているのですか? それとも、ただ、そうなってしまった彼女を利用してるだけなのですか?」
「両方、と言えば?」
 此方を揶揄うか、それとも『本当に何らかの事情を知っている』のかは分からない。
 アッシュはアドレの反応より、彼がアドラステイアの指示でこの地を襲うために出陣したが『アドラステイアの行く末』に関してはどうでも良いというスタンスである事に気付く。
(影の軍勢……あの姿、形はまるで……今は唯の憶測。どうか、悪い予感は外れて)
 それよりも――だ。周辺を包むこれらは何か。災禍を顕現させるべく宙に描かれた魔方陣。赫く煌めく無数の光の礫は雨の如く降り注いだ。
 罪に塗れたアドラステイアの子供。そのひとりでありながら、信仰を違えた少年は愉快だとでも云う様にイレギュラーズの様子を見遣り嘲笑う。
(彼女、エルレカさんでしたっけ――がどうやって使役しているのか。……見た目が聖獣を思わせるのは何故か)
 きん、と鋭く鈴鳴らす。すずなの呼気が漏れたのは一瞬。直線上に距離を詰めれば巨躯のワールドイーターに肉薄する。
「疑問は尽きませんが! ――まずはワールドイーターを倒してから! 吞み込まれたという方々が心配ですからね。
 いくら獰猛だろうと所詮は2体。早々に斬り伏せて進ぜましょう……!」
 正純の義父と呼んだキーンも協力してくれる。彼は事前に「ちょっとした有名人でしたよ」とすずなにフランクに話しかけてくれていたが実力は如何程か。
 ――いざ、尋常に。
 模倣した太刀筋は、蛇の如く。だが、実直とも言える少女の性質をよく顕わしワールドイーターへと真摯なる一閃として叩きつけられる。
 続き、ココロが放った魔光はワールドイーターを捉えた。ココロの纏う白き魔力とは別の構築術式。遁れ得ぬそれを受けワールドイーターが吼える。
 ひくついた声を漏したシャノワールに「大丈夫よ」とジルーシャが震えた声を漏した。幾許か、その姿が幽霊に類する何かに見えたのは――きっと、気のせいなのだから。竪琴で奏でた音色が広がり続ける。周囲の兵士を全て取り払い皆を救うために。


 アドレは、イレギュラーズの動向を見詰めていた。アッシュの蝶々が羽ばたき、アドレを抑えるように周辺鎮圧を行ない続ける。
 悪魔憑きと呼ばれた少年は細剣を振り上げ、鋭い風を起こした。突風の気配に眉を顰めたのはすずな。ぐん、と身を捻り風に耐えた刄は翻ることなくワールドイーターを討つ。
「やはり来ますか、アドレさん! ならば迎え撃つまで……!」
「いやだな。色んな所に首ばっか突っ込んで。天義という敵国が鉄帝国を攻めてるんだ。
 天義なら『当たり前の動き』だろ。それを邪魔してしまえば、この国のアイデンティティが傷付くだけだ」
 やけに饒舌なアドレにアッシュは淡々と言葉を返した。周辺の兵の数が減った。聖獣を思わせた其れが倒される度に『致命者』のエルレカは苦しげな顔を浮かべた――が、それは月光人形に乗っ取れば生前の彼女を模倣しただけに過ぎないのだろう。
「……まるで、『大人』の様な口を利くのですね。力に溺れましたか。其れとも、誰かを踏みつけにする味を覚えましたか?」
「踏みつけなければ生きていけない場所だったんでね。
 ……違うよ、アドラステイアさえも踏みつけて俺は生き残らなくちゃならないんだ。『そうじゃなきゃこんな場所への進軍、止めるだろ』」
 醜い感情だとアッシュは感じていた。アドラステイアさえも踏み台にして、何を彼が願うのか。
「何にせよ『大人』と同じであるならば」
「どうせ、だれもが汚い大人になっていくんだよ、イレギュラーズ」
 アドレは小さく笑った。そうなって、『養分にされる前に』――あの小さな楽園などかなぐり捨ててしまえ。
 聖女様は言って居たのだ。本来のお前の人生はこのようなちっぽけなものではなかったのだ、と!
 ワールドイーターの腹が裂かれる。黒き獣から溢れ出した『存在していた光景』を見据え、救い出した住人の腕を掴んだすずなは「こっちです!」と鋭く叫ぶ。
 住民達に、怯えたオンネリネンの子供達。アドレの姿をその眼に映した瞬間に泣き出す者も居た。
「――帰ってこい。オンネリネン! 『お前等の家を壊す奴ら』だぞ!」
 叫ぶアドレに子供達が「帰らなきゃ」「どうしよう」とパニックを起こした。任務の失敗を『聖銃士幹部生』に見られた事へのパニックなのだろうか。
「……不憫な事ですね」
 何時だって他人を蹴落とし続ける都市、アドラステイア。その場所に依存しているからこそ、何時か自分が渓へと落とされるかもしれないと怯え続けなくてはならないのだ。
 正純の呟きにアドレは「だから使い勝手が良いんだよ、あの都市の子供って奴は」とせせら笑った。大人と同じ考え方だ。アッシュが言う通り、そう感じずには居られない。ココロもすずなも少年を睨め付ける。
「あの都市は大人が俺達を利用していただけなんだ。だから、俺が利用し返して悪い事がある?
 俺にだって、遣りたいことがある。しなくちゃならないことがある。そのためなら聖女にだって魂を売るさ。あんな国、捨ててね」
 だからこそ、アドラステイアも天義という国に責任をなすりつけるために国境線での戦いに一枚噛むのを提案したのだとアドレは言う。
 外のことなど何も知らず、アドラステイアの周辺で人が死ねば得だと考えたティーチャーカンパニュラを丸め込めたのは良かった。
 そう笑う少年の前に飛び込んだのは正純の鋭い一撃。
「……もうすこし……!」
 リュコスの声に頷いたエーレンは周囲の兵士達を鋭く睨め付ける。
 鋭く剣を返す。腰を落とし踏み込んだ一閃。エーレンの抜刀術より叩きつけられた一閃が鋭い太刀筋で汚泥の兵士達を裂いた。
 不意打ちには対応可能だと小さな体をバネのように跳ねさせてエルレカへと攻撃を仕掛けたリュコスの眸は強い決意が宿されていた。
「命優先で狭いのは我慢してくれ、あと舌噛むなよ!」
 キーンには護衛を頼み少しばかりの距離を取る。彼の教会で近隣の住民や気を失ったオンネリネンの子供を保護するとエーレンは耳にしていた。
 それならば、だ。彼等に任せることは出来る。心配するのはアドレの動向だが彼に関しては正純達が抑えてくれている様だ。
「金太郎さん、お願いします!」
「おい!!!」
 勢い良く叫んだキーンにココロは揶揄うように笑った。
 拳を振り上げて、その勢いの儘、近寄ってくる兵士を殴りつけた不良神父は「お嬢ちゃんがイレギュラーズじゃなきゃぶん殴ってるぞ!」と笑った。
 ――どうやらそんなジョークも言い合える程に余裕はある。眼前のエルレカを見据えてからココロは「利用されているんですね」と苦く呟いた。
「生前に、未練があればお化けは出るって言うわよね!?」
 ぐりんと首を此方に向けたジルーシャに「確かに」と頷いたのはリースヒース。
 致命者達は『魔女裁判で断罪されたモノ』や『天義で断罪されたモノ』が多いらしい。ならば、この国に遺恨を残した存在の姿かたちを利用し、その生前の感情だけを込めたものであったならば?
 まさに月光人形の紛い物。出来の悪い黄泉返りである。
「あ、諦めなさい。これ以上、あの子達には指一本触れさせないわよ!」
 それがおばけでないと信じながらジルーシャはアドレを引き離す様に精霊達へと声を掛けた。
 彼も此処で死にたくはないのだろう。全てが保護されたことを理解し、じりじりと後退する。致命者エルレカの肉体が朽ちるように消えたその刹那、何者かの叫声――屹度、少年が使う『悪魔の囁き』だ――が響き、彼は姿を消していた。


 とても綺麗なラベンダー色の瞳だとジルーシャは彼女の眸を覗き込んだ。驚き竦んだシャノワールはジルーシャを丸い眸で眺める。
「……ね、アンタさえよかったら、アタシたちと一緒にこない?」
 その美しい眸にこれ以上悲しいものを映さなくて済むように。無理強いをするわけではない。だが、彼女にも生きる選択肢を与えてやりたかった。
「……だめ」
 シャノワールは首を振る。自身が姿を消した後にどの様な変化が訪れるのかが分からないからだ。
「そ、それでも……シャノワールもひとをモノ扱いするご主人様の元に返らなくったって……。
 ぼくたちなら領地とかに場所を用意できるよ」
 おずおずと口を開いたリュコスにシャノワールは「兄を、探しているの」と呟いた。唯一、己を探してくれるかも知れない兄を思えばその場所から逃げ出すことは出来ないのだという。雇い主について探りたいリースヒースだが、この地にはシャノワールの雇い主に因縁ある霊魂は居ないようである。
「けど、あの娘達は……」
「この子達は私が」
 玩具であった少女達を自身が引き取り傷を癒やすことに尽力するとココロは宣言した。勿論、何があったかは分からない。不当な扱いを受けていたというならば病に罹患している可能性もあるはずだ。
「そりゃ、そうしてくれるなら有り難い話ですけれどね、無償でいいんですか?」
「はい。何があったかは分かりませんけれど、落ち着く時間も必要でしょうから」
 黒猫が飼い主の元に戻るというならば髪を一束づつ切らせて欲しいとオンネリネンの子供にココロは提案した。首を7つも持ち帰る事は出来ないという言い訳が通れば良いとココロがシャノワールを見遣れば彼女は何処か気まずそうに目線を下げる。
「……赦されないかも、しれません」
「その時は戻ってくれば良い。俺の娘にでも助けてと言やお人好しが過ぎるコイツがなんとかしてくれますよ」
 その言い方は何だと眉を吊り上げた正純にキーンはからからと笑った。勿論、義父の言う通り彼女が望むならば教会で保護だって出来る。
「……かつて保護した子達も居ますし、勿論、オンネリネンの子供達だって『こんな神父様』ですが面倒を見ます」
 自身だってそうだった。正純は気を失ったオンネリネンの子供達を見詰める。彼等にとってアドラステイアは家だ。だからこそ、彼等を保護し心を解すまでには苦難の道も待ち受けているかも知れない。
 持ち物には血を少しつけてあくまでも『殺した』という体裁を整えて元の場所に戻るようにと黒猫を送り出してからリュコスは俯いた。
「いつでも、むかえる準備はできてるからね」
 国境に渦巻いた謎の気配。それが何かは分からぬ儘、不穏な気配は幾許か和らいだのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 シャノワールちゃんは、皆さんを頼りになると認識したようですし、
 正純さんのお父さんもとても良いお父さんなのでまた逢いに来てくれるかも知れませんね。

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