シナリオ詳細
<最後のプーロ・デセオ>ヴォーパルバニーが夢を観る
オープニング
●うさぎが、刎ねる
ぴょん。
くろいうさぎがはねるよ。
ひとつめうさぎ、いつだって夢を観ている。
だからうさぎは、君がのぞむ夢を見せることができるよ。
あの人に会いたい? いいよ。
お金持ちになりたい? いいよ。
愛をささやかれたい? いいよ。
殺したいひとがいる? いいよ。
この世界が欲しい? いいよ。
やってごらん。全部叶うよ。
だって夢の中だもの。
でもね、代価はいただくよ。
君のクビをちょんと刎ねて、いただくよ。
ほら、君の心にクリティカルヒット。
願いをいって? 叶えてあげるから。
その命とひきかえに、刹那の夢をみせてあげる。
ぴょん。
うさぎがはねるよ。
ぴょん。
うさぎはね、夢をみる側だから。
だから、かみさまが目覚めるのを、ずっと待ってる。
この海の底で夢見てる、まっくろいかみさまを、まってる。
●
シレンツィオリゾートに、一段と濃い影が落ちようとしていた。
悪神ダガヌの手は予想以上の速さで、予想以上の広さに及んでいた。
「瘴緒」……意識のない人間を操る肉腫によって動きは読まれ、乙姫であるメーア・ディーネーも悪神の手に落ちた。このままではダガヌは目を覚まし、封印の役目を果たしていた海底火山の蓋は開き、すべてを熱と炎、恐ろしい波と溶岩に沈めてしまうだろう。
この危機に、マール・ディーネーは己の“思い出”を代償に乙姫の代理を務めることを選んだ。そうしてニューディと共に、一時的ではあるがダガヌの神核――心臓部を現出させ、一時的に弱体化させたのである。
……ここはダガヌ海域インス島、其の海底。
ダガヌの海底神殿である。
すべての悪を包括したものが此処にある。
魔が蔓延っている。かつての竜に似た面影が見える。
それらは待っている。彼らの主たりうるものが蘇るのを。
封印されたダガヌが再び動き出し、それを祝うように海底火山が吼えるのを待っている。
ダガヌの神力は既に一帯に及んでいる。
その中の一角に――うさぎがいた。
まるでダガヌチに似て、泥で作られた一つ目のうさぎ。
彼らはほとんど戦闘能力を持たないが――必殺の一撃を持っている。
そして群れることで幻影を映しだし、獲物の心を惑わせて一撃を繰り出すのだ。
愛する者に、喪った者に会いたい。
金持ちになりたい。
なんでもいい、愛がほしい。
様々な欲望を映し出し、油断すれば――ちょん。うさぎの鋭い前歯が、君の頸を刎ねるだろう。
ダガヌはすべての欲望を認める。
欲望を認め、喚起させる。自制など無駄だと嘲笑うように。
君たちははねのけなければならない。
そうしてこのうさぎたちが二度と趣味の悪い幻影を映し出せないように、処理しなければならない。
そうして、ちょん、と首を刎ねるのは―― 一体、どちらか。
- <最後のプーロ・デセオ>ヴォーパルバニーが夢を観る完了
- GM名奇古譚
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年11月03日 22時31分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
例えば。『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は夢を見る。愛してると囁き合う、幸福で悲しく惨めな夢を。
例えば。『太陽の翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)は夢を見る。愛おしい妻と愛を育む夢を。
例えば。『おはようの祝福』Meer=See=Februar(p3p007819)は夢を見る。母親のように信念を貫ける、幸せな夢を。
例えば。『夜を斬る』チェレンチィ(p3p008318)は夢を見る。大好きだった君と、大切なイマを駆け抜ける夢を。
例えば、『殿』一条 夢心地(p3p008344)は夢を見る。桜舞い、澄み切った水が流れる嘗ての領土の夢を。
例えば。『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)は夢を見る。彼の人の軛を完全に解き放ち、己の想いを打ち明ける夢を。
例えば。『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は夢を見る。両親が己の腕を、褒めてくれる夢を。
例えば。『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は夢を見る。力を得て、救いを求める声に迷わず駆け付けられる夢を。
例えば。『ラッキー隊隊長』ジュート=ラッキーバレット(p3p010359)は夢を見る。ずっと肩にのしかかっていた、重い荷を下ろす夢を。
例えば。『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は夢を見る。貴方のいる、なんてことない日常の夢を。
或いは。
ヴォーパルバニーが、夢を観る。
いいよ。いいよ。どんな夢を見ても良いよ。
死ぬ前くらい、幸せでいたいもんね?
●
マリエッタは、夢を見た。
其れはとても素敵な夢。何の変哲もない、でも、誰も苦しむ事のない――ただただ、退屈なほどに平和な日常。
其れは狂おしく手を伸ばしても、今までは届かなかったもの。
素敵な街、素敵な風景。素敵な人々、――そんな中に、マリエッタと“貴方”はいる。
――“今”の私は、こんな生活を求めていたのでしょうか?
何処か他人事のように、マリエッタは考えるのだ。
彼女は生来血を奪う者。奪った血が、この幻影を見せているのだとしたら……其れはマリエッタの夢と言えるのだろうか。
そう。だからマリエッタは、僅かに違和感を持ったのだ。
貴方。貴方は誰?
私の隣にいる貴方。私に笑いかけてくれる貴方。貴方は一体、誰なのですか?
私の知らない貴方? 忘れているだけの貴方?
悲しくて、苦しくて、心臓を掻きむしって取り出してしまいたかった。
自分のものでない記憶なのに、どうしてか悲しくてたまらない。
ああ、これは幻。与えられただけの、無機質な餌。
私は魔女――まだ朧気にしか思い出せていないけれど、とても悪辣だった気がする。だからこんな幸せな夢、本当は見ちゃいけないの。
こんな幸せな風景に、馴染んではいけないの。
「……ええ、本当に、良い夢でした」
マリエッタは呟く。うさぎたちがじっ、と彼女を見ても、もう彼女は夢を見ない。
醒めてしまったから。幸せな風景に手を振ったのは、彼女の方なのだから。
「本当に素敵で、……だからこそ、受け入れられない。私は深くは知りません――でも、少しだけなら判るから」
私は幸せな夢を見られるような素敵な人ではない事。
夢は私を蝕む毒で、現実こそが過去の私から逃れられる幸せな時間である事。
「だから――」
マリエッタは鎌を振るう。己の血を媒体として作り上げた鎌が、ざくん、と一気にウサギたちを切り裂いた。
だから、貴方たちには、幻影には、――負けられません!
●
俺は自由だ!
ジュートは天を仰ぎ、大声で笑い上げる。
もう空を飛んでも、何かとぶつかることはない! 歩いてて靴の裏にガムがくっつく事だってない!
俺はもう、不幸じゃない! ひゃっはー! なんて快適な生活なんだ!
そう、俺はついに会ったんだ!!“幸運の女神サマ”に! 俺のご先祖が怒らせた、綺麗な女神サマに! そうしてラッキーバレット家が背負ってきた“不幸の呪い”を解いて貰ったんだ!
謝ったらあっさり赦してくれたのは拍子抜けだけど……まあ、今までの被害がデカかったからなあ。一族の亜竜種は大体、“不幸な”事故やら病やらで長くは生きられなかったし。俺は俺で、成人するまでは女神さまの神子だってシキタリにがんじがらめだった。
身内に不幸があれば。「神子がちゃんとしていないから」と石を投げられた。
友達なんて出来る筈もなく。
女装みたいな神子服も――そう! もう着なくても良いんだ!
――なのに、なんでだ?
肩の荷は下りたんだ。俺は楽になったんだ、自由になったんだ。
なのにどうして、こんな、心に穴が開いたような気持ちになってるんだ?
……判ってるんだ。
兄ちゃんが死ぬ前に、俺に教えてくれた。ラッキーバレットにかかった“不幸の呪い”は、女神サマを怒らせたから降りかかった災いじゃないんだって。其れは伝え聞くうちにねじ曲がった伝承で、本当は――幸運の女神サマが幸せでいられるように、女神サマに降りかかる不幸を俺達一族で肩代わりしてるんだって。
だからこれは、呪いじゃなく愛なんだって。
だから俺は決めたんだ。特異運命座標になって庭園に呼ばれたあの日、――覇竜の外の世界を知って、……女神サマに会いに行こうって、決めたんだ!
其れで、女神サマに会えたら言わなきゃいけない。
「俺達は大丈夫、今でもいつまでも、女神サマの事が大好きなんだぜ!」
其の一言を胸に抱いて、俺は今日も生きている。
いつか女神サマに出会ったら、今までのラッキーバレット家全員の分の愛を込めて、この言葉を手渡す為に。
俺を赦してくれて、目の前で笑ってる女神サマは俺の理想なのかもしれねえ。本当はもっと怖かったりするのかもしれねえ。でも、だからこそ甘い夢に浸かり続けちゃいけねえんだ。不格好だって良い、もがいて、這い出して、這う這うの体でいい、俺は本物の女神サマに会いに行くんだ!
「だから、お前達に邪魔されてる余裕なんてないんだよ!」
俺は力を振り下ろす。
見えない刃が一つ目の気味悪いウサギたちを切り刻んだ。――ああそうだ。こいつらが見せる幻より、きっともっとずっと、幸運の女神サマは美人な筈だぜ!
●
――力が欲しい。そう思っていました。
ムサシは心中で呟く。
他の特異運命座標たちが素晴らしい力で誰かを救い、誰かの明日を護る姿がいつだって眩しくて、……羨ましかった。
力がなければ、自分の意思を押し通す事も、誰かを救う事だって出来ない。一度だけじゃない、何度も、何度も、自分に力がなかったから救えなかった事があって、其の度に、痛いほど、もっと強い力を求めて来ました。誰かを救える力が欲しいと。
いま、自分の手の中には力がある。
はっきりと判ります。誰かが救いを求める声に素早く応え、悪を討つだけの力がこの手にはある。自分は、無敵のヒーローになったんです!
……。
違う。
ムサシは、手をぐっと握る。まるで其の中にある何かを、握り潰すように。
確かに自分は、誰かを救い悪と戦い抜くための力を、自分のなすべきことを果たせる力が欲しいと思いました。
でも其の力は、誰かに軽々しく与えられて良いものじゃない。
重みや責任、其の力で“出来てしまう事”を考える事が、本当に強くなるという事なのだと、自分は知っています。
得た力が万能である確証など何処にもない。どれだけ強い力であっても、自分が神ではない以上――救えない命も、届かない想いもきっとある。
諦めるな、と自分の中で誰かが言うんです。
届かなくても、救えなくても、諦めるなと。無力感に泣きたくなる夜があっても、叫びたくなる宵があっても、決して諦めるなと。
そして、安易な手段に手を出すなと! 最初から諦めてしまうような、簡単で堕落した道を歩いてはいけないと!
自分は、自分の力で強くなります!
誰かを救うための力は、自分自身で身に着ける……!! そう教わったのであります! そうあれと道を示してくれる人が、そんな人たちがいるからこそ、自分は楽な方には絶対逃げたりしない! 簡単に手に入る力も、諦めて石ころを蹴る事もしない!
「お前達の甘い誘いには――絶対に乗らないであります!!」
そう、だから、ムサシは仲間を護るのだ。
まだ眠りの中で夢と戦い続けている戦友を、ウサギの凶刃から庇う。例え血を流し、傷付こうとも――其れでも! 彼らもきっと安易な道に逃げないと、自分は信じているから!
「惑わされちゃ駄目であります! 皆で、この危機を乗り越えるのであります!!」
●
エーレンの父は剛剣を誇る英雄だった。
そして母は道術の天才だった。
長兄は剣の才を、姉は母の術の才を継いで、早々に開花した。
次兄は力こそなかったけれども、其れを補って余りある智慧があった。
自分は――其れらの代わりに、国の誰よりも素早くなった。
エーレンたちの家族はそれぞれが補い合いながら、国を盛り立てた。
家族が褒めてくれる。
「お前の素早さは、千里を駆ける馬も叶うまい」
「ええ、本当に。誰よりも早く情報を得られるというのは、一つの強さです」
口々にエーレンを褒めてくれる、家族たち。
けれど――エーレンは、昏い顔をしていた。判っていた。これは夢だと。
注がれる尊敬の視線が、痛くてたまらなかった。そんなもの、受けたことがない。
“絞り滓の末皇子”
――其れが、現実のエーレンに貼り付けられたレッテルだった。
親の才を継げず、兄や姉のような力も智慧もなく、……ただただ、罵倒されるような厳しい指導に耐え続ける日々。
どんなに打ち込んでも結果の出ない稽古。
家臣の聞えよがしな悪口。
そして……放逐も同然の“修行の旅”。
最後に聞こえた民の声。
「あの方が戻らなくても、誰も困らないし悲しまない」
――判っていた。痛いほどに判っていた。
いつだって父は言っていた。
「お前に秀でたところは確かに一つもない」
「しかし――だからこそ、お前は人の二倍、三倍と努力せねばならない」
「常に鍛え、働き、民に奉仕するのだ」
「そうでなければ、どうしてお前は民の禄を食んで生きているのか?」
“ただ民のための己であれ”
父の声がする。其れは彼が受けた“恩恵”の名でもある。
其の通りです、父上。俺に幸せは与えられない。
赦される筈もない。そんな資格はない。
俺は民の幸せのために生きている。――常に励まないで、どうして民に生かされて良いものか!
一閃が輝く。
エーレンの剣が、ウサギの首を逆に斬り飛ばした。
「――起きろ……!! 俺達は、竜宮の友を護る為に来たんだろう!」
庇ってくれる仲間がいる。攻撃をしている仲間がいる。
特異運命座標は次々と、目を覚まし始めていた。
●
命には恩人の女性がいる。
彼女は遊女であったが、命の雇い主である『旦那』が身請けしてくれた。遊郭からは解放されて、傍にいてくれる彼女だけれど――彼女は未だに、身請けした『旦那』のもの。
だから、命は金を稼ぎ続けている。いつの日かこのうつくしいひとを、本当の意味で解放するために。
だから命は、夢を見た。
金を稼ぎ、『旦那』から引き取るに足る金子を携え――そうして恩人である女性を自由にする夢を。
勿論、情がない訳はない。だが其れよりも何よりも、この人が本当の意味で自由になったのが、命は嬉しかった。
言っても良いだろうか。“己れと夫婦になってくれ”と、言っても良いものだろうか。
己れは真剣だ。頷いてくれたら、きっと天にも昇る気持ちだ。
そうして夫婦になったら、故郷で元気に暮らすんだ。育て親に挨拶に行って、……会って、……?
おかしい。
育て親は、既にこの世を去っているのだ。
齟齬に気付いた命の視界を、闇が包み込む。
「お馬鹿ねえ、命」
くすくすと笑うのは、育て親の真琴だ。怒るでもなく、ただくすくすと笑って。
五月蠅えぞ母さん。
「……む、誰がうるさいって?」
うわ! 待て待て、殴るなって! 悪かったって!
――……なあ。幻、なんだよな。
「そうね」
じゃあ、醒めないといけないよな。
「ええ」
幻じゃあ、この金子も意味がねえ。
己れは現実の世界で金を稼いで、其れでもってあの人を解放しなきゃならねえ。
夢で稼いだ金子なんて、一銭の価値もねえや。
「判ってるじゃない。……ほら、いってらっしゃい」
真琴は、まるで現実にそうするように、己れを静かに送り出してくれた。
いいモンが見れたよ。
「――ありがとう、なっ!!」
目を開くや否や、命は乱撃をウサギたちに見舞う。
脆い。夢を魅せるという強力な異能を持つ代わりに脆弱であるウサギたちは、命の首をチョンと刎ねる前に、乱撃の前に血肉を舞わせて斃れていく。
●
「おお?」
夢心地は、夢心地。
夢から醒めれば、殿は川辺に寝そべっておりました。
何分城の中は退屈なものですから、時折殿はこうして外での散策を楽しまれるのです。
満開の桜が、はらはらと花弁を散らして青空に舞わせます。
川のせせらぎの音がさやかに耳に入ります。
傍らには、まだ手を付けていない草団子。
そして、隣には――
「うむ、うむ。……よもや、再びそなたに会える日が来るとは思っていなかったぞ」
殿はゆるりと、目を細めます。
懐かしむように。愛おしむように。
殿は聡明です故、既に夢であると判っておられるのかも知れません。
束の間の楽園に、遊んでいられるだけなのかも知れません。
「はー……妙な世界に飛ばされて、懸命に戦い続けた麿への褒美かの?」
愛する者たちに囲まれて、民の為に生きる。なんとも穏やかな日々が、其処にありました。
いつまでもこの景色を眺めていたい。いつまでも、浸っていたい。其れは紛れもなく、殿の本音でございました。
じゃが。
じゃが。
じゃがな?
「待っておるのじゃよ」
「妙ちきりんな世界にもの、麿の助けを待つ民たちが」
殿は言いました。傍らに座る誰かは、何も言いません。
「待たせる訳にはいかぬ。行かねばならぬ。其れが殿的存在である麿に課せられた使命じゃからな。――なあに、心配するでない! 麿を誰と思うておる、世界丸ごとひょっと救って、すぐに戻って来るわ。……じゃから。それまで待っておれよ」
この草団子に、約束をかけようとも。
一条夢心地、交わした約束は決して違えはせぬ!
なーっはっはっはっはっは!
夢が、解けた。
「……さて」
夢心地は、再び“妙ちきりんな世界”へと戻り来る。
世界をひょっと救うために、まずはウサギ狩りじゃ。
「良き夢を魅せてくれた礼に、せめて苦しまずに狩り尽くしてくれよう。一撃必殺はおのれらだけの専売特許ではないぞ?」
ちょん。
東村山が冴えれば、さてこの通り。ウサギの首はあっという間に宙を舞う。
「真の首狩り。――ケモノ風情には勿体無いが、見せてやろう。味わわせてやろう」
其れは殿らしくも殿らしくない、剣舞でありました。
目についたウサギの首を次々と、ちょん、ちょん。刎ねていく。
「さあ、覚悟が決まったものから掛かって参れ。ただの殿的存在と侮るでないわ」
●
――あれ?
チェレンチィは、瞬きをする。
そこは邪神ダガヌの海底神殿ではなく、見慣れた幻想の街並みだったから。
あれ?
チェレンチィは、眼を擦る。幻でも見ていたのかな、と。
だって目の前にいるのは、“君”だから。
片時も忘れた事なんてなかった“君”。
ずっとずっと、“君”の事を思ってた。
もっと一緒に過ごしたかった。
話したいことがあって、見せたいものがあって、聴かせて欲しい事だってあった。たくさん、たくさんあったんですよ。
――空を飛んだ景色を見せるといつか、約束しましたね。其れも、まだ叶えられていない。
ボクはいつ其の約束を果たしても良いように、飛ぶ練習を何度もして、――今ではすっかり、自由に飛べるようになったんですよ。
「じゃあ、飛ぼうよ」
「飛んでよ」
「そうして、ずっと一緒にいよう?」
――。
「だって、やっとまた会えたんだから。今まで寂しい思いをさせてごめんね」
どうして。
どうして君が謝るんですか?
謝るのはきっと、ボクの方なのに。君の命を、君の願いで、奪ったのは、――ボクなのに。
君は、ずっとボクの傍にいましたよ。
会えないけれど、ずっとずっと、心の中にいてくれました。
だから、寂しいのはちょっとだけだったんです。
ねえ、君。君はきっと、ボクの弱い心が作り出した幻影なんでしょう。
君であって、君でない、君。
――だって、ボクが手に掛けたから。其の感触が、今でも心に残っているから。
本当の君がボクの目の前に現れてくれる事は、二度とないから。
「……」
ごめんなさい。
其の手は、取れません。
「……いいよ。でも、忘れないで」
え?
「ずっと一緒だよ」
……。
ええ。
チェレンチィが目を覚ますと、目の前には青年が一人、いた。
「ッぐうっ……!!」
彼はチェレンチィを庇い、ぎりぎりの所でウサギの一噛みをかわす。
「……ぁ……!」
「眼が、醒めたでありますか……!」
「……ッ、はいッ!」
チェレンチィは、もう迷わない。
“君”はボクと一緒にいるって、もう一度確認できたから。
もう疑わない。
ずっとずっと―― 一緒です!
手に持ったコンバットナイフで、チェレンチィはウサギを切り刻んでいく。
●
「縁」
優しく名を呼ばれる。
縁は閉じていた瞳を、ゆるゆると開く。眠い。酷く――眠い。まるで長い夢を見ていたかのような倦怠感がある。
「まあ、寝坊助さん」
けれど女は、欠伸を一つ零した縁を見て笑うのだ。
金の髪を揺らして、リーデル・コールは――笑う。
遠い昔、二人で暮らした小さな小屋。
リーデルはいつだって、尖った耳の片方に雫の形をしたイヤリングを。首には小さなイルカのネックレスを下げていた。大切なものなの、と優しい顔をして語ってくれたのを、今でも覚えている。
其処には後に魔種となるような面影はない。ただただ“幸せに満ち溢れた”女の姿が在った。
「リーデル」
「なぁに」
「愛してる」
「……私もよ。ねぇ縁」
「なんだ?」
てっきり愛してるわ、で終わると思っていたので、縁は僅かに目を瞠る。
リーデルはそっと、其のうつくしい貌に微笑みを乗せた。
「赦すわ」
彼女は確かに、そう言ったのだ。
「……何を?」
「何もかも、よ」
甘く、毒のように染み入る声。
夢であると縁は勘付いていた。どうしようもなく幸福な夢だ。そして――どうしようもなく、惨めな夢だ。
繊手がそっと、頬をなぞって――縁の首筋に触れる。
其れを真似るように縁もまた、リーデルの首筋に触れて……もう片手を持ち上げると、一気に其の頸を締め上げた。
……あの日のように。
リフレインしている。
リフレインしている。
俺はいつまで経っても、このユメから抜け出せないでいる。
はく、とリーデルの唇が空気を求めて動く。
やめろ。夢らしくいてくれ。生々しく俺に刻み付けないでくれ。
刻み付けてくれ。俺の罪を。だから、なあ、
「リーデル」
「……リーデル」
「許して(許さねぇで)くれ、……リーデル……」
あっという間に甘い空気が冷え切った小屋に、縁の声が虚しく響いて。
ちりん、と。
リーデルが大事にしていたイルカのネックレスが、ころりと彼女の鎖骨から滑って落ちた。
縁は目を覚ます。
じっ、と見詰めているのは一つ目のウサギたち。
ぴょん、と飛び跳ねて……頸を刎ねてやろうとする其の歯をかわして、縁は“いつも通り”に“酷い顔”で笑ってみせるのだ。
「――最高(さいあく)の目覚めをありがとよ」
お陰で遠慮なくやれる。
こっちのウサギで良かったと、縁は僅かに安堵する。目のやり場に困るバニーも悪くないが、こっちの方が楽でいいし、――なにより、この顔を見せないで済む。
激しい引き潮が身体を引き裂くように。
縁が引き起こす気の流れで、ウサギの泥のような毛皮に血潮が跳ねた。
●
願いを叶えてくれるの?
それなら、お母さんみたいなカッコいいお母さんになりたいな!
Meerはきらきら、眼を煌めかせながらそう言う。
男とか、女とか。そんなものに縛られずに、生まれにも縛られずに、信念を貫いて海に出た人。
海でお父さんと出会った話も、ちょっとロマンチックで羨ましくて。
でも、僕を生むために一度陸に上がって……それでも海が恋しくて、僕を産んだらまた海に出た人。
だから、沢山は会えなかったけど、其の分お土産やお土産話は沢山だった!
海で出会ったすごいものや、海で見付けた綺麗なもの。どんな景色が見えて、どんな人が住んでいたのか――お母さんの話を聴いた日は、僕はいつだって眠れなかった!
だから、僕もお母さんに――海や海賊に憧れて。
けど、お母さんには「向いてねえよ」って言われたっけ。
でもね、今ならなれる気がする! ううん、なれるんだ! 嬉しいな!
お母さんと一緒にTinker Bell号に乗って、風と波を味方につけて――嵐に立ち向かって……わあ! すっごく、すっごく気持ちいい!
「お母さん! 海って、すっごいね!」
「だろ? だけどナメて掛かると痛い目見るンだ、……ほら、帆を張れ!」
「はあい!」
僕は一生懸命、ロープを引っ張る。
お母さんの背中はとても大きく見えて、――僕もお母さんみたいになりたいって、一掃思わせた。
あ、でも……お母さんになるなら、相手がいるよね?
そう、例えば素敵な“旦那様”。
大好きな、大好きなあの人と、白い衣装で――
「って、ちょっと待ってー!!!?」
Meerは己の大声で目を覚ました!
ぱちくり、とウサギの一つ目が瞬く。
「其れは僕一人の気持ちでどうにかなっちゃうものじゃないっていうか! ダメダメ! 僕らはまだ友達! と、も、だ、ち! なんだから! 幻想とはいえ勝手に話を勧めないでー!!」
危ない所だった!
まるで八つ当たりのように、Meerは炎でウサギたちを焼き払う。
泥のような毛皮が炎に包まれて、暴れるように飛び回るウサギたち。
「もー! 僕は誰かと叶えたい未来があるんだから、こんな幻で満足なんてしてられないの!」
まだ眠ってる人がいる。
Meerは彼ら彼女らを守るべく、再び炎の扇を振るったのだった。
●
「カイトくん」
「んー?」
「ふふ、くすぐったいよ」
こちら、カイト・シャルラハ。
最愛の妻といちゃいちゃしております。
だってしょうがないじゃない。
最近“最愛の恋人”から“最愛の妻”へとランクアップした彼女が、愛おしくない訳がない。結婚式だって済ませたけれど、最近はシレンツィオのドタバタで忙しくしていて、妻と触れ合う機会がちょっと減っていたのだから。
欲求不満、というとよこしまだけれど、まあ、そういう事だ。
リリニウムが足りない。リリニウムとは? 最愛の妻から摂取できる癒しと幸福をもたらす成分の事である。提唱者はカイト・シャルラハ。真偽は不明。
小さな手がそっと、己の羽毛をもふもふとしてくれる。日差しは暖かく、其れよりももっと暖かな手に微睡んでしまいそうになる。
幸せだ。
カイトは今、胸を張ってそう言える。
出来るならばこの幸せを、ずっと浴びていたい。一日が240時間くらいあればいいのに。そうしたら其の内10割を、こうして触れ合う時間に充てるのに。
でもね。
君の愛しの奥方は、言う時は言う人だったよね?
「カイトくん」
「んー?」
「カイトくんは、リリーと同じくらいこの海が好きなんでしょ?」
「ああ……」
「だったら、守らないと」
ふわふわと羽毛を撫でていた手が、ぺちぺちと彼を叩く。
さあ起きなさい、と急かす母親のように。
夢の中でも、彼女は何処までも優しく、強い。カイトはそんな夢を見られる己を誇りに思う。
「リリーも一緒に行くから。だから、ほら、起きて」
そうだな。
寂しげに、カイトは言う。夢の中ではリリニウムは取れないのだ。
だからこんな騒動、さっさと終わらせて――愛しの妻から本物のリリニウムを、摂取しなければ!
「おう、兄さん。ニヤニヤして良い夢みたかい」
「まあな! 悪くない夢だったが、――ま、夢は夢だな」
縁にそう応えたカイトは、一番長く眠っていたらしかった。
仕方ない。だって多分、トップクラスに幸せな夢だったからね。
でも……と、カイトは己に幸せな夢を見せてくれやがったウサギを見る。泥のような色に、一つ目。――。あんまり可愛くないな。
「ええい! ウサギがなんだ! 俺には可愛い彼女がいるんだ、そんな面倒なものを擦り付けるな!! バニー姿はリリーので十分可愛いから!!」
カイトは白い風を吹かせる。其れは仲間を癒す幸せの風。
「ほ、ほ。これで全員目が醒めたというわけかの」
「はい! ウサギもあと少し……!」
「なんか惚気てる人がいますけど」
「ほっといてやれ」
そうして――
全員が夢から醒めてしまえば、あとはどうという事もなく。
ダガヌの神殿の一角を占拠していたウサギたちは、屍ばかりとなったのだった。
●
或いは。縁は夢を見続けていれば、幸せだったのかもしれない。
或いは。カイトは現実が幸せだからこそ、幸せに夢を見られたのだろう。
或いは。Meerは夢を見ている今こそが一番幸せなのかもしれなくても
或いは。チェレンチィはこの夢を抱いて生きていくことも出来るだろうけれど。
或いは。夢心地は夢で再度約束したからこそ、歩いて行けるのかもしれなくても。
或いは。命は現実でしか得られない悲しさを再確認してしまったのだろうが。
或いは。エーレンは夢と現実の落差に知らず知らず傷付いているのかも知れないが。
或いは。ムサシはこれからも現実の非情さに傷付いていくのかもしれないけれど。
或いは。ジュートは夢よりも幸せな現実に本当は気付いているのかもしれなくても。
或いは。マリエッタの前途は、夢よりも残酷で悲しい現実ばかりなのかもしれないが。
だが、君たちは夢から醒めたのだ。
ならば現実を歩いていくしかない。しっかりと、踏みしめて。其れが例え獣道でも、茨道であろうとも、君たちは現実に立ち戻ったからには、歩いて行かなければならないのだ。
夢見るウサギはもういない。
全ての幸せは跳ね除けられて、……残るのは現実という、少し悲しい今ばかり。
其れでも。
其れでも、――世界は、君たちを愛し続ける。
●
「……」
ムサシは、見上げた。
海底火山。ダガヌが目覚めてしまえば盛大に噴火してしまう、魔の山を。
……。力が欲しい。其の欲望は、本当だ。
けれど、あの時誘惑を跳ねのけたのは、間違いなく自分の――
傷だらけの、小さな奇跡を使って尚も傷付いた身体で、ムサシは手を握り締めた。
“得た強さ”が、確かに其処にある気がしたのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
幸せな夢だと判って、少しだけ目をつぶる人。
幸せな夢だと判って、跳ね除ける人。
全てを受け入れて笑う人、決意する人。
逃げられない夢に足首を掴まれている人。
様々な夢を見せて頂きました。ウサギ代表としてお礼申し上げます。
どうか貴方がたの今夜の夢が、穏やかなものでありますように。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
久し振りの通常シナリオです。
シレンツィオがそっと影に飲まれようとしています。
●目標
“ヴォーパルバニー”を殲滅せよ
●立地
ダガヌ海域にあるインス島、其の海底にある“ダガヌ海底神殿”です。
海底火山が活性化しているのか少し暑いですが、危機はそれではありません。
ダガヌチのように泥で作られたうさぎたちが一帯を占拠しています。
彼らは特殊なフェロモンを纏っており、群れて強毒化する事で獲物に幻影を見せます。
それは貴方の望みが叶う幻。
会いたい人が、言いたい事を、したいようにしてくれる。
そんな、夢のような空間です。
けれど。
その幻に飲まれてしまってはいけません。
うさぎの前歯が、最も深く夢に沈んだ瞬間を狙っています。
其の隙にちょん! と首に一撃入れるのです。
(この攻撃を受けた場合、パンドラ使用によらず、問答無用で重傷になります)
どれだけ早く夢から覚めて、うさぎを殲滅できるかにかかっています。
●エネミー
ヴォーパルバニーxたくさん
とにかく数が多いです。
まず幻影に囚われるのは確定事項だと思って下さい。
できる限り早く夢から覚めて彼らを殲滅しなければ、敵の凶刃にかかってしまいます。
そのためには”拒絶する事”です。
甘い誘いを拒絶することで夢はぱっと覚め、あとには前歯の鋭いうさぎだけが残ります。
彼らは強力な幻覚効果を持つほかは殆ど戦闘能力はありません。
(ので、幻影を振り払うことにプレイングをじっくりかけて頂いて大丈夫です)
●EXプレイング
心情系ですので是非お使い下さい。
関係者を出すのは難しいと思います。
●特殊ルール『竜宮の波紋・応急』
この海域ではマール・ディーネーの力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。
●特殊ドロップ『竜宮幣』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru
●
此処まで読んで下さりありがとうございました。
アドリブが多くなる傾向にあります。
NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
では、いってらっしゃい。
Tweet