シナリオ詳細
黄金航路開拓史。或いは、流し樽の巫女…。
オープニング
●ポールスターからの出航
ラサ南端。
港街“ポールスター”から1隻の船が旅立った。
船の名は魔導船“コスモスノート”。ジョージ・キングマン (p3p007332)が長を務める商会『キングマンズポート』が仕入れ、ポールスターの学者たちが改造を施した船である。
主な動力は風と波、それから魔力供給によるパドルによって海を自在に走るのだ。船の規格としては中型船に分類される。速度はそこそこ。嵐や海獣の脅威にも対抗できるよう、甲板や船体は軽量の金属に覆われている。
なお、大砲などの武装は外されていた。
「いい風が吹いているな。それに、空の調子もしばらくは問題なさそうだ」
舵を手にしたジョージが言った。
舵輪の中央には、魔石のはめ込まれたコンパスが設置されている。学者たちがこぞって改造を施した一級品かつ量産不可能なコンパスだ。航路を記録し、ポールスターの観測基地へデータを送る機能を有しているらしい。
送られたデータをもとに、基地の学者たちが海図を作製してくれる手はずとなっている。
つまり、此度の航海はラサから海洋および豊穣への、比較的安全な航路を選定するための旅路というわけだ。
「まずは海洋へ向かう。俺の会社があるからな。交易を開ければ、港の連中も少しは暮らしやすくなるだろうさ」
海図とコンパスを見比べて、ジョージは船の舵を切る。
港を出航して2日。
比較的のんびりとした航海だが、水も食料もたっぷりと積み込んである。そもそも此度の航海は、航路の選定が目的だ。急ぎ過ぎて、危険を見逃したとあっては元も子もない。
「あぁ、それでいい。学者たちはしっかり働いてくれたからな。働きには報いねば……まて。まて、ジョージ! 何だあれは?」
マストの上で見張りをしていたラダ・ジグリ (p3p000271)が声をあげた。
それから彼女は、銃を担いで滑るようにマストを降りる。
「何か見えたか? 随分と慌てているようだが?」
「あぁ、樽だ。旗の刺さった大樽が見えた。それから……樽の中から腕が覗いているようだ」
甲板の隅に束ねられた投網を拾って、ラダは海を覗き込む。
船からの距離は数十メートルほど離れているか。ライフルから外したスコープを目に当て、樽の様子を確認する。
「あぁ、やはり腕だな。女の腕だ……そして、どうも生きているようだが?」
どうする?
ラダがそう問うより先に、ジョージは船を停めていた。
●流し樽の女
流し樽という風習がある。
航海の安全や豊漁を願って、酒や保存食を詰めた樽を海へと流すのだ。
「そして流し樽を拾ったのなら、それを御神島へと届けなければいけないよぉ。さもなきゃ海の神の怒りを買って、航海はきっと悲惨な結末を迎えるからねぇ」
呵々と嗤うのは、白い肌の痩せた女だ。
肌も髪も真っ白で、狐のように細い瞳は紅かった。よくよく見れば、髪にも幾筋か赤いものが混じっている。女の姿を見たジョージは「リュウグウノツカイの海種だろう」と当たりを付けた。
「……流し樽の話は分かった。しかし、お前はなぜ樽に詰め込まれていたんだ?」
白い着物を纏った女をじぃと見つめてラダが問う。
女は楚々と手で口元を覆い隠すと、くすりくすりと微かな笑い声を零した。
「それはもちろん御神島へ行くためだよぉ。私はまぁ、いわゆる生贄って奴なんだぁ。あぁ、とはいっても別に死んじゃうわけじゃあないし、神に食われるってことも無い」
「うん? つまり、どういうことだ?」
「流し樽に詰め込まれるのは、禊の儀式ってところかなぁ。御神島の管理をするのがうちの一族の役目なんだ。巫女が1人、島に住んで神に祈りを捧げ続けるってわけだねぇ」
つまり彼女は次代の巫女というわけだ。
「巫女は必ず1人だけ。私が御神島へ渡るってことは、前任者は亡くなったってこと。なんでさほどに時間的な余裕があるわけじゃあないんだぁ。悪いんだけど、急いでおくれよ」
そう言って女は巻物を一巻取り出すと、それをジョージへ突き付ける。どうやらそれは海図のようだ。巻物に目を通したジョージは、咥えた煙草をプラプラと揺らして眉間の皺を深くした。
「豊穣の海域だな、こりゃ……悪いがお嬢さん、俺たちとは行き先が別らしい。手間だろうが、もっかい樽に入ってもらって、別の船を……」
「あ、いや。そいつは困るよぉ」
ジョージの言葉を遮って、彼女は慌てた風な態度を取ってみせた。
「困るったって、俺たちには関係が無い」
「違う違う。困るのは貴方たちの方さぁ。神様の怒りを買うって言っただろ? 私を島へと届けなきゃ、この船は罰を受けるんだ。それってのはつまり、行く先々で嵐に見舞われちまうってことだよねぇ」
煙草の先から灰が零れた。
嵐に付き纏われたままの航海なんて、考えるだけで怖気が走る。
「いいじゃないか。どうせ豊穣への航路も見出さなきゃならない。少し予定と違ってしまうが、豊穣の海域にまで足を運べるのなら、それに越したことは無い」
それに、と。
ジョージの手にある巻物を指して、ラダはにぃと口角を上げた。
「海図が手に入った。彼女を島へと送る駄賃として写させてもらおう。そうすれば少なくとも豊穣の海域までのルートは確立できるんじゃないか?」
なんて。
ラダの提案を受けて、魔導船は進路を豊穣へと変えるのだった。
海に鳥居が立っている。
島の周囲を囲むように、100を超える鳥居が見えた。
巨大な鳥居だ。
魔導船に乗ったままでも、問題なく潜れるだろう。
「あれが島か? 鳥居ばかりで島影は見えないが?」
船を走らせジョージは言った。
女……ムラクモと名乗った彼女は口元を押さえてくすりと笑う。
「島は小さいからねぇ。鳥居を潜っていけば、そのうち浅瀬に辿り着くよぉ。そこから先は小舟か徒歩で島まで渡ることになるんだけど……さて、皆さん方は【魅了】や【暗闇】【封印】に【廃滅】【懊悩】、【無策】なんかは平気かな?」
「何だと? ……島は、危険なのか? ここまでくれば自力で島まで辿り着けそうなものだが」
駄目なのか? とラダは問う。
ムラクモは鳥居へ視線を向けて、少し憂いた顔をした。
「危険かどうかは分からないよぉ。何たって、島には巫女しか渡らないんだもの。でも伝え聞くところによれば、島に入るには試練の道を通らなきゃなのさぁ」
なお、神罰を回避する条件は“ムラクモを島へと送り届けること”である。鳥居の辺りは、島としてカウントされないようだ。
「試練の道は4つ。どの道を通るかは好きに決めていいんだってさぁ。どの道にも、歴代の巫女の霊が現れるんだってぇ」
1つは、生の道。
【魅了】の状態異常を付与する霧が立ち込めた、迷路のような道である。
1つは、老の道。
【暗闇】【封印】を付与する霧が立ち込めた道である。
1つは、病の道。
【廃滅】【懊悩】を付与する霧が立ち込めた道である。
1つは、死の道。
この道だけは船に乗ったまま進むことが出来る。
【無策】を付与する霧と、巨大な海神の眷属が現れる道である。
「さぁさ、どうぞ私を無事に島まで送り届けてくださいなぁ。お礼っちゃ何だけど、流し樽の中身はあげちゃうからさぁ」
なんて。
くすくす笑うムラクモを横目に、ラダとジョージは視線を交わす。
「どうにも妙な話になったな。すまない、ジョージ。私が樽なんて見つけたばかりに」
「……いや、海図が手に入ったのを考えれば、おつりがくる。とにかく進む道を決めなければならないからな。同行してくれた連中も甲板に呼んできてくれるか?」
- 黄金航路開拓史。或いは、流し樽の巫女…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年10月13日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●御神島
「やぁ、こりゃまた随分と不穏な気配が漂い始めて来たものだなぁ」
甲板の真ん中に敷いた布の上に座し、白装束の女はくすりと笑みを零した。
女の名はムラクモ。
豊穣のとある海域で、海を沈める役目を担う巫女である。
「ちゃんと島に送るんだから、見返りに航海安全の加護くらい欲しいものだが、期待していいのかい、ムラクモ?」
ライフルから取り外したスコープで、遠くの海を見渡しながら『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)はそう問いかけた。ラダの視界に移るのは、霧に包まれた奇妙な島だ。何しろ島の周辺は、膨大な数の鳥居に囲まれているのだから。
「加護……加護なぁ。どうだろうなぁ。そりゃまぁ、私が島に着いたなら、この辺りの海はだいぶ平和になると思うが、そうは言っても海は広くて大きいからなぁ」
どれだけ準備をして出かけても、遭難する時は遭難するし、嵐に逢う時は嵐に逢う。得てして海とはそういうものだ。
「……こんな海じゃ。こういうこともあろう。付き合えと言うのなら、付き合ってやるが良い」
鳥居だらけの島を見やって『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)はそう言った。
少し風が吹いてきた。
早く来い、とでも言うように風を受けて一行の乗る船は速度を上げるのだった。
舵を回して、島の周囲をぐるりと回る。
やがて船は、大きな……船でさえ余裕で潜れるほどに大きな鳥居に差し掛かった。
「未知の航路、未知の島……冒険家の端くれとしては心躍る話だが、死ぬわけでないとは言え生贄とは不穏な話だねぇ」
大樹のような鳥居を横目に、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)はそう呟いた。表面に漆を塗られているので幾らか摩耗は抑えられているけれど、鳥居の素材の木材はかなり古いものである。
『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)は視線を左右へ。濃い霧の中に何かしらの気配はあるが、姿までは窺えない。
拳を硬く握りしめ、義弘は静かに腰を落とした。
万が一、今すぐに何かが起きたとしても、すぐに対処できる姿勢である。
「航路開拓の手伝いをしに来たつもりが、妙な事になっちまったな」
警戒を解かぬ義弘は、隣の『砂国からの使者』エルス・ティーネ(p3p007325)へとハンドサインで後ろを示した。
手に大鎌を下げたエルスが、甲板後方へと移動する。
「ラサから海洋および豊穣への、比較的安全な航路を選定……ラサの為にも手の抜けない仕事だわ!」
霧のせいで視界は悪い。
巨大な鳥居が島の方へと続いていることだけは分かった。
「禊の儀式か。漂流は、臨死を体験する修行に近いものもありそうだな。同時に、己を拾わせて誘導する。釣り針の役割も兼ねているだろう」
「流し樽、ねぇ……人間を流すってどうなんだ? 己れ達みたいに都合よく拾い上げる人間が現れるとも限らねえだろうに」
舵を手に『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)は咥えた煙草に火を着ける。燻る紫煙を目で追いながら、『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)は大型ライトに明かりを灯す。
眩い光が霧を照らした。
一瞬、濃い霧の奥に何かの影が見えた気がする。
それは人の姿のようにも見えただろうか。
「なんつー迷惑な慣習だよ。いますぐにでも海に放り捨ててぇが……奴の話はマジなんだろ?」
『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は、甲板に四肢の爪を突き立てた。それから両手で、船の端をしっかりと掴むと、直後に船が大きく揺れる。
波に煽られ、船が傾いたのである。
チラ、と水面へ視線を落としたルナは、船の真下を横切る黒い影を見た。
●死の道
甲板の上に猫がいた。
鱗の生えた猫である。首にはエラが、腰から下には魚の尾が付いていた。
「あれは?」
鱗の手入れを始めた奇妙な猫を見て、ラダはそんな問いを口にした。敷物の上に座ったムラクモは、チラと猫を一瞥して「はて?」と首を傾げて見せる。
「何って、見ての通りウミネコだねぇ? 海にいる猫なんだから、それはもうウミネコに決まっているよねぇ?」
何を言っているんだ、とラダを見つめてムラクモは言う。
それから彼女は、霧の中を指さした。
「ぼんやりと小さな光が飛んでいるでしょう? あれはウミホタル。そこの鳥居の下にいる牛は、ウミウシだねぇ」
ムラクモの言う通り、霧の中には淡く光る小さな羽虫が飛んでいた。指さした先の鳥居の下には、海水に半身を沈めたままの牛がいる。
「砂漠の国では見かけない生き物だな。ジョージ、海洋の方だとどうなんだ?」
操舵輪を操るジョージへ声をかける。
紫煙を燻らせ、ジョージは低い唸り声を零した。
「いるっちゃいるが、この島にいるのとはだいぶ違う」
「上半身が猫で、下半身が魚……あれはどういう生態をしているんだろうね」
ウミネコをそっと覗き込み、ゼフィラは顎に手を添える。あまり見かけない奇妙な生き物だ。そして、奇妙なほどに人に慣れている風でもある。
「胎生なのか卵生なのか……興味は尽きないね」
「卵生だって聞くけどねぇ。あれらは全部、ウミタマゴから生まれて来るのさぁ」
くすりと笑ってムラクモは答えた。
それから、しっしと手を払ってウミネコを甲板から追い払う。
「あん? せっかくくつろいでたのに……」
「いやぁ、巻き込むのも悪いよねぇ。ほらぁ、そろそろ来るっぽいからねぇ」
ルナの言葉を遮って、ムラクモは進行方向を指さした。
ムラクモの指し示す先では、風が吹いて霧がぐるりと渦を巻く。「おおぉ」と人の、女の叫ぶような声が、霧の奥から響いてきた。
直後、ズドンと音がしてエルスの身体が甲板の上を転がった。
エルスの腹を殴打したのは、半透明の巫女だった。
御神島で役目を終えた、歴代の巫女の霊だろう。
「っ……!? 死の道、だなんて嫌な予感しかしない名前をしているけれど」
甲板を転がるエルスの後を、低い姿勢で巫女が追う。
見た目は細い女性だが、動きはなかなか素早いようだ。長く鍛錬を積んだ者にのみ窺える、技の冴えが確かにあった。
1対1なら、確かに厄介だっただろう。
けれど、しかし……。
火薬の弾ける音がして、巫女の胴を1発の銃弾が撃ち抜く。
「このメンバーならきっと突破できるわよね……!」
巫女が怯んだ隙を突き、エルスは手にした鎌を頭上へ一閃させた。
1体、2体、3体と甲板上に巫女の霊が現れた。
その数は既に8体ほどに増えている。そして、一つの言葉も発さぬままに、次々と甲板上のイレギュラーズへと襲い掛かっていったのだ。
流れるような手刀をライフルで受け流し、ラダは後方へと跳んだ。仲間の援護に回りたくとも、こうまで接近されてはそれも叶わない。
「巫女達のこの動き……もしやムラクモ、お前もそれなりに試練に立ち向かう力があるのか? 私としちゃ、自分でも戦ってくれるなら嬉しいんだがね!」
引き金を引く。
銃弾は紙一重で避けられた。
腹に蹴りを受け、甲板に倒れたラダへ向かって巫女は蹴りを振り下ろす。
空気を切り裂くその蹴りが、ラダの眉間を打つ寸前……風を纏った黒い影がラダの頭上を飛び超えた。
黒い影はルナである。
その背中から、命がひらりと跳び下りてラダへ迫る巫女へ拳を振り下ろす。
命の拳を避けながら、数歩、巫女は後ろへ後退。しかし、すぐに身体を震わせその場に膝を突いたのだった。
「これが試練か? どうにも神様ってモンは胡散臭くてかなわねえが……ま、一度拾った命だ。責任持って送り届けるとするか」
ラダを庇うように仁王立ちした命の拳に、バチと紫電が迸る。
「おぉ。俺ァさっさと揺れねぇ地面に帰りてぇんだよ。届けもんはさっさと片づけようぜ」
その場を2人に預けると、ルナはその場を駆け去っていく。
鋼のごとき漢の拳が、巫女の胴を撃ち抜いた。
半透明の女の姿が、霧に溶けるように掻き消える。
「しかし、一体なんだってこんな仕掛けがされているんだろうな。それだけ大事なもんが祀られているのかね」
生贄として、生涯を孤島で過ごす巫女。
聞けば、島に巫女がいない間は海が大きく荒れるという。
義弘は頬に手を触れた。青黒い痣は、巫女の掌打を受けたことで出来た傷だ。唇の端から流れる血を舐めとって、くるりと身体を反転させる。
腰を落として、甲板を踏み砕くほどの勢いで踏み込み。足元から伝わる力は、義弘の身体を通して拳へ至る。
音を置き去りにしたかと思うほどに速く、そして鋭い殴打が2体目の巫女を撃ち抜いた。
「ちっ……いなされた」
「仕方無いさ。相手もなかなかやるようだしね……しかし、こうもこうも視界が悪いと少々危険かもしれないな」
舌打ちを零す義弘の背にゼフィラは触れた。
飛び散る燐光が、失われた体力を回復させる。
ゼフィラの頭上には、彼女の使役する小鳥が1匹。警戒のために飛ばせているものだが、視界が悪くあまり役には立っていないのが現状だ。
「もっとも……冒険のこういう空気は、私としては好ましいのだけれどね」
「好ましいってことはねぇだろ。こうも好き勝手に暴れられちゃ、船が壊れちまうかもしれん」
ゼフィラを庇うようにして、ジョージが右の腕を広げた。
伸ばした腕に、数度、拳が降り注ぐ。一撃の威力は軽いが、速度だけはなかなか速い。本来は高速で顎を打ち抜き、意識を奪う類の技なのだろう。
「とはいえ、毒を食らわば皿まで。これが罠であれば、食い破るだけだがな」
巫女の拳を片腕で受けつつ、ジョージは強引に身体を前へ。
小柄な巫女を見下ろして、拳を高く振り上げる。
ジョージの拳が巫女の頭部を殴打した。
その背を襲った別の巫女は、義弘の手で海へと投げ落とされた。
2人、巫女の姿が掻き消える。
時を同じく、エルスの鎌が最後の巫女を斬り裂いた。
「……それにしても海に立つ鳥居と言い、この島について興味が湧いてきたよ」
ジョージが離した舵を代わりに手に取って、ゼフィラはにぃと口角をあげる。海に並んだ無数の鳥居に、視界を遮る濃い霧に、無言のままに襲い掛かって来る巫女のゴースト。生贄の風習といい、島の成り立ちといい、なんとも奇妙極まりない。
「今のうちに船を先へ進めるか……ラダ。済まないが、ムラクモの事は頼んだ」
ゼフィラの手から舵を受け取り、ジョージは船を前進させた。
ざばり、と海が盛り上がる。
それは奇妙な光景だった。海面が、重力に逆らって宙へと浮かんでいったのだ。
「……生まれ、老い、病んで、死ぬ。まるで人の一生を表しているようじゃ。ならば、最後に海神の眷属が居る。それが示すもの」
否、正しくは海面の下に潜んでいた巨大な怪物が、のっそりと顔を上げたのである。
土砂降りの雨みたいに降り注ぐ海水を、頭から浴びせかけられながらクレマァダは視線をあげた。
生老病死……まさしくそれは、人生における4つの苦しみを指している。一般的に広く知られる“四苦八苦”のうちの四苦である。
「海は、全てのものが生まれ、生きて、還るところ。それは、我もそう思うが……」
一瞬、それは竜のようにも見えた。
けれど、よくよく見れば長い首は岩山のような甲羅に繋がっている。
「亀か。さて、生贄と申しておったが。あの巫女とやら。もしや我らが生贄ということはあるまいな」
ふぅ、と重たい吐息を零す。
水の精霊は静かなものだ。目の前にいる巨大な海亀からも怒りは感じない。
船が揺れた。
亀……海神の眷属であろう巨大生物の頭突きを受けた結果である。
「こいつぁまずい。ムラクモよぉ、アンタこの島の管理者として来たんだろ? これを鎮められねぇのか!」
甲板を疾駆する命が、ムラクモへと声を投げかけた。
当のムラクモは、ラダに身柄を守護されながら静かに瞳を閉じている。こんな場面で瞑想とは、呑気なのか、それとも肝が据わっているのか。
「おい、マジか!? どういう意図の行動だ、そりゃ!」
「言っても仕方ねぇ。俺らで止めるぞ」
命の横にルナが並んだ。
獅子の背に命が跨ると、ルナは走る速度を上げる。
「防御は任せる。お世辞にもタフじゃねぇからな。もし、海に落ちたら後で回収に飛んでやるよ」
一足飛びに甲板を駆け抜け、ルナは船首で急停止。
その背中から、命が跳んだ。
海亀の放つ2度目の頭突きを、体を張って受け止めた。衝撃が命の骨を軋ませる。
「っ……ぐ!?」
口から血を吐きながら、命は海へと真っ逆さまに落下する。
それを追って、海亀が首を海面へと向けた。体を張った甲斐あって、海亀の注意を逸らすことに成功したのだ。
「おぉ……無茶苦茶するものだねぇ」
なんて。
感心したように、ムラクモはそう呟いた。
海亀の横を迂回して、船は島へと近づいていく。
●海神の住まう島
津波を潜って、波を乗り越え、船は島へと近づいていく。
暴れ回る海亀は、今も水中の命を追っているのだろう。その背中にはルナが乗っているのだが、海亀はそれを気にするような素振りも見せない。
伸びた首に、ラダが数発の弾丸を撃ち込んでも、それは変わらなかった。幾らか動きが悪くなっているのだが、そもそも巨大な怪物だ。動くだけでも海が荒れるのだから、なんとも対処しづらい相手だ。
「ラダ殿たちは、アレを仕留めようとは思わないのかぁ?」
「直ったばかりの魔導船を壊されても困るしな。まっとうに相手するもんじゃないよ」
それに、と。
ラダは甲板を指さした。
そこにいるのは、ジョージと義弘、エルスとゼフィラの4人だけ。
「頼りになる仲間が、既に向かっているからな」
歌が聴こえる。
暗い暗い海の底まで、届くような静かな歌だ。
どこの言葉かは知らない。
綺麗な、そして酷く精神を搔き乱す類の歌声だ。
しかし、歌声の主を探す余裕は命にない。
目の前に、海亀の顔が迫っているからだ。
やはり、海の中では敵の方が動きが速い。
おかげで1度、意識が途切れた。どうにか【パンドラ】を消費し、戦闘不能は避けたものの、そう長くを1人で引き付けられるような気はしない。
せめて一撃……拳を握り、命が吠えた。
刹那、命の脳裏に声が響く。
「そう急くな。心を改めて鎮めことにあたれよ」
瞬間、海亀の側頭部を衝撃波が撃ち抜いた。
命の手を引き、クレマァダが海を行く。
その後を海亀が追い立てる。
「こういうモノは、ルールに全部呑んでも無視してもいかん。塩梅というものがある」
時折、海亀に攻撃を叩き込んでは、注意を引いて逃げに転じる。
何しろ巨大な怪物だ。打ち倒すのも容易ではない。
「うまい落としどころが見つかれば良いのじゃがなあ」
海神の眷属というだけあって、かなり強い個体のようだ。
それに、とクレマァダは視線を海底へと向けた。動く気配は微塵もないが、海底からこちらを見ている巨大な何かの気配を感じる。
眷属とやらは、きっと1匹ではないのだろう。
「そもそも島がなぁ……精霊たちの様子を見るに、アレも生きておるんじゃないか」
そう呟いて、視線を背後へ。
と、その時だ。
不自然に、海亀は動きを止めて、ゆっくりと進路を海底へ。
海の底へと、静かに沈んで行ったのだ。
どうやら、先に進んだ魔導船が島に辿り着いたらしい。
鳥居だらけの島だった。
緩やかな丘の上に、一軒の社が建っている。
「ここが御神島……確か巫女さんをあの島まで送り届ければいいのよね? あ、でも私達は上陸出来ないんだったかしら?」
社の近くに森がある。
野草や魚を採るのも容易だ。きっと飢えることは無い。
エルスの視線を受けたムラクモは、ゆったりとした動作で敷物から腰を上げた。伸ばした背中が、ぽきぽきと小気味の良い音を鳴らす。
「んー……っと、地面は久しぶりだねぇ。島はまぁ、別に誰が降りてもいいんじゃないかなぁ? 私が島から出られないってだけでさぁ、立ち入り事態は別に禁止されていないよ、たぶんね」
誰も進んで来たい島じゃないでしょう。
そう言ってムラクモは、くすくすと笑う。
「そういう役目らしいからな。あんたをここに置いていくわけだが……一人置いていくのは、何だか気が引けるな」
錨を海に投げ込みながら、義弘は難しい顔をする。
それから、ムラクモの収まっていた流し樽を抱えると、縄梯子へと近づいた。流し樽を初め、幾らかの物資を島へと降ろすつもりのようだ。
「巫女ってのは、そういうものだからねぇ。でもまぁ、そうだな……これを持っていくと良い」
縄梯子を降りる途中で、思い出したみたいにムラクモは何かを船上へと投げた。
エルスが受け取ったそれは、どうやら木彫りの人形のようだ。
「これは?」
そう問うたジョージに、ムラクモは笑みを返した。
「航海のお守り。それと、港へ導いてくれる呪いがかけてあるからねぇ。それがあれば、私の故郷の人たちが、君らに協力してくれるようになるはずさぁ」
島へと降りて、ムラクモは言う。
その横に、タンと軽い足音を鳴らしてゼフィラが着地した。
「んん?」
「気にしないで。個人的な興味さ……ここまでの手間賃として多少の知的好奇心を満たしてくれてもいいだろう?」
「はぁ、まぁ……それじゃあ、一緒に終の住処の周囲を探索しよっかぁ」
意気揚々と島へと降りたゼフィラと2人、ムラクモはゆっくり社へ向かう。
その背中へ向け、ジョージは黙って手を振った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
無事にムラクモを御神島へと送り届けることに成功しました。
また、ムラクモから木彫りの人形を与えられたことで、彼女の故郷への航路が開かれました。
依頼は成功となります。
この度はシナリオのリクエスト&ご参加ありがとうございます。
今後とも御贔屓によろしくお願いします。
GMコメント
●ミッション
巫女・ムラクモを御神島へと送り届ける
●ターゲット
・歴代巫女の霊(ゴースト)×?
数体から10数体ほどと予測される。
特殊な能力などは持たないが、武術に長けた霊ばかり揃っているようだ。
4つの道のいずれにも現れる。
・海神の眷属×1~2
海神の眷属という巨大な怪物。だいたい魔導船と同じ程度の大きさ。
死の道にのみ出現する。
特別な能力などは持たないが、相応に頑丈で力強いことが予想される。
・ムラクモ
リュウグウノツカイの海種。
白い着物を来た女性。白い肌に白い髪、赤い瞳の長身痩躯。
飄々とした性格をしているようだ。
樽の中に入っていた。
●フィールド
豊穣の外海。
無数の鳥居に周囲を囲まれた小さな島。
正式名称は不明だが御神島と呼ばれている。海の神を祀っているらしい。
以下の道のいずれかを進み、ムラクモを島へと送り届けることが成功条件となる。
生の道:【魅了】の状態異常を付与する霧が立ち込めた、迷路のような道である。
老の道:【暗闇】【封印】を付与する霧が立ち込めた道である。
病の道:【廃滅】【懊悩】を付与する霧が立ち込めた道である。
死の道:【無策】を付与する霧と、巨大な海神の眷属が現れる道である。この道だけは船に乗ったまま進むことが出来る。
※生、老、病の道は浅瀬となっている。足首から膝辺りまで海水があるため、徒歩か小舟での移動となる。死の道の鳥居は大きく、魔導船に乗ったまま進行可能。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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