PandoraPartyProject

シナリオ詳細

●エントマChannel/実録編。或いは、密着! 野干診療院…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●砂漠の診療所
 空は快晴。
 雲ひとつ無く、風は穏やか。
 太陽光で熱した空気が、ゆるりと風に運ばれていく。
「いい天気だ。気持ちのいい風が吹いている……いやぁ、まったくもって、嫌な予感がヒシヒシとするなぁ」
 呵々と笑う黒い肌の女性が1人。
 金の髪に金の瞳、薄い布のゆったりとした衣服を纏った薬草の匂いがする女だ。
 頭頂部からは、尖った耳が伸びている。
 彼女の名はヌビアス。
 ラサの砂漠で医院を開く医者である。
 空を眺め、次に砂漠の果てへと視線を向けるヌビアスの隣に、背の高い女が立っていた。
「嫌な予感? いい1日になるなぁ、とかじゃなくって?」
 女……エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)という配信業を生業とする女性である……は、八重歯にちょんと指を触れ、訝し気に首を傾げた。
 そんなエントマの様子を一瞥。
 にんまりと口角をあげて、ヌビアスは肩を竦めてみせた。
「まぁ、なんだなぁ。我も長いこと医者をしていると、なんとなく“死の気配”と言うのが読めるようになる」
「ほぅ? えっと、もうちょっと詳しく聞いていい?」
 ヌビアスの前にマイクを向けて、エントマは瞳をきらきらとさせる。
 インタビューというやつだ。
「構わんよ。まぁ、治療の準備をしながらでよければ」
 エントマに背を向け、ヌビアスは自身の診療所へと戻っていく。
 その後を追いかけながら、エントマはさらに問いを重ねた。
「んじゃ、聞きます。“死の気配”ってのはどういう感じなのかな? それって言うのは、一体ぜんたい、どんな風にヌビアスさんに凶事を教えてくれるもんなの?」
「どんな……と、言われてもな。例えば、穏やかで気持ちのいい今日みたいな朝がそれだ。揺り返し、とでもいうかな。1日の始まりが穏やかであればあるほどに、慟っと後で手に負えない怪我人や病人がやって来るのよ」
 薄暗い薬品庫へと足を踏み入れ、ヌビアスは棚から数本の小瓶を手に取った。小瓶には「鎮痛剤」や「麻酔薬」といったラベルが張られている。
 それからヌビアスは少し迷って「致死毒」と書かれた瓶を手にした。
「うちには5つのベッドがある。5人までなら入院できるというわけだな。しかし、昨日退院していったので、今は全部のベッドが空いている」
「なるほど。つまり今日ここに病人、怪我人は1人もいないってことね。それは確かに、穏やかで気持ちのいい1日の始まりだ」
 エントマが相槌を打つ間にも、ヌビアスは手術用の道具を揃えて、瓶に溜めた水を鍋へと移し替えていく。鍋を火にかけ、湯を沸かすのは治療に必要だからだろうか。
「こういう日に限って、患者を救ってやれんのよ」
 窓に近づき、ヌビアスは静かにカーテンを開く。
 診療所の裏手……幾つも並んだ石の墓標がそこにはあった。

●凶事
 1人は出産を間近に控えた妊婦である。
 大きな街を目指して旅をする途中、砂漠の嵐に飲まれて進路を失った。
 共に旅をしていた旅団とも逸れ、ラクダに乗って「野干診療院」へと辿り着いたのだ。

 1人は腹に傷を負った武人である。
 どこかの村を襲う魔物と対峙し、激闘の果てにそれを討ち倒したのだ。
 しかし、激闘の最中、彼は魔物に捕まって見知らぬ砂漠の果てへと連れ去られたらしい。
 村へ戻る道は知れない。
 零れそうになる腸を布で抑え込み、やっとのことで「野干診療院」へと辿り着いた。

 1人は、旅の占い師。
 死病を患った彼女は、星の導きによって「野干診療院」へと足を運んだという。

 薄暗い待合室に3人の患者の姿がある。
『Opa……エントマ・ヴィーヴィーのエントマ・チャンネルです」
 声を潜めてエントマは言う。
 カメラに映るのは、エントマの顔だけだ。患者のプライバシーに配慮しているのだろう。
『病院内ではお静かに……というわけで、今日の配信はひっそりと行わせていただきます』
 すー、っとカメラが横に動いて診療室の扉を映す。
 扉の向こうからは、誰かの呻き声が聞こえていた。
『ヌビアス先生の予想通り、今、診療院では大変なことが起きています。なんと! 今から1時間ほど前に、旅商人の一団がここに訪れているんだよ』
 旅商人の一団……都合8名の小さな商会だ。
 扱う品は、遠方で採れる貴重な薬草などである。
 なんでも旅の途中で盗賊に襲われ、命からがら診療院へと逃げ込んで来たらしい。
『商会長が1人に、商会員が3人、それから荷運び兼護衛役の奴隷が4人……今は毒を盛られた商会員が治療を受けているところです』
 商会長は軽傷。
 商会員3人は、致死性の毒を受けている。
 そして、4人の奴隷は全員が骨折や裂傷といった大きな怪我を負っている。
『ベッドは5つ。怪我人はたくさん。おまけに近くには商団を襲った盗賊たちが来ているとか……つまり、ピンチです』
 ヌビアスとて、何の備えもなく砂漠で1人、診療院を開いているわけではない。
 自衛程度はこなせるというが……それはあくまで、患者がいなければの話。
 患者たち全員を助けられるかも怪しい現状では、盗賊の対処に手は回せない。
『えーっと……さすがに死人が出ちゃうと配信で使えないんだよね。というわけで、ここは1つ、ローレットの力を貸していただければと思ったり思わなかったり』
 エントマの表情は暗い。
 彼女には、怪我や病で苦しむ患者たちを助ける術が無いのだ。
 逃げ足には相応の自信があるが、盗賊退治で役に立つとも思えない。
 【致死毒】【流血】【魔凶】を付与する武器を手にした盗賊相手に、喧嘩なんてしたくは無いのだ。
『盗賊は5人。頭のスピポアって人は賞金首って話だよ』
 盗賊と撃退するだけの戦力。
 ヌビアスの治療を手助けするための人員。
 エントマが求めているのは以上の2つだ。
『怪我人のうち何人かは、少し状態が良く無さそうかも……あぁ、時間が無い。時間が無い。時間はいつだって、私たちの邪魔をするんだ』

GMコメント

●ミッション
“奴隷”を除く患者7名の救済

●ターゲット
・スピポアと4人の盗賊
商団を襲い、追走して来た盗賊たち。
頭を務めるスピポアという男性の首には懸賞金がかかっている。
【致死毒】【流血】【魔凶】を付与する錆びた手斧や鉈剣を携えている。

●患者たち×11
・旅の商団×8
盗賊に襲われ逃げ延びて来た旅の商会。
商会長×1:軽い裂傷や打撲などの小さな傷を負っている。診療所外の馬車内で待機中。
商会員×3:小さな傷と【致死毒】を受けている。現在治療中。
荷運び奴隷×4:深い裂傷や骨折といった重症を負っている。診療所外で待機中。

・出産を間近に控えた妊婦
極度の疲労と栄養失調、脱水といった症状が診られる。待合室にて待機中。

・腹に傷を負った武人
腹部に重傷を負っている。待合室にて待機中。

・旅の占い師
死病を患った占い師。果樹園を見学中。

●NPC
・エントマ・ヴィーヴィー
眼鏡をかけた若い女性。
練達出身の動画配信者。撮影用の自立式撮影機を携えている。
現在は『野干診療院』にて「密着! 野干診療院!」を撮影中。
また、彼女は大音声を叩きつけ【停滞】【無策】を付与する技を身に付けている。

・ヌビアス
「野干診療院」の医者。
ジャッカルの獣種。
現在は診療室に籠って、患者たちの治療に当たっている。

●フィールド
ラサの砂漠。
野干診療院とその周辺。
診療所の裏手には墓地、横には井戸や果樹園などがある。
診療所正面は砂漠となっている。盗賊たちは、砂漠の方から接近中。
空は快晴。風は弱い。過ごしやすい気候。視界を遮る大きな障害物はない。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
 

  • ●エントマChannel/実録編。或いは、密着! 野干診療院…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年10月10日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
シラス(p3p004421)
超える者
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)
花でいっぱいの
シャーラッシュ=ホー(p3p009832)
納骨堂の神
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標
香 月華(p3p010546)
月華美人

リプレイ

●野干診療所の騒がしい1日
 空は快晴。
 風は涼しく、空気はからりと乾いている。
 消毒液の臭いに混じって漂う血と臓物の匂いと、怪我人たちの苦悶の声、そして遠くに見える殺気だった盗賊たちの姿さえなければ……だが。
「どんな国でも医療は大変な事だと思うけれど、そこに盗賊まで加わってしまったらいけないわね」
「あぁ、まずはこいつらを退けねぇとなんともならんし、盗賊を倒せば、奴隷も含めてゆっくり治療もできるだろうしよ」
 診療所を背に『砂国からの使者』エルス・ティーネ(p3p007325)と『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)は言葉を交わす。
 2人の背後には診療所。
 今回の護衛対象だ。

 診療所の前には、大きな馬車が停まっていた。
 ある商会の旅馬車だ。馬車の外には、重傷を負って浅い呼吸を繰り返している奴隷たちの姿がある。
「非戦闘員が散らばっているとその分俺達も手薄になる。たとえば馬車に目を付けて中に押し入った盗賊の凶刃に……ということもあり得ない話ではないからな。出来ることなら待合室に入っていてもらえないか?」
 馬車の荷台へ声をかけるのは『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)だ。荷台には、疲れた顔の中年の男が座っている。
 商会の長だ。
「……私に、こんな粗末な医院へ入れと? それも奴隷共と一緒に? まさか奴隷たちも治療する気か?」
 苛立った様子で商会長は答えを返す。怪我の痛みと、商会員の治療費、旅の遅れに伴う損失と、彼が機嫌を損ねる理由は幾らでもある。
「治療にだって金はかかるんだ。死にかけの奴隷など放っておくのがいいに決まっているだろうが?」
「そうは言ってもな……みすみす救える命を見捨てるのも」
「戦って、怪我をして、それで死ぬのならそういう巡り合わせなんだろうけどね」
 困った顔をするエーレンとは対照的に、馬車の屋根に座った『お師匠が良い』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)は飄々とした顔をしている。
 フードを目深に被ったリコリスは、ライフルに弾丸を詰め込んだ。
「救う対象は奴隷以外とは言うけれど、労働力が使い物にならなくなったらそれこそ本末転倒だし、死にそうになってる奴隷になら治療で喝入れても怒られないよね?」
「だな……安心しな、死なねぇよ」
 水の詰まった樽を転がし現れたのは『竜剣』シラス(p3p004421)である。待合室にいるらしい妊婦に水を渡して来たのだ。
 奴隷たちの前に立ち、シラスは胸の前で両手を打ち鳴らす。
 リィン、と鈴の音が鳴った。
 淡く暖かな燐光が、奴隷たちに降り注ぐ。
「待ってろよ、続きは賊をブッ飛ばした後だ」
 話の通じぬ商会長の相手をしている時間的な余裕は無い。
 応急処置を終えたシラスは、リコリスとエーレンを連れて最前線へと向かって行った。
 それから、ふと足を止めたシラスは視線を背後へと向ける。
「カメラを回しときな。"映える"やつを撮らせてやるよ」
 診療室の扉の前に立っていたのは、薄紅色の髪をした女だ。
「そんな素人みたいなミス、私がするわけないじゃない」
 にぃ、と口角をあげて。
 エントマ・ヴィーヴィーはそう言った。

「ちと手狭だが仕方あるまいなぁ。そもそも、1度にこれほどの大人数が訪れることからして予定外だものなぁ。あぁ、いやいや、構わんよ。いつ何時、どんな患者が何人来ようと、出来るだけの手を施すのが医者の役目だからなぁ」
 血の付いた手袋を脱ぎ捨てて、ゴミ箱の中へ放り込む。
 黒い肌に獣の耳、薄い白衣を纏った女だ。名をヌビアスという、野干診療所の院長である。
 棚から取り出した清潔な手袋を付け直し、治療台の上に寝かされた男を見やる。
「解毒薬を作ろうと思っていたが、頼めるか?」
 『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)へ視線を向けて、ヌビアスは淡々と言葉を紡ぐ。 
「気合や根性、気持ちだけでは患者を救うことは出来ないし、知識も技術も研鑽せずに治療に携わるなどあってはならん」
 金の瞳に、フリークライの姿が映る。
 その様子を、窓の外からエントマがカメラに撮っていた。
「患者は助けを求めている。温い覚悟で向き合うことは許されない。それは、救いを求める全ての患者と、救おうと足掻く全ての医者への侮辱だぞ?」
 甘えを許さぬ鋭い眼差し。
 真正面からそれを受け、フリークライは頷いた。
「解毒 任セテ ヌビアス 重傷者ヘ マワッテ」
 躊躇なくそう言い切ったフリークライを数秒眺め、ニコリとヌビアスは笑みを浮かべる。
「そうか。疑ってすまなかったなぁ。では、彼らの治療は任せよう」
 そう言ってヌビアスは、厳重な封を施された滅菌棚へと歩を向けた。棚の中身はメスや針など、手術に使う器具である。
「香といったか? 医療の心得があるのなら、手術の助手を務めておくれよ。っと、その前に……」
「えぇ、この香 月華。「香」家の一人として、何より「医」に関わる一人として……ヌビアス様のお手伝い、微力ながらさせていただきますわ」
 気合を入れ過ぎたのだろう。『月華美人』香 月華(p3p010546)が吐血する。どうやら虚弱体質らしいが、医療従事者の家系に生まれ育ったためか、知識と技術は相応に備えているのだ。
「血を拭えよ。感染症とか、洒落にならんからなぁ。おっかないぞぉ、感染症は。気づいた時には、すっかり体を蝕んでいるからなぁ、アレは」
 月華へ真白いタオルを手渡し、ヌビアスは小さな溜め息を零した。

 カーテンを開けた。
 暖かな日差しが差し込んで、ベッドの上の女が眩しそうに目を細める。
 脱水症状を起こしていた妊婦の女だ。今は多少、顔色がいい。
 簡単な治療と、栄養の補給は先ほどシラスが済ませて行った。
「心地よい快晴ですが、熱風に運ばれてきた死臭が徐々にこの場所に充満し始めているようです」
 シラスから妊婦の対応を引き継いだのは『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)だ。一切の澱みもない動作で、微塵も表情を変えることなく、ホーは彼女を入院者用のベッドへと運んで来たのである。
「……え、えぇ。そう、ですね」
 何も答えないのもなぁ、と言った感情が声にありありと浮かんでいる。
 ホーの纏う、どこか不穏な気配をきっと彼女は感じ取ったのだ。
 淡々と、ホーはベッドのサイドチェストにコップと水差しを置いた。それから、嘔吐に備えて桶とゴミ箱。呼び出し用のベルを設置し、とりあえずは準備完了だ。
「後は手術の補助……の前に、商会長殿の怪我の具合を見に行きましょう」
 なんて。
 微かな足音を残して、ホーは入院室を出て行った。

●救いを求める声が聞こえる
 窓の外に、どこまでも黒い男がいた。
 黒い髪に、黒い瞳、黒いスーツを身に纏った、歩く“黒”とでもいうべき男だ。
 気配は無い。足音もしなかった。
 けれど、そいつはそこにいた。
 ホーの存在に気付いた商会長は、零しかけた悲鳴を寸前で飲み込んだ。
「重症患者の彼らとは違い、貴殿からは"死の気配"を感じません。少なくとも今は、ですが」
 声まで黒い。
「な、なんだお前! お前も、奴隷共の治療を優先しろとでもいう気か!? だったらお生憎様だな! 連中の治療に払ってやる金なんて……」
「落ち着いて。私の目を見てください」
 じぃ、とホーは商会長の顔を覗き込む。
 唾を飛ばして憤っていた商会長だが、ほんの数秒で口を噤んだ。
「見ましたか? 見ましたね?」
 夢に呆けているかのように虚ろな瞳の商会長へ、ホーはゆったりと声をかける。
 こくり。
 無言のまま、商会長が頷いた。
 それを“承諾”と受け取ったのだろう。次にホーは、馬車の傍で項垂れている奴隷たちの元へと向かう。
 そのうち1人の顔を除いて、ふむ、と抑揚のない声で呟いた。
「手遅れにならないうちに我々に出来ることを着実にこなしてまいりましょう」
 奴隷の襟首を掴み、引き摺るように診療院へと運んでいった。

 診療室に風が吹く。
 春の陽気にも似た、暖かな風だ。
 魔力を孕んだ燐光が、毒に侵され項垂れている男たちへと降り注ぐ。
 じくり、と男たちの傷口が震えた。
 燐光に炙りだされるように、どす黒く変色した血が体の外へと溢れ出す。
「ほぉ? やるじゃないか。いやいや、なかなか。さっきは疑って悪かったなぁ。お前さんのような医者に会うのは初めてだったものでなぁ。これは、少々、この金の目が濁っていたのかもしれんなぁ」
 手術の準備を進めながら、ヌビアスはフリークライへ賞賛の言葉を投げかける。
「ン。フリック 回復機能ダケジャナイ。『医療知識』『医療技術』有。コノママ 手伝ウ 可」
 解毒は済んだ。
 傷口を消毒し、包帯を巻けば、商会員たちの治療は終わりだ。
 手術の準備をする手を止めず、少しの間だけヌビアスは思案した。
「会員分 ベッド 空イタシ 奴隷達 連レテクル 有」
「あぁ、そうだなぁ。そうしてもらおうか。それから、あの占い師の女がいただろう? あっちの問診を頼めるかなぁ?」
「ン。フリック 任セテ」
 
 凍えるほどに冷たい斬撃。
 エルスの振るった大鎌が、盗賊の肩に裂傷を刻む。
 駱駝の背から転がり落ちた盗賊が、手にした斧を横に一閃。足首を裂かれて、エルスが数歩、後ろに下がる。
「っ!? 割と対応が速いわね」
 後退したエルスの背後に、別の盗賊が回り込む。短い槍を手にしているが、手入れ不足かその刃は錆び付いていた。
 隙を見つけたと思ったら、一気呵成に攻め立てる。いつもそういう仕事の仕方をしているのだろう。盗賊同士の連携もなかなかだ。
 けれど、連携というならイレギュラーズも負けてはいない。
 銃声が鳴って、直後に盗賊の手斧が折れた。
 踏鞴を踏んでよろける盗賊の顔面に、エルスは大鎌の柄を叩き込む。
「ちょーっと迎撃しながらの荒療治になるけど安心してよ、痛いのは生きてる証拠だよ」
 淡い燐光が降り注ぎ、エルスの負った傷を癒した。
 後衛にて、銃を構えたリコリスによる支援である。
「医療は私には難しい……下手な事をするよりも盗賊を片付ける事に徹するわ」
 リコリスの援護と治療を頼りに、エルスは前へ、前へと進む。
 手槍と斧の波状攻撃を捌きながら、戦線を診療院から遠ざけているのだ。
「うーん。命救う作業は不慣れなんだ……やっぱ狼は奪う側じゃないとね!」
 エルスの鎌が地面を薙いだ。
 跳躍し、それを回避した盗賊の足首を狙い、リコリスは銃のトリガーを引く。

 剣と剣とが打ち合った。
 飛び散る火花と、少しの鮮血。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。ローレットに見つかったのが運の尽き、即刻盗賊を廃業してもらうぞ」
 頬から流れる血もそのままに、エーレンは滑るように前進。
 踏み込みと同時に放たれたのは、大上段からの斬撃だ。盗賊は刃の厚い剣でそれを防ぐと、エーレンの腹へと蹴りを叩き込む。
 予想通りだ。
 エーレンは腹筋に力を入れて、蹴りの威力を押さえて見せた。
 間髪入れずに再度の踏み込み。肩から盗賊にぶつかって、その体を数メートルほど後退させる。そうしながらもエーレンは、腰の鞘へ刀をしまった。
 盗賊が体勢を立て直すと同時に、エーレンは腰を低くする。
 一閃。
 高速の居合いが、盗賊の両腕を裂いた。

 診療院へと目掛けて斧が投げられた。
 間に割って入った義弘の脇に、錆びた斧が突き刺さる。刃に塗られた毒薬が、神経を鋭く刺激する。
「1人たりともここは抜かせねぇ。病院側も、あっちはあっちで戦いだからな」
 眉間に皺を寄せながら、義弘は刺さった斧を引き抜いた。
 宙へと放った斧へ拳を叩きつけ、真っ二つに砕いて見せる。
「お前さんらに邪魔はさせねえよ」
 命のやり取りに慣れた者が放つ威圧感に、盗賊は思わず後ろへ退いた。
 その背中を、ターバンを巻いた背の高い男が強かに叩く。
「ビビってんじゃねぇ。1人でも診療院に辿り着いて、病人を人質にすりゃ、俺らの勝ちじゃあねぇかよ」
 落ち着いた声でそう言ったのは、盗賊団の頭目であるスピポアという男だろう。
 蛇のようなぎょろりとした目が、病院横の果樹園へと向いている。
 チラ、と義弘がそちらを見れば、そこには占い師とフリークライの姿があった。
「なぁ、こいつの賞金っていくらになるだろうな」
 2人をスピポアの目から隠すようにシラスが前進。
 視線を一瞬、義弘へと向けた隙を突いて、スピポアは鉈剣を一閃させた。それと同時に、もう1人の盗賊が疾走を開始する。
 タン、と地面を蹴る音がした。
 義弘とシラス、動き始めはまったくの同時だ。
 違う点があるとすれば、義弘が踏み込みからの殴打を叩き込んだのに対し、シラスは身を低くして、地面を這うように疾走を開始したことか。
 義弘の、鋼のごとき拳が盗賊の顔面を打った。
 ぐちゃり、と鼻骨が砕けて潰れ、噴水のように血を噴いた。
 命は獲っていないだろうが、意識は暫く戻るまい。

「あえて殺しはしないが手加減もしないよ」
 盗賊退治は単なるついで。
 この後は、患者たちに栄養の付く料理を振舞ってやる予定なのだ。血塗れの手で、病人の食事を作るわけにはいかないだろう。
「てめぇっ!」
「たった5人の盗賊じゃ、俺らの相手には少し足りない」
 スピポアの腹にシラスは拳を押し付けた。
 振り下ろされた鉈剣が、シラスの背中を斬り裂いた。
 刃が肉を断つより先に、シラスの拳が煌々と輝く。
 ズドン、と。
 空気の震えるほどの大音。
 放たれた魔力の奔流が、スピポアのあばらを数本まとめてへし折った。

●黄金の意思
 痩せた女だ。
 自身の死を悟り、占いの果てに野干診療院へとやって来たという。
「貴女自身ハ 死 ドウ捉エテル」
 占い師の女へと、フリークライはそう問うた。果樹園の樹の下、並んで座るフリークライと占い師、少し離れた位置にはリコリスが座っている。
「死後、ですか。死んだら何も残らぬと、死病に侵されるまではそう思っていました」
 嘆き、悲しみ、それから彼女は占いの果てに野干診療院へとやって来た。
 その道中、考える時間は、気持ちに整理を付ける時間は、幾らでもあったのだろう。
「ヌビアス医師は“好きにしていい”と言いました。生きたいのなら、可能な限り生かしてくれると。死にたいのなら、眠るように死なせてくれると」
 そう言って占い師はリコリスへと手を振った。つい先ほど、リコリスも同じことを言ってくれたからだ。
「フリック 墓守 死後 護ル者。死後 願イアレバ 聞ク デキル」
 大きな腕で自分の胸を叩き、フリークライはそう告げる。
 くすり、と占い師は笑んだ。
「死後、使える臓器や私の身体はヌビアス医師に託します。私に残る者は何も無いのでしょう。でも、名前を……カリストという私の名前を、覚えておいてくれますか?」

 重傷を負った奴隷が4人。
 腹を裂かれた武人が1人。
 診療室は、血の臭いに満ちていた。
「勿論、必ず貴方の事も治療いたします。ただ……一人でも多くの方を救う為にも…ご協力お願いします」
 苦痛に呻く奴隷の男の額に浮かんだ汗を拭って、月華は優しくそう説いた。
 熱い吐息を零した男が、痛みの中でゆるりと笑う。
 それから月華は血塗れのタオルを布袋へと放り込み、手袋を取り換え、手術台へと駆けていく。
「骨折の処置は終えました。ヌビアス医師、次の指示を」
「止血だ。腹を縫い合わせるが、血を失い過ぎているなぁ。眠らせてしまっては、そのまま死にかねんからなぁ。血を止めて、暴れぬように押さえつけて……麻酔は少しずつ投与するんだぞ?」
「えぇ、お任せください。誰一人死なせませんとも」
 治療は既に数時間にも及んでいる。
 すっかり青ざめた顔で、げっそりと頬をこけさせて、目の下に濃い隈を作った月華は輸血パックにチューブを繋いで、武人の腕へと針を突き刺す。
 疲労はそろそろ限界だ。
 どうにか耐えているものの、事が終わればすぐにも倒れ伏すだろう。シラスが作った栄養食を食べるだけの余裕さえ残らないかもしれない。
 だが、それでいい。
 体力を使い果たした結果、1人の命も失わずに済むというのなら、何とも安い代償だろう。
「なに、そう悲壮な顔をすることはないよなぁ。患者は生きたいと願っていて、私たちは救ってやろうと決めていて。月華殿と私が揃えば、死神の1人や2人、悠々と追い払えるだろうからなぁ」
 呵々、と嗤うヌビアスも、数時間ですっかりやつれた。お互いに疲労困憊だが、まだまだ倒れるわけにはいかない。
「“香” 家の一人として、この役目は無事にこなして見せましょう」
 喉まで上がった血を飲み下し、月華は唇を噛みしめる。
 
「さて……盗賊の方々は縛り上げたしラサに報告しなくちゃねっ」
 そう言って、縛り上げた盗賊たちをエルスは馬車へと積み込んだ。
 手伝いを申し出た義弘とエーレンを連れて、一足先に都市へと撤退するようだ。結局彼女は、1歩たりとも診療院へと足を踏み入れはしなかった。
「さて……私がここにいることがどうも場違いなように感じてしまいますね」
 死の気配も、いつの間にかすっかりどこかへ消えている。
 空を見上げて、風に吹かれて……数秒ほど立ち止まった後、ホーもまた何処かへ歩き去っていく。
「……なぁんか、人っぽくない人だね!」
 なんて。
 立ち去っていくホーの後ろ姿をカメラに収め、エントマはそう呟いた。

成否

成功

MVP

香 月華(p3p010546)
月華美人

状態異常

香 月華(p3p010546)[重傷]
月華美人

あとがき

お疲れ様です。
ヌビアス診療院の慌ただしい1日は、犠牲者0で終えました。
患者たち11名の救済は無事に完了しました。
依頼は成功です。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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