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シナリオ詳細

<デジールの呼び声>八頭石は笑まず

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 ――聴こえるか? かの真白き咆哮が。
 八頭(やず)の石から流れ落ちる白いうねりは、竜の獰猛さで傲慢なる侵入者に罰を与える。
 海中だというのに、ごうごうと轟く水音と白い筋は潮流などに囚われもせず、イレギュラーズをはたき、足払いをし、時に四肢へと絡みついて岩場へ叩きつける。海の中である点を除けば、まるで悠々と空を舞っているかのよう。
 禁足地へ踏み入った者は、イレギュラーズとて例外なく、かの一撃から逃れるすべはない。しかし。
「さっきから……ずっと耳に届いているんだけど」
「うん、でも何処から聞こえてくるのか、そこがわからなくて」
 イレギュラーズには、聴こえていた。
 きゅるり、きゅるるり。
 滝音に混ざり、何処かから微かに零れる『八頭石』の源が発する音を。
 けれど居場所を突き止めようとすればするほど、真白の咆哮が阻んでくる。聴覚の善し悪しだけでは、技術や才能だけでは、聞き当てることも叶わないらしい。

 ――視えるか? かの青き竜の眼が。
 八頭の石の狭間から、時おり見せる二つの青。
 見開いては消え、また別の場所でぽっと灯る二粒は、まるでイレギュラーズを弄んでいるかのようで。むうと口を尖らせたひとりが、襲い来る滝を一気に掻き分けてみるも、竜の眼はやはり忽然と姿を眩ませてしまう。
 眼に睨まれた仲間は暫しの間、呼吸の仕方を忘れたかのような息苦しさで、他のことが考えられなくなったというのに。元凶たる眼は神出鬼没。なかなか掴ませてはくれない。しかし。
「すごく……視線を感じるんですけど」
「私も。なんだか寒気まで……うう」
 見られている、という感覚に敏い者ほど強く感じてしまうのだろう。出現の予兆か、攻撃の予兆か、はたまた単に見つめているだけなのかは不明だが、どうにか辿れば対処も叶うはずだ。

 そのときだった。どうして、とイレギュラーズの誰かが唇を震わせたのは。
 思わぬ声色につられ、皆も目線の先へと振り返る。
 戦場と化した『入らず滝』が聳え立つ空間は広く、いつの間にかゆうらりと浮かぶ人影があった。
 その人影こそが――。

●やずのいし
 時は、天浮の里を訪れたイレギュラーズと依頼主の出会いにまで遡る。
 屋敷の離れ、こじんまりとした暗い座敷でイレギュラーズはかれと出会った。出入口と、高所に設けられた窓から差し込む外の灯りだけで、辛うじて主の見目が分かる。瞼を伏せて座す、少年とも少女とも判別し難い子どもだ。
「其方らがいれぎゅらあず……ですか」
 年の頃は十二,三といったところで、 黒髪のかれは澄んだ声で言葉を紡ぐ。
「私は汐(きよ)、其方らの依頼主……と言うのが良い、でしょうか?」
 少々もどかしげな間を作ってから、かれは続けた。
「無理を言って招いたのは他でもありません。海援様のご神体を破壊してもらいたいのです」
「! 詳しく聞かせてもらおう」
 海援様のご神体という響きに、イレギュラーズも嫌な予感を拭えない。
 依頼主の近くで腰を下ろして話を聞く体勢を取れば、汐も彼らの気配にほっと安堵の息をつく。
「里の近く、海中にある竜を模した『入らず滝』に、お願いしたいご神体があります」
「いらずだき? 海の中に滝が?」
 目を見開くイレギュラーズの問いに、かれは「左様」と静かに応えた。
 入らず滝の異名を持つその地は、里にある洞穴のひとつを進んだ先、深海に存在する。細長い滝が伸びるだけの空間だが、現在は八つの滝が出迎えてくれる。そこは里の者でも滅多に出入りできない、神聖なる地とされているが。
「余所者に神聖なる地のことを託していいのか?」
 イレギュラーズが確かめるように問うと、目を閉じたまま汐の眉が僅かに上がった。
「里に漂う只ならぬ気配は、此処に居ても伝わってきます。私はただ、平穏にしてもらいたくて」
「そうか……で、肝心のご神体ってのは?」
「あ、はい。里の者が『八頭石』と呼んでいる、八つの滝の源とされる石があります」
 八つの滝が並ぶ光景は、さぞ壮観なことだろう。絶景を生み出した源が眠っていてもおかしくはない。
 だが汐いわく、そもそも『入らず滝』には、八頭石どころか滝も八つは無かったそうな。
「つまり海援様かその一味が、石を設置した所為で変化した可能性がある、と?」
「はい。なので源となる『八頭石』を壊せば、八つの滝は力を失ってくれるでしょう」
 力が湧かない状況になれば、海援様への供給も削げる。
 もちろん『入らず滝』も本来の姿を取り戻せるはずだ。
「つまり八頭石とかいうヤツの首根っこを引き抜いてやりゃいい、と」
 掌へ拳を打ち付けて、イレギュラーズの一人が気合を入れれば。
 左様です、と汐は表情ひとつ変えずに頷いた。
 直後、ふわぁ、と突然気の抜けた声が転がる。
「……ん。すみません、客人を前に欠伸など」
「お疲れですか?」
 イレギュラーズが気を遣うと、汐が小首を傾ぐ。
「しっかり寝ているので、身体は疲れていない……はずです」
「心労からくるものかも。ほら、悩みごとや考えことも疲れるって言うし」
 多くを経験してきたイレギュラーズ側からの言は、かれに一筋の光明を見出させる。
「お気遣い、ありがとうございます。いれぎゅらあず殿」
 そう頭を下げた汐の面差しは出逢った時からずっと、歓喜も悲哀も知らぬかのようなぎこちなさで塗りたくられていた。

 イレギュラーズはこうして、依頼主である汐の輪郭を、影や形をしかと記憶へ刻んだ。
 だから後の『入らず滝』における戦いの最中も、見間違えなかったのだ。
 瞑目したまま滝の周りを泳ぐ、座敷で報告を待っているはずの依頼主の姿を。そして。
「海援、様……様の敵、排する……殺す」
 汐はふらつく素振りを見せながらも、迷わずイレギュラーズへと襲い掛かってきた。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●成功条件
・八頭石(やずいし)を発見し、破壊する
・汐(きよ)の生存

※サブ目標:『入らず滝』の環境を破壊しない
 八つの滝は敵なので、いくら攻撃しても構いません。
 敵味方の攻撃の余波などで、入らず滝そのものの地形が崩れるのを避けて頂けると、有難く。
 あくまで「できることなら達成してほしい目標」ですので、成功条件優先でお願いします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼主の言葉に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 皆さまは『入らず滝』で、八つの滝との交戦状態に入ったばかりでした。
 そこへ依頼主の汐が出現した……というところからスタートします。
 海中かつだだっ広い空間で、ゴツゴツした岩場ばかりの戦場です。

●八頭石(やずいし)について
 どんな見た目か、何処にあるのか……すべて謎に包まれています。
 いろいろと探してみてください。

●敵
・変異した滝×8体
 全長20m程の白い竜のような外見。『入らず滝』内では縦横無尽に飛び回ります。
 その長いからだで叩いたり、巻き付いたり、弾き飛ばしたりしてくる他、「咆哮」を轟かせて痛めつけ、体勢を崩させたりも。
 青い「竜の眼」は、睨みつけた対象の思考も動きも封じます。眼が姿を消している間は攻撃が当たりません。
 ちなみに、八頭石を破壊すると自然に消滅します。

・汐(きよ)
 今回の依頼主で、天浮の里の住人。
 黒髪の少年とも少女とも言える、十代前半の見目をしています。
 噂の『夢遊病』状態でイレギュラーズを妨害してきます。
 八つの滝へは力を与えて強化し、イレギュラーズには怒りを付与します。
 常に目を閉じていますが、皆様の居場所は分かるので油断なさらぬよう。
 多少傷つけた程度で死にはしませんが、それでもイレギュラーズに比べて体力などは低いので、死なせないようお気を付けください。

●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
 https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru

  • <デジールの呼び声>八頭石は笑まず完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年10月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
皇 刺幻(p3p007840)
六天回帰
観音打 至東(p3p008495)
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ

 寂然として人声から縁遠かった、入らず滝。
 突如として加わった人影がイレギュラーズへ襲い掛かったことで、湧いた喧騒に戸惑いの色が付け足されてしまう。何故なら。
「本当に依頼人か? 偽者や幻ではなく」
 『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)が口にした疑問こそが理由――人影の正体が胡乱な者ではなく、汐(きよ)だったことにある。
「……様……の……」
「えっ汐さん何て言ったのです?」
 ぽたぽた落ちた汐の呟きに『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)が聞き返すが、返答はなく。
 まるで寝言だと肩を竦めた『刹那一願』観音打 至東(p3p008495)は、汐から憤り溢れる潮流をぶつけられた。予告なき汐の一手を目の当たりにした『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)が、反射的に声をあげる。
「まあまあまあまあ! 大丈夫??」
 とびきり明るい声音が響こうと、汐は動じない。
 ちらと汐を瞥見した至東は、怒りをも押し流す冷たい涙を呑んで笑みを刷く。
「ええ、問題なぞ生じません。それにこの汐さんは、偽者でも幻でもありませんネ」
 生命力はあっても、殺意どころか意志を感じ得ない。
 そう至東が続けると、ラダがふむと唸って。
「なら他で起きているのと同じ、夢遊病か」
「これが夢遊病だと? ……やりづらいにも程があるな」
 信じ難い光景に、『六天回帰』皇 刺幻(p3p007840)が眼を見開くや、潮の流れを蹴飛ばして進んだ。
「汐さん、どうしちゃったのよ!」
 『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)が叫声をあげるも、やはり汐は振り向かず。
「……蛍さん」
 凛と伝う『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)の呼び声は、蛍の耳によく馴染んだもの。だからこそ蛍の応えは――微笑と首肯のみ。何処までだってついていけるからと思うも、語る時間は手足へ込めた。
 こうして、二つの彩が青い世界へ軌跡を描く。
 片側の色、珠緒が巡らすのは破壊を模った魔術。圧倒的な威力でもって、仄暗い青の底を震撼させた。
「このような謀りを、汐さんに行わせるなど許されざること」
 指先で海中に熱を迸らせれば、その道筋をなぞった蛍が、桜吹雪の結界で汐を手招く。
「こっちよ!」
 怒りの情動に駆られた汐は、蛍が生み出した潮流を追い始めた。
 引き離せた、とどちらからともなく吐息で呟いていると。
「良い塩梅だ、さすがだぜ」
 感心を言の葉へ換えた『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)が、汐と八つの滝との間合いに口角を上げる。なんて絶妙な距離だろう。ジェイクは喉奥で笑い、くゆる煙に似た動きをする滝めがけ、叫んだ。
「こっちを向け!」
 ジェイクだけではない。
「私を、ラダ・ジグリを喰らい尽くせるというなら、やってみるんだな」
 早急に救出が叶うよう。その一心でラダもまた、自身を海中で起きた風浪の餌にする。
 嬉戯するかのように泳ぎ廻る八つの竜が、うねりを打った。己を見失った数体が、名乗りをあげた二人へ牙を剥くけれど。他を念頭にすら置かず集中したラダを喰らうなど、いかに竜と言えどできやしない。
 そしてジェイクも。たとえ傷ついたとて、容易く折れる性分ではなかった。
 滝に囲われた二人を一瞥しつつ、ガイアドニスの巨躯は汐が泳ぎ回るのを封じる。
「元気なのは良いことだけど、か弱い汐ちゃんには酷なのだわ!」
 本人の意思に反して動いているのなら、尚更。
 声をかけても反応しない汐の様相は、変異滝と対峙する刺幻にも引っかかりを生じさせる。あれでは幼い子どものようだ。そんな存在を相手取るぐらいなら、あからさまな敵意に立ち向かう方がいい。
「……得手不得手はあるからな」
 呟きを合図に、深海にそぐわぬ赤が揺らめく。
 刺幻が魂に武闘を纏い、矢継ぎ早に猛威を揮う滝へ放つは轟く一閃。婆娑羅と融合した一撃で、竜めいた瀑布から飛沫を散らす。
 ――さあ、どうなる?
 ねめつけてみれば、滝は一片の曇りもない白を刺幻に絡みつかせた。
「安心してくださいなのです、すぐに癒すのですよ!」
 苦痛が仲間を蝕もうと、メイがすぐさま言霊で立て直しを図る。
 図りながらメイはふと、入らず滝を見渡した。
「ここ……何もないのにとても広くて……」
 ほうと吐いた息をも丸のみにする、冷たい深海で。
「ちょっとさみしく思えるのです」
 メイの所感が音となる頃、竜と化した滝の咆哮が響き渡った。


 きゅるるりと響く、真白き咆哮。
 白波を縒り合わせたかのような滝が、灯火めいた明るさで四囲の岩場を隈取る中、ガイアドニスは思う。八頭石の在り処を当てられなくても、研ぎ澄ませた五感だって、見つけるための足しにはなるはずだと。
「ひそひそ話だって、おねーさん聞き逃さないのだわ」
 ガイアドニスを含め、イレギュラーズは自身が有する能力を生かし、それぞれ捜索を続けた。
 そんな中でも、蛍という光を希う汐の片腕が、力なく水を掻いて伸びる。
 珠緒はその挙動に、夢遊病と噂される所以を見た気がした。
「なんとも気味の悪さが目立つ策略ですね」
 言葉と同時に珠緒が結わえたのは、黄金残響だ。そして人の夢を、可能性を灯す先は自分だけではない。ずっと共にある体温を手繰り寄せ、蛍にも同じ輝きを寄せた。
 深海でも変わらぬ彼女の笑みを視界に収めて、蛍は汐へと向き直る。
「入らず滝のことも、ちゃんと守るから! 大丈夫よ!」
 届くか分からなくても、呼びかけ続けることを忘れない。言葉を贈りながら、狂い咲く情の花で誘い続けるだけ。
 そうしてふらりふらりと光を追う汐の姿は、ジェイクへあるものを想起させた。
 ――なんだか、歩行を覚えたての赤子みたいだな。
 よぎった姿に、いよいよ放ってはおけないと胸裏がざわつく。
「……汐んとこへ行く。任せていいか?」
 ジェイクたちを庇う役目を担っていたガイアドニスへそう言うと、任せて、と溢れた笑みが返る。
「おねーさん、泳ぐのも庇って守るのも得意なのだわ!」
 片目を瞑ってガイアドニスが告げた直後、ジェイクは拳銃を握り直す。
 近くでは終をもたらす刺幻の刃が、竜へ己が滝であったことを思い出させた。ばしゃりと激しい水音を立てた竜が、青の眸を閉ざし、元居た岩の窪みへ戻っていく。
「棲み処へ戻ったようですネ」
 息を切らす刺幻を目撃して、至東が告げた。
 やっと一体か、と実感を呼気に交えた刺幻が振り向く。
「この蛇ども、めちゃくちゃしぶといぞ」
「きっと八頭石があるからですヨー。只の魔物や獣と比べても捉えどころがないですし」
 至東が目許へ不敵さを刷くと、思考に思考を連ねていた刺幻が唸る。
「……そう、だな。元が滝だからか掴めない雲のような感触で……」
 不思議さから刺幻が視線を彷徨わせている間にも、守りを固めるラダの身を打ち砕かんと、滝が襲う。煌めくシャンパン・ゴールドの輝きも合わさり、怒涛の滝によって頽れてしまうラダの未来は、遠ざかっていく。
「滝近辺に不自然な痕跡はない。そこかしこに石ころや海藻はあるが」
 報せ終えると同時、ラダは再び滝の群れへ飛び込んでいく。
 勇ましい後背を見送った至東は、小さく笑って。
「雲か霞か。いずれにせよ、私はのさばる邪魔者を首ちょんぱするだけです」
 意思を綴りながら至東は、獅子吼内観を頼りに八つの竜へつま先を向ける。どこまでも儚く生きようとする飛瀑に、花の儚さを植え付けるために。
「切り捨て御免、ってやつですネ!」
 人斬りの技で水竜を断てば、また一体、滝が変異から解放された。
「がんばれなのですよ!」
 言葉を交わして戦う仲間たちへ、メイも応援を福音に籠めた。
 その間もずっと、疼く気持ちが刺幻の胸を高鳴らせてやまない。
「すまない、試したいことがある。離れるぞ!」
 探求心と呼ぶべきかは本人にも定めかねる。
 だから心の赴くがまま水を蹴り、刺幻は竜の棲み処へと突き進んだ。


 汐を狙い澄ます二種の銃口が、鈍く煌めいた。
「聞こえてるか分からないが安心してくれ。撃ち込むのは、生きるための弾丸だ」
 銃の持ち主であるジェイクは、ふらつく汐へ断りを入れたのち、銃声を捧げた。
 なかなかに無茶な話だと、今更ながら彼は笑う。達成するのも困難だろう。
 ――そう、俺達以外ならな。
 殺さずの弾は汐を深く傷つけない。
 そしてついでとばかりに滝を嘲笑うのが、ジェイクが招いた死神の狙撃だ。
 ぱきり。
 青い二粒にひびが入った時にはもう、倒れ込んだ汐を珠緒が支えていて。
 珠緒が何度か名を呼ぶも、返事と思しき反応はない。
「汐ちゃんの救出成功よー!」
 全員へ伝わるよう、ジェイクを滝の猛攻から庇い続けてきたガイアドニスが高らかに言う。
「……ガイアドニスさん、いかがでしたか?」
 囁いた珠緒の浮かない顔に、呼ばれた側が笑みで応える。
「チャレンジしてみたけど、汐ちゃんの意識、とっくになかったのかもしれないわ」
 それが、倒れる直前の汐から思考を読み取れなかった、ガイアドニスの判断だ。
「はいはーい、メイ特急配達便なのです!」
 駆けつけたメイが汐を抱えると、ぱち、ぱちんと得体の知れぬ乾いた音が聞こえてきた。小首を傾ぐうちに仲間たちも気付く。今し方ジェイクが眼を撃ったのを機に、竜の動きが狂い始めていると。
 滝を変異させる力があるのなら、光るぐらいしても良いのにと唇を尖らせるメイには、予てより期待していたことがあった。時おり灯る二つの青が、八頭石の手掛かりになるのではと。 
「えとえと、皆さん竜の眼って引き続き狙えるですか?」
 メイの案を受け、そういえば、とガイアドニスが人差し指で顎をとんとん叩く。
「八頭もの竜が、開眼したり閉じたりするのよね」
「ああ。滝から覗く、あの青……挑発されているようでなんとも」
 ――腹立たしいとさえ思う。
 巻き付く滝を払いながら口にしたラダの一言さえ、滝音が攫っていく。
 するとそこで、襲い来る竜の巨体を弾き返して、ジェイクも連ねた。
「推測だが、滝の『弱点』は眼で、八頭石の一部ではないかと考えている」
 一拍、沈黙がイレギュラーズの合間を抜けていった。
 直後にラダの炯眼が射るのは『滝』そのもの。海を蹴ったのはラダとガイアドニス、そして引き付ける務めを果たしたばかりの蛍だ。メイが汐を運ぶ間、三分割した海水の流れが、ひたすら青を目指す。
 ハズレでも惜しくても良いのです、と至東は皆の走路が崩れぬよう、蹈落紅で竜を押し退けて。
「何せ噂のエイトヘッドの事前情報がぜんぜんありませんからネ! はい次の方!」
 次から次へと阻もうとする白竜に、技を華麗にお見舞いしていく。
 そして駆けていた蛍は青い眼に睨まれても尚、動きを忘れない。
「ボクの心は簡単には揺るがないわよ! みんなの心だって!」
 咆哮にも近しい叫びと共に、蛍の鋼覇斬城閃が眩い青を打ち砕けば。
「一名様ご案内なのだわ!」
 開かれる瞬間を直感で察し、ガイアドニスが灯った青をまた一組叩き割る。
 竜の近くを駆けていたラダは、水の匂いに淀みが滲んだのを知った。違和感のあるものは無かったが、だからこそ竜の力が弱ってきた今、露わになるモノがあるかもしれないとさえ思う。
 ラダは鬱勃たる志を抱いたまま、かの青を静かなる死の凶弾で貫いた。深く、強かに。そして石が砕けるような音が転がった途端、きゅるると響いていた鳴き声までもが濁る。
 皆で青を狩り、消えはせずただただ萎れていく滝が続出するのと時を同じくして。
 本来の滝が流れる場所で頻りに四辺を確かめていた刺幻が、あっ、と声をあげた。竜の持つ青が減るにつれ、代わり映えしない滝の根本で水が揺らぐ。
 八竜に根っこが、源があるのだとしたら。
「試す価値はありそうだ……『魔権』よ、在るべき真実に近づけさせたまえ」
 顕現させる。刺幻の求む未知へと至るべく。
 未知なるものを解き明かすため、八罪天魔の魔権で解析する力を高めた。
「……どういう物体が八頭石だ?」
「仮にもご神体ですから。辺りの岩と組成が異なるであろうことは確実でしょう」
 一瞬迷った彼へ、珠緒が静かに助言を託す。
 魔権の反動でどっと押し寄せる怠さもあったが、負けじと刺幻は『何の変哲もない石ころ』を指差して。
「あれだ……!」
 彼が示すのに合わせて、平凡極まりない石塊へイレギュラーズの一斉攻撃が降り注いだ。
「……まじか」
 瞠目したのち刺幻は、散り散りになった石の欠片を摘まみ上げる。
 力を失った破片はいつしか砂と化し、海水に溶けてしまう。辛うじて生き延びていた白竜らも、時を移さず消えていく。抗う余裕も悔やむ時間も、かの者らには与えられない。イレギュラーズが瞬きひとつ終える間に、変異した滝は跡形もなくなっていた。
 後に残ったのは汐が知るであろう、細長い滝が伸びるだけの『入らず滝』だ。


 疲労感が拭えぬまま細長い岩を突っ支いにしていた刺幻は、汐のあえかな呻きを聞く。振り向けば、ガイアドニスに支えられて汐が身を起こすところだった。
 汐は流れる潮や気配を確かめるように、顔を左右へ向けて呟く。
「……なにゆえ私は此処に」
「気が付いたか。痛みなどはあろうか?」
 しゃがんだラダからの問いかけに、汐はかぶりを振る。振ってから気付いたのか、汐は応急処置が為された自らの手足を撫でた。運んだ際にメイが手当したものだが、どれも大した痛みではないらしい。
「教えて欲しい。操られている時に何か感じたり、見たりしていないだろうか」
 ラダが続けてかれを直視するも、汐から返るのは「操られるとは、どういうことです?」という不安げな質問だけ。
「覚えていないんだな」
 刺幻の言に汐が頷いたところで、状況を皆で説明していく。
 すると、みるみるうちに汐が蒼褪めていった。
「私がそんなことを……も、申し訳ございませんっ、いれぎゅらあず殿」
 汐は次の瞬間、額を足元の岩へ擦り付けて。
「里の大事にご協力下さった皆様に、ご迷惑をお掛けするなど……!」
 土下座したかれを前に、あらあらあら、と朗々とした声をあげたのはガイアドニスだ。
「おでこが痛くなっちゃうのだわ。おねーさんたちは平気だから顔をあげて!」
 促されて漸く、ありがとうございます、と呟きながらそろりと汐が姿勢を戻す。
 そして震える細い肩を、ぽんと蛍の温かな手のひらが叩いた。
「それに、忘れないで! あなただからこそ守れるものがあるの」
「っ、私だから、こそ……」
「汐」
 今まで閉ざしていたジェイクの唇も、静かに開かれる。
「この滝を守りたいんだろ? 手を貸すぜ」
 まなこが見えずとも、彼の一言で汐の心が揺れていると面差しで分かった。だから。
「どうにも、入らず滝そのものに思い入れが強いみたいだからな」
「……はい。此処は私にとって……ただひとつの遊び場、でしたから」
 胸へ手を添えて汐が微笑む。まるで想い出を抱きしめるように。
「あのあの! 落ち着いたら、入らず滝を眺めにきても良いのです?」
 メイが新たな流れを生み出すと、汐の眉毛が微かに持ち上がる。
 そうだな、とラダの瞳も入らず滝を映した。
「海で見る滝だなんて想像もしたことなかった。平和な時に見物できるといいんだが」
「是非いらしてください。私もその……来ていただけたら嬉しいです」
 ほんのり頬を上気させた汐の表情は、依頼人として話していた時より随分あどけない。
「本当に、本当にありがとうございました。いれぎゅらあずの皆様」
 今度は土下座ではなく、感謝のために汐が深々と頭を下げた。
 そんな汐の様子を眺めているうちに、蛍は想う。
「滝と汐さん。どっちもおかしくなったのが無関係とは思えないわね」
 ええ、と傍らで珠緒が顎を引いた。
「本当に、残滓すら掴ませないような謀りです。それこそまるで……」
 ――夢のような。
 こうして会話に暮れる仲間たちを眺めていた至東は、青々とした天を仰ぎ見る。
「われらを殺したいのなら、自動操縦は仇にしかなりませんよ、黒幕」
 イレギュラーズなら、すぐにでも真相へ辿り着いてみせるから。
「もっと適した場所でやりあいましょうや」
 至東は声を泡に乗せ、蒼に潜むであろう誰かへ向けて飛ばした。

成否

成功

MVP

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでございました。
 八頭石の破壊、汐の無事。どちらも華麗に成し遂げてくださって、ありがとうございます。

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