シナリオ詳細
天満月の哭く頃に。
オープニング
● 昔話と今話
――人の世は夢幻。
されど、かれらと交えた刃は、不変。
……潰えた右目が疼くのは、決まってこの季節。
だから、彼女が死んだのも――。
やっぱり、そんな季節の出来事だった。
● 人斬りと剣客
「最近はその噂は殆ど聞かなくなったんだ。
だが当時はこの辺りじゃ有名な話でね。
神出鬼没……矢鱈に出鱈目な腕をした女の人斬りが、《豊穣》に出るってな」
そう呟いた男の眼前には、見晴らしの良い平地。
周囲には、その多くが黄金色へと色を変えた無数の芒が群生している。
時刻は夜。静かに戦ぐ風は、肌に心地良く。
――頭上には盈月。
一年の中で最も佳麗なる姿を見せるというこの日に浮かぶ、天蓋。
辺りはまるで、昼間の様に明るく。
だから。
――男の険しい瞳は、常軌を逸した艶やかさを放つ”その存在”を、明確に視認していた。
「しかし、これは魂消た。
――どうしてまた、出てきやがった」
輝かしい月前に照らされた肌は、いっそ透明の如く白く。
対照的に、艶やかな髪は深い漆黒に彩られ、羽搏くようなボリュームで足元にまでおよび、そして、毛先でそれらを一本に縛るのは真紅の組紐。
そして、瞼の伏せられた左眼と、――縦一文字の刀傷が刻まれ潰えた、右眼。
男はその存在を”人斬り”と云ったが、その言葉が表現するイメージとはまるで結びつかないほどに、驚くほど華奢な体躯。――いっそ、触れただけで壊れてしまいそうな。
軽薄な口調とは裏腹に、男は蟀谷に汗を垂らす。ゆっくり、非常にゆっくりと、己の右手を、腰に携えた刀の柄へと伸ばす。
そんな男の動作などまるで意にも介さぬかのように、人斬りは、口を開く。
「――傷が、疼くのです」
人斬りの腰には、異様な太刀。――鞘の無い、その只管に長い刀身。
また風が揺蕩う。
一拍の呼吸。
――男は、瞬刻で抜刀。……成る程この男、相当の剣客である。
再び発生した、人斬りの被害。
まるで人の形を保持していない、惨殺死体。
血塗れの彼岸花に沈んだ多くの死体と同様――。
だからこの男は、剣の実力を買われ、雇われた。
嘗ては特異運命座標が撃退した人斬りを、此度、改めて撃滅するために――。
「―――え」
男の口から漏れ出たのは感嘆詞。
十メートルはあったはずの互いの間合いは何時の間にか殺され。
男の眼と鼻の先、三十センチメートルのところに、その、いっそ悍ましいほどに美しい、人斬りの相貌が――。
斬、と剣客の身体に軌跡が刻まれる。
続く声も無く解体され、数多の肉塊となって……芒の中に、崩れ落ちた。
返り血に塗れた人斬りの表情から、感情は読み取れない。
しかし、その表情は、どこか――。
● ローレットへの依頼
《豊穣》のとある地域で、連続的に人斬り事件が発生している。
それは嘗て発生していた、そして嘗て特異運命座標が対応していた、件の連続斬殺事件と極めて状況が酷似しており、犯人は当時会敵した人斬りと同一であるとみてよいだろう。
前回の事件では人斬りが、彼岸花の群生地域に出没するという特徴が見出されていたが、今回、人斬りは芒の群生地域で犯行におよぶ傾向にあることが分かっている。……その理由は、依然として不慥かであるのだが。
此度の事件でも、前回同様、手練れの刺客達が、再び悉く返り討ちにあっている。
人斬りに対処できるのは、やはり特異運命座標しか居ない。
再び《豊穣》に向かい、人斬りを撃退することが望まれている――。
● 鞘の無い刀
――あの人を探すよ。
探して、話して。
そして――。
……そして、そこで、目が覚めた。
笹木花丸(p3p008689)の視線の先には古い日本式の建築様式を模った天井。
そこで花丸は思い出した。
(あの時の人斬りさんを探して……、《豊穣》にまで来たんだった)
花丸はローレットの中でも第一級の特異運命座標であろう。多くの最前線の任務へと赴く合間をみて、花丸は、いつかの依頼で会敵したその人斬りの情報を探っていた。
そして今日、漸く……、確度の高い目撃情報を得ることが出来た。
……一方でそれは、あの時の血の匂いを想起させる、凄惨な事件の再来をも意味していた。
よいしょ、と一人掛け声をかけて布団から立ち上がった花丸は出発の身支度を始める。
――人斬りの顔を、思い返す。
人斬りの行った始末は、決して許容されるものではないだろう。
人々に許容されるべき境界は既に踏み越えている。
人斬りは断罪されなければならない。
(けれど……、あの顔は)
あの時、人斬りは言った。
自身の事を指して、”納めるべき鞘の無い刀の末路”だと。
あの時、感じた。
最後に抱きしめた太刀の、謂い様の無い冷たさと温かさ。
花丸は、鏡に映った自分の全体像をチェックして、髪の毛を少し摘まんで手直しして、にい、と笑った。……うん、今日も花丸ちゃんの笑顔は良好だ。
世話になった女将と談笑し、大きく手を振って宿屋を出る。女将が手土産にくれた朝食代わりのおにぎりを一口頬張って、歩き出す。
今度こそ、必ず貴方を止められるように。
今度こそ、貴方の事を忘れえぬように。
今度こそ、貴方を――。
- 天満月の哭く頃に。完了
- GM名いかるが
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年10月01日 22時20分
- 参加人数6/6人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 6 人
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参加者一覧(6人)
リプレイ
●
其処には御伽話の様に莫迦げて大きな美しい月。
そして、噎せ返るような血の香りが充満していた。
『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の背筋に云いようの無い感覚が奔る。
それは、眼前の猟奇的な光景に寒気を感じた、と云う訳ではなく。
「一つ、聞かせてください」
マリエッタは、口を開いた。
「なんでしょう」
「貴方の望みは、貴方を終わらせる誰かですか。
……だから、こうにも美しい死を残すのですか」
首を傾げた美貌の存在――人斬りに、マリエッタは問うた。
人斬りは、にこり、と微笑んだ。
形の良い唇が、その言葉を紡ぎだす。
質す前から、マリエッタはある確信を有している。
(……いいえ、それは私が望むのです。
何故なら――)
●
くすんだ芒とは対照的に淡い、褪紅の軌跡が流れる。
それは、疾く。
ただただ、疾い。
両眼を伏せたまま、人斬りは、その間合いを計る。そしてそれは、正直に云って、……人斬りの予想の上をいく敏速さであった。
迫りくる人身、--そして。
人斬りの間合いにまで一瞬で詰め寄った『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)の手には。
「御霊、最大並行励起。
――”神滅魔剣”、いざ」
血を凝固させて鍛えたかのように、深紅に燃える仮想の刀が握られ、そして、一切の躊躇なくその刀身は、人斬りの眼前へと迫るーー!
キィンと甲高く響き渡る破裂音。珠緒が刃の切っ先を見遣ると、其処には異常に長く、そして何より美しいもう一つの刀身が、己の剣を受け止めていた。
「流石に……先手必勝とはいきませんか」
「ええ。しかし、少々驚きましたよ」
人斬りは首を傾げながらそう言うと、交わった刃を一際強く押し返す。珠緒は耐え切れず、そのまま体勢が崩れ、斬りこまれる寸前、
「ただ凄腕の女性武芸者ってだけなら、尋常な決闘の末路ってだけなら何も言わないけれど――」
突如自身を襲った無数に及ぶ不可視の打撃に、人斬りは数歩後方へ跳ぶ。閉ざされた瞳からその視線を伺うことはできないが、それは『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)を見遣った。
(恐らく、機敏さにかけては、先の桃色の髪の女こそが敵の中で最速。
しかし、この女性も……)
なるほど、”それ”が彼女の能力か。人斬りは瞬時に、珠緒によって齎された、特異運命座標たちを取り巻く状況を得心した。蛍は、落ち着き払った人斬りの様子に目を細めながら、続ける。
「たぶん、そういった類の動機じゃなくて。
ただの快楽殺人者ってだけなのなら、人命のため平穏のため、ここで討伐させてもらうわよーーこの命を懸けて!」
蛍が険しい表情で言い切った啖呵に、人斬りは嬉しそうに頬を緩めた。
「命を懸けた、殺し合い……ですか?
それは、--それは、とても素晴らしいことです」
言い終えて、そして、思わず堪え切れずと云った様に、人斬りは高笑う。
「ぜひとも、命の限り、殺し合いましょう」
人斬りの細い腕が、しかしその細さからは想像もできないほどの速さで、長い刀身を足元から上へと斬り上げると無数の残像--蛍を襲うその斬撃が、彼女の身を刻み、瞬間、血が噴き出す。
--しかし。間髪入れずに、蛍を覆う暖かな光。
それは、たったひと時の福音。しかして。『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)の保有する、正真正銘に”桁違い”の魔力が齎す癒しの加護はーー凄絶な切傷を癒す。
「残念ながら、わたしは貴方のような刀は持ちえません。
……けれど、無力だなんて言わせない」
そう云い放ったタイムの金色の美しい髪が、満月の月の光を反射し、艶やかに、そして優雅に揺蕩う。
「なるほど。大変厄介ですね、貴女のその能力……」
「……これは、大切な仲間を護るための力。
--誰も失わせるものですか」
肩を竦ませた人斬りは柄に掛けた手に力を籠める。その刃先をタイムの方へと向けようとして、
「随分と別嬪な”獣”も居たもんだな」
「……!」
その角度を直前で変え、飛来した魔光を受け、弾く。人斬りがその射線の先に視線をずらせば、其処には『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)が立っていた。
「--ああいや、”獣”っていうのはこっちの話だけどよ。
ただまあ、そこの女とはついこの間も一緒に戦った仲でな。見過ごす訳にもいかねぇだろうし」
それに。と命は続ける。
「何があったかは知らねえが、蛍の言うように、あんたはただ殺してるだけなんだろ?
復讐でもなく、腕の立つ奴を狙うでもなく。
--わからねぇが、よくないんじゃないのか、そういうの」
命が言い終わるとほぼ同時に、周囲に湧き始めていた人型の敵性擬態--天満月の追想を巻き込み、蒼い気糸が縦横無尽に辺りを駆け巡った。その出元は、複雑な心境で人斬りを見つめるマリエッタ。
……そして。
「ーー見つけたよ」
最早臨戦態勢に入ったこの空間。
眼前の敵は経験深い特異運命座標たちを以てしても、違えようなく強敵。
その中で、再び見えたーー二人。
『竜交』笹木 花丸(p3p008689)は、愉しみも悲しみも、況や憐憫などさえも湛えぬ、その花丸らしい正直な瞳で人斬りの姿を射抜いた。
「……貴女は、あの時の」
人斬りもすぐに花丸の姿を見、あの時の死闘を思い出す。人斬りは柄を握っていない左手で、その時に潰えた右目を覆い当てた。
--傷が疼く。途轍もなく疼く。
「貴方と出会って、こうして相対するのも一年ぶりになるのかな?
貴方の事は未だに知らない事ばかりだけど、色んな事があったんだよ。
そして、--私はあの頃より、もっと強くなった」
花丸は拳を構える。
「今の貴方にどれだけ食らいつけるかはわからないけど、”あの時”の想いは変わらない」
「……想い?」
「……言葉で説得して、それだけで貴方を翻意させようだなんて思ってもいないよ。
この拳こそが、私の刀。今日、此処でーー貴方を止めて見せる」
そこで人斬りは、花丸が纏う苛烈なる戦意をその閉ざされた瞳で視て取った。
人斬りは思わず口角を上げる。
「--行くよ、皆っ!」
人斬りが刀を構えると同時に、花丸が檄を飛ばす。
ーー鞘無き刃の行く末を、今度こそは受け止められるように。
●
(なんて、美しい死。--いけませんね。魔女の意識がこういう場に出ると、強くなってしまう。
……けれど、どうしてでしょう。貴方がなぜ、こんなことをするのか。共感を得てしまう)
マリエッタは聖印が刻まれた腕を高く上げる。
「しかし、貴方に敗北してしまっては何の意味もありません。
そして、後悔してください。
--私たちを敵に回してしまったことを」
マリエッタの瞳が、金色の瞳が光る。直後、振り下ろした腕を中心に描かれる、巨大な碧き魔術術式。形成されたその回路から、膨大な魔力が特異運命座標たちへと流れ込む。
「月に迷われるならば、この帳にて送りましょう」
珠緒が魔導書を振るうと、現出したのは周囲を覆い隠すほどの菫色の魔力。
それは人斬りだけではなく、あたり一帯に群生する芒から突如発生し始めた人型の異形、それらを巻き込んで纏わりつく。そして彼らに齎したのは、対象者を地獄へと引きずり下ろす凶夜--。
「アアアアア……!」
その夜に囚われた芒たちは断末魔を上げて次々に倒れていく。人斬りは咄嗟に跳躍しその場を離れるが、珠緒の制圧力に内心で舌を巻く。
「素晴らしいですねーーこれは。
あの日と同じ。――なんて心躍る夜なのでしょう」
--そのまま、跳躍から着地して一瞬の間もなく。
「……っ!」
人斬りが目にも止まる速度で、駆ける。タイムが間髪入れず偽典を捲り、放たれる深紅の魔弾。深く沈んだ人斬りを迎撃すべく撃ち込まれたその魔弾を、人斬りは更にそれを超える速度で避けると、次の瞬間、タイムの眼前には、凄絶な美貌と、そして、美しい刀身があった。
「あなたはそれを、仲間を護るための刀だと言いました。
では、見せてください。その刀がどれほどのものなのかを」
鈴のような声で詠われたその文節。
風を撫ぜる音。
タイムが見たのは、人斬りの振るう刃が、一瞬前まで人斬りの足元に在った筈の刃が、何時の間にか夜空の月の横にあったこと。そしてその刃が、赤く朱く濡れていたこと。
――次の瞬間、タイムの胸から噴き出す血液。
「タイムさん!」
その光景に思わず花丸が叫ぶのと同時に、マリエッタは目を瞑り意識を集中させ、発動させた魔力をタイムへと注ぎ込む。
そして命は、地面に手を付けた。大地に浮かび上がるのは、巨大な四大八方陣--。
「早いこと姐さんの調子を崩さねえとあっという間に血塗れにされちまいそうだな。
……だがこれならどうだ」
命が構築した結界から生み出された魔光は、目にも止まらぬ速度で人斬りを射抜く。人斬りはそれを即座に刀身で受けたはいいものの、身体全身に及ぶのは感覚の麻痺。
手元を見やった人斬りはすぐさま視線を命に戻すと、笑った。
「面白い攻撃ですね」
そう呟いた人斬りは、すぐさま刀を振るい放たれる斬撃。それは瞬間で命と、そしてマリエッタを巻き込んで無数の切り傷を与えた。
ーー激しい衝突音。人斬りは、おやと首を傾げる。
「出し惜しみなんてしないよ。
今ある私のすべてを――叩き込む!」
人斬りが振り下ろしたその暴虐的な威力の刀を、花丸は、有ろうことか己の手によって受け止めていた。掌から噴出する鮮血。しかしは花丸に気にする素振りはない。そのまま、受け止めた刃を自身の足元へと捨て去り、二撃目を人斬りへと放つ。
……左足を一歩後ろへ。力強く踏み込んだ足元から連なる、その左拳の一撃が、人斬りの形の良い腹を激しく抉る。
「っ……!」
これまで涼やかだった人斬りの表情が、花丸の拳撃を受け、遂に歪む。しかして、其処に怯みはない。人斬りは花丸によって躱された刀身を即座に腹の高さにまで持ち上げると、腰を回転させ、横一文字の峻烈なる斬撃を放つ。
肉の斬れる美しい音が辺りに響き渡る。花丸の左腕と胸が大きく深く切られ、そこから激しく血飛沫が舞った。
(――強い)
花丸は思わず眉を顰め、拳を見つめる。それは、傷つけ、壊す事しか出来なかった少女の拳。それは、……今の人斬りの攻撃と、何処か似ていた。
一瞬にして激しい損傷を負った特異運命座標たち。人斬りの攻撃から復帰したタイムがすぐさま偽典を開き、碧き術式を展開する。充満する福音は、花丸の傷を癒していく。
(鞘のない迷い刀は、人の血だけが他者と心を交わす術で。
……もしかしたらこれは、不完全な彼女なりの”愛のカタチ”なのかもしれない)
タイムは眼前の人斬りを見遣る。その蒼眼に映るのは、どこか儚い、肉体。
「斬るための己を磨き、命のやり取りをする人達がイレギュラーズにも少なからず居る。
その技に頼りきっているわたしが、この人斬りに口を出せるようなことは無いのかもしれない」
でも、とタイムの唇が続く。
「それってやっぱり、悲しいって感じるわ。
人の温もりは心も身体も、--失い難いものだもの」
タイムの傍を蛍が駆ける。今宵、マリエッタとタイムという、強力な療術異能を有する二人を以てしても、前衛陣の疲労が想定よりも早い。一歩距離を置いた場所に位置取りしていた彼女も、攻勢に出る。
「貴方の事情を私は知らない。けど、今まで斬ってきた命の数だけ、死ぬ覚悟はできてるはずよね?
だったら、今、ここで、死んでいきなさいよ!
--もうこれ以上、誰かを殺さないで済むように……!」
初速で言えば珠緒には劣るその速度は、けれど、蛍の攻撃の神髄は、此処から始まる。
その手に収められていた書物が、桜色の光を帯びて、やがて一振りの刃となり。そのまま蛍は刀身を振るう。
「……っ!」
その初撃を長刀で受け止めた人斬りは、しかし、すぐに異変に気付く。
(--速い)
蛍は柄を上下反転させ、すぐさま振り上げの第二撃。人斬りは刀をそのまま振り下ろしそれを受け、すぐさま蛍の第三撃--。
無数の甲高い衝突音と剣戟。蛍の手は止まらない。一瞬でいて、永遠のような刃の交わり。小さな傷が無数に蛍の身を苛んでいくが、その交錯は止まらず。
「--素晴らしい」
人斬りはそれまでの攻撃とは異なり、一段深く、そして低く踏み込むと、
「貴方たちこそが、この三毒の世に咲く……」
「……っ!」
蛍の瞳に映るのは、ぼう、と熾烈に緋く燃え上がる、人斬りの長刀……。
「--最後の徒花なのですね」
それが振るわれたとき、蛍を含めた特異運命座標達の周囲が、炎に包まれたーー。
●
マリエッタが瞼を上げると、其処には、苛烈な炎に焼かれている周囲一帯。そして、
「命さん……!」
「気にすんな。アンタに倒られちまったら、こっちが困るからな」
人斬りに放った攻撃から自身を守るため大きく被弾し、地面に膝をついている命の姿があった。
「……にしても、あの姐さん。……いや、姐さんかどうかはまだ分かんねぇのか。
ま、どっちにしろ。--相当な規格外だな。あれでまだ、隠し玉はまだ残していやがるな」
命は立ち上がり、垂れ落ちてきた血を手で払う。近くに居たタイムも同じように立ち上がりながら、即座に療術術式を展開し、その場を立て直しにかかると、命は符を構え、すぐさま雷を呼び起こす。
(……ただ、自分の道楽の為に血を奪う悪辣な存在。もし貴方が、そんな自分と似通ってしまう者であれば、きっとーー。
私は奪った血を未来へ運ぶことの意識が揺らいでしまう)
マリエッタも血印の施された腕を、胸の前に突き出す。
そして顕現するーー朱くて蒼い、最古の魔法。
(だから、願い、望むのです。貴方の心が、寂しく救いと求めていると……そう、思いこめるように)
タイムとマリエッタの支援を受け、珠緒は魔力で構成されたその剣を振るう。
「……私も、貴方と同じ、鞘のない刀かもしれません。
しかし、鞘となり守ってくださる方がーー蛍さんが、傍にいてくれます。
ですから、道に迷うことも外れることもなく、歩めるのです」
人斬りが返す刀に長刀を振るう。--キィンと弾けて、珠緒の整った顔に朱が走る。
珠緒は、静かに蛍を見て、そして、人斬りを見た。
「剣に。武に。何を望まれますか。
--血刀を振るう己に、どうあれと願われますか」
珠緒の問いかけに、人斬りは表情を変えない。
……珠緒は、愛する方との未来を勝ち取るため、己を磨きます。
……珠緒は、いずれ辿り着く地への道を切り開かんと願います。
なればそれは。
--覚悟の言葉という、一つの刃。
「私が望むのは……」
人斬りの薄い桃色の唇が、震える。
--鮮血に濡れた、曼殊沙華。
「きっと……」
--芒の中で見上げた、天満月。
「……」
--そして。
静かに、人斬りは無言で刃を降ろした。
辺りを支配する、静寂。
聞こえるのは、燃え盛る炎の揺らめく音だけ。
「これはーー貴方たちとの約束です」
人斬りが小さく呟いた。
……そして、花丸は、思わず息を呑んだ。
伏せていた顔を上げ、視線を特異運命座標達へと注いだ人斬り。
その人斬りの、--常に塞がれていた左瞼が、開かれ。
そこには。
まるで玻璃玉。
赫く透き通った玻璃玉。
そして、--其処から止め処なく流れる血涙。
花丸は、初めて目にするその人斬りの姿に。
思わず、息を呑んだのだ。
ーー様子を注意深く眺めていた蛍は、人斬りの異変に気付く。
人斬りは、その視線で特異運命座標たちを”視た”。
花丸が、蛍を見遣る。
それで蛍は即座に、理解した。
これがーー。
そして何より先に、蛍は迷わず跳躍した。
続けて、叫ぶ。
「--来るわ!」
●
特異運命座標たちの視界から、全ての光景が消え失せた。
天上の月も、業炎に燃え盛る芒も、全てが消失しただ黒く塗りつぶされた空間だけが見えた。
嘘だ。
あともう一つ。
血を滴らせる長い刀。
それを握っているのは、誰か?
蛍は、珠緒なのかどうかも分からない物質を、ただただ抱きしめた。
身体が尋常ならざる程に重い。
タイムの視界には、あと、もう一人。
それは誰?
あそこで、人斬りの長刀に串刺しにされているのは。
ーー誰なの?
人斬りが、自分の上に立っている。
--私を刺すの?
問うたタイムに、人斬りは無言で頷いた。
人斬りはゆっくりとタイムの腹を、長刀で貫いた。
--不思議と痛みはなく。
ああ、あれは。
--花丸だ。
「流石です」
呟いた、人斬り。その口からは、溢れる血液。
花丸の放った反撃の痛恨打。
それはこの空間で、初めて人斬りを捉えてーー。
●
瞬きをした次の瞬間、命の眼前に広がったのは、さっきまでの現実と、そして、倒れている仲間たちの姿。
(……まさか、気を失っていたのか? 一体どれだけの間?)
そしてその視線の先に人斬りが依然として立っていることに気づき、命は立とうとするーーが、立ち上がれなかった。
「これは、約束です」
人斬りは剥き出しの刃のまま、長刀を腰に収める。
「私を殺すのは、貴方たちです。ですがそれは、今日ではない。
これは、確信です」
辺りの炎が消える。群生していた芒は、何時の間にか、その異形を失っていた。
「次に相見えるとき、それは、私が死ぬか、貴方たちが死ぬときです」
「待って……!」
花丸が追いすがるように腕を伸ばす。
これでは、前と同じだ。
「いえ、同じではありません」
人斬りが振り返る。
「貴女の言う通り、あの時など比較にならぬほど、強くなった。
ーーだから貴女は、まだ生きている」
口元の血を拭い、「あの技の中で打撃を受けたのは、貴女が初めてです」と続けた。
「……最期に、聞かせてください」
マリエッタが人斬りに問いかける。
「貴方の名を。”血の魔女”が、奪った血と共に、未来へ運ぶべき名を」
人斬りはマリエッタを見、そして、花丸を見た。
「いいでしょう。貴方たちには私の命を捧げると約束しました。
その代償として、--私の名を、名乗りましょう」
●
最初に立ち上がれたのはタイム。彼女は、その凄絶な現場で、ただただ仲間に治療を施していく。
去っていった人斬り。その方向を睨んで、タイムは唇を揺らす。
「……もし、あなたが収まる鞘を一緒に探そうと言えば、手を取ってくれた?」
――こんなこと今頃言っても遅いかもしれないけど。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
貴方が望むのは、貴方を終わらせる誰かですか。
ーーその通り。
私には鞘となり守ってくださる方がいるのです。
ーー羨ましいですね。
人斬りは、口腔に溜まった血を吐き出しながら、追想していた。
「私は、きっと、そんな貴方たちを待っていた」
人斬りは、《貪瞋痴》(三毒)が蔓延る夢幻のこの世に、初めて見つけた。
満足した死を。
充足した死を。
--自身を認めさせてくれる死を。
「漸く、終われる」
もう、些末な殺害などに興味はない。彼らとの闘い以外に、満足などはない。
人を斬ることでしか生きることのできなかった自分。
そんな自分を認めてくれたあの人。
そしてあの人を殺めたこの狂った世界。
眠りに落ちる人斬り。長刀を抱え、眠る人斬り。
いつもの夢を見る。
燃き殺される、その煙、その臭い――。
誰が私を黒くした? 何がお前を狂わせる?
何がお前を狂わせる? 人間よ――。
GMコメント
■ 成功条件
・ 『人斬り』を撃退または撃破する。
■ 情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
■ 現場状況
・ 《豊穣》(カムイグラ)のとある地域。
・ 芒(ススキ)が一帯を覆い尽くす様に群生している平地。ただし、後述の『人斬り』が立っている場所は、『人斬り』を中心にした半径五メートル程だけ芒が群生しておらず、緑の平地になっています。『人斬り』が移動すると、それに伴い周囲の上記範囲の芒が消滅し、上記範囲外の芒は再生します。
・ 時刻は夜ですが十五夜の満月が照らしており、視界は良好です。
・ シナリオはPC達が現場に到着し、『人斬り』を確認した時点からスタートします。会的事前の自/他付与を可能とします。
■ 敵状況
● 『人斬り』
【状態】
・ 人形の様に病的に白い肌。際立って長く、ボリュームのある艶やかな黒髪。折れてしまいそうな華奢な体躯。
・ 一見すると絶世の美女ですが、実際の性別は判明していません。また、後述の通り、性別を有する種別の生体なのかどうかも判明していません。
・ 常に左眼の瞼を閉じていますが、視界があり、周囲は見えているようです。右眼は過去の特異運命座標との戦いにより負傷し、潰えており、視界がありません。
・ 怨霊の類なのか、妖怪の類なのか。ならず者なのか、バグ召喚された《旅人》(ウォーカー)なのか。はたまた、魔種なのか。現状では正体が一切不明で、名前も分かりませんが、非常に強敵であるということだけが事実です。
・ 理性があり、人語を介した会話が可能です。
【能力】
・ 鞘の無い、妖しく美しい日本刀(太刀)を所有しており、それを用いて戦います。
・ 攻撃力、反応、機動力、EXAが非常に高く、殺傷能力に優れます。基本的に、常に複数回行動を行います
・ HPが一定値を下回ると、撤退する可能性があります。
【攻撃】
1.抜刀・暁月(A物至単、出血、流血、失血、態勢不利、大威力)
2.受刀・弄月(A物近範、必中、失血、災厄、飛)
3.踊刀・偃月(A神遠域、石化、塔)
4.閃刀・幾望(A神超遠、HA吸収、廃滅、無常)
5.終刀・既望(A物超遠貫、失血、紅焔、連、大威力)
6.EX 天満月の蹲(A物特レ、?、超威力)
※特レ:『人斬り』に認識されたフィールド上のPCすべてを対象とする。
● 『天満月の追想』×?
・ 『人斬り』の存在に触発され、フィールド上に群生する芒の一部が人型に擬態し、PCたちに纏わりつき襲い掛かります。攻撃、防御、HPともに低く、動きも緩慢で、一体ずつは明確に雑魚です。ただし、数が多く(数体~十数体)、また倒しても時間が経つと追加で出現します。
■ 味方状況
特になし。
■ 備考
・ 本シナリオは、拙作『彼岸花の咲く頃に。』に対する笹木 花丸(p3p008689)さんのアフターアクションにより作成されたものです。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
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