シナリオ詳細
江戸に続くは雨模様
オープニング
●江戸の街
元禄のはじめ、江戸一帯では雨が続いていた。
梅の雨はとうに過ぎており、八朔の日も過ぎている。だというのに、お天道様が顔をのぞかせたのはもう何日も前の事だ。返り梅雨の類いはそう珍しいものではないが、時期柄そう多いものでもない。農家の者は慈雨に喜び駆け回っているだろう。しかしこうも毎日のように降り続けては喜んでばかりもいられない。水路は溢れんばかりの土色をした濁流がその嵩を増し、いくつかは氾濫まであともう少しといった所である。
そういった天気は江戸の活気を奪い取り、常日頃喧しい振り売り達を軒下へと押しとどめている。出店や屋台の数もずいぶんと鳴りを潜め、表の行灯たちが消される日も間々あった。いつ降り出すのか分からない以上、どの店も弱気に構えているのである。
何せ店を開いてもやってくるのは雨除けを求める者ばかりで、そのまま暖簾を潜る客は一握り。身分問わず横並びになっている様子は大変微笑ましく、小競り合いも今ばかりは雨の音に紛れてくれる。その上、雨が降っているうちは大敵である火の心配もないのだから良いこと尽くめではあった。
しかしも何事にも『適度』という言葉があってこそ光るものでもある。
●伊勢屋
先の大火によって豪商にまで上り詰めた木材卸の伊勢屋。その若旦那は煙管をふかし、実に悩ましげな表情を浮かべていた。口はへの字に曲がり、吐き出した煙は彼をあざ笑うように目元に留まっている。
「しかし困ったもんだねぇ……」
若旦那は煙を手扇で退け、染みる目をこらして空を見上げる。
江戸の空は曇天一色。こうして雨が続けば伐採や運搬は儘ならず、木材の売れ行きも右肩下がりとなっていく。それが一日二日ならばまだ良い。しかし雨は数えで六日目ときたものだ。そろそろお天道様に顔を出してもらわねば伊勢屋の名が落ちるのも時間の問題である。
「お天道様の機嫌が悪くてしかたないねえ……おまけに巷じゃあ狐火が出るって、なおさら、ことだ」
若旦那の言うとおり、江戸にはちょっとした噂が駆け巡っていた。
どうにもこうにも雨の合間、そこいらで狐火が躍っているというのだ。赤猫でも無し、提灯の見間違いでも無い。だとすれば怪士の類い――。
まことしやかに囁かれている噂は億劫とした雨を凌ぐ、良い話題の種。その一つである。それだけで済んでくれれば良いのだが、そうにもいかないのが悩みの種だ。
「みなが狐の仕業だと騒ぐのも無理はないねえ……」
若旦那には一つ、心当たりがあった。
数日前、江戸の片隅にある宵怪稲荷神社が赤猫によって焼け落ちたのだ。
復興は進まず寄付も滞っている。いくら江戸が好景気とはいえ、それは一部の店のみの話である。何せこの地は大火や地震からようやく立ち直ろうとしている所であり、人々の暮らしは安定には程遠かった。
とはいえそれでは具合が悪かろうと小さな祠を拵えはしたが、以前の姿を思えば襤褸屋のほうが余程まともであった。さりとて資材を回す余裕などないことは、木材卸の若頭が誰よりも知っている事である。
「雨がやむのが先か、伊勢屋が落ちるのが先か……いや、原因さえなんとかなれば問題あるまい。身銭を切って収まるのであればそれで重畳ってやつさね」
若旦那は煙管を灰落としへと打ち付け、立ち上がる。向かうのはこういった手合いに詳しい、茶屋『小輪』である。
●茶屋『小輪』
「はいよ、文でも届いたのかね……。おや、伊勢屋の若旦那から言付けがあるって? ……なになに、神社の復興を促す祭りを開くので人を募っている、と」
茶屋小輪で働くお松は寄越された半切り紙を読み上げ、首を傾げる。どうにも長続きしている雨を収めるために祭りを開くのでその手伝いをしてほしいという話であった。
「ははん、奴さんこれを稲荷神社のお怒りだと悟ったって訳かねぇ。まあこんだけ雨が続けばそういった類いの仕業だと思っても仕方ないさね……」
見上げた空は変わらず灰色一色。雨こそ止んでいるもののいつ降り出すかは分かったものではなかった。
「神格が落ちちまえば怪士も多く出るだろうねぇ、そしたら江戸の街も騒がしくなっちまうよ――っと、そこのあんたら良かったら祭りの手伝いでもしてもらえんかね。なあに簡単さ、屋台の手伝いでも神輿を担いでも構わない。とにかく雨にも負けない祭りを開いて、お稲荷様の御遣いを満足させればそれでいいのさ」
お松は雨宿りをしているあなたへ声を掛け、子細を語りだした。
- 江戸に続くは雨模様完了
- GM名森乃ゴリラ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年09月17日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●準備
江戸の天気は生憎の模様であった。
分厚い雲が空を覆い、ぽつぽつと雨粒が降り注いでいる。
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000668)――ツクヨミは生憎な空模様を眺め、溜息を一つ零した。
「折角のお祭りなのに大変ですが……諸々の事情を汲み取ればかえって気合いが入るというものでしょう」
そう呟き、ツクヨミは抱えていた布を小輪の座敷へと広げた。
この布は祭りを開くにあたり、江戸の民らよりかき集めた古布である。それらを針でちくちくと縫い合わせ、少しずつその面積を増やしていった。出来上がったものを順々に油へと潜らせ、風通りの良い場所へと干していけば下準備は完了だ。
「おや、それはなんだい」
小輪のお松が様子を窺いに来た。手に持った盆には暖かな茶とご自慢の団子が乗せられている。お松がそれをツクヨミの傍らに置けば、彼女は小さな会釈と共に語り出した。
「天幕を、と思いまして。祭り会場に張れば、雨も多少は防げるでしょう」
足りなければ油紙を工面しても良いだろうか。使い終わった後に傘へ転じれば無駄もなくなるだろう。
ツクヨミは出された茶を啜り、ほっと一息吐く。
祭り会場はそれなりに広く、人々も沢山集まるはずだ。その者らが楽しみの先に信仰を思い出し、この事態が収束してくれればいい。ツクヨミは願いを託すように針を動かし、天幕作りへと勤しんだ。
●宣伝
「姿よし、衣装よし。これで問題ありませんね」
佐倉・望乃(p3p010720)は姿見の前でくるりと回った。
普段出ている角や翼、尻尾などは変化の力で隠している。これならば江戸の街で浮くような事態にもならないだろう。
「――お手伝いいたします!!」
望乃が小輪の厨房へと駆ければ、お松が笑顔でそれを出迎えた。
「ありがとう、ちょっと数は多いけど頑張って拵えようね」
厨房には色鮮やかな団子が並んでいる。串に刺された物や葉に巻かれた物、色づけも拘っているのか空模様とは違いかなり華やかな様子であった。望乃はそれらを梱包用の葉に包み、蔓で縛り上げていく。
「よし、数は大体いいね。これを売ってきてくれないかい」
そうして望乃はお松に見送られ、表へ出る事になった。
担ぐのは振り売りの象徴、天秤のように掛けられた桶達である。それらと共に、道すがら語るのは祭りについて。
「此度行うは南蛮の摩訶不思議な絡繰り屋敷と、盆踊り大会。その共に小輪の団子はいかがですか」
止まぬ雨に気を落としている人々へ笑顔で語りかければ、子細を求める者らが団子を買いがてら尋ねていく。
その最中、気になっていた宵怪稲荷神社についても尋ねて回った。
内容としては小輪のお松が言っていたものと大差はない。しかし皆どこか言い訳染みた言葉を並べ、困り顔を浮かべている。
「なら、どうぞ今日はお楽しみください。雨雲を吹き飛ばすくらい元気な様子を見せ、復興への足がかりとなりましたら……きっとこの雨も止む筈ですから」
望乃が宣伝を重ねていけば、祭り囃子が聞こえ始めた。きっとそろそろ店も始まる筈だ。
「お松さん。祭りに行ってきても大丈夫ですか?」
小輪へ戻った望乃が問えば、お松は笑顔で頷き桶を回収した。
「いっておいで、ここからは私が表に出ようかね」
そうして望乃は祭りへと趣いた。
伊勢屋の頑張りもあったのだろう、祭りの規模はそれなりに大きなものである。すれ違う人々の表情は明るく、雨にも負けていない。頭上にはカラフルな天幕が鮮やかさに一役買い、今だけは雨を忘れられるほどだった。
「簪を買いたいですね、良いものがあれば良いのですが」
フラフラと出店を覗いてみれば、見つけたのは紫陽花の簪だった。風に揺れ、可愛らしくその身を揺らしている。それを購入した望乃は髪に挿し、くるりと回る。出店の店主から投げられた褒め言葉に会釈を返し、改めて祭りと向き合った。
「さあ、祭りを楽しみましょう。信仰を思い出し、復興への足がかりにしてもらいたいですからね」
望乃は明るい笑みを伴い、祭りの人混みへと紛れていった。
●カラクリ屋敷
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は町並みを確認し、それぞれの路地を潜りぬけていく。今回手がけようと考えているのはカラクリ屋敷だ。南蛮由来と銘打てばそれだけで集客は望めるだろう。だが、それに相応しい造りがなければ直ぐに飽きられ、悪評は広がってしまう。
「このあたりの路地なら問題無いだろう」
この街は大火によって荒らされていたが、復興の度に住宅や店が再建されていた。
それこそ、迷路のように。この複雑な地形を利用しない手はないだろう。
「カラクリも色々な人が楽しめるような物がいいよな」
怪士が良い話の種となっているのであれば、そういったものも受け入れて貰えるだろう。それらを女性や子供向けと銘打ち、お化け屋敷とする。体力に自信のある者にはアトラクション性の高いアスレチックが良いだろう。
路地の検分を終えたアーマデルは粗方の規模を見繕い、資金の提供をしてくれる伊勢屋の若旦那に話を進めることにした。
許可は間もなく貰え、南蛮を強調したお陰で若旦那自体も乗り気であった。
また、通路上に張られた雨よけの布があったお陰もあって作業は順調に進んでいく。暗がり、行き止まり、そして誂えるのは少々の仕掛けだ。
「さあ、後は本職の出番だ」
アーマデルは近場をうろついていた霊魂に語りかけ、お化け屋敷の人員を確保していく。もめ事をしない約束を取り付けてみれば、面白がった霊魂たちが仲間を呼んで集まり始めた。やや不安なものだが、悪さをするのであれば、その時は自分の出番だろう。
「――カラクリ屋敷はどうだ。残暑を吹き飛ばす怖さが自慢の『あやかし路地からの脱出』、そして体力に自信のある者向けの『走れ同心』どちらもお試しあれ」
祭りの開始と同時に、アーマデルは声高々に語り出す。周囲を歩む町民らを誘えば、一人、また一人とカラクリ屋敷へ向かう人々が増え始めた。
件の路地からは定期的に叫び声や楽しそうな声が上がり、体力自慢の者達からは雄々しい声が上げられている。罠として張ったものもいくつかあったが、そこは協力してくれたツクヨミのお陰で傷を負う事はない。
無事に終えた者らの顔は様々であった。半泣きであったり、楽しそうであったり、祭りの賑やかしに一役買っている。こういった感情が高まればきっと、皆今回の祭りの事を忘れないだろう。
「そうすればきっと、祭りの切っ掛けにも目を向けてくれるな」
土台は整えた。後は町民らの動き次第。
アーマデルは暗がりから聞こえてくる悲鳴を耳にし、どうか復興が上手くいくようにと心より願った。
●練達の技術力
「さあ、いらっしゃい。甘いカステラはどうだ!!」
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は借り受けた屋台で声を張り上げた。
当初は再現性江戸という未知なる場所に降り立ち、民俗学者の端くれたる己の興味心ばかりが疼いた。もしかしたら江戸時代から混沌によって召喚されたウォーカーがいるかもしれない。再現度の高さを鑑みれば民俗学も歴史を準えているのではないのか。
だが、先ずは仕事をこなすのが先である。ゼフィラは暫し考え、出店を開く事にした。
髪色を考慮し、南蛮から渡った菓子を出せば人も来てくれるだろうと考えてのことである。
事実、彼女の策は功を奏した。
カステラの物珍しさや、優しい甘さ。嵩張らず持ち運べることがウケて屋台は賑わいに包まれている。
言葉が通じる事も大きいのだろう。ゼフィラが物珍しそうに江戸の事を尋ねれば、訪れた人々も江戸の良い所を知ってもらいたいと雑談に花が咲く。
そうこうしていると、神社の方からは祭り囃子が聞こえてきた。
「おっと、悪いねお客さん。一旦店じまいだ」
ゼフィラは客に最後のカステラを手渡し、暖簾を一度下げる。不思議に思った町民が問えば、彼女は神社の方を指さした。
「もうすぐ盆踊りが始まるからね。良かったらお客さんも参加してくれ」
そう言い、ゼフィラは駆け出す。あの喧騒に混ざり居るためにも。
「最初はどうなるかと思ったが……練達の技術も凄いものだな」
イズマ・トーティス(p3p009471)はヤグラの上から周囲を感慨深く見回した。どことなく豊穣に似ているものの、取り巻く雰囲気や根付いているであろう文化は異なるように思える。イズマは少しばかり歴史への興味が疼いたが、それはまたの機会が良いだろう。今やるべきは祭りを盛り上げることなのだから。
イズマは三味線の弦を爪弾き、盆踊りの音色を奏でる。町民達に見えぬように設置したスピーカーのお陰で、雨音にも負けないほど迫力のある音が鳴り響いていく。
曲が轟けば天幕が揺れ、人々が踊れば周囲の紅白幕が棚引く。踊りに精を出す者らの表情は明るく、足元を汚す泥も気に留めていなかった。
「やあ、手伝いに来たよ」
そこに現れたのは店じまいしたゼフィラである。手に持った笛を掲げれば、イズマは表情を和らげた。
「頼んだ、ここいらの話を聞いてみたが……やはり派手さは必要のようだからな」
予め祭りに関して聞き込みを行ったイズマは、この街が大層賑やかなものを好むのだと知っていた。そして喧騒は活力となり、特別な日を彩るのに最適だろうと考える。
「祠の事を思い出して、祈る人もいるくらいだからな」
ヤグラから見える景色に件の祠はあった。襤褸屋の方がマシという言葉通り、その祠は酷くくたびれている。しかし今はどうだ、祠の前には供え物で溢れかえり、人々が足を止める事も多々あった。
「届いてくれるといいな」
「きっと届くさ。さあ、笛の音を聞かせてくれないか」
イズマが急かせばゼフィラは笛を奏で始める。荒々しい喧騒にも負けぬほど力強いそれはイズマの音色と混ざり、周囲に華やかさを生み出していった。
「――奮ってご参加されたし!!」
イズマが声を張り上げれば、町民達からは威勢の良い声が返ってくる。
踊りを分からぬ者も居たが見様見真似でやるのもまた一興。それぞれが思い思いに踊り、楽しみ、そして苦しくも辛い日々を吹き飛ばそうと熱気を生み出していく。
「どうせなら南蛮らしく音色も変えてみようか」
奏でる音は和から洋へと切り替わった。アップテンポなメロディが轟いたものの、楽しそうな表情に変わりはない。
「ハレとケだ。今は日常を忘れて過ごせたらいいな」
今回ばかりはケガレにはご遠慮願いたい。イズマはそう呟きゼフィラと音を奏でていった。
●お祭り
「うおー!! お祭りっす!! 歌って食べまくって死ぬほど楽しむっすよ!!」
暁 無黒(p3p009772)は拳を突き上げ、祭り会場へと足を踏み入れた。
会場には所狭しと人々が集い、各々自由に祭りを楽しんでいる。手に持ったカステラからは甘い香りが漂い、団子を頬張る姿には平穏さがにじみ出ていた。それらを横目に通り過ぎる無黒は張られた天幕の下で仕事を一つ思い出す。
「そうだった、まずは仕事っすね。皆の為に宣伝をするっす!!」
イレギュラーズの面々はそれぞれが祭りを盛り上げるために奔走している。それらの宣伝をするのが今回無黒が受け持った仕事であった。
「さあ、体力に自信のある者はいるっすか!? 自信が無い人には盆踊りやカステラの出店、それから団子もあるっすよ!!」
声を掛けながらも軽業師のようにステップを刻み、アクロバティックに動き回れば人々の視線が固定される。獣の耳と尾が揺れるのも面白がって貰えたようだ。
それらが済んだのは暫くしての事である。人混みに揉まれ、子供達から尾を触られるのに飽き飽きとした彼は逃げるようにしてその場を後にしていた。
「……毛並みが大分乱れたっすね。ま、その分宣伝が出来たので良しとするっす」
仕事は終えた。後は楽しむだけ。無黒は背伸びを一つ見せ、イレギュラーズ達の出し物を見に足を進める。
カステラを袋に詰め、向かうのは絡繰り屋敷だ。軽い気持ちで挑んだことを後悔しつつも、叫び回ったお陰で幾分がスッキリとした感情が胸に宿る。走り回ってクタクタの筈なのに、足が止まる事はない。きっと先程から聞こえてくる囃子が急かすのだろう。
「おっ、盆踊りっすね。皆の手本になれるよう頑張ってみるっす」
たとえ回りの皆が上手くできずとも構わない。倣うだけでも、祭りを楽しむだけでもきっとこの騒がしさは届いてくれるのだから。
「雨が降ろうとなんのその、皆がお日様みたいな笑顔になれば邪気なんて吹き飛ばせるっす!!」
それを見た御遣いが楽しんでくれれば良い。そして復興が進めば昏い感情も吹き飛ぶはずだ。そうすれば江戸の街には真の華やかさが戻ってくるに違いない。
「神に感謝を、友に感謝を。そして祭りに携わった絆に全ての感謝を――」
無黒は満面の笑みで空を見上げる。あの曇天が恐れおののいてどこかへ行ってしまうくらい祭りを楽しもう。そう胸に刻み、人々を率いるようにして踊りを続けていった。
●楽しみ
「再現性江戸……夜妖に似た者が出るとの噂だが……」
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)は祭りの様子を眺め、それが杞憂であった事を知った。何処も彼処も賑やかさに包まれ、人々の笑顔は花のように美しい。通りすがった家族も、独り身の者も、普段は祭りなんかに来なさそうなお堅い者達も全て雰囲気に呑まれていた。
「気になる事は多いねぇ。でも……今はこの懐かしい雰囲気を楽しもう。ラスも楽しむといい」
武器商人(p3p001107)は少しばかり表情を和らげ、ラスヴェート・アストラルノヴァに視線を向けた。
「うん、面白い所だし楽しみたいな」
ラスヴェートはキョロキョロと辺りを見回し、見慣れぬもので溢れている江戸を堪能していた。人々の恰好、そして独特な髪型は見ているだけでも冒険心を擽ってくる。それらを父たる二人に尋ねれば、彼らは優しくこの街について教えてくれた。
「……と、後は見ながら……色々見てみよう」
「蛇巫女殿や女王サマ、無黒たちも色々手を加えているみたいだからねぇ」
三人は出店に寄りながら神社を目指すことにした。
喧騒は耐えず生み出されている。普段ならば小煩いと一蹴してしまいそうなものだが、今日ばかりはとても心地の良いものに感じられる。
「わ、ラス……りんご飴だって、食べてみる?」
「小鳥もひとつ食べたらいい、祭りは長そうだからねぇ」
歩けば歩くほど、美味しそうな香りが漂ってくる。顔なじみの店に顔を出したり、カラクリ屋敷に挑んだりと時を重ねていけば、ラスヴェートは感嘆の息を漏らした。
「どこもすごいなぁ」
見上げればそこには天幕、前後には溢れんばかりの人だかり。どこへ行っても騒がしさは付き纏うが、不思議と悪い気はしなかった。一家団欒を楽しみ、両手に土産を持った三人はヤグラの辺りまでやってきた。思い思いに踊る様を眺め、ヨタカはラスヴェートの手を引く。
「なれない動きは……難しいけど、きっと楽しいよ」
「そう、大丈夫。上手く踊れなくとも誰も気にしやしないさ。楽しむといい」
最初は気後れしていたラスヴェートだが、父達の言葉を受けぎこちない動きを見せ始める。だがそれも徐々に変化していき、表情は明るいものとなっていった。
どれ程そうしていただろうか。気がつけば彼の目元がトロンとし始めた。武器商人はそれを見遣り、幼子をそっと背に乗せ持ち上げる。ゆらゆらと揺らせば、ラスヴェートはそのまま目を瞑ってしまった。
「……眠ったね」
「疲れたんだろう」
二人はそっと目を合わせ、小さく笑った。
祭りの熱気は徐々に冷めてゆき、辺りには静かに余韻を楽しむ者らが見受けられる。
「帰る前に、その……紫月にこれを」
ヨタカが取り出したのはこっそりと買っておいた簪だった。それを見た武器商人は僅かに目を開き、そしてフフと笑う。
「考えることは同じだねぇ」
緩やかに目を細めた武器商人は同じく簪を一つ取り出した。見計らったかのように似たデザインは『思い出を残したい』『今日を忘れさせない』そんな複雑な思いが絡み合った品物である。
どちらからともなく笑い声を漏らした二人は指を絡ませ、祭りの余韻へと浸る。
「ふふ、とても楽しかったね……俺、今とっても幸せ」
「小鳥と同じだよ。……そうだ、団子も買って帰ろうか」
そしてこの余韻を長引かせながら共に過ごそう。きっと話は弾む。武器商人が呟き、なんとなしに空を見上げれば、そこに浮かんでいたのは丸いお月様だった。
雨が上がった。人々から様々な感情が吐露される。
久方ぶりに顔を覗かせた輝きは、その場に居る者達へ等しき降り注ぎ、輝きを以て彼らの働きぶりに応えてくれた。
●復興
伊勢屋の若旦那は上機嫌で小輪へと訪れた。
それもこれも全ては先日の祭りが円満に成された事、そして久方ぶりに太陽を拝む事が出来た為である。
「お松、昨日は助かったよ」
「いえいえ、これで漸く仕事も捗るってものですよ。復興の調子はいかがですか」
「直に。立て直しの目処も立った、狐火もとんと見えなくなった……きっと元通りになるだろう」
そうすればきっと、また面倒な事態がやってくる。
何せここは江戸の街。喧騒や面倒ごとは一種の日常でもあるのだから。
「何かあったら、そんときはまた、願いに来るよ。あんたのよく分からない『伝手』を頼ってね」
お松は何も答えず、静かに微笑む。しかし若旦那はそれに気を悪くするような素振りは見せなかった。
何せ、決して子細を探らないのがこの店を利用するための不文律なのだから。
二人は視線を交差させ、どちらからともなく外へと視線を向ける。
表からは活気溢れる声が響いてきた。棒手振りはやかましい声を上げ、荷馬車は泥を跳ね上げ元気に動き回っている。
イレギュラーズが取り戻した日常が、そこにはあった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
『江戸に続くは雨模様』にご参加頂き有り難うございます。
江戸いけるかな、人来てくれるかな……でもやりたいなあ!! という想いから今シナリオを作成しました。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。そしてイレギュラーズの皆様の思い出、その一つとなってくれれば森乃ゴリラ的にこれ以上嬉しい事はございません。
それでは、またどこかでお会いできるのを楽しみにしています。
森乃ゴリラでした!!
GMコメント
●再現性江戸17XX『江戸の街』
練達には、再現性江戸(アデプト・エド)と呼ばれる地区があります。
かの文明に興味を抱いた者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、それも過去の『東京(江戸)』を模した特殊地区です。
しかし作り上げた世界には問題が生み出されてしまいました。
それは『怪士』と呼ばれる存在です。文献を参考にして再現したはずの街の中に、かつては眉唾であり、実態のよく分かっていなかった怪士――妖怪達がいつしか出現するようになってしまいました。
練達はそれらを排除し、かつての江戸を保つために画策します。
その策の一つが茶屋『小輪』
そこを軸としてイレギュラーズ達に怪士関連の問題解決を図らせようとしたのです。
しかしイレギュラーズの姿形によっては介入が難しくなるケースもありました。故に練達は彼らの介入をごく自然なものとするため、少しばかり正史とは違う流れを組み込む事にします。
――それが南蛮貿易の続行。
終わるはずだったそれを継続させ、異国風の見目である者達でも自然と動けるように様々な細工を施しました。
ですので、ここを訪れるイレギュラーズは大まかに分けて二つの姿を有するでしょう。
本来の江戸――町人であったり武士のような見目をした民。もしくは異国より渡ってきた南蛮人として、この問題を解決するため動く事となります。
●茶屋『小輪(しょうりん)』
江戸の街にある茶屋であり、怪士関連の話題を拾い集めそれらを解決に導くための組織です。
茶屋とは言っていますが、建物自体は大きな造りをしており、南蛮人(イレギュラーズ)を出迎える為の宿も併設しています。
イレギュラーズの皆さんはこちらに住んだり、あるいは紹介して貰った宿(しゅく)や長屋などに身を寄せているでしょう。そして何かあれば小輪へと訪れ、怪士関連の仕事を授かります。
身分などは名乗る者次第ですが、広く顔を知られているであろう老中や将軍などを名乗れば怪しまれ、最悪の場合捕縛され刑を受けてしまいます。
顔を知られていないであろう町人、武士、百姓、南蛮人あたりであれば小輪を通じて練達がある程度計らってくれます。
……と、色々書きましたが身分はざっくりで構いません。それほど難しく考える必要はなく、人によっては「料理スキルがあるからお団子屋さんしたいなあ」「南蛮人だけど刀を持ちたいから武士」「作物を育てるスキルがあるから百姓」「見た目が外国人っぽいから南蛮人で商売スキルもあるから交易かな?」など、そういった理由から考えて頂ければ決めやすいのではないかなと思います。
●依頼達成条件
祭りを盛り上げ、稲荷神社の復興を成す。
●依頼内容に関して
盛り上げ方はそれぞれになるかと思います。
祭りの宣伝をしたり、出店を構えたり、神輿を担いだり、普通に街を楽しんでお店にお金を落とす。などなど様々です。
神社の復興が後ほどとなりますので、それ以外でしたら大体OK。
また、伊勢屋の若旦那が支度金を出してくれるので、必要であれば資材や資金などを受け取ることができるでしょう。
祭りが大きなものとなり、話題性に満ちたものとなればそれだけで人々は心より楽しみ、活力を取り戻します。そしてそれの元である神社への投資も行ってくれるでしょう。
出店を考えている方はそれっぽいスキルが必要となりますので、そちらだけはお忘れのないようセットして頂ければと思います。対応していそうなスキルがない場合はどなたかと組んだり、小輪のお団子売りを手伝うなどでも構いません。
●場所『宵怪稲荷神社(よいかいなりじんじゃ)』
稲荷神社は江戸の街、その端っこにある神社です。
本殿や池、石畳の路が続いたりしています。それほど大きいとはいえない規模ですが、今は小さな祠があるのみ。
ここに御座(おわ)すのは神そのものではなく、その御遣いとされています。
現在は赤猫(放火)によりその全てが焼け落ち、仮の祠が設(しつら)えているのみ。
大火の復興、そして人々が日常を取り戻すため自らの生活に必死になっていることにより信仰が薄れ、祠の手入れも儘ならず神格が落ちようとされています。
神格が剥がれ落ちれば、そこに残るのはただの怪士。つまるところ再現性東京でいう夜妖のようになってしまうかもしれません。
その予兆か、江戸の街には雨が降りしきり、好景気の流れも危うくなっているのが現状です。
●時期、天候
八月朔日(さくじつ)を過ぎた頃……つまり8月に入ってから暫く経った頃です。
天候は相変わらずの雨か曇り空。ポツポツ降り出す事もあれば、桶をひっくり返したような雨など大変不安定なものです。
●お松(p3n000283)
茶屋『小輪』を切り盛りしている女人です。
普段は茶を出したり、団子を作ったりしていますが、身のこなしが軽くあちらこちらに出向いては息を切らさずに帰ってくることから乱波の末裔では? と噂されています。
快活な女性なのできっとあなたに対しても気さくに話したり、対応したりしてくれるでしょう。
今回、彼女も祭りの盛り上げ役として小輪のお団子を振り売り(天秤のように桶を担いだりするアレ)をする予定です。
もし何をするか悩みましたら、彼女の手伝いをしてあげるのも良いかもしれませんね。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●GMコメント
森乃ゴリラです。ウホウホ(挨拶)
今回は再現性江戸でのお話を作ってみました。
江戸時代はよくわからないよ~って方もご安心ください。江戸時代と言われてパッと浮かんだもの――それが再現性江戸です。
つまりざっくりでOK、あまり深く考えずお祭りしてみませんか?
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