シナリオ詳細
キイチ、武の道。或いは、天地風雲の書…。
オープニング
●武人の提案
「かしこみかしこみ申す。そこな御仁はウンスイ殿で相違はないか?」
豊穣。
とある山奥の寂れた古寺。
岩に臥する武人が1人。じぃ、と滝の流れへ向かって瞑目していた。
その背へ声を投げかけてキイチ(p3p010710)。
慣れる言葉を使ったためか、些かその声には緊張感が滲んでいた。
「いかにも、拙者がウンスイじゃ。遥々ようこそおいでなさった。どなたか存ぜぬが、如何なる用件で参られたか」
滝から視線を逸らさぬままに、武人ウンスイは問いかける。
声を張ったわけでもないが、腹の底に響くような威風堂々とした声音。
「某、旅の剣士で名はキイチ。猛者を求めておられると聞き、遥々この地へ参り来む」
キイチがこの地を訪れたのは、とある依頼を受けたがためだ。
豊穣の辺境、人里離れた山奥で1人の武人が猛者を求めているという。
強さを求めるキイチにとって、まさに渡りに船といった依頼であった。己の強さを測るためには、強者と剣を交えるのが良い。
例え負けても、死ぬだけだ。
負けてなお生き延びたのなら儲けもの。
「ふむ……あぁ、はっはっは! キイチ殿、よくぞ参られた」
しばしの沈黙の後、ウンスイは呵々と天を仰いで大笑い。
ゆっくりと立ち上がると、腰の刀に手を添えてキイチの方を振り返る。
「拙者に合わせて口調を変えておるのなら、どうぞ止めてくれなされ。時代に合わせられぬ老人に、お主のような若者がいらぬ気を使わぬでよい」
くっくと肩を震わせて、ウンスイはキイチの前へと歩んだ。
困ったように頭を掻いて、キイチは肩を竦めてみせる。
「いや、すいませんね。しかし、若造と侮られているのなら、少々考えを改めていただきたいのですが」
「それは剣を交えてからだ。さて、キイチ殿……拙者、より己を高めてくれる猛者を求めているのだが、貴殿はそれに足る器かな?」
ウンスイの依頼はこうだ。
若い頃には各地を旅して、数多の武人と剣を交わした。
旅の中で、豊穣の尊きお方に仕えたこともあるという。
1人の武士として、新兵を稽古する教官として、戦を指揮する軍略家として、長い時間を戦いに費やした。
歳をとって、職を辞したウンスイは、若き頃に修行を積んだ山奥へと戻って来たという。
「老兵が今更何をと笑われるかもしれんがな、拙者の生涯と修めた技を書として残そうと思うのだ。しかし、書を綴るうちに“まだ終わりではない”という思いが燻るようになってなぁ」
強くなるには、強者と死合うのが一番だ。
それゆえウンスイは、昔の伝手でかつての主に使いを出した。
命を惜しまぬ強者たちを、どうか山へと送ってほしい、と。
そうして話は巡り巡って、ローレットへの依頼となってキイチの手へと渡ったと言う。
「しかしキイチ殿はお1人か? たしかに腕に覚えがあるように見えるが……まだお若いでは無いか。下手をすれば大怪我ではすまんかもしれんが、それでも構わんか?」
「えぇ、問題ありませんよ。此処で死ねないのならば勝てばいいだけの話だ」
気負うことなく答えを返したキイチを見て、ウンスイは獣のような形相で笑う。
「まったく、拙者の若いころに似ておるわ」
と、そう言って。
懐から4本の巻物を取り出してみせる。
●天地風雲の書
「これは拙者の生涯を綴った書である。書きかけだがな……天と地の巻物をキイチ殿へ預けよう。拙者は風と雲の書を持つ」
そう言ってウンスイは、巻物のうち2本をキイチへと手渡し、2本は自分の腰帯へ刺した。
ゆらり、と。
ウンスイの体がぶれる。
「っと……それは?」
目の前に立つウンスイの姿が、いつの間にか3人へ増えた。
あまりにも現実離れした光景に、キイチは思わず目を見開く。
「若い時分に忍に習った技である。意思と実態を持つ分身と言えば分かりやすいかな……ちなみにこの技は“雲”の書の奥義である。まぁ、忍や仙より習った技を拙者流にアレンジしたものを記した書だな」
それぞれの腰には大小の太刀。
呵々と笑う声も、獣のような威圧感も、3人ともが同等だった。
単なる分身、幻覚の類ではないことは一目瞭然。知らず、キイチの手が腰の木刀へと伸びる。
「こちらは4人。そちらはまぁ、8人ほど集めてくれるか? 巻物の奪い合いと行こう」
呵々と笑って、ウンスイは腰の刀を抜く。
ぬらり、と。
濡れたように不気味に光る、使い込まれた業物だ。
「では、拙者はしばらく身体を温めるのでな。そちらも人を集めるなり、策を練るなりしておくが良い」
「……と、こういうわけで巻物争奪戦となりました。制限時間は日が沈むまで。まぁ、1時間から1時間半ほどでしょうね」
2本の巻物を両手にもって、キイチは集まった仲間たちへ言葉を投げる。
戦場となるのは滝近くの古寺を中心に、山中一帯。
地の利はウンスイにある分、イレギュラーズは人数で勝る。
「ウンスイの威圧を正面から叩きつけられると【重圧】【窒息】【封印】の影響を受けるみたいです。“天”の書に記されている奥義ですね」
右手に持った巻物を掲げ、キイチは言った。
次にキイチは、左手の巻物を頭上を持ち上げる。
「“地”の書の奥義は剣技でした。大上段からの斬撃ですが【必殺】【防無】の、目視できぬ渾身の一撃だそうですよ」
残る巻物は2本。
“雲”の書の奥義は、忍術や仙術の類である分身の召喚であった。
詳細不明な“風”の書は、きっと移動に関する技が記されているはずとキイチは予想している。
「もう少し山を登れば、平野が広がっているようです。山中は当然として、川辺も岩だらけで足場がいいとは言えませんね」
加えて、樹々に遮られているせいで視界も通らない。
「真正面から斬り合ってくれれば楽ですが……どうにも、実戦畑の出身らしく使えるものは何でも使う類の武人に見えました」
さぁ、どう攻略しましょうか。
尋ねるようにキイチは言った。
その口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいるようだ。
- キイチ、武の道。或いは、天地風雲の書…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年08月31日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●開戦
太陽が、ゆっくり西へ沈み始めた。
もうじきすれば、空も赤く染まるだろうか。
ごぉん、と鳴った鐘の音は勝負開始の合図であろう。
ざわり、と。
風が吹き抜けて、森の樹々が一斉に揺れる。
刹那、ひゅおんと風を斬り裂く音が響いた。
「うぉっ!? た、たぶん来たよ!」
植物の声でも聴いたのか。『僕には生ハムの原木があるから』解・憂炎(p3p010784)がそう告げて、顔の前で得物を構えた。
一閃。
樹々の間から伸びた刀身が、憂炎の構えた得物……生ハムの原木だが……を薄く斬り落とす。
「っ……!? なんで!」
足音はしなかった。
つい数瞬前まで、近くに敵の気配は無かった。
斬撃の姿勢から、そのまま流れるように斜面を滑り降りていく老爺の後ろ姿へ視線を向けて、憂炎は疑問の言葉を口にした。
「逃がさん! 貴公が生涯をかけて編み出した技、その悉くを破らせてもらおうか!」
老爺……ウンスイの後を追って『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)が駆け出した。
地面を蹴って、木の幹を掴んで支えとしながら追走するブレンダを見て、ウンスイはにやりと唇を歪める。
「鎧武者にしては身が軽いな。まるで猿か何かのようだぞ」
そう言いながらもウンスイは、素早く細い樹へと取り付く。ウンスイが幹を駆け上ると、重さで木が大きくしなった。
その様はまるで、弓か投石機のようで……。
ひゅおん、と。
再び風を斬る音が響き渡って、ウンスイの体は木のしなりでもって宙へと跳ね上げられたのである。
「使えるものは何でも使うってこういうことか……戦場での心得、学ばせてもらいます」
「老いて尚強く在る実力者……」
その生き方は僕の尊敬する師匠に似ている。
『歩み続ける』キイチ(p3p010710)の脳裏をよぎる恩師の姿に、ほんの一瞬、ウンスイの顔が重なった。
木のしなりで自身を砲弾のように飛ばして、足音もなく一気に距離を縮めてみせた。奇襲が失敗すると見るや、斜面を滑るようにして最短距離で離脱を測る。
正々堂々という言葉からは遠いが、なるほどいかにも実戦的だ。
追いかけたブレンダをその場で迎え撃たなかったのは、思った以上に彼女が身軽だったから。
「では、こちらも1手お見せしましょう……あわよくばウンスイさんも巻き込めればいいですが」
弓に1本の矢を番え、キリリと強く引き絞る。
傾いた斜面を踏み締めて『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)はウンスイへと狙いを付けた。
ぱっ、と矢から指を離せば、放たれたそれは風を斬り裂き飛翔する。
ウンスイは素早く木の後ろへと身を躍らせるが……バカン、と乾いた音が響いて正純の矢は木の幹に大きな穴を穿った。
「おぉ、剛弓の射手には見えなかったが……なかなかどうしてやるものだ」
呵々と笑ったウンスイは、地を這うように木の裏側から飛び出した。
正純が射貫いた木は、自重にへし折れゆっくりと倒れ始めている。
「少しばかり視界は開けたのでは?」
邪魔な木を1本、へし折っただけでも森の景色は大きく変わるものなのだ。
今ならはっきり、ウンスイの居場所が見て取れる。
「えぇ。無様な姿は晒せない。巻物争奪戦なんのその……推して参ります」
逃がさない、と。
正眼に木刀を構えたキイチが、ウンスイ目掛けて斬りかかる。
一方その頃。
平原に立つイレギュラーズの眼前に、ゆらりと老爺が姿を現す。
まるで散歩の途中みたいな自然さで、ウンスイはゆっくりイレギュラーズのもとへ近づいて来るではないか。
「ふぅむ。なかなかに面白い御仁のようで……巻物争奪とは仰いますが、実質死合のようなもの」
そう呟いて『オトモダチ』すずな(p3p005307)は刀を抜く。ちら、と視線を『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)へと向けるが、返って来たのは残念そうな溜め息ひとつ。
悠然と歩くウンスイだが、その実、奇襲を仕掛けるほどの隙は無かったようである。
「はぁん……極まった剣技ねぇ。見せてもらおうじゃない豊穣の刀使い!」
『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)が手に構えるは、大口径の狙撃銃。スコープを覗き、素早く狙いを付けた彼女は数瞬の間をあけることなく引き金を引いた。
火薬が爆ぜて、火花が散った。
同時にすずなが疾走を開始。
不意打ち気味に放たれた弾丸を、ウンスイは体を僅かに傾けることで回避してみせる。
「その身のこなし、どうやら戯言ではなさそうですの。ええでしょう。それならわしらも、遠慮なく全力で」
支佐手が右手に剣を抜く。
しかし、彼がその場を動くことは無かった。
ウンスイの隙を突くべく疾走していたすずなの手元で、バチと硬質な音がしたのだ。
「っ……い、石!?」
すずなの指を打ったのは、ウンスイの弾いた小石である。
「……良いね、うん、そう来なくちゃね♪」
ゆっくりと、刀を構えるウンスイへ向けて『咎狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)が手を翳す。
しゃらり、と。
虚空から滲むように放たれたのは、どこか不気味な黒い鎖だ。
お返しとばかりに鎖はまっすぐウンスイの手首へ向かって飛んだ。くるり、と手首を返して鎖を回避し、空いた右手でそれを掴むと力任せに引き寄せる。
バランスを崩したラムダがその場に膝を突く。
「それでこそ、です。剣を志すものとして……全力で、応じさせて頂きましょう……!」
担ぐように刀を構えてすずなが言った。
一閃。
身体ごとぶつかるような斬撃を、ウンスイは片手で受け止める。
●死合
転がるように斜面を滑るウンスイは、咄嗟に刀を頭上へ掲げた。
振り下ろされたキイチの刀を受け止めて、けれど力の流れに逆らうことは無く弾かれるように後ろへ跳んだ。
斜面を転がり、一気にキイチから距離を取る。
姿勢を崩したキイチが斜面に倒れ込むと、ウンスイはその腹を蹴ってさらに下へと転がした。
キイチたちがウンスイを囲もうとしていることは、既にバレているのだろう。
包囲網を完成させないための立ち回りだが、要所要所でダメージを叩き込んでくるのも忘れない。
しかし、攻撃に転じた瞬間だけは、いかなる武者でも多少の隙は生まれるものだ。
「すみませんがその隙、つけ入れさせてもらいます!」
生ハムを体の前に掲げて憂炎が跳んだ。
跳躍の勢いを乗せた一撃が、ウンスイの肩を殴打する。
「ぬぅっ……珍妙な得物を使いよるな!」
そもそも生ハムの原木は武器ではなく食糧なのでは無いか。
ウンスイは滑りながらも刀を構え……。
「己の武器を奪われれば如何に武人と言えど苦しいでしょう」
刹那。
憂炎の首元を抜けて飛来した矢が、ウンスイの手首を貫いた。
ふぅ、と息を吐きだした。
次の矢を番えた正純が、下方のウンスイへ狙いを定める。
「動きを鈍らせられれば御の字」
キリリ、と弓を引き絞り……直後、背後に感じた人の気配に正純は体を反転させる。
「喝っ!!」
真正面から叩き込まれる大音声と、裂帛の気合。
思わず、正純は目を剥いた。
咄嗟に放った矢を回避したウンスイが、正純の眼前へと迫る。
「悪く思うな。連中も、この斜面を登ってお主を救けに来るのは難しかろうて」
「悪いことなど……使えるものはなんでも使う、ええ。良い言葉です」
正純の頬を冷や汗が伝う。
ウンスイが刀を振り抜いた瞬間、正純は弓を後ろへ投げ捨てて、右の腕を前へと伸ばす。
金属の割れる音が響いた。
鋼の義手を体の前へと差し出すことで致命傷を回避したのだ。
幾つかの部品が断たれ、正純の右腕は動きを止めた。
それを見て、ウンスイは目を剥いた。
腕を落としたと思ったのだろうが、虚を突かれた形である。
そして、直後……。
「貴公が生涯をかけて編み出した技、その悉くを破らせてもらおうか!」
ひゅん、と。
風を斬り裂く音がして、金色の影が眼前へ迫った。
ウンスイが使ったのと同じ、木のしなりを利用した移動方法でもってブレンダが救援にかけつけたのだ。
「拙者の技を真似するか!」
呵々と笑ったウンスイが、腰を落として刀を背後へ振り被る。
「生憎だが私も剣は使うが勝ちには拘る。勝たせてもらおうか」
ブレンダが左右の剣を素早く振るう。
長剣とはいえ、斬撃の間合いにはまだ遠い。
「な……っ!?」
“なにを”と、問う声が途切れた。
間合いの外から放たれた、音もなく飛ぶ斬撃が。
ウンスイの胸部と腹を深く深く、斬り裂いたのだ。
『そういえばキイチ殿はなぜこのような戦いを?』
暫く前に、ブレンダがキイチへそう問うた。
思い出すのは、師と共に過ごした修行の日々のことである。
呵々と笑うその声と、豪放磊落といった風な技の冴え。思い出す姿や顔に、懐かしささえ感じてしまう。
混沌へと渡って、暫くの時が過ぎた。
幾度もの戦いを経た。
師の強さに、多少なりとも近づけただろうか。
「師匠を倒すため……子どもは親の背を越えていくものでしょう?」
キイチの振るった木刀を、紙一重で回避して。
ウンスイは呵々と笑ってみせた。
ピリ、と空気が張り詰めた。
一陣、湿った風が吹く。
「喝っ!」
裂帛の気合を吐き出して、ウンスイは刀を大上段へと構えて走る。
「撃ぇ!」
一瞬の間もおかず、ラムダが叫んだ。
魔力を孕んだ号令が、仲間たちの心を縛る気負いを解いた。
号令に従い、コルネリアが武器をガトリングへと変える。
放たれる無数の弾丸……弾幕が、ウンスイの前進を阻む。抉れる地面を蹴り付けながら、ウンスイは転がるように射線から逃れた。
そうしながら、ウンスイの目はラムダをじぃと捉えている。
「なるほど……対策済みか。まったく、油断も隙も無い。いや、拙者の驕りを利用したか?」
殺気を叩きつけ、相手が怯んだ隙に一撃を見舞うのがウンスイの常套手段であった。
これまで、よほどの相手でなければ……よほどの相手であっても、一瞬かそこらの隙を作ることに成功して来た技だ。
それが通用しないとは、露とも思ってなかったようで……驕りの代償は幾らかの銃創と少々高くついたのだった。
「そりゃ使えるものは何でも使うよ?」
にぃ、と笑ってラムダは答えた。
鼻から息を吐きだすと、ウンスイは刀を下段に構える。威力重視の上段から、受けにくい下段へ構えを切り替えたのである。
滑るようにウンスイは再び前進を開始。
音と弾数に面食らったものの、銃の射線はまっすぐだ。銃口の向きに気を配れば、被弾は最小に食い止められる。
「っ! 速いわね、この爺さん!」
ウンスイの狙いはコルネリアだ。
残り数メートルの距離は、地面を滑るようにして詰める。
大地に切先が触れるかどうかという低い位置から、真上へ向かって跳ね上げるかのような斬撃。
それはコルネリアの手首を、ストンと奇麗に断つはずだった。
「っとと。危ない危ない……ぅぷ」
「!? なんとまぁ」
呆れ混じりの驚嘆の声。
ウンスイの剣を受けた支佐手の腹部から、ごぼりと滂沱の血が溢れた。
身体を張って斬撃を止めた支佐手の動きに躊躇は無い。
咄嗟に体が動いたという風でもなく……最初から、その身を盾にすることは予定の内というわけだ。
「……流石は歳食ってるだけあって強いじゃない。舐めてる暇なんてないねぇ」
コツン。
ウンスイの額に熱が走った。
コルネリアの持つ拳銃が、額に押し当てられているのだ。
引き金を引くのと、ウンスイが蹴りを放つのは同時。
銃弾はウンスイの頬を掠め、蹴りはコルネリアの脛を打ち抜く。
姿勢を崩すコルネリアの顔面に、ウンスイの靴底が叩き込まれた。
「……っぶぁ!?」
鼻が潰れ、血を噴いた。
支佐手の肩を、コルネリアの顔面を足場として高く跳んだウンスイは、そこで視線をすずなへ向ける。
腰の位置に刀を構え、真上を見据えるすずなの視線に身震いがした。
修羅場をくぐった剣士のそれだ。
「いい剣気だ」
斬撃か、蹴りか……否、ウンスイが放った技は刺突だ。
まっすぐ、速く、鋭い刺突は避けにくく、そして受けにくい。
狙うはすずなの胸から腹へ。
防御、回避のどちらを選ぶにしてもすずなの姿勢が崩れることは当然。
だが、しかし……。
「っと♪」
ラムダの放った斬撃が、ウンスイの脚を深く斬り裂く。
姿勢を崩したウンスイの刺突は、すずなの手により至って容易に弾かれた。
「ボクの本来の戦闘スタイルは接近戦だよ? 名もなき剣士の研鑽が生み出した技さ」
後方支援に徹することで、ラムダはここまで手の内を隠し続けていた。
そして、手の内を隠していたのはラムダだけでは無い。
「隙だらけですの。ほれ、隠し玉の取っておき……受け取ってもらいましょう」
空へ向け、支佐手はまっすぐ手を伸ばした。
その指先が、ウンスイの爪先へと触れる。
瞬間……ザクリ、とウンスイの腹に裂傷が走った。
「ぐ……む!?」
腹から、口から血を零しウンスイは地面へと落ちた。
●決着
構えは互いに正眼。
ピリ、と張り詰めた緊張の糸は、すずなの言葉で断ち斬られた。
「得物の都合上、人相手が一番慣れています。急所の位置も。どのように刃を振るえば良いのかも」
摺り足で、すずなが前へ。
応じるようにウンスイも1歩、踏み出した。
「それは拙者も同じこと。何人も斬って捨てて来たわ」
「えぇ……そうでなければ、刃を交える意味がありませんので!」
踏み込みは同時。
ウンスイの技は、裂帛の剣気を込めた大上段からの斬り降ろし。
すずなの技は、ウンスイの急所を狙う正確無比な刺突であった。
勝負は一瞬。
目に見えぬほどに、互いの剣技は鋭く速い。
果たして……。
「若さの分だけ、ほんのちょっぴり速かった……ということですかの」
支佐手はひとつ、溜め息を零す。
ウンスイの剣は、すずなの肩を深く斬り裂き。
すずなの剣は、ウンスイの喉を斬り裂いた。
どしゃり、と。
ウンスイの体が砂と化して崩れ去る。
砂の中には『風』の巻物が転がっていた。
河原を見下ろす影が2つ。
ブレンダと正純が追い付いた時には、すでに勝負は付いていた。
河原に倒れる憂炎と、その傍に立つ2人の剣士。
「メインの切った張ったはキイチさんにお任せする予定でしたからね」
「あぁ、キイチ殿に任せた決着だ」
なんて。
肩を竦めて、2人は笑みを交わすのだった。
時間は少し巻き戻る。
キイチと憂炎は、斜面を下り降りながらウンスイと切り結んでいた。
転がりながら、憂炎は原木を振るう。
原木がウンスイの胴を叩くまでの間に、憂炎の肩や頬には幾つもの傷が生まれた。
ウンスイの技を捌き切るには、今の憂炎では足りない。
けれど、戦いの中で多少は慣れて来たのだろう。深手を負う回数は減り、代わりに攻撃が当たる頻度は増していた。
「若いとはいいな」
楽し気な笑みを浮かべながら、ウンスイは刀を大上段に振り上げる。
鋭い踏み込みからの一撃。
憂炎は、咄嗟に原木を体の前へと持ち上げる。
ザン、と。
ウンスイの放った斬撃が、憂炎の肩から胸にかけてを斬り裂いた。
血塗れのまま、憂炎は河原に身を投げた。
「なんという奥義だ……! 守りが意味を成さない……!」
仰向けのまま、血を吐いて荒い呼吸を繰り返す。
その傍らで、ウンスイは肩を激しく上下させ河原に膝を突いていた。
「巻物はここに」
ウンスイの前にキイチが立った。
懐から取り出した巻物を、砂利の上にそっと置く。
剣を支えにウンスイは立った。
彼もまた、懐から取り出した『雲』の巻物を、足元へと転がす。
「受けて立たせて頂きます」
構えは正眼。
対するウンスイは、大上段の構えを取った。
1歩。
ウンスイが前へ。
キイチは瞬きさえもせずに、ウンスイを睨む。
2歩。
3歩。
互いの間合いが近づいた。
「っきぇぇええええい!」
猿叫。
ウンスイの放った斬撃を、大地を叩き割るかのごとき剛剣を、キイチは木刀で受け流す。
重い。
木刀を握る腕から肩へ、かけてが軋んだ悲鳴をあげる。
食いしばった奥歯が欠けた。
苦悶の声を零す余裕さえもない。
呼吸を止めて、力を込めて。
一瞬。
ウンスイの力が弱まったのを、木刀を通して感知する。
木刀を横へ。
ウンスイの刀を受け流し……。
煌と、キイチの木刀が閃光に包まれた。
狙うは胴。
鋭く、速く、そして強く。
キイチの刀が、ウンスイの胴を打ち据えた。
血を吐き、倒れたウンスイの前でキイチは巻物を取り上げる。
「見事」
たった一言をウンスイは告げた。
キイチは口元に笑みを浮かべ、膝を突いたウンスイへと手を差し伸べる。
「まだ隠退しないでくださいね御老公……次は僕一人で貴方を倒しに来ますから」
以上を持って、巻物争奪戦、決着。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
ウンスイとの巻物争奪戦は、イレギュラーズの勝利です。
この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“風”と“雲”の巻物奪取
●ターゲット
・ウンスイ×3
老武人。
1人が本体、2人が分身体。
天、地、風、雲という4本の巻物を執筆。分身は雲の巻物の奥義らしい。
心技体ともに鍛え上げられた剣士だが、加齢のためか若いころほど体は動かないらしい。
天の書の奥義:神中範に中ダメージ、重圧、窒息、封印
範囲内の対象へ強い殺気を叩きつける技のようだ。
地の書の奥義:物至単に特大ダメージ、必殺、防無
目視できないほどの速度で放たれる渾身の斬撃。
●フィールド
豊穣の山奥。
古寺を中心とした山全体が戦場となる。
古寺の近くには滝。
古寺からさらに山を登っていくと平野がある。
平野以外の場所は足場が悪い。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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