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シナリオ詳細

<深海メーディウム>フリーパレットと夜船の旅路

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●歌
 閉ざされた青の向こう側に、この世界の半分がある筈だと信じた。
 本当にそう信じられたのは、君が歌ってくれたからなんだよ。
 君の歌声がなければ。
 きっと世界は今より狭い。

 船内には子守歌。海洋王国のどこかの島の、古いケルトを想わせるそのメロディは、殆ど聞いたことがないはずなのに、聞く者にノスタルジイをもたらした。
 彼女は長い黒髪に、黒いドレスをきた人魚であった。いや、腰から下を魚のそれにかえたディープシーである。
 名をノワール・ニュイ。ジョージ・キングマン (p3p007332)の経営する『会社』のスタッフであり、つい最近まで行方がわからなかった女だ。
 彼女を見つけたのは不思議な幽霊船のなか。不思議な幽霊に、彼女は歌を聴かせていたというのだ。
 子供がきままに絵の具を混ぜ合わせたような、かき氷にすきなだけシロップをかけてしまったような。いくつもの『色』が混ざり合って拒み合ってできたそれを、人は『フリーパレット』と呼んだ。
 一通り歌を終えたノワール。見上げればそこは夜の空。聞こえるのはさざなみと、さざなみと、船の甲板がわずかに軋むその音だけ。
 デッキに椅子を置き、歌を黙って聞いていたジョージは、ようやく話ができると咳払いをする。
「まだ事情を聞いていなかったな、ニュイ。なぜ姿を見せなかった? なぜフリーパレットに歌を聴かせていた。なぜ――」
「一度に質問しすぎよ」
 ノワールは煙草を取り出すと、火を付けて口にくわえた。煙からチョコレートのような香りがする、それこそチョコレート色のかわった煙草だった。
「質問に順に答えるなら……深怪魔に捕まっていたから。フリーパレットにそうしてくれって言われたから。なぜそうなったのかなんて知らないし、心当たりもないわ」
 ジョージが『商売』をするにあたって優秀な情報屋であるノワールがここまで言うのだ。本当に知らないのだろう。
「わかった、質問を変えよう。なぜ『その歌』なんだ?」
 ジョージの質問の意図を察したのだろうか。ノワールは頬を赤くしてそっぽをむいた。
「昔……よく」
「詳しく聞いても?」
 ノワールは唇を歪めると、観念したようにハアとため息を……そして煙草の煙をはいた。
「昔付き合ってた男がいたのよ。海洋の軍人で、彼は私の『裏の仕事』も知らずに暢気にしてた」
「……その男は、今?」
 ジョージの声がワントーンさがる。
「死んだわ。アクエリア島の攻略戦で、魔種に遭遇して」
「…………」

 フリーパレットは幽霊だと、専門家達は言っていた。
 竜宮幣に思念が砂鉄のようにくっついてできた特別な幽霊で、記憶も人格ももってはいない。
 思念だけの存在であるがため、願い事だけをもってこの海を漂っているのだと。
 その願い事を叶えることで、竜宮幣が手に入るのだと。
 もし、このフリーパレットが『例の彼』の思念なのだとしたら。
「ぼくたちを、連れて行ってくれる?」
 フリーパレットは小首をかしげ、そう言った。

●アクエリアへの道のり
「フリーパレットが求めている『行き先』に若干の検討がついた。まずはそこを目指して船を出すことになる」
 フェデリアからアクエリアまでの航路は既に開拓されており、『絶望の青』を攻略する時ほどの苦難ではない。
 比較的安全なルートを使えば、多少戦闘をする程度で済むのだ。
「とはいえ完全に安全が保証されたわけではない。
 そこそこの船旅になるだろうし、途中にモンスターが出現するエリアを通ることになる」
 ジョージが広げたマップにはラインがひかれ、その一部にまるく印が付けられていた。
「『ラーテンホエール』と『バッカニアレイス』。
 要は鯨のアンデッドと海賊の亡霊だ。これらがただようエリアを突破する間、戦闘は必須になるだろう。
 それ以外のエリアは多少見張りはするだろうが、安全で暇な旅になる筈だ。
 暇を持て余すと人間は参ってしまうものだからな。多少の娯楽と美味い食事があると良い」
 ジョージはノワールのほうを見たが、彼女は小さく首を振った。
「『商会』から金は出せないわよ。仕事はローレットで受けるんでしょう?」
「まあ、そういうわけだ。食事も娯楽も、俺たちで用意するしかない。せいぜい、楽しい船旅にしようじゃないか」

GMコメント

 フェデリアからアクエアリアまでの数時間、船で旅に出ましょう。
 シナリオは二つのパートに分かれています。

●戦闘パート
 『ラーテンホエール』と『バッカニアレイス』との戦闘です。
 共通してアンデッド系であり、どちらも魔法による攻撃を行ってきます。特にラーテンホエールはその巨体で船に体当たりをしかけ転覆させようとしてくるので、そうなるまえに倒さなければなりません。

●船旅パート
 船で旅をします。このとき一人でなんでもこなそうとするとプレイングが散るので、『自分はこれが得意です!』といった感じに得意分野を書いてみましょう。
 特にそういうものがなくても、「キャンプ飯がやってみたかった」とか言って急にカレーやワッフルを作り始めてもOKです。
 いっそのこと『よぞらきれい……』ていいながらゆったり過ごすプレイングを書いてもOKです。(なぜなら戦闘パートで役目の殆どはこなせているからです)

 船旅にはノワール・ニュイとフリーパレットが同行します。というか、フリーパレットを送り届けるのがこの依頼の主目的であります。

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●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 このアイテムは使用することで『海洋・鉄帝・ラサ・豊穣』のうちいずれかに投票でき、その後も手元にアイテムが残ります。
 投票結果が集計された後は当シリーズ内で使える携行品アイテムとの引換券となります。
 ※期限内に投票されなかった場合でも同じくアイテム引換券となります

●フリーパレット
 カラフルな見た目をした、海に漂う思念の集合体です。
 シレンツィオを中心にいくつも出現しており、総称してフリーパレットと呼ばれています。
 調査したところ霊魂の一種であるらしく、竜宮幣に対して磁石の砂鉄の如く思念がくっついて実体化しているようです。
 幽霊だとされいますが故人が持っているような記憶や人格は有していません。
 口調や一人称も個体によってバラバラで、それぞれの個体は『願い事』をもっています。
 この願い事を叶えてやることで思念が成仏し、竜宮幣をドロップします。

  • <深海メーディウム>フリーパレットと夜船の旅路完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年08月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
クラサフカ・ミハイロヴナ・コロリョワ(p3p000292)
あやしい香り
八田 悠(p3p000687)
あなたの世界
アオ(p3p007136)
忘却の彼方
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
温もりと約束
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標
リエル(p3p010702)

リプレイ


「あの海戦で残った、願いの幽霊か」
 『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)は煙草を加えると、短く吸って……そしてため息のように煙を吐き出した。
「分かった。お前を必ず連れて行こう。お前にとって、まだ閉ざされた青。その先の世界を見にいこうか」
「悪いわね、ジョージ」
「せめて社長と呼べ」
 港には既に、ジョージの船が停泊している。キングスマンポートのロゴがはいった船だ。
 ノワール・ニュイはその船を眺めつつ、ふと隣のフリーパレットを見やる。
 船が珍しいのか。それとも船旅が楽しみなのか。
 わくわくとした様子が、このかき氷シロップをまぜたような身体や落書きめいた顔から、なぜかわかるのだ。

 荷物を船に運び込む『忘却の彼方』アオ(p3p007136)。足元をとことこと猫が追い抜いていく。
「フリーパレットだって。何だろうね。
 よく分からないけれど綺麗だね。
 『望み』を持つなら僕らの得意分野だよ。
 まずは、この船旅の成功を……」
 そんな風に語るアオに、『千紫万考』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)は樽を船室へおろしながら頷いた。
「不思議な見た目の幽霊ですね。
 音楽はあまり知らないのですが、あの子守歌も心地よい歌だと思います。
 彼らの魂の安寧のためにもアクエリアへ連れて行ってさしあげましょう」
 『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は一通り荷物が積み終わったことを確認して、残るメンバーが船へ乗り込むのを待っていた。
 てくてくと歩くフリーパレットは、幽霊という言葉から連想されない見た目をしている。
 アオやジョシュアが不思議がるのも納得だ。
 とはいえ、相手が幽霊であっても成立さえするなら依頼を受けるのがローレットである。
「この世界にはまこと多種多様な民がいるものだな……」
 やがて、船が出る。
 かつて多くの者が夢見て、そして潰えていった海へと。

 甲板のあちこちを歩いてしげしげと観察するフリーパレット。
 それを、『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099は船の手すりによりかかり眺めていた。
「つまりこいつらは、叶わなかった願いの塊ってことか。
 あの時、何もかもすっかり“諦めて”廃滅病でくたばっていたら、俺も今頃こうなっていたのかもしれねぇな」
 自らが海の底へと沈んでいく空想。
 過去そのものに囚われ、今と未来を手放す空想。
 いずれも、ありえたかもしれない過去だ。
 もしそうなっていたら、自分はどんなフリーパレットになっただろうか。
 あるいは今ほどひねくれずに済んだのかもしれないが……などと考えて、十夜は苦笑した。
 ひねくれるのも人生だ。それもまた、今は味だと思える。
「記憶や人格は無いのだから、きっと連れて行って貰えなかった最期の心残りなんだろうね。
 安らかに向こうへ行けるように、手を尽くそう。これは葬式……いや、そういう儀式なんだろう」
 『あなたの世界』八田 悠(p3p000687)がそんなことを言った。
 絶望の青に至るまで、リヴァイアサン戦に至るまで、多くの戦いがあって……そして潰えた命があった。
「死者の魂がどこに行くのかは知らないけども、思念は残り、魔力体があるなら形を取るのね……。いいわ、未練を晴らす死出の船旅といきましょう」
 リエル(p3p010702)が船のゆくさきを振り返る。
 波が船の側面をたたく音に、もう慣れてしまった。
 甲板で感じる揺れも、ずっと吹いている海風も。
「この地にて没した同胞達、忘れた事はありませんわ」
 『あやしい香り』クラサフカ・ミハイロヴナ・コロリョワ(p3p000292)はそうとだけ言って、目と口を閉じた。
 かけたい言葉は山とありますけれど……ここで言うのは野暮というもの。
 信仰と行動のどちらが尊いかは、それこそ宗教観によるところなのだろうけれど、すくなくとも今このとき、クラサフカはこう考えた。
「行動を以て、慰霊と致しましょう」
 そしておそらく、フリーパレットという存在にはそれが最も正しいのである。

 碇があがり、船が出る。「わっ」というフリーパレットの声が、どこか楽しげに聞こえた。

●ラーテンホエール
 かつての最大脅威が消えたといっても、ここが『絶望の青』であったことはかわらない。多くの強力なモンスターがこの海域には現れ、貿易には相応のリスクがついて回っていた。
 簡単な船旅であってもそれは同じだ。
「さて、と。お前さん達、早速出番だぜ」
 十夜は腕まくりをして刀にスッと手をかけた。
 この海を踏破する前だったなら、『おっさんはサボっていいかい?』なんて言ったかもしれない。今の自分は『諦めなかった俺』であり、後ろで様子を見ているフリーパレットは『諦めきれなかった俺』なのだろうか。
 そんなことを思いながら、海中から湧き上がってくるバッカニアレイスの集団を観察する。
 ラーテンホエールが海上へと浮きあがり、その背にのっていたバッカニアレイスたちがふわふわと浮きあがってこちらの船にとりつこうとしているようだ。
 時折重なったり姿がブレたりするせいで個体数をはかりづらいのが厄介だが、これまでの情報が確かならそう苦労する相手でもあるまい。
「ラーテンホエールのほうはおっさんに投げときな。バッカニアレイスを頼むぜ」
 十夜は船へと這い上がってくるバッカニアレイスを飛び越えるように船の手すりを越えると、ラーテンホエールの背に刀を突き立てた。ぶしゅんと血が吹き上がり、同時に気の乱れが起きる。
 悠はそんなラーテンホエールに認識の乱れを侵食させると、自分に意識を集中させる。
 おぞましい声をあげて咆哮を上げるラーテンホエール。その音波が悠の身体をうつが、そう簡単に落とされる彼女でもない。
「僕は『かよわいおっさん』よりか弱いつもりなんだ。前衛は頼むよ?」
「我が社の名がペイントされた船に乗っているんだ。狼藉はさせない」
 ジョージはぎゅっとグローブをはめ直すと、アンカーリングを装着。
 船のデッキを駆け抜け、踊るような回転をかけて手すりを飛び越えるとラーテンホエールの音波攻撃の間に割り込んだ。
 腕でガード。いや、腕の周りに発生した魔術障壁によってガードすると、そのまま接近をかけて強烈な踵落としをラーテンホエールへと叩き込む。
「死に損なったか? 海へと還してやろう!」
 そうしている間にもバッカニアレイスたちは船側面を這い上がり、手すりを越えてデッキへと侵入していた。
 それを排除するのはクラサフカたちの仕事だ。
 蝶のような翼を広げ、クラサフカはバッカニアレイスたちの間を蛇行飛行で抜けていく。
 その際に放った指先が毒をもち、バッカニアレイスたちがどろどろと溶けていく。そして、器用に船のロープの上へと着地。バランス良くくるりと反転してみせる。
「このような動き、翅をスタビライザーとすれば造作もない事ですわ」
「さて、お仕事の時間だよ」
 一方アオは頭上の式神にケーンと応援されながら魔術を起動。
 敵の出現をうけてシュッとどこかへ隠れた猫たちを庇うように立ち塞がり、バッカニアレイスたちに魔術を解き放つ。
「ダメだろ、ここまで来ちゃ……容赦しねぇよ」
 衝撃のような音が抜けたかと思うと、アオから猫型のエネルギー体が次々に飛び出しホーミング軌道を描いてバッカニアレイスたちへと食らいついては爆発していった。
「成仏しなさい。貴方たちの犠牲は無駄ではなかったのだから」
 リエルはそんなバッカニアレイスたちの間を駆け抜け、封魔剣『真紅』を抜く。
 両手でしっかりと柄を握ると、刀身に赤い魔力の微光を宿した。
 ザッとブレーキをかける。バッカニアレイスを三人まとめて射抜けるラインへと回り込んだがためだ。
「かつて絶海と呼ばれたこの海に今や主はなく、真の自由を得た。まぁ、海賊行為は取り締まられるでしょうけど」
 リエルは小さく笑うと剣を振り抜く。赤い衝撃が、バッカニアレイスたちをまとめて切り裂いて行った。
「この位置なら……!」
 ジョシュアは船の見張り台へとよじ登ると、取り出した銃で狙いをつけた。
 船を転覆させるつもりなのか、突進をはかろうとしているラーテンホエール。その背と頭部に向けて銃弾を撃ちまくる。
「あの巨体が接触するのは避けたいな。酒瓶が割れる」
 エーレンはそんなふうに嘯き、見張り台からぴょんと飛んだ。
 飛行してきたワイバーンへと飛び移るためだ。
 器用にワイバーンへ騎乗状態となると、エーレンは刀を抜いてラーテンホエールへと突進。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。恨みはないが、押し通らせてもらうぞ!」
 鋭い角度で接近した彼の剣は見事にラーテンホエールを切り裂き、そして……。
 悲鳴のような声をあげ、ラーテンホエールは海の底へと沈んでいったのだった。


 危険な海域を抜けてからは、それはもうすっかり平和な旅であった。
「ノワール・ニュイはゆっくりしているといい。休暇も必要だろう?」
 ジョージはペンギンのマスコットが描かれたエプロンをつけ、シャツの腕をまくりキッチンルームへと入っていく。
 デッキで水煙草を吸っていたノワールはそんなジョージを横目に、『それはどうも』と微笑む。
「そういえば、私が幽霊船にとらわれていた間って有給扱いなのかしら?」
「心配するな。とだけは言っておこう」
 ジョージは表情を変えずにキッチンへ入っていくのを見て、ノワールとフリーパレットが顔を見合わせる。
 その横をクラサフカがちょっぴり忙しそうに通り過ぎた。
「あなたは何を?」
「食料庫を点検しようかと。航海中に傷んでしまった食材を皆様が口に入れてしまわないように」
 クラサフカの腕は確かなものだ。任せておいて全く問題無いだろう。
 感心したように頷くノワールが……ふとデッキによりかかって酒を飲む十夜を見た。
「貴方は?」
「ご覧の通り、海を見ながら休憩中さ」
「夜も同じ事言ってたじゃない」
 実は仕入れの際にだいぶ働いてくれていたのは、十夜が自ら言わないがゆえ知らぬことである。

 実際、夜はどうなのかと言えば。
「さあ、覇竜仕込みの飛行術だ。存分に楽しんでくれ!」
 エーレンがクラサフカの曲芸飛行と一緒にワイバーンの曲乗りを披露し、それをフリーパレットがぱちぱちと拍手しながら見つめていた。
「わあ、すごいね。どうやって飛んでいるの?」
「知識や記憶が含まれていないっていうのは、本当なんですね」
 ジョシュアはアオが出してくれた猫を撫でて家事疲れをいやされながら、フリーパレットとお喋りをしていた。
「そういえば、霊魂疎通はいらないんですか?」
「そうみたいだね」
 アオが自分も猫をなでながら肯定をかえした。日本語を流ちょうに喋れるアメリカ人相手に英会話スキルが必要ないようなものである。
「そもそも、キミはなぜあの場所に行きたいの?」
「うーん……わかんない」
 小首をかしげるフリーパレット。
「まあ、行ってみればわかるさ」
 悠は楽器を取り出し、演奏を始める。
「リクエストはあるかな?
 ちなみに僕は睡眠や食事は無くても大丈夫だから、文字通り一日中何かしらの音楽を提供できるよ」
「いいわね。それなら私も……」
 リエルも楽器を取り出すと、美しい演奏を始めた。
「知ってるのは天義の讃美歌ばかりだけど、楽譜があるなら海洋の曲も弾くわよ?」
 二人は調子を合わせながら、夜の星にゆったりとした音楽を奏で始める。
(レクイエム、というには時間が経ち過ぎかしら?)
 リエルはそんな風に思ったが、鎮魂に時間は関係ないだろうと思い直した。
 もし鎮魂に意味があるのだとしたら、生きている自分達のためにこそあるのだろうから。
 だからこれは、レクイエムじゃない。
 フリーパレットと今の心を共有し合うための、音楽だ。


 やがて船はエクエリア島へとたどり着いた。
 基地として既に整備されきったこの島に、かつての危険はもうない。
「ここでいいのかしら?」
「わあ……」
 フリーパレットは島におりたち、そして振るえたような声を出した。
「そっか。ぼくたちは、ここへ来たかったんだ。ここへ……たどり着きたかった」
 いくつもの声が重なって聞こえる。
 その中にひとつ、ノワールは聞き覚えのある男性の声をみつけた。
 ハッとした彼女の横で、悠とリエルが楽器を取り出す。
「最後にもう一度、彼らの好きだった子守唄を」
「……そうね」
 演奏にあわせ、ノワールが歌い始めた。
 フリーパレットはその表情を静かなものに変え、空をあおぐ。
 カラフルな身体が、すこしずつ透き通っていくのがわかった。
「ありがとうね。ぼくたちを――連れてきてくれて」
 振り返ったフリーパレットは、最後に笑顔だけを見せて……消えた。

「満足したようで何よりだ。あっちで他のやつらに自慢しておいてくれや、最高の船旅だったってよ」
 ポケットに手を入れ、シニカルに笑う十夜。
 クラサフカは祈りの姿勢をとっていた。
「……改めて、新天地を目指した勇敢なる戦没者へ黙祷を。
 貴殿らの意思は、私が引き継ぎます」
 ジョージは、軍隊式の敬礼を示している。
 ジョシュアはそんな彼らにならうかたちで祈りを捧げ、そして地面に落ちた竜宮幣をひろいあげた。
「ジョージさん。ところでなぜ、敬礼を?」
「さあな」
 それ以上何も言わないジョージに、アオが不思議そうに首をかしげる。
 だが、何かがわかったようだ。
 ノワールのほうを振り返る。
 当のノワールはフリーパレットが消えた場所をじっと見つめ、動かない。
「もし、フリーパレットが『遺された意志』なのだとして……叶わなかった願い事なのだとして。それを叶えることには、どんな意味があるのかな」
 小さく呟くアオに、ジョージは今度は頷きを返した。ノワールの横をすれ違うように、船へと歩いて行く。
「ノワール・ニュイ。俺達はシレンツィオにも食い込むが、それ以上に、この先へ行くぞ。
 ラサから、この先に航路を拓く計画もある。アクエリア。静寂の青の先。世界が如何に広いか。
 次は、それを歌うのも良いと思わないか?」
 目元をぬぐい、涼しい顔で振り返るノワール。
「そうね……それも、悪くないわ」

 消えていった誰かがいる。
 今を生きてる誰かがいる。
 そして願い事がひとつ、この海で叶った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――mission complete

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