シナリオ詳細
<Paradise Lost>Liar Game
オープニング
●お互い様
「――甘く見ないで頂きたいものですね」
夜の森に蠢く複数の気配。
何れも剣呑な意志を感じさせる『プロ』の存在感を前にしても怯まず、新田 寛治(p3p005073)の調子は何時もの食えない男のままだった。
「これが『想定外』なら、多少は焦った顔をお見せする事も出来たのでしょうがね。
残念ながらこのやり方では不十分だ。状況のプロデュースというものはもっと慎重に、確実に進めるべきだと思います」
眼鏡の中心を人差し指で押し上げた彼の視線の先には軍服を着た一人の女が居た。こんな謀略の暗中で出会うので無ければ逢瀬の一つもお願いしたくなる美女ではあるが「はて」と首を傾げた彼女は確かにローレットが警戒をする渦中の人物の一人である。
「……『痕跡』は確実に消していた筈なのですが。まるで『分かっていた』ように仰いますね?」
女の名はヨル・ケイオス――『少なくともそう名乗っている』。
ローレットの報告書によれば『現在の第十三騎士団に属する実戦隊長の一人であり、ヨアヒム・フォン・アーベントロートの側近』とされている。
実際の所、不明点は多いのだが、何度もこんな邂逅を果たす以上は大きく間違っている事も無いのだろう。
「確かにプロの手際を我(わたし)達が見破るのは難しいのだわ」
そう言った善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)の表情は期待と不安、緊張が綯い交ぜになっていた。
「『本気で隠蔽を図った第十三騎士団の臭いは普通のやり方で追える程甘いものではないでしょう?』
……だから、汝(あなた)達は我(わたし)達の落ち着きに驚いている。
分かったような顔をする新田さんが理解出来ないでしょう」
静かに言ったレジーナにヨルは笑った。
「最後に吐いて貰う内容が増えました」
「隠す事でもありませんけどね」
夢見 ルル家(p3p000016)がそう言うとヨルは不思議な位まじまじとルル家の顔を見つめていた。
「じゃあ、聞かせて貰っても?」
ルル家が疑問を感じたのと彼女がそう水を向けたのはほぼ同じタイミングだった。
上手く『間合いを抜かれた』ような感覚はルル家に幾分かの違和感を与えたが、咳払いをした彼女は『理由』を語り始める。
「余りにも、出来過ぎた話だったんですよ」
「出来過ぎた?」
「渦中の北部勢力圏での依頼。腕利きを要請する、まではいいとして。お誂え向きの『指名つき』。
確かに――自分で言うのも何ですが、拙者もそれ相応にローレットでは働いてきた心算です。
しかし、ご存知ですか? ローレットには一万を超えるイレギュラーズが在籍しているのです。
『一定以上の腕利き』に限っても数百人を軽く数える――その中から『お嬢様に特別縁深い人間が偶然、三人も選ばれる理由は?』」
「ははあ」
ルル家の言葉にヨルは感心したような声を上げた。
今回の話の発端はローレットに一つの依頼が舞い込んだ事である。
幻想北部の森林地帯に生じた悪意の怪物を打破せよという――実にありがちな依頼である。
「それでも、依頼の裏は取れた筈なのですが」
「取れましたとも。確かにこの辺りでは『正体不明の何者かに襲われた犠牲者が多数生じている』。
そして、依頼人の身元も実にクリーンで確実だった。
ですが、この辺りはギルドマスターと私の意見は同じでしてね。
『覚悟が杞憂に終わるならばむしろ無害だ』と――どんな状況に出会うにしても、備えというものは重要でしょう?」
「成る程」
慇懃無礼な寛治に、ヨルは合点したと頷いた。
『自分達の仕事は完璧だったと理解して納得したのかも知れない』。
「確信ではなく、可能性の推察ならば頷ける話です。
同時に可能性を推察していて尚、状況に飛び込んだ皆さんの酔狂も窺い知れる。
……はてさて、企てが奏功するか正直疑いたい気持ちもあったのですが。
この様子ならば、さぞや『効果的』に違いありませんねえ」
結論から言えば、寛治、レジーナ、ルル家、そしてイレギュラーズは『飛び込んできた依頼がアーベントロートの罠』である可能性を理解していた。
ヨルや自身等の言う通りそこに確信は無かったが、疑い得る余地は確実にあった。ローレットの情報網でも綻びを見せない気配の偽装は見事だったが、余りにも見事過ぎる工作は何処か作り物めいてもいて、同時に比較的長期に渡り肝心のリーゼロッテの身柄が確保出来ていないというアーベントロート側の事情を鑑みれば、彼女の『弱味』に成り得る人物に『ちょっかい』が来るのは決して考えられない話では無かったからだった。
第十三騎士団の狙いは『弱味』を押さえてリーゼロッテを燻り出そうというものだろう。
『だがそれは珍しく舞台に上がる心算になった寛治にとっては承服しかねる侮辱である』。
「囚われのお姫様を助けるのは此方の仕事です。生憎と助けられる趣味はないのでね」
「……それは我(わたし)も同じなのだわ。いいえ! 我(わたし)がお助けするのだわ!」
寛治の言葉に少しムッとしたようなレジーナが語気を強めてそう言った。
言われた側の寛治はこれまた可愛らしいものを見た、と微笑みさえ浮かべているがレジーナの側は強い対抗意識を見せている。
「……誰が、は兎も角です。リズちゃんを助けるのは拙者にとっても当然の事ですよ!
そちらが焦れているのと同じ位、こちらも気が気では無かったのです。
そうしたら。『こんな千載一遇の機会、飛び込まない筈がないでしょう?』」
ルル家の言葉はリーゼロッテに親しい人間にとっては文字通りの代弁だ。
危険であるかどうかは関係ない。罠であるかどうかもどうでもいい話である。
政治的中立を保つローレットは派手にアーベントロートに仕掛ける訳にはいかないのだ。
『だが、相手から仕掛けてきたのであればこれは実に完璧に正当防衛として機能する』。
ヨル等とのこの対決を制すれば少なくともリーゼロッテの当面の安全には役に立つ。
あわよくば更なる情報を得られる可能性もあるのだ。躊躇する理由等、無かった。
「ですから――心から感謝しているのですよ。『貴方達が出て来てくれて良かった』」
寛治の言葉には凄味があった。不確かな確率が一つの意味を為した事はまさに僥倖でしかない。
後はこの難局を凌ぐだけ。そんな状況は今までにでも何度でもあったのだから問題はない!
「――お嬢様は本当に愛されているんですねえ」
「まぁ、私も大好きなんですけど」とはにかんで笑ったヨルは続けた。
「皆さんのお気持ちと予定は分かりましたけど、一つばかり訂正を。
我が主は『これ』をしっかりと想定していましたよ。私はそれを信じていませんでしたけどね。
皆さんが仰った考察と、覚悟こそを『期待』してこの状況を作ったのです。
何でも『何も分からず踏み込むような愚者がキャストでは退屈だ』そうで。
……実に皮肉な話です。侯も私も皆さんも食えない嘘吐き、敵同士なのに不思議な位に『信頼』している。
侯は皆さんを、そして皆さんは侯の悪辣とお嬢様の無事と未来を。
……………実に皮肉な話です。そして悍ましく美しい喜劇です」
赤い目を爛々と輝かせたヨルの口元には気付けば獰猛な笑みが浮いていた。
「これ程、愉快な気持ちにさせてくれたのです。皆さんの手応えが温くては興ざめもいい所。
気合いが入る情報を一つ差し上げましょう。『皆さんが北部(ここ)に釣り出された――情報はお嬢様にも伝わっている筈ですよ』!」
- <Paradise Lost>Liar GameLv:71以上、名声:幻想100以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別EX
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2022年08月29日 23時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費250RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●剣呑
「こちらの出方がどうだったとしても、例え誰も来なかったとしても情報だけでお嬢様を釣る事は出来る――」
呆れ半分、感心半分の嘆息が『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)の薄い唇から静かに零れ落ちた。
「結局はどう転んでもいいように備えていたという事なんでしょうね。
……つくづく、嫌になる位に。一筋縄ではいかない相手だわ」
豪商の娘としては海千山千、生き馬の目を抜くやり取りは縁遠いものではない。最も身近な存在であった――そして本人からすれば些か複雑な感情を禁じ得ない――父の仕草の一つをとってしても『似たようなもの』である。その悪辣さは別としてもイリスにとってその厄介さは見知ったものに過ぎまい。
「いえいえ」
しかし、ゆっくりと頭を振った『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)の調子は彼女らしく実に軽快なものだった。
「一筋縄ではいかない、とこの状況を望まないとは必ずしもイコールにはなりませんからね。
要するに、この戦場を征した陣営がリズちゃんを得る。実にわかりやすい話ではありませんか!」
――どうせ敵ならブン殴って解決出来る方が余程気楽だ――
極端な要約をするならばそんな感じであろうか。
ルル家にそれを言わせる程度にはここ暫くの状況は『焦れる』ものに違いなかった。
ルル家のみならずこの数年の間で、何とも困ったあの令嬢と友誼を結んだ者は多く。そんな彼女が孤立無援で行方知れずの指名手配となっている状況は少なくないイレギュラーズの気がかりになっていた。勿論、気がかり程度で済まない人間も幾らかは居てその内の一人がこのルル家であった事は言うまでもない。
「主の命令と個人の好悪は別という事ね。
そんな堅苦しい所にいないでローレットという良い雇用先があると思うのだけれども?
……そもそも、汝(あなた)、旅人でしょう?」
そしてそれはともすれば逸りそうになる己を努めて律し、敢えて冗句めいて言った『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)も同じだった。
「そうしたくならない理由は此方にもありまして。
……と、言うか。私の予想だと貴女はもっと燃え上がっているかと思ったんですけどねぇ」
『何故かじっとルル家の方を見て』含み笑ったヨルはレジーナの言葉に軽く肩を竦めた。
「『愛しのお嬢様の敵でしょう? あの侯は』」
「『ええ。でも侯はお嬢様のお父君でしょう? いい機会だから挨拶位には伺わないと』。
第十三騎士団は我(わたし)が引き継いでおくわね」
「――あは!」
ヨルが笑う。それはさながらロマンティックな宣戦布告。「お嬢さんを私に頂けますか」といった所か――
言葉遊びはさて置いて、高度に政治的な事情を帯びるアーベントロート政争に通常ローレットが関わりを持つ事は実際問題難しい。しかしながらその唯一の例外とも言える状況が『相手から仕掛けられた場合』である。アーベントロートが武闘派であるのと同じように幾多の鉄火場を跳ね除けたローレットも相当のものだ。元よりあのやくざな男(レオン・ドナーツ・バルトロメイ)が差配するギルドなのだから降りかかる火の粉に黙っている程、大人しい気質はしていない。
「令嬢さんを助けたいと言う人がいる、では微力ながら全力で手を貸すのみですとも」
『覇竜剣』橋場・ステラ(p3p008617)が口にしたのは確かな善性の発露である。
露悪主義のエゴイスト共には分かるまいが、ローレットの強味は多くの場合そこにあった筈だ。
同時に弱味である事も時に否む事は出来まいが、少なくとも今夜のステラの動機を決定づける強い力にはなっている。
「令嬢と合流できるなら、こちらとしても好都合、という事だ。
互いに、邪魔者を叩き家出娘を捕まえる、という目的は同じなわけだが……さて、二兎を得るのは、どちらになる、か」
「……実際怪しいにもほどがありますよね。
新田さん、レジーナさん、ルル家さん指名なんて。
まあ、だからこそ私も食い付いた訳なんですけれど。それなのに――『居ない』んですね。少し残念です。
あの人の恨み、というわけではないですが……一太刀浴びせてやりたかったですし、言いたいことも腐るほどあったのですけど」
見た目不相応とも言える冷静さで『宝玉眼の決意』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が周囲の剣呑な気配に目を細め、『オトモダチ』すずな(p3p005307)がぼやいた。
『複雑』さの正体は知れている。『前回』の出来事で少なからず衝撃を覚えた筈の想い人(さよ)の溜飲を晴らすのは謂わば『浮気』を肯定しているようで何とも言えず、同時に敵に塩を送るような心持ちになるのも確かだったが――それはそれとして件の侯に『借り』があるのは確かであった。
元よりどれ程の言葉を弄した所で、到底交わる事のない関係である。
彼我のやり取りは常にオールオアナッシングのゼロサムゲイムだ。
なればこそ、非常にシンプル極まりない――先のルル家の言葉はこの夜の正鵠を実に見事に射抜いていた。
「一日千秋で待ち望んだ日です。今夜は踊らせていただきますよ。
但し、あくまでこちらのリードで、ね――」
感情の読み難い『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の鉄面皮が今夜ばかりは『そうでもない』。
「……ううむ。此方の資料と随分違う盛り上がりですこと」
やはりイレギュラーズの事は良く理解しているのか、ヨルが微かな苦笑を見せた。
『想定と違う』のはやりやすくもやり難くもあるといった風か。トッププロで自負のある彼女からすれば後者が勝るのかも知れない。
「――ご安心を」
皮肉気の唇を歪め、そんなヨルに言葉を添えたのはこの場の八人目、最後に残ったマルク・シリング(p3p001309)だった。
「重要な局面――『特別な人物』の安否が懸かっているなら、少々掛かるのは当たり前の事。
心配しなくても手綱は握ります。後ろから状況を見極めて極力冷静に、ね。きっとそれが、僕がここにいる理由だから」
ヨルは「成る程」と頷いた。
「一通り聞いて分かりましたよ。やはり今夜はきっと中々面倒くさい日です!」
冷静と情熱の狭間に運命の影が揺れる。
何かが起きる夜というのは決まってそんな風情なのだろうから――
●暗殺の檻 I
「『もう消された』」
動き出した状況を早々と剣呑な色に染めたのはマルクの短い警告だった。
『罠かも知れないと理解しながら飛び込んで、何の備えも覚悟もしていないのは唯の愚者である』。
当然ながら戦い慣れたイレギュラーズはそんな無様も間抜けもしない。
夜目の利くマルクの口にしたのは彼が密偵として、或いは鳴子のような警戒装置として後方に放った鼠(ファミリア)の存在である。
つまる所、彼は戦いが始まるか始まらぬかの内に少なくとも後背の敵の存在を看破していた。
「やれやれだ。
……しかし、まぁ正攻法というか代わり映えはしませんね。
包囲で後ろを取るのは常道だ。むしろ外す筈のない確認であれば、怯むような話にはなりますまい」
眼鏡を軽く持ち上げた寛治は状況を鼻で笑い、まずは自らの為すべきを考えていた。
(――状況柄、不利は否めない。多少の……多少かは知れませんがね。粘り腰は必要になるでしょうよ)
少なくともこれが罠である事が確かなら、彼我の戦力比でイレギュラーズが優位である可能性はゼロに等しい。
分析力にこそ自信を持つ寛治に言わせるならば、『お嬢様(リーゼロッテ)を加えてもそれが優位になる事はあるまい』だ。
状況のリスクを考えるならば、理想は『お嬢様が駆けつけるより早く事態を鎮火する』だが、その難易度は知れている。
(……まぁ、何れにせよこの轍を踏んだなら、生きる死ぬの話の前に。せめてリズと並びたい気持ちが無いと言えば嘘になりますがね)
故にマルクとこの寛治はまずは継戦能力を思索した。
「成る程、成る程!」
口癖のようなヨルの煽り調子を気にしている暇は無い。
パーティの寛治の反応力に牽引され、第十三騎士団よりも早く各々の動きを展開し始めていた。
「――余り余裕を見せない事ですね!」
役割は『数減らし』を負う予定ではあったが、ヨルが私兵(てふだ)を開かないならば是非もない。
目を見開き、地を蹴ったすずなが無窮なる旋風の如くヨルへ肉薄する。
余程の自信があるから伏せ札を隠したままなのだろうが、その自信は取りも直さず多数の敵(イレギュラーズ)にまず自身ばかりを晒すというリスクに他ならない。
元よりヨル・ケイオスが乗り越えねばならない敵なら、初手合わせ。武技の限りをもってぶつかり合うのも悪くはない!
「余裕、という訳でもないのですがね――」
旋風より虚ろと影を穿ち抜く。
連なるすずなの切っ先は並の敵ならば容易く屠り得る危険性を帯びた美麗そのものだ。
とはいえ、敵もさるもの。この技さえそう大きな苦労無く捌き切る第十三騎士団の女は未だその底を見せてはいない。
「小細工はそう簡単に見逃しませんよ!」
続け様に仕掛けたルル家に言わせれば「だからとっとと姿を現せ」である。
罠への対処能力と周囲へのジャミングを担当する彼女は敵の動きを良く想定している。
とは言え、すずなと同じく。出てこないのなら『何処か胸のざわつく眼前の女に一発入れてやる事は吝かではない』。
「――そこですッ!」
邪神の泥――その身より出る混沌を跳んで退けたヨル目掛けて質量さえ有する無数の残影が襲いかかる。
「――――随分と、これはまあ」
「……?」
ルル家は『奇しくもヨルと同じ鋼糸』の先に微かな手応えを覚えるもヨルの珍しい反応に僅かに首を傾げていた。
だが、そんな状況を問い質す暇等ありはしない。
「遮蔽物が多い? 場所が分からない? 関係ありませんね」
連鎖的に続くパーティの猛攻は次なる演者、ステラを舞台へ登壇させていた。
「出てきたら叩けばいい。出てこないならまとめて撃ち抜けばいい。どちらにせよ、ここでやるべきは簡単(シンプル)ですから!」
夜闇に姿を隠したステラの姿が消え失せる。
まるで黒雲に隠れた星のような彼女は冷徹な氷天・凍星の煌めきと、苛烈なる炎天・星火燎原の輝きをもって『確実』にヨルの間合いを捉えていた。
僅かに舌を打ったヨルの様子を見るに『確実に刻み得る』ステラの技量は恐らくお気に召さなかった事だろう。
「――その舌打ち、随分と気の早い話ではないかしら?」
幾分か感情を見せたヨルにレジーナが言葉を被せた。
「『先程、ステラさんがまとめて撃ち抜けばいい、と言ったでしょう? 本番はこれからだわ』」
本来は射出準備に大いなる隙を有する『大技』の時間を潰す。
レジーナ・カームバンクルなる大火砲が撃ち放つのは黒の森の闇を引き裂く鮮烈な闘志の光であった。
パーティ側の連続攻撃で幾分か動きを落としたヨルは咄嗟に防御の構えを取り、掠めた光をやり過ごす。
彼女の位置を貫くようにして後背までを薙ぎ払った一撃はそこに潜む幾人かの敵の姿を闇の中に浮かび上がらせていた。
「手札は一つ開けさせて貰ったわよ」
『アストラーク・ゲッシュ(まるでカードゲーム)のように』。
口角を三日月のように持ち上げたレジーナにヨルは「一枚だけわね」とやり返していた。
「いや? 開けただけではないな」
「――――」
横合いから口を挟んだのはこの時を待っていたエクスマリアだった。
幼いその姿には俄に信じ難い程の魔性が住んでいる。
高等魔術師(ハイ・ウィザード)も舌を巻く金色の闇、エクスマリアの高速詠唱はまさに出色の性能を秘めていた。
「『ムカつくし正当防衛なら力一杯ぶん殴れ』。いい言葉だし、ぱぱらしい。
そして何より、マリア自身、極めて同感だ」
ある意味で『ぱぱ』こと、レオンの意気に忠実なのかも知れないエクスマリアは感情の余り篭らない調子ながらもやる気は十分らしく。急速に高まったその魔力が天にオーダーを命じれば、夜と理を引き裂いて無慈悲な星の雨が瞬いた。
ヨルを含め、姿を見せた敵陣を中心に降り注ぐ暴威の渦は苛烈な先制攻撃の成功を印象付けている。
「やりますねぇ」
薄い唇をピンク色の舌でぺろりと舐めたヨルが笑う。
相変わらず底を見せず、堪えた姿を見せない女は連鎖する猛攻にすら怯んだ様子は無かった。
他方、レジーナやエクスマリアの猛撃で少なからず傷んだ筈の暗殺者達もそれは同じである。
『如何な破壊的な術だとてその程度で即座に倒せるような連中はここにはいない』。
罠を張った側は誰が来るのかを知っていた。
それは最精鋭と呼ぶべきイレギュラーズであるのは言うに及ばず、もう一人――
「ですが、これからですよ。大捕物ですからね。あのお転婆なお嬢様の!」
――至高の薔薇の棘、その鋭さを鑑みるならば。それは余りに当然の話と評する他は無いだろう。
「次は此方から行きますよ! 私もね。『愉快な偶然』には胸が踊るような――そんな気分ですので!」
理由の知れないヨルの上機嫌はむしろパーティに不気味な予感を抱かせた。
彼女が高く口笛を吹くと森に蠢く配下達が動き出す。
(少なくとも後ろに戦力。それから前にも――ここは完全に囲まれていると考える方が自然か……!)
マルクの表情が一気に引き締まった。
消されたファミリアの位置、燻り出された戦力。
辛うじて可視化された敵はそこまでだが、その程度と考える程にこの男は甘くない。
「こっちとしては常に『相手の想定外の奮戦』でどうにかするしかない、でしょ?」
警戒を強めたマルクの思考にそんな言葉が滑り込んだ。
「『任せて』」
短くそう言ったイリスは鋭く宙空を睨みつけていた。
濃密な闇を切り裂くのは極々僅かな風切り音。
飛来する殺意は黒塗の刃。乾いた金属音を立てて弾き飛ばされたそれは確かにこの瞬間、マルクの姿を狙っていた。
「正直、探査してもし切れない。探される心算で構えている相手を看破するのは五分以上の力が要るから。
……わかってるわ、結局これも『いつもの』ことだっていう事は。
私達は多くの場合、不可能に見える困難に挑む――或いは挑まされる。
でも、結果は常に不可能では無かった筈。
だからね、確信してもいるのよ。私のすべき事も変わらず『いつもと同じ』だって事は!」
イリスの言葉にマルクは「ええ」と微笑んだ。
ヨルが殊更に目立つ振る舞いを見せるのは性格もあろうが、自身をブラフにする為もあろう。
「やれやれだ。もう少しのんびりして頂いても良かったのですがね」
「そちらが頑張り過ぎるからですよ」
「おや。光栄だ。幻想最大のプロ集団に随分高い評価を頂いたようで」
愛用の45口径を構えた寛治が『何時もの通りに』嘯いた。
「おや。『八つ当たり』がご所望ですか。奇遇ですね、丁度もっと暴れたいと思っていた所です!」
「ずっとずっと心配して、ようやっと手が届くかもというところに来たのです!
邪魔をする方は誰であっても許しませんよ!」
正面では彼女の号令を受けた手勢がすずなやルル家に仕掛けてきた。
「厄介ですね。ですがこんな所まで来た以上――この程度は元より覚悟の上です!」
「うむ。明けない夜は無いように、ヨルの鼻も、明かしてやろう。その方がずっと面白い」
「この為に、愛する方の為に――力を振るえる『機会』をどれだけ欲してた事か!」
同時に中後衛の位置に陣取るステラ、エクスマリア、レジーナといった面々も仕掛け、潜む連中――全容も知れない敵の対処を余儀なくされる。
(……まぁ、そうするでしょうよ。第十三騎士団なら、ね)
『先程見せた涼やかな口調は実は今夜、最高に新田寛治を裏切っている』。
寛治は人生で殆ど感じた事が無い位に昂ぶっている。同時に人生で最高に『醒めていた』。
ヨルは全ての手札を開けず、パーティの隙を縫おうとするように『削り取る』事を望んでいるようだった。
その上で敵がプロならば尚更、パーティ側の継戦の備えの中心と成り得るマルクを狙うと読んだが、ここまで『当てる』のは想定の内である。
精々がローレットの中でも最堅牢を誇るイリス・アトラクトスなる大盾(イージス)に骨を折れば良い。
だが、敵勢の全容が知れず、確実に大戦力を有している以上は遅延だけで状況が良くなる見込みは殆どあるまい。
つまる所、状況を大きく動かすのは寛治自身が望みながら望まない――リーゼロッテの顔を見る瞬間なのだろう。
「……ま、多少は粘って貰いませんとね。
私もしがない勤め人ですから。クライアントの要望は叶えませんとねぇ」
寛治と同等かそれ以上に醒め切った調子でヨルが零した。
暗殺の檻の乱戦は全てのキャストが思い描いたその通りに、酷く激しいものになる――
●暗殺の檻 II
もし『彼女』が顔を見せたなら。
(令嬢と親しい者は冷静さを失う部分もあるかも知れない。
それは痛みになるかも知れない。弱さにも繋がる事もあるかも知れない)
強い動機は時に危うさそのものになるだろう。
(……でも、それを補うために、マリアが居る。
仲間にも――いや、あの令嬢にも。友を失くす痛みなど、味合わせてなるもの、か!)
エクスマリアは奮戦する。
彼女にとって重要なのはアーベントロート政変の正義では無かろう。
第十三騎士団に大義は無かろうが、それ以上に。イレギュラーズが個人の信条に従えない道理はないから。
「……ッ!」
精密かつ連続性のある寛治の狙撃が枝上の影を撃ち抜いた。
代わりとばかりに寄越された殺意のプレゼントをイリスの盾が食い止めた。
「いつも頼りになる人が大分冷静じゃないからね」
「……ありがとうございます。でも私は冷静ですよ」
「はいはい。でも『皆が』冷静でいないと、守れるものも守れなくなっちゃうからね ――」
戦いは続く。
暗殺機関の罠なる渦中に飛び込んだのだ。
実に一方的で、実に嗜虐的な。まるで嬲り、すり潰そうとするかのような戦いは続いていく。
「こうなれば、我慢比べにでも付き合ってやりましょうか」
『良くも悪くも感情的になる理由がない』。
決してモチベーションがない訳ではないのだが、少なくとも『掛かる』理由とまでは持っていない。
マルクは冷静かつ辛抱強く――そして想定の通りにパーティの継戦能力の底支えにフル回転を見せていた。
「ええ、ええ――譲れる筈が、譲れる筈が無いでしょう!?」
この夜が真に運命の分水嶺だと言うのなら、レジーナにとって全ての瞬間が『全』だった。
命を削っても、運命を燃やし尽くしても。譲れない勝負があるのなら、女王のプライドに賭けて最早一歩も譲れない!
泥のようにのしかかる疲労とプレッシャーにも彼女の意志は凛然と冴え渡るのみ。
無明の夜会に遅参した『姫』の手を取って一本取ってやるのだ、今日こそは。
――遅いおつきで。待ちかねましたよ、お嬢様――
「令嬢さんの保護が最優先ですが――新田さん、レジーナさん、夢見さんも。
皆さんにはいよいよ、絶対に無事に帰って頂かなくては――ですからね」
肉薄してきた敵を食い止めんとするステラは守りに極めて適していない。
攻め手たる彼女は馬鹿げたまでの威力を叩きつける凶手となるが、受けに回った彼女は三流以下だ。
だが、深々と手傷を負っても彼女は退かない。
文字通り、肉を斬らせて骨を断つ――ステラに比べれば『まだ遠慮がち』な暗殺者の手管は彼女を一撃で仕留めるには到っていなかった。
繰り出される反撃はそんな『中途半端』に付き合わない。
「……っ……、拙を倒したいなら、もっと本気で来る事です――」
至近の敵を目の前に沈めたステラは強がり半分、本気半分でそう言った。
『自身が盾になってでもやり通す』。覚悟の揺らがない彼女は、成る程。暴風よりも危険であった。
「リズ様とはオトモダチですからね! それだけで、手を貸す理由は十分なんですよ。
尤も――第十三騎士団の方々にとっては『不運』だったと思いますけど」
「……本当に、ねぇ」
流麗にして鋭利な刃は流れる水も闇も切り裂く。
分水剣を閃かせ、目を細めたすずなにヨルが苦笑をしてみせた。
「あのお嬢様に気付けばこんな人望が。人は変われば変わるもの。
これではあの侯が渋面になるのも頷ける」
敵影をまた一人仕留めたすずなが鋭く視線をやった時、彼女を狙いかけたヨルは一歩を飛び退いていた。
寛治の狙撃がヨルの動きを縛っている。そしてそれはパーティが打ち合わせた通りの動きだった。
そして難敵たるヨルを相手取るのは寛治の銃声だけではない。
「……貴方は侯の目的をご存知なのです?」
「いいえ。あの方の考える事は分かりませんが――ただ、そんな『変化』はお嫌だったように見受けられましたから」
「おかしな話です。為政者として成長して、それが嫌だと? アーベントロートの代行なのに」
「変わった方ですからねぇ。高貴なお考えは下々にはとても。
まぁ、個人的な話をするならば、お嬢様にも貴方にも興味津々ですよ、大好きですよ、この私は!」
ヨルの鋼糸とルル家のそれが絡み、爆ぜる。
「ぞっとしますね! 拙者、一方的な告白等はちょっと!」
「片思いもいいものですよ。貴方もそれを知っているでしょう?」
まさか、遮那君の事か? とルル家は考えかけ、それを頭の隅に追い払った。
それなりに名の売れたイレギュラーズである自身はあるが、唯のローレットの構成員の事を暗殺機関がそこまで気に留めているとは考え難い。
今回のミッションに役立つ話ならばいざ知らず、ルル家の急所に成り得る遮那は遙か豊穣で政務に励んでいる筈だし、流石の第十三騎士団でのあの柵魔星(おにわばんしゅう)を出し抜いて彼をどうにか出来るとは思えない。
(……まさか)
『ヨル・ケイオスが夢見ルル家に拘る個人的な理由でもあるならば別だろうが、ルル家自身にそんな心当たりは一切ない』。
状況は一見すれば一進一退。
実を言えばただ只管にパーティに不都合に進んでいった。
戦い自体はそれなりにいい勝負ではあったが、第十三騎士団の目的はリーゼロッテの確保、或いは彼女に打撃を与える――即ち、取り分け親しいイレギュラーズを確保する――といった所だろう。状況を作って待ち構えたヨル・ケイオスの采配は当然のようにあくまで勝敗を見てはおらず、初めからその先だけを眺めていた。パーティ側が彼女の予定に風穴を開ける事が出来たとするならば、彼女自身を制圧する位のものだっただろうが……
それには同時に多大なリスクを伴う。『取り得ない手段ではないが、取るべき手段であるとは限るまい』。
どんな状況でリーゼロッテを迎えるか、の展開のあやも含めて、継戦を優先に考えたパーティの判断も間違っているとはとても呼べまい。
しかしながら、何れにせよ。パーティ側がどちらかと言えば『受け』の選択肢を取った以上、焦れる時間が徐々に展開を追い込むのは必然と言えた。
勝てない戦力で長居をすれば、待ち受けるのはじりじりとした後退だけなのだから。
「……なっ!?」
パーティの後背、包囲に食いつくように悲鳴が上がった。
瞬時に上がったくぐもった声と、木の幹を黒く叩く鮮血は鮮やかな爪の軌跡で描かれている。
やはり――状況の変化を決定的にしたのは『望み望まぬ賓客』の訪れに違いなかった。
「……皆さん、ご無事でして!?」
何時もの身綺麗さこそ多少は失われており、浮かぶ表情は凄絶な憤怒と苦心惨憺の色に染まっている。
しかし長い逃亡劇にも関わらず、その美貌は余り衰えたようには見えない。
リーゼロッテ・アーベントロートはやはり何処までも至高の薔薇のままだった。
「どちらの、台詞ですか」
感極まりかけたレジーナの言葉が気の所為か揺れていた。
「お嬢様、いえリズ。落ち着いて下さい。
我達は生きてます。これで『皆』が揃ったのです
必ず、皆で生きて帰りましょう。
大遅刻も甚だしい王子様かも知れませんが――貴女が挽回させてくれるなら、私はまだ幾らでも戦えます!」
「リズちゃん! 今日は何日か知ってますか!? そして8/8が何の日かわかりますか!?」
力が湧いたのはルル家も同じだったかも知れない。ヨルとの攻防を凌ぎ、彼女を弾き飛ばしたルル家が一瞬だけ振り返ってそう言った。
「……ごめんなさい」
「今年はリズちゃんに祝って貰えなくて寂しかったですからね! これはしっかりお詫びをして貰わないと!
だからこんなおじゃま虫はさっさと蹴散らして、一緒に帰りましょうね!」
「お詫びに剥製は許してあげます」
「……とほほ、そっちで来ますか……!」
一先ずの安堵に僅かばかり涙ぐんだリーゼロッテはこれまでで一番か弱く見えた。
手練の暗殺者を『瞬殺』するようなお姫様だが、事実とは関係なくヒロインである。
そして彼女がヒロインならば――レジーナもそうなのだが――ヒーロー面したくなる男も居る。
「お久し振りです。ご無事で何より」
そんな面映ゆい事、普段の彼ならば決して選ぶまいが、今夜だけは例外だ。
仲間も見ない振り位はしてくれるだろうという淡い期待もなくはない――
駆け寄ったリーゼロッテの顎に、頬に、そして唇に。軽く触れて寛治は言った。
「唇、少し荒れていますよ」
混乱の最中の再会はそれこそを求めていたパーティに活力を齎した。
「感動的なシーンに、力が漲るとはこの事ですか」
「他人の恋路を邪魔する奴は……と言いますからね」
「それ、すっごく同感です」
ステラの言葉にマルクとすずなが軽妙な軽口を返した。
「もうひと踏ん張り頑張りますか」
「ああ。ここまで来て、負けられない」
気合を入れ直したイリスにエクスマリアが頷いた。
リーゼロッテに特別な感情を抱く者は言うに及ばず、そうでない人間にとっても恐らく彼女は『ローレットの友人』であった事だろう。
『後は第十三騎士団を撃退すればいい』のなら、目標はよりシンプルになり、最短距離を目指すならゴールは近いようにさえ思われていた。
……そう、思われていた。それがどれ程の錯覚であろうとも。
リーゼロッテの合流は第十三騎士団にとってみれば望んだ事だったのだろう。
『彼等はリーゼロッテを合流させたかった』。
彼女に衝撃を与えるという不合理な目的は主人(ヨアヒム)の望みであった。
つまり、目的である彼女が現場に到ったならばそこからが本番だった。
「そろそろですかねぇ」
「何時までも涼しい顔でいられるとお思いで!?」
明らかに攻勢を強めるヨルの余裕が癇に障る。
裂帛の気を吐き出したすずなが詰めるも、敵もさるものこれをあしらう。
「レジーナさん! ステラさん! 『本命』は任せますよ……!」
「任されたわ!」
「これが『切り札』、というヤツです!」
レジーナが続き、ここまで温存したステラが黒顎魔王(とらのこ)をヨル目掛けて叩きつけた。
「この味は、如何です!?」
「受けたくないですねえ。死んでしまうかも知れません!」
「惚けて――」
「――はい、勿論惚けています」
思わずステラは舌を打ちかけた。
のらりくらりと本当に厄介な相手だった。
連なる猛攻で仕留めにかかるも、ヨルはどちらかと言えばこの戦いに防御的だった。
自身にヘイトと警戒が向くのなら、他を使った方が合理的だと言わんばかりで、それは確かな正解なのだろう。
『手数が多いのならばヨルに手こずるほどに状況は悪化するのだ』。
「この……ッ……!」
次々と傷付けられ、追い込まれていくイレギュラーズにリーゼロッテは臍を噛む。
不安に揺れる紅玉が、彼女の精神状態を表していた。
「落ち着いて下さい」。そう止めたレジーナが悲鳴を上げればその感情はより強くなる。
「ご心配なく。何があっても貴方はここから逃がします」
「……逃がす?」
「ああ、最後までエスコートしなければいけませんでしたね。勿論、我々もご一緒に」
寛治のオールバックが乱れ、『可愛くない生意気』を言う口調から余裕が剥がれる程に彼女は恐らく『似たような男が今どうしているかを考えただろう』。
――どうしようもない――
唯、圧倒的な事実は暗殺者(トップ・プロ)だからこそ理解せずにはいられない、リーゼロッテを苛む絶望だった。
(リズちゃん……)
彼女と仲の良いルル家だからこそ、それを痛い程に分かってしまった。
「……これ以上……ッ……!」
血が滲む程に唇を噛み、絞り出すようにルル家は呟いた。
まるでそれは手負いの獰猛な獣のような声だった。
「これ以上、『私』の友達を、傷つけるなぁあーーーッ!!!」
咆哮した彼女は幾度目かヨルに襲いかかる。
「あは!」と笑ったヨルはルル家の鋼糸を潜り抜け、キスさえ出来そうな距離に潜り込んだ。
すれ違う際に耳元で何かを。
「―――――え?」
ぱちん、と頭の中で弾けた『何か』と共に熱い衝撃がルル家を貫いた。
血の海に沈む彼女の姿にリーゼロッテの悲鳴が響く。
●屈辱
敵影は最早無い。
「……今日という日程、怒りを覚えた事はありませんよ」
人心地を取り戻した夜の森で吐き捨てるように寛治が言った。
全身は傷だらけ、戦い得る余力は何処にもない。
それは他の誰もが同じで、状況は致命的なまでの敗北を示していた。
「同感だわ」
疲労に満ちたレジーナが呟いた。
欠けたイレギュラーズは居ない。
意識を取り戻していないルル家等も含、皆が満身創痍だが確かにここに残っている。
唯一人、リーゼロッテだけがここに居ない。
「確かにそうだろうとは思ってた心算だったけど」
「……つくづく、始末に負えない方のようですね」
穏やかながらイリスやマルクの声色にさえ怒りの色が滲んでいた。
「知ってましたよ、ハッキリと」
すずなは断言し、ステラは「でも」と言葉を続けた。
「でも――残っている」
沈黙の中、響く彼女の言葉は暗中を照らす『星』のようだった。
「残っています。まだ、挽回するチャンスは。お返しをする、チャンスは」
「ああ――」
エクスマリアが頷いた。
「やってやろう。ここまで来たら――戦争だ!」
――ヨル・ケイオス!
――はい、何でしょう。お嬢様?
――お退きなさい。
――嫌ですよ、子供のお使いじゃあるまいし。
お嬢様ならターゲットの命を取れる状態で手を引きますか?
――貴方達が退くなら、投降します。
――駄目ですね。武力で制圧すればいいだけです。お嬢様は手強いですが、その為の戦力ですから。
――もし、貴方達がこれ以上『やる』なら……
――やるなら?
――私はここで自決します。そうしたら貴方はさぞお父様にお叱りを受けるのでしょうね?
――マジですか……
――あの面白がりの期待を壊せるならそれもいい。
第一、ヨル。貴方も大概の面白がりなのではなくて?
ここでの不出来な幕引きと、最終幕……貴方が好むのはどちら?
――うーん、バレてますね。侯と一緒にされるのは心外なのですが。
ああ。
嗚呼!
「……………」
何と許し難い状況か。フィクサーは誰だ?
少なくとも連中では無い。ここに居る――
珍しく髪をくしゃりとやった寛治は煙草を吐き捨て、乱暴に靴で踏み躙っていた。
成否
失敗
MVP
なし
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIです。
体調不良で一日返却が遅れました。申し訳ございませんでした。
結果は兎も角、VeryHardなのでクリアは『かなり無理より』のシナリオです。
一先ずこれでも『最悪の事態』そのものは回避している、部分的な成功と呼べる状況なのです。
成否についてはくれぐれもお気に病まず。
尚、夢見ルル家さんは姉であるヨル・ケイオスに記憶封印を解除された為、次回以降色々を思い出す事が出来ます。
Paradise Lostはこれで最終局面に移行する予定です。
続きをお待ち下さいませ。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
……どんどん前倒せ……るといいなあ。
以下詳細。
●依頼達成条件
・ヨル・ケイオス及び第十三騎士団の撃退
・パーティメンバーが捕まらない事
・リーゼロッテ・アーベントロートが生存する事
・リーゼロッテ・アーベントロートが捕まらない事
※同時に全てのシチュエーションが発生するかは兎も角、全て満たしてはじめて成功します
●背景
リーゼロッテ・アーベントロートがアーベントロート侯爵にその任を解かれ指名手配になりました。
北部、そして王都から放たれた薔薇十字機関の走狗が逃走する彼女を狙っています。
詳しくはトップページ『LaValse』下、『Paradise lost』のストーリーをご確認下さい。
●リーゼロッテ・アーベントロート
ご存知蒼薔薇のお姫様。
アーベントロート侯爵家当主代行でしたが解任されて指名手配になっています。
幻想北部から王都を目指して逃走中ですが、苛烈な追撃に身動きが取り難い模様。
幼馴染にして頼りのクリスチアンが重傷を負った事から、かなり『気負っている』状態です。
●ヨアヒム・フォン・アーベントロート
リーゼロッテの父でアーベントロート当主。
もうずっと表舞台にはおらず、噂ではリーゼロッテに殺されてしまった、とさえ言われていましたが……
どうも全然違ったようで、しかも見た目に反して辣腕なようです。
ローレットに偽依頼を出してリーゼロッテの『弱味』を押さえようとした模様。
但し、彼は「この程度なら看破するだろう」と踏んでいたようです。厭な嘘吐き。
●クリスチアン・バダンデール
幻想北部の要衝、サリューの王と呼ばれる大商人。
実は反転魔種なのですが呼び声を抑える特殊能力を持っていて正体が割れていません。
アーベントロート動乱で迷わずリーゼロッテサイドにつく構えを取り、第十三騎士団に攻撃を受けました。
療養中で動けません。
●ヨル・ケイオス
第十三騎士団の実戦部隊の指揮官。ヨアヒムの側近と思しき美人。
縦横無尽に放つ鋼糸のような武器で危険な攻撃をする事が確認されています。
態度や余裕、立ち位置からして恐らくメチャクチャ強いものと思われます。
●第十三騎士団
魔道を使用する精鋭アサシン集団。
リーゼロッテ……というかアーベントロート麾下の汚れ仕事を請け負う通称『薔薇十字機関』です。
近接戦闘から距離戦闘までもバランスよくこなすスタンドアローンであり、相当の手練れ揃いです。
暗殺者なので殺傷力が高いタイプが多いと推測されますが能力の詳細は当然ながら不明です。
今回に関しては第十三騎士団側は明確な『罠』を張っている状態です。
『そもそも、森中の何処に何人、どれ位の戦力が潜んでいるか全く分からない状態です』。
●戦場
幻想北部。鬱蒼と茂る夜の森林地帯。
見晴らしは最悪で何処にどれだけの敵が潜んでいるかも読めません。
戦場のロケーションとしては圧倒的に待ち構える暗殺者有利と言えるでしょう。
●特記事項
参加者は一応『怪物退治』の依頼を受けてきていますが、『もしかしたらそれ以外(アーベントロート)いっちょ噛みかも』と承知しています。
ローレット(レオン)の意向は「ムカつくし正当防衛なら力一杯ぶん殴れ」です。
イレギュラーズと親しいリーゼロッテが無事な方が政治的にもメリットがあります。
確保出来れば絶大に利益があるとも。現場の危険は渋面ですが、損得勘定をしている節もあり。
又、そろそろ止めてもアーベントロートにカチコミかけそうな人達が居るので状況を止むを得なく是認している側面も。
一定以上のターンが経過する事、ないしは戦況が特定の状況に達すると確率でリーゼロッテ・アーベントロートが出現する可能性があります。
リーゼロッテの持っている情報は『皆さんが父の罠に掛けられて危険だ』です。掛かっています。
彼女はメチャクチャ強いですが、それなりに長い逃亡生活で疲弊しており、消耗しています。
そして同時に『第十三機関は彼女が厄介なユニットである事を承知の上で彼女を誘き寄せています』。
●情報精度
このシナリオの情報精度はD-です。
基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
不測の事態は恐らく起きるでしょう。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
頑張って鍛えてきて下さい。
以上、宜しければご参加下さいませ。
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