シナリオ詳細
再現性東京202X:夏の嵐と業火の華。或いは、ある街の爆弾騒ぎ…。
オープニング
●嵐の夜に爆弾の華
練達。
再現性東京。
空は暗く、風は強い。
ごうごうと唸る暴風に、道行く人が煽られる。
危うく、転倒しかけた女性は寸でのところで傾いた姿勢を立て直す。
だが、それも一瞬のこと。
爆音、衝撃、地面が揺れて女性は雨に濡れた道路へ倒れ込む。
傘が風に飛ばされて、尻から水たまりへと転倒。
びしょ濡れになった女性は、ぽかん、と目を見開いて遠くのビルを見上げていた。
ビルの上部が崩れて落ちる。
砕けた屋根の隙間から【業炎】が噴き上がっている。
暗い空に、紅の華が咲いたみたいだ。
「……爆発?」
同時刻。
再現性東京にある幾つかの企業に「街に爆弾を仕掛けた」というメールが届いた。
再現性原宿。
今回の事件、その中心となる土地の名だ。
再現性東京において、ファッションや流行の発信地として広く知られる土地である。それゆえか、他の地域に比べても特に若者が多く、また個性的なファッションに身を包んだ者も多く見受けられる。
特徴としては、アパレルや占いを主とする店舗が目立つ。
しかし、日頃であれば、人でごった返している神宮前から表参道、再現性竹下通りに至るまで、今日に限っては人の数も疎らであった。
代わりに、武装した警察官や消防隊員の姿が見える。皆、真剣な顔をして建物の影や植え込みの中を覗き込んでいた。
此度、爆弾が仕掛けられたと宣言された地域がここだ。
だが、いくら人を大勢動員したとしても、件の爆弾は見つかるまい。
夜妖……再現性東京に現れ、怪奇なる現象を起こす存在の名だ。
此度、設置された爆弾は夜妖の影響を受けて常人には認識できないものとなっているのである。
それから数時間後。
事態の収束を図るべく、数名のイレギュラーズが再現性原宿へと到着した。
●作戦会議室
「さて、まず現場に到着するのは午後の3時頃。そして、爆破予告時刻は午後の6時となっている」
送られて来たというメールのプリントアウトを一瞥。『黒猫の』ショウ(p3n000005)が眉間に皺よ寄せて言う。
先だって爆発したのは、再現性原宿駅の近くにあるショッピングモールの上階だ。現場検証の結果、爆弾には【業炎】【ブレイク】【飛】の効果が付与されていると判断された。
「仕掛けられた爆弾は5つ。どこに仕掛けたかまでは当然ながら伝えられていない。念のためということで道路はもちろん、近郊の公共交通機関も封鎖されている」
現在、再現性原宿の住人たちは徒歩により街からの脱出を図っているところだ。
嵐が近づいているためか、人通りが少なかったことが幸いした。
だが、徒歩による脱出ということもあり、避難完了まではまだ時間がかかりそうだ。
「5つの爆弾は、夜妖の能力により非常に視認しづらくなっているらしい。現在まで、大勢の人間が捜索に当たっているにも関わらず、爆弾は1つも発見されていないからな」
ともすると、爆弾の存在自体が嘘偽りであるという可能性もある。
「所謂、愉快犯というやつだ。しかし、夜妖憑きの存在自体は確かだろう」
そもそも1つ目の爆弾は、通路の真ん中で起爆したのだ。
大勢が近くを通っていたにも関わらず、誰もそれに気が付かなかった。
ただ1人、霊媒師を名乗る女性だけが爆弾を仕掛ける者の姿を“なんとなく”だが見かけたらしい。
「曰く“ありゃ人の気配じゃなかったな。何か禍々しい影みたいなものが重なって見えた。後をおいかけたが、ビルを出る辺りで見失って……その直後にドカンってわけだ”とのことだ。おそらく認識阻害や物質透過系の技能だろう」
逃げた者の性別は女性。
黒いドレスのような衣服に、赤と黒に染めた髪、目の周りはメイクで真っ黒だったらしい。
吸血鬼をイメージしているのか、背負った鞄は棺桶のような形をしていた。
正直言って、非常に目立つ外見だ。
だが、いるのだ……再現性原宿には、似たような服装をした者たちが。
「ほかの者に紛れて既に脱出したか、それともどこかで起爆の瞬間を待っているのかは分からない。まぁ、爆発の瞬間を見るためにどこかに潜伏しているという線が濃厚だろうな」
そう言ってショウは、フードの耳を摘んで見せる。
いるのだ。
再現性原宿には、猫耳の付いたフードを着込んだ連中が。
それどころか、造り物の耳を付けている者もいる。ファッションの一環であるらしい。
他人に迷惑をかけない限り、あらゆる個性が尊重される。
混沌かつ先鋭的。
それが、再現性原宿である。
「爆破予定時刻は6時だが、遠隔で操作できる起爆スイッチが無いとも限らない。また、何も爆弾が建物に設置されているとも限らないのが厄介だ。例えばバスの座席下なんかも可能性としてあり得ないわけじゃない」
犯人の確保と、被害の回避。
どちらを優先するかは参加したイレギュラーズにゆだねられた。
「人的被害を出さないことが最優先だ」
そう言って。
ショウはイレギュラーズを送り出す。
- 再現性東京202X:夏の嵐と業火の華。或いは、ある街の爆弾騒ぎ…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月30日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●真昼の喧噪
たった1度の爆発と、短い手紙がほんの数通。
それだけで街は混乱の渦中に飲み込まれた。
練達。
再現性東京の1都市……再現性原宿では、恐怖と不安に顔を曇らせた人の群れと、爆弾を探して東奔西走している警察や消防官が駆けまわっている状態だ。
交通機関は止められた。
街は封鎖され、遊びに来ていた人々は列を為して再現性原宿からの脱出を図る。
「爆弾騒ぎですか。これも夜妖とかいうやつの仕業なんです?」
「夜妖に憑かれた人間だな。爆弾魔の吸血鬼……まるでB級映画の様な組み合わせだ。季節外れのハロウィンでも気取るつもりか?」
にひひ、と笑う『こそどろ』エマ(p3p000257)がビルの2階から混乱している街を見下ろす。その隣では『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が地図に印を付けていた。
街で爆発が起きたと仮定し、その様子を観察しやすい場所の見当を付けているのだ。
「これといった目的も無く、己が悦楽の為に破壊する、か……気に入りませんね」
呆れたように『旧世代型暗殺者』水無比 然音(p3p010637)はそう呟いた。
犯人と思われる女性について、思うところがあるようだ。
「本当に……厄介なことをしてくれるなぁ、全く」
『戦支柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が、ベンチに腰掛け天井を見上げる。
ビルの屋上に風が吹く。
夏の熱気を孕んだ風だ。
「いやまぁ、吸血鬼にしちゃ、随分とコソコソするのが好きそうだよな……単に白日の下に晒されるのがお嫌いなだけかも知れんが」
ゴーグルを降ろし『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は街を見下ろす。
再現性原宿は、普段から人の行き来が多い街だ。
個性的なファッションに身を包み、自己を表現する若者が、それぞれ自由に行きたい方向へと歩く。
しかし、今日は様子が異なっていた。
人の列が向かう方向は全員同じ。
警察の誘導に従って、街の外へと向かっている。
「人的被害が出ない様に、か……そりゃまた難儀なモンだが、俺達で何とかしねェとな」
そう言って『粋な縁結び人』一・和弥(p3p009308)が、ベンチの下を覗き込む。そこにあったのは、黒い布製の買い物袋だ。
どうやら、どこかのアパレル店で配られているノベルティのようである。
「……あぁ、これだ」
袋の口を押し広げ、和弥は小さく呟いた。
袋の中には、数本のコードが絡まった目覚まし時計が入っている。時計の下のアルミ缶が、爆弾の本体なのだろう。
とあるアパートの最上階。
空き部屋の窓から、通りを見やる女の姿がそこにはあった。
ゴシック調の黒いドレスに、赤と青に染めた髪、陰鬱としたメイクに彩られた白い顔が不愉快そうにひそめられた。
どんよりと淀んだ瞳に、ほんの一瞬、黒い炎が揺らいで見える。
取り憑いた夜妖が、彼女の精神に干渉したのだろう。
「……さっきからずっと、この辺りをうろついているわね。鍛冶場泥棒の類にも見えないし……」
もしかして私を探しているの?
そう呟いて、女は床に放り出していた鞄を取った。
ずっしりと重い棺桶を模した皮の鞄だ。
「場所を変えよう」
1歩。
窓から遠ざかり、女は影の中へと入る。
すぅ、と溶けるように女の気配が薄れて行った。
「……危ない」
女が気配を薄くするのと、『( ‘ᾥ’ )』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)がフードを押し上げ部屋を見上げるのは同時。
女は音と気配を殺して、どこかへ行方を眩ませる。
嵐の気配が近づいていた。
横殴りの雨が『古竜語魔術師(嘘)』楊枝 茄子子(p3p008356)の髪を濡らす。
「爆弾とか怖いこと言わないでよもう」
姿勢を低くし、通りを駆け抜けた茄子子は道路の端に停車していたワゴン車の荷台へ潜り込む。鼻腔を擽る甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んで、疲れたように溜め息を1つ。
クレープの屋台だろうか。
店員は既に避難を開始したようだが、施錠までは気が回らなかったらしい。街に爆弾が仕掛けられたと聞いたのだから、それも当然だと言える。
「よーし会長が爆弾全部見つけるぞ。ってことで頼んだぞ精霊くん。キミだけが頼りだ」
棚に並んだ小瓶を取って、スプーンで中身を掬いとる。
瓶の中身ははちみつだ。
茄子子がそれを掲げると、ぼんやりとした半透明の光球……精霊がそこに現れる。
上機嫌に茄子子の周囲を旋回すると、はちみつへと身を寄せた。
「食べ終わった? じゃ、やるか。爆弾を探しておくれよ、精霊くん」
茄子子の指示に従って、精霊がふわりと窓から外へ飛び出した。
少しの間、ワゴン車の周囲を飛び回っていた精霊は……そのまま屋根の上へと止まる。
「……え?」
2つ目の爆弾、発見である。
●イレギュラーズの暗躍
再現性原宿からの避難経路は、大きく2つに分けられる。
再現性表参道を抜け隣の区画へ逃げる組と、再現性代々木公園に留まって事態の収束を待つ組だ。
ビルの上階から人の流れを観察しながら汰磨羈はaphoneを耳にあてる。
「人目に付く場所で爆弾解除を始めるわけにもいかないだろう。再現性竹下通りを外れ……あぁ、指定の場所へ和弥を移動させてくれ。あぁ、茄子子もそちらへ向かっている」
電話の相手はカイトのようだ。
ベンチの上に地図を広げると、汰磨羈はその上に数枚のコインを並べて行く。
金貨が爆弾のあった場所。
銀貨が町を駆け回っている仲間の位置だ。
「カイトは引き続き捜査を続けてくれるか? リコリスと操作範囲が被らないようにな」
大通りなどの目立つ位置は、既に警察が調べたはずだ。
予告によれば、仕掛けられた爆弾は5つ。
爆弾の設置場所に今のところ規則性は見受けられない。
細い顎に手をあてて汰磨羈は視線を背後へ向けた。
「何か見えたか? 爆弾の排除は当然として、できれば犯人も早急に確保しておきたい」
「……んー? 未来視を宛にし過ぎるのもどうかと思うけどね。未来視なんて上手くいかない代名詞だ」
尻尾をばさりと大きく振って、マニエラはそう言葉を返した。
休憩所のベンチに寝そべったまま、視線は手元の携帯ゲーム機に固定されている。
ゲームのタイトルは“ドキドキ☆Hadesめもりある”。『世界で一番Hadesな恋をしちゃおう!』のキャッチコピーで売り出された練達の新作ゲームである。
手に入れたら捨てられないうえ、ゲーム内のミッションに失敗すると、ブログが全世界に公開されるというある種の呪いがかけられているが、不思議とプレイ中は頭が冴えるし、時々少しだけ未来も見える。
「爆発する位置さえわかればある程度何とかなりそうなんだけどなぁ……ん? あ、何か見えて来た気がする? 脳裏にビジョンが……ん?」
「……何か見えたら教えてくれ」
唸りながら床を転がるマニエラから、汰磨羈はそっと視線を逸らした。
再現性竹下通りを抜けた先。
建物の影に隠れるように、3人の男女が顔を寄せ合い地面に座り込んでいた。
「よぉ、どうにかなりそうか? 俺達が動いてる事が敵さんにバレたら爆破に動くかもしれないし……あくまで慎重に、そして確実にだ」
回収した爆弾は2つ。
現在、エマが起爆装置の解除を試みているところだ。
作業中の手元を見下ろし、和弥が問うた。
「魔術的なものではないみたいですし、まぁなんとかなるでしょう。一応、茄子子さんが保護結果を張ってくれていますし、最悪爆発しちゃっても」
「はいはい爆弾は会長がなんとかするから、みんな焦らずゆっくり避難してねーっと。もうこの辺りには誰もいないけどね」
周囲に背の高い建物は無い。
茄子子の展開した結界で爆発の被害を抑え込めば、ビルや家屋が倒壊することも無いだろう。
慎重に、けれど迅速に。
エマは爆弾の解除作業を進めていく。
時を同じく。
人気の失せた地下鉄道の線路の上を、カイトは1人、歩いていた。
爆発予告が出回って、公共の交通機関は真っ先に止められたはずだ。その時点で、地下鉄を待っていた者たちは、地上へ出されたはずである。
その後、地下鉄の職員たちも脱出し……長い時間、地下鉄は無人のまま放置されているのではないか。
「爆破予告を出した時点では、全部の爆弾を仕掛け終えてなかったってことか。本当にコソコソするのが好きな奴だな」
そう言ってカイトは、線路の真ん中に転がっていた布の袋を持ち上げた。
ずっしりと重たい袋の中では、カチコチと時計が時を刻む音がしている。
「ビルの屋上に車の屋根の上、それから地下と……あとはまぁ“ライブカメラに映りやすい場所”とかかな」
風が強い。
踊る髪を押さえつけ、和弥は視線を空へと向ける。
厚い雲に覆われた、暗い空がそこにはあった。
降りしきる雨が、風に流されビルの壁にぶつかっている。
「爆弾があるならさっさと解除、敵さんが見つかったンならそっちの捕縛……やるべき事はそれなりだな」
通りの隅に立った和弥の目の前を、警察官が駆け抜けていく。
気配を消した和弥の存在に気づいている様子は無かった。
「あっちも動きがあったかな」
ビルからビルへと跳び移る、仲間の姿を下から見上げて和弥はそう呟いた。
目的も無く無闇矢鱈に破壊する。
今回の事件の犯人を、然音は好きになれそうにない。
強い風に髪とコートを躍らせながら、ビルからビルへと移動して……それなりの時間をかけて、再現性原宿を既に1周はしたはずだ。
しかし、未だに犯人らしき者の姿は見当たらない。
「姿の見えない爆弾魔かぁ」
「心当たりでも……?」
先を進むリコリスへ、然音が問いを投げかける。
リコリスは風でずれたフードの位置を整えながら、首を小さく横へと振った。
「んーん。似た手合いの輩を、つい最近相手したんだ」
「その者はどうなり……いえ、止めておきましょう」
リコリスの背負ったライフルを一瞥し、然音は舌に乗った疑問を取り下げる。
きっと、碌な結末を迎えなかっただろうことが、容易に想像できたからだ。
「嘗て暗殺を生業としていた身ですが……」
「うん?」
「いいえ、何でも」
フードの影に隠れたリコリスの表情は見えない。
一見すれば小柄で華奢な少女のようなリコリスだが、似たような手合いをかつて何度も見たことがある。
こと“殺し”の世界で、外見なんてものは何の判断基準にもならない。
代わりに、然音は別のことを問うことにした。
「撃ちますか?」
「爆弾を他人の首に仕掛けないあたり、今回の犯人はすご〜く良心的だからね。大人しく起爆装置を破壊させてくれたら命は取らないであげるよ」
それはつまり。
大人しく起爆装置を破壊しなければ、命を奪うということだ。
4つ目の爆弾を発見したのはエマだった。
「茄子子さんは結界をお願いします。ここで無力化しちゃいましょう」
「おっけー。爆弾の方はエマくん頼んだ。キミだけが頼りだ」
「さっき精霊にも似たようなことを言ってませんでっしたっけ?」
なんて、軽口を交わしながらも2人は迅速に爆弾解除の下準備を整えた。
爆弾を発見したのは、再現性竹下通りにある小さな洋服店の前だ。安全ピンがやたらと刺さった衣服を纏っていたマネキンが、肩から爆弾を下げていたのだ。
思わず素通りしそうになったが、店名と爆弾の入った鞄のロゴが異なることに、エマが気が付いたのである。
「そろそろ戻るべきですかね? 今、何時です?」
爆弾の解除を終えたエマが問いかける。
茄子子がaphoneの画面を見下ろし……汰磨羈からのコールが入ったのはその瞬間だ。
●どうぞ私を知ってくれ
時刻は少し巻き戻る。
頭を押さえたマニエラが、広げた地図に金貨を1枚追加した。
駅からほど近い場所にある、付近でも一等大きく、有名なファッションビルである。
「フロアの真ん中で女が爆弾を起爆させるのが見えた」
フロア一杯を炎で埋め尽くすほどの大爆発だ。
当然、至近距離でそれを起爆させた女も巻き添えとなって命を落とすことだろう。
「解除される前に爆弾を回収するつもりか。それとも、せめて1つは命を引き換えにしてでも爆発させようと思ったか……いや、どちらでもいいな。場所が分かったのなら気付かれないよう慎重に潜入して待ち受けよう」
ともあれ、最後の爆弾の在り処は分かった。
汰磨羈はaphoneを取り出して、茄子子へと電話をかける。
「あぁ。ただ、未来を見て何かを止めようとすると、その未来を見たせいで確定する未来になる場合が多い。立てたフラグは折っていかないとな」
件のビルまで距離がある。
連絡を終えた汰磨羈とマニエラは、急いで移動を開始した。
幼い頃から、存在感が薄かった。
誰も自分を見てくれない。
自分の声は、誰の耳にも届かない。
怪我をしても、熱を出しても、誰も自分を顧みない。
両親さえもそうなのだ。
十数年。
誰にも顧みられることの無かった日々は、ある日、突然に終わりを迎える。
気紛れに、webサイトに書き込んだ殺人予告。
『いつどこで、通行人を殺傷します』
20文字足らずの一文で、大勢の人が慌てふためく様を見るのは気持ちよかった。
それから何度も、同じことを繰り返して……しかし1度も、彼女の素性が突き止められることは無かった。
その時には既に、彼女は夜妖に取り憑かれていたのかもしれない。
夜妖の影響か、彼女の存在は時間の経過とともに希薄になっていた。
そして、今回の爆弾騒ぎ……自分の存在が消えてなくなってしまう前に、一等大きな騒ぎを起こしたかったのだ。
再現性原宿で大規模な爆発事件を起こせば、きっとそれは歴史に刻まれるはずだ。
例え、彼女の名前が記録されることは無いとしても。
「こんなことになるのなら、名前を忘れてしまう前に事件を起こせばよかったわ」
なんて。
そう呟いて、彼女は嵐の空を見上げた。
4つ。
既に解除された爆弾の数である。
このままでは、遠からず最後の1つも見つけ出されることだろう。
そうなってしまえば、せっかく作った爆弾は十全に機能することもなく……彼女の起こした大事件は、単なるいたずらとして処理される。
ならば、最後の1つは自分の手で爆発させよう。
そうして、自分も炎の中に消えてしまおう。
ビルの5階。
お気に入りのアパレルショップに足を踏み入れ、彼女は棚へ手を伸ばす。
「……あまり動くなよ、怪我させる気はねェんだ」
銃を構えた和弥の前には、黒いドレスの女が1人。
否、それが女かどうかさえももはや定かではない。
顔も、手も、髪も、すべてが影か煙のようだ。
取り憑いている夜妖の影響か。
気を抜けば、目の前にいる彼女を見失いそうだ。
女は棚に手をかけて、それを地面に引き倒す。
ガラスの天板が砕け、フロアにけたたましい音が響いた。
「っ……あ?」
音に気を取られた一瞬で、和弥の視界から女の姿が消えていた。
よくよく見れば、棚に並んでいた鞄が1つ、消えているのが分かっただろう。
声を発することもなく、音を立てることもなく、そして気付かれることも無いまま、女は和弥の真横を駆け抜けていったのだ。
けれど、しかし……。
「なぁに、花火は下から見上げるモンだぜ。真横で見るもんじゃあ、断じてない」
一閃。
女の目の前を、1振りの剣が薙ぎ払う。
女は咄嗟に鞄を胸に抱きしめて、刃の前へ背中を晒した。
切り裂かれた布の破片と、黒い影の残滓が飛び散る。
もう1歩でも前へ進んでいたのなら、女は命を失っていただろう。それほどまでに……命と引き換えにしてでも、鞄を守りたかったのか。
逃げられないと悟った女は、鞄を開けた。
強制的に爆弾を起爆させるつもりだ。
「目的も無く無闇矢鱈に破壊する、貴方の様な者には負けられないんですよ……!」
銃声。
然音の放った弾丸が、女の肩と手首を撃ち抜く。
夜妖によって存在を失いかけているのか、見た目ほどに大きなダメージは無いようだ。常人であれば痛みに動きを止めただろうが、女は構わず鞄の中へ手を突っ込んだ。
だが、数瞬の時間は稼げたはずだ。
「諦めろ。私達に見つかった時点で、御主は詰んでいる」
「しくじるなよ。豪炎が上がるレベルだ。普通に死ぬぞ」
爆弾を起爆させるわけにはいかない。
疾走を開始する汰磨羈へ、マニエラが声援を送る。
姿勢を低くし、目一杯に腕を伸ばして……それでも、女の手が爆弾を起爆させる方が速いだろうか。
一秒。
女の手が爆弾の起爆スイッチを押した。
一秒。
リコリスの放った弾丸が、女の眉間を撃ち抜いた。
一秒。
床へ落ちた黒い鞄を、汰磨羈が力いっぱいに蹴り飛ばす。
「結界張ってくれ! アンタだけが頼りだ!」
和弥が叫んだ。
鞄の滑っていく先には、たった今、階段を上り終えた茄子子とエマの姿がある。
転がって来る鞄が爆弾だと気付いたのだろう。
エマは慌てて踵を返し、茄子子は結界を展開しながら床へと伏せた。
爆音が響き、地面が揺れた。
熱波と黒煙が吹き乱れ、茄子子が床を転がっていく。
衝撃に内臓はダメージを負ったし、皮膚だって焼け焦げているが……自分で自分に治癒の術式を行使して、茄子子はゆっくり立ち上がる。
「一応でも備えはしておくものだね」
なんて。
そう呟いた茄子子の頬を伝い落ちた冷や汗が、床に零れて弾けて消えた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
爆弾は全て撤去され、犯人の討伐も完了しました。
人的被害は0、物的被害は極僅かに収められています。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
人的被害を出さずに事件を収束させる
●ターゲット
・犯人らしき女性×1
黒いドレスに似た服に、赤と青に染めた髪、白い肌に陰鬱なメイク。
背中には棺桶を模した大き目のバッグ。
おそらく夜妖憑き。
気配を希薄にする能力や、物質透過能力を有していることが予想される。
爆弾を設置した本人。
遠隔起爆のスイッチを持っているかもしれない。
●フィールド
再現性原宿。
再現性原宿駅から表参道周辺にかけての地域。
1丁目から3丁目、表参道周辺、駅周辺、再現性竹下通り周辺に分けられる。
現在、大勢の警察官や消防隊員が爆弾の捜索および人民の避難に当たっている。
爆弾は全部で5か所に仕掛けられているらしい。
爆破予定時刻までおよそ3時間ほど。
嵐が近づいているのか風が強く雨が降っている。
また、犯人がどこにいるかは不明。もしかすると既に脱出済かもしれないし、どこかに潜んで爆発の瞬間や街の混乱を眺めている可能性がある。
爆弾には【業炎】【ブレイク】【飛】の効果が付与されている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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