シナリオ詳細
<潮騒のヴェンタータ>狂著のロマンティシズム
オープニング
海洋貴族インディアクティス家といえば、美術商らにとって畏れと共に語られる名であろう。
代々、『美麗なる世界』として知られた審美眼。物品の価値をたちどころに具体的数値として算出するそのギフトを継承する一族の存在はその興りより、真に価値ある品を創造せんと欲する者たちには勇気、口先では芸術を愛すると豪語しながら安く買い高く売ることにしか興味を持たなかった者たちには恐怖を与えてきたとされている――時には逆に新進気鋭の芸術家がその自信を打ち砕かれたり、阿漕な商人に一時の墨付きを与えることもあったのではあろうが。
もっとも、今となってはそのインディアクティスの名も水底に沈んで久しい。当主バルバロットは行方を晦まし、妻チェルシーは心を病んだ。今は一人娘とされているサローラが切り盛りはしているが……美しいと感じるもののみを偏愛しそうでないものへの嫌悪を隠しきらぬ彼女の遣り方に、インディアクティスの凋落を予感する者も少なくはないゆえに。
さて、今、その凋落のきっかけとも言うべきバルバロットによるものとされる、ひと綴りの書物がやはり海洋貴族のマンディラ氏によりフェデリア島に持ち込まれている。以前よりバルバロットとの親交深かったという彼の言を信じるならば、この書はバルバロットが彼へと贈った、最後のメッセージであるのだそうだ。
「彼の書く『世界一美しい言葉』には、かねてより私も興味があってね。以前より著作を譲ってはくれないかと頼み込んでいたのだが……しばらく前に、私のところにこれが届いたのだよ。見てくれたまえ、色とりどりのインクで描かれた魚が連なったような、絵画のごとき美しい文面を」
なるほど、幾重にも原色を重ねて描かれた“文章”は、まるで珊瑚礁を泳ぐ熱帯魚たちを思わせた。書き言葉として見た時、多種のインクを必要とし、一文字描くにも多大な労力を要するだろうその文字が実用的であるとは到底思えやしないが……それを言ったなら天義で最も格式高い経典などは、それ以上の労力を以って正確に飾り文字を描かれていることだろう。もしこれがそういった書物に類するものであるのなら、実用などという観点を持ち込むのは愚かしいこととは言える。
そして、その文章は……何が書かれているのか理解できない。書物が、混沌肯定『崩れないバベル』による自動翻訳を拒絶するがゆえに。バルバロットの現在のギフト『詩滅する無垢』により、彼が考案し著述した言語は、混沌肯定に頼らず自ら習得せねば翻訳が不可能なものに仕上がっていた。そのことをマンディラ氏は当初、大層気に入ってはいたのだが……次第に、送られた張本人である自分がそれを読めぬことに不満を持つようになったというわけだ。
「それが昨今このフェデリア島を中心として開発されたシレンツィオ・リゾートと間に何の関係を持つのか? 諸君の中にはそう訝しむ者もおることだろう。だが、調べたところ、この書に描かれた文字の中には、驚いたことにフェデリアの浮かぶ『静寂の海』の生物が描かれていたのだよ。かつて、冠位魔種アルバニアの廃滅の結界に覆われた死の海『絶望の青』であったこの海の、だ。
見たまえ、この島々に広がる美しい大自然の姿を! この書はきっと、美しいものを好んだ我が友バルバロットが、密かにこの海を訪れていた証拠に違いあるまい……そうは思わないかね! ……そこで、だ」
そこまで満を持して滔々と語った後にひとつ咳払いをし、氏は、一枚のきらきらと光るコインを掲げてみせた。
「この島の南に広がるダカヌ海域に、『深怪魔(ディープ・テラーズ)』なる魔物に脅かされる海底の都があるそうでね。彼女らを深怪魔どもから救うには、海域に散らばったこの『竜宮幣(ドラグチップ)』を集めねばならないそうだ。
深怪魔どもはこのリゾートも脅かしていてね、リゾートの出資者のひとりとして私も彼らを追い払いたいとは願う。願うが……我が領の法が、海の漂着物の所有権は拾い主にあると定めておるのだ。これを領主自らがおいそれと返す前例を作ってしまえば、自らの航海計画の甘さゆえに荷を捨てざるを得なかった者どもが、こぞって拾った貧民らから荷を奪い返そうとしかねない。早い話が、口実が必要なのだ」
もっとも、そんな氏の領地の都合など、この場に集まる者にとっては関係のない話。
それを知っているからか彼はもう一度咳払いをし、“ゲーム”の開催を宣言する。
「バルバロットの書の解読のため尽力する者たちに、竜宮幣を与えよう! さらに、最も早くバルバロットの書を解読し、あるいは解読のための重要な手がかりを得た者らには、加えて褒賞が出るものと期待せよ!」
- <潮騒のヴェンタータ>狂著のロマンティシズム完了
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- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年08月04日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●探究
思えばあの日々を過ごした場所は、一体この海のどこにあったのだろう? 『混沌の娘』シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)がどれほど目を凝らしても、海原は何も答えてはくれない。
だが、今、彼女は自由。答えてくれぬのなら答えを探し求める術がある。
「行こうよ、ママ」
隣の人影へと微笑みかける。すると隣の人物の黒く塗りつぶされたような異貌の中に、赫い三日月状の口の形が浮かぶ。
「嗚呼、往こうとも。娘――シグルーン・ジネヴィラ・エランティア!」
自分で泳ぐと決めた今なら解る。自分はあの一族のように芸術を数値化する能力なんて持たないけれど、あの人が自分に教え込もうとした作り物の“芸術”なんて、今の自分の感性を作ってくれたママ――『混沌の母』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)と比べれば、人と宇宙ほどのものであるに違いないのだ。悲しいかな彼女の美しさを理解せんと欲する者は、往々にして試練を経ねばならぬのであるが。
不幸にも――あるいは幸いに――その試練を経ておらぬ人類にとっては、だとしてもバルバロットの遺したとされるこの書物は疑うまでもなく美しい絵画であった。物事に色彩を感じる『誰かと手をつなぐための温度』ユーフォニー(p3p010323)の共感覚を通じれば、それはあたかも彼女のために描かれたような芸術にさえ見える。何故なら、文面そのものが彼女に与える色が、元の書物の彩りと同時に存在し、まるで交響曲のごとき和音を織り成すから。
確かに、シグルーンから著者の狂気は聞いている。もしものめり込みすぎてしまったら、悍ましい何かを知る羽目になるのではないかと頭では理解する。
けれどもそんな危険以上に、バルバロットがどんな世界を見、感じていたのだろうかという好奇心が勝っていたに違いなかった。
「冒頭の色遣いは警告にありがちなものに見えますが……彼も、私のように他人と違うものを感じているかもしれません。それがどんなものなのか、私、知りたいです」
そんなユーフォニーの想像を裏付けるかのように、『書の静寂』ルネ=エクス=アグニス(p3p008385)が挨拶がてら練達のチームに見解を尋ねたところによれば、彼らもルネから文字の色に秘められたとされる秘密――かつてシグルーンがバルバロットから叩き込まれたことには時間や天候に応じた海の色から採られた12の色彩が12の音階をも示す――を伝えられるや否や、音韻論に基づいて冒頭部の音階が他の部分よりも拒否や否定のニュアンスを強く示していると明らかにしてみせた。
「おや。そんなに重要な成果を僕にも教えてしまっていいのかい?」
「最初に音と色の関係を教えてくださった方がそれを言いますか! 混沌肯定を無力化する本なんて代物、研究成果を出せるなら誰とでも手を組みたいと思っているのは研究者としてお互い変わらないでしょう? それに加えて各種文献まで貸していただけている我々はむしろ、まだ返し足りないとさえ思っているくらいなのに!」
研究者たちの言う文献とは、ルネがギフトたる『移動図書館』に収蔵する各種の書物のことばかりではなく、『霞流陣術士』霞・美透(p3p010360)が偶然にも調査していたインディアクティス領に関するレポートのことも含まれていた。伝承や風習、生物の特徴、そして、海そのもの。それらの現地の人々が当然のものとして顧みることのない事柄はしかし、覇竜領域の外を初めて知った研究陣術士にとってはどれほど熱心な記録に足るものであったことか。
「海の民は伝承もやはり海にまつわるものが多いのだね。そして比喩に海の生き物を用いがちだ、覇竜の伝承と比喩に頻繁に竜が現れるのと同じように。もちろん、バルバロット氏もそうしたに違いない。着目すべきは『生き物』『伝承』……シグルーン君の証言を考えるに、それから『色』か? 彼と私で美的感覚が同じとは限らないが、もし重要な強調があるのなら、ただでさえ美しいそれらを象った文字が、自然界の何よりも美しく並べられている部分だるね」
「でも、どこがどれほど美しいのか評価するなんて、ボクにはできないかもしれないや!」
今、ルネの言葉を聞いて何故『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)がそんな悲鳴を上げたかというと……バルバロットの書が不思議で満ちているからだ!
「だって……『崩れないバベル』があっても読めない神秘! 美しき世界を視て、新たな言葉として造ったその思い! ページをめくっているだけでひとつの冒険じゃないか!」
そこに並ぶ文字の形と色に触発されて、研究メモ用途に用意されていた黒板に思わず絵を描いてしまいたくなるほどに!
マンディラ氏曰く、その冒険の肝となる海の生物に関する最も重要な事柄のひとつは、やはり人類が『絶望の青』にて発見した狂王種の存在であったということだった。そのつもりで帳がバルバロットの書を読めば、描かれている文字の多くも、通常の生物というよりも、狂王種を思わせる特徴のものが幾つも含まれているように見える。ところで、何もかもが美しいものばかり――そう言えるほど自然は単純ではありえまい。むしろ、不気味であり、危険であり、時に理不尽そのものにさえなるのが自然の本質だと言える。そして……狂王種もまたそれらの一種。
だとしても……実地調査の際にそんな彼らと対峙する羽目になってなお、帳は不思議と恐ろしいとは感じなかった。きっと水着で挑んだゆえの竜宮の加護のお蔭もあったのだろうが、彼を呑み込まんとするほど巨大な青魚の狂王種の構造色が、彼をどうにか騙くらかそうと画策する蛸の狂王種の目まぐるしい色の変化が、恐怖以上に彼の好奇心を刺激しつづけたからだ。
今の彼は危険な剣の舞に魅入られた、哀れな観客らのひとり。なら……別の舞で魅了してやればいいかしら? であれば、『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)の領域だ。
「あなたたちはそうやって踊るのね? でも、私の踊りについて来れるかしら?」
水の中でなら脚なんてなくても気にならない。だって魚たちだって持ってないじゃない。
確かに、脚の代わりに魚たちには鰭があり、ヴィリスにはそれがないけれど。でも、今日の“プリマ衣装”は幸運なことに、彼女に鰭に代わる泳ぎの力を与えてくれる。
「しばらく頭ばかり使って疲れてしまったわ。やっぱり身体を動かす方が性に合ってるわ」
ヴィリスを追って体をくねらせる狂王種たちが、もつれて体に結び目を作ってしまうのではと思えるほどに。ヴィリスのダンスは流転しつづけた。さあさこちらへ、お次はあちら。魚たちさえ息呑むヴィリスの踊りにとって、海原はあまりにもちっぽけで雄大なステージだ――。
そんなダンスが行なわれるフェデリアの海は、すでにこれ以上手の加えようもないほど美しいように、『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)には感じられるのだ。この美しさを超えるどころかありのままを表現することでさえ、実現しうる文字の並びなどこの世に存在しうるのだろうか?
辺りを我が物顔で行き来する、大小さまざまな魚たち。普段は互いに集まっていながらも、アッシュが近付けばわっと広がって、いつの間にか別の場所に再び塊を生み出すさまは、変転を表す文字の元になったに違いないだろう。
あるいは色とりどりの、形も個性的な貝。中には動かぬように見えてゆっくりと小海老や小魚に近付き毒で仕留める者もいて、そのさまは虎視眈々と称するほかはない。
もちろん、自然の日が宿るのは、生物のみにかぎらなかった……どこからやって来たのかも判らぬ大岩の、精巧な彫刻を思わせる複雑な窪みさえもが、もしアッシュがバルバロットであれば文字の糧になりえただろう――いや実際にはいつしかそんな考えすら及ばなくなって、辺りのもの全てに見惚れているのだが。
さて、では。実際にかの書を紐解けばどうなのだろう?
バルバロットもページの中の特定の色――特に、青色に満ちた海の中でもはっきりと目立つもの――を追うことで、岩や珊瑚といった景色を埋め込んでいるように見える……一部の詩が、言葉そのものの意味と同時に文字の整列を大切にするように!
無論、ページ単位の文字の配置ともなると語学の域を超え、表現技法の域へと踏み込むことになる。言語そのものの意味や構造を捉えるために、役に立つものとも思えない……しかし。
(本当に、一切何の役にも立たないのでしょうか?)
ページをめくるユーフォニーの手が止まった。
(バルバロットさんがシグルーンさんに語ったことによるのなら、この言語は、楽譜であり、文学であり、絵画であり、万象たる芸術の海そのものだそうではないですか。それほどまでに美にこだわった方が、その楽譜と文学と絵画の間に何の関連も持たせないことなんてあるのでしょうか?)
閃いたように波打ち際へと駆け出して、今まで着ていた服を脱ぎ捨てる。下から、眩しい肢体と最低限それを覆う白ビキニが現れて……彼女は、そのまま一気に海へと飛び込んでゆく!
(やっぱり! ページ内に描かれた光景に似た環境を探せば、聞こえる音もページ内の色と同じようなもの……! だとすればページに書かれている文字も、その場所にまつわる何かに違いありません!)
そうと判ればページを理解するために、それぞれのページがどんな場所を示しているのか調べるのが近道だ。
……と、言いたいところだが、そこに待ったをかけたのが美透。
「本当に、場所を調べるだけでいいのだろうか? よくページを比較してほしい。こちらの文字の青色は些か濃くて、別のページはそれよりも淡い。つまり、この違いが何かを示しているのさ。考えてみるといい。特定の時間の出来事を語るのに、それに対応した色彩=音階ばかりを使えるだろうか? それでは絵画にも音楽にもなりえない。結局は挿絵に時間を描写する方法が、色彩とは別に必要になったのさ。そして、ここに海の中の色合いを数時間ごとに確かめた調査結果がある。これとページごとの色の濃淡を照らし合わせれば……大雑把ではあるが、描かれている時間帯も推定できる。戦闘をするつもりはなかったが、水着を用立てておいたのが役に立ったようだ」
かつて初めて外に出て、バルバロットの文字から連想するほかなかった“景色”というものが、何時間も見つめているとすっかり色合いを変えると知った時のシグルーンの感動。彼の言語をあれほど学ばされたのにその感動が呼び覚まされたのは、決して彼女が彼の複雑な言語を数えるほどしか憶えられずに、その感動を読解できなかったせいではないことだろう。
おそらくは、かつてのバルバロットの言語は当時彼が信じていたよりも遥かに、稚拙で不完全なものだったに違いなっかった。12の景色は12の文字色のモチーフにすぎないのだから、実際に彼が1の景色を語る時には、12の色が織り交ざることになる。本物の景色を知っている者ならばそういうものだと理解できるだろうが……知らなければ語られた1の景色は途端、12の景色の混ざったどす黒い無彩色へと変わる。
今やバルバロットは『モチーフ』と『実際の色彩』が異なるという事実を明確にするため、新たな表現を発明していたに違いなかった。もしもそのお蔭でほんの僅かでも、本来は彼の文字の中だけで伝えたかっただろうかつてのシグルーンの感動を、伝えうるように進化していたのだとしたら……?
「正しく同一奇譚(おはなし)ではないか!」
Nyahahahaと、凡そこの世の生物が放つとは思えぬオラボナの嗤い声が響く。そのような涙ぐましい努力によって、バルバロットは同一奇譚(わたし)に並び立つ書物を創ろうと足掻いたというのか!
よかろう。その『世界一美しい言葉』、我が身を以て、我が頁を以て手繰って魅せよう。少なくとも彼はそれに足る価値を示してみせたのだ……バベルとは元より崩れるのが当たり前であると、賢明にも理解したことにより!
……が、そこでオラボナはぴたりと哄笑を止め、海洋チームに割り当てられた研究室の方角を向き囁いた。
「時に、海にまつわる事柄ならば右に出る者はいないと自負し、余所者の手など借りても役に立たぬと息巻いていた海洋学者らであったが……どうやら、ようやく“理解”して貰えたようだ。すなわち、深怪魔なる深海のよりのものどもを識らんと欲するのならば、同一奇譚(わたし)を“解読”するのが何よりも手っ取り早かろう、と。貴様らもそう思うだろうよ、親愛なるリプレイ読者諸君?」
再びNyahahahaと声を上げて嗤うと、彼はシグルーンの手を取って海に飛び込み、集う深怪魔のためにいまだ調査の及ばなかった、沖合いの悪魔じみた岩礁の下へと泳いでいった。すると海洋学者たちも奇声を上げて、続いて海へと小舟にて漕ぎ出してゆく。
フェミニンなオフショルダービキニの娘と何故かバニーガールめいた水着とつけ耳という奇妙な組み合わせに深怪魔どもも大いに困惑したことだろう。が、お蔭で件の書の末尾近くに横たわっていた暗鬱なページに対応する光景が明らかにされるのは、今からそう遠くない時に違いない――。
●書の正体
「――さて、最も特徴的な冒頭の文章なのだけど、これはマンディラ氏に宛てた私信の部分であるだろうね」
それぞれの調査を終えて再び集まった解析チームの前でルネが切り出した結論は、そのような内容から始まるものだった。
そして、その私信の内容を理解しようと思うなら、当然、ルネがマンディラ氏から聞き出したバルバロットとの関係が重要になろう。
「この島の彼の別荘は、インディアクティスを通じて手に入れたという美術品で一杯だった。言ってしまえばバルバロットにとって、氏は重要な顧客であり、熱心なファンだったんだ……少なくとも氏はそのように自負をしている」
やや含みのある言い方が意味するものは……すなわち、実際にはそうではなかったらしい、ということだ。
「インディアクティス領での調査中、領民たちのとある貴族への愚痴をよく聞かされたものだよ」
とは美透。その貴族はバルバロットの失踪後、彼の作品を求めるために随分と横車を押したらしい。
「先程、氏の話を聞いて確信したね。実は、その貴族こそマンディラ氏だったんだ」
再びルネ。いかに失踪した男とて、どこかでそんな氏の様子を聞いて苛立ったなら、黙らせる術を画策したとしてもおかしくはあるまい。あるいは、失踪前から幾度も辟易させられたのか。
「それを聞いてインスピレーションが沸いたわ」
ヴィリスが私信の中ののたうつ狂王種の長魚の文字を見つけて、こんな想像を綴ってみせた。
「学なんてものを与えられて来なかった私には、こんな複雑な書き言葉、本当のことは解らないけれど。でも、この文字はきっと戦いの最中の長魚なのよ。ええ、やっぱり私には踊りが必要だわ! だって、この形……海で彼らと踊っていた時に、彼らが取った形とそっくりだもの!」
ただ彼らの姿を文字にするのではなく、怒り狂う彼らをこそ文字にした――そんなヴィリスの着想から導かれることは、この私信が、色から当初予想されたとおりに警告文であるということだ。もしかすると、『親愛なるマンディラに告ぐ。貴君の所業は見過ごし難い』とでもいう内容を、芸術的な修辞で紡ぎ上げてあるのかもしれない。
そんな時――。
「――『その飽くなき好奇心は何言をも見透さず、故に語るべき言の葉は無し』」
不意にアッシュの口許より零れた言葉は、彼女が白ゆえに触れ得たものか。紛うことなくその旋律は、書の冒頭に近しい一行の訳文であったろう。尾鰭のように広がる白い水着の布地が風にはためき、彼女はバルバロットがこの書に込めた想いを代弁してみせる。
「きっと、どうせ読めないものを求めるマンディラ氏への失望が、この書には込められているのだと思います。なので、この後のページに続くのは、本来は芸術的でも何でもないはずの言葉」
「そう。以降のページに載っているのは、この海に住まう生き物の事典なんだ」
帳がそう主張した最大の理由は、これまで見てきた種族にまつわる文字がまず最初に描かれ、次にその特徴を示すような文字が続いているからだ。
「ページによって色合いが違うのは、その生き物が暮らす時間の違いだね。なんて生き物がどんなところに棲んでいて、それは一体どんな特徴をしてるのか……そんな説明文をいくら並べたところで芸術なんて呼べやしないけれど、この本はそれを世界一美しい文字で描いてみせた、皮肉の芸術なんだ!」
偏執的なまでに自他に妥協を許さぬ芸術家。それは確かにかつてシグルーンを弄んだバルバロット・インディアクティスの姿だった。
感情を抑え、淡々と事実だけを羅列する事典の文面からでは、その歪んだ原動力は一切伝わってこない。バルバロットの全てを捉える日は何時か、そもそもそのような日が来るのかさえシグルーンには判らない。
だとしても正体不明であった男の足跡と思考の片鱗は、今日、こうして掴み得た……マンディラ氏から報酬として受け取った、8枚分の『竜宮幣』とともに。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
今日、『バルバロットの書』の全てを解き明かすことこそできずとも、その大まかな構成と、幾つもの重要な語句に対する知見を得ることができました。
現状、全体の中でほんの数えるほどしか出てこなかった単語など、どうしても解読の手がかりのない部分も多数含まれてはいるようです……とはいえ今回ここまで解読が進んだならば、完全解読もそう遠い未来ではないでしょう……バルバロットの言語がさらなる進化を遂げさえしなければ。
GMコメント
海洋貴族バルバロット・インディアクティスは、狂える芸術家でもある人物。彼の遺した書物(あるいは超長文の手紙なのかもしれません)は、もしかしたらこの海の何らかの名状し難き真実を仄めかすものであるかもしれません。
●バルバロットの書
きらめく魚皮で装丁された、美しい冊子です。カラフルな象形文字の中には 『混沌の娘』シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)様の見知ったものも含まれてはいますが、書物のものはかつてより遥かに複雑で理解しがたいものに進化しているようです。
見た目は表意文字と表音文字が入り交じっていそうですが、真実は不明。字色や字形の細かい違いが意味のあるものなのか表記揺れにすぎないものなのかも、調べてみないかぎりは判らないでしょう。
冒頭は黄・黒・赤などの色が目立ち強いメッセージ性を感じさせますが、以降は落ち着くようです。
書の解読には皆様のほか、海洋の海洋学者のチーム、練達の言語学者と暗号学者のチーム等が参加して成果を競っています。適切な手段を用いれば、彼らへのアプローチも可。
●解読方法
バルバロットも混沌肯定『崩れないバベル』の恩恵を受ける身ではあったため、彼の言語理論は言語学の観点からすれば初歩的であるようです。高度な言語学や暗号学の知識が全く役に立たないということもないでしょうが、必ずしも必要なものではないでしょう。
にもかかわらずバルバロットの書を難読たらしめているものは、その語彙の大半が未知であることによります。バルバロットの書の解読に必要なのは、いかに単語や熟語の意味を推測するかとなるでしょう。
もっとも依頼内容は「解読に尽力せよ」であって「解読を成功させよ」ではないので、結論が「このアプローチでは解読できないようだ」になってしまったとしても十分にシナリオ成功にはなります。
・表意文字を理解する
書の中の表意文字とされる象形文字は、おそらくはそれが象る事物を発見できれば理解が可能です。周囲の海中で実地調査を行なうことは、そのための最短の道のりです。
ただし、周囲の警戒や戦闘準備は怠らないでください……『絶望の青』にて変質した狂王種と呼ばれる凶暴な海棲生物や、最悪、悍ましい邪神の眷属たる深怪魔と出会ってしまう可能性もあります。
特殊ルール『竜宮の波紋』もご確認ください。
・慣用句を理解する
象形文字で抽象的な概念を表現するために、バルバロットは様々な連想を駆使して抽象的語彙を創造しています。その連想手法を理解するためには、彼の発想を再構築する材料を集めればよいでしょう。かつての彼の足跡を辿ったり、文面の内容に予想をつけておいたりすることは有効です。
足跡を辿るには、同じ海種の貴族であるマンディラ氏にかつてのバルバロット氏について尋ねるほか、参加者のどなたかが「こんなこともあろうかと!」スキルを活性化していれば偶然にも彼の領地などを訪れて調査していたことにもできます(調査のためのプレイングは別途必要です)。文面の内容に予想をつけるのは誰にでもできるでしょう。
特殊ルール『ジネヴィラ』もご確認ください。
●特殊ルール『竜宮の波紋』
この海域では乙姫メーア・ディーネーによる竜宮の加護をうけ、水着姿のPCは戦闘力を向上させることができます。
また防具に何をつけていても、イラストかプレイングで指定されていれば水着姿であると判定するものとします。
●特殊ルール『ジネヴィラ』
現状、バルバロットの言語の最大の理解者は、シグルーン様で間違いないでしょう。シグルーン様がプレイング中で「こうだった」と回想した事柄は、PandoraPartyProjectの世界設定と矛盾しないかぎり全て真実であったものとして扱われます(相談時の公開を推奨)。
ただし、真実となるのは「当時シグルーン様がそう認識した」という部分であって、そこに誤解の余地が一切ないわけではありません。そもそも、『バルバロットの書』はマンディラ氏がバルバロットの著作物であると考えているだけで、他の者の手によるものでないという保証もないのです……真実を知ることが必ずしも解読の役に立つとはかぎりません。
●特殊ドロップ『竜宮幣』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
このアイテムは使用することで『海洋・鉄帝・ラサ・豊穣』のうちいずれかに投票でき、その後も手元にアイテムが残ります。
投票結果が集計された後は当シリーズ内で使える携行品アイテムとの引換券となります。
※期限内に投票されなかった場合でも同じくアイテム引換券となります。
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