PandoraPartyProject

シナリオ詳細

お届けしましょ、妖精さん。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 大樹ファルカウ上層部から少し下ったあたりに、即席の養生施設が出来上がっていた。
 上層部で襲撃を受け、そこでローレット・イレギュラーズに救出・応急処置を受けた幻想種達を下の層に移すだけの体力をつける準備をしているのだ。
 その中に虚ろな表情で周囲を見回す幻想種たちがいる。
 アロンゲノム・バクアロンに魂の一部を食われた者達だ。心身ともにある程度は回復している。戦闘や激しい運動はもう少し様子を見た方がいいが日常生活に支障は出ないという見立てだ。 しかし、魂を食われたという事実が彼らの心に重苦しくのしかかる。
「私はとても大事なことを失ってしまったのです」
 そのとても大事だったことが、はるか昔に床に落として食べられなかったタルトについてであることを知っているのはそれを食らったバクアロンに聞かされた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)しかいない。
 残念だが、食われた記憶とそれにまつわる魂は戻らない。
 しかし、この先の人生を十分楽しんで生きていけるだけのものは残っている。
 幻想種の男は、そのことを納得していながらもまだ吹っ切れないでいるのだ。この胸に空いた穴には何が入っていたのだろう。


「もうどうしようもないから、手を打つことになった」
『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)は、天井を仰いだ。分かっていたことだが実際報告が上がってくるとひしひしと感じるものがある。
「君たちにはその道のエキスパートを現場まで警護してもらう任についてもらう」
 そのエキスパートだ。と、紹介されたのが――。
「何のお話をしていたのでしたっけ? ああ、メンテの大事なヒトのお話でした。ネームプレートとドントフォーゲットミーはメンテの大事なヒトを安らかにしに行くのですよ」
「あんたたちメンテのことは知ってる? あたしたちの面倒を見てくれてる優しい幻想種よ。これはメンテへの恩返しなの。精一杯働くわ」
 ピンクっぽい男の子の妖精と青っぽい女の子の妖精がメクレオのお菓子を横取りしながら口々にしゃべり出している。
「こっちのピンクいのがネームプレート。物忘れの妖精だ。青いのがドントフォーゲットミー。物覚えの妖精だ」
 正確に言うとミョウガの妖精と忘れな草の妖精なのだが、そういう方向の呪いが使えるのだ。
「今、上層にいて辛い思いをしてる幻想種の辛さを緩和するため二人に尽力してもらう」
「ネームプレートがエイとすると忘れてしまうのですよ」
「私がエイとすれば忘れたこともきっと思い出せるわ」
「だから、絶対忘れたくない大事なことをドントフォーゲットミーにプロテクトしてもらって、ネームプレートにそれ以外を忘れさせてもらう。で、その忘れたことも思い出しても大丈夫なくらい回復したら徐々に思い出すようドントフォーゲットミーに目印をつけてもらう」
  部分的記憶喪失。でも、それじゃ、バクアロンと変わらないんじゃ。
「忘れるって言っても、当事者性が薄くなる程度だ。食われたことで空虚になった感覚があいまいになるようにする」
 そこに空虚があることを忘れてもらうのだ。
「現状、その喪失感で社会復帰が遅れているわけで。ある程度立て直し、少しづつ本人の態勢が整ったら少しずつ思い出していくというか、記録が記憶になっていく感じ。長期的にはできた空虚とも向き合ってもらう長期プロジェクトだな。色々治療方針が挙げられてる中、試す一つの手段と思ってくれ。何しろ前代未聞の事態だ。類似例がない」
 さて。と、情報屋は言った。
「問題は、この二人を対象の幻想種に接触させないといけない。から、ファルカウ上層部まで連れて行かなきゃならない。ならないのだが」
 体長30センチ。平時ならともかく、今のぐちゃぐちゃの内部を飛ぶにしても障害物一つ取り除くことはできないだろう。
「そういう物理的理由もあるんだが。ネームプレートは三秒で直近考えてたことを忘れる」
「そうよ。ネームプレートはどこに行こうとしてるかも忘れるし適当に飛ぶし飛んだ先でどうして自分がそこにいるか忘れるわよそれと――」
「ドントフォーゲットミーは思いついたことを全部言う。気になるところは全部追求し切らないと次の会話を始めない!――二人がそういうのはのは呪いとかじゃない。そういう性質なんだ。どうしようもない」
 情報屋はぐびりと茶を飲んだ。
「こいつらを森で散歩させるだけでイレギュラーズがいる。それを、まだ混乱著しいファルカウの、上層まで連れて行かなくちゃならない!」
 邪妖精が駆除しきれていない中で迷子になられたら、とんでもないことになる。
「いいか。絶対。ネームプレートから目を離すな。カバンやかごじゃ、するっと抜けてどっかにいくぞ。悪気もなく」
 この妖精コンビニ翻弄され続けている情報屋は言った。
「手の届く範囲において、常に話しかけ続けろ。その間は忘れられないから。忘れられたら最後どっかにいくぞ。会話を途切れさせるな。何をしに行くかを忘れさせるな、忘れたら最後、幻想種の何を忘れさせるのか忘れたまま、『エイ』する可能性がある! 常に、報告、連絡、相談をするんだ。ほんとに三秒で忘れるからな!」
 で、現地に着いた後は。と、情報屋は息を整える。
「警護と見守りっていうか――あれだ。こう――戦闘があったろ。それであちこち風通しがいい感じになってんだよ」
 とても荒れていて、とても見晴らしがいい。風通しがいい。とても木が茂って、人が行きかっていたところが。なにもなくなっている。
 メクレオは衝動的な行動を危惧しているのだろう。
「生きる気力をなくしてしまわないようにだな、付いてやってくれないか。こういうのは時間薬で、山場を越せばなんとかできるんだ。命がけで命を救ってくれたあんた達の目の前ではさすがに踏みとどまってくれることを――祈りたい。もしもの時は止めてくれ。こう、ぽっかり空いた人に忍び寄りやすいからさ。そういうのは」
 そして、彼らはぽっかり空いてしまったヒト達なのだ。
「そのぽっかりにとりあえず蓋してくれるんだよ、妖精さんは。その穴をふさぐほどの思い出がまたあふれるまでの期間限定のふたを」

GMコメント


 田奈です。

 このシナリオは、ルーキス・ファウン(p3p008870)からアフターアクションに基づく<太陽と月の祝福>泣いて怪王獏を討て!の後日談に当たります。作戦資料として目を通してからご参加ください。

 妖精・ネームプレートとドントフォーゲットミーについては、面倒な妖精だというのを押さえておけば大丈夫です。
 とはいえ、拙作「お花摘みましょ、妖精さん。」「<夏の夢の終わりに>崩れるシロからもぎ取るドントフォーゲットミー」「お加減いかが、妖精さん。」辺りを読むと、より感慨深くなります。

 道中
 荒れていますが、少しづつ整備されています。ですが、妖精がちょろっと入りこんだら探すのは難しいくらいの荒れ具合です。妖精がふらふらしないように工夫してください。
 はぐれ魔獣が出ないとも限りません。注意は怠らない方がいいでしょう。ネームプレートは一目散に逃げだし、3秒後になんで自分が急いでいるのか忘れます。

*妖精「ネームプレート」
 身長30センチ。白からピンクに変わる髪とそれに合わせた装束。
 男の子だ。
 ミョウガの妖精。
 首から名札を下げているが、字が擦り切れていて読めないし、本人も覚えていない。だから「ネームプレート」
 丁寧にしゃべり、はきはきしているが、3秒後にさっきまで話していた内容を忘れる。
 幸い根気よく話し続ければ、しばらくは覚えているし思い出せる。
 多動気味。目を離すとどこかに行く。束縛されるのが嫌い。
 覚えてないので反省できない。
 ドントフォーゲットミーは大好きですよ?

*妖精「ドントフォーゲットミー」
 身長30センチ。白い手、青い髪、黄色い瞳。抜けるような青い妖精。
 丁寧にしゃべるが、これはツッコミだ。ネームプレートのことはあの子呼ばわり。
 思いついたことは全部話さない時がすまない。大体、その間にネームプレートが本題を忘れる。
 ネームプレートはほっといたら死ぬ。実際はそんなことはない。結構図太い。
 メンテには深く感謝している。絶対この恩は返す。

<参考>
*幻想種「メンテ」
 ネームプレートとドントフォーゲットミーを自分の家に住まわせて、面倒見ている幻想種の女性。一切ストレスは感じていないようだ。メンタルがミスリル。
 今回は世話になっている彼女の身内が巻き込まれたので、妖精たちは一肌脱ごうとしています。

 傷ついた幻想種×相当数
 心身ともにバクアロンに蹂躙されていた幻想種です。とりあえず、命に別状はない程度に回復してきましたが失ったものの大きさに耐えられる衝動的な行動をとるのではないかと危惧されています。
 何をしたら回復の手助けになるか相談してください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • お届けしましょ、妖精さん。完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年08月01日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

サイズ(p3p000319)
妖精■■として
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
キイチ(p3p010710)
歩み続ける
コヒナタ・セイ(p3p010738)
挫けぬ魔弾

リプレイ


「バクアロンに付けられた傷跡は、やはり簡単には癒えないのか……」
『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は、先だっての戦いの後を思い出していた。
 夢魔に心身ともに食い散らかされていたごくごくわずかな生存者の虚ろな目が、声にならない言葉を紡ごうと開閉する唇が。
 復興関連の依頼を受けると決めたのはそんなことがあったからこそだ。
『その心の空洞が一刻も早く埋まる様、自分達に出来る治療の手助けは積極的に試してみたいですね』
 と、受付で言ったら、なら、ぜひに。と、回ってきた仕事だ。
『桜花の決意』キルシェ=キルシュ(p3p009805)も、新緑が受けた傷の深さを痛感していた。
「みんなが前を向けるようにルシェも頑張るわ!」
(この世界に着いて浅いけど、役に立ちたい。自分にできることならば)
『フリースタイルスナイパー』コヒナタ・セイ(p3p010738)は、混沌に至るまでの経歴の割に根がまじめだった。
(護る決意をする人、新しい思い出を作ろうとする人……微力ながら手伝いたい)
 そういう訳で、記憶にまつわることならと白羽の矢が立てられたのは――。
「ネームプレートは頑張ります――なにをがんばるんでしたっけ?」
「辛いことを忘れてもらうのよ。大事なことは私が絶対忘れられないようにするから。あたしはドントフォーゲットミー。忘れないでね」
 ピンクのふわふわと薄青いぎゃんぎゃん。
「プレート君にミーちゃんね! ルシェはキルシェです! こっちはリチェ! 宜しくね!」
『桜花の決意』キルシェ=キルシュ(p3p009805)は、新緑育ちの幻想種だ。養成との親和性も高い。
元気に自己紹介をし、乗騎――ジャイアントハムスター――のリチェを紹介した。
 リチェの毛足で妖精が埋まる。。
 キイチ(p3p010710)は、情報屋が語った現場で施される処理が気になった。
(記憶の操作……少しだけ興味がありますね)
 誰かに言うつもりはないが、キイチにも幼少の頃の記憶に不備があった。
 記憶に穴の空いた者が、それを忘れて安寧を得るのかどうかを見極めたいと思うのも無理はない。
『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)の二つ名は的を射ている。
「はぁ……子守は御免なんだが、重要な役割を背負ってるとなるとそう文句も言ってられないな」
 ため息交じりに見やる先には二人の妖精。ウォーカーには異種族の精神円熟度の相違はなかなかに理解できないだろう。更に、現代日本出身者はともすると苦労すると老け込みやすい。優しい世界でないと生き難い妖精とは一線を画する。
「放っておいて魔獣の餌食になっても寝覚めが悪い。なんとかして連れて行くとするか」
 そこで何とかしようと思うから貧乏くじを引いてしまうのだ。無自覚なのが世界の世界たるである。
 『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)と『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は、この二人の妖精の命の恩人だ。
「お久しぶり、ネームプレート。ドントフォーゲットミー。時間が経ってしまったから初めましての方がいいのかな?」
「お久しぶりです、ドントフォーゲットミーさん……何度でも初めましてネームプレートさん」
 二人ともある意味悟っている。
「サイズ! ウィリアム! 久しぶりね私たちの方から会いに行けないからずっと心配していたのよ」 
「ネームプレートは毎日ドントフォーゲットミーがお話ししたからお二人のことは思い出せますよ。鎌を持ってる方がサイズさんで、見た目より絶対おじいちゃんなのがウィリアムさん」
「……2人とも元気そうで何よりだよ」
 ウィリアムは、あはは……と笑った。幻想種を見慣れている妖精が言う「おじいちゃん」とは一体。
 ドントフォーゲットミーが毎日言い聞かせられることによってネームプレートのなけなしの長期記憶野にようやく刷り込まれるのだ。
「以前つくった鎖は……妖精の性質に勝てませんでしたか」
 職人魂のこだわりであつらえた鎖が二人の間にない。
 端末体をしゅんとさせるサイズに、ドントフォーゲットミーはすまなそうな顔をした。
「新緑のおうちの周りで使わせてもらってるわ。とっても重宝してる。ありがと」
 ドントフォーゲットミーの手首にバンドの跡がある。ネームプレートにも同じものがあるだろう。
「でもね今回は絡んじゃいそうだから外してけってあのうさん臭くて薬臭いのが――」
 絡まってその辺の根っこに食い込んだとてつもなく繊細な鎖をほどく――場合によっては切断――よりまし。と、情報屋は判断したのだろう。
「大丈夫です……俺が必ず護り通しますから……どんな傷を負ってでも……二人に怪我はさせません!」
 妖精絶対守るマンなサイズに怪我を前提にするなと説教しても意味がないことをドントフォーゲットミーは忘れていなかった。
「今日はどうぞよろしくね! それと、敬語が戻ってるわ、サイズ! 草刈りしてた時は普通にしゃべっていたのに!」
 鎌の刃をガン見している。
「サイズのどこをじっと見たら気持ちが伝わるのねえどこなの気になって仕方ないわ!」
 このままでは永久にスタートから動けない。
 サイズは本体を端末体に背負わせると、左の手でネームプレートの手を握り右の手でドントフォーゲットミーの手を握って、率先して飛び始めた。
「ちょっと! 背中に向かって話さなくちゃならないのはしんどいわよ」
 旗から見たら仲良し妖精三人組のお散歩のようだが、左からのマシンガントークに気を取られていると右からヌルンと明後日の方向に逃走の危険。全然気が抜けない。
 以前、サイズがお手伝いに行ったときはドントフォーゲットミーが蘇生したばかりでネームプレートも気を張っていたのだ。数年たち、ドントフォーゲットミーも回復し、ネームプレートもすっかりぽややんに戻ったらしい。
「困ったものよね。アルヴィオンからこっちに来ることになるし、もうしっちゃかめっちゃかよ」
 ドントフォーゲットミーはそれに結晶化され瀕死という話まで付いてくる。
「アルヴィオン――」
 ネームプレートが唸り出した。この数年で妖精郷アルヴィオンのことまで忘れてしまったのだろうか。
「アルヴィオンからどのくらい離れたか忘れてしまいましたが、ドントフォーゲットミーが覚えてくれてるから大丈夫です」
 いいんだ、それで。
 会話のエアポケット。いかん。三秒でネームプレートが大抵のことを忘れる。
「うんうん。それで、今日はファルカウの上の方に行くんだよね?」
 ルーキスが切り出した。大丈夫だ。会話のキャッチボールはまだ続いている。
「そうよ! 上の方にメンテの身内がいるのよメンテは飛び切り笑顔がかわいいのもちろんメンテの魅力はそれだけではないのだけどいつもにこにこしてるところが最高に――」
 ドントフォーゲットミーは絶好調。なるほど。三秒で忘れる全ての隙間に情報を流し込めたらさすがのネームプレートも忘れる暇がない。
「メンテには笑っていてほしいのでお手伝いするのですよ」
「メンテの大事な人助けにいくよ!」
 『元憑依機械十三号』岩倉・鈴音(p3p006119)が念を押すと、さっそくドントフォーゲットミーが。
「この人たちが連れてってくれるのよ聞いてるネームプレート!」
 ぎゃんぎゃん。こうなるとドントフォーゲットミーの翅のピルピル回数が目に見えて減っていく。そうすると、ネームプレートも減速する。
「ならばタルトだ!」
 鈴音は元気に言い放ち、タルトをちぎって口に入れる。
「まぐっ」
「ヤミツキになる悪魔のタルト! 一口めしあがれ〜」
 にんまり笑う鈴音、無言で咀嚼するドントフォーゲットミー。それなりの前進。
「悪魔のタルト!? とてもおいしいわネームプレートもいただきなさいこれおいしいわなにが入ってるの」
 新たな刺激はドントフォーゲットミーの口車に油をかけるのだ。口がふさがっている間はふよふよ飛ぶので、定期的にタルトのかけらを二人の口に突っ込む簡単なお仕事が始まった。
「ちょっとだけだよって言ったのに」
 鈴音がいう。そもそも上層部にいる被害者に差し入れとして持ってきたのだ。
「人間サイズならちょっとだわ! おいしいわねネームプレートよくあぐあぐするのよ」
「だが、元いた世界のタルトはあんこのロールケーキなんだがな?」
 殺伐とした世界でも甘味くらいはあるのだ。
「なんでロールケーキなのにタルトなの作り方が全然違うわいい事タルトっていうのは――」
 妖精は鈴音に延々とお菓子の作り方の違いを講釈した。メンテがお菓子作りが上手なことをイレギュラーズは理解した。今なら、レシピをさらわずともタルトとロールケーキが焼けそうだ。
「タルトは奥が深いぜっ」
 

 二人の妖精を前後左右から押し合いへし合い、気が付いたら移動しているように誘導しながら一行は歩く。
 妖精たちにしてみたら、おしゃべりしている内に飛んでいる場所が変わっているくらいの気持ちだろう。後ろから一歩、ぶつからないように一歩前。右から一歩、ぶつからないようにスライド移動。その連続だ。上空から見ている者がいたら、そういう盤上遊戯と思うに違いない。
 子守を回避した世界は、簡易式召喚陣で精霊を可能な限り召喚して、周囲を哨戒させた。
 見えるものには、妖精よりもはかないものが場を行きつ戻りつするのが見えるだろう。
(精霊や味方の誰かが敵を発見した場合は避けられそうなら避ける、無理そうなら精霊で気を引き俺達から敵を引き離すという感じでいいだろう)
 戦闘はなるべく避ける。このあたりに出た夢魔は手練がパンドラをしゃぶられながら勝ち取った区域だ。はぐれがザコという訳ではない。ヘタすると手負いで余計にヤバい。急襲されたら――。
「まあ戦闘するしかないな」
 ぼそっと呟く世界の言葉に、緊張の糸が張り詰める。
 その時、ゆらぁ――と何かが動いたことに、世界とは反対方向を捜索していたキイチが気付いた。
 イレギュラーズに緊張が走る。キイチの手は、大型・複数・交戦不利と動く。
 やり過ごすしかない。
「――ネームプレート、タルトおいしい?」
 ウィリアムはネームプレートから目を外さない。
「おいしいですよぅ」
 ところで、何を食べているのでしたっけ? と、首をかしげている。
「――お歌うたおうか。ドントフォーゲットミー」
「ええと、そうね――」
「できるだけそっと歌う歌がいいな。小さな声で歌う歌がいい。ネームプレートはドントフォーゲットミーのまねをして。僕も歌うよ。そうだね――セイ君も一緒にどうかな?」
 宙をホバリングし、周囲をイレギュラーズに囲まれた妖精達は気づいているだろうか。踏みしめた床からわずかに規則的な振動がある。
 何か、大きなものが移動しているのを狙撃手は経験から読み取った。
「そうですね。私もドントフォーゲットミー氏の後に歌います。この世界の歌を知らないので」
 妖精がパニックを起こしてあらぬ方向に飛んでいかないよう。今、セイが携帯している重装火器を振り回したらびっくりした拍子にネームプレートは何をしに来たか忘れるだろう。
「辛いことに蓋しよう♪ 悲しいことに蓋しよう♪」
 キルシェが小さく歌った。新緑の古い歌だ。妖精が幻想種に教えた歌というが本当だろうか。
「それ、いいわね」
「できるだけ小さく歌う競争だよ」
 ウィリアムが誘導する。
「――――」
 声にならない空気が漏れるだけの歌。自然動きもゆっくりになる。そおっとそおっと。
 キルシェが頷いて、妖精を囲む輪から離れる。
 ルーキスが先行して、通る予定の道からは死角となる分岐に立っていた。
 手には肉とゾンビを持っている。どっちがいい?と思うと口パクしている。ルーキスの位置からは何が来ているのか見えないらしい。
 食い気がある方なら肉、獲物をもてあそぶものならゾンビの方が時間が稼げる。が、キルシェ的に今近づいてきている大きな影がどっちなのか。
「リチェ、どっちがいいかな?」
 ジャイアントハムスターは、躊躇なく、肉だとキルシェに鼻を鳴らした。


「辛いことに蓋しよう♪ 悲しいことに蓋しよう♪」
 二人の妖精は傷ついた者の中を飛び回る。
 ここに至るまで、涙ぐましいまでのイレギュラーズによる忍耐の行があった。何しろ小さいのでとっさに口を押さえるということができないのだ。
 大きいのはやり過ごし、小さいのは気をそらしている内に特攻風味で狩る。
 鈴音が無言で癒してくれた。
 しゃべりすぎて声が枯れたウィリアムはようやく一息ついてごくごく水を飲んでいるところだ。サイズの端末体の握力はなくなっている。ずっと、二人の手を握りっぱなしだったのだ。
「こんな感じですか?」
「いいや、もっと――髪の色は薄いんだ。そう。風の中に立っていた――」
 ルーキスは、被害者達に丹念に聞いて回った。『今までに自分が幸せだと感じた瞬間』を。
 それは傷ついた人たちの記憶の強さによって解像度が違った。口頭でうまく説明できない者もいたし、精神感応系の能力はなかったので。ルーキスと記憶を見つめるものの共同作業になった。それでも、形になったのはセイがずっとルーカスの幻想を強化したからだろう。
 ほんの一分間のことだったが、コラージュ写真のような様々な幸せがその場に映し出されたのだ。
 歓声が上がる中、ぽっかりと静かな一角があった。
「目立ってアレなのがこの人だな」
 感知できるだけの感情がない。と、世界が妖精たちを手招きする。
 ルーキスはその顔に見覚えがあった。バクアロンに幼い日の記憶を貪り食われた幻想種だ。声をかけずにはいられなかった。
「あの時と同じタルトでは無いけれど。皆で食べるタルトはきっと美味しいですよ」
「私がなくしたのはタルトの記憶なのかい」
 そんな所からなくなっている。もう食べられないタルトの記憶を幻想種の長い長い時間の中ずっと抱いてきた幻想種。苦い後悔だったかもしれない。もう落とさないようにという戒めであったかもしれない。記憶が何だったかは伝えられても、その記憶をどう思っていたかについては幻想種にしかわからない。だから、思い出は尊いのだ。
「ありがとう。だが、私には――その記憶すらない」
 ただ今、生きている。あるのは、自分達はまあまあ幸せだったらしいという伝聞とぽっかりした喪失感だ。
 ルーキスも食いちぎられた。イレギュラーズとして生きていくのに不可欠な何かが消し飛んでいく感触。思い出しても身震いする。
 痛みを共有していることを感じ取って、幻想種とルーキスは苦笑しあった。
「――プレート君。ミーちゃん」
 ルーキスたちの話を黙って聞いていたキルシェが妖精達に語り掛けた。
「ここにいる人達はね、みんな心が痛くて泣いてるの」
「痛いのはよくないですね」
「痛いのはここが大変っていうお知らせだから無視してはいけないのでもちゃんとお手当てした後はなくてもいいものよ」
「だから」
 キルシェはルーキスに笑って見せた。大丈夫だ。そのためにこの二人をここまで連れてきたのだ。
「ミーちゃんが大切な物を守って、プレート君がそれ以外に蓋をするの。そうしたらみんな泣かなくなるの」
 みんなはみんなだ。食われた本人であり、その周囲の者であり、彼らを思うイレギュラーズもだ。
「そのために連れてきたんだ」
 世界がさっさとしろ。と、二人を促した。
「穴があるのを忘れると色々無茶しそうだからそれは覚えてないとねでもそれで辛すぎるのは忘れていいことよでも全然痛くないと穴をふさごうって気にならないわ」
「辛いのが我慢しなくちゃいけなくなる前に忘れるように」
「穴が開いてると不便と思える程度に」
「泣いてしまわないくらいに」
「辛いのは忘れて、大事なことは忘れないで」
 ピンクと青紫の妖精は歌いながら飛んで回った。ふもとに帰れるくらいに。生きるのを諦めることを忘れるくらいに。
 その後ろをウィリアムが追いかける。医療知識を披露し、サイズが調剤していく。
「カレーが煮えました!」
 キルシェがお玉を振り上げた。
「気分が落ち込んでる時ってのは楽しい事をしたり美味い物を食うだけで幾分マシになることもあるからな」
 世界が荷物から絶品の菓子折りを取り出す。
「食べられない過去のタルトより未来の美味しい物を覚えていこう。いろんな料理や菓子を食べていけば心安らかになるだろう」
 鈴音が妖精から守り抜いたタルトを配る。
「失った思い出の代わりは、また『作れば』良いんです……だからどうか。生きて、下さい」
 ルーキスは声を絞り出した。それだけの思いでここまで登ってきたのだ。
 皆でおいしい食事をしよう。そのあと、林檎の種を植えるのだ。
「今日の出来事が、彼等の心の空洞を埋めてくれます様に」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。養成は無事に現場に到着。心痛めた人たちの心の穴をふさぐお手伝いができました。ゆっくり休んで次のお仕事頑張ってくださいね。

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