シナリオ詳細
リーベルタースの丘へ
オープニング
●幼少期の思い出
覇竜領域デザストルの各地に点在する亜竜集落の中でも特別巨大な竜骨を利用した集落『フリアノン』
其れは嘗て伝承の竜フリアノンが人との友好と愛の末に形作られた地であるとされていた。
フリアノンと友誼を交わした一族『珱』は代々、里長としてこの地を収め、愛おしきフリアノンの骨を護りながら日々を暮らしてきたのだ。
珱家の珠珀(じゅはく)は同じくフリアノンに古くから存在する名家の娘を娶った。
跡取りとなる一人娘には琉珂(りゅか)と名付け、里長として目下の課題であった亜竜種たちの居住区域の拡大に取り掛かったのだ。
「そうですなぁ。ピュニシオンの森には向かわぬ方が良いでしょうな。
デポトワール渓谷を超えた先に広がるのは荒野でしかありませんし、ヴァンジャンス岩山などは亜竜の領域です」
「だが、ベルゼー。デポトワール渓谷は君だって調査したことがないだろう?」
「ええ。ですがねえ……」
顎を掻く仕草をしたのはフリアノンの古くからの相談役であるベルゼー・グラトニアスであった。
ふらりと訪れてはふらりと去って行く。彼はフリアノンの様子伺いにやってきて短期間で直ぐに姿を消してしまうのだ。
曰く、デザストルの調査を単独で行ってくれているらしい。
「デポトワールは広大だ。それこそ、涯てに向かえばまた別の地域がありましょう。ですがねえ……」
「ピュニシオンを越えられない、か」
「それこそ、珠珀が琉維(りゅい)や武術の煉家や霞の陣術士、梅家の生き字引に瑛の天籟翁、その辺りにも声を掛け隊を組むというならば――」
「琉維は兎も角、民を危険に晒すなど!」
「そう思うならば止めておきなさい」
琉維――珠珀の妻である彼女は裁ち鋏を駆使した火炎の使い手である。だが、彼女はまだ3つになったばかりの娘・琉珂の世話に明け暮れて居るではないか。幼い娘から母を取り上げる決意があるかを男は問う。要するにベルゼーは『里と里の者の命を危険に晒しても良いというならばピュニシオンへ進軍すれば良い』と言ったのだ。珠珀がそうは出来ぬ事を知りながら。
「だが、此処から何処に進めば良い?」
「『リーベルタース』はどうですかな?」
「リーベルタース……それは、あの子の故郷だったかい?」
如何にも、とベルゼーは頷いた。
フリアノンの程近い花畑で琉珂の世話をしているベルゼーが連れて来た少年少女達。
その中の一人、蜂蜜色の髪を持った少女がベルゼーと出会った故郷の丘。
天には無数の浮遊島が存在する花々の咲き誇る丘陵。高山植物の咲き誇った朽ちた丘陵の存在するその場所は『霊嶺リーベルタース』と呼ばれているらしい。
「霊嶺リーベルタースに無遠慮に赴いても良い物か……。確かに危険度合いで言えばピュニシオンよりはマシだろうけれど……」
「聞いてみましょうかな。様子もそろそろ見に行かねばなりませんでしょう。琉維にも休息が必要だ」
「おとうさん!」
走り寄ってくる桃色の髪の娘は三歳程度。名を琉珂と言った。
その背後では姿勢を正してからぺこりと一礼をした黒髪の娘が立っている。
花冠を手にした彼女は『ザビーネ』、琉珂の我儘を聞いて『お姫様のような花冠』を作ったのだろう。
「ザビーネ、クレスとアウラは?」
「……アウラスカルトはあっちの木陰で本を読んでます。リュカが『一番可愛いお姫様のでる絵本を教えて』って言ったので。
フェザークレスはクワルバルツと一緒に琉維に付き合わされてます。ランチを作るとかで」
「何時も子守を任せて済まないね、ザビーネ」
「いえ」
首を振ったザビーネの手を引いて琉珂は「アウラちゃん!」と呼んだ。つんけんとした金髪の髪の娘は「喧しい」と唇を尖らせる。
「おとうさんとオジサマが来たの! おはなしはまた今度でいいから、こっちにきて!」
「暑い」
「アーウーラーちゃーん」
「暑い」
「おねえちゃんー」
「……父祖よ。どうして子供というものは此程までに喧しく落ち着きがない」
「父祖ってどういういみ?」
「ああ、パパと言う意味ですな」
「なーんだ!」
「……父祖!」
けらけらと笑う琉珂の傍で少女――アウラスカルトは唇を尖らせた。たまに姿を見せるベルゼーの後を付いて回って居ただけだというのに気付けば琉珂の子守に抜擢されたのだ。
冒険心も闊達な琉珂は木に登り勝手に落ちてくる(落下地点に魔術障壁を貼って怪我をしないように気を配ったのは秘密だ)し、絵本を読めとねだったかと思えば其の儘眠りに就く(眠ってしまったらケープを掛けてやったのも秘密だ)し、だっことせがんだら抱えてやった(其の儘眠られたときは少し情が湧いたのも秘密ったら秘密だ!)。
それだけの苦労を強いられる理由は何かとアウラスカルトは憤慨しながら問うたのだ。
だが、ベルゼーは何も云わずアウラスカルトの頭を撫でるだけである。そうされるとアウラスカルトはついつい黙ってしまう。
ベルゼーは優しい。だからこそ、彼と『同じような人の姿』を形取る『同胞』が多いことをアウラスカルトは知っていた。
フェザークレスもクワルバルツもザビアボロスだってそうだ。他の同胞は余りベルゼーに協力することはないが、四人はベルゼーを見かければその都度、協力することがあった。
故に、アウラスカルトはフリアノンの里で友も居た。己の領域である霊嶺リーベルタースに直ぐに戻らずフリアノンに立ち寄る程度には『毒されていた』のかもしれない。
「それでアウラスカルト、いいですかな――?」
●
「んしょ」
書庫を整理していた珱・琉珂 (p3n000246)は尻餅をついた。父が残していった調査資料はまだまだ整理しきれてはいない。
琉珂が6歳になったある日、父はどうしてか禁足地帯と定めていたピュニシオンの森に母と共に入り込み竜種に惨たらしく殺された。
ショッキングな出来事が里に広まってからと言うものの面白半分で森へと入り込む者の数は減ったものだ。
「……あれ、これって」
散らばった資料を探っていると琉珂も訪れた事の無い場所の情報が存在した。
――霊嶺リーベルタース。
それは『金嶺竜』アウラスカルトの拠点であったとされる場所だ。
『冠位暴食』であった『フリアノンの世話役』――オジサマと呼んでいたのに、裏切られた気持ちだ――ベルゼー・グラトニアスが嘗て、父と共にアルラスカルトにヒアリングした彼女の住処である。
イレギュラーズに敗北した今、アウラスカルトもこの地には居らず何処かに身を隠してしまっただろうが……。
「今なら、此処に行けるかしら」
覇竜領域の地上は何処だって危険だ。だが、活動領域を広げ覇竜領域に棲まう亜竜種の生活拠点の拡充は急務である。
玉髄の路を利用した交易の発達が行われれれば人口流入だってきっとある筈だ。そうしたことを考えれば、この地を調査してみるのも悪くはない。
「アウラちゃ――……竜種がその場所から姿を消した時点で亜竜の生息域も変化があるかも知れない。
それに、アーカーシュでの調査経験もあるんだし、少し遠出をして浮島の調査をすることだって悪くは無い筈よね」
――朽ちた神殿がある。浮島には高山植物が多く、亜竜も棲まっていた。
だが、季候の良い場所だ。父祖も気に入っていただろう? あの、赤い花が咲いている場所だ。
幼い頃にアウラスカルトが言っていた。花が欲しいとせがめば「また持ってきてやる」とつんとした態度で言われたものだ。
……結局その後、父が亡くなりアウラスカルトとも遊ぶ機会は減ってしまったけれど。
――美しく広い場所だ。食物もあるだろうが……。
入ることを渋ったのは自身が『竜種』である事を露見したくなかったのかも知れない。
彼女は『若い』竜であった。自身が竜であると言うことに驕りながらも弱き者達と別個の存在である事が露見することを畏れたか。
この穏やかな時間を大切にしてくれていたのだと思うと、琉珂は過ぎ去ってしまったあの日を思い返しては寂しさが込み上げた。
美しい花冠を手にして笑っていたあの時。
父と母、オジサマもいて。皆に囲まれて幸せだったあの時は、もう遠い。
「……あの花、咲いてるのかしら。アウラちゃんが言ってた、綺麗な赤い花」
リーベルタースへ、調査に向かおう。
食物を手に入れられるならばそれはフリアノンの恵になる。交易の元にもなる。
新たな冒険を行えるというならば、生態系の調査にだってなる。
――面影を探しているのではない。屹度、オジサマもみんなも、もう帰ってこない。
けれど、それでいい。
フリアノンはこれから生きていく為に更なる発展をしなくてはならないのだ。
だから、行こう。もう彼女が去ってしまったあの場所へ。
- リーベルタースの丘へ名声:覇竜20以上完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月23日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
――小さい頃の私の世界はとってもちっぽけだった。
巨大な竜骨『フリアノン』の中でのんびりと過ごす日々。両親と共に他愛もない会話を繰り返し、里長の血筋であると分かりながらも学ぶことも少なかった。
母は優しい人だった。有事の際には巨大な裁ち鋏を駆使して戦う女戦士だったらしい。頭でっかちな父の良きパートナーだったと聞いている。
父は厳しい人だった。何時だって里のことを考えて無理ばかりをする母の破天荒さに頭を悩ませていたと補佐を行う代行の皆がそう言っていた。
「ベルゼーがまさか……」
「しかし、片鱗はあったでしょう。彼も里には長期間滞在しない。流浪の旅人と言えど領域(くに)について詳しすぎた」
「それにしても彼が連れて来ていた彼女達が竜種が人を形取った結果であったとは……」
フリアノン内部にある一室で各地の里長やその代行者が頭を抱えて討論を重ね続ける。
その理由も『冠位暴食』としてその姿を現したベルゼー・グラトニオスへの対策と対応だ。
此れまでは良き里の理解者、指導者のサポーターとして立ち回っていた彼も冠位魔種であると知れてしまえばこの掌返しだ。
幼い頃から両親を支え、一人で立つことも覚束ない新米里長であった『亜竜姫』珱・琉珂 (p3n000246)に統治の方法を、世界の広さを教えてくれたあの人は『里の良き理解者』から『大罪人』に変化してしまったのだ。
「オジサマは此処には帰ってこないわ」
「琉珂、もうオジサマと呼ぶのは止めなさい」
叱り付けるような声が大人から飛んだ。琉珂は唇を噛みしめてから「ベルゼーは屹度戻ってこないでしょうね」と言い換える。
「其れよりも、私達は領域(くに)の探索と生存領域拡大のために一役買っていた存在を喪った事になる。
これから私達がどう生きていくかは私達が考えて決めなくてはならないの。……行ってみたい場所があるの。父の書斎で見付けた場所」
琉珂は里長達に珱・珠珀――琉珂の実父――が残した手記を差し出した。
「ベルゼーが連れていた竜種の一人『アウラスカルト』。彼女は深緑での一件でベルゼーから離反したと聞いているわ。
……なら、彼女が住処にしていたこの場所はベルゼーの手も及ばぬ安全領域であるかも知れない。だから、探索に行くわ」
褪めた声音で琉珂は言った。気丈に振る舞わねば、泣き叫んでしまいそうだったからだ。
父が死んだ。母が死んだ。友が幾人も減った。……大切だった理解者のオジサマさえも、恨むべき存在になってしまうのだ。
一人で立つことは覚束ない。それでも、里を背負った者として彼女は堂々と宣言する。
「ローレットのイレギュラーズの手を借ります。私はその為に世界を見て回っているのだもの。……善い結果を待っていて」
●
天を仰げば浮遊島が存在して居る。珱・珠珀が残した手記はベルゼー・グラトニオスと『亜竜種の活動と生存域の拡大』を目指した際のものであった。
巨骨フリアノンよりも幾分か離れた場所、ピュニシオンの森とは別の方角に位置するその場所は小高い丘のように地が隆起していた。
足場となろう場所は点々と存在して居る。周囲をぐるりと見回せば、丁度リトルワイバーンを繋いでおく為の洞に適する場所もあるか。今後の調査ではリトルワイバーンを常駐させておくのも悪くは無さそうだと琉珂は一人考えていた。
「ああ、居た居た! 琉珂さん!」
手を振ったのは『自在の名手』リリー・シャルラハ(p3p000955)。小さな体に明るい声音。その後ろからリトル・ライが顔を出す。
「探索は、人が多い方が良いですから」
手伝いましょうとライは琉珂へと申し出た。前人未踏の地、嘗ては『金嶺竜』アウラスカルトの居所であったという霊嶺リーベルタースへの調査への同行に名乗り出てくれたイレギュラーズ達は皆、まだ見ぬその場所に様々な感情を懐いてきたことだろう。
「やあ、琉珂。覇竜域での未踏領域。竜の住処に第一部隊として脚を踏み入れる事になるのか。
この上なく興味を駆り立てる場所ではあるけど……私達にとっても覇竜はまだまだ底が見えないからねぇ、初手は堅実に行こう!」
軽やかに手を上げて堅実な一歩こそ、大いなる進展に役立つはずだと微笑んだ『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)に琉珂は「どうぞ、宜しくね」と大仰に頷き返す。
「あの空に浮かんでいるのが引越し前のアウラスカルトの住処か。なるほど、言うなればオレたちは――厳密には違うが――空き巣ってわけだ」
そう揶揄うように告げた『戦神護剣』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)に琉珂ははっとしたように目を見開いてから「そう言われればそうだわ!」と慌て始める。
嬉しそうに笑っていたかと思えば顔を青くして慌て始めるコロコロと表情の変わる『里長』。彼女こそが覇竜領域に存在する亜竜集落フリアノンにイレギュラーズが踏み入れることを許可した存在であり、『冠位暴食』ベルゼー・グラトニオスが父代わりとして育てた次代を担う少女なのだ。
ベルゼーのことを考えれば『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)とて幾許か思う事はある。深緑で相対した時を思い返せばこそ、あの時の琉珂の心境は計り知れず、今も尚彼女の痼りになっている事は確定的だ。
「あの場所に琉珂さんは言った事が無いけれど話を聞いたことがあるんだったか」
「そうなの。私ね、小さな頃はオジサマが連れて来ていたオトモダチと遊んでいて……アウラちゃ――アウラスカルトが教えてくれたのよ」
リアンノンの花。そう呼ばれた赤い花はアウラスカルトとベルゼーにとっても思い出深いものだったのだろう。
浮遊島にのみ咲くそれは高度がある場所でなければ花開かないものなのかもしれない。故に、アウラスカルトにねだった際には「何時か持ってきてやろう」と外方を向かれたのだと琉珂は懐かしそうに目を細める。
「俺も見てみたいな。此処は故郷なだけあって琉珂さんたちの思い出に関わる場所も多いんだな」
「うん。思い出……と言うと大層かも知れないけど、それでも私にとっては大切なひとつ、ひとつの……」
底まで告げてから琉珂は袖口でごしごしと乱雑に目を擦りやった。泣いてしまいそうになったからだ。気丈に振る舞えど、彼女は里長として無数の命を背負っている事には変わりない。
――琉珂、もうオジサマと呼ぶのは止めなさい。
ベルゼー・グラトニオス。オジサマと呼んで、父亡き後に里長としての在り方を教えてくれたあの人。
「……琉珂さんにとっても思い出の地と呼べるのかも知れませんね。
私たち亜竜種の生存域を広げる為、そして里長となった彼女がしっかりと前に進んでいく為の大事なお仕事でしょう」
心して掛かりましょうと淡々と告げる『舞い降りる六花』風花 雪莉(p3p010449)はハンカチをそっと差し出して、泣かなくても良いのだと琉珂の背を撫でた。
「雪莉さん、ごめんね。頼りない里長かもしれない」
「いいえ……それでも、これからあの場所に行くのでしょう?」
こくりと頷いた琉珂は「頑張らなくっちゃね」と赤い目をしてリーベルタースを見上げた。美しい霊嶺、アウラスカルトが愛していたあの場所には何があるのだろうか。
「さ、行こうか里長。……未知を探る行為というものは、どうしてこうも高揚するものか」
タイニーワイバーンの背を撫でた『緋夜の魔竜』シャールカーニ・レーカ(p3p010392)に琉珂は「行きましょう」とイレギュラーズを振り返ったのだった。
●
「霊嶺リーベルタース……琉珂さんのお父上の情報に拠れば朽ちた神殿があるのでしたか。
アウラスカルトの生活拠点だったかもしれない場所。探索を行う上での拠点として、私達にとっても都合が良いかもしれませんね」
空をふわりと飛来しながら『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はそう告げた。目印になる地点を拠点とした方が活動は容易だ。
ぐんぐんと空を駆け上がって行く紫電は「テンション上がるなぁ〜とか言いたいところだが、未開の地だ、何が起こるかわからん」とぼやいた。リトルワイバーンの硬皮を撫で付けて落ちないように注意をする紫電の視界には幾つもの浮遊島が見て取れた。
「ン 霊嶺リーベルタース マズ神殿 目指ス。琉珂 一緒 行コウ」
気圧変化が肉体に与える影響を気遣う『青樹護』フリークライ(p3p008595)はリトルワイバーンの手を借りてリーベルタースへと降り立った。
「ふむ、ここが……」
穏やかな若草が風に揺れている。初夏の草木の香りと共に、運ばれてくる少し湿っぽい夏風は『復讐の炎』ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)のローブを揺らしていた。
「新たな竜域の探索。未知との遭遇・発見、冒険という意味では心躍る展開だな。
しかし生憎、我にそのような発見する力があるか……まぁ我自身の直感力に頼るしかないな……」
「ここから先は本当に未知だものね。う、緊張する……」
ぼそりと呟く琉珂に護衛役として幾人かが着くことをウルフィンは告げた。気になる場所があれば護衛を行うと名乗り出るジン(p3p010382)は「気軽に申し出てくれ」と告げる。
「ジンさんも気になる事があるんじゃない?」
「いや、成果も重要だが、琉珂が里長としてこれから身を立てる上での経験というのも必要だ。
琉珂が経験を積むというのも今回の意義であると俺は考えている。俺個人の探索より優先して貰っても構わない」
「そ、そう? ……んー、じゃあ、一人前の里長になれるように頑張るわね」
えいえいおーと拳を振り上げる琉珂にジンは緩やかに頷いた。まず目指すのは朽ちた神殿だ。リースリットは浮遊島でも目立つオブジェクトに当たる浮遊島に目星を付け、その周辺の安全確保に気を配ろうと提案した。
「一先ずは、神殿周辺の安全確保を。少数で神殿の調査を行い、神殿を中心に広域を調査する班に分れましょう。
目に見えて存在するアレこそが朽ちた神殿――である事は想像が付きますが、そこまでの道中にどの様な敵勢対象が存在して居るか分かりません」
鉄帝国上空に存在する浮遊島アーカーシュでの探索経験を此処で活かす事が出来るのだと琉珂がイレギュラーズに胸を張っていたことを思い出す。
確かに、彼方も生息する生物そのものの生態系が大いに違っていた。浮遊島と言えど、アーカーシュよりも高度が低く行き来の容易なリーベルタースではそれ程までの大きな違いはないかも知れないが、そも、覇竜領域こそが未知なのだ。
「花も、緑も、恵みが多いんだね。うわぁ、綺麗……ここがリーベルタースなんだね。……よーし、とにかく色々調べに行くよっ。えいえいおー!」
「えいえいおー」
リリーと共に拳を振り上げたライ。リリーが起因合っているのはモンスターや動物の生態系。詰まり、ここから先に最も重要になる情報だろう。
戦闘は出来る限り避けて進みたい。リリーの目標の一つは琉珂がアウラスカルトから聞いていたという花だ。その花を探しながら、神殿を皆で目指して出来る限りの安全確保に気を配るべきだろう。
「良かった。幸いにしてお天気に恵まれましたね」
太陽の恵みを象徴する美しい黄水晶を手にしていた雪莉は周囲を見回した。浮遊島にはなだらかな道が存在し、茂る草木も生き生きとしている。この場所を手にすることが出来れば日照時間の関係などから食文化の発達が見込めそうだ。
「この周辺は陽も心地よいのですね。少しばかり高度は高いですが、出発地点が丘であったことから飛翔時間も長くはなく往来も向いていそうです」
「そうだな。神殿までは一応は人が通れるように道が存在して居るか。……獣の気配などを大きく感じることはないが……」
モンスターは何処から現れるかは分からないとレーカは気を引き締め、グランシノクレストを展開した。自然知識に冒険の知識を活かせば、未知の領域であるこの地でも警戒を怠ることはない。
「ソラス」
呼びかけるルーキスは尾羽の一部が青くなったワタリガラスにいってらっしゃいと前線を任せた。先陣を切る己の目。友であるブルイーナの背を撫でてからルーキスは「ふむ」と呟く。
「ソラスがどうやら亜竜を見付けたかな。……まあ、それ程大きくは無さそうだけれど、道中に出会ってしまう位置ではありそうだ」
「戦闘は避けれるだろうか。現状だけの安全を確保しておきたいが……まあ、必要ならば戦闘もやむを得ないか」
紫電は《戦神》部隊に正式採用されている装備のレプリカをそっと握った。紫電が要望し、調整を重ねた偽・特式装備弍型『黒兎』はすらりと引き抜かれるガンブレイド。
一先ずの地図作成を目標とはしているが、今日一日での探索終了は難しい事も重々承知の上だ。道中は任せて欲しいと告げるフリークライは目を担うソラスが安全を担保している最中にも道中で出来る限りの情報は集めておきたかった。
「道中 魔物 動物 対処 食ベレルカ等ハ 知識 活用シタイ。フリック 食ベル 不要 大丈夫。
ソノ分デ 荷物減量or他必需品運搬 貢献。重要ナノハ 植物採取」
「確かに陽射しがある分、フリアノンには無さそうな植物が多そうだもんな」
飛呂は食べられる物があってフリアノンに持ち込めれば食糧確保にも大いに役立ちそうだときょろきょろと周囲を見回し続ける琉珂へと声を掛ける。
「え、そうね。あ、でも……植物って普通に運んでいけるのかしら?」
「ン。ギフト フリックニ移植シタ植物 元気 移動戦闘デモ安心。
少シズツ 色々種類 オ引ッ越シシテモラッテ 帰還後 里 ミンナ 見テモラウ。
食ベレルノトカ 薬・特産品等 資産ナル アレバイイ。セッカクナラ シオレカケ 元気無イ等ヲ フリックニ植エテ 相互 助ケ合イナリタイネ」
「えっ、フリックさんって凄いのね! ……赤い花も、持って行けたら良いなあ」
ぽそりと呟く琉珂にフリークライはこくんと頷いた。琉珂が望むのならば花を持って言ってやれば良い。
リアンノンの花、それを見るだけで満足するのか。花を持ち帰り育てたいのか。琉珂から詳しく聞いて対応してやろうとフリークライはゆっくりと神殿への道を辿った。
●
存在して居た亜竜を追い払うのは容易であった。その姿は地上でも見るワイバーン等に酷似している。飛来する彼等にとっての羽休めの地であったのだろうか。
「この場所を探索するなら、成程ね……ワイバーン等、空の脅威と出会う確率が高いか。ソラス、有り難う」
眷属の頭を撫でるルーキスは早速朽ちた神殿へと踏み入れた。周辺を確認してはみたが、どうやら内部に危険は無さそうだ。
――と、言えど、植物などによる危険性は否定できまい。一先ずは幾人かが神殿内部を、そして纏まって広域の調査に出向く為の段取りを組む。
「あまり遠方には向かわないように注意しよう。気が急くのも確かだけれど、此処で無茶をしても問題だからね」
「そうだねっ、少しでも情報を持ち帰れただけで未知が既知に変わるんだもの!」
リリーがうんうんとルーキスに頷けば、紫電は「早速活動しようか」と告げた。神殿周辺の敵影は大雑把にでも掃討した。少人数を残したとて調査の手を此処から大幅に割くことはなくても良さそうだ。
「ン。神殿周辺 一応 安全。フリック 遠出スル。
味方 離散シナイヨウ注意。迷子 ダメ絶対。フリック 浮島等 調査中心。高山植物等 フリックヘ オ引ッ越シ」
「そうですね。余り離れすぎては危険があるかもしれません。出来るだけ声の届く範囲、且つ攻撃の届く範囲での活動を心掛けましょう」
共にヒーラーという立場であるフリークライと雪莉の認識は共通していた。
リーベルタース全体を周り斬るには巣孤児ばかり時間が少ないかも知れないが紫電は地質学を用いて洞穴や遺跡のマッピングを可能な限りは行おうと考えていた。瞬間記憶を用いて風景をスケッチし、広域を見通す飛呂やファミリアーを使用し目を確保できるリリーやルーキスの情報も今回の探索では重要だ。
「大まかな地図は任せようかな。動物も植物も出来る限り採取をしたり実があるものは持ち帰って調査してみるのも良いな」
飛呂は動物であれば出来れば狩り取り食用であるかを提案したいと告げた。浮遊島の水源が何処にあるのかは分からないが琉珂曰く、水は精霊の力を借りてでも沸き出すものであるらしい。
精霊達の力の余波で湧き水があり川が出来ていれば爪痕や糞、食事の痕跡などからも動物を判別することは出来そうだ。
「それでは、行ってくる。食物になりそうなものがあるかどうかは期待してきてくれ。里長、リアンノンの花が見つかると良いな」
「……ええ。気をつけてねレーカさん」
手をひらひらと振った琉珂はくるりと振り向いた。彼女の視線の先に立っていたのはジンだ。
自身の護衛役を引き受けてくれる彼は神殿内の探索を中心に、更に安全確保を行うと提案してくれていた。
(此処は思い出に纏わる地だと聞いている。
つまり皆の場所だったところを無理やり暴くという行為はあまりしたくはないが……何か調べるべきものがあるというなら……観察するべきだろう)
ウルフィンはエルゥを移動手段に頼りながら、辿り着いた神殿を見回した。
何かしらの情報の確認は取れるだろうか。琉珂を護衛にし、神殿についての情報を少しでも引き出すことが肝要だ。
「何処かの御伽噺では竜は光る物好きと聞いたことがあるが、遺棄されてしまった神殿にそういうものもあるはずもないか……」
「どうかしら。もしかすると誰かの私物なんてのもあるかもしれないわ。誰か――なんて言わなくても想像は付くのだけれど」
アウラスカルトと口腔内で呟いたウルフィンはふ、と息を吐く。
「もしあったっとしても色褪せる事のない過去の煌びやかな思い出か……。
フン……くさい事を言ってしまった。忘れてくれ、さぁ。しっかり調べるぞ。何があるかわからない」
「うん。私のことは気にしないでね。だって……父が目指したこの場所は、アウラちゃんが語ってくれたこの場所は……」
琉珂は肩を竦めて笑った。私にとっても識っているようで、識らない場所なんだもの、と。
「琉珂さんは、亜竜種の歴史についてお詳しいのでしょうか?」
「んー、どうだろう。一応里長としての勉強はしてきたのだけれど」
期待に応えられるほどに歴史に詳しいわけではないのかも知れないと琉珂は肩を竦める。リースリットはふむ、と小さく呟いた。
此処から見れば大陸北方には遺跡が存在する。そして東方に位置する海洋方面の海底にも竜信仰の里が存在して居るらしい。
例えば、琉珂は珱家の残してきた資料を閲覧できる唯一の立場――里長代行にも彼女が許可さえ出せば閲覧は可能だろうが、現時点では『珱家の跡取り』只一人であるために許諾を行うのは彼女だ――である。故に、東方の大陸『黄泉津』の近くには竜信仰の里が存在して居るという『可能性』を識っていた。それ故に、幾度かの調査を亜竜種に願い出ていたともリースリットは聞いている。
「この遺跡が誰の作ったものなのかを知る事が出来ればと思いまして。
深緑の遺跡、アーカーシュ群島……各地に遺る、現代に記録が殆ど残っていない時代の遺構を見るに、それはこの地も例外ではないのでは」
「リースリットさんは、誰が作ったと思う?」
「最も可能性が高いのは、亜竜種の祖先。神殿の様式、遺物や文字……祀る物。
紐解くにはフリアノンに残る記録や伝承、文化に読み解く事こそが糸口であるのではないか――と」
神妙な表情を見せた琉珂は朽ちた遺跡に触れてからううんと首を捻った。
「……例えば、アウラスカルトは竜種にしては若いわ。ジャバーウォック達と比べれば、雛であったとも認識できる。
だからこそ、オジサ――ベルゼーに対して父性を感じ、子が父から巣立つようにして離反したのだと思う。若さ故、でしょ?
だから、アウラちゃんはこの場所の成り立ちを識らないと想う。それこそ、何代も前の珱家の者が調査したって分からない程度には」
「琉珂さんが言うと不思議な感じですね」
「そうかも。私は両親と過ごした時間が短く、唐突に親離れを強制されたから少し羨ましくはあるのよ。自分で、決めれるのだもの」
それでも、アウラスカルトの精神性が若かったことは確かだ。途方もない時間を過ごす幻想種よりも尚、竜種は長く生きるだろう。
精神の成熟に掛かる時間もそれなりだ。アウラスカルトの精神性が若者であったが故に、彼女はベルゼーからの離反を決めたと琉珂は認識していた。
「……もしかすると他の竜なら何か識っているかも知れないわ。
けれど、若いアウラちゃんと、短すぎる命で血を受け継いできた珱家は底までの文献を得ていない」
古代に何らかの存在が居た可能性はある。触れた祭殿の壁はほろりと崩れ去る。
「私が分かるのは、そうね……フリアノンは竜骨と洞穴で出来た場所だった。けれど、これはそうじゃ無いみたい。
まるで別の文化を元にして創られているような気がするの。でも、この技術は『フリアノン』にはないような……そこまでしか分からないわ」
肩を竦める琉珂にジンは「琉珂はこの遺跡の建築方法が気になったのか?」と問うた。
「ん、それもあるけど……そうね、この遺跡。朽ちては居るけれど内部はとても綺麗なの。誰かが最近まで手当てしていたのかも知れない。……それに、ほら」
奥まった場所には割れて砕けたステンドグラスが存在して居た。その辺りには古びた背表紙の書物が乱雑に落ちている。
「屹度、此処は彼女の――」
琉珂はそう呟いてから唇を噛んだ。あの金色の髪を思い出す。幼い頃の、思い出だ。
幼い少女の姿を取っていたアウラスカルトが琉珂を膝に抱き込んで本を読んでいた頃の僅かな記憶。
――何故読まねばならん。
そんなことを言いながら聞かせてくれた御伽噺。「かわいそうな竜」の話。人々に種が違うと否定されたそれを琉珂は酷く憤ったものだった。
――わたしならそんなことしない!
拗ねて、叫んで。そんな琉珂を見下ろしたアウラスカルトはその時ばかりは困ったように笑っていた。
あの時、刹那だけぎゅうと抱き締めてくれたぬくもり。もう忘れてしまったけれど、大切だった筈の時間。
「……アウラちゃん」
彼女が手にしていた書物はベルゼーが手渡したものだったらしい。「かわいそうな竜」の絵本をそっと拾い上げてから琉珂は呟いた。
「あなたにとっても、オジサマは悪だった……?」
●
広域調査に赴く雪莉は回復役として仲間達と共に探索に赴いた。自然知識や動物知識を活かし『食べられる動植物』と『この地に住む生態系』を大まかに把握しておくことが目的だ。
「琉珂さんが持つ資料には此の辺りの詳細地図はありませんでしたね。寧ろ、アウラスカルトもこの全域を活動域にしていなかったのかも知れません」
足元を這うように動いた草を見下ろしてから雪莉は「蠢いていますが、食べられるのでしょうか」と呟いた。
「ああ。生きが良い蛇のような草だが、食用に適する可能性はある」
手を伸ばしたレーカは蠢く草の蔓を握りしめて勢いよく引き抜いた。どうやらそれはこの周辺の植生では食用に適しそうな芋である。
探してみれば様々な食品を手にすることが出来そうだとレーカが呟けばリョクに乗っていたリリーは「誰かが囓った後があるみたい?」と首を傾げる。
「本当ですね、動物も食用にしているのでしょう」
「亜竜っぽい噛み跡じゃないから、此の辺りに動物がイルかも知れないね!」
神殿での調査もあらかた終えただろうか。ファミリアーで連絡を取り合いながらリリーは「状況はどうですかっ」と問うた。冒険を行う上で必要となる動物の知識や調教センスを有するリリーであれど、この未開の地での危険は拭い切れやしない。
単独行動は危険だと医術的な知識を用いて観察を行っているルーキスの背後でリリーは「何かいるかも」と呟いた。
「ああ。これを噛んだ動物か。……それを食事だと見做してやってきた亜竜か。果たして」
ルーキスがゆっくりと立ち上がる。何が来るかは不明瞭ではあるが、戦闘行動は出来る限り最小限に留めての調査を優先したい。
少し体制を整えたルーキスの傍らでリリーはそっとピアスを握りしめる。
愛しい人から貰ったピアスはお守り代わり。恋も愛も、どんな障害だって撥ね除けるのだとおまじないを込めてぎゅうと握り込んでから「リョク」と自身の身を運ぶワイバーンの名を呼んだ。
先ずは地を踏み締めたのは紫電であった。その耳に届いた物音へと飛び込むように叩きつけたのは迅ノ型。四肢に気力を込めて、体術として解き放つ囮の一撃。そして、続くは本命の二撃。
紫電は周囲に点在する遺跡などの調査はこれから行っていけるだろうと考えた。そうした場所には亜竜が寝床に使用している可能性が多いに――いや、『この草を引っ張って』何か獲物が掛かったと現れたワイバーンの姿を見て、察知したからだ。
「サポートは頼んだぞ」
「承知致しました」
「ン。任セテ」
雪莉とフリークライの二人の支援と回復の術。その気配を背に背負った紫電が飛び込めば、続くのはルーキスのクラウストラ。
狙撃銃を構えた飛呂はワイバーンが牙を剥いたことに気付く。大仰に口を開いたのならばその口目掛けて弾丸を叩き込むだけだ。
レーカが一歩、後方に下がったことを確認し無数の弾丸を放つ。リリーとレーカが畳み込むようにワイバーンを対処したことに気づき、飛呂はホット胸を撫で下ろした。
「いきなり亜竜が飛び出したが、成程。食用に適していそうな食物を動物が得ようとやってくる。
その動物を餌にしている奴が居るんだな。点在する遺跡は日よけとしてそうした亜竜や動物の住処になっているか」
「朽ちた神殿にモンスターの気配が少なかったのはアウラスカルトが拠点としていたからかもしれませんね」
一先ずは、と亜竜との接敵地点をチェックした紫電に雪莉はそれならば道理に合うと言った。
「水が近いし、多分精霊の気配があるんだろうな。琉珂さんが行ってたとおりだ。
此の辺りを仮拠点に神殿以外の場所もゲットしておきたいが……廃墟とか利用できないか?」
どうかなあ、と呟いた飛呂は一先ずはマッピングを頼み、夜間などの生き物の調査にも今後は赴こうと考えた。
フリークライはゆっくりと踏み出して「ミンナ」と呼びかける。その背中には幾つかの植物が植わっており、里に戻った後に毒性の確認を行う手はずになっていた。
「下 見エル。フリック アレ リアンノン 想ウ」
「え? あ、本当だ!」
リリーはフリークライが指し示した先に群生している赤い花を見付けた。少し背の高い赤い花は真白の草の中心に植わっており非常に美しい。
「アウラスカルト 言ッテタ 花 アレ?」
「……そうだろうな。神殿組も此処に呼んで琉珂に判断を委ねるか」
紫電が振り向けばルーキスとリリーは神殿へと直ぐに連絡を送った。
美しい赤い花。白い草の中央で揺れている其れは浮遊島の風に優しく揺れている。
「霊嶺リーベルタース アウラスカルト 住居。ベルゼー 愛スル 覇竜領域 一部。
ン。フリック達 見テ周ル。ベルゼー アウラスカルト 見テ来タ世界。
不思議 気分……コレハ 2人ヲ知ル旅トモ言エルカモ」
そう、淡々と告げるフリークライの言葉を、その場所へと辿り着いた琉珂は聞いていた。
そうだ。二人を識る旅のようなものなのだ。だからこそ、出来る限り荒らすべからずだろうとウルフィンは配慮をし、ジンは琉珂の見て回りたいものを出来うる限り肯定した。
「オジサマと、アウラちゃんが見ていた世界。なら、覇竜領域(クニ)の何処かにもっとみんなの見てきた世界があるのかしら。
……私はね、イレギュラーズの見てきた世界も、戦いも、あまりしらないの。新参者だからって意味じゃあないのよ。
私って無知ね。でも、フリックさんにそう言われるまで、そんなこと……そう、そうなの……私ったら、オジサマのことも、アウラちゃんのことも何にも識らないんだ」
ぽつりと呟いた琉珂はこの場所に来て良かったと呟いた。
人とは違う生き方をする竜種。冠位怠惰が言っていたように『生まれたときから宿命付けられた在り方』を持った冠位魔種。
「オジサマは、私たちを愛していたのね」
彼が覇竜領域を愛していたからこそ、怠惰が統べようとした深緑の眠りの呪いに手を貸したことは確かだった。
「オジサマは、この場所も、何もかもを大切にしていたのよね」
今まで、彼が冠位魔種だなんておくびも出さなかった。暴食である以上、愛おしいものであったとて『食べて』仕舞うはずなのに。
今まで平穏にフリアノンが、珱家が、その全てが保たれてきたのは彼が愛してくれていたからに違いないのだ。
「琉珂さん……」
「リリーさんも、ルーキスさんも、この場所を探してくれてありがとう。紫電さんは地図も用意してくれたのよね。
少しだけ距離はあるけれど、ワイバーンで渡れば十分の浮島……。綺麗な赤い花、ずっと手入れもしなくっちゃならないかしら」
レーカは確かにその花畑が直近まで誰かの手が加えられ世話をされていたことに気付いた。
アウラスカルトなのか、それともベルゼーであるのかは分からない。だが、イレギュラーズがこの地に赴いたという痕跡が残されればその二人はこの地には余り立ち入らないだろうか。
否、アウラスカルトならばイレギュラーズが無理矢理引き摺って来たならば里帰りくらいはしたかもしれない――彼女は、年若い故に融通が利く竜だからだ。
「琉珂ガ自分デ持ッテ帰リタイトカアルダロウシ。琉珂 意思 優先。ドウスル?」
「……フリックさん、一輪だけあなたのお身体を貸して貰ってもいい?
フリアノンに持って帰って、此処に来たことをみんなに教えてあげないと。この場所はもっと調査すれば食物も、拠点の設営も出来そうだから」
よろしくね、と微笑んだ琉珂にウルフィンは「彼方に渡るなら護衛しよう」と声を掛ける。ジンとウルフィンと共に花束に降り立った琉珂は息を呑んだ。
「綺麗な場所ね」
「植物ガ 最近 人型 見タラシイ」
金色の色の人。それから、草臥れたコートの人。そのどちらをも見たのだと植物は言ったとフリークライは告げる。
リースリットは「アウラスカルトとベルゼーか」と呟いた。その二人が此処までやってきて花畑を最後に一目見たのだとすれば――それは本当の意味での決別だ。
「……そうなんだ」
「あのさ、……『イグちゃん』の名前出した時、ベルゼーさんは本当に少しだけど動揺してた。
あんなことしたくせに、思い出は、どうでもいいことなんかじゃなかったんだろうな」
裏切ったのも、今後ぶつからないといけないのも事実だ。裏切った、と感じたのは此方のかってなのかも知れないが、それでも琉珂にとっては大切な存在であったことは確かなはずである。
目を見開いた琉珂は「そう」と震える声音で呟いて。その背中をそっと雪莉は撫でる。
「琉珂」
呼びかけるジンに琉珂は首を振った。覚悟していたはずなのに、どうしようもなく泣き出しそうになる。
「……勝手なこと言うくせに大切なことに限って言ってくれないじゃん。次に会った時はさ、顔でも引っ叩いて聞き出してやろうぜ」
「そう、そうよね。ぶん殴ってあげましょうよ。
貴方達が出てったリーベルタースはイレギュラーズがしっかりと管理して、とっても素敵な場所になったって教えてやりましょうよ」
震えるようにそう言ってから琉珂はぎこちなく微笑んだ。
「今日は有り難う。この調査結果を持って帰って、これから此処での活動も行えるようにするわ!
それからね、調査を重ねていけば、屹度此処は私達亜竜種にとって住みやすい場所になるはず。それに……花のお世話も、しなくちゃならないから」
優しく吹いた夏の風に髪を煽られて、一行はリーベルタースの丘を後にする。
――咲き誇ったリアンノンの花は素知らぬ顔をして揺らいでいた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
覇竜領域にはまだまだ見知らぬ土地が沢山存在して居ます。
R.O.Oで死力を尽くして通り抜けた森ではなく、空へ。
空はワイバーン等の脅威が存在するため、出来る限り地上での生活を行わない亜竜種ですが皆さんの力を借りれば、陽の光の下で楽しく過ごせるときが来るかも知れませんね!
GMコメント
夏あかねです。調査依頼。
●目的
霊嶺リーベルタースの調査
+琉珂に『リアンノンの花』をプレゼントする
●あらすじ
深緑編で撃退した竜種たち。その一匹がアウラスカルトです。
彼女は竜種にしては若く小型で、おごり高ぶったタイプではありましたが敗北を知り、どうやらベルゼーから離反したようです。
そんな彼女はベルゼーに付いて回り琉珂の子守などもしていました。その際に琉珂の父(元フリアノン里長)に聞かせたのが『リーベルタース』の話です。
当時は立ち入ることを拒みはしたようですが、現在のリーベルタースは無人。調査を拡大する必要はあります。
……特に、ベルゼーが覇竜領域を担当する冠位魔種であったことが露見した今、フリアノンや各集落ではどの様な対処をするべきか、話し合いが行われているのです。情報は多いに越した事はありません。
●霊嶺リーベルタース
『金嶺竜』アウラスカルトの住処であった浮遊島。移動にはワイバーンを利用するか飛行スキルが必要です(琉珂は里のリトルワイバーン『イルセ』を使います)
非常に風光明媚な場所であり、高山植物が無数に存在し朽ちた神殿が存在する場所です。また、未知が一杯です。
遺跡なども点在しているのか、調査領域は広め。琉珂はアーカーシュでの探索経験を此処でいかせるのではないかと考えたようです。
・此処にある植物や動物は食べられるのか?
・生態系はどうなっているのか(モンスターを継続的に退治して亜竜種の活動領域拡大を目指します)
などなど……そうした情報を調べに行きましょう。
モンスターがいますので戦闘は必須技能となります。お気をつけ下さい。
また神殿近くには『リアンノンの花』と呼ばれるアウラスカルトが綺麗だと言っていた花が咲いているそうです。
……いつか、琉珂もアウラちゃんに貰うつもりだったのですが、その時は訪れませんでしたね。
●同行NPC『珱・琉珂 (p3n000246)』
竜覇(火)、覇竜領域出身、フリアノン里長。まだ年若いために代行を幾人か立てて世界を回っています。
古くからフリアノンの相談役であったベルゼーが冠位魔種であったことが露見し、彼が覇竜領域を担当しながら竜種を配下に従えているという現状について各集落の代表者を集めて話し合う必要性を感じているようです。
会合の席には幾度か着いていますが、苦しくなっては抜け出してシレンツィオリゾートやアーカーシュの調査に向かっていました――が、そろそろ本腰を入れたいところ。その前にリーベルタースについて調査をし、良い報告を持って帰りたいと考えているようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はD-です。
基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
不測の事態は恐らく起きるでしょう。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
覇竜領域である以上『何があるかは分かりません』。予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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