シナリオ詳細
<Stahl Eroberung>腐姫の地下迷宮。或いは、腐臭の蔦…。
オープニング
●一気呵成の攻略作戦
鉄帝国南部の街ノイスハウゼン。
その上空に発見された伝説の浮遊島アーカーシュの調査は順調だ。
およそすべての区画において、調査の手が入ったと言える。
また、島内で確保したゴーレムの修繕も完了し、命名者によく懐いている状況だ。
となれば目下最大の問題は、魔王イルドゼギアによる後詰めの城『エピトゥシ城』の攻略と、遺跡深部『ショコラ・ドングリス遺跡』の探索であろう。
そこで鉄帝国は大規模な攻略作戦を行うことにした。
作戦名は『Stahl Eroberung』。
内容は極めて単純明快。
鉄帝国とローレットの連合軍をもって、一気呵成の大攻勢により完全征服せしめるというものだ。
エピトゥシ城。
多くの者が想像するであろう、魔王の城を具現化したかのような建造物である。
内部はまるで迷宮そのもの。
古代獣等の製造プラントや多数の罠が仕掛けられていることが判明している。
城内に幾つか存在している製造プラント。
そのうち1つ、ごく小規模なプラントでその獣は目を覚ました。
床へと倒れ落ちたそれは、粘ついた溶液の中で身を起こす。
途端に、辺りへ甘い香りが飛び散った。
『助けて』
産声は、掠れた女の声に似ていた。
カクラクトッリナ……屍擬花とも呼ばれる古代獣だ。赤いドレスを纏った女に擬態することで知られている古代獣だが、それにしては様子がおかしい。
甘い香りを放ちながら、絶えずその身からは赤い蒸気を噴いていた。
1歩、屍擬花は歩を進める。
拍子にぼとりと何かが落ちた。
それは、腐り落ちた屍擬花の顔の皮である。
腐臭を撒き散らし、顔の皮はアッという間に溶けた腐肉へと変わった。
『助けテ』
うわごとのように、腐った花は声を零した。
1歩、2歩、3歩……片足を引き摺りながら、それはプラントの外を目指した。
けれど、部屋を出る直前で足を止め、影の中で怯えたように身を縮こませる。
『タスケェ』
うろうろと、戸惑うように視線を左右へと振った。
城壁の隙間から差し込んでいる陽光が、怖くて仕方が無いといった風である。
暫しの間、女は何かを考えて……ずるり、と腰の位置から赤黒い蔦を伸ばした。血のような腐汁に濡れたドレスのスカート部分が破れていくのにも構わず、ずるずると蔦を壁や床に這わせる。
そうして、壁に空いた亀裂を蔦で覆い隠して……満足そうに頷いた。
●腐姫
「エピトゥシ城下層。地下牢とか地下倉庫とかの並んでいる区画に異変が確認されたっす」
イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)が指差したのは、城の見取り図……その下部である。
場所は地上と地下の境目付近。
おそらくその辺りに、地下牢へと続く階段があるのだろう。
「地下牢の一部は、地面の崩落により地表に露出してるっす。なので、地下へと進行するルートは2つ。正規の階段から降りるルートと、地上に露出している裂け目から侵入するルートっす」
裂け目は現在、赤黒い蔦に封鎖されている状態だ。
蔦を排除する必要があるが、イレギュラーズであればきっと容易だろう。
「まぁ、蔦を排除した瞬間、異変の元凶に気付かれることになるっすけどね」
異変の元凶。
それはつまり、地下に蔦を張り巡らせた何者かだ。
「通称“腐姫”。屍擬花の亜種っすかね? ちなみに、通常の屍擬花は赤いドレス姿の人間に擬態し、触手で獲物を捕らえて、牙で喰らい付くという古代獣っす。噛まれると【猛毒】【流血】を付与されるんで注意してくださいね」
外見について、およその特徴は一致している。
しかし“腐姫”というだけあり、その擬態はひどく中途半端なものだ。なにしろ、身体のほとんどはまるでゾンビか何かのように、皮膚が腐り落ちているというのだから。
「プラントに入り口付近に位置したまま、少しも移動しないっす。通常個体の持つ素早い移動力も、きっと有していないっすね」
その場に根を張ったまま、蔦だけを地下迷宮に張り巡らせる。
そうして徐々に、しかし確実に蔦を伸ばしているのである。
「赤黒い蔦はけっこう面倒臭いっすね。巻き付かれると【無常】や【ブレイク】を受けるっす。それと、落とし穴やアラームといったトラップに、数は少ないっすけど通常の屍擬花にも」
腐姫を放置していては、やがて城全体が蔦に覆い尽くされかねない。
そうなる前に腐姫を討伐し、プラントを破壊すること。
以上が、イレギュラーズに下された任務の内容だ。
「ルートは2つ」
指を2本立て、イフタフは告げる。
「蔦を排除して迷宮の途中から入るか、慎重を期して入り口からゆっくり迷宮を進むか……どっちがいいかは、皆さんにお任せするっすよ」
- <Stahl Eroberung>腐姫の地下迷宮。或いは、腐臭の蔦…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●腐り姫の領域
エピトゥシ城下層、地下空間。
暗く、黴臭く、どこか甘い香りの漂う湿気た通路をイレギュラーズが突き進む。
「古代獣の生産プラント、ね。随分と悪趣味なデザイナーがいたらしい。ヒヒ、我としては嫌いじゃあないがね」
口角をあげて肩を揺らした『闇之雲』武器商人(p3p001107)が、通路の奥の曲がり角を指さした。
『我ならあの辺りに隠れるね』
仲間たちの脳裏に、武器商人の声が響いた。
男性にしては高く、女性にしては低い声だ。
「本当ならこの蔦を今すぐ焼き払って蒐集に耽りたいところだが……まずは邪魔な先客共にお帰り頂いてからだ」
壁を走る赤黒い蔦……血管のようなそれを見やって『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は溜め息を零す。
蔦の主は“腐り姫”と呼ばれる屍擬花の変異種だ。地下空間のどこかにある古代獣生産プラントに根を張って、エピトゥシ城を覆い尽くすべく蔦を伸ばしているらしい。
となれば、角に潜んだ敵性体は通常の屍擬花なのだろう。
「時間をかけるほど困った事になるようですし、覚悟を決めて突撃すると致しましょう」
「うーん……そうするには罠がちょっと多いね。けど、対処できないほどでは無いから、頑張って解除しようか」
姿勢を低くし『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)が湿った床に指を突き立てる。向上する戦意の発露か、犬歯が伸びてその形相が獣のそれに近づいていく。
そんな迅を制止しながら『赤い頭巾の魔砲狼』Я・E・D(p3p009532)は足音を殺して前へと進む。
這いつくばるようにして床板をいじれば、カチと微かな音がして落とし穴の起動装置が解除された。
「まあ、何とかなりますよ。頼もしい方々が揃っていますし、突撃は得意ですから!」
「ダンジョン探索とは、実に結構。だが……要らないものが混ざっている上に宝があるわけでも無さそうだ。碌でもないことになる前に、全て終わらせるとするか」
迅と並んで『灼滅斬禍』皇 刺幻(p3p007840)が前へ出た。
刀を構えて数秒間。
暗がりから顔を覗かせたのは、赤いドレスの女である。
屍擬花……赤いドレス姿の人間に擬態する、巨大な花の怪物だ。
それが姿を現すと同時に、迅と刺幻が床を蹴って飛び出した。
「っ!? 数は2体……反響がすごくて気付くのが遅れちゃったわ!」
『希望の星』燦火=炯=フェネクス(p3p010488)が叫ぶと同時に、迅は壁を蹴って高くへ飛びあがる。
跳躍した迅を追って、屍擬花がドレスの背中から棘だらけの蔦を伸ばした。空気を切り裂く鞭の打擲が、迅の頬から肩にかけてを引き裂いた。
鮮血が飛び散る。
構わず迅は、後方の屍擬花へと襲撃をかけた。
一方、刺幻は姿勢を低くし滑るようにして前方の屍擬花へと接近。刀の一閃でもって、伸ばされた蔦を断ち斬った。
2体の屍擬花の討伐は、迅速かつ苛烈な強襲により存外あっさりと成功した。
しかし、戦闘の音や屍擬花の断末魔が地下迷宮へ響き渡るのは止められない。
本来、屍擬花は20体ほどの群れを成して活動する古代獣だ。
「こっちだ。全部を相手にしてちゃ時間がいくらあっても足りなくなるからな」
戦場から離脱するべく先陣を切ってセレマが走る。
「こういう頭使うのはニガテー! で、でも今回はせんぱいたちについていけばいいのかな!?」
セレマに続いて『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)が疾走を開始。
「そこで跳躍。落とし穴がある」
直後、Я・E・Dが声をあげる。
敵が迫っている状態で、1つひとつ罠を外す暇はない。だが罠にかかってしまっては、進軍速度の大幅な低下は免れない。
「罠をうっかり踏んでしまわないように……! くれぐれも、気をつけます」
ひょい、と蔦を跳び越えて『月下美人の花言葉は』九重 縁(p3p008706)が通路の奥へと駆け込んだ。
●地下ダンジョン
進行を開始し、どれだけの時間が過ぎただろう。
都合3回。
2、3体ずつの組に分かれた屍擬花との交戦回数である。
数度の交戦の果てに、イレギュラーズは地下の一室……食糧庫らしき場所へと隠れ潜んでいた。
「んー? 早急な踏破を目指したいのだけど、これはどうにも追い込まれた感があるね」
地下迷宮の順路を記した紙面を見やって、武器商人は首を傾げる。
地下通路を奥へと進めば進むほど、敵の数も、罠の量も、張り巡らされた蔦の本数も増していた。
ここまでの間、ひたすら罠を解除し、交戦を避けるようにしながら進んだことで消耗は最低限に抑えられているはずだ。
しかし、ここから先、そう上手くことは運ばないだろう。
「部屋の罠は赤ずきんが外してくれたんで、まぁここは安全地帯って奴だ。それもボス部屋の前にある最後のね」
城の大きさと、これまで進んだ距離を重ねて考えれば、生産プラントまでの距離は残り僅かで間違いない。
「【魔王】サマの意見も聞きたいね? こういうところに秘密の抜け道とかってない?」
「……あったとしても、生産プラントから地上へ抜ける道がある程度じゃないか?」
「まぁ、だよねぇ」
ヒッヒと肩を揺らして笑う武器商人は、部屋の入口へ視線を向ける。
「正規のルートで進むしか無いだろうな。ボクの不死性を生かして強制起動させながら突き進むか?」
「こう言っちゃなんだけど……結構ガチめなの揃ってるわよね? 順当に罠を解除しながら進んでもいいんじゃない?」
セレマと燐火、どちらの策でもプラントへの到達は可能だろう。
問題は、消耗を抑えるにはどちらを選ぶのが“一等冴えているか”ということだ。
沈黙。
しかし、そう長い時間を置かずに燐火が肩を跳ねさせる。
「……あんまり時間は無いかもね?」
燐火の耳が拾ったのは、壁や床を重たい何かが這う音だ。
蔦が迫っているのか、屍擬花が集まっているのか。
迅と刺幻が戦闘態勢を整える。
「甘い臭い! 蔦だ、これ!」
ユウェルが叫んだ、その直後。
バキ、と乾いた木扉が砕ける音がした。
部屋の中へ向けはじけ飛んだ木の扉が、正面に立つセレマを直撃。ぐちゃり、と粘ついた音が響いく。
木扉の直撃を受け、セレマの顔面が潰れた音だ。
ゆっくりと、セレマの体が仰向けに倒れる。
倒れた衝撃で、砕けた骨の欠片と鮮血、潰れた眼球が飛んだ。
瞬間、室内へと無数の蔦が飛び込んでくる。
床を這う蔦を回避して、ユウェルが宙へと舞い上がる。
蔦が這うのは、床や壁に限られていた。重量の関係か、長時間、持ち上げておくことが出来ないのだろう。
しかし、瞬間的な速度と威力は高い。
木扉を打ち壊したことからもそれは一目瞭然である。
当然、蔦に巻き付かれてしまえば相応のダメージも受けるだろう。
「これは……部屋を飛び出してプラントまで一目散って言うのがいいかな?」
地図をしまって武器商人はそう言った。
部屋の入口に密集する蔦と、集まって来た3体ほどの屍擬花が見える。
「屍擬花は全部避けたかったけど……これじゃ逃げるのも厳しいなぁ」
「我が集めるから、誰か吹き飛ばしてくれるかな?」
腕を広げ、武器商人が笑みを濃くした。
ぞわり、と刹那、空気が変わる。
耳から脳へ、無数の羽虫が蠢くような不快な音が蔦と屍擬花の注意を引いた。不吉な囁き、放置してはおけないと、悠然と歩む武器商人へそれらは攻撃を集中させる。
蔦に捲かれた武器商人の腕が軋んだ。
屍擬花の牙が武器商人の肩を抉る。
返り血に白い頬を朱に濡らし、しかし武器商人は悠々とした態度を崩すことは無い。見た目は華奢だが、その体の造りはこの程度で痛むほどに柔じゃない。
バサラ・メグリダチ。
刺幻の魔力に強く適合した魔刀の名だ。
「時間をかけても仕方ない。その種子の一切に至るまでを殲滅せしめるとしよう」
部屋の隅で、刺幻が刀を振りかぶる。
ごう、と渦巻く魔力の奔流。刺幻の刃を紅蓮に染める。
腰を低くし、刺幻は腕を一閃させた。
紅蓮の炎に似た魔力の残滓を靡かせながら、投擲された刀はまるで流星のように疾駆する。
ザクン、と。
2体の屍擬花と蔦の一部が、刀に抉られ焼け落ちる。
切断された蔦が蠢く。
その中を迅が疾駆する。
「罠の対処はセレマ殿たちにお任せです」
迅の片手には顔面を潰されたセレマの姿。
筋繊維が顔を覆い、染みの1つも無い表皮が再生する。
「さあ踊りましょう! プリマは私たちの方ですが、ね!」
迅に続いてЯ・E・Dと縁も部屋を飛び出す。
そうしながら、縁が静かに歌を紡いだ。
歌声に乗って魔力の燐光が飛び散った。
傷が癒え、失われた体力を取り戻し、迅は奥歯を噛み締める。床を踏む脚に力を込めて……まるで爆発のような轟音を響かせながら、迅は走る速度をあげた。
咆哮をあげろ。
血を滾らせろ。
暗い地の底に炎を灯せ。
怪物どもを蹴散らして、あまねく闇を打ち払え。
翼を広げ、ユウェルが飛んだ。
行く手を阻む罠は既に、セレマとЯ・E・Dが解除している。
進路を塞ぐ屍擬花は1体。
伸ばされた蔦に頬を裂かれ、脇を抉られ、口の端から血を吐いて……その程度で怯む程度の覚悟なら、そもそもこの地へ訪れてはいない。
故に、ユウェルは止まらない。
「ただ育ってるだけならよかったのに人に迷惑をかけちゃうから仕方ないね。切り落とさせてもらうよ」
振りかぶった斧槍を一閃。
蔦ごと屍擬花の細い首を断ち斬った。
「蔦は……右の通路から伸びてるな。プラントはそっちか」
顔面を血に濡らしたまま、セレマは仲間へ指示を出す。
地下迷宮のゴールはきっとすぐそこだ。
「行けるかなぁ? 行けると良いな。じゃあ行くよ!!」
「いいね、面白そうじゃない……!」
角を曲がったすぐ先で、淡い光を漏らす部屋が視界に入った。
甘い臭いが一層、強く鼻腔を擽る。
その部屋がプラントで間違いない。
Я・E・Dと燐火が視線を交わし、部屋の中へと飛び込んでいく。
暗闇を引き裂く一条の閃光。
Я・E・Dの放った光線が腐り姫の腹を撃ち抜く。
部屋の四方へ伸びた蔦が、腐り姫を庇うように体の前へ集まった。
「貴方が、このダンジョンのラスボスって訳? じゃ、遠慮なく倒させて貰うわ!」
轟音。
薄暗い部屋が真白に染まる。
輝光を纏った燐火の拳が、蔦の壁に穴を穿つ。
ぐちゃり、と。
蔦の破片が飛び散る。
『タスケェ……ココカラ出しテェ』
うわごとのように紅いドレスの女が言った。
その口からは、腐った血のような液体が絶えずに零れている。
腐った体を必死に動かし、腐り姫は部屋の奥へと逃げていく。彼女を庇うようにして、血管のような蔦がめちゃくちゃに蠢いた。
『タァスケェ! 助けテェ!!』
腐り姫が悲鳴をあげる。
その悲鳴に応えるように、部屋の各所でガラス管が砕け散る。饐えた匂いの溶液が溢れ、赤いドレスの女たちがべちゃりと床に降り立った。
屍擬花の数は全部で5体。
さらに10機の培養管の内側で、屍擬花たちが外へ出ようと藻掻いている。
「こんなにでろでろになってしまっているのは長いことプラントの中で寝すぎていたからなのでしょうか……他の子らはあんなに愛らしいのに」
仲間たちへの支援をしながら、縁はそっと目を伏せる。
飛び散った燐光が、仲間たちの傷を癒した。
燐光を纏った迅が跳ぶ。
「間に合えっ!」
先行したЯ・E・Dと燐火へ襲い掛かる屍擬花の前へ、迅はセレマを投げ飛ばした。
「引き付け役は任せておくといい。倒すのは任せるが……」
触手のように伸びた蔦が、セレマの身体を強かに打つ。
肩を砕かれ、喉を潰されながらも、セレマは微笑みを絶やさない。挑発するような流し目を送ると、5体の屍擬花を引き連れて部屋の出口へ向かって歩く。
迅の拳が、屍擬花の顎を打ち抜いた。
伸びた蔦をユウェルの斧槍が切断する。
床を、壁を、天井を。
縦横無尽に部屋の中を跳び回りながら、迅は狙いを培養管へと移した。
プラントを破壊してしまえば、これ以上、地下から屍擬花が現れることは無くなるだろう。
弾丸のような急加速。
速度を乗せた迅の掌打が、培養管を撃ち砕く。
●前略、日の当たらない地下から
赤黒い蔦が、武器商人の首に巻き付く。
ギシ、と骨の軋む音。
「我とエイリスの煮え炎を消したいのかい? ──残念、それには遅すぎる」
口の端から血を吐いて、蒼い炎を身に纏い、巻き付く蔦を引き千切る。
武器商人の放つ炎に怯えているのか、腐り姫が数歩、後ろへと下がる。それを追ってЯ・E・Dの放った閃光が、腐り姫の腕を落とした。
悲鳴をあげる腐り姫。
血の代わりに腐汁を零し、蔦を縦横に暴れさせた。
その1撃が、武器商人の側頭部を強く打つ。一瞬、武器商人の体勢が崩れた。
晒された喉へ、突き刺すように蔦が伸びるが……一閃、刺幻の刀が蔦を斬る。
「姫と呼ばれるほどだ、せめて散り際はそれらしくしてやろうじゃないか。最期の先、あるべき生で生まれた暁には、私の隣で眠らせてやらねばな」
追撃。
刺幻が刀を振るう度に、血管のような蔦が床へと落ちていく。
「お花相手に負けるわたしたちじゃない! さっさと倒してこのお城から蔦を無くしてもらうよー!」
戦線へと上がったユウェルが、大上段より斧槍を一閃。
2人がかりで蔦を払い終える頃には、腐り姫の腕はすっかり治癒していた。
否、失った腕を蔦で形だけ補っただけだ。
先ほどまでに比べれば、不自然に細く、力も籠っていないように見える。
滴る腐汁もそのままに、怯えたように逃げ惑うばかり。変異種である腐り姫は、他の屍擬花に比べると、戦意も幾らか劣るようだ。
しかし、戦意が無いからといって狂暴でないわけではない。
絶えず伸びては、襲い掛かる無数の蔦は、着実にイレギュラーズの戦闘力を奪い去っている。
「あんなに怯えて……少し可哀そう」
仲間の治療をするために、縁は静かに歌を紡いだ。
飛び散る燐光に怯えるように、腐り姫が天井を仰いで悲鳴をあげた。
地を這うように屍擬花が走る。
蔦による薙ぎ払い。
身体を捻るようにして、迅は蔦による攻撃を回避。回転しながらその姿を狼へと変えた迅は、着地と共に屍擬花へ向けて駆けていく。
迅の背を追い、蔦が集中。
「これで……最後っ!」
その背を蔦が貫くのと同時に、迅の拳が屍擬花の顔面を打ち抜いた。
「……っ」
血を吐いた迅が膝を突く。
その背へ向かって走る縁の眼前に、腐り姫の蔦が振り落とされるのだった。
「もしかして光に弱いのかなぁ?」
光に怯える腐り姫の様子を眺め、Я・E・Dはそう呟いた。
光の届かぬ暗い地下に居を構え、1歩たりとも外へと出ない。
陽光を恐れ、炎や閃光に怯え、今なお一層の暗がりへと下がり続けるその様を見て、Я・E・Dはそのように判断したのだ。
「だったらあっちだ。部屋の入口と、廊下側の天井なら蔦が薄い」
地面に倒れた姿勢のままで、セレマは部屋の入り口を指さした。
その脚には蔦がきつく巻き付いている。
筋肉は潰れ、骨も砕けているだろう。セレマの体は、それほどまでに脆弱なのだ。
「分かった。ここまで来たらやっても良いよね」
セレマの指示を受けたЯ・E・Dが、部屋の入り口を振り返る。
その手に魔力を集約させて……しかし、それを放つより先に、しなる腐り姫の蔦がЯ・E・Dの腕をへし折った。
歌声が響き、燐光が散る。
淡い光を浴びながら刺幻と武器商人が前へ出た。
腐り姫の攻撃を、自分たちへと集めているのだ。
その隙を突いて、ユウェルと燐火が部屋の入口へと駆ける。
極光を纏った燐火の拳が、部屋の入り口を撃ち砕く。
天井が崩落する中を、翼を広げたユウェルが抜ける。
「ぬぅぅ……あぁっ!」
体ごとぶつかるようにして、ユウェルの斧槍が岩盤を叩く。
ユウェルの体が、崩落する岩盤に飲み込まれた。
無傷ではないだろうが【パンドラ】を消費すれば、意識までは失うまい。
砂埃の舞う中、白い光が地下へと落ちた。
陽光は砕かれた壁の内側へ……腐り姫の潜んだ部屋の中へと降り注ぐ。
『ァァ──────────!!』
光を浴びた腐り姫が、身を悶えさせて悲鳴をあげた。
腐った体が光に焼けて、赤黒い煙をあげていた。
肉の焼ける不快な匂い。
粘つくそれが鼻腔に纏わる。
その喉へ、武器商人は手を伸ばし……。
ゴキリ、と。
喉をへし折った。
腐った体が溶けていく。
苦悶と恐怖に歪んだ顔へ、縁がそっと布を被せる。
「プラントは破壊したけど……これだけやっても、お宝が無いってのは残念ね?」
なんて。
吐き捨てるようにそう言って、燐火は部屋を後にした。
地下空間の崩落は続いている。
地下のプラントも、腐り姫の残骸も……暗くて湿った地下の世界で朽ちていくのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
地下迷宮は崩落しました。
腐り姫および屍擬花は全滅しました。
生産プラントは破壊されました。
イレギュラーズの目的は達成されました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
古代獣・腐姫の討伐および地下プラントの破壊
●ターゲット
・腐姫(古代獣)×1
屍擬花(カクラクトッリナ)の亜種。
赤いドレスの女性に擬態するのは通常個体と変わらないが、女性体の皮膚は腐敗している模様。
1か所(プラント入り口)に根を張って、そこから動くことは無い。
迷宮の全域に蔦を伸ばしており、蔦に絡めた対象へ【無常】【ブレイク】を付与する。
蔦からは甘い香りが漂っている。
・屍擬花(古代獣)×?
赤いドレス姿の人間に擬態する、大きな花の怪物。
20体程度の群れをなして行動することが判明している。
地表を素早く移動し、触手で相手をがんじがらめにして、するどい牙でかぶりつき【猛毒】【流血】を付与する能力を有する。
●フィールド
エピトゥシ城下層。
地下倉庫や地下牢などのある区画。
迷宮のどこかにある製造プラントを目指すことになる。
迷宮には落とし穴やアラームといった罠が仕掛けれらている。落とし穴に落ちればダメージ、アラームにかかればエネミーに居場所を知られるリスクが上昇する。
地下迷宮の壁や床には、腐姫の蔦が這っている箇所もある。慎重に進もう。
入り口は2つ。
正規ルートで階段から入るか、蔦を排除し迷宮の途中から侵入するかである。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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